ある男のガンダム戦記10<伝説との邂逅>サイド7はジオン本国からもっとも遠く離れたコロニーである。更にルナツーが直ぐ傍に存在する事も大きな要因となって守備兵力は少ない。そしてその少ない守備兵力も実戦経験は皆無であり、MSも殆ど無い。現在、連邦軍の虎の子であるMS隊は壊滅したルナツー駐留部隊と第1艦隊、第2艦隊、ルウム戦役での残存戦力を再編した第11艦隊に優先的に配備されている。しかも配備されているのはボールと呼ばれる作業ポッドの武装強化版とRGM-79ジムである。第14独立艦隊の様な、或いはペガサス級二番艦ホワイトベースの様な新造艦に配備される機体は無かった。そんなサイド7で、ペガサス級強襲揚陸艦二番艦のホワイトベースにはガンダム1号機と2号機の2機、ガンキャノン重装備型が4機、アレックスと呼ばれる新型ガンダムが1機、ジムが4機、ジム・キャノン1機と言う合計12機である。これに予備パーツを乗船させるのだからホワイトベースの積載量は最大限にまでなっている。これらのMS隊と整備物資の搬入が終わればホワイトベースはルナツーを経由してジャブローに降下する予定である。私はそれを見ていた。連邦軍の新たなる力の象徴、白いMSを窓から見ていた。と、振動がきた。窓が揺れる。テーブルの上に置いてあった情報端末が揺れ、空になったペットボトルが転がり落ちる。(コロニーに隕石でもぶつかったのかな?)ええ、のんきですね。そんな事を考えている余裕もありました。軟禁状態のビジネスホテルの一室から連邦軍の研究所に向かってジオンのザクⅡ改二機がマシンガンで手当たり次第攻撃しているのを視界に入れるまでは。(あ、な、あれは!?)驚きの余りに声も出ない。ザクが数機、コロニー内部で暴れ回っている。爆発が近づくし、何よりこのビルも高い。一般的な攻撃目標にされてしまうだろう。そもそもこのコロニーの護衛のジムはどうしたのかと思ったが、先ずはそれよりもこの部屋から逃げないと。慌てて寝間着からスーツに着替え、ドアを開けようとした。「ジムが!?」一機のジムがマシンガンで牽制射撃をかけるが、それをシールドで弾く。ザクⅡ改はジオン軍でも高性能機であり、90mmマシンガンはサラミス級の装甲を撃ちぬく。市街地を盾に一気に詰め寄るザク。慌ててシールドを構える通常型のジムの右手にマシンガンを二連射。次に頭部に一撃。ジムは倒れた。「ちょっと待て!? あれだけか!?」他に戦闘音が聞こえない事を感じるとあの機体が最後のジムなのか?(急いで逃げないと)が、ドアは開かない。何度ドアノブを回してもロックは外れない。どうやら外側からロックされている様だ。普段は意味もなくいる二人の監視役兼SPもこの混乱に巻き込まれたのか逃げたようで部屋の前には誰も存在しないようだ。「おい! 誰かいないのか!! おい!!」戦場とかしたコロニー、サイド7「グリーン・ノア」ではそんな小さな声は、殆ど効果は無かった。一つのコロニーバンチにしては過剰な護衛が居たサイド7。だが、故にそこに襲撃をかけた赤い彗星のシャア・アズナブル少佐。まず乗艦のワルキューレを囮に護衛艦隊を誘い出す。そして自らの手でサラミス2隻とマゼラン1隻を葬る。葬り方は簡単。自機を囮にしてムサイ級の射程圏にサラミスを追い込む。一隻目はそれで撃破した。続いて、部下のザクⅡ改二機に陽動させ、右舷直角からビームライフルで右から左へマゼラン級の装甲を撃ちぬく。そのままガンポッドが配備されている格納庫に最後の一撃を加えて緊急離脱。戦艦の装甲を蹴り上げる事で一気にサラミスとの距離を詰めつつ、ビームを艦橋に撃つ。そして後は5機のザクⅡ改と共に残ったMS隊とセイバーフィッシュ隊を掃討した。もっともその中で誤算は、一機のボールが放ったマシンガンの弾丸がビームライフルに偶然あたり、これを破棄しなければならなかった事か。間の悪い事に予備のビーム兵器は母船にも無い。ビームライフルは高級品であり支給されなかったのだ。「まあ良いか。デニム、アッシュ、このままサイド7に侵入せよ。強行偵察だ」そのまま部下のザクⅡ改5機をサイド7に侵入させた。シャアが言葉にした通り作戦の目的は威力偵察が当初の予定だった。「ドレン、光学センサー索敵や敵味方の通信の傍受を怠るな。連邦軍の新型、例のガンダムタイプはここにいるぞ」シャアの予想ではここにいる。連邦軍の最新型MSガンダムと言う機体はこのサイド7で開発されている筈だ。その言葉通り、連邦は微弱ながらも貴重なMSであるRGM-79ジム4機を実戦に投入して、敗退した。一機は穴だらけにされ、一機はビームナギナタで両断され、残りはビームライフルで撃ち抜かれて宇宙の塵になっている。連邦軍のサイド7駐留部隊は完膚なきまでに敗北した。やはり宇宙の戦闘ではジオン側の方が圧倒的に優位である。(ふふ、これで判明した。MSを出してまで守りたいモノがこのコロニーにはある。やはりドズル・ザビの言った通りか。ここにあるのが連邦軍の新型MS、RX-78ガンダム、V作戦の要か)この防衛戦闘の敗北はMSの性能差と機体数の差が克明に出た証である。連邦軍は敗退に敗退を重ね、サイド7内部まで侵入を許す。ザクⅡ改を与えられただけあってパイロットも一流であったのが一因だ。そしてサイド7では、重装型ガンキャノン4機、RX-78-2ガンダム1機、RX-78NT-1ガンダム・アレックス1機(ニュータイプ=新型という意味であり、ジオン・ズム・ダイクンが提唱したニュータイプとは違う)、RGM-79ジム5機の搬入作業中だった。「さて・・・・・これか連邦軍のMS隊。ほう・・・・・なるほど・・・・・これは凄いな」シャアは外壁から内部の様子を確認して驚嘆の声を出した。まるで連邦軍のMSの見本市だったのだ。一方のホワイトベースは、直ぐに搬入するべき機体は多く、しかもその殆どが炉を落としていた。ついでにパイロットも別の場所にいて、満足に迎撃出来たのはプロトタイプガンダムのユウ・カジマ中尉のみ。が、プロトガンダムも二機のザクⅡ改に拘束されて迎撃らしい迎撃も出来ない。コロニー内部でのビーム兵器使用をテム・レイ博士が禁じた為だ。「クッ!!」ユウは舌を噛みそうな機動戦をしかける。ビルを使った三角蹴り(HLVに使われる高性能AIがこれを可能にした。現時点でこれが出来るのはガンダムのみであろう)でジオンの意表を突く。まるで伝説の様な運動に戸惑うザクの頭部に、100mmマシンガン20発、一マガジン分を叩きこむ。ザクは頭部の装甲を抜け、胸部にまで弾丸が達した。何発もの流れ弾がサイド7の人工の大地を抉るが、先ずは生き残る事だ。フィリップとサマナは機体受領も出来なかった為防空壕に避難している様なのだから。「これで一つ目。な!?」と、一瞬の安堵の隙を付き、ヒートホークを構えたザクが距離を詰めてきた。しかも歩行では無くホバーリング。早い。そう叫ぶ前に空になっていたマシンガンをヒートホークで両断されてしまう。慌ててバーニアーを噴かせて距離を取る。また牽制の頭部60mmバルカンを放つ。敵のザクはこちらを回収する気か或いは余程腕に自信があるのか格闘戦を仕掛けるべくヒートホークを構え直した。「やる気か・・・・・仕方ない」ガンダムもビームサーベルを展開するが、その威力を最低限にまで落とす。狙いは双方ともにMSの神経系の中枢である頭部。両機のこの行為自体は間違ってないだろう。下手にコロニーに内部でビーム兵器なぞ使えばコロニー自体に穴が開く。が、この膠着状態に陥った結果、ユウ・カジマ中尉が逃した3機のザクに連邦軍サイド7駐留部隊は良い様に蹂躙される事になる。迎撃に出るのは軽車両や歩兵部隊のみ。MSは遠くで戦っている黒いガンダムだけ。あとは不明。もともと戦闘は想定してないのだ。地球侵攻作戦とルナツー防衛、緊急事態の援軍がルナツーから来ることを鑑みてサイド7の防衛は戦争勃発から半年以上を経過してなお手薄の一言であった。「軍は一体全体何をやってるんだ!?」ウィリアム・ケンブリッジは恐怖を抑える為に必死で叫んだ。またこのパターンだ!! いい加減にしろよな!! 恰好が悪いぞ! とも思ったが実際こうでもしないと、誰かに責任を押し付けてないと恐怖で押し潰れそうである。それに連邦軍が良い様にあしらわれているのは事実なのだからしょうがない。問題はこの間のルナツーの尋問室の様に脱出さえ出来ない事か。と、付近に90mmマシンガンの弾丸が着弾したのか避難中だった家族らが全員吹き飛ばされて死亡した。トイレに即座に駆け込み、思わず、胃の中の物を戻す。次は自分ではないのかと言う恐怖に耐えながら。「シナプス司令官!」ミユ・タキザワ少尉の報告に私は注意を促された。いかんな。齢の所為か集中力が欠けていた。昨日の勤務の疲れが残っていたのか?と同時に、前方の宙域で爆発光らしきものを確認したのだが、どうやら戦闘の光らしい。即座に艦隊全艦艇を警戒態勢に移行させる。「総員第一種警戒態勢、ノーマルスーツを着用。それでなにか?」務めて冷静に言う。この艦隊は既にサラミスK型6隻、ペガサス級ペガサス1隻という独立艦隊の中では一番強力な戦力を持つ艦隊なのだ。その艦隊司令官が驚いていてはいけない。指揮官は常に冷静でなければならない。決して部下の前で狼狽した姿を見せてはいけない。これは大原則だ。「サイド7から救援要請受信!! 要請の発信時刻は今から1時間前です!」サイド71バンチ、通称は『グリーン・ノア』。あそこには確かウィリアム・ケンブリッジ政務次官がいる。隣の艦長席に座っているリム・ケンブリッジ中佐の顔を見て見たいと言う欲望にかられるが、それは下種の発想と言うモノだろう。自分の夫が自分の目の前で死にかけているという状況下の女性の横顔を見たいなどとはな。(全く・・・・何を考えているのか。度し難い。それよりも今は己の職務を優先せねばならない)ウィリアム・ケンブリッジ政務次官は、そのケンブリッジの姓から分かる通り彼女の夫であり、彼女の産んだ子供らの父親なのだ。その安否を気遣う女性の横顔を見るなどやってはいけない事だ。それが出来る奴は刑務所にでも言った方が余程世の為になるのではないか?さて、現状を確認し、目的を定めなければ。「先ずはどうするか・・・・政務次官である彼を失う訳にはいかないな。ならばダグザ大尉に救助を依頼するとして・・・・問題は敵の宇宙艦隊だ。ミルスティーン大尉、リャン大尉。敵艦隊の識別は可能か? 識別次第、ルナツーの第1艦隊に応援を要請しろ」第1艦隊はサイド5方面への哨戒任務は終えているから向かっても問題は無いと思うが。と、考えていると第7艦隊司令官からルナツー司令官に着任したワッケイン少将から連絡があった。余談だが、第1艦隊と第2艦隊はルウム戦役後とジオン軍による大規模な地球降下作戦前後に何もしなかったと言う理由で再び司令官を解任させられている。この時の解任劇の音頭をとったのがレビル将軍だった為、北米州や極東州は事ある毎に地球連邦軍のレビル派(戦争遂行派と影で呼ばれるようになった)と対立している。(私は知らないが噂ではティアンム提督らが自身の影響力確保の為に大規模な人事異動を行っていると聞く。今はそれどころではないのだが・・・・・それにレビル将軍は焦っているのではないか?軍人として大敗の上敵の捕虜になると言う最大級の不名誉を受けたルウム戦役、何も手をうててないジオンの地球侵攻作戦。これで平静でいられる方がある意味で大物か、或いは単なるバカか。願わくば現在の連邦軍最高司令官は前者であって欲しいものだが)そんな中で、ウィリアム・ケンブリッジ派閥とでも言うべき存在があった。それがジャミトフ・ハイマン准将やジーン・コリニー大将を中心とした地球連邦地上軍のいくつか(北米州、アジア州、オセアニア州、極東州)と宇宙艦隊の第1艦隊、第2艦隊、そして不本意ながらも私が指揮する第14独立艦隊である。(圧倒的な国力差から来る慢心。その結果が南北アメリカ大陸の対立に繋がっている。連邦軍上層部の、いや、連邦軍本部ジャブローと北米州の州都ワシントンの温度差は想像以上に激しい)この戦いを祖国の独立戦争と捉えて、ジオン公国とザビ家全体が曲がりなりにも一致団結しているのに対して、連邦軍と連邦政府は内部抗争が激しい。まあ、ある意味で戦後を見据えた動きをしていると言える。ジオン側にとって戦後を考える余裕はまだないのだが、連邦側には既にある。この差が国力の差と言うモノであろう。「艦長、ワッケイン少将と通信回線を開いてくれ」リム・ケンブリッジは自分の夫が既に死んだのではないかと言う恐怖を懸命に抑えながら職務を果たす。私は冷酷にも、リム・ケンブリッジ中佐を一瞬、哀れな女性だ、とも思った。ジャブローが子供らにとって危険と分かった時、彼女は子供らをキャルフォルニアに移送させていた。両親と一緒に。確かにジャブローに預けたマナ君とジン君の身の安全は連邦政府によってしっかりと保障されていた。だが、心の安全は? 心の平穏は?時に子供は大人よりも残酷だ。無邪気に人の心を傷つける。或いは心を壊してしまうかもしれない。リムは自分たちの子供らが、謂われなきいじめの対象になりつつある、そう感じた。何せ夫がスパイ容疑その他もろもろで逮捕されたのだ。別の子供が知ればそれは必ず弱い者いじめの対象になるだろう。だから彼女は一度地球に戻ると直ぐに子供らを連れて、キャルフォルニア基地の中では田舎にあたる部分に引っ越した。ある程度に都会へのアクセスが容易く、戦略的に重要では無く、それでいて二家族が暮らせるマンション二部屋を借りる。その希望通りの家に家族を移した。自身の両親と夫の両親も一緒に。幸い、両親間は古くからの知り合いなのでそんなに棘が立つ事もない。残念な事に夫の件と自分の件からだろう、両者とも本心から地球連邦政府を信用できなくなっていたのだ。「通信繋ぎます」ミユ・タキザワ少尉がルナツーからのレーザー通信を繋いだ。ワッケイン少将が何事かを命令しながらモニターに映る。ミノフスキー粒子が散布されているのか若干不明瞭だ。「シナプス大佐、貴官の艦隊は今すぐにサイド7に救難活動へ向かってくれ」詳細は後ほど伝えるが、先ずは一刻を争う。そう言って通信は切れた。「ルウムでも感じたが・・・・・相変らず本艦隊は便利屋扱いの様だな」小さく呟くと艦隊に命令する。サイド7へ向かえと。自嘲の響きは幸いか不幸か、誰にも聞かれる事は無かった。「あれがガンダムか」もう達観したのか、諦観したのか、逃げられない事も忘れて見入る。青と白のカラーリングのMSがザクを一機撃破した。動きが所謂映画で見る様な『殺陣』だった。流れる様なスピードでザクが右肩に振り下ろさんとしたヒートホーク。それをコンピューターは即座に反応し、パイロットに指示を出した様だ。流石マゼラン級のスパコン『仁』を採用しただけの事はあるな。ガンダムは右肩を後ろに下げる事で回避し、大振りで生じたザクの隙をついて右から左にビームサーベルを一閃。ザクをコクピットごと両断した。そのまま支柱を失ったザクの上半身はサイド7の地面をバウンドして転がり落ちる。見ていただけだが分かった。パイロットは即死だな。更に、ビームサーベルを構えてもう一機と対峙し、これも撃破する。この時はザクが90mmマシンガンを乱射したが、バーニアーを噴かせて上半身を低くして一気に距離を詰めた。そのまま日本の抜刀術の要領で左腰から右肩へビームサーベルを振り上げる。ザクの両腕が切断され、マシンガンが地上に落ちる大きな音が部屋の窓を揺らす。(いけ!)心の中で声援を送る。ジオンのパイロットにも大切な人がいるのだろうが正直言ってそんな事に構っている余裕はない。今は自分が生き残る事が全てだ。そう思っているとガンダムがザクの上半身の上部を横一文字に切り裂く。最後の一機のザクが必死に援護したがその強固な装甲を生かして無視していた。「あ!?」その際、エンジンを暴走させたのか大穴をコロニーに大穴を開ける。これは不味いなと思った。何故だか冷静だがきっと興奮の所為だと思う。とりあえず緊急用の備え付けノーマルスーツを着用するが、広大な宇宙空間に放り出されたら気休めにしかならない。それでも着なければコロニー内部に侵入してくる放射線で被爆してしまう。それは嫌だ。私はこの半年一度も子供らをこの手に抱きしめてないのだ。もう一度抱きしめるまでは死んでも死にきれない。いや、本音を言えば何としてもこの戦争を生き抜いてやるという事だ。「くそ、コロニーでMSを爆発させるとは・・・・・それにしても凄い機体だ。ザクの改良型を一瞬で撃破するなんて」ケンブリッジ政務次官はあえて対象をMS同士に絞り込むことで恐怖を忘れようとした。本音は政府上層部への罵倒で完全に埋まっている。(どうして俺がこんな目にあう? なぜ俺なんだ!? 俺が何をした!)言い難い事だが、これら全てはギレン・ザビらと交流を持ったが為の結果と言える。もっとも言った所で本人は信用しないだろうし、聞く耳とを持たないのは間違いない。ウィリアム・ケンブリッジと言う男なのだが、彼自身は自分にそれ程の実力は無いと客観的に見ていて、自分は臆病者で代わりはいくらでもいるとそう判断している。が、ギレン・ザビ、デギン・ソド・ザビ、やジャミトフ・ハイマンらなどの連邦、ジオンなどの有力者らはそうは見てくれない。特にキングダム首相はウィリアム・ケンブリッジを若手でもっとも有能で油断ならない連中と見ているのだ。首相は側近に一度言っていた。側近の問い、「何故あそこまでケンブリッジなる北米の有色人種を警戒するのか?」と。これに対してこう答えている。『ケンブリッジは必ず統一ヨーロパ州の他の議員を抑えて首相になるだろう。今のうちにその芽を摘み取る必要がある。何故かと言う顔だな? 簡単だ、奴には運のよさと人望を兼ね備えた実力がある。更に厄介な問題なのは誰もがそれに気が付いていて利用しようとしている点だ。だから摘み取るのだ。我々統一ヨーロッパ州の権益を確保する為にも、後に続く我らの後輩らの為にも』彼の本心である。スパイだの機密漏洩罪だの、国家反逆罪などはその為の肉付け作業、いわば補足説明であり理由づけだ。戦場で死ねばそれでよし、そう思われて第14独立艦隊に配属されたが・・・・・そこでまさかザクⅡF型を4機も確保するとは思わなかった。その功績を無視することは出来ず、更にルナツーを発端にしたケンブリッジ夫妻解放運動を考えるとそれ以上彼をルナツーに拘束する事も出来なかった。故に苦肉の策としてサイド7に幽閉されたのだ。全く、誤解と誇張と虚像が生んだケンブリッジの災難である。「やはり一気に空気が抜けていく。くそ大穴が開いたのか? あれは・・・・他のザクか?」窓からは最後の一機が突進して行く姿が目に入る。怒り心頭なのか、ショルダーアタックという非常に原始的な方法で攻撃をしようとして、腰を落としたガンダムがビームサーベルを構え、そのままコクピットを貫いた、青と白のガンダムはそれをビームサーベルで串刺しにして簡単に撃破する。「これで三機。あれが新型ガンダムの性能?」ザクでは歯が立たないのか。これが連邦軍のガンダムの性能なのか?そんな事を思っていると今度は反対側の港の方から爆発の振動を感じた。「もう一機ガンダムがいるのか!?」そう思った。知らず知らずのうちに口に出している。やはりそうでもしないとあの時と同様の恐怖に押し潰されそうなのだ。もう周りには人はいない。空気も流れ出ている。下手をしなくても窒息死してしまうのではないか?この事象がパニックを引き起こさせた。(ここで死ぬ!? いやだ!! 死にたくない!!! 誰か助けてくれ!!!!!)その時である。扉が叩かれた。それも定期的に何か金属の様なもので。思わず距離を取る。そして神の助けを聞いた。「ケンブリッジ政務次官殿、ご無事ですか?自分です、ダグザ・マックール大尉であります。次官を救出に来ました! おりましたら応答してください!!」直ぐに反応した。ドアを叩き直す。「ここだ!! 大尉、この部屋にいるぞ!!!」シナプス大佐は避難民をホワイトベースに移動する作業に追われていた。本来であればペガサスにも乗せるべきなのだが、ダミー隕石を巧妙に使った敵ムサイ級の動きと新型機ゲルググ、援軍要請と思われるレーザー通信を警戒して艦隊の輪形陣を解く事は無かった。特に赤いゲルググが確認されており、それがサイド7防衛艦隊所属の艦船全てを撃沈したのだから警戒して当然であろう。「敵はどうやらあの赤い彗星、シャア・アズナブルです。警戒を解くのは得策ではないかと」「艦長に同感します。MS隊はあくまで迎撃に専念しましょう。新型のゲルググ相手にジム・コマンドがどこまで戦えるかは未知数です。他の第1戦隊と第2戦隊も360度全方位警戒を厳にすべきです。奇襲を受ければ駐留部隊と同じ目にあいます」リム・ケンブリッジ中佐とマオ・リャン大尉が相次いで進言する。下手に分散すればあの赤いゲルググに各個撃破されるのは目に見えている。だから申し訳ないが避難先はホワイトベースに任せよう。また奇妙な事にジオン軍はゲルググを温存しているようで自分達地球連邦軍はゲルググに勝った事が無く、当然ながら鹵獲した事も無い為にゲルググの基本性能は依然として不明なのだ。(それに、だ)それに避難民護送用のシャトルや脱出ポッド、コロンブス級輸送艦はあるのだ。下手にコロニー内部に侵入してペガサスらが撃沈されでもしたら連邦軍全体の喪失となる。また、別命もあった。これはジャミトフ・ハイマン、ブレックス・フォーラー両准将とルナツー基地司令官のワッケイン少将三名の連名の命令書である。『万難を排してウィリアム・ケンブリッジ政務次官を救出せよ』思わず内心で頭を抱える。(無茶を言う。両准将は今も地球だから何も知らないという事で無茶な命令を出すのは分かるが、ルウム戦役を戦い抜いたワッケイン少将までこんな無茶な命令を言うとはな。確かに救助したいのは山々だが、ケンブリッジ政務次官はサイド7内部のどこにいるのか分からないんだぞ?)それでも政府が教えてくれた(戦闘勃発までは極秘扱いだった)、一応地図上に表記されている軟禁場所のホテルにダグザ大尉指揮下の陸戦部隊を送る事にした。カムナ・タイバナ指揮下の第1小隊を護衛に、ランチを送る。そして外壁から一気に侵入して目標を確保する。もしも居ない場合は残念ながら撤収する、という作戦である。連邦軍でもどちらかと言えば現場を歴任した叩き上げの将校であり多くの作戦を成功に導いたエイパー・シナプスという男にしては珍しく、失敗を前提にした作戦であった。部下の、ペガサス艦長でもあるリム・ケンブリッジ中佐には悪いのだがとてもではないが生きているとは思えないのだ。ザク5機の侵入とそれに伴う被害の大きさは、ここが後方拠点であった事を鑑みてもあまりにも酷い惨状である。倒壊したビルも多い上に放射線被爆も大きい。「敵ムサイ級、後退していきます」ミユ・タキザワ少尉が報告すると同時に、マオ・リャン大尉も似た様な報告を上げてくる。「艦長、ホワイトベース出港しました。しかし、出港航路上に例のムサイ級がいます。交戦状態に入ります」スクリーンには交差する両艦と砲撃戦の模様が映し出されていた。「赤いMS・・・・・・やはり赤い彗星なのか!?」マオ・リャン大尉が叫ぶ。その言葉に反応したのかアンダーソン伍長らも一瞬だがモニターを見る。そこにはビームライフルこそ装備してないものの、確かに赤いゲルググの姿が映し出されていた。連邦の切り札であるガンダムを圧倒するジオンの最新型MS、ゲルググ。武器はガンダムの鹵獲が目的なのか90mmマシンガンだ。舐められているのだろう。しかし舐めるだけの実力はあるようだ。一方的にガンダムを追い詰める。ただ、ガンダムの方もシールドと増加装甲に助けらているのかかなり持ちこたえられている。「きょ、驚異的な装甲だ・・・・・あれだけ直撃を受けて破壊されないなんて」リャン大尉が感心したように声を出す。確かにそうだ。サラミス級の装甲を引き千切る90mmマシンガンの直撃に耐え、あまつさえ反撃するその性能は連邦軍の旗手機に相応しい。ならば、なすべきことは一つ。「各艦戦闘配置。アクティウムのみはコロニー回転機動に同調。ダグザ・マックール大尉ら陸戦部隊の回収作業に当たれ。他の艦はホワイトベースを援護する。目標はムサイ級。母艦を沈めるぞ。10秒後に全力射撃!」この命令に即座に反応したのが艦長のリム・ケンブリッジだ。伊達にルウム撤退戦で実戦経験を積んだ訳では無い。「本艦ペガサスは第一種戦闘配置につきます。総員警戒態勢から戦闘態勢に移行。両舷メガ粒子砲、目標を前方4200km先のムサイ級・・・・・敵艦の発砲前に先制攻撃を仕掛けます。MS隊は直援に回します。ミサイルは多弾頭ミサイルを装填。ホワイトベース所属の新型のガンダムを支援。アニタ、ノエル、エレンはいつも通りMS隊の指揮を。ミユは艦隊全体の管制を、マオ、貴女は同型艦との連携を命じます。よろしいですね、シナプス大佐?」的確な判断だ。口を出す必要性を認めない。彼女に任せれば本艦は上手くいくだろう。士官学校のT=20というのは伊達ではないか。無論、学術馬鹿もたくさん居るから一概にあてには出来ないが、彼女は貴重な例外みたいだ。(本艦はこれで良い。適度な緊張が戦果をもたらす。このペガサスも精鋭部隊と呼ばれるだけの実力はあるか。だが、それにしてもあの新型機のパイロットの動きは何だ? まるで素人が戦っている様だ。一体どんな訓練を受けていた?)シナプス司令官は思う。完全に的になっているガンダム。高機動でビームライフルの射点を取らせないゲルググ。一方的な展開である。改めて確認して思う。(やはりな。あれではまるで素人だ。性能差で生き残っているだけだ。これがジムなら死んでいるぞ。それが分かっているのか!?)事実、完全に押されている。コロニー内部のザクこそ撃退したようだが、あの赤い彗星が乗るゲルググには良い様にあしらわれている。マシンガンを撃ちこまれ、蹴りまでくらっている。良く機体が持つものだ。と、どうやら充填期間の10秒が経過したらしい。ペガサスがメガ粒子砲を発砲する。目標に命中したが、破れて飛んだ質量から見てバルーンダミーであった可能性が高い。いや、ダミーであった。「反撃、来るぞ。各艦回避行動を」そこまで命令しないといけないのが現在の第14独立艦隊である。旗艦ペガサスとは違い、第1戦隊の乗組員の内、ルウム撤退戦を戦い抜いたベテラン兵士は半分が連邦艦隊再建の為としてルナツーにて下船。現在は新兵と新米士官が半分である。いくら訓練をしていても初陣の実戦でパニックを起こさない保証はない。これは増援として編入された第2戦隊も同様である。ならば自分達実戦経験者が的確な命令を出してそれでパニックの発生を抑えるべき。何もしなくても心配なく動くのは旗艦のペガサスのみと言える。「各艦ミサイル装填、敵艦はビーム攪乱幕を張っている。ミサイル攻撃で牽制しつつ距離を詰める。ケンブリッジ艦長、回避行動ならび砲撃戦の指揮は任せる」だが敵将はあの赤い彗星だ。戦力比がこれだけ広がれば撤退するだろう。「こちらに」ダグザ大尉の指示の下、私は脱出経路を走り抜ける。近くには動かないノーマルスーツや漂った人間を見たが、必死に自分は何も見なかったと言い聞かせて走る。(ああはなりたくない。俺はもっと生きていたのだ。その為には今は走る時だ)やがて宇宙空間と繋がっているベイにでた。エアーロックの向こう側には連絡艇が一隻待っていた。ハッチが開く。乗るように乗組員が手招きする。慌ててその船に乗る。ダグザ大尉らも即座に乗り込むと、そのまま船は一隻の強化型サラミスに収容された。「あ、あれは!?」思わず叫んだ。連邦軍の新型MSガンダムがジオンのゲルググに良い様にあしらわれているのだから。ビームライフルは切り落とされたのか、既に無く、増加装甲の一部を放棄したのか、両腕のガトリングガンと頭部バルカン砲で牽制している様だが目立った効果は無い。寧ろ、ゲルググが撤退のタイミングを計っている様だ。何度目かの直撃弾を受けるガンダム。しかしそれに耐えきるあの増加装甲も凄いなと思う。自分がまだ安全じゃない事を忘れてその戦闘に見惚れた。互いに決定打を欠ける故のその戦闘に。『少・・・・佐・・・・・シャア少佐・・・・・ここまでです』ドレン中尉からの連絡だ。どうやら敵艦隊の増援が来た様だ。しかも一隻は要人の護送の為かサイド7の外壁を盾にして砲撃してくる。これ以上は戦えない。流石にMS9機を展開している別の木馬と護衛のサラミス5隻相手に1機で突っ込むのは無謀だ。ルウム戦役とは違い、敵にも対抗可能なMSがある上にだ、この新手の艦隊は宇宙でのMS戦を経験している例の第14独立艦隊という部隊だろう。ならば無理をすれば戦死する。それに武功はルウムで十分挙げた。ガルマ・ザビに加えてドズル・ザビの信頼も得ている。(撤退だな・・・・・しかし、連邦軍の新型MSは化け物か!?90mmマシンガンを一マガジンは撃ち込んで効果なしとは・・・・・ビームライフルを失ったのがこれ程響いたとはな!!)序盤の戦闘の流れ弾で失ったビームライフル。それさえあればこの新型ガンダムも、出港してきた白いペガサス級にも止めをさせたのだが。世の中上手くは行かないモノ。赤い彗星は撤退に入った。多くの置き土産を残して。戦闘は終わったらしい。あの初陣と違って第三者の立場にいたせいか、或いは知らず知らずのうちに戦闘に慣れたお蔭か圧倒的な恐怖は無かった。というよりも、本格的に殺される、怖いと感じる前に戦闘が終わったというのが第一印象だ。ただ、助かったと言う思いでネクタイを外して、ノーマルスーツのポケットに入れる。「政務次官、まもなくペガサスに戻ります。そこで一旦辞令を受けてもらいたいそうです」ダグザ大尉が言い難そうに、実際あの仕打ちを知っている以上言い難いのだろうが、伝えてくれる。「大尉、そんな顔をしなくて良いよ。お互いに宮仕えの身なんだ。それに、歯車には歯車なりの価値がある。連邦と言う時計も、その歯車が一つでも欠ければ動かないなんだから、誇ってよいと思うんだ」どこまでいっても宮仕えの身。それを忘れたら最後、ただの私利私欲を貪る害虫だ。だからと言って命令拒否も出来ない。でもね、どこぞの誰かさんらは、この私が交渉も政治も戦争も出来るスーパーでウルトラな官僚だと思っている様だが実際はそんな便利な者じゃない。たんなる臆病者だ。それを知ってほしい。ましてジオンとのパイプやスパイ活動など不可能だ。頼むからそれを自覚してくれ!!そう思ったが口にも顔にも出さない分別はある。そして懐かしい艦を見る。数か月ぶりの艦だ。「あ、ペガサスだ。懐かしいなぁ。半年ぐらいたつのか?」宇宙世紀0079.09.20に、『証拠不十分なれど釈放するに値せず』という訳のわからない命令を政府から受けて約半年。宇宙世紀0080.02.12日、私は古巣と言って良い戦艦に戻ってきた。戦闘態勢の為、後方の第3デッキから着艦する様に通達される。連絡艇はそのままゆっくりと着艦コースに入り着艦したい。その頃、ザクを全て失ったシャア・アズナブルはこれを契機にルウム方面軍司令官ガルマ・ザビ大佐の謀殺を考える。ガルマは士官学校の同級生であり、その出自とお兄弟の苛烈さ、国民への思いからか大きな劣等感を抱えている。それをくすぐれば直ぐに艦隊を出撃させるだろう。そしてルナツー近辺まで誘き出して連邦軍と相打ちに持ち込ませる。その為にはこちらも新たな手駒を必要としたのでドズル・ザビ中将に補給要請を出した。無論、交渉カードは連邦軍の新型MSと木馬二隻の戦闘データ。更にこの通信もそれとなく連邦軍に傍受できるように行う。あくまで事故として。『よかろう、直ぐに補給艦を送る。ザクも武器弾薬も水や食料も、だ。それで連邦軍の新造艦を叩け』その際にガルマ大佐に花を持たせたいのでルウム方面軍にも援軍を求めますがよろしいですか?『ほう、気の利いたことだ・・・・・流石は赤い彗星だな。ガルマ自身が軽挙妄動せぬ様に俺からも釘はさすが、貴様も見張れ。それが条件だ。ガルマにはこちらからも出撃許可を出そう』ルウム方面軍。サイド2、サイド5を占領する艦隊で構成されたジオン軍の宇宙艦隊の一つ。通称がルウム方面軍であるのはサイド5ルウムの1バンチコロニーに司令部が置かれているからである。このサイドの艦隊をジオン軍は第四艦隊と呼び、ザビ家の一族、ガルマ・ザビがいる事からジオン軍としても可能な限りの戦力を与えようとした。が、それも地球侵攻作戦の予想外の成功により頓挫する。「地球侵攻の予想以上の進撃が戦線の拡大を引き起こした。これでは初期の想定以上の物資を地球に送る必要がある」サスロ・ザビは執務室で天を仰いだ。地球侵攻作戦は、第一次降下作戦でオデッサ地域全域を占領した後は亀の様に甲羅の中で戦線を縮小させて固まるだけであった。ところが連邦軍が地中海で海軍力を失い、ポーランド地域で州軍と連邦軍の増援部隊が壊滅した結果、ヨーロッパ半島のほぼ全域、地中海方面全域、北アフリカ沿岸の制海権、中近東の一部まで戦線を拡大する結果となる。その地球侵攻軍からの度重なる援軍要請に悲鳴を上げるジオンの国力。結果、全てをゲルググで揃える筈の第四艦隊は旗艦のザンジバル改でさえガルマ・ザビ専用ゲルググを一機搭載するだけであとは全てザクⅡF2型となってしまった。それでもチベ級6隻、ムサイ級18隻、ザンジバル改級1隻は連邦軍にとって侮れない戦力である。また月軌道にはコンスコン少将指揮下の第三艦隊が駐留しているのでそれが火急の際の援軍として機能する以上、それほど危険視されてはいなかった。ジオン軍から打って出ない以上は。「という訳で私はザクを全て失った。頼れる友人に頼ってみたくなった、そう言う訳さ」この報告を聞いたガルマは直ぐに増援を出す、任せろと安請負する。艦隊もそれほど強化せず、直ぐに出撃可能だったムサイ級4隻とザンジバル改1隻の5隻でシャアのワルキューレ救援に向かった。この通信がその赤い彗星によって意図的に連邦軍へと流された事に気が付きもせず。連邦軍ルナツー基地は宇宙艦隊増員と地球への救援部隊再編と言う矛盾した課題を抱えた上に、ルナツー死守命令が下っていた。止めに第7艦隊からルナツー基地司令官になったワッケインは何故か第1艦隊と第2艦隊の両司令官に比較して階級は下であり命令を強く下せない。そうなれば逃げ込んできたホワイトベースに対しては、自分自身としては嫌々ながらもジャブローに行けと言う命令を伝えるだけのメッセンジャーになるしかなかった。「カニンガム提督との約束さえ守れないとは・・・・・寒い時代だ」『避難民と負傷兵だけでも降ろさせてください』という、中尉の言葉に思うところはあった。だからパオロ・カシアス中佐ら負傷兵は降ろす事を許可した。だが、それ以上の人員を養えるだけの余裕はこのルナツーにもない。さしあたっては第14独立艦隊の解散命令もエルラン中将から来た以上、彼らに地球周回軌道まで護衛してもらい、その後ジャブロー到着時に避難民を捌いてもらう。『寒い時代と思わんかね』ワッケイン少将はルウム戦役で戦死したカニンガム少将に向かってそう呟いたと言われている。さて、ホワイトベースだが事実上その道しかなかった。既に連邦軍は宇宙での自由航行する権利を奪われている以上選択肢は多くない。「ケンブリッジ政務次官」そうした中、彼を呼び出した。入港からきっちり2時間後に司令官室に来てもらう。威風堂々とは程遠いが、確かに何かを感じさせるような人物である。傍らにいるティアンム提督やトキタ提督、クランシー提督らに気に入ってもらえる人物の様だ。「お呼びと聞きましたが?」少し緊張しているのだろうか?いや、現存する宇宙艦隊司令部の中で最高位の面々に呼び出しをくらって傲岸に笑える方が凄いのだからこれでもすごい。「お呼びと聞きましたが?」何かしただろうか?正直言ってまた人権侵害をくらうのかと思うと嫌になる。あの事件は今でも裁判が継続中で、誤認逮捕で大問題化しているらしいが。(それにしてもやる気のない事この上ないな。本当にやる気がない。それを目の前の軍人さんたちはどう捉えるだろうか?このままどっか遠くに左遷、という事にはいかないだろうか?)そうすれば家族仲良くと思ったがリムはペガサスの艦長だ。しかもMS戦と宇宙戦闘、ルウムからの撤退戦を経験したベテラン艦長だ。(絶対に軍が手放さいだろう。こんな事になるならサイド3で暴動に巻き込まれた時に現役復帰するなと言い含めておくべきだった。後悔先に立たずとはよくも言ったものだ、畜生め)今やトレードマークとなったらしい黒スーツに紺ネクタイに水色のシャツ姿で4人の将官と対峙する。彼らは全員が連邦宇宙艦隊の制服と制帽を被っている。何か嫌な予感がするが、謹慎の身でサイド7を離れたのが不味かったか?だが、あれは緊急避難と言う側面が強い筈だ。あのままあのホテルに居たら死んでいた。事実ホテル近郊の丘は流れ弾で倒壊している。そう思っていると、またもや辞令のメモリーディスクを渡してきた。「ケンブリッジ政務次官はキャルフォルニア基地にいったん降下してもらいたい。そこで新たな任務が待っている」ティアンム提督がさらりと言う。「地球に帰れるのですか?」地球か。確かにスペースノイドの大多数にとっては支配と搾取の象徴かも知れない。しかしながら多くのアースノイドにとっては唯の懐かしい故郷なのだ。それを一方的に奪って良い筈がない。これはサイド7という異郷の地に監禁されて思った事だ。考えてみればあのルウム撤退戦後、妻と引き離されて半年も経過するのか。それはそれで長い時間会って無いものだ。「現在の宇宙情勢は危険だからな。事実、ルウム方面軍に通商破壊艦隊と思われる部隊の出港を光学望遠鏡が確認した。だから第14独立艦隊最後の任務としてペガサスはキャルフォルニア基地への入港を命ずる。その後は・・・・・私の口からは言えん。キャルフォルニアに居るジャミトフらに聞いてくれ」どうやら厄介ごとらしい。本音は自分に不可能だとぶちまけてやろうか? いや、どうしよう。「君が現政権に対して不満と不安を持っているのは分かるが・・・・どうかね、引き受けてもらえるか?」ティアンム中将が聞くと私は迷わずに本音をぶちまける事にした。それしかこの嫌な状況を助かる道は無いと思ったからだ。「閣下らを初め、連邦政府も連邦軍も私を誤解しています。私は凡人です。何故だかしりませんが、政務次官に就任したのも単に運が良かっただけです。それなのにこれ程の大任を任せると仰る。正直に言いまして無理です。私より有能で優秀で、適任者がまだまだ居る筈ではありませんか?何故彼らに任せないのですか?ジオンのスパイ容疑のある人物を態々幽閉先のサイド7から引きずり出してまで交渉に当てる必要はないのではないですか?」その言葉を言って目前の将官らは虚を突かれたような顔をする。そうだろう。俺はスパイだと言われなき危険性を高らかに言われてきたのだ。いつも言いなりだったが今日はそうでは無い。何としても妻を解任させ、子供らと共に北米の奥地に引きこもってやる。もともとリムを口説くためだけに連邦の第一等官僚になった。それがいつの間にか小説の主人公みたいに連邦全体を動かす人間になる?「冗談じゃない!」思わず立ち上がった。我を一瞬忘れたのだ。これは恥ずかしい。だが、それ故に挽回できない失敗として語られるだろう。こんな暴発する人間に連邦政府の、地球連邦の未来を任せられないと。「ケンブリッジ政務次官、落ち着きたまえ」ワッケイン少将が宥める。私も実に大人げなかった事は理解しているので直ぐに気を持ちなおす。だが、それでも私の考えは変わらない。これ以上厄介ごとを持ち込むな。それだけだ。「提督方、今は戦時下です。私は先ほど述べたようにただ単純に運が良いだけの、平時なら何とか使える凡庸な人間にすぎません。それが戦時下で国家の大任を任されるなど国家にとって損失しか生みません。それはお分かりの筈です。どうか提督方から自分と妻の罷免要求を連邦軍上層部、ひいては連邦政府に出してください。私の様な臆病者で無能者のスパイが上層部に居たとあっては全軍の士気に関わります」そう言って頭を下げる。何やら相談している様だが知った事では無い。私はもう逃げたいのだ。だが、ふと思う。我ながら無様な事をしていると。案の定、彼らの結論は決まっていた。私の解任など出来る筈も無い。人事権が無い。そしてなにより。「政務次官、貴官が政府を嫌うのは分かる。私だってカニンガム提督の死を無駄にしてルウムを見捨てた政府に言いたい事はある。だが、子供の我が儘が通るとは思ってはおらんよ。それに、だ」ワッケイン少将の言葉を引き継いだのはクランシー中将だった。この人はヒューストン出身の北米州の人間だから、私の解任に賛成するかと思ったがどうやら盛大なる誤解はまだ解けて無い様だ。「君は優秀だ。ザク4機の鹵獲、ルナツー内部の敗戦気分の一掃、士官、下士官、将兵からの絶大な支持。さらに私を中心とした北米州や極東州の将官からの絶対的な信頼に、ザビ家が認める政治力。どれもこれも凡庸とは程遠いと私たちは判断しているのだ。あるいは君は単に凡庸なだけなのかもしれない。しかし、その運のよさはかのナポレオン・ボナパルトも認めるだろう。かの戦争皇帝は言った、運が良い男が余の部下の第一条件だ、と。私も運が良い男の指揮の下戦いたいのだがね。それでは足りんかな?それともだ、あの有名な告白、妻を見捨てて自分だけは助かる父親になるという道だけは歩めないと言うのは嘘か?」なんでそれを!?というのは顔に出たのだろう。彼が、クランシー中将が答えてくれた。あの時、ペガサス艦橋にいた一人のオペレーターがルナツーのガンルームで喋った。(誰だ? ノエルか? アニタか? エレンか? それともミユか? 或いはマオ大尉らか?)それが切っ掛けで連邦軍ルナツー内部の意識統一が成功したし、その上で君の罪状を再度洗い直して無実を証明する様、政府に働きかける事になったのだ、と。「あ、いえ、ですが」そこまで言われたら言葉が出てこない。せっかくなけなしの勇気を振り絞って自分の解任請求を出したのに。「それにだ、そこまで正直に自分の気持ちを吐ける人間もまた英雄の条件の一角だと私は思う。これはトキタ提督も同意見だ。これからは政治の舞台で戦う事になるだろうが・・・・・頼んだよ、ケンブリッジ政務次官殿」(そうだ、決めていたか。いつかあのクソじじいをぶん殴ってやろうってな!)この面談が終わって部屋に帰った時に一番初めにした事。辞表を書こうと思って用意した紙をぐちゃぐちゃにしてゴミ箱に捨てた事くらいか。二日後。サイド7から搬送された負傷兵の仕分けが終わった頃、私は宇宙港側の売店で懐かしい人に会った。ブライト・ノア中尉。あのジャブローで出会った士官学校候補生が今はペガサス級強襲揚陸艦二番艦の艦長だ。代理ではあるが。「政務次官、ケンブリッジ政務次官ですね?」このパターンは何度目だ?沢山の将兵らに敬礼されたり尊敬の目を向けられたりして私は困った状況に陥った。そこまで私は凄い人間じゃないのだ。それがこんなに祭り上げられるなんておかしいだろう?でも笑えないがこれが現実なのだ。悲しすぎる。可笑しすぎる。怖すぎる。「君は・・・・・あれ? どこかであったよね?」その言葉に頷く。改めて背筋を伸ばして敬礼した。「ブライト・ノア中尉であります。先日のサイド7攻防戦では助けていただきありがとうございました」意味が分からない。何故そこでサイド7が出てくる?私は何もしてないぞ?と思っているとどうやら第14独立艦隊の功績を知っていたらしい。これもノエルお嬢さんの迂闊な発言の影響かな。故にあの艦隊がシャアの来襲を予見して配置された、その総指揮を自分が執ったと思っているらしいのだ、この若い中尉さんは。ちょっと待ってくれ。私は文官だ。艦隊の指揮権など・・・・と思ったら・・・・あった。存在している。文官の癖に軍事に口出しが出来るのだ。自分は特別に。誰かさんの所為で。開戦直後、作戦本部長のエルラン中将がルウム戦役前夜にいらん事をしてくれたお蔭で私にも艦隊の指揮権があるのだ。第14独立艦隊のみであるが。そして先の戦いでサイド7駐留部隊の崩壊を救ったのはその第14独立艦隊。これでは誤解するなと言う方に無理があるか?(冗談では無い。これ以上の厄介ごとも何もかもご免なんだ!)そう思って彼の誤解を解いておこうとした時、ダグザ大尉が駆けてきた。「政務次官、ご婦人と面会できます」そう言えば、彼、ダグザ大尉にはなんか雑務ばかりを押し付けて悪いとは思うのだが、何故か率先してやってくれる。一度酒場でその理由を聞いたらナハト大尉による逮捕を防げなかった事の償いだと言っていた。顔に似合わず情に厚い男だ。だからこそ、『気にするな。歯車には歯車の役目がある。連邦政府と言う時計を動かす大切な歯車だ。大きい小さいも綺麗汚いもない』そう言って励ましたら、どうやらこの言葉にも何か感銘を受けたらしく全然治らない。それではもう仕方ないのだが。「あ、ああ。了解した。それでは中尉、体に気を付けたまえ。地球で会おう」その余計な言葉が後の私を左右するとは思いもしなかったが。久々に会った妻は私に開口一番言った。『やつれたわね』と。で、あとは若かりし頃の理性を失った暴走をした。全く、両方とも40代に入っているのにお盛んな事だ。他人事の様に言ってみたが、正直言って妻は若い。見た目もまだ30代前半で通じる。東洋的神秘とでも言うべきか?ルナツーを出港した第14独立艦隊とホワイトベース、それに護衛の旧式サラミス1隻。この前日、シナプス司令官の同期であり、ワッケイン少将の教官でもあったパオロ・カシアス中佐は戦傷がもとで死亡した。私は直接の面識は無かったから分からないが、その事を知ったシナプス大佐は珍しい事に自らルナツー司令官室を訪れ、ワッケイン少将と飲み明かしたようだ。翌日、少し酔ったような大佐の姿が目撃されている。そして周回軌道上に達する直前、艦隊全体に警報が鳴る。「何事か!?」マオお嬢さんに妻が確認する。どうやらルナツーから尾行がいたらしい。ストーカーはどの時代、どんな場所、どんな相手でも嫌われるだろうに。空気が読めない奴らだ。いつのまにか慣れているのか、二度の実戦経験のお蔭なのか、或いは所為なのか分からないがルウムでの初陣に比べて恐怖は緩んでいた。それが先ほどの飲んだ睡眠薬の影響で、単純に意識が朦朧としていただけなのかもしれないが。「敵艦です。後方左舷3000kmにムサイ級、これは例のワルキューレです。赤い彗星です」その途端、前面から発砲光がサラミスを貫いた。確か艦長はリード中尉と言ったはずだが、と思っていると味方艦が沈む。一瞬だが艦橋に沈黙が走る。「ぜ、前方4200kmに敵艦隊。通常型ムサイ級4隻、ザンジバル級1隻。MS隊の展開を確認!!」ミユお嬢さんの不吉極まりない言葉に眠気など吹き飛んだ。これは不味い。絶対に不味い。先手を取られた事が更に私をパニックの底に突き落とす。まあ、前みたいにあまりの恐怖からかほとんど動けず能面の様な無表情さを保ってしまったが。と、またもや敵艦隊から一斉射撃が来た。明らかに狙いはペガサスとホワイトベースの二隻。木馬とジオン軍が呼ぶペガサス級が狙いだろう。「各艦迎撃する! ルナツーに打電!! 我有力ナ敵艦隊ト交戦中。至急増援ヲ請ウ、だ。急げ。各艦は第一戦闘配置。砲撃戦用意。戦闘プランはJ-02でいく。ランダム回避運動と射撃データのリンクを急げ。敵艦隊に反撃せよ。メガ粒子砲全艦一斉射撃!!」シナプス司令官の命令の下、艦隊は散開陣をとった。急速に高まるミノフスキー粒子濃度。明らかに汗ばむ背中。またこのパターンだ。俺は死神に好かれているのかな? それとも嫌われているのかな?「艦隊距離3000になった時点でホワイトベースと共に正面の艦隊を突破する、第2戦隊は上方、第1戦隊は下方に展開し、球形陣を取る。砲撃戦用意。MS隊は直援を優先せよ。ホワイトベースのMSは性能が優秀だがカジマ中尉のガンダムを中心とした第1小隊以外は学徒兵だ。迎撃戦闘に専念せよ。ジュリアン曹長、第3小隊から発艦させろ。ミサイルに閃光弾を紛れ込ませろ。来るぞ!」ミサイル攻撃が開始される。双方のビームが撃ちあうが初弾命中はやはりレーダーが効いていたからだろうな、次は両軍ともに中々命中しないその一方でMSの数は向こうが上だ。艦隊の艦艇数では勝っているが、MSでは3倍近い差がある。これでは勝てる筈も無い。だが、味方はいる。それは時間だ。連邦軍宇宙艦隊正規艦隊が駐留しているルナツーでは自分達より2時間早く第1艦隊が演習の為に出港していた。彼らが戻れば、若しくは接近するだけでまた戦局は変わる。ジオンの将がよほど愚かでなければ僅か5隻で50隻の大艦隊を相手取ろうとしないだろう。「諸君。持ちこたえろ!」戦闘開始から20分。奇跡的に損害がない第14独立艦隊。それはたった一機のMSの性能に助けられていた。赤いゲルググは出てなかったが、それでも後方のムサイからは4機のザクⅡF型がいたのだ。それを素人の学徒動員の兵士が乗るガンダム、『アレックス』が全て撃墜した。シナプス司令官も信じられない。(そうなると最初の突進命令も誤りになるか? いや、前面のMS隊を突破しない限りこちらに勝機は無い)敵前回頭など出来る訳もないシナプス大佐は瞬時に従来の作戦通り決着をつけるべく行動する。そしてウィリアム・ケンブリッジはこの混乱の中、またもや艦橋の特別席にいた。やる事も無く、ただ戦闘を見ると言う行為はストレスになる。もっと端的言えばトラウマになるだろう。だから通信を切って遮光バイザーを下ろしていたい。だが、彼は遮光バイザーこそ下げたものの通信だけは切れなかった。これを切ったら最後、もう二度と妻の声を聴く事は無くなるのではないか?そういう脅迫感に襲われたのだ。そしてこれは正しかった。こういう事は良くあるのだ。映画でも見るだろう。戦場で結婚の話をする奴程に大抵は死ぬ。子供の話もそうだ。あれは誇張こそ入っているが嘘でもない。何故かこういう時に結婚の話をしたり子供の話をしたりする軍人は死にやすい。「回避行動、ランダム03に変更!」「艦隊主砲をザンジバル級に集中射撃。敵の艦載機の接近を許すな」「第1戦隊、そのまま砲撃強化。第1から第3小隊までは小隊毎に迎撃。長距離射撃戦闘用意」リムが、シナプス大佐が、マオお嬢さんが命令する。その命令を受けたのか、6隻のサラミス級と9機のジム・コマンドとホワイトベースから援護に回されてきたプロトタイプガンダムとジム・コマンド2機が援護する。ザクと言えども、12機のMSを相手に強行突破するのは困難な様だ。護衛に引っかかり、攻撃も少なくなっている。(これは勝てるかな?)「ガルマ大佐が出撃しのだな!?」シャアは自身の予想通りに動いた戦況に喜色の声を出しかけた。そうだ、この状況でガルマが撤退せずに勝手に出撃する。これ程自分にとって都合の良い状況もない。ガルマが勝手に交戦して戦死するならば現実主義者のギレン・ザビと理想主義者のデギン・ザビとの間に見えない亀裂を生むだろう。家族を愛するドズル・ザビと現実を優先せざるえないサスロ・ザビも今までの関係を続けられない筈だ。(認めたくはないがあの坊やこそキーポイント。それを打ち破ればザビ家の結束を崩せる!)それこそ狙いだ。「ええい、それにしても連邦軍の新型MSは化けものだな!!」今の発言をかき消す為に敢えて道化を演じる。連邦軍の新型MSが化け物なのは先日の戦闘で分かっていた。機体に配備されているビームライフルの射撃を受け止めるシールド、撃墜されたザクⅡF2型のザクマシンガンの直撃に耐えきる装甲。それはバーミンガム級戦艦に匹敵する装甲を持っていると言う事だ。そしてパイロットの技量低下を補うOS。(・・・・・高性能すぎるな)シャアはそう思う。ゲルググの性能を持ってしても圧倒できないこの機体。接近戦を挑めば話は別だがそうすればザビ家の坊やに花を持たせるだけになる。それはそれで面白くない。ならば、一度後退するか?そう思っていると運が更にシャア・アズナブルを味方した。彼は後世いろいろな評価をされるが、少なくともこの第9次地球周回軌道会戦でその運の良さを、或いは悪さを褒められている。『少佐、ガルマ大佐の艦隊後方5000kmに敵艦隊50隻程を確認。演習に出ていた第1艦隊です。これ以上の戦闘はナンセンスです!!退却命令を!!』確認すると多数の光源が見える。敵艦隊が一斉射撃をするのも時間の問題だ。一応ガルマに連絡するか。「ガルマ。聞こえているか? 敵の大規模な増援部隊だ。ここは引くべきだ。聞こえているな!?」だが、返信は無く、その次に見えたのはガルマの乗っていたザンジバルが沈められる瞬間だった。「前方にゲルググを確認。漂流中」エレンお嬢さんの言葉に勝利に浮かれていた私たちは気を引き締められる。第1艦隊はそのまますれ違い、ルナツーへ帰還する。やはり正規艦隊の圧倒的な火力と言うのは健在なのか、5隻の敵艦隊は瞬時に壊滅した。『ペガサスはキャルフォルニア基地へ、ホワイトベースはジャブロー基地に降下せよ』この時、私のペガサスはキャルフォルニア基地へ、ホワイトベースはジャブロー基地に降下する命令を改めて受諾した。その最中、緊急脱出したのか機体各所にデブリの破片を浴びた、カラーリングが通常のゲルググやザク、ドムとは大きく異なる機体を回収。機体の回収時点で第1艦隊はルナツーへの経路を取っており、プロトタイプガンダムを中心としたホワイトベース第1小隊はオペレーターごとサイド7防衛の為にルナツーへ後送。ホワイトベースは何故かブライト・ノア中尉が艦長を務めたまま地球に降下する。(彼も私と同じ星の下に生まれてきたらしい。厄介ごとに不運と言う星の下に)ついでに我が艦隊は新たな厄介ごとも拾ったと分かったのは10分後。例の漂流していたゲルググに乗っていたのはガルマ・ザビ、ルウム方面軍大佐にしてザビ家の末子というのだ。本当だろうか?本当なら不味い。私は急遽彼の下へ急ぐ。誰かが暴走して彼を殺そうとする前に。ザビ家の当主になるかもしれない男を殺す事は君主国で皇室や王室の系譜の人間を殺す事と同じ行為だ。一部の暴走の馬鹿で済む話では無くなる。(おいおい、絶対に給料分以上の仕事をしているぞ。なんでガルマ・ザビがあんな小競り合いに場にいたんだ?)私はダグザ大尉を連れて尋問室に向かう途中で思った。ダグザ大尉は護衛の10名と共にフル装備でついて来ている。私にも拳銃の安全装置を解除する様に言ってきた。全くもってこれでジャブローからの評価はうなぎ上りだろうな。この膠着した戦況と言う時期にこれほど大きな政治的得点を得るとはやはり運が悪い。(だってそうだろう。これじゃザビ家の王子を捕えた英雄扱いになるのは間違いない。私はあのクソじじいに辞表を叩きつけてやるつもりでいるのに、このままではまた余計に出世してしまう)今日の戦闘だって怖くて仕方ないから薬を使って乗り切ったと言うのに、ここでまた要らない評価を得たら最悪だ。戦場でも使える文官などと言う評価は欲しくは無い。第一、それぞれの役目を定めて分割して戦うのが官僚制度だろう?どうしてお互いの権限を乗り越えて戦わなければならないんだ! いつもは権限争い縦割り行政で叩かれているのに。そうこう思っている内にロッカー室につく。そこでノーマルスーツを脱ぎ、脱いでいたイタリア製のネクタイを締め直す。「ケンブリッジです、入ります」ノックする。先にはシナプス司令官と筆記係としてマオ・リャン大尉がいた。更に連邦軍の揚陸部隊所属に4名の戦闘歩兵。私はネクタイをなおし、ボタンをしめて黒のストライプスーツを着こなすと彼に尋ねた。「ガルマ・ザビ大佐ですね?」疲労した彼は頷きもしなかった。その姿や態度に何人かはいきり立つが構わない。手を出さない限り、問題は何もないのだ。だが、語らずともその独自のノーマルスーツの色と階級章、何より宣伝で見た顔が私の質問に明白に答えている。「私はウィリアム・ケンブリッジ政務次官。失礼ですが、貴官をキャルフォルニア基地まで護送する様に命令を受けました」そんな不思議そうな顔をするな。私だってジャブローでは無くキャルフォルニアに行けと言うゴップ大将とレビル将軍とコリニー提督の三名の連名に加えてエッシェンバッハ議員らの地球連邦安全保障会議の議決を見た時は目を疑ったのだから。「ジャブローではないのか?」漸く喋っていただいた言葉は予想通り。全く持って悲しい事だ。ここでマオお嬢さんが先の命令の補足説明してくれた。(どうでも良いがガルマ・ザビのみがノーマルスーツで他は全員連邦軍の軍服姿と言うのは何故なんだろう?余裕の表れか?)そう思うが一番の高位者として彼の問いに答える義務はある。それくらいはまだ連邦政府に忠誠心が残っているからな。「ジャブローではありません。キャルフォルニア基地、北米州に降りて頂きます。申し訳ありませんが、それまでは一介の捕虜として扱わせて・・・・ああ、大佐の階級に相応しい処遇はさせてもらいます。よろしいですね? 何かあればこちらの携帯に連絡をください。重要機密と判断しない限り対応させてもらいます」宇宙世紀0080.02.21、ガルマ・ザビ捕縛するという吉報を受けた北米州は早速手をうった。まず南米州議員をハニートラップでこちらに引き寄せると、連邦政府に対して囮作戦を強行する様に要請。ペガサスを守る為、敢えてホワイトベースにガルマ・ザビが乗せてあるように情報戦を行う。この時期、第1艦隊の遊撃任務につられてジオン艦隊はア・バオア・クー要塞に集結していた故に初動が遅れた。更に第2艦隊がルウム奪回を目指す軌道を取る為、ザビ家とはいえたった一人の為に大軍を送る事が出来なくなった。どれもこれもブライアン大統領とオオバ首相ら極東州の三姉妹とよばれる女政治家らの裏取引の結果である。キングダム首相を排したいが、その時を待つと決めた北米州らは逆に連邦政府の切り崩しをかけるのを止めた。正直に言うと今の政権は何もしなくても勝手に崩壊すると判断したからだ。そしてその判断は極めて合理的なものとして受け止められていた。「ジャミトフ君。連邦軍としては彼をどう扱うつもりかね?」白い館でブライアン大統領は地球連邦軍幕僚本部参事官という文官と武官の橋渡しをしている将官に聞く。彼が伯父の力を利用してウィリアム・ケンブリッジを保釈したのは有名だ。そしてジャミトフ・ハイマンと言う男は情に厚いがそれ以上に冷徹であり、理想家である事が有名である。何が言いたいかと言うと、無駄な事はしない主義だと言う事だ。それ故にコリニー提督に重宝されており、ブライアン大統領らも信用している。(怜悧な剃刀というハイマン一族の切り札。その彼が一族まで動員して保釈に動いたと言う事はこのウィリアム・ケンブリッジという男は非常に使えると言う事か。ふむ、有色人種と白人の混血児。どちらかというと黒色の髪に黒い瞳。我が国ではもう珍しくないクォーター同士の子供。そして妻も極東州とアジア州出身の子供。これはこれで良くここまで来たものだ。差別もあっただろうに。だからこそ誰かに奪われる訳にはいかないな)ブライアン大統領はそう思いつつも手元の書類をしまう。今は、再びとんでもない政治的な成果を手にしたこの政務次官をどう扱うかが課題。またせっかく手に入れた敵国の王子様だ。これをあの老人に渡す必要はない。あの老人はもう清掃だけしてくれれば良い。あの老人はこの戦争終了時まで精々こき使えられればそれで十分なのだ。「せっかく無傷で手に入れたザビ家の御曹司です。生かさず殺さず我々の手で管理運営するのがよろしいかと。手札は何枚あっても足りない事はありません。これからが勝負どころですからな。報告しましたが、現在のジャブローは来たるべきヨーロッパ反攻作戦の準備であわただしい。ここで敵地のど真ん中に置くのは政治的に不味い。政治面でも軍事面でも我々が彼を保護する義務がおありの筈です。ましてレビル将軍に渡すなど論外であります」ジャミトフの言はそのまま北米州の意見となる。またバウアーやパラヤが交渉にいくのだろうがまあ仕事だと思って我慢してもらおう。それよりも、だ。「共産軍。確かに南下しているのだな?」此方の方が重要だ。現在再編されている経済圏の内の一角、太平洋経済圏。地中海経済圏が完全に瓦解し、その余波で大西洋経済圏もまた崩壊した。宇宙の消費地であるスペースコロニーはジオンの支配下。である以上、連邦経済に残った最大級の経済圏を守る義務が世界の警察である我が祖国にはある筈だ。いや、ある。それを脅かす可能性がある共産軍の存在は危険極まりない。ここで極東州やアジア州の防衛線が抜けられたら笑い話にすらならない。連邦は崩壊するだろう。そうなれば呑気な陰謀ごっこなど出来なくなる。何もかもが水の泡になるのは避けなければならない。だからこそ、連邦議会と連邦軍にアメリカ海軍と日本自衛軍で構成された地球連邦海軍の6つの正規空母で編成された機動艦隊を太平洋、南シナ海への移動を認めさせる政治工作を行ったのだ。「ジオンが支配するスペースコロニーには非加盟国が日用品や水を輸出しています。その為か、我が連邦政府は完全に後手に回っております」ジオンが開戦時の予想以上に健闘しているのは占領地域からの義勇物資の名目で集めている日用品などに加えて非加盟国との貿易が主たる要因である。第三次降下作戦の結果、ジオンは非加盟国領土各地にHLV発射施設を建設して大規模な宇宙への物資打ち上げを遂行している。これを護衛する艦隊も健在で、第1艦隊と第2艦隊しかいない連邦軍は積極的な通商破壊行動に出なかった。出来ないのではない、出なかったのだ。「ブライアン大統領閣下が連邦のキングダム首相に要請すればこの流れも断ち切れますが。・・・・・ゴップ大将らの掲げるビンソン計画とレビル将軍が奪ったV作戦の終了までは第1艦隊と第2艦隊は温存すべきです。それに・・・・・我々が何をしなくてもジオンとの決着はレビル将軍らの派閥がつけてくれるでしょう」ジャミトフが何を言いたいのか手に取るように分かる。アメリカCIA局長が何やら耳打ちしてきたが、内容がそれもまた面白い。「そうだな、ジャミトフ君。君らは『我』が連邦軍を鍛え上げたまえ。その為に必要な資金や物資はこちらで用意しよう。そして連邦軍の中でも現政権に反抗的な人物と接触し、新興派閥には肩入れせよ。特にMSを中心とした派閥に、な」執務室にいた数名が忙しそうに動き回っている。いや、忙しいのだろう。この戦時下で、崩壊した地球経済を維持しているのはビンソン建艦計画とV作戦による大規模な軍事特需と太平洋経済圏の維持。この二つ。地球内部経済を支えた地中海経済圏と大西洋経済圏は崩壊。宇宙=地球間の生産と消費と言う関係もジオンにより寸断。現在の連邦政府は過去の貯蓄を切り崩して戦争を遂行している。このまま戦えばあと1年以内に経済面から瓦解するだろう。いや、瓦解する可能性があるというだけで反戦運動は大きなうねりになって、戦争継続を選んだ現連邦政府に津波の如く襲うだろう。その時こそチャンス。最大の危機こそ最大の好機とはいったい誰の言葉だったか?「大統領、コロニー国家であるジオンの国力は我々のシンクタンクの見積もり通り、小さいでしょう。しかし、連邦も非加盟国への武力対応や戦後復興、崩壊した経済面から見て第二次世界大戦の様な大規模な消耗戦をする余裕もありません。となれば、この1年。いえ、残り半年、宇宙世紀0081に入るか入らないかが勝負の分かれ目になります。統合幕僚本部も幕僚長のゴップ大将やコリニー提督らもそうお考えです。何より、ジオンとのサイドの決戦を、地球連邦軍全軍の最高司令官であるレビル将軍がそれを望んでいます」いくつか命令はあったが私、ウィリアム・ケンブリッジはガルマ・ザビと共に地球の北米州に帰還する。サイド3との交渉を任されて宇宙に出てからおよそ半年ぶりの事であった。一方、道中を共にしていた連邦軍の強襲揚陸艦ホワイトベースはシャア・アズナブルの執拗な攻撃にあい、突入コースを強制変更させられてしまった。彼らは本来の目的地のジャブローから外れ、ジオン地球攻撃軍の支配下である中央ヨーロッパに落ちる。心配ではあるが、酷な事か私はそれよりも安堵の溜め息を吐いた。それは艦橋にいる、いやペガサス全乗組員の意見だった。そして私は久しぶりの地球を満喫している。目の前にはキャルフォルニア基地の宇宙用ドッグが見えてきた。「海、綺麗ね」いつの間にか起きたのか、リムが肩を寄せる。バスローブの下にはお互い何も着てない。通信によると子供たちが埠頭で待っているらしい。「ああ、綺麗だな」埒もない。戦闘後、互いに逃げた様な関係でもあったが、それでも夫婦としてもう20年近く生きてきた。やりたい事も、望む事も、願う事も分かっている。だから横顔が美しかった。長い長い宇宙勤務だった。そして私はある決意をしていた。それが妻を激昂させるのだろうがそれでも譲れない。2月末、キャルフォルニア基地で私はゴップ大将の呼び出しを受けた。正確に言うとゴップ大将、エルラン中将、レビル将軍、キングダム首相、マーセナス議員の5名が呼び出した人物に当たる。その中で聞かれたのは連邦が捕えたザビ家の末子ガルマ・ザビの第一印象。私は簡潔に答えた。「劣等感と希望に満ちた名誉欲に飢えている良くいる若者です。今の時点では恐ろしくありません。ただ、叩けばギレン・ザビやドズル・ザビらに匹敵する恐ろしさを持っていると思われますので警戒が必要です」その言葉を受け取った連邦政府は何事かを決めるべくキングダム首相が秘書官と共に退出した。いや、この言葉は語弊がある。秘書官と共に画面から消えた。5つあるメイン・モニターのうち、1つが沈黙したのだ。全く、あのクソじじいは嫌がらせの為に来たのか?「しかし災難だったな」エルラン中将がまるで他人事の様に、事実他人事なのだが、労をねぎらう。(確かに大変でしたよ。だけどね、その内の半分以上はあんたの責任だろうが!! なんで戦闘に狩り出されなきゃならない!!)そう思うが、必死に叫びを抑える。これ以上妙な誤解の元で戦場に送られるのはご免極まる。傍らにいるリムも戦場に送らない。絶対に、だ。「ふむ、しかしザク4機を鹵獲し亡命政権首班の脱出を助け、今回はガルマ・ザビを捕虜にした。出来すぎた感はあるが。事実は事実として受け止めよう。何か要求はあるかな? 可能な限り答えよう」レビル将軍が言う。この辺りは隣のマーセナス議員と話が通じているんだろう。そうでなければ我が地球連邦までもが文民統制を捨てている事になる。そうなってはジオン公国と何ら変わらない。救いがないだろう。「なんでも、ですか?」確認する。向こうも簡潔に答える。「出来る範囲で、だな」この言葉を待っていた。あのルウム撤退戦の戦闘からずっと言ってやりたい言葉があったのだ。「リム・ケンブリッジ中佐を退役させてください」罵倒が飛び交っても構わない、正直死にたくないがこれが受け入れられるなら銃殺刑でも構わない。だからせめて。子供たちに母親を返してやってくれ。ただそれだけを願い、私は頭を下げた。いや、妻の実家の土下座と言う行為を行った。その途端、私は思いっきりど突かれて引っ叩かれた。こうなる事は分かっていた。妻の名誉も傷つけるのは分かっていた。それでもあの戦闘を見た後に、戦争を体験した後に、笑って妻を戦場に出せるほど私は強くは無いんだ。だから許してくれ。いや、許さなくても良いから理解してくれ。強襲揚陸艦であるペガサスが地球に降りて4週間。宇宙世紀も0080.03の下旬に差し掛かった。私が要求した妻への処置は、数々の功績を鑑み無期限の休暇と言う戦時下では考えられない破格の対応が言い渡された。一方で自分は北米州の大統領補佐官も兼務する事が正式に要請された。そしてもう一つの裏取引も。(要請と言う名前の命令か。でもまぁ仕方ない。それくらいは覚悟するしかない。それに北米州大統領府の勤務なら戦死の可能性も少ないから良しとしよう)『それではあくまで勲功に報いる形を取る。また再建途上の宇宙艦隊の艦長教官職としてキャルフォルニア基地勤務と言う点で如何ですかな、レビル将軍?その代わり・・・・・・ケンブリッジ政務次官、君は現政府に協力してもらうぞ。英雄である君が受けた数々の人権侵害については誠に申し訳ないが、我々と司法取引をさせてもらおう。そうだ・・・・・いわゆる、目をつぶれと言う事だ』マーセナス議員の言葉に自分の次の役割が決まった。私は連邦政府の暗部を知る切り札になってしまった。これはキングダム首相にとって最悪の展開だろう。戦争継続派のレビル将軍はウィリアム・ケンブリッジ拘禁並び人権侵害の件で連邦政府中枢に意見できる。意見しなくても意見が可能と言う点で十分脅威になる。北米州もまた現政権に対していつでも人権侵害を理由に首相らの解任請求をできる立場となる。駒を手に入れた訳だ。(道化、ですか?)更にダグザ大尉は少佐に昇進の上で、一個小隊を率いて私の護衛に。ペガサスのメンバーもキャルフォルニア基地で教官職になる。来たるべきヨーロッパ反攻作戦「D-day」を勝利すべく、多数のMS隊を養成する。その為の教導部隊に昇格した。(これも私を妙なところに進めない為の布石なのかな? 買いかぶりすぎでしょ)そう思うがどうやら盛大な勘違いはまだまだ続くらしい。つくづく嫌になる。ところで降下に失敗したホワイトベースの件をジャミトフ先輩経由で聞く。「ホワイトベース、どうなりましたか?例の新型ガンダムとそのパイロット、それに殆ど新兵で編成されていたと聞きましたが。今もジオンの勢力圏内部ですか?こちらからの救援部隊は派遣されたのでしょうか?」と。どうやら先輩曰く、ガルマ・ザビ奪還部隊として『青き巨星』と呼ばれているランバ・ラルがこれを追撃していたらしい。らしいというのはミノフスキー粒子が濃い事とホワイトベース隊とランバ・ラル隊が接敵した事自体が極秘情報である事。これに加えてガルマ・ザビはまだホワイトベースに拘留されているという欺瞞情報が流されている事が理由となる。「まあ、ジオンも半分は信じてないがこちらがガルマ・ザビを極秘裏に拘禁している事がギレン・ザビらの目を欺いた様だ」との事。(そうだろうか? 何か別の思惑がありそうな気もするが。・・・・・まあ、あのデギン公王やサスロ・ザビ、ドズル・ザビならガルマ可愛さに軍を私的に動かしそうだ。ギレン氏はどう考えるだろうか? まだ連邦との戦争を続けるつもりなのか?)更に敵も新型MSを導入しており苦戦した事、オデッサ近郊の為、積極的な援護が出来てない事などが挙げられた。ただ、後に伝え聞く噂によるとランバ・ラルは敗死。新たな追撃に加わった黒い三連星もまた撃ち破り、戦死に追い込んだとの事。連邦軍は局地的な優勢を全体の優勢に見せかけるべく、いくつかの手をうった。その一つがRX-78NT-1アレックスとそのパイロット『アムロ・レイ』を白い流星と持ち上げ、ジオンに対するプロパガンダに利用している。無論、補給部隊や掩護のMS部隊を送ったりしていたらしい。詳細は相も変わらず軍機扱いで分からないが。とりあえずブライト・ノア中尉は生きている様だ。良かった。なお、ジオン側が名づけた『白い悪魔』の方が、通りが良いので多くの連邦兵もそれで通すのは戦争の皮肉さを物語っている。因みにジオン軍との協定でここキャルフォルニア基地の市街地分野は亡命者受け入れを少数であるが許可していた。亡命者だけでなく、サイド6経由やフォン・ブラウン経由のシャトル、木星船団の代表らの受け入れ場所でもある。所謂ハブ宇宙港。もっともその亡命者の定義はジオンと連邦が認めた者であり尚且つ占領下のサイドに住む者と限定されていたが。そんな中、ケンブリッジは家族水入らずの観光をしていた。そして、乗馬クラブで一人の青年に出会う。向こうは全速力で駆け足を馬にさせていたらしく、こちらに気が付くのが遅れた。「うわ!?」思わず落馬しそうになる。リムが支えてくれなかったら下の砂利道に背中を打ち付けられていただろう。「これは申し訳ありません。ご無事ですか?」一体どんな奴だ、と思って相手を見た。紫色の髪。年齢はどんなに見積もっても20歳前後。恐らく連邦の軍人だろう。引き締まった体から軍人特有の硝煙の匂いがする。「あ、ああ。こちらこそすまない。まさか林から人が出て来るとは考えてなかった」元々乗馬は妻が得意で、自分は不得意なのだ。それは知っているが子供の情操教育の為にも有効だと思うからやっている。しかし、目の前の青年は完璧に馬を操っている。恐らく余程の修練を積んだんだろう。(どこかの名家か?)そう言えばブレックス准将もジャミトフ先輩も両方とも乗馬は得意分野だった。リムも嗜み程度と言いながら上手である。と言う事は、この人物ももしかしたら北米州の名家出身の坊やなのかもしれない。妻も自分も一旦馬から降りる。手近の馬場に馬を繋ぐ。中にいた乗馬クラブの人に借りていた道具を返す。子供たちは妻と乗馬インストラクターが面倒を見る。「これは夫が失礼を。ええと、あなたは?」私はリム・ケンブリッジ。彼は夫のウィリアム・ケンブリッジ。そして二人の子供たちも名乗らせる。「ジンです」「いもうとのマナ」それを聞いたポロシャツと騎乗用パンツをはいている青年は紺のヘルメットを取り、馬から降りてこう述べた。「私はパプテマス・シロッコ。地球連邦木星開発船団の副団長です」ほう、木星出身なのか?確かニュースで木星船団の第6陣が帰還したと言っていたな。それならば時期も合致する。それにしてもどこぞの王の様な、例えるならギレン・ザビの様なカリスマを持つ人物が語る姿は様になる。そう言えば彼の襟には連邦軍中佐の階級章があった。休暇か。確かに宇宙軍の制服ではこの北米州西海岸は熱いだろう。それに木星船団では乗馬など出来ない筈だ。今のうちにやっておきたいと言うのは分かる。「コロニーで乗馬を習いました。おや・・・・・間違いない、貴方はケンブリッジ政務次官殿ですな?かのルウムの英雄に会えるとは・・・・私は運が良い。どうですか、この後レストランまでご一緒しませんか?」私に断る理由は無い。妻子と一緒であれば喜んで。そう応じた。