ある男のガンダム戦記 03<地球の内情>宇宙世紀0069.7.20地球行きのシャトルで徹底的な質問攻勢にあった私はへとへとになって地球に帰る。「ようやく解放された」祖国アメリカに戻った自分はキャルフォルニア基地(旧サンディエゴ基地を中心にカルフォルニア州南部の主要海軍基地、空軍基地を合併させた地球第二位の軍事拠点)で対ジオンの歓迎団と合流する。この、宇宙港も備えたキャルフォルニア基地は地下都市部や極東州(つまり日本)の高速鉄道網によってロス・アンジェルス、サンディエゴなどの近隣大都市とも僅か2時間で到達できる北米州最大の軍事拠点であり、ジャブロー建設計画発表までは人類史上最大という形容詞を持った拠点でもあった。そんな中、宇宙港のロビーを軍服姿の妻と3歳になる息子、グレー系列のスーツに帽子をかぶった私は歓迎団のトップがいる場所へ歩く。周りは日系人や日本人、恐らくアメリカ国籍の白人や有色人種が闊歩している。この点では地球連邦北米州というよりもアメリカ合衆国という言葉の方がしっくりときそうだな。(相変らず日米交流が活発なこと。技術大国、鉄道帝国日本の面目躍如と言うところだ。あ、ギレン・ザビらはもうワシントン行きの飛行機に乗った頃か?)広大なガラスの壁。今まさに飛び立つ鉄の鳥たち。それを見ながら出迎えの将校に一礼する。妻が教本通りの敬礼を捧げる。「リム・ケンブリッジ中佐、ただいまウィリアム・ケンブリッジ首席補佐官をお連れしました」地球連邦海軍の将官の軍服に軍帽を被った禿鷹の様な眼光を持つ軍人。思わず、何でこの人がいるのかと思った。(げ、先輩!?)ついでに隣の将官の第一印象は豊かな髭だ。それに丸刈りに近い自分とは違い、豊かな髪。その帽子を被った将官の二人は返礼する。「私はジャミトフ・ハイマン准将。知っているとは思うがキャルフォルニア基地作戦本部副本部長だ。・・・・・・久しぶりだな、補佐官どの」ニヤリと笑う。悪戯が成功した児童のように。息子のように。だから止めてください。あなたがいると知っていたならば仮病を使うべきだった。そう頭を抱え込みたいと思いつつも握手する。そして左隣にいたもう一人の将官にも手をさし伸ばす。「はじめまして、ウィリアム・ケンブリッジ補佐官。自分はブレックス・フォーラー准将。彼とは同期に当たる。役職はキャルフォルニア基地の第一航空軍司令官。ああ、堅苦しいのは嫌いでな。最初は戸惑うかもしれないが、私も君の先輩のジャミトフ准将と同様に、ブレックス准将とファーストネームで呼んでくれ」ブレックス准将が手を握り返す。しっかりと握手する。「わかりました、そのご好意、謹んで拝命します」少し芝居がかかったのはご愛嬌だ。ふと妻を見ると何か見つけたかのようにそわそわしている。何事かなと思って視線をやると其処には妻の両親がいた。「あ、おじいちゃんだ」息子が可愛らしい声を出して駆け出そうとする。慌てて止めるとジャミトフ先輩が苦笑いしてきた。「ウィリアム、遠慮せずに行かせたまえ。子供には親が必要だ。君はコロニーでスペースノイドの暴徒共に囲まれたのだ。その分の埋め合わせの休暇の手続き位はネットでも出来るさ」ジャミトフ准将がせっかくの好意を示してくれたのでそうする事にした。妻と何事かを相談した後、妻は息子と共に実の親元に戻って行った。義理の母親が妻を抱きかかえて泣いているのが見える。どうやら心に塞き止めていた物が一気に崩れたみたいだな。(そうだな・・・・・サイド3のキシリア・ザビ暗殺暴動は悪い事しか報道されず、市民の死者も出た。父と母、義理の両親らにとっては戦場に孫たちを送り込んだ様なものだから・・・・・仕方ないか)一抹の寂しさと、何よりも安堵を感じる。(俺は帰って来た。合衆国に帰ってきたんだ)感傷に浸るのもそこそこに。そこで二人の准将と護衛役の一個分隊の憲兵に守られて自分は車に乗った。環境車では世界を席巻している日本・韓国ブランドではなく、伝統あるベンツというのが驚いた。合衆国の三大国産メーカーではないのか?ふと、扉が閉められる音に顔を上げるとブレックス准将が聞いてきた。「さて、君に聞きたい事がある。サイド3は現在どういう状況なのだ?」護衛の3人は防弾ガラスの向こう側で音が聞こえない。車は珍しいディーゼルエンジン搭載なので振動が心地よい。(また仕事だよ・・・・・少し休ませてくれ)と、思ったがそんな事はお構いなくブレックス准将が聞いてきた。「ジオンの、ええ、もうジオン公国の状況は端的に言いますと次の通りになります。ギレン・ザビを中心とした独裁体制。非地球連邦加盟国との密貿易による富の蓄積非加盟国=ジオン間貿易で蓄積した富の軍需産業への流入。反連邦感情の高騰。これは北朝鮮やイランが北米州に持つ敵愾心に匹敵する程です。4と関連した冷静さを欠いた市民の暴走。だいたいこんなとことですか。当たり前のように共和国時代から続いた議会は傀儡。下手を打てば、という形容詞がつきますが、代表団も連絡府も駐留軍もそう遠くない将来、サイド3からの全面撤退に踏み切らざるをえなくなるでしょう」ジャミトフは軍帽を置き顎に右手を当てて、ブレックスは椅子に体重を預けた。ちなみにジャミトフ・ハイマンは伯父が北米州代表の連邦議会議員になる(そのハイマン氏の影響で混血児である自分が連邦政府で大きな影響力を持ちつつあるのは自覚している。まあ、ジャミトフ先輩の基盤を固めたいという気持ちもあるのだろう)ブレックスもまた親族が月面都市フォン・ブラウン市長の職で前月面都市郡代表議員にあたる。ブレックス・フォーラー氏自身は月面都市郡出身者(ルナリアン)で連邦軍でも珍しいルナリアンの高級将官。よって両者は軍人であるが、家系柄か政治的にも隠然たる影響力を持つ。いわば連邦の名家とでも言うところの出身に当たる。(もっとも片方はスペースノイド寄り、片方は地球よりと対極なんだけど)少しネクタイを直す。襟を正す。正装は解かない。「正直なところ同じスペースノイドとして独立を叫ぶ市民感情は分からないでもない。寧ろ連邦内部に不平等体制は変革されるべきだ。既に宇宙住む者が30億人に達している。だからジオン・ズム・ダイクンの言わんとする事は理解する。だが、実際に独立するとなると話は別だ。仮にだ、独立を達成しよう。その独立後は如何する?その展望があるのか?連邦の改革の為に戦うならともかく、連邦打倒の為に戦うのでは本末転倒だろう・・・・」ジャミトフもブレックスの意見に賛同なのか、続ける。ジャミトフ先輩がスペースノイドの意見に賛同するなんて珍しいな、と私は思いながら。「・・・・・何だウィリアム・・・・・その目は?・・・・お前、私がブレックス准将に賛意を示すのがそんなに珍しいか?私とて愚か者では無いし、地球連邦軍の一員だ。連邦の利益になるのならスペースノイドとはいえ自治権程度の付与は認める。仮にではあるが、反連邦運動を止めて各州の様な権利を求めるのであれば条件次第では認めても良い」そこで一旦口を閉ざす。そして言い切る。先輩が何か強く言いたい時というのはこの様な動作をする事が多い。「だが、単に独立したいというだけの我が儘を認める気はない。その我が儘を認めた結果が半世紀以上続く凄惨な北インド問題ではないか」顔に出ていたようだ。が、それはそれ。これはこれ。私にそんな事言われても・・・・正直言って困る。ただ・・・・確かに北インド問題は有名だな。(経済格差による諸問題解決の為と大国との自意識から独立に踏み切ったインド。歴史の授業で習ったな。官僚試験でも論文の必須項目だし。当時は熱狂的で、連邦構成国の市民たちやマスコミも連邦崩壊の始まりと伝えられたが・・・・・結果は凄惨たるありさま。独立したは良いものの経済は軍需にのみ偏り、旧パキスタン国境にはアラビア州軍。海洋は北米州の海軍を中心とした空母機動艦隊、と、北、西、南と連邦軍の大軍が睨みを利かせている。しかも、だ。国境・・・・・軍事境界線で紛争が起きるたびに情け容赦の無い空爆と衛星軌道からの軌道爆撃が敢行される。結果はほぼ10年ごとに1000万前後の死傷者を出し、連邦は非加盟国(連邦市民が通称する所によれば枢軸国。第二次世界大戦で敗戦した国々への国連の対応をモチーフにした)であることを理由に見て見ぬり。他の非加盟国領域も軍事力で圧力を受けるのは似たり寄ったり・・・・・・全くもって・・・・・厄介だな)溜め息が出そうだ。ジャミトフ准将はその事を連邦第一の課題と考えるタカ派で有名。彼は反スペースノイドというより地球至上主義者。先ずは地球を、というのがハイマン家の家訓であったから仕方ないと言えば仕方ないか。「ジャミトフ、そうは言うが地球の非連邦加盟国問題、所謂市民やマスコミが言う枢軸問題とジオン問題は別個ではないのか?自治領とはいえ、各コロニーに住む者は連邦市民。非加盟国の人間は非連邦市民。これは残念だが歴然たる事実。そして連邦政府は各々のサイドに住むスペースノイドを守る義務を持つ。一緒くたに考えず、別個に対応し無条件での自治権拡大も認めるべきだ」一瞬両者の視線が交差する。止めて欲しい。胃が痛くなる。唯でさえこの二人は良く分からない関係なのだ。巻き込まれる方は迷惑極まりない。「そうは言うがな、連邦非加盟国が誕生して既に1世紀近く、だ。彼らの行いは自業自得だ。しかも母なる地球を汚す切欠となった。奴等さえいなければ統一政権下での地球清浄化も今よりより強固に進められた筈。それにだ、裏でコロニーの独立運動と連動しているのも間違いなかろうよ。でなければサイド3の自治権獲得とジオン国防軍設立やその維持が出来る筈も無い。事実、サイド3=グラナダ、フォン・ブラウン=枢軸ルートのシャトルや輸送船はこの数年間で10倍に達している。これでは州を構成する加盟国が警戒するのも無理はないし、ルールを破る輩に独立など認めさせん」地球連邦加盟国。旧国際連合の加盟国から数カ国を除いた国々で構成されるのが地球連邦である。更に後述する州を地域ごとの国々が構成し、各州独自の方法で(ただし、間接民主制か直接民主制が大前提)代議員を選出し、連邦議会に送る。送られた連邦議員は多数決で任期8年一期のみの地球連邦首相を選出する。旧国際連合加盟各国→各連邦構成州→連邦議会→連邦首相→首相による閣僚任命(連邦政府)、という流れが一般的である。後は別個に、連邦中央試験から選抜される1から3等までの政府直属官僚と各州から推薦で送られる特別官僚の二種がいる。権限は変わらないが後者の方が各州の利益代表と言う面が強い。もっとも、出身州の利益誘導に走るのは前者にもいるし、後者でも連邦全体の事を考える者はいるので一概に区別出来る訳ではない。そしてそれらとは完全に独立した組織として地球連邦軍がある。(・・・・・が、連邦海軍は北米州と統一ヨーロッパ州、極東州がほぼ独占している。正規空母を持つのは極東州の日本と合衆国のみ。他州は設計が失敗したとしか言いようがないヒマラヤ級を押し付けられている。連邦空軍は機体こそ共同運営だが、開発のノウハウは北米州と統一ヨーロッパが持て、あの手この手で他州主導下の新型機開発を妨害して、各州は陸軍に比重を置いて連邦軍に貢献する事となってたか。ああ、連邦軍海兵隊は北米州のみが、各種特殊部隊は各州が直接保有する訳で・・・・うーん。何で文官の官僚の自分がここまで詳しくなったんだ?やはりあれか? ジオン・ズム・ダイクン死去やキシリア暗殺事件にかかわってしまったせいなのか?)ちょっとため息。車はようやく3分の2まで来た様だ。それでもまだ遠い。リニアトレインや改良型シンカンセンを実用化し、北米や南米をはじめとした地域の地上輸送網に革命をもたらした日本は凄い。そんな的外れな事も考えながら、現実の事も考える。人間とはかくも複雑なものなのだ。(言い換えると陸海空の内、海軍と空軍は伝統的に旧先進国が独占している・・・・・陸軍は紛争地域で使われるから汚れ役と言う意識が各州にあるそれを補うために正規宇宙艦隊は各州の構成市民から一個艦隊ずつ編成されているのだったけ)と、連邦軍と連邦の基本をおさらいしている頃。ブレックスとジャミトフの衝突は続いていた。「ジオン国防軍とは違うが、我が連邦軍とて一枚岩ではない。地上軍は陸海空の三軍で予算を奪い合い、陸軍は朝鮮半島、インドシナ半島、極東ロシア、台湾、南インド、イラン高原にそれぞれ30万ずつの大軍を編成している。宇宙艦隊も新造艦への交代と人員の完熟が間に合ってない。船はあるが人がいないんだ。しかも各コロニーの駐留艦隊や独立任務部隊はスペースノイドが中心なんだぞ。ならばこそ、サイド3にも、ジオン公国にも穏健な態度で挑むべきだ。挑発して第二次世界大戦を引き起こしたアドルフ・ヒトラーの愚を犯すべきではない」が、ジャミトフも黙らない。お願いだからもう少し穏健な話し合いをしてほしいだけど、という私の意見は無視のようだ。はいそうですか。「首都を新設しておいて言える事では無い。しかも地下都市と大規模な防空施設、宇宙艦隊建造用ドッグに15万人の守備兵。どうみても穏健とは言い難いのではないかな?」地球連邦首都は南米の新都ブラジリア。宇宙世紀0075までにギアナ高地のジャブローに移転する予定である。「首都問題も根深いですね」呟く。そう、首都とは国家の頭脳。頭脳をどこに置くか、しゅとが繁栄の中心になるのは世界各国、世界史の常識。下手をすると紛争状態になっただろう。そうならない様、首都は衛星軌道に創られた。宇宙世紀元年の事だ。しかしその宇宙世紀元年。ラプラス事件が発生。首都は衛星軌道から地球のニューヨーク(正式に移転後、ニューヤークと改名)に移った。が、宇宙世紀も四半世紀が過ぎコロニー開発が軌道に乗ると地球各国から首都の移転が出る。続出する。『いつまで仮住まいする気だ?』『大家面するんじゃないぞ!!』『いい加減にしろ』経済も軍事も政治もアメリカが担っていた地球連邦とは名ばかりの独裁体制へ多くの地域からNoが出てきた。この流れはさしもの北米州の雄アメリカ合衆国も逆らえなかった。結果、首都はニューヤークから移転する。多くの国々が『首都』誘致に全力を尽くすが、最終的には国土を提供した南米州がその権利を得た。『アメリカに支配し続けられるより100万倍マシ』時の世論はそう言ってブラジリアという都を建設。地球連邦直轄領として南米州のギアナ高地近辺を大規模工業化を敢行。その改装・改造規模は北米州の五大湖工業地域と極東州の太平洋工業ベルトを合計するほどのモノとして語り継がれる。確かに振り返ると首都機能移転とそれに伴う発言権の向上は非常に大きなものがあったと言える。実際問題として南米州の工業力や収益、発言権は地球連邦初期時代とは比べ物にならない。と、どうやら話が変わるようだ。「まあいい。要は地球の環境回復が最優先課題なのだ。軍はいつまでも北インド、中国、イランらの枢軸問題に対応している場合では無い」ジャミトフの言葉は現在の連邦の情勢を端的に表している。唐突だが、地球連邦政府は大きく分けて以下の諸州から構成される。北米州(旧カナダ・アメリカ並びアメリカ海外領土・中部太平洋諸国・南太平洋諸国)中米州(メキシコを中心とした中米諸国)南米州(アルゼンチン、ウルグアイ、チリ、ブラジルなど所謂南米。ジャブロー区は連邦直轄領)オセアニア州(オーストラリア・ニュージランドの二か国)アジア州(旧ASEAN諸国+ベトナム、ミャンマー、バングラディッシュ、東ティモール、パプアニューギニアなど)極東州(日本・台湾・韓国)インド州(南北に分裂した南インド・コロンボ)アラビア州(アラビア半島・イスラエルを除く中近東全域)北アフリカ州(地中海・北大西洋沿岸のアフリカ諸国)10、中部アフリカ州(旧AUの内陸部)11、南部アフリカ州(キリマンジャロ地区以南のアフリカ各国・大西洋沿岸、インド洋沿岸地区)12、統一ヨーロッパ州(西欧・中欧・南欧・北欧・東欧・ロシア)13、中央アジア州(ロシアを除く旧ソビエト連邦、CIS加盟国)14、特別選抜州(イスラエル並び上記13の州に加算されない特別地域、実質は地球連邦直轄領)(そして地球連邦議会がある。議会は一院制で各州から20名ずつ選出される連邦議員と各コロニー代表団2名からなる合計12名、そして月面都市群代表の8名からなり、総計300名が地球連邦を代表する間接民主制。あ、ジオンが抜けたから今は298名か。任期も4年だからそろそろ中間選挙の年だな)思考の海から顔をだし、未だにスペースノイドの自治権拡大に賛成か反対かで議論している二人に聞く。ちょっと考えてみるに地球の各州と各サイドの格差は酷い。単純でも20対2、つまりどうあがいても多数決の原理を採用する絶対民主制では、地球側に譲歩させる事は出来ないわけだ。これではジオン・ズム・ダイクンのコロニズム思想に共感するのも分かるな。ああ、そんな事ばかり考えているから厄介ごとを押し付けられるのだろう。畜生め。「それでジャミトフ先輩、地球の状況はどうなっているのですか?」それを聞いたジャミトフは少し目をつむって考えた後、徐に切り出した。それは予想通りの内容だった。「地球連邦設立時、あの国連投票に反対票投じたイラン地域、中国地域、朝鮮半島北部、そして反イスラエル運動から離脱したシリア地域。更には北インドと中国がインド洋や台湾海峡を挟んで依然として冷戦状態だ」「なるほど。所謂、地球連邦対非加盟国という図式は数年では変わらない訳ですね。各地域が反地球連邦で協調しているのも、その結果経済崩壊を起こしかけているのも、軍需で無理やり経済を回しているのも変わらず、ですか?」「そうだ。まあ、連邦内部各州の経済摩擦はあるが本格的な対立には至って無い。補佐官の言う通りだが、ディエゴ・ガルシアやクレタ、オキナワ基地には連邦海軍の超大型原子力空母が二隻ずつ艦隊と共に配備され各地域を威圧している。世は事もなしだよ、腹立たしい事に、な」ブレックスが思わず悪態をつく。ジャミトフもそれに釣られて続ける。この二人は息が合っているが、考えの根本は逆と言う良い意味でも悪い意味でもライバルなのだ。(はぁ)溜め息を何とか押し止める。そして思う。早く目的地のキャルフォルニア政庁につけ、と。車は安全運転なのか、時速75kmというのが見えた。これまた余談だが、度量衡は全てg・mで統一され、インチやオンスなどは余程特殊な事態、金相場の買い付けなど、以外ではもう使用されてない。これはサイド3でも同じである。「現在の憂慮すべき事態はジオンと手を組む非加盟国だ。ジオンの生命線である水やウランを枢軸が輸出し、見返りに最先端工業で作られた電子製品を輸入しているのは明らかだ。ジオン=非加盟国の補給線、貿易ルートを遮断しない限りジオニストやサイド3の反乱分子は鎮圧できん。だからこそ、政府は強固な姿勢を見せて連邦の威信を回復すべきなのだ。そうしてこそ、連邦は栄華を、地球は真の姿を取り戻せる」「だがジャミトフ、その傲慢さは・・・・」「いや、最後まで言わせてくれ。・・・・・・ウィリアム、突然だが海岸線を見ろ」ん?私は内心で首をかしげながらも高速道路を走る車から外を見た。最初に見えたのはハリウッドのマーク。だが、多分それじゃない。そう思って海岸沿いを良く見る。「・・・・・・綺麗ですね」本音が出た。が、ジャミトフは首を横に振った。「見せ掛けだけだ。ここはともかく・・・・・この間までイージス巡洋艦の艦長として赴任していた北インドは酷かった。環境を汚染する大量の産業廃棄物、不法投棄されたごみの山、更には・・・・・餓え死にした、かつては人間だったものの山。他の遠洋航海で寄った紛争地域も似たり寄ったりだ。観光資源が州を構成する各国の産業基盤の根幹を成す為に環境保護や清浄化に取り組んでいる州ならともかく、非加盟国側やそれと否応なく対立している地域は酷いものだ。スペースノイドがコロニーの、宇宙から見る青い地球など最早単なる見せ掛けにすぎん」そう言って彼は窓を少し開ける。潮風と共に油のにおいがする。ネクタイが揺らめくが、やはり基地の近くだからか?「ウィリアム、覚えておくのだ。地球連邦をまるで悪の権化の様に言うスペースノイドだが、そもそも人口の絶対数ではまだ地球に住む者が多く、そしてその地球は危険なまで汚染されている。連邦が空気税や水税を取り、地球環境改善にその税金を投入するのは当然だ。そうしなければ地球の環境破壊は進み、結果として人類は宇宙移民も現在の文明も維持できなくなる。聖書級大崩壊が我々を襲い来るのも時間の問題なのだ!!だからこそ我らは早急に手をうたねばならん!!」ブレックス氏も私も驚いたようにジャミトフを見た。SP役の兵士も熱した上官に驚いている。「忘れるな。母なる地球を尊重しないで人類に未来は無い。サイドの独立、スペースノイドの自治権確立も結構だが、それ以上に地球の事を考えねばならんのだ!」思わず私は咳き込んだ。そして姿勢を直して聞き直した。彼の演説に。「・・・・・それには?」ジャミトフ先輩はハッキリと言い切った。「簡単だ。中央集権化し、今よりも宇宙にも非加盟国、いや枢軸国にも強い姿勢で臨める政府がいる」と。ギレン・ザビの訪問は凡そ3か月に及ぶことになる。気が付いたら私は彼らと連邦政府との橋渡しをする羽目になっていた。特にマ・クベ大佐、デラーズ大佐、ギレン氏との4者面談は堪える。全員が一癖も二癖もあるのでオチオチ冗談も言えない。「明日は北米州大統領と会談です。ニューヤークはどうでしたか?」「美しい街並みだった。連邦と言うのは独自の政治体制を持つ国々を集めた旧EUやASEAN、ソビエト連邦に近いのだな。正直地球に降りるまでは我がジオンのような均整な街並みを全ての都市が持つものだと思ったよ。我がジオンも宇宙に浮かぶ真珠のような国だが、地球の都市もまた良いものだったふふふ。心配するな。建前ではない、本音だよ」他愛のない雑談。だが、それも一時の事。ギレン氏はちょっと目を離したすきに多くの要人と独自のコネを作っている様だ。デラーズ大佐など露骨に自分を睨むし、この間などジャミトフ・ハイマン氏に喧嘩を吹っ掛けた。頭が痛い。『ほう・・・・かの有名なハイマン准将・・・・・・あの地球至上主義者ですな?ふん、時代遅れな・・・・・一体全体何様ですかな?』『なるほどな。大学などの教養とはこういう時に役立つものだ。・・・・・大佐・・・・・宇宙にしか住んだ事の無い教条主義者が地球の何を知っているのですかな?地球の美しさも分からぬとは・・・・・・所詮はスペースノイドの飼い犬か』どこが交流パーティだったのか。お蔭で胃薬が常備品になってしまった。責任を追及したいものだ。責任者などいないだろうけれども。尤も有耶無耶にされて終わるのだろうが。話しかけられたギレン・ザビが上機嫌で答える。人生で初めての空の旅、それもエア・フォース・ワンと同型機であって快適なのだろう。随員私を初め連邦官僚とホワイトマン部長、更に昇進し地球連邦統合幕僚本部本部長のゴップ大将に南米州方面軍(首都・ジャブロー方面軍)のジョン・コーウェン少将がいる。「うん、君の故郷だけあって実にいいな。この地の戦略的な重要性も理解した。これが終わったら欧州経由でアラビア、インド、アジア、極東、オセアニア、南米と見て回る。たしか・・・・・君はカナダ地区生まれだとか?」「カナダのトロントで生まれ、10からはニューヤーク育ちです。バラク・オバマ、エイブラハム・リンカーン両大統領に憧れて生きてきました」「ふーむ」殊更私と仲が良いと見せるのがギレン氏の狙いか?とにもかくにも私はこの旅が一刻も早く終わる事だけを切に願った。そんな視察の中、ロシア出身のアレクセイ少将が酒に酔ってアラビア州のアル・カミーラ少将に食って掛かるシーンがあった。双方とも飲みすぎだった。更に片方が足を引っかけたのが喧嘩の始まりだった。『ムスリムめ、トルコは我らロシアの領土だ!コンスタンティノープルを返せ、盗人が!』『侵略してきたのはそちらだ!しかも一体何百年前の事を持ち出している?正気なのか?客人の前でそこまで酔える貴官の底の低さに敬意を表するな!!』『なんだと!?』『ふん、領土良くしかない北の荒熊め。少しは学習しろ!』明らかにジオン側を格下と見ているが故の失態。ジオン代表団は表面上気にしてはいなかったが不快でない筈がない。(畜生!! どこのどいつだ!?こんなバカ二人を一緒に歓迎団に入れたのは・・・・・本当に勘弁してくれ)その時は単なる酒の席の狼藉であると思ったのだが、この小さな事件が大きな事件につながるとは神ならぬ身の私には想像できなかった。そして約三か月。地球連邦各州と各界の、特に北米州・極東州・アジア州と会談しその後も定期訪問を行う事で一致したらしい。らしい、というのは州政府が独自に決定した事で、連邦政府は関与しなかったからだ。それに建前上、連邦はまだ連絡府を各サイドに置いているから定期訪問という区別を新たにする必要はない。恐らく。また、関与したくておも内政自治権を明確に認められている地球連邦各州が強固に反対すれば大きな障害となる。そこでふと私は思った。連邦の中央集権制の意外な弊害について。「まあ、干渉は出来ない事は無いんだけど、強固な干渉を各州にやれる首相はここ30年はいないよな。次の選挙に影響するし・・・・・でも、それは他の州にも言えるわけで。かつて祖国アメリカの大統領は連邦首相に勝るなんて言われていた。今でもそう思っているアメリカ人は多いはずだ。国力も最大。海軍力は地球圏一位。空軍もあるし、何よりパナマ運河の権益を確保しているから太平洋経済圏と大西洋経済圏、地中海経済圏の海運を網羅している。各州での経済力でもトップだし、広域経済地域でもやはり太平洋・大西洋を抑えているからトップだ。だけど実際の連邦議会の北米州の一票はあくまで一票でしかない。各州の多数派工作をしたくても連邦設立から敵を作りすぎた祖国はそう簡単に味方を作れない。結果、この30年、いや、40年は一度も連邦首相を出してない・・・・・」地球連邦は各州の代表者から首相を選抜する。そして首相が閣僚を任命する。閣僚だけでなく各省庁上級官僚の任免権も持つ。更に任期は8年と長い。ゆえに連邦政府の首相はお飾りでは無いのだ。巨大な地球連邦という組織の頂点に立つ。それはまた、連邦首相を出した場合の地球各州は歴史的・国力面・経済面・文化面・学術面から明らかに優遇されるという事でもある。が、この状況が気にいらない州がある。北米州だ。自分達こそ連邦を支えると自負する、或いは先祖代々世界の警察官として活躍してきたと自認する人々にとって、今の状況は我慢できるが耐えたくないという状況になる。これに州間の対立や歴史問題、認識の差がでてくる。(厄介なんですけど、本当に。)例を挙げるならば、今のアヴァロン・キングダム連邦首相は統一ヨーロッパ州出身で、地球連邦構成国、構成州の北米州(北米州は連邦への最大級の貢献をしている)大統領ジョアンナ・ハクホードとは伝統的に仲が悪い。(植民地人、旧大陸人と互いに嫌いあっている。特に第二次大戦から連邦設立前後のアメリカ統治時代がそれに拍車をかけたんだよな)そんな視察も終わり、ギレンらジオン視察団は宇宙世紀0070になる前に地球から去った。視察後、すぐに辞令は来たのだが何故かジャブロー地区には回されず、ワシントンで四年間も足止めをくらう(無論、対宇宙宥和政策という仕事は山のようにあったし、ジオンの外務担当になった感のあるサスロ・ザビらとも何度も交渉した)。漸く南米のブラジリアへの出発準備が整ったある日の事。「前回は特に何もなかったなぁ」私がそう思っているとまた妻がとんでもないニュースを持ち込んできた。時は宇宙世紀0074。最近、娘マナが生まれたからと、産休を取っていた妻。だが、前の暴動の時も思ったのだが、私の心の相棒は私が平穏でいたいと思う時に大問題を持ち込む癖があるのではないかと思う。その内容とは以下の通り。月面グラナダ市にある地球連邦宇宙開発省衛星管理局の初歩的なミスでサイド3のバンチのひとつに隕石が衝突、数千人の死傷者と避難民が出た事。(完全にこちらのミス。人災だ。担当者も勤務者も全員くびり殺してやる。お陰で宥和政策はおしまいだ!)対連邦感情を配慮してサイド3駐留地球連邦軍並び連邦市民の退去が正式に決定された事。(市民の財産を没収する光景が目に浮かぶ。これで連邦も引くに引けないだろう)その前段階として連邦軍の一部が10分の1以下の士官学校の学生に襲撃を受け武装解除させられた事。(宇宙軍の面子は丸つぶれだ。意固地になる軍部が目に浮かぶ。頭痛い)決起を主導したのはガルマ・ザビであった事。(ザビ家が連邦に宣戦布告したも同然だな、これは。長兄のギレン氏やサスロ氏はどう考えているのか?)副官にシャア・アズナブルという若手将校が居て、実質の扇動者は彼であった事。(これは些細なことだ)ジオン公国は明確にかつ強力に軍備増強を開始した事(つまり開戦する気という事か・・・・一度拡大した軍備は使わなければ自国を滅ぼす。大日本帝国だな)これに伴い地球連邦宇宙艦隊ルナツー所属の第1艦隊から第7艦隊、連邦直轄工廠・宇宙港のパナマ運河地帯、トラック諸島、ジブラルタル半島の三大宇宙港兼軍需工廠施設にて第8艦隊から第10艦隊の編成が確定した事(ジオンがジオンなら連邦政府も政府だ。同じレベルで喧嘩する子供だ。連邦政府も被害者面だけしてやる気満々。もう開いた口がふさがらない。)ジャブロー建設が強固に進められる一方で、2隻の通常型大型空母を中心した4個海上艦隊が結成され、更なる恫喝が枢軸(非連邦加盟国)に行われる事(多分、海空軍の宇宙軍への対抗意識だと思う。軍部の連中、連邦政府は小学生に小遣いをあげる母親と同じ感覚なのだな。馬鹿軍人め!一度収税の苦労や予算管理の重圧を経験してみろ!!)その増税は宇宙税から賄われる事(この一言が決めてだ。畜生が!!俺の苦労はなんだったんだ!? 全部台無しか!?)。妻の報告を聞いて私は一瞬我を忘れてしまう。「少し胸を貸してくれないか」そういって私は妻の、リムの胸に倒れこんだ。ソファーに押し倒す。長い髪がなびくが気にならなかった。そのままソファーに座り込む。あまりの事に唖然とする2歳になる娘と6歳になる息子の前で私は泣いた。嗚咽が止まらない。気づいた。気がつかされてしまった。もう引けない。行く所にしかいけない。地球連邦も、連邦非加盟国も、宇宙も、ジオンももう進むしかない。「・・・・・・ああああああああ」自分のしてきたこと、嫌々ながらも必死で尽くした一つの政策。対宇宙宥和政策は、この天体衝突、連邦軍武装解除というたった一つの事件でもろくも崩れ去った。戦火の足跡はすぐそこまで来ていた。