ある男のガンダム戦記24<過去を見る者、未来を目指す者、現在を生きる者>『我々は今一人の偉大なる指導者を失った。これは、我々の繁栄の時代の終焉を意味するのか?否!!始まりなのだ!!古来幾世代にわたって一人の指導者の死がきっかけとなり爆発的な進化を遂げた国家は数多に存在する。人類は我ら選ばれた世代が地球圏を有効に管理運営して初めて未来を見る事が出来るのである!!その事実を無能なる反逆者どもに思い知らせ、盟友である地球連邦市民と我がジオン公国国民は立てねばならないのである!!諸君らの父も母も、祖父も祖母も、その尊い人生を人類の文明発達と言う偉業に捧げてきた。ならばこそ、宇宙に進出して一世紀にならんとする我らもまた、新たに生まれて来る尊き命たちの為に戦わなければならない。諸君、諸君らを導いた一人の指導者にして、我が父、デギン・ソド・ザビは死んだ。何故だ!?それはかの偉大なる指導者が自らの使命を果たし、命を全うしたしたからである。諸君らの父も母もそうである。これからも我らは家族との離別と言う悲しみを迎えるであろう。これは決して対岸の火事ではない。そのことを諸君らは忘れないでほしい。だが、それを恐れずに立ち向かう事を望む事を私は切に願う。その事実を、父デギンは自らの死をもって示してくれたのだ。諸君らの父も母も決して無駄に死んでいくのではない。我ら宇宙に住む新たなる世代が新たなる時代を作る礎となっているのだ!!最後に、全てのジオン公国国民を代表して先代のジオン公国公王陛下デギン・ソド・ザビにこれを贈ろう。』『ジーク・ジオン!!』宇宙世紀0093.06.09地球連邦政府から特別機が地球連邦軍本部キャルフォルニア基地とフロリダ半島のマイアミ基地、エコール市郊外の宇宙港から打ち上げられた。目的地はサイド3.であるジオン公国本国のズム・シティ。特別に地球連邦艦隊第10艦隊の護衛と監視の下とはいえ、ジオン第三艦隊は地球連邦軍の絶対国防圏である地球軌道に侵入。その護衛の下、3機のシャトルはそのままジオン本国に向かう。『デギン・ソド・ザビ、重体、危篤状態に』連邦放送や自由新聞は一斉にこれを取り上げた。一年戦争以前の敏腕政治家にして辣腕を揮った男が今まさに死にかけている。しかもその男は既に『地球連邦王室・皇室評議会』の一員であり、無碍な対応は絶対に出来ないのだ。例え嘗ての敵対国の元首であったとしても。仮に下手な対応をすれば王族や皇族、族長を擁する統一ヨーロッパ州、極東州、アジア州、アラビア州、南インド州らから大反発が起きる。『自分たちの国王陛下や女王陛下らにも同じ対応をする気ではないか!?』そうなれば地球連邦はせっかく固まった結束に要らぬひびを撃ち込むことになる。そうとなれば決まっている。彼を国葬する場所はジオン本国でなければならない。そう訴えるジオンのギレン・ザビと思案する地球連邦政府は一つの妥協案を提示する。ジオン公国と最も縁もゆかりもある地球連邦閣僚、ウィリアム・ケンブリッジとその家族を代表とした慰安団を送る事だった。「そうか・・・・ガルマが帰ってくるのか・・・・親父と共に、このズム・シティへ」そうサスロは思った。約10年ぶりの、弟と父の帰国。何も様変わりしてない様で大きく変わった本国。経済はコロニー建設の大型プロジェクトで好調であるし、木星圏や火星圏への投資を見込んだ人々の動きもある。何より覚悟はしていた。父親は高齢であり、いつ死んでもおかしくは無かった。そして親は子供より先に死ぬのが平和の証。だが、それでも一抹の寂しさは心に宿る。それは長兄ギレン・ザビ第二代公王も一緒であり、ジオン公国軍の上級大将にして予備役に戻っているドズル・ザビもまた同じ気持ちだった。と、公王府に吸収された総帥府の総帥執務室の扉がノックされる。机にあるスマート・フォンを起動させて電子掲示板を表示させ、相手を確認するべく行動するサスロ・ザビ総帥。イタリア産の高級オーダーメイドスーツにしわが出来る。「誰だ?」そこには少将の階級を付けている女性将官が大佐の階級を付けている士官と共に映っていた。「ジオン親衛隊総司令官のシーマ・ガラハウ少将、ならび、ジオン親衛隊艦隊司令官のアナベル・ガトー大佐です。例の件について報告に参りました」無言で机のPCから操作して部屋の正面扉のロックをはず。と、それを確認した儀仗兵が扉を開ける。敬礼する二人のジオン公国軍人。「サスロ様、ズム・シティ第3ドッキングベイにシャトルが入港。そのままケンブリッジ長官ら連邦代表団と共にジオン総合第一病院に向かわれます」予想通りの言葉だ。まあ、この時期に他の報告があるとも思えない。そして、それは父の死期が近いと言う事。「そうか、それで兄上直轄の君らが来たと言う事は・・・・先代の公王陛下の容態がそれ程までに悪化したと考えて良いのだな?」無言で頷く二人。「分かった。5時間後に見舞いに行こう。その際に予備役のドズル上級大将、マリーダ、ミネバ、グレミーも連れて行くからデラーズ軍総司令官、マ・クベ首相と協議する手はずを整えてくれ」それをきき見事な敬礼で立ち去る二人。この点は文民統制が回復した地球連邦政府とは大違いである。ジオン公国は未だジオン共和国時代から地球連邦からの独立達成に圧倒的な指導力を発揮したザビ家独裁体制と言う政治制度が色濃く反映されていた。そうであるが故に、本来政治には口を出さない筈のジオン軍軍人がジオン公国総帥とジオン公国軍総司令官とジオン公国政府のトップの首相とのパイプ役を務める。それは地球連邦との政治体制の差異を如実に物語っている。まあ政治体制に優劣は無い。あるのは差異だけなのでそれ程深刻に考える必要もないと言うのがサスロの意見であった。因みにガルマは民主共和制信望者となり、ダルシア・バハロと父親デギンは立憲君主制、ギレンは優良な人種(何を持って優良とするかは別として)による選抜寡頭政治体制樹立を目指している節がある。「それでは失礼します」そう言って二人は去った。そして自分も早く仕事を終わらせる事にした。目の前の書類の山を片付けて5時間以内に父親に会いに行くために。サイド3でも噂に聞くあのウィリアム・ケンブリッジ程では無いがティターンズ長官同様にジオン公国総帥職も決して飾りでは無くかなりの書類がある。一分たりとも無駄には出来ない。一方で、ギレン・ザビ公王は一足早く父であるデギンの病室を訪れる。要人専用で、暗殺を警戒しつつも全てが超一流の施設。そんな中で寝かされる衰弱しきった老人。それが嘗て、自分がこれぞと思い、目指した父親の成れの果てとは思いたくは無かった。だが時に時代の流れとは非常に残酷である。紛れも無く、父親だった。あのジオン・ズム・ダイクンと共にムンゾ自治共和国を立ち上げ、ジオン共和国を作り、事実上の独裁国家ジオン公国を建国した建国の父の一人とは思えないが、その男だ。(老いたな父上・・・・時既に遅かったか)10数年ぶりの再会した二人に言葉は要らなかった。ただ無言で背中を向け、ジオン公国公王府を見るギレンとその後ろ姿を見る病人服のデギン。右手にはいくつかの点滴が刺され栄養を補給している。また防音・防弾扉向こう側にはジオン親衛隊の隊員が完全武装で護衛していた。「ギレン・・・・お前には言っておきたい事がある」父が弱弱しいが、それでいてもはっきりした言葉で述べる。それを無言で聞く為に振り返るギレン。因みに彼は久々に私服のダブルボタンの黒い統一ヨーロッパのフランス製高級仕立服のスーツ姿にフランス製の黒いオーダーメイドの靴だった。いつもの公王用の服か使いやすいと言う理由でマントをつけた黒の総帥服でもなかった。これはギレンとしては非常に珍しい事である。「何でしょうか、父上?」ごほ、と咳き込む。だが関係無いとばかりに父親のデギン・ソド・ザビは自ら述べた。もう30年近く昔の話を。「キシリアの事だ。お前も覚えていよう? あのジオン・ズム・ダイクンの死から1日後の慰霊為のパレードで起きた暗殺事件の事」(ああ、あれか。あの日の爆弾テロ事件か。ウィリアムが関与していると思っていたが・・・・父上の口ぶりからすると違うのか?)依然としてジオン公国国内の情報機関を持ってしても真犯人は特定できてない。まあ、それを理由に警護体制に親衛隊を組み込んでいるのだが。だが薄気味悪い事件だ。コロニーと言う閉鎖された空間で発生した事も、その事件の詳細を誰も知らない事も、実行犯の死体しか確保できなかった事も。その実行犯を殺した人間の行方さえわかなかった事も、だ。それはギレン・ザビにとっても咽喉に引っかかった小さな骨として残った。この冷徹なるジオンを総べる独裁者には珍しく、だ。まあ肉親がいきなり死ねば流石に堪えるだろう。戦争中でもない限りは。「あれですか。目下のところ捜査は継続中ですが・・・・既に独立戦争も成功裏に達成しました。目下、諜報関係は対地球連邦政策に動員中です。それにです。父上もご存知の様に軍内部の愚か者どもが起こしたガンダム強奪、ミネバ、ドズル、ケンブリッジ暗殺未遂という同時多発テロに始まった水天の涙紛争での後始末にも追われており・・・・キシリア暗殺事件についての調査自体も時効と優先順位の為、打ち切られるかと」父親を安堵させようとした言葉に続いたのは、あの独裁者ギレン・ザビ第二代ジオン公国公王でさえ予想だにしなかった言葉である。「あれを、キシリアを殺すよう手配したのはダルシア・バハロだ」「!?」あのどちらかと言うと小心者の民主共和制主義者にそんな度胸があったのか?欺かれていた? この私が? そう驚く。思う。それに若干驚くギレンに彼は付け加えた。「そしてそれを命じたのはこのわし、デギン・ソド・ザビ。つまりキシリアとお前の実の父親だ」沈黙。そして、続き。(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・というと?)無言で父にその理由を問いかける長男に父親は人生最後の、政治の先輩としての心構えを教える。これが最後になると分かっていて。「キシリアはこのサイド3で頂点に立ちたいと思っていた。それはお前もうすうすあの時点で既に感じ取っていた筈だ。出なければあの時のお前の立ち振る舞いの説明がつかん。ああ、そうだな、わしに残された時間はあまりにも少ない・・・・そうだ、話をキシリアの件に戻すぞ。お前にはすべて伝えて置く義務がある。父親として、ザビ家の棟梁としてな。キシリアはサイド3の全権を手に入れると心に決め、行動しだした。その為に最初に邪魔になった存在がお前の弟、サスロだと考え、これを早期に排除する事を決めた。わしはその一連の事実を、少なくとも事実と思えた事を連邦のブラックマン部長・・・・いや、今の内閣官房長官ゴップから極秘裏に教えられた。サスロ・ザビ暗殺計画が進行している、だが、それで連邦側の関与は終わりだ。それ以上は自分達で決めろとそう言ってきた。ふふ、地球連邦政府の誰かがキシリア殺害を決めてくれれば恨みようがあったものを・・・いや、それを知っていたからそう言ったのかな?とにかく、彼ら地球連邦に取ってはザビ家やダイクン家、ラル家などジオン・ジム・ダイクン支持者の有力者の誰が死のうとジオンに打撃を与えられる事には変わりは無かった」ギレンが父の発言を聞いて言う。両手を後ろに組んで。「なるほど、だから我らの中の誰が死のうとどうでも良かった。それでキシリアによるサスロ暗殺計画をリークした。どちらが死んでも問題ないと言う前提で。所詮は反地球連邦勢力の筆頭であるザビ家の内紛であると、そう断言した、そう言う事ですな?」相も変わらない冷徹な息子だなとデギンは思う。だが事実でもあるし、政治家としてみればこの冷徹さは嬉しく思う。自分とは違うタイプの政治家だがこのジオン公国7億人の民を背負っていけるだけの風格と実力を兼ね備えた事だけは誇れる事だ。そして個人的にうれしかったのはこの冷徹な長男が、ドズル同様、孫の顔を見せてくれたこと。罪深き自分がミネバ以外の孫の顔を見れるとは思いもしなかった。そうデギンは思いつつも話を続ける。「そうだな、ギレン。お前の言う通りだ。連邦にとってはどうでも良かったのだ。どちらが生き残り、どちらが死のうとも。しかし、わしにとってはキシリアもサスロもかわいい子供だ。無論お前も、ガルマも、ドズルも、それは変わらない。ミネバやグレミー、マリーダとてその通りだ。だが。あの政局で、ダイクン死去と言う政治的な混乱期のあの局面でキシリアの暴走を許す訳にも・・・・許す訳にも・・・・・」そこでデギンが傍らに置いてある酸素マスクで呼吸を整える。続きを喋る為に。「わしは迷った。実の父親として生きるべきか、ジオンとともに歩んだ政治家として鬼になるか。が、決まっていた。決めるしかなかった。迷う時間は無かった」「先送りする時間も、ですか?」ギレンの問いに肯定するデギン。「そうだ。そしてあの時点でキシリアを、娘を力づくで止めると言う選択肢は既になかった。あれは連邦に尻尾を掴まれていた。仮に生き残らせるにしても軟禁するなり追放するなりしてザビ家と縁を切らせなければなるまい。そしてあれは、あの猛々しい性格のわしの娘は、それを黙って受け入れる事も絶対になかっただろう。仮にわしらが実力で監禁、軟禁しようとすれば・・・・キシリアの事だ、ダイクン派やラル家と共謀し、自らが指揮権を持っていた保安隊を動かして牙を向く」ぜえぜえと荒い呼吸するわが父。死期が近いのが素人の自分でも理解できるほど衰弱している。「しかも下手をすれば地球連邦の情報局や特殊部隊の手も借りかねなかった。それがどれだけ危険であるお前ほどの政治家ならばかは分かるな?あの時点で地球連邦に介入される事が一体どれだけ危険だったか。お前にも理解できよう?」無論。そう心の声をこめて頷くギレン・ザビ。「だからわしは第一にキシリアの説得を諦めた。あれは猛々過ぎる性格の持ち主で実力以上の地位を欲し、身の丈に合わない野心を燃やしていた。次に拘束し軟禁する事も検討したが・・・・やはり・・・・それも諦めた。先程お前に懺悔したように必ず地球連邦政府や地球連邦軍の介入を招くと分かっていたからだ」いったん、呼吸をと問えるために水を口に含む。「そうだ、サイド3の、スペースノイドの独立達成の為にはどちらかを切るしかない。そう考えたのだ、あの日、あの時、あの場所で。わしは決めたのだ。どちらかを殺す。娘か、息子か、そのどちらかを!!」そういってまた水を飲み、酸素マスクをつける。呼吸が荒い。ギレンは一瞬だけナースコールに手を伸ばしたが止められる。それはそうだ。きっとそうなのだろう。きっとこれが最後なのだろう。ギレンとデギン。父と子の最後の会話。これ以後は先代公王陛下と二代目公王陛下と言う公人同士としてしか接する事にならないと互いに分かっているから。これはドズルや孫たち、そしてNo2のサスロとは立ち位置が違う、ジオン公国の最高指導者だった人間と最高指導者である人間の義務なのだ。だからこの、キシリア暗殺と言う告白。これは父親からの懺悔であり遺言であり、教えでもあるのだろう。デギン・ソド・ザビの目を見ればそれくらい分かる。ギレン・ザビももう子供では無いのだから。地球圏でも随一のトップ政治家なのだ。「それで父上はジオン公国の未来を考えてサスロを取り、キシリアを切り捨てた、そういう事ですか?」無言で頷く。「あの日、ゴップ中将から最後の連絡を受けた。キシリアがケンブリッジも殺そうとしていると、な。その事実はお前も知っていた筈だ。そして当時の連邦政府が派遣したムンゾ自治政府連絡府文官のNo3にあたるケンブリッジを殺せば確実に地球連邦の、そして地球連邦軍の介入を招く。そうなればジオン・ズム・ダイクンの唱えたサイド独立は、わしの夢は文字通り夢幻となる。まあ、今になって思えばあの時点でキシリアがケンブリッジを殺してもさして影響があった筈はないかな? 今にして冷静に思えばあれは連邦政府の欺瞞情報だったのだろう。だがわしはその情報に踊らされた。あの当時のサイド3は地球連邦に情報面で劣っていた。まあ、それは仕方ない。だが、サスロ暗殺計画だけは本当だった。そしてわしは天秤にかけた。先ほどお前が行った様にだ、娘か、息子か、ではない・・・・そう、息子のサスロか娘のキシリアかでは・・・・なかったのだ・・・・」それを、ジオン公国初代公王であり父親デギンを引き継ぎ、言葉を紡ぐのはギレン。「そう、保安隊隊長キシリア・ザビか、国民運動部長サスロ・ザビのどちらか。ですか」そうだ。頷くデギン。「そして父上はサスロを取った。政治家として有能で、マス・メディアを運営・支配し、下手な野心を持たないサスロ。つまり野心むき出しで私やサスロを政敵と認識しいずれは蹴落とす事を考えていた妹のキシリアとは対極の存在である弟のサスロを生かすと決断した。キシリアを殺し、サスロを生かす、それがジオンの未来に繋がると考えた。そう信じた・・・・そうですね、父上?」ギレンの問い、いや、確認。それにまたもや無言で、しかししっかりと頷く。「ああ、そうだ。それでもわしは同乗したガルマまでは殺せなかった。だから連邦に貸しを作るのを覚悟の上で元地球連邦の政治家一族であるダルシアの伝手を使って指向性爆薬を手に入れた。地球連邦軍特殊部隊が使う強行突破専用の為だけの特殊な爆弾で連邦が厳重に保管しているモノを少量、な。確実に・・・・娘のキシリアだけを・・・・必ず殺せるよう・・・・実の娘の座る席の真下に設置させた」だからガルマ・ザビは生き残った。そして護衛の者達も重傷を負うも五体満足で何とかなった。生き残った。だが、キシリア・ザビだけは肉片の塊となって死んだ。故に調査は難航している。漸くあの60年代のキシリア暗殺劇というジグソーパズルのすべてのピースが埋まってきた。(なるほど、あの暗殺劇の主犯はウィリアムでは無かったのか・・・・まあ、キシリアとウィリアムでは既にウィリアムの方が親しみを持てるがな)ふと思った。あの日誌の存在はどうなのか、と。あのジオン公国の最大の政治的な禁忌は誰が書いたのだ? あれも目の前の老政治家が用意した欺瞞工作だったのか?ギレンはそう思い、父親に聞く。「それでは父上、キシリアが残した日誌は捏造品ですか?」首を横に振るデギン。水を飲み、咽喉を潤し、そのグラスを机に置く。「いや、あれもキシリアの不注意さが招いた愚かな行為だ。あれは本物だ。キシリアは、お前の妹は昔から癖があった。自分の計画を書物に書き残すと言う癖が、な。その一端があれだ。だからあれはわしが書いたのではない。お前への反逆行為もキシリアの、娘の、あの子自身の意思だったのだ」ぜえぜえと息を荒げる父親。それを冷徹に見る長男。不思議な関係である。だが、これもまた親子の肖像画の一つなのかもしれないとギレンとデギンは思う。「結果的にキシリアによるザビ家の統率やサイド3独裁は無くなった。そしてその代わりにサスロとドズルの補佐を受け入れたお前による独裁とその後政治手腕で行われた独立戦争と終戦交渉で、このジオン公国は地球連邦と対等な存在として存続している。わしはあの子の、娘の育て方を間違えた。後悔しているよ。心の底から悔やんでいる。キシリアはお前以上に傲慢で無知で、しかもそれを修正する、或は他人の意見を受け入れるという性格では無かった。・・・・しかもだ、本人は隠していたかも知れないがギレン、お前が持つ天才的な頭の回転力もカリスマ性も無かった事への劣等感を強烈に懐いていた・・・・心の奥底からな」キシリア・ザビが兄らに対して圧倒的なコンプレックスを抱いていたのは後世の歴史家の共通認識である。実際、これがなければこの暗殺事件はなかっただろう、そうギレンは感じた。あれは、妹のキシリアはそれだけ兄たちに対して劣等感と敵対心を抱いていた。そして最悪なことにそれを父親に悟られていた上、それに気がつかず謀略を進めた。ムンゾ自治共和国と呼ばれたサイド3時代のジオン公国政界内部で。「・・・・あれは・・・・危険な毒物といえた・・・・スペースノイド独立のためのジオン国内の結束を乱し、内部亀裂を生む存在となった。だから・・・・政治家・・・・ジオンと共に歩んできたサイド独立主義者である政治家として見ればわしの決断は間違ってない。だが・・・・・肉親として見れば、実の・・・・血の繋がった父親として見ればわしの決断は最低の、最悪のものだ。悪魔の所業だった。ははは、何せ実の娘を敵である筈の存在、地球連邦と共謀して暗殺させたのだからな・・・・政治家も軍人も罪深い。息子を助けると言う口実で娘を殺し、かつての盟友を簡単に切り捨てる。そうだ、政治家なんぞ・・・・人を陥れる事しかせん・・・・業の深い愚かで救い様もない度し難い存在でしか無かった」この言葉にギレンは思う。(それは私への皮肉ですか、父上?)と。だが違ったようだ。既に皮肉を言う様な力など残って無い。デギンは本心からそう思っている。「ギレン・・・・わしは疲れたようだ・・・・どうやら・・・・」そう言ってギレンに去るように言った。その時である、ギレンが思いもがけない事を言ってきたのは。「父上、眠る前に今日は特別に貴方に会って頂きたい人物を招いています。それも至急に。お会いになって頂きたいのですが・・・・よろしいですかな?」そう言うギレン。まさかの丁寧な依頼に戸惑いながらも頷くデギン公王。「それでは・・・・シーマ少将、彼女を入室させろ」携帯電話で命令する。それと同時に、扉が開いた。完全武装の兵士達に見守られて一人の妙齢の女性、金髪の女が一枚の写真を片手に歩み寄る。それを見てギレンはそっと部屋を退出した。最後にこう言い残して。「では・・・・・御さらばでございます、父上・・・・・良い旅路を」と。それはか細い声であり、ギレン・ザビらしくない弱々しい声ではあったが確実に父親の耳に届く。それに反応する父。「ギレン?」が、デギンが同じような弱々しい声で息子の方を向いた時には問うた時には既に長男は部屋を退出しており、代わりに金髪のショートカットの青いスーツに白いシャツを着た弁護士バッチを胸につけている女性が部屋に入ってくる。・・・・・・・・こうして彼、デギン・ソド・ザビと実子ギレン・ザビとの最後の親子としての会話は終わった。「・・・・・貴女は?」無言ですっと一枚の写真を見せる。「この女の子は私の娘です、まだ0歳ですが・・・・今は地球で夫が面倒を見ています」何を言っている?「お分かりなりませんか、私の顔。どなたかに似ていませんか?」そう言われてデギンは既に老化が始まって視力が低下した目を、眼鏡を使い視力を補って彼女の顔をじっと見る。気が付いた。誰かに似ている。いや、まさか、そんな。そう頭が混乱する。もし予想通りならこの目の前の女性はあの・・・・あの女性の娘か?と、女性が先ほど見せた一枚の写真を渡す。それをもらい、目で尋ねる。この生まれたての赤ん坊は一体誰だ? と。それに気が付いたのか女性は答えた。かつてのサイド3の最高権力者にして、最早死期を待つだけのか弱い老人に対して。「アストライア、そう名付けました。地球連邦市民として地球連邦の領土内部で一個人として生きる以上、その名を受け継いでも問題は無い、そうではありませんか?」この言葉で確信する。目の前の相手が一体誰であったのかを。「ミス・・・・なんと呼べば良いかな、お嬢さん?」言葉を引き継いだのはお嬢さんと呼ばれた妙齢の女。「セイラ・マス、いえ、デギン公王陛下、貴方にはこちらの方がきっと馴染みが深いでしょう。アルテイシア・ソム・ダイクンです」やはりそうか。言葉にならずとも表情で彼の言いたい事を察知するセイラ。アムロ・レイの奥方にして、アストライア・M・レイの母親である。「そうです、あのジオンの、貴方方ザビ家が殺したジオン・ズム・ダイクンの娘、アルテイシアです」自らの業が深いと思っていたがこれ程とは、そう感じた病床の上に寝る男。彼は彼女が自分に対して復讐をしに来たと思った。死の底にある自分、既に立ち上がる気力も抵抗する気も無い。長男に謀殺される様なものだがそれもそれで良いかと思えてきた。「父の敵討ち。兄君キャスバルがガルマを殺そうとしたように、父の仇討として兄と同様わしを殺しに来たのか、それもよかろう。アルテイシア嬢よ」だが意外だったのはこの言葉に女性が否定した事だろう。彼女は言った。「いいえ、違います。私は貴方を殺しに来たのでも断罪しに来たのでも、弾劾しに来たのでも・・・・呪詛の言葉を述べる為に来たのでもありません。ただ一つだけお聞きしたかったのです。教えて欲しい事があります。どうか隠さずに・・・・私に教えてください」何をだね?老人は聞く。死に逝く身だ。もう何を言っても良かろう。ギレンにもキシリア暗殺の真相を伝えた。孫にも会えた。サスロを生かしたお蔭でサイド3は地球連邦と対等の独立国家として存続できるようになった。痛恨のミスは南極条約の交渉時にあのレビルめを信じてしまった事だろう。その結果、要らぬ犠牲を何百万人もだし、何千万人、いや、億単位の人間を不幸にした。あれだけは許せなかった失敗だと今になって思う。悔いる。だが既に遅い。(情けない。晩節を汚したとはこの事だ・・・・それであの小さかったアルテイシア嬢は何が知りたいのだ?)セイラは聞いた。「ジンバ・ラルはこう言いました。父ジオンはザビ家によって暗殺された、と。兄は、シャア・アズナブルはそれを信じたようです・ですが私はあの後ティターンズのウィリアム・ケンブリッジ長官の下で当時の連邦とジオンの捜査記録と検死状況、死亡前後の父の容態を見せてもらいました。ですから私には信じられないのです。あの状況で、あそこまで衰弱して精神的に追い詰められていた父をザビ家がわざわざ手を下す必要があったのか、それが疑問です。実際、父はあのまま行けば遠からず過労と心労で政治家としての道を絶たれたでしょう。それを早める理由が・・・・おありでしたか?」鋭い指摘。彼女もやはり赤い彗星の妹であり、白い悪魔の伴侶であり、巷で噂されている政財軍閥『ケンブリッジ・ファミリー』の構成員だろう。まあ、こんな閥族は公式には存在しないがアデナウアー・パラヤを初め連邦議員のウィリアム・ケンブリッジとのライバル関係、競争関係にある人間は陰でそう呼んでいる。事実、地球連邦軍の第1艦隊、第2艦隊、第12艦隊、第13艦隊、ロンド・ベル、ア・バオア・クー要塞とルナツー要塞を合同させた「ゼタンの門」方面軍にグリプス鎮守府や地球の太平洋方面軍全軍と統一ヨーロッパ州方面軍、サイド6、木星連盟、ブッホ・コンシェルなどは彼、ウィリアム・ケンブリッジを支持している。下手をすればクーデターさえ可能なのだ。いや、第二の一年戦争や地球連邦解体戦争とでも言うべき戦争も引き起こせるだけの影響力を持ってしまった。それが今の、『ダカールの日』以降のウィリアム・ケンブリッジだ。その彼の下で顧問弁護士として働く傍ら、一般公開はされてないが、特別公開可能な極秘資料に接する事が出来たセイラ。だから彼女は兄とは違い冷静に判断できたのだ。本当にあの幼い時、まだサイド3がムンゾ自治共和国だった時にザビ家が議長であった父親のジオン・ズム・ダイクンを暗殺したのか、という事に疑問を持てたのだ。「どうなのです?」そう言われては答えない訳にはいかない。彼は病床から身を起こすとゆっくりと、だが、しっかりと自らの言葉で語る。「ジオン・ズム・ダイクンを殺したのは・・・・・・・・・・・・・・・・わしらではない。それは神に誓って言おう。わしらはダイクンを殺す気は無かった。無論、ダイクンが精神的に狂いだしていたのはわしらには分かった。分かってはいた。故にダイクンを一度何らかの形で政治の表舞台から降ろす必要性は感じていた。だが、決して殺す気は無かった。仮に殺すとなればもっと後に、そう、ダイクンが決定的な失策を行った後に決行しただろう。わしが独立戦争で、一週間戦争とルウム戦役の勝利を最大限に活用して行っていたギレンの政治行動、南極での終戦交渉を潰してしまったような、あのような失策を行ったその時に」その言葉は真実ですか?「そんな目で見ないで欲しい。例え嘘でもわしが殺したと言った方が良かったのか?」デギンの反応にアルテイシアは、セイラは無言で首を振る。「そうだな。今となっては何もかも過去の事だ。既に時代は老人であるわしやジンバ・ラル、ジオン・ズム・ダイクンを記憶の中にさえ必要とさえしてない。そしてやがてあのウィリアム・ケンブリッジも、ジャミトフ・ハイマンも、息子のギレン・ザビもアルテイシア嬢の旦那である白い悪魔のアムロ・レイも忘れ去られていく。もちろん、アルテイシア・ソム・ダイクンである貴女もだ。それが自然な流れだ。わしがな、死に逝く無力な老人が若者に偉そうに言える事は・・・・その娘、君の母親の名を受け継いだ君とアムロ・レイの娘アストライアを大切に育てる事、それだけだ。過去に縛られる事無く。未来を信じて・・・・決して軍人にも政治家にもしない事だ。それだけしか言えない。言う資格が無い。決して、誰かの為に戦う事を強制してはならん。もしも強制するならば確実に不幸な道を歩むことになるだろう。わしの娘、キシリアの様に、な」デギンがすっと右手を出してきた。思わず何をする気だと身構える。だが身構えた後に思った。この人の容態を。この人の体調を。既に何も出来ない。私を害する筈が無い。それだけの余力が無い。(手を握れば良いの?)半信半疑のまま、右手で握手する。「・・・・・・・・・・・ありがとう・・・・・・・・・アルテイシアお嬢さん、覚えてないだろうが、君が生まれた時にもこうして君の手を握らせてもらった。あの時はアストライア殿もダイクンもいた。君のお兄さんのキャスバル君もいた。もちろん、政敵だったが・・・・ジンバ・ラルやアンリ・シュレッサー、ダグラス・ローデンらもいた。わしの子供ら・・・・ザビ家の面々も。ははは。覚えてないだろうな。そうだろう、それで良い。そして・・・・・わしの最後の問いには答えてはくれんかな?」首を縦に振る事で聞く。なんでしょうか、と。「わしの手は・・・・・温かいか?」それはか細い声だった。だが何故だろう。それが嬉しく聞こえる。「温かいです、デギン小父様」そうか。そうです。どれくらいの時が経過しただろう。扉がノックされる。ジオン軍のジオン親衛隊所属である赤い将官服の女性が同じく佐官服を着た女性と共に入ってきた。「お時間です、セイラ・マス弁護士殿」「これからはザビ家の方々がご来訪されます。お引き取りを」頷く。そして最後に全ての感情をこめて頭を下げて言った。「さようなら」と。(ああ、さようなら、ダイクンの忘れ形見よ。わしを許してくれて・・・・ありがとう)部屋をでてジオン親衛隊の兵士達に護送されて車に乗る。イギリス製の最高級製電気自動車であり、目的地はジオン本国の独立達成記念で造られた、迎賓館と巨大宿泊施設、娯楽施設を兼ねる『ジオン・インデペンデス・ホテル』。現地には既にケンブリッジ家と被保護者のカミーユ・ビダンとジュドー・アーシタ、リィナ・アーシタ滞在中だ。恐らく寝ているだろう。特にカミーユとジュドーは軍事定義上のエースパイロット、『ニュータイプ』の訓練を毎日こなしつつ、ジオンの学校の一つで軍事基礎訓練で鍛えられている真っ最中だから。しかもその指導教官がルウム戦役以来の叩き上げのヤザン・ゲーブル中佐であり、サウス・バニング大佐に匹敵する訓練の厳しさでへばっていると思う。(もう20時30分か・・・・ジオンも夜になるのね・・・・そう言えばサイド3の夜なんていったい何年振りかしら?)コロニー内部の人工太陽が暗くなり、街灯がともされる。戦時中の灯火管制とは違う、人がいる明かりであった。そしてその頃、セイラが向かっている『ジオン・インデペンデス・ホテル』の来客用デラックスルームの一室、7階では。「ちょっと、今日は危険日だから駄目だって言ったでしょ・・・・もう、仕方ないわね」女性の声が響いた。黒髪の日系スペースノイドである。しかも徴兵された元軍人、MS隊のオペレーターの甘えた猫の様な声。「あ、そうか・・・・うん、ごめん」素直に謝る、下着姿の男。体格はバスケットボールで鍛えられているからかとても良い。男らしい。まあ軍人程では無いが。それでも健康的な若さがある。それに連邦軍は軍縮の影響で完全徴兵制から選抜徴兵制に移行中であり、彼の父親の影響を考慮した軍上層部は彼の兵役を半年間としていた。「素直な野獣さん、私を襲うのはまた次の機会にしましょう? 大丈夫、わたしの全ては貴方のモノよ?」それを聞いていたのは、シャワールームで熱いシャワーを浴び、バスタオル一枚で椅子に腰かけるロングヘアーの女性。彼女もジオン独立戦争に前線部隊のシステムエンジニア、メカニック、整備兵として従軍し、今年で27歳になる淑女だった。湯気がたち、殆ど半裸状態である点を除けば、深淵のお嬢様だ。そして叫んだ方の女も本気で心の底から怒った訳では無く、半分冗談だ。寧ろ、安全日に愛し合うよりも今日愛し合ってしまいたい。いい加減にこの長い、もう1年戦争と水天の涙からの戦災復興プロジェクト以来の付き合いの男との愛の結晶、子供が欲しい。まあ、このジオン本国、ズム・シティ訪問が終われば、二人の前で裸になってそのまま下着を探している女性と一緒に三人で同じヴァージン・ロードを歩む予定だが。「はぁ、ねぇねぇ。いちゃつくのは後にしてよ。それでさ、ちょっとジン。わたしの下着どこにあるかしらない?」女が聞く。「下着って・・・・お気に入りのあの黒い奴?」ジンと呼ばれた男がオウム返しで聞き直す。「そうそれ」そういってジンは辺りを見渡した後、無言で右手人差し指でキングサイズベッドの隣にあるソファーのスーツケースキャスターにある女性用の下着を指さした。「メイ、お前の言っている黒い下着って上下ともそれだろ?」そこには女性用の下着が上下とも丁寧に仕舞われて置いてある。気が付くロングヘアーの女。「あ、ここにあった。ありがとね」バスタオルを放り投げ、裸のまま二人の前を通り過ぎるジオンの没落した名家のご令嬢。仮にこれを別の人間が、彼女の親族が知ったらあまりのはしたなさにブちぎれるだろう。と、もう一人の同じく黒い髪のショートヘアーの女性がビクトリア王朝風のホテルの部屋。そこにある鏡と兼用した職人が手作りした置時計を見上げる。「あ、もうこんな時間。それじゃあ私も着替えるから・・・・ジン君も手伝ってね」そう言って濃紺の下着を着ていた日系の女性、ユウキ・ナカサト(旧ジオン公国軍伍長)は用意された濃紺のワンピース型ドレスに着替えるべく、男と一緒に寝ていたキングサイズのベッドから降りる。それをみて頭をかきながらも、ウィリアム・ケンブリッジの長男、ジン・ケンブリッジは新調したサイド3(父親の使っているディーラーと同じ紳士服専門店)のタキシードと白いオーダーメイドのYシャツに着替える為、スーツケースと鞄を開ける。「ジン君、ジン君って、ユウキはいつまでも俺を子ども扱いするんだよな・・・・俺とそんなに歳離れてないのに、な」少し拗ねて見せる。だが何度も肌を重ね、夜伽をしてもらった、過ごした仲だ。そんな事など即座に見抜かれてしまう。「ジン君、そう言うところが子供みたいなのよ。だけどね、そこが良いんだけど」どうでもいいが、交際を申し込んだのはユウキだった。出会いの切っ掛けは水天の涙紛争勃発直前にたまたまサイド2を離れていた時だ。それはティターンズ艦隊に臨検された彼女のシャトルで地球観光に向かう途中の出来事。そこに乗り合わせていたのがケンブリッジ家の長男だった。あの戦争で家族を全て失って、それから軍人の恩給などでずっと一人で過ごしていた自分。ダグラス・ローデン准将の計らいで3週間の長期有給休暇をもらった彼女。久々の旅行であり、戦時中は重油やMSのオイルで濁っていた地球の海、その本当のエメラルド・ブルー、コバルト・ブルーと呼ばれる海をスキューバダイビングして見たい、雪化粧の山々を見たいと思って極東州構成国の日本国息のシャトルに乗る。その際に隣に座っていた同じく一人旅(実は帰郷)であったと言う事もあって年下の男の子にちょっかいを出してみた。(この子、どんな子かしら? まだ学生? スペースノイドかな? でもジオン訛りは無いし・・・・ちょっと気になる)尊敬していた、或は恋慕していたかもしれないケン・ビーダシュタット隊長が実は妻子持ちだと聞いてからは、誰とも付き合う事が無かった。まあ、この子との切っ掛けも財布代わりだと思ったからだが。(ちょっとからかって遊んでみるのも楽しいかも知れないわね。どうせ私には家族はいないから・・・・火遊びしてもかまわないか)ところが当初の思惑は外れ、彼はウィットにとんだジョークから政治・経済・軍事の独特の切り口としっかりとした教養に理念を持ち、更に歴史、読書家、芸能界や映画界などの娯楽に加え、意外な事に御菓子作りが趣味と言う面があった。これらに魅力を感じ、いつの間にか彼について行く事にしてジオン軍を除隊したユウキ・ナカサト。その彼が実はティターンズの最高幹部の家族と知り、仕方ない、不釣り合いだと諦めようとして泣く泣く別れようとしたが・・・・・既に時は遅く。心は叫んだ。別れたくない。もう一人は嫌だ。この年下の男の子と一緒に過ごしたい、と。(あの時点で別れる気持なんか無くなったっけ。そしてティターンズの入隊試験を受けたんだ。しかも倍率35倍の民政第一等書記官の・・・・あれも今考えればほんとによく受かったわ。もしかしてジン君が裏で手を・・・・それは無いか。あれは、ティターンズ入隊試験は名前を絶対に書いてはいけない試験だし、筆跡鑑定されない様に全て筆記試験はマークシート形式。何よりスペースノイドで受かる人間はさらに絞られるものね、面接で。)話は脱線するが、地球連邦政庁の一つ『ティターンズ』には治安維持部門(武官=戦闘・軍事部門)と経済民政部門(文官=一般・後方事務職)の二つがある。(・・・・・そしてティターンズ入隊方式は大きく分けて3つ。私の場合は一番人気で、一番の難関で、一番ポピュラーな志願)ティターンズ入隊方法は他薦、志願、抜擢のどれかで、他薦と抜擢は上層部や推薦者が連帯責任を負う事(しかも仮に抜擢された者や他薦でティターンズへ入隊した者が罪を犯した場合、推薦者・抜擢者の方が重い刑罰を科される)をウィリアム・ケンブリッジ長官(当時は内務省政務次官だった。ジャミトフ先輩の手下扱いされる契機だったとも言える最初の仕事だ)が決めたので、他薦や抜擢入隊は非常に少ない。誰だって、他人の尻拭いの為に自分の未来を棒に振りたくないだろう。それが出来るなら恐らくその人物は英雄と呼ばれる。そして志願は更に二つに分かれる。一つは筆記試験と実技試験と面接の一般入隊試験。ちなみに面接は第五次まである。最終面接はティターンズ長官か副長官。が、最近のウィリアム・ケンブリッジ長官の激務(本人曰く、殺人的な書類戦争)を考慮した事。現時点では何故か副長官の椅子が空白な事から、宇宙世紀0093現時点では文官候補生は首席補佐官のマイッツァー・ロナが、武官候補生はエイパー・シナプス中将が担当している。そして、連邦軍からの実技試験による横滑りの入隊。これはロンド・ベル隊のヤザン・ゲーブルやサウス・バニングらなどを入隊させる為の方便として用意された。まあ、結構厳しいふるいにかけるので案外有効であると証明されている。事実、ここからティターンズに入った人物の大半はエースパイロットや本物の玄人エリートになっている。(あれはきつかったなぁ。良くそれに受かったモノよね)濃紺のドレスを着ながら、肘まである青いドレス用手袋をはめるユウキ。一方で下着を着た女性の方、メイ・カーウェイも自分用の黒いパーティースーツ、スカートに着替える。胸元はワザとはだけさせて。「あ、ユウキ。自分だけジンと会った時の事を思い出してるでしょ? もう、一応私たちは対等な婚約者なんだから無視しないでよね」因みにもう一人の女性はメイ・カーウェイ女史。ジオニック社のMS開発部顧問からティターンズが強制的に引き抜いた女性だった。彼女の場合は特別であり、例外である。勿論、どろどろとした政界の雄ではなく、単なる一般人、地球連邦の数ある一つの小市民でありたいと願い、既にその願いなど叶えられないケンブリッジ家。そのケンブリッジ家と地球連邦政界、軍部、財界、ジオン公国宮廷の駆け引きがある。(事の発端は叔父さんたちと叔母さんたちの暗躍だったけ・・・・・私を強制的にケンブリッジ家に押し込もうとした。あれは卑怯よ。何が・・・・私たちを見捨てるのか、恩知らず、そう言われたら・・・・・行くしかないじゃない。しかもケンやガースキー、ジェイクたちの昇進や軍内部での立場に圧力加えるとか・・・・・意地汚いわよ、本当に)そう、かつてのメイ・カーウェイの戦友であるユウキ・ナカサトと交際していたジン・ケンブリッジの存在を知ったカーウェイ家は一発逆転の策に出る。ダイクン派、敵前逃亡の支持者、売国奴という汚名を受けて完全に干されていた、社交界から追放されていたカーウェイ家だったが、宗家の娘の戦友があのケンブリッジ家の息子と付き合っているという状況を利用した。政略結婚の為の道具として。突然、連邦政府の人間から『婚約してもらいます』と言われたジンとユウキ。突然、親族一同から『婚約させる』と言われたメイ。最初はぎすぎすした、険悪な三人だった。ジン・ケンブリッジと言う男一人を知り合いの女、メイ・カーウェイがユウキ・ナカサトという恋人を押し退けて、権力片手に横から掻っ攫いに来たのと同じ状況である。しかもこれに地球連邦の裏の事情まで絡んだのだから修羅場はさらに燃え上がった。妹のマナ曰く、『最低な人間関係。わたしなら首くくるか精神科に入院する』だ、そうであった。それがこうやって笑いながら本心から付き合えるのだから、流石は人たらしの天才、ウィリアム・ケンブリッジ長官の一人息子である。もしかしたらギレン・ザビに弟子入りも可能かもしれない。と、話をホテルの一室に戻そう。「あ~それ、私のアイス!」そう言って冷蔵庫にあるアイスを食べようとした着替え終わったジン・ケンブリッジを牽制する。「いや、これはオレンジだ。メイはオレンジアイスは嫌いだったろ?」違うよ、と言う。そしてジンからアイスを取り上げようとするメイ。「アイスは別腹なの。食べないでね。それよりも、そのカフスリンクスとバラの髪飾りとってくれる?」言われて机に置いてあるそれらを渡す。そして机の鏡を使って黒の蝶ネクタイをしめる。目の前のメイ・カーウェイとジン・ケンブリッジは政略結婚である。逆にユウキ・ナカサトとジン・ケンブリッジは恋愛結婚である。『一体全体、この世界の恋愛観はどうなっているか?』とは、それを申し込まれた時のウィリアム・ケンブリッジの最初の一言だった。頭を抱えた。(義理の娘が出来るのは仕方ないし、嬉しい事だ。それは喜ぼう。無条件で喜び・・・・喜べる事の筈だ。・・・・・だが・・・・だが・・・だがな!! 自分の息子はなにをどうやっても一人だけで、養子も存在しない。なのに、なのにどうして義理の娘が二人もできる!?しかも同じ日にヴァージン・ロードを歩く、だと? ジン、お前は一体何を言っているんだ!! 父さんはな、先輩らのせいで地下に軟禁され日曜日の教会の礼拝にさえ行けなくなったが・・・・これでもキリスト教徒で一夫一妻を信じるカトリックなんだぞ!?)と。ここで蛇足だが地球連邦の法制度について概略を説明する。地球連邦は連邦憲章を頂点に、連邦統一法、州法、政令、条例、行政通達という順に法規則が並ぶ。地球連邦成立時に大きな、最重要課題として問題となったのは経済活動を保証する法律と安全を保障する法律、つまり商法、刑法だ。この点は連邦統一法としてジオン公国と地球上に存在する準加盟国を除く全てに適用される。そうしなければ地球連邦と地球圏と言う巨大経済圏と治安を守れない。これは宇宙世紀元年のラプラス事件以前に決まっており、国連総会で30年以上にもわたって議論された。更には連邦加盟国や地球連邦市民で地球連邦統一法に逆らう者には軍事的な、或は刑事的な制裁を加えて従わせた。宇宙世紀20年代までの地球連邦の暗部である。(そう言えば父さんが言っていたな。この法律の並べ方が分からない奴は絶対に法学部系統の大学には入れない様なっている、と)ジンが思う通り、コロニーや地球連邦加盟国はまずは『地球連邦憲章』に、次に『地球連邦統一法』に従う義務がある。(でも問題は民法、特に家族法だ。宗教の自由を初め、各種人権を保障した多国間条約による統一国家である地球連邦は宗教対立、文化摩擦を治める必要があった。そこで、グローバル経済活動の維持為の特別法である商法と殺人や強姦、放火、テロなどの重犯罪以外の刑法は各州に任せた。民法も同様。そして登場したのが・・・・・宗教と文化の多様性を看板に掲げて成立した重婚制度・・・・か、まあ両手に花だから嬉しいと言えば嬉しいんだけど)つまり、資金に余力があり、他人の目を気にしないだけの実力と豪胆さがあれば最大4人(これはコーランの教えから決定された)まで妻、若しくは夫を持てる(こちらは男女同権主義から来ている)。当たり前すぎる事象であるが、ユダヤ教やキリスト教勢力圏など一夫一妻制度が基本の文明圏は大反発した。が、後継者不足に悩む各王族の裏事情や人身売買の救済措置の一環と言う本気かどうかわからない過程に経済統合による好景気が後押しをしてこの法案は地球連邦議会を通過、最終的には当事者全員の合意があれば重婚を認める事とした。ただし、重婚者の離婚は余程の事が無い限り認められないし、家庭内暴力などをふるった場合、通常の家庭内暴力より刑罰が重い重犯罪者となるとしてバランスを取る。(で、それに・・・・・ジオン公国宮廷政治が地球連邦政界と軍部の暗闘と混ぜ合わせられる事になる)これら背景に加えて、メイ・カーウェイの残した実績がこの結婚の裏事情になる。ザクシリーズ開発、ペズン計画時代でのギニアス・サハリン少将の片腕としての活躍、ジオン独立戦争の戦後もガンダム試作2号機開発に携わり、更にはマラサイ設計主任。正にジオンMS技術の生きた結晶と言うべき女性を確保できる合法的な好機を地球連邦軍上層部が見逃す筈が無かった。地球連邦軍はこれを契機にティターンズ主導の新型機開発計画であった『可変MS開発計画、Tプラン』を頓挫させる事にも成功。ガブスレイ、ハンブラビ、バーザム、バウンドドッグ、バイアランなどのティターンズ独自のMS開発計画はメイ・カーウェイのRGM-89ジェガンの基礎設計が完了した時点でシュミレートデータを残して全て破棄、棄却、抹消。そもそも実機さえ作られなかった。こうして、彼女のジオニック社からの移籍(この時は地球連邦政府と地球連邦軍と地球連邦情報局の三者が共同でジオン公国とジオニック社に圧力を加えた)は成功で終わる。その後、ユウキとメイとジンは当然の如く発生した壮絶なる修羅場を乗り越え、最終的には全員一緒に(この時点でユウキ・ナカサトとジン・ケンブリッジは男女間の交際関係はあっても肉体関係は無かった、ピュアな交際だった。まさに純異性交際である)、キングサイズのベッドで共に夜を過ごし、既成事実を作ってしまい、今に至る。因みに、これを知ったウィリアム・ケンブリッジは・・・・・・その日の仕事を妻と首席補佐官らに押し付けて二日間、行方不明になった。ウィリアム・ケンブリッジ長官誘拐未遂事件と北米州の情報部とエコーズの面々を騒がせた事件の発端であり全容である。さて、現代に話を戻そう。「メイ、ユウキ、着替え終わった?」ジンが二人に聞く。メイがOKサインを出す。「ごめん、私はまだなの・・・・ジン君。背中のファスナーを上げてくれない?ところでマナちゃんとお義母さまは?」「ああ、エルピー・プル嬢とオードリー・バーン嬢とともにデギン公王の見舞いに行っているはずだ」と、肌を露出せているユウキの言葉にジンは無言でファスナーをあげる。いつも通りの温もりを感じながら。そして。「じゃあ、いくか」部屋からフランス製のブランド、タイタニック号沈没時に有名になったブランド品を持って部屋を出る。二人の持つ小道具ら。これはジンからのプレゼントだ。財布も、時計も、カバンも。その理由は今に分かる。エレベーターを使い、ホテルのカジノに入る。この時、ダグラス・ローデン准将(第五艦隊司令官)とウォルター・カーティス中将(第一艦隊司令官)が軍服姿でカジノバーにてライムとオレンジ、レモンにブランデーのオリジナルカクテルを飲んでいた。「うん?」美女二人を連れて三階の正面扉から一階のブラックジャックのあるテーブルに降りてくる黒いタキシード姿の青年。「あれは・・・・・メイか? それにユウキ君もいる・・・・と言う事は彼が・・・・」ダグラスが気が付いた。そう、メイ・カーウェイだ。隣にいるのは一週間戦争以来の部下であり先年除隊しティターンズに入隊したユウキ・ナカサトである。「ほう、ならば彼がジオン社交界で噂に聞くカーウェイ家の復権運動の引き金を引いた人物だな。カーウェイ家も俗物的な事を考えるほど落ちぶれたらしい、このジオン国内で居場所が無いから旧敵国である地球連邦内部でその影響力を確保する、そのつもりか。連邦の禁忌であるビスト財団と月面社会最大の会社であったAE社さえ取り潰した地球圏最大の権力者、ウィリアム・ケンブリッジの長男と手を組めばそれだけで大きな価値がある、そう言う事だな」隣で同期のウォルターが飲みながら語る。そうだろう。同感だ。メイ・カーウェイは生贄にされたのだ。「ジオン・ズム・ダイクン派閥だったカーウェイ家の宗家から、新たなる支配階級であるケンブリッジ家への貢物」地球連邦という神の加護を得る為に捧げる供物。憐れな女性だ、そう締め括るウォルター・カーティス中将。(実際、ケンブリッジの言っていた『ニュー・ディサイズ』計画の量的主力であるRGM-89ジェガンタイプは彼女が設計主任を担当したと聞く。その結果、我がジオン公国はMS開発に大きく後れを取っている。ゼク・アインでは対抗は出来ても機体性能でかつての独立戦争時の様に凌駕する事は出来ない。そして絶対数でもティターンズやロンド・ベルの方が圧倒している)ダグラス・ローデン准将はそう思う。と、どうやら向かう先はVIPルームでは無く誰でも参加可能なフロア。三人はブラックジャックに行くようだ。濃紺のドレスに体の細いラインを見せつけるユウキと胸元と耳につけたイルカのピアスとネックレスを輝かせながら歩くメイ。興味があるな。一目見ても彼女らの持ち物はいわゆる地球産のブランド品かオーダーメイド品だ。それをどうやってあの男はプレゼントしたのだろう、そう思っていると、それを察したのかウォルターが言う。「見に行くか?」同期の誘い。頷いて自分の残り少ないカクテルを飲み干す。そして100万テラまで入金されているプリペイドカードで支払う。現金のチップをバーテンダーとウェイターに渡すのも忘れない。それが大人の遊びだ。「当然だ。私の部下を二人も寝取った男だ。見なくてどうする。この為にわざわざ有給を使ってこのホテルに遊びに来たのだぞ」「そうか? 俺はてっきり貴様が退屈だからだと思ったよ」肩を竦めるかつてのルウム方面軍司令官。それから1時間後。カジノの雰囲気を支配するのがまさかあの青年になるとはだれが想像できただろうか?「2500万、全額、オールです」静かな声。本来なら喧噪豊かな筈のカジノなのにスロット音さえ消えてしまったようだ。いや、事実、スロットをしている人間も、他のルーレットやポーカー、バカラをしている人間もいない。みなが中央のブラックジャックの貴賓席に座っている男に、ジン・ケンブリッジに注目している。「わかりました・・・・他の方は・・・・・皆様降りられると言う事ですね。では一対一の勝負となります」そう言ってディーラーはカードを横にずらす。クラブの10、ハートの10。だが誰も何も言わない。こんな局面はさっきから何度もあった。そしてそのたびに・・・・「・・・・ハートのA、クラブの5、スペードの6・・・・ブラックジャック・・・・5000万テラ、ミスターのものです」これでこの一時間でカジノが受けた被害総額は3億7250万テラ。あり得ない。そんなざわめきがまたもや聞こえてくる。そう、負ける時は最小限で、勝つときは殆ど大勝ちで勝ち続けた。絶対に勝てないのではないかと言う時はブラフで相手を仕留め、本当に勝てない時は平気で10万単位を捨てる。だが、勝ちに行くときは最低でも500万テラは賭ける。そして勝利してしまう。しかも、だ。彼が最初に賭けた掛け金の総額は10万テラで始まったのだ。それが一気に4億近くまで増えた。わずか1時間弱で。カジノ側にとっては悪夢以外の何物でもない。悪魔以外の誰だろう? 彼が地球のカジノ界にて『魔王ジン・ケンブリッジ』という異名を持っていた事を知るのはこれからわずか10分後の事。そして、既に3億テラは傍らの婚約者であるユウキが地球連邦の統一ヨーロッパ州のスイス銀行のあるメインバンクに入金した。名義は婚約者のジン・ケンブリッジ。これで彼の個人資産は最低でも3億テラだ。あり得ない金額である。MSが買える金額だった。「相変らず・・・・とんでもない計算力だね」メイ・カーウェイが呆れ顔でシンデレラカクテルを飲む。ユウキは付き合って分かった記憶力の良さとそれを結びつける計算高さに舌を巻いていた。「次は・・・・・2800万テラを賭ける。そちらは幾らです?」壮年のディーラーは最早汗でシャツが濡れている。何とか冷静さを保つべく深呼吸をして、「・・・・・・その、今すぐにオーナーを呼びますので・・・・・その、ですから、しばらく休憩にしませんか?」と、最早、テーブルには一人しかいない(他の連中は匙を投げて撤退した。賢明な判断と言える)ジン・ケンブリッジに頼んだ。「分かりました。それでは・・・・・・ここのオリジナルカクテル、ミルキーウェイを砂糖たっぷりでお願いします」横で濃紺のマーメイド型ワンピースのドレスを着たユウキがそっと、ジンの頬にキスをする。その反対、左手に自分の右手を添え、甘い息をジンの耳に吹きかけるスーツ姿のメイ。「で、次は?」「勝てるの?」二人の問い。冷静に頭を回転させる。その為にアルコールは一杯も、いいや、一口も咽喉を通してはいなかった。「うーん、勝ちたいけどあれだけの手札はもう来ないだろう、確率論で言って。運で勝負するのは嫌いじゃないけど、好きでもない。やはり戦略を練れるゲームは戦略を練って勝たないと面白くないじゃないか。だから勝てないな・・・・さっきの金額は半分はブラフさ。最後の勝負の為に・・・・ある相手を誘き出す為の勝負金だよ。しかも嬉しいことにリスクが少ない勝負だ。まあ、見ていて。二人とも面白いものが見れると思うよ。二人の前の上官の前でね」メイが聞く「勝負? 引きずり出す? 誰と戦うの? あの可哀想なディーラーさん?」と。そして答えるジン。「違うよ、ここの経営者、つまりカジノのオーナーとだよ・・・・大損しているからね・・・・ここで負けを取り返す為に賭けに出るか、それとも・・・・うん?ユウキ、あれだ、メイ、見えるか? 思惑通りにほら来た。勝ったよ、二人とも」そこには支配人であるホテルのオーナーが来た。手に一枚のカードケースを持って。そして言った。「お客様の才能に感服しました。しかし、私どもも商売にございます。これ以上の大勝利は私らの生活に関わります。ははは。お、お客様・・・・こ、ここに、い、1億テラが入った電子カードがあります。また、他にも当ホテルにあるエステやジム、レストランなどホテル内部の専門店専用のプリペイドカードを三名様分、それぞれ50万テラ分を用意しました。いえ、用意させて頂きました!!ど、どうかこれにてお引き取りを・・・・・た、頼みます! この通りです!! お願いします!!!」と、その言葉が終わるや否や一斉に黒服の男女が、ホテル関係者が、恐らくはアルバイトの学生までもが自分たち三人対して頭を下げる。支配人やディーラーに至っては土下座までしていた。流石に気まずい。だがそう思ったのはメイとジンであり、ユウキは違った。冷静に視線を入金の為の携帯PCを持ってきた男に視線をやる。趣味の弓道で矢を射る時の様に。「それじゃあ、この口座に今すぐ入金してください。それを確認してから婚約者は席を立ちます。よろしいですね?」そう冷徹に言うのは戦争で両親を亡くしたユウキだった。そうであるが故に、彼女は戦場を知っているが故に、ディーラーや支配人の言葉、口約束を信じない。しっかりと行動に移して結果を伴わなければ意味が無いと信じている。だからこそ、ジン・ケンブリッジとの間に早く子供をもうけたいのだが・・・・まあ、入籍は既にすませてあるし、来月には結婚式もある。なので、取り敢えずは良しとしようと思っている。それを聞いた支配人は指紋認証でPCを起動、慌ててホテルの通帳カードを使い、暗証番号を打ち込む。「あ、はい、こちらです」それをみて、ユウキは自らのドレスで周囲の視線を遮りに、二度にわたって個別に入金した。そして印刷された証明書で入金内容を確認する。因みにこれは先程のジンの個人口座に入金した3億テラとは違い、ユウキ、メイのそれぞれの口座に5000万テラとして分割入金された。(父さんが知ったらなんていうかな?)何気にケンブリッジ家で一番の財力を持っているだけの事はある長男であったその頃、とうの父親である何をしていたのだろうか?父ウィリアム・ケンブリッジは同行していたブライト・ノア准将、マイッツァー・ロナ首席補佐官、マスター・P・レイヤー中佐の3人とジオン公国のマ・クベ首相を加えた四人でに一人のジオン軍佐官と会談する。彼の手土産を見るために、聞くために。名前はフェアトン・ラーフ・アルギス元ジオン軍中佐。しかし奇妙なことだ。妙な履歴を持つ人物だ。彼はジオン公国出身ありながらで、マハラジャ・カーンの『アクシズ逃亡』で行方不明なったアルギス家の息子。その上、アクシズ艦隊地球圏先遣部隊として、先の水天の涙紛争にも関与したにも拘らず、恩赦を受けた。理由は早々とアクシズ、エゥーゴ、ジオン反乱軍らの軍事行動を見限り、世論が寛容な時期であったニューヤーク市攻撃以前にエンドラ級巡洋艦『インドラ』とアクシズ製の新型MSを持ってティターンズに投降した為である。しかもその後はゴップ内閣官房長官の裏工作で経歴を偽装し、今はティターンズの二等行政補佐官としてスーツを着た状態でティターンズのバッチを胸元に光らせていた。(ゴップ内閣官房長官の派遣したスパイの可能性もある。気を付けねば閣下が狙われるだろう。ケンブリッジ閣下の失脚だけは何としても避けなければならん!)ロナ首席補佐官はそう思っている。わりと本気で狂信的である。仮にだが、ウィリアム・ケンブリッジ長官という重しが外れたらロナ首席補佐官は一体どうなるのだろうか?それは遥か未来の事の筈なのでまだ分からない。加え、貴賓室の席にはフェアトンが腹心のエゥーゴ所属であった、灰色のスーツと赤のストライプのネクタイをしたバーン・フィクゼス地球連邦軍の退役曹長がいる。彼は地球連邦軍が罪状を洗い出した結果、階級降格処分で済んだ数少ないエゥーゴ派閥の人物だった。因みに元の階級は大尉でサイド1防衛隊の第522MS中隊の隊長でもあった。「ブライト・ノア准将にホワイト・ディンゴ隊隊長、ブッホ・コンシェルの若きリーダー、更にはジオン公国をこの10年間支え続けた名宰相・・・・そしてかの有名な英雄、ウィリアム・ケンブリッジ閣下にお会いできてこのフェアント、光栄の極み」フェアントの着ている銀のネクタイに銀のスーツ、水色のシャツに銀のカフスリンクスが彼の異様さを物語る。その全身銀色の男が、あの反エゥーゴ、反アクシズ勢力急先鋒の筈であるウィリアム・ケンブリッジ、彼の腹心の一人ブライト・ノア准将、それにジオン公国の執政を担当するマ・クベ首相と共にいる事が何よりの疑問であり不可思議な点だった。「アルギス元中佐、我々の間に前置きも修飾語も不要だ。結論を話せ。何の用だ?」マ・クベジオン公国首相がにべも無く言う。フェアントの美辞麗句に満ちたおべっかをバッサリと切り捨てる。そう、この二人の将来はまさにここにいるメンバーらの気分次第だと言う事だ。彼らの中の誰か一人でも『処刑』や『逮捕』、『拘禁』を命じれば即座に通路を警護するエコーズとジオン警察が取り押さえる。或いはブライトとレイヤーが撃ち殺す。実際にソファーに腰かけているのはフェアントとバーン、マ・クベとウィリアムの四人。残りの二人はいつでも銃を撃てる姿勢で彼ら二人を監視していた。「それでは・・・・まずはこちらのミラーをご覧ください」カバンから硬化プラスチックに固められた箱に入っているミラーの破片を出す。それはソーラ・システムに使われた物質と良く似ている。「これがどうしたのな?」司会役を誰にするかは最初から裏で決めていたので、その役目を負ったマ・クベ首相がフェアントに問う。ここはジオン公国と地球連邦政府との密会の場。ジオン反乱軍らが引き起こしたジオン公国痛恨の失策である『水天の涙紛争』が本格化する前に家族の安全を求めてアクシズから逃亡した逃亡者との駆け引き。『何か貴官らを擁護するモノが無ければ、我がジオン本国もティターンズも地球連邦軍も地球連邦政府のいずれであろうと、擁護も保護もしない』そう言って切り捨てたのが目の前の地球通のスペースノイド、マ・クベ退役中将だ。故にフェアントも必死である。表情に出さないだけである。当たり前だ、彼の一言一言、一つ一つの仕草、用意した切り札をいかに使うか、これによって29人の兄弟たちの運命を背負っているだから。「これは強力なエネルギー照射システムの材料です」そういって持ってきた携帯端末タブレットのタッチパネルに暗証番号を打ち込む。メイン画面まで表示され、そのままいくつかのキーワードを打ち込んだ。『ラーフ・システム』そう打ち込まれたキーワードにはこう計画が書いてあった。直径10万キロの超巨大太陽発電システムによる惑星環境改造プラントの設置、その為の資金援助と設備投資をお願いしたい。彼の言葉と計画を要約するとそうなる。「とどのつまり戦争とは限られた資源を限られた人間が無限の欲望で奪い合うものだ、と言う事か」黙って聞いていたウィリアム・ケンブリッジが呟く。この言葉こそ、この会談でパラヤ外務大臣やバウアー内務大臣などではなく、ティターンズ長官にしてゴップ内閣官房長官とジャミトフ・ハイマン国務大臣の弟子扱いされているウィリアム・ケンブリッジを誘い出した甲斐がある、自分を売り込む好機であると言うものだ。伊達にあの修羅場をくぐってはいない。あの辺境で生きる事すら困難であるアクシズ要塞内部の権力闘争に勝ち抜いて『インドラ』と数機の新型アクシズ製MSを手土産にティターンズへと絶妙のタイミングで逃げ込めた手腕の持ち主だけの事はある。そう、ロナとウィラムは思った。「長官の仰る通りです。旧世紀以来、いえ、人類の文明発祥以来の戦争原因の大半は経済問題ですが、その経済問題の根本にあるのは人間の欲望です。彼らは持っているのに自分達は持ってはいない。それが高じて争いになり、戦争なり、大規模な殺戮と破壊を生み出した。一年戦争、失礼、ジオン独立戦争も同じです。アースノイドが当然の様に持っている地球と言う安定した大地と無限に供給される空気に水、見渡す限りの大平野に、母なる海洋。ところが、ひるがえってジオン公国を初め、月もコロニーもその恩恵など全くなかった。それが先の戦争の引き金になった。そうですね、マ・クベ首相、ケンブリッジ長官、ブライト提督?」所詮は戦争とは外交の延長上に過ぎない。それは少し歴史か戦争か平和か経済か政治学を学んだ者の常識である。また、外交とは政治の、政治とは経済の、経済とは人の生活の、人の生活とは人の欲望の延長上にしか存在しない。突き詰めてしまえば簡単だ。欲望が戦争を起こす。(なるほど、彼は、フェアント君は欲望こそが戦争の権化であり、それを無くすには新たなる可能性を打ち出すしかない、そう言っている訳だ。まあ一理あるな)そう思うケンブリッジ。あいつが持っているから俺も欲しい。あいつが持っている事が許せない。そう言う訳だ。かたや隣で紅茶を飲んだマ・クベ首相は、(なるほど、このフェアントという男はアクシズを見限る冷静さ、紛争中に無条件でサイド3に向かわず、武装警察であり反アクシズ急先鋒でもあった、グリプスのティターンズ鎮守府に投降する豪胆さ。これらに加えて我々を納得させる繊細さも持ち合わせている。しかもギレン陛下の統治下にあるこのジオン公国では自らの計画を実行できないと悟るや否や、私の隣に座るウィリアム・ケンブリッジという英雄に自らの身の安全と計画の売り込み営業をかけたのか)油断できん若造だな。マ・クベはそう結論付けた。事実である。彼は、フェアントはウィリアム・ケンブリッジの火星地球化計画を知った。ウィリアム・ケンブリッジは幸か不幸か分からないものの、フェアントと同様にこのままスペースコロニーのみに頼った宇宙開発ではいずれまた第二、第三の宇宙戦争が勃発すると思っていたのだ。故に新しい居住先を確保する必要がある、それはコロニーでは無く地球と同じ大地であり、大気がある空間であることが必須。これを達成する為にはある種の大規模な公共事業としての道筋と、ジオン・ズム・ダイクンが唱えたコロニー独立、スペースノイドの国家樹立以上の希望を地球、月、コロニーを問わずに見せる必要があった。だからこそ、ダカールでシャア・アズナブルを弾劾し、彼らアクシズとエゥーゴを全人類共通の敵に仕立て上げ、ビスト財団から地球連邦を過去から脅かす存在を力で消し去った。そして今のティターンズとウィリアム・ケンブリッジという存在がある。(自分で言うのもあれだが・・・・本当に出来すぎた人生だな・・・・そう思わないか、リム?)更には新秩序を乱す存在としてアナハイム・エレクトロニクス社とその会長、メラニー・ヒューカーヴァインを徹底的に弾圧、逮捕。AE社がつぶれては宇宙経済に大打撃を与え困るので完全に潰しはしなかったものの、その企業規模は縮小させた。またリストラの対象となった人物の受け皿として連邦軍と地球の中小企業各社の正規職員として受け入れさせた。無論、社会不安を増大させないためにティターンズが厚生労働省に頭を下げ、彼らと共同歩調を取って、現場を指揮し、責任を持って職業を斡旋した。これに渋ったのは地球各州の財界だったが、時の人であるウィリアム・ケンブリッジ長官に対抗する者は僅かしかおらず、反抗した面々、その大半が何故か冥府への道を歩んだという過去のジンクスからか黙認。伊達に『政界の死神』などと恥ずかしい名称で陰口を呼ばれて無い。実際、戦争で人材を取られた為、技術的に危機に陥っていた中小企業はこの政策で息を吹き返した。更にはスペースノイドのほんの数パーセントであるが、彼らは憧れの地球での永住権を獲得したので功罪は拮抗している。これが現時点でのティターンズの影響力であった。そしてフェアントの野心は明らかにティターンズ長官の未来絵図と合致する。「ラーフ・システム、これは実際に可能なのかな?」現実面での指摘を行うケンブリッジ長官。だが指摘すると言う事は興味がある証拠。畳み掛けるべき好機。今こそ千載一遇のチャンス到来である。それに頷くフェアント。彼は続いてグリプス工廠とジオン本国の工業力を具体的なグラフと数値で表した。「可能です。こちらの表にあるように10年かければ必要数は用意できるでしょう。それも増税などは必要なく。現に太陽光発電用ミラーの需要は止まるところを知らず、地球各地のメガ・ソーラー発電所、各コロニー、資源採掘衛星、人工衛星、宇宙艦艇、宇宙船舶の需要拡大に対応し切れていません。仮にこの状態があと3年続けば、木星圏にまで需要は広がり、それを受け皿にする企業はさらに設備投資を行う。ここまでくれば・・・・・後は・・・・・」「後はティターンズ長官殿の掲げた理想通りになる、か。なるほど。フェアント元中佐、貴公は中々博識で面白い男の様だ」マ・クベ首相が用意された紅茶を飲み干した。それは予め決めてあった面会終了の合図。「話は分かった。こちらからもギレン公王陛下とサスロ総帥にラーフ・システムの件は伝えよう。地球のニューヤーク市にある連邦政府首相官邸と連邦議会にはこちらのウィリアム・ケンブリッジ長官が自ら伝えてくれよう。それでよろしいかな?」ええ、結構です。「初日にしては中々の手並みだった。伊達にアクシズからティターンズへと鞍替えした訳では無かったな。ケンブリッジ長官、これは良い買い物だ。やはり貴殿には人を惹きつける何かがお有の様だ・・・・私と違ってな。羨ましいことだよ」そう言ってマ・クベ首相はティーカップを置き、席を立ち、そのまま部屋を去る。続けてフェアントも一礼して、用意したラーフ・システムの書類を手渡すと扉から出て行った。後に残される四人。とにかく余った紅茶を飲み干す4名。そして話し出す。あの男の提案を。アクシズ陣営からの逃亡者の訴えを聞き入れるかどうかについてを。「ラーフ・システム、か。どうですか? 本当に実用可能でしょうか? それにあの男は信頼できるとは思えないのですが。ああ、確たる証拠がある訳ではありません。軍人の、パイロットとしての感と言う奴です。彼には野心がありすぎる、そんな気がしました」軍人のレイヤー中佐が聞く。彼は未だに現役のMSパイロットでロンド・ベル艦隊のMS隊隊長でもあった。だからこそ、彼は疑問に思う。あの悪趣味な銀色のホストの様なスーツを着た男は本当に信頼に値するのだろうか、そう思うのだ。「ごもっともですね。レイヤー中佐、自分は彼を信頼する必要はないと思います」そう言ったのは首席補佐官のロナ。彼はレイヤー中佐の事を、あの胡散臭い木星帰りの俄か准将閣下とは違い誠実な高貴なる精神を持ったコスモ貴族の一員になれる人物だと思っている。実際にホワイト・ディンゴのメンバーやタチバナ小隊、デルタ小隊、シナプス提督、ブライト提督、アムロ中佐、セイラ女史などはマイッツァー・ロナの理想の具体例たちだった。だから邪険には扱わない。また、彼もウィリアム・ケンブリッジ長官の影響で少し軽薄な所のある、アニッシュ・ロフマン大尉やマイク・マクシミリアン大尉などの性格も受け入れられている。彼らの持つ天性の陽気さが実は当のウィリアム・ケンブリッジ長官の精神安定剤になっているのだが、これはケンブリッジ長官の妻であるリム・ケンブリッジしか知らない事だった。「ですが、信用には値します。利用価値はあるかと」一度裏切った人間は何度でも裏切れる。これは一部を除いて世界史の常識である。まあ戦乱の世はそれが当たり前すぎる話なのだが、宇宙世紀90年代、それは非常識になる。特にエゥーゴ派やアクシズが存在する以上は。故に独断でロナ首席補佐官がさっさとビスト財団の持つ、最早この世界には不必要な存在をコロニーごと消去したのもそれが理由。「首席補佐官殿・・・・そう言う言い方は流石に酷く無いのではないですか?」あくまで文民統制に従う事を是とするレイヤー中佐は敬語を使って問いかける。これが彼の評価を上げているのだ。ティターンズ内部でも、連邦軍でもどちらからでも人気が高い存在である。流石は伝説の小隊の一つ、ホワイト・ディンゴの隊長である。「中佐はそうは言いますが、実は彼の経歴は全て嘘です。ご存知ですか?」いや。知らないな。レイヤーとブライトが首を振る。それを見て、ウィリアムは無言で先を言うように促した。「これは軍情報部がジオン情報部、通称キシリア機関の生き残りから取り調べた結果ですのであまり大声では言えませんが、御内密に。まあ、あくまで噂です。そう考えてください。先程我々と面識した彼の本名はフェアトン・ラーフ・アルギスではありません。それは彼が殺したと思われるキシリア派の重鎮であるアルギス家の跡取りの名前です」レイヤーが手を挙げて発言を求める。その間にブライトはお茶を入れ直す。紅茶では無く、妻のミライ・ノアが用意してくれた極東州の日本列島産の緑茶のパックだ。勿論、宇宙では高級品になる。飲みながらレイヤー中佐は聞く。ロナ首席補佐官に。「何故それが、彼が本当のフェアトン・ラーフ・アルギスではないと分かったのです? 言いにくいのですが・・・・一年戦争緒戦、一週間戦争とルウム戦役の大敗までMSの有効性とミノフスキー粒子の危険性を見抜けなかった情報部がそれだけの事を知る事が出来たのですか?そんなジオン公国のザビ家の内部闘争の様なモノを見抜く能力があると本気で思っておりますか?」地球連邦政府の政府機関である情報局、そう、連邦情報局(FIA)と軍情報部は信用できないし当てにもならない。寧ろ足を引っ張る害悪の集団。それは一年戦争を戦い抜いた前線部隊の軍人たちの偽りない本音であった。これは水天の涙紛争でガンダム強奪事件とニューヤーク市攻撃、ソロモン核攻撃を防げなかった事で拍車がかかっている。事実、軍情報部や連邦情報局よりも連邦中央警察の捜査部門、ティターンズ捜査局、各州の持つ情報機関の方を当てにしている軍人が過半数を超していた。とくに前線勤務者に多い。「これはまあ、蛇の道は蛇と言いますか。彼が投降した際に血液検査を行ったのですよ。それで分かりました。買収したのです、看護師と医師の両名を。でなければアクシズからの逃亡者をティターンズに入隊などさせません。因みに彼を抜擢したのは私、マイッツァー・ロナです。まあ、フェアント、本名が分からないのでこう呼びますが、彼の方があの新参の不愉快な木星帰りの男よりは何千倍もマシです。その点だけは保証します」そう言い放つロナ首席補佐官。相手の木星帰りの男とはシロッコ准将の事だな。一緒にインダストリー7を制圧したいわば戦友である筈なのにこの仲の悪さ。実は結構有名である。以下、ある会議での休憩時間の会話になる。『おや、これはこれは木星帰りの准将閣下ですか。30歳で准将とは・・・・ブライト提督と違ってさして武勲を上げた訳でもないのに・・・・・一体何をしたらそこに辿り着けるのですかな?』『ほう、これはこれは。今を時めくティターンズ長官の最も信頼を受けている首席補佐官殿のお言葉とは思えませんな。首席補佐官殿がお好きな高貴なる者の義務とはかけ離れた発言にさぞやケンブリッジ長官も失望するでしょう』周りには逃げ遅れた何人もの同僚がいたが双方とも関係なかった。円卓の机、1万テラ前後のビジネス用椅子に腰かけあって、向かい合って座る二人の男。『そういう准将閣下は長官の信頼など存在しないし必要無いでしょうな。何せ、木星連盟から派遣されたあくまで臨時雇いの方ああ、もしかして長官の為に用意された鈴ですか?長官が木星連盟に対して何かしでかす様なことがあればいつでも長官の命を消去できる為の使い捨ての小道具。そう考えると・・・・准将閣下も憐れな方ですね』『大人げないですな、首席補佐官殿。男の、しかも大人の男の嫉妬は見苦しいを越して醜悪以外の何物でもないですかな?それがお分かりでないとは、存外心の狭い方なのですね?』『そうですな、私はシロッコ准将閣下に対して大いに嫉妬しているのでしょう。大した実績もティターンズの高貴なる義務を果たす長官を尊敬もせずにこの場に偉そうに座れるあなたの立ち位置に。全く、貴方はなんなのですか? 大人しく挨拶に来たと思ったら敬愛すべき長官に対していきなり長官職を寄越せなどと無礼千万です。自分だけが特別な人間・・・・ニュータイプであると過信でもしているのではないですかな? 無礼にもほどがある。それでよくもまあ万単位の人間を指揮する准将閣下に昇進できたものだ。しかも30歳の若さで』『ならば貴公は自分で何かを考える事を忘れた家畜ですな。猟犬のつもりをするただの飼い犬、そう受け取りましょうぞ?』『はは、それは褒め言葉ですよ、准将閣下殿。私は長官の飼い犬で結構。それに犬と呼ばれようとも、私には閣下の忠犬としての誇りがある。誰にも譲れず、誰にも負けない誇りが確かに存在する。それは凧のように風に舞っている貴方には分からない事だ、そう思いますがね。違いますかな?』『いいますな?』『ええ、正直に言いましょう、私は准将閣下の能力は認めます。先のビスト財団制圧戦での戦い方は見事でした。ですが、准将閣下の人格は認めない。その他人を見下した言動も、さも自分が特別であると言う様な言動も、実績無き者の大言壮語も不愉快極まる。ニュータイプなどと言う訳のわからない素質に拘るなら更に、です。ケンブリッジ閣下に取って代わるおつもりならばもっと実績を上げ、書類戦争に参戦する事ですな。いつまでも自分が世界の中心にいる様な、あの赤い彗星の様な態度は迷惑です・・・・お分かりいただけましたかな? 准将閣下殿?』『わかりました、ならば私も言わせてもらおう。首席補佐官殿こそ、その態度が傲慢以外の何物であるのか?全くもって小賢しいの一言だ。私が赴任して以来ずっと私の事を嫌っていたようだが、私も首席補佐官殿の能力だけは買っている。能力だけですが、ね。だが、性格は買ってはいない。それが事実だ。よろしいか? 首席補佐官の子供の戯言で貴重な人生の時間を費やしたくは無いですな』『ふん、何とでも言えば良いでしょう・・・・ああ、あなたのせいで無駄話が過ぎた。会議再開の時間だ』『そうですな、何とでも言わせて頂く。首席補佐官の私事の戯言に付き合うのもやめましょうか。それでは諸卿ら、会議を再開しよう』そう言っていつの間にかそろったメンバー全員の前で報告する。因みにこの会議に参加したメンバーは心に難く決めた。絶対にあの二人、マイッツァー・ロナとパプテマス・シロッコと自分の三人だけになるのは避けよう。何としても最低でも四人で行動しよう。それが無理なら無理矢理でも適当な理由を付けて逃げ出せ、と。この事実を知ったウィリアム・ケンブリッジの顔が引きつったのは妻のリム・ケンブリッジだけが知る秘密である。そして部屋を抜け出て、メイン・ウェイをCR-79というジオン公国製のコロニー専用電気自動車を運転しているフェアントにバーンが聞く。「これで本当に良かったのか? 明らかに部屋にいた全員がお前の事を警戒しているぞ?」と。だが、フェアントは不敵に笑った。「バーン、何を言っている。まさに結構な事じゃないか。全員に警戒された? それこそこちらの計画通りだ。そうであればこそ、俺がティターンズで権力を握り、太陽を掴むことができる好機となる。警戒されると言う事はそれだけ注目されるという事だ。違うか? 無関心よりも警戒心のほうが利用しやすい。それにな、バーン、お前も、俺もこのまま落ちぶれる必要もジオンやティターンズの便利な小道具として埋没してやる義理も無い。俺たちは立ち上がる。そして必ず勝つ。その為には・・・・・まずは例の木星帰りの准将とブッホ・コンシェルの一員で筆頭の首席補佐官よりも有能だとティターンズ長官に思い知らせる事だな。まずはそれからだ」呆れた奴だ。そう肩を竦めて、二人は自らの家族の待つ『インドラ』に向かって車を走らせた。同年同日、地球連邦政府、首相官邸『ヘキサゴン』ここでは定例会議が行われていた。そして議題毎に議員や官僚が入れ替わるのが常であるが、これにも数名の例外がある。一人は地当然ながら地球連邦の指導者、トップである球連邦首相にして地球緑化政策と木星圏、火星圏開拓計画の熱心な支持者であり指導者でもあるレイニー・ゴールドマン首相。次に地球連邦議会勢力最大派閥の長にして、現在は地球連邦軍退役軍人会会長も務めるゴップ内閣官房長官。彼には劣るものの、地球連邦政府No2として今年の冬に行われた第二次北米州大統領、マーセナス政権から横滑りした、地球連邦国務大臣であり、太平洋経済圏、インド洋経済圏の各州出身議員の支持を集めているジャミトフ・ハイマン退役少将、いや、初代ティターンズ長官。この三人は何があっても定例会議に絶対に参加している。そして財務大臣であるアリシア・ロベルタ・ロザリタ女史(南米州出身)である。彼女はキングダム政権下で史上最年少、32歳で入閣。年齢が若い、実績が無い、南米の資産家でスラムを弾圧している家系のお嬢様、などという南米州の大反発を抑えたのはその天才的な頭脳。因みにジン・ケンブリッジ初恋の人であり、彼の家庭教師でもあった。その後、キングダム内閣の甘い見通しで行われた一年戦争。ジオン公国の地球降下作戦で三大経済圏の内二つを早期に失った上、コロニーの消費経済圏も無くした地球連邦政府の財政を破産に追い込まず、止めに戦後直後の軍備再建とティターンズが掲げた地球戦災復興案の初期資金を集めた辣腕家であった。あのキングダム、マーセナス、ゴールドマンら三つの内閣の財政を24年間受け持ち、そのすべてを破産に追い込まず地球連邦政府財政を健全化している、この会議参加メンバーの誰もが頭を上げられない、頭が上がらない才女。(次に参加数が多く、会議に良く加わるのは、最近スペースコロニーや各州の代表、地球連邦加盟国王族や皇族などの元首への訪問という外回り。その直後のコンドルハウスにおける軟禁勤務が多くて死にそうなウィリアム・ケンブリッジ第二代目ティターンズの長官、私の後輩か)ジャミトフはコーヒーを飲みながらそう思った。後はいたりいなかったりしている。アデナウアー・パラヤ外務大臣など必死に自分の地位を守りたいというのがありありと見えるが、残念ながら地球上の対立状態だった大人口を持つ非地球連邦加盟国がなくなりつつある現状では外務大臣のポストはそれ程重要では無い。そんな中、呼び出しを受けて国防総省から首相官邸に到着したオクスナー国防大臣は考える。(アデナウワーは生き残りに必死の様だが・・・・外務大臣では無理だな。というよりも無能だから外務大臣と言う窓際に左遷されたとみるべきか?これからは財務省、国務省、内務省の三省の時代で、これに首相の持つ武力組織、武装警察にして対軍部のカウンタークーデター部隊ティターンズが加わる。故に奴の復権は絶望的だろう。自身の置かれている立場が分からないのか・・・・・まあ、私もあの日のソロモン要塞で、ジオンのソーラ・レイ攻撃を受けて生き残るまでは分からなかったが)と、いつの間にかヘキサゴンのFCS専用地下会議室に来る。大臣に支給されているカードをIDレコーダーに通し、指紋認証と暗証番号を打ち込む。その間は黒服の、胸もとに拳銃を装備しているSPらがIDの写真と自分の顔を確認し、金属探知機で定例の検査を行っていた。「首相閣下、検査終了です。問題ありません」内線電話で連絡を取る妙齢の女性SP。スカートでは無く動きやすい様に黒いズボンと革靴だった。「わかりました。オクサナー国防大臣、入りなさい。護衛官、扉をあけました。どうぞ中へいれて下さい」レイニー・ゴールドマン首相が言う。彼の右手には一年戦争の前線視察時にジオン軍の強襲を受け為に出来た火傷の跡があった。故に何も知らない人間はかの首相を反ジオン、反スペースノイドだと思っているがそこまで頑迷である人物が100億人と言う人口を抱える地球連邦の首相に就任できる筈もない。実際、彼の評価は一年戦争で晩節を汚したアヴァロン・キングダム首相よりも余程、余裕があり、柔と豪を併せ持つ人物という評価になるだろう。(そうでなければ地球緑化政策とケンブリッジの木星圏とスペースノイド融和政策を両立させられるわけがない)連邦安全保障会議(FSC)の定例会呼ばれた。無論、秘書官も一緒である。更にはバウアー内務大臣とエッシェンバッハ議長もいた。(しかし・・・・これは何かあるな・・・・私はたまたまソーラ・レイの攻撃を生き残り、水天の涙紛争でも月面駐留の第6艦隊にいたから生き残っただけなのだがな)そう思いつつ、黒いスーツをきた壮年の男性は指定されている席に座る。と、極東州出身の法務大臣とアジア州出身の宇宙開拓大臣の二人の女性が入ってきた。秘書も女性だ。どうでも良い事だが。総数はこれで7人+αだ。そして扉が閉まる。鍵が自動でかかる。中には警備のSPはおらず、秘書官と書記官、首相補佐官や各閣僚首席補佐官らがいた。「さてと、議題はそこのPCを起動してみればわかる。みんな読んでくれ。私はコーヒーを飲むので・・・・10分だけ待つ」そう言って首相は自分に用意された中米州産のブレンドコーヒーを飲む。コーヒー豆、それを一から焙煎し砕き、抽出したコーヒーのほのかな香りが立ち上る。それにつられて飲みたい気分になるが読む。(あら・・・・案外うまくいってるじゃない)(流石はケンブリッジ長官。伊達にホワイトマン部長を妻にしてない・・・・大した情報網だわ)(財政的には何とかなるか・・・・やはりあなどれないわね)三人の女大臣が考える。(ふーむ)とりあえずは分かった事はケンブリッジと言う夢想家の夢を実現する方法があると言う事と、外惑星航行可能巡洋艦やジュピトリス級の量産計画の正式な発動。これによる火星圏、木星圏の生活圏拡大政策がウィリアム・ケンブリッジというティターンズ長官の名前で推進されていると言う事だった。(接触を受けた、アルギスとかいう男の唱えたこのラーフ・システム・・・・なるほど、大規模な太陽光発電と氷塊を地上にぶつける事で火星の地球化を図るという100年単位の大規模な惑星改造計画、か。更にはその情報がそう遠くない将来、利用価値のあるカイ・シデンを通してアングラ出版とジオニック・ライン、連邦放送、BBC、ABC、NHKらが報道する事。今ならできると判断した訳だな? 地球連邦政府の権威と軍事力が最も高まり、地球上の非加盟国が北部インド連合を除き全て無くなった現在という状況下で。止めに宇宙にはサイド3とサイド7というジャブロー地区や北米州、極東州、アジア州に匹敵する工業地帯がある現実。だから、今やるのか・・・・・しかし、それを国防大臣である私に見せるとはどういう事だ? ゴップ官房長官は何を考えている?)コーヒーを飲む。こちらはどうやら中央アフリカ産のコーヒーである。(ルービックキューブが無いと何故か落ち着けんな。これは私の悪い癖だ・・・・軍人時代の戦死への恐怖を紛らわす癖が残ってしまったか)コーヒー豆ら農作物の輸出や極東州らの無償技術提供と地球連邦政府内務省と国務省の支援で漸くアフリカ三州は安定化する兆しを見せていた。現在の地球上で最大級の不安定要素は北部インド連合。彼らの軍閥化した強行派閥と中央アジア州の現地武装宗教勢力、この二つ。加えて。ジオン反乱軍残党集団のロンメル師団と呼ばれている部隊、そして太平洋上で海賊行為を繰り返しているマット・アングラー隊、つまりジオン海中艦隊の残存部隊だけ。(アクシズ、エゥーゴ、ジオン反乱軍の残党勢力など今の地球連邦には恐れるに足らんな。海軍と陸軍、それに各地の州軍に任せれば良かろう。彼らも既に補給を絶たれてから10年以上活動している。兵器が正常に動くかどうかさえ疑問だ。まあ海軍機動艦隊に任せればよい。ズゴックEの輸入もある程度は仕方ないだろう対ジオン経済戦争という側面もあるからな。ジオン公国に今破産してもらう訳にもいかぬ)オクスナー国防大臣はそう結論付ける。補給が続かない軍隊など脅威では無いのは常識以前の話だ。精神論で戦争には勝てない事を元軍人のオクスナーは良く知っていた。「さて、オクスナー君、君に聞きたい事がある」首相では無く内閣官房長官が聞く。と言う事は、経済官僚出身で軍事に疎い面のあるゴールドマンに分かり易く説明しろ、と言う事か。因みに同僚で最大の出世頭と言われているティターンズ長官のウィリアム・ケンブリッジは宇宙開発専門の官僚であった。それ故にムンゾ自治共和国時代のサイド3駐在文官としての赴任、ギレン・ザビとの交流、その後の大出世(本人曰く、最大の不幸)を成し遂げた奇跡の人なのだが、まあそれは置いて置くとしよう。「なんでしょう?」ずずと、ゴップが自分用の極東州産地のお茶を飲む。確か煎茶とかいったな。体に良いらしいからな。今度試してみるか、そう思う。「第1艦隊、第2艦隊、第12艦隊のMS隊更新計画、ジェガンタイプへの更新には後何年かかる?無論、現在の予算を2割削減した上での事だ。これ以上の軍事予算増額は無い。例の『Z』、『N』、『UC』の三計画が同時進行している今、ジェガンタイプへの機体更新と第10艦隊、第11艦隊のジムⅢへの機種変更作業の進捗状況も聞きたいのだよ。これらの軍備更新計画を平行してやる以上、なるべく低予算でかつ早めに終わらせてほしいのだよ、そう財務省は言ってきている。毎回ね」なるほど、ゴップ大将は戦争を予見している、という事か。(うん、いや違うな、ここにいる全員が軍事力によるアクシズ勢力の討伐とその後の軍縮、正確には新規MS開発並び新造艦艇建艦計画抑制案をそれぞれ持っている。だからこそ、件の女大臣ら等はその為に出席しているのだ。戦闘がもたらすデブリ拡散による宇宙開発への影響、捕虜となるであろう人間の法律問題、軍事力行使に伴う、古来より楔となり国さえも傾け、滅ぼす軍事費の負担額。それを聞きたいから自分は呼ばれたのだな)PCから目を離して一度全員の顔を見る「そうですね・・・・第1艦隊、第2艦隊、第12艦隊は宇宙世紀0095の秋には慣熟訓練も含めて全てをジェガンタイプに機種変更可能です。第10艦隊と第11艦隊は更に早く、0095の春には終わります。また余ったジムⅡやハイザックは月面にある四つの超弩級核融合炉発電所の護衛部隊に回します。それと、AE社とビスト財団の雇用安定の為、ハイザックの発注は続けます。それらは偵察艦隊に配備します」噂に聞く新造空母はどうなりますか?「法務大臣、ベクトラは宇宙世紀0095の夏、8月1日に完成します。建艦終了と同時にロンド・ベルに引き渡されます。そうです、財務大臣が推進した次期可変MS計画『Z』のMSZ-006C1ゼータプラスも順調です。大型惑星間航行空母『ベクトラ』に『UC計画』の機体2機と、『N計画』の機体1機を含めて75機、一個師団、ロンド・ベル各艦に合計63機のZタイプを計画通り同時配備できます。無論、その際にギャプランは全て月面都市防空大隊に再編入しますが。ああ、ゼータプラスですがプロトタイプであるZガンダムが予想外に設計、開発が遅れており、結果としてデルタゼータのデータを流用しております。詳細は其方に」そう言いつつ、メモリーディスクをPCに差し込みPDFファイルを送信する。全員の携帯端末にはZ計画の進展状況が出ていた。宇宙世紀0093の現在、パイロット、整備兵、搭載艦艇、Zタイプの可変MS配備状況を含めた総合進展状況は75%。が、一番機であり、カミーユ・ビダンがテストしているZガンダムはサイコ・フレームの開発・生産が難航している為、最重要なコクピット周りの開発が進んでいない。それでも宇宙世紀0096の2月までには『UC計画』『N計画』と同様に実戦配備が可能と出ている(尚、これ以降は通常量産型をZ+、初号機であるZガンダムを、Zと呼ぶ)。「それで、あの予算を馬鹿食いするコア・ブロックシステムを採用する予定のZZガンダムとかいう化け物はどうなります?あれの量産機・・・・FAZZでしたか、あんな機体の量産など財務省は断固として反対します。よろしいですね?」とうぜんですな。ゴップ官房長官が頷く。ジャミトフ国務大臣も同様だ。今日はいつもと違って無口だな。珍しい。と、彼が、黒いスーツを着たジャミトフが発言する。「ええ、コードネーム『Zガンダム』はあくまで可変機。その量産型もロンド・ベル艦隊従来の使い方の為の機体です。当然ですがジェガンタイプを圧倒する機体性能は与えます。そしてジェガン生産、配備が完了した時点でジオン公国と条約を結び、宇宙世紀120年まで新規MSの開発は認めても、実戦配備規模の量産を認めない条約を結ばせます。大臣が懸念しておられるコードネーム『ZZガンダム』はコア・ブロックシステムを廃止して普通の機体にします。それで装甲強化と予算抑制につなげております。『Z』にだけ予算をつぎ込むわけにもいきませんから。その為にパラヤ大臣には活躍してもらいたいものですな」ジャミトフが引き取る。流石元軍人にして現ティターンズ長官と最も親密なだけの事はあった。(ちなみにウィリアム・ケンブリッジと仲があまりにもよすぎる事から一部の馬鹿議員は男色疑惑を向けている。無論、愚かな妬みの妄想だが)「・・・・・さて、質問は無い様だな? ならば方針は決まった様なモノだろう」腕を組んでいたゴールドマンが発言する。ゴールドマン首相の言葉に全員が背筋を伸ばす。それは傲岸不遜のジャミトフも、魑魅魍魎なゴップも、運が良いと自嘲する自分も一緒だ。流石は100億の民を導く国家の元首。これに匹敵する貫禄を持つのは各構成国の王族や皇族、更にはギレン・ザビや数年前の『ダカールの日』で演説した当時のウィリアム・ケンブリッジくらいだろう。「我が軍は三年後の宇宙世紀0096をもってアクシズを捜索、発見し、総攻撃をかける。軍部にはオクサナー国防大臣が極秘裏に、政府内部の調整はゴップ官房長官が、ティターンズとロンド・ベル部隊にはハイマン国務大臣が伝えたまえ。諸君、我々は次のステージに進む。全人類存続の為に、恐らく最後の好機となる。これを逃せばまた数十年はこの地球圏という人類の胎盤の中で相争う事になるだろう。だが、これを完全なる勝利で乗り切れば今後100年は外惑星、内惑星開発、地球再建に全力を加えられる。それは人類が本当の意味で地球圏を、宇宙を開拓する時代の幕開けとなる我々は未来に向かって進むのだ。その為の第一歩である。皆の奮闘を期待する、以上だ」宇宙世紀0093.06.11 ズム・シティ。ザビ家私邸。極秘裏に一台のリムジンが到着した。誰にも見られない様に男が裏口から入る。(ギレン公王陛下直々の頼みで、伝令役がドズル・ザビ上級大将か。一体何事だろう?)デギン・ソド・ザビの意識が既に失われて3時間が経過。ザビ家の全員と名代のリム・ケンブリッジはジオン中央国立病院の集中治療室に向かったが、その時ウィリアム・ケンブリッジは急に呼び出しを受ける。それはこの国の主にして稀代の天才政治家にして今まさに死に逝くデギン・ソド・ザビの長男、ギレン・ザビだった。「来たか・・・・存外に早かったなウィリアム」おかしい。彼は公王服では無く、かつて愛用していたジオン公国の黒い、軍服と兼用の総帥服を着ていた。自分はダブルボタンの黒いスーツに、黒いネクタイ。いつでも弔事に迎えるように全て黒で揃えた。靴も黒。いつもの茶色の革靴では無い。葬儀になった時に備えている。恐らくそう遠くない将来に葬儀の為に来るようスマート・フォンの呼び出し音が鳴るだろう。「陛下直々の内密なお呼び出しとお聞きしまして」ギレン自らが来賓用の椅子を引く。そしてまるでホテルマンの様に右手で座るように促すギレン。「かけてくれ、ああ、セシリア。何か食べる物とニュージランド産のフルーツワインを数本、それにイングランドのウィスキーを数瓶頼む。後、ワイングラスを二つにウィスキーグラスを二つ、氷もな」その言葉から数分後、妻のセシリア・アイリーン・ザビがフランス産チーズ、ドイツ産ソーセージ、アメリカ産ビーフジャッキー、ブラジル産トウモロコシ、日本産の炒めた米、そして大量の氷に、ワインをワインクーラーごとキャスターに乗せて持ってくる。「うん、すまない。セシリアは下がってくれ。今は目の前の男と二人で話がしたい」その言葉を聞いたセシリアは一礼して護衛の兵士達と共に下がる。全員が扉から出て行く。ザビ家邸宅、ギレン・ザビ本人の紛れも無い私室に残ったのはウィリアム・ケンブリッジとギレン・ザビのみである。全てのジャーナリスト、マス・メディアが例外なく、この事実を聞いたらこれはまず間違いなく明日の地球圏のトップニュースだ。(号外新聞発行は確実だろうな。何せあのギレン氏と俺が内密に深夜に二人だけで非公式会談を行うのだから)何と言ってもあの『ジオン公国独立』の英雄であるギレン・ザビ公王陛下と『ダカールの日』の英雄であるティターンズ第二代長官ウィリアム・ケンブリッジが23時と言う深夜に人目を忍んで密会するのである。まあ、それがハイエナのようなイエロ-ジャーナリズにばれる様な馬鹿な真似はどちらもしてないが。実際、これを誤魔化す為に、ギレンは軍を動かした。ジオン第三艦隊とジオン親衛隊は先代公王陛下であるデギン・ソド・ザビの国葬の為に動員されるという噂が流されている。ブラフではなく各艦隊の軍港からの出港も開始している。「ふ、ウィリアム、こうして二人だけになるのはあのキシリア暗殺以来か?」苦笑いする。そう言えば、あれからもう20年以上経過した。息子も成人したし、娘ももうすぐ大学を卒業する。(そういえばマナはどうするつもりだろうか? グレミー君との交際をOKしたは良いが・・・・結婚となればこちらに、地球連邦に来ることになる。或いはジオン公国ザビ家に。家柄は考えたくもないが同格。ならば熾烈な後継者争いが起きる・・・・マナとグレミー君には悪いけどできれば別れてほしいな。娘まで政治闘争や戦争の道具にされるのは御免こうむる・・・・あんな危険な目に合うのは自分だけで沢山だ)その想いとは裏腹に、ギレンの手によってワイングラスにそそがれるリンゴの蒸留酒。それを頂く。リンゴワインの甘さが口の中に広がる。「そうですね、あの日以来かも知れません。もしくはグラナダ会談以来、でしょうか?」グラナダ会談、或はギレン=ウィリアム会談と呼ばれた現在も極秘扱いの終戦への道しるべを築いた会談。それを思い出す。あの日々は妻を助ける為に無我夢中だった。間に合わないかも知れない、自分の知らないうちに、自分の知らない戦場のどこかで妻はとっくの昔に戦死しているかもしれない。そんな不安を力で抑え、子供らの前では笑顔を振りまき、一人の時はストレスで眠れず、強引に薬で精神を安定させていた一年戦争の時代。あれから13年だ、そして・・・・本当に生死の境を彷徨った、テロリストに暗殺されかけた水天の涙紛争からも既に5年。思い起こせば時代は流れた。いや違う、流れたのではない、時代は流れるのだ。誰にも止める事は出来ずに。誰もが過去を振り返りながら未来を見据えて流れ続ける。それが人間の、いいや、この大宇宙の営みだ。それはどんな権力者にも、どんな偉人にも、どんな生命体にも覆すことのできない絶対的な真理。少なくとも人類が認知する限りは。(悠久の時の流れ・・・・か。すべては流れ行くままに)物思いにふけると目の前の男がしゃべりだした。「・・・・・・・・・ウィリアム」何です?「ふ、腹芸が得意になった。まさに地球連邦随一の英雄であり、地球圏最大級の政治家だけの事はあるな」光栄です。ですが、それが本題は無いでしょう?無言で聞くウィリアム・ケンブリッジ。それに答えるべき男は何度かワインを飲みきる。いつの間にか時計の針が半周していた。そして徐に言葉を紡ぐ。「・・・・・・・・・・・・・・父が死ぬ」「?」ギレンの言葉に思わず疑問の表情を浮かべる。この人はあまりそう言う弱音を吐く事は少ない、いやあり得ないと思っていたが。「不思議なものだ。仮にあの独立戦争中であれば私は父デギン・ソド・ザビが邪魔な政敵となった時点で謀殺できたはずだ。いや、確実に謀殺した。敵である連邦軍もろとも。ガルマやドズルの死を利用する事も、サスロを見捨てる事も出来た。だが・・・・今は・・・・しかし・・・・今は出来ん・・・・私は・・・・弱くなった・・・・弱くなってしまった・・・・笑えんよ」自らが望んだ事とはいえ、気が付けばジオン公国の独裁者として孤独を生きるしかなくなった男の、全てを賭けた独白。相手は敵対国家の治安維持組織の長にして政府閣僚であり、立派なスキャンダルである。下手な相手に言えば付け入れられる隙を作るだけだ。それでもギレンはウィリアムを選んだ。自分と唯一対等な存在と信じて。・・・・・・・自分の中の何かを伝えるという行為の対象として。「あの日、父はキシリアの事を話した。そして私はいつの間にかあの父親の背中を追い続けていた事に気が付かされた。そうだ、わたしにとってジオン・ズム・ダイクンが子供の描く理想だったのなら、父であるデギン・ソド・ザビは現実の壁、超えるべき存在であった」それは分かる。自分の父親も母親もまだ存命中だが超えるべき壁として存在している。ウィリアム・ケンブリッジにとっても、妻のリム・ケンブリッジにとっても。「それが失われる・・・・・笑えるな。ガルマの戦死報告を聞いた時さえ、キシリアが謀殺された時さえなんとも思わなかった自分が、だ。今になって・・・・・既に取るに足らない存在だと考えて地球に追放した父親の死に動揺している。ウィリアム・ケンブリッジは、貴様は・・・・そんな愚かな私を政治家失格だと嘲笑うか?」同意を求めている? それとも否定を?いや違う、嘲笑って欲しいのだ。それを望んでいる。だが・・・・それは違う気がした。「ギレン陛下・・・・・私が陛下を嘲笑えば貴方は満足するのですか?」更に時計は一周する。食事類は全て空になり、ワインボトルも既に5本以上空になって地面に転がっていた。ウィスキーの瓶も、である。「いや・・・・できまい」そうだろう、人それぞれだ。人それぞれの悲しみ方がある。それにギレン・ザビは断罪や許しを求めている訳では無かった。単に、ただ自分の思いを伝える相手が欲しかっただけだ。それからもギレンは言葉少なくとも、自分が自分なりに父親を尊敬し、敬愛し、そしてその死を悲しんでいる事を伝えてきた。ただ黙ってその悲鳴のような独白を聞くウィリアム・ケンブリッジ。夜が明ける。ズム・シティの人工太陽が朝日を創り出す。気が付くと、鳥の鳴き声が聞こえてきた。妻のセシリアの飼っている極東州の天然記念物保護対象の小鳥だった。「すまなかったな、これは政治カードに使ってくれて構わん。私の落ち度だ」言われてみて気が付く。私はそれを、ギレン・ザビの失態を利用すれば他の同僚らを一気に抜ける。政敵を一気に引き離せる。何せ、唯一の敵対国となりうる国家の国家元首の愚痴を聞き、彼の弱みを知ったのだから。これは無言の圧力だ。だが、私には、俺には出来ない。「何の事です? 私は今日ここには来なかった。ジオン・インデペンデス・ホテルの部屋で飲んだくれていた。それだけです。違いますか?」その言葉に唖然とするギレン。この顔を見れた、見る事が出来た、その事実だけでもザビ家の私邸に来た価値はあった。そう思う事にしよう。他人の心の弱さに付け込んで、一方的に利用するなど耐えられない。少なくとも自分には出来ない。例えそれが地球連邦閣僚であるティターンズ長官として失格であろうとも。「私は今現在もジオン公国政府が用意したホテルの自室で酔いつぶれて眠っている。そうですね、ギレン陛下?」ふ、変わらんな、貴公は。はは、それはお互い様です。同感だ。それではまたお会いしましょう。あまり長いをすると・・・・ジャーナリストに知られてしまいますから。そう無言でアイコンタクトを取ると、ウィリアムは帽子をかぶり、ビジネスコートを羽織る。そしてビジネスバッグを持ってウィリアムはギレンの部屋から去る。何も言わずに。何も残さずに。後世、ギレン・ザビが自ら自筆の伝記と日記を死の直前に書き残し、死後50年後に公開する事を遺言として残した。そして彼の死後から数十年後の歳月が流れる。この二人の0093における密会が公の場にて報道されるのはすべての当事者が鬼籍に入った宇宙世紀190年代まで待つ事になった。地球連邦市民だけでなく統治しているジオン公国の国民からも畏敬され恐怖された、あの冷徹なる独裁者が他人の前で漏らした最初で最後の、『ギレン・ザビの嘆き』と言われる独裁者の孤独を告白した事件。それはつまり、このときの会談は、ギレン・ザビとウィリアム・ケンブリッジ双方が故人となるまで秘密のままであった事を指し示している。そう、ウィリアム・ケンブリッジは約束を守ったのだ。彼の盟友との約束を。彼の信義と信念に従って。宇宙世紀0093 某月・某日『これが・・・・サイコ・フレームか』『はい、クシロ研究所の職員の買収には失敗しましたが、AE社のデータバンクをハッキングする事で手に入れました。大佐、これさえあれば我がネオ・ジオンは無敵です、決起できます』『そうだな・・・・だが我々のサイコ・フレームは連邦軍に比べて絶対数が少ない。戦闘用物資も数度の会戦で完全に底をつくだろう。故に必勝の策を練らぬばならんな。それはこれから考えるとして・・・・それで旧式サイコミュの・・・・ビダン技術大尉とビダン技術顧問が残したデータから作ったバイオ・センサーの方は?』『そちらも大佐のご要望通り完成しております。既にMSN-03ヤクト・ドーガが4機、パイロットはムラサメ研究所から保護した少女兵らを使います。また、例のギュネイ・ガスや強化人間の術式を行ったマシュマー・セロ、キャラ・スーンにはNZ-000のデータを手に入れたタウ・リンが製作しているNZ-666クシャトリヤを渡します』『・・・・強化人間か・・・・他には?』『私専用に白いMS、サイコ・フレーム搭載のMSN-06Sシュナンジュとシャア大佐専用のMSN-04サザビーをご用意させて頂きます。それに・・・・例の大型可変MSと大型MAも操縦できる強化人間が見つかりました』『名は?』『レツ・コバヤシ、フラウ・コバヤシ、キッカ・コバヤシです』『そうか・・・・あの機体は強化しすぎたとでもいうべき人間でなければ使えん。ニュータイプの素質厚いお前と言えども扱えんからな。それにだ、ハマーン。前線は、戦争はお前が考えているほど甘くは無い。それだけは気を付けろ』『はい、シャア大佐』『それと・・・・・一般兵用のギラ・ドーガとギラ・ズール、それにエース専用機であるドーベン・ウルフの配備は?』『こちらも順調です。あと3年あれば総数で150機から200機前後は揃えられるかと』『ネオ・ジオン内部の不平分子は?』『実力で排除します、いえ、既にラカン・ダカランらが排除中です』『では・・・・・コールドスリープ状態の兵士と民間人はそのままだ。物資の消費は抑えなければならん。それでタウ・リンが指揮するヌーベル・エゥーゴやエゥーゴ派の残党軍はパラオ要塞での訓練を強化しよう。それで何とかなろう。艦艇の方は・・・・・?』『ビスト財団のマーサ・ビスト・カーバインとAE社のウォン・リーが手配してくれます。温存したエンドラ級巡洋艦、ムサイ砲撃戦強化型巡洋艦級、ザンジバル改級機動巡洋艦、更には数年がかりで建造したサダラーンとレウルーラが完成します。あと13隻ですがムサカ級という重巡洋艦も用意できる予定です。あとは地球連邦から脱走したエゥーゴ艦隊残存戦力と犯罪者として手配された過激すぎた傭兵会社の部隊、独立戦争時の連邦軍やジオン軍のサルベージした艦艇です。旧エゥーゴ残党のタウ・リン派を含めて総数で100隻前後は集まるでしょう。慣熟航行訓練は連邦軍とティターンズの目を避けねばなりませんが・・・・暗礁宙域であれば問題は無いかと』『補給物資と生活必需品は?』『以前ザビ家に首都を占領された為、根強いサイド2のエゥーゴ派と月面都市に残ったジオン解放戦線やスペースノイド独立連盟、宇宙の民、地上の軍閥連合となったカラバなど反地球連邦運動組織が送ってくれます。それに必要最低限の人員以外は冷凍睡眠状態ですので、決起時までは物資の消費の心配は必要ありません。あとは宇宙世紀難民が独自に作成した食料生産施設や、宇宙世紀初期の地球連邦も把握できてない食糧生産プラント、工場コロニー、宇宙のジオン・ダイクン派の拠点を数基取り揃えております』『流石だな、ハマーン・カーン摂政殿』『ありがとうございます、大佐。それで・・・・その、今夜はララァ様の所では無く・・・・私の』『ああ、分かっている。今日はお前の所で寝かせてもらおう。それで・・・・ナナイはどうしている?』『ナナイ? ああ、あの強化人間研究所のまとめ役の女はサイコ・フレーム開発と大型生産設備を持つパラオ要塞でタウ・リンと協議中です。ご心配なく、来月には戻るでしょう。そうすればシュナンジュとサザビーは0096には実戦配備可能です』『そうか』『そうです』『・・・・・ハマーン』『? 何か?』『・・・・・・・君には・・・・苦労を・・・・・・かけたな』『!!』『本当に・・・・すまなかった』『た、大佐? 何を?』 『そうだ、私はお前の好意を知っていた。そんな私はお前に、ハマーンに甘えた。その癖にハマーンが一番大変な時に・・・・ハマーンを見捨てて地球に逃げ込んだ。情けない男だ。アムロ・レイの言う通りだ。だからこそ、今度だけはけじめをつける。全てに決着をつける』『・・・・・シャア・・・・大佐』『シャアでいいよ、ハマーン』『ならば・・・・あの子とララァさんは置いていくと?』『・・・・・・・・・』『答えてください、私を哀れと思うなら、答えて』『私はハマーンと共に生きる事はもうできない。だが、共に死んでくれと言うなら・・・・死ぬ。本当だ。もう嘘はつかない』『大佐を・・・・本当に・・・・その・・・・信じ・・・て・・・・よろしいですか? あなたの・・・・ララァとかいう女よりも私を選んでくれる、そう信じてよろしいのですね?』『我が父、ジオンの名を汚しておいて今さらだが・・・・ジオン・ズム・ダイクンの名に誓う。それでは・・・・不満かな?』『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』『信じられないか・・・・・・・無理もないな・・・・私の悪行を考えれば、そうもなろうか』『い、いいえ、信じましょう。私とて・・・・このハマーン・カーンとて大佐と同様に罪人の娘。我が父マハラジャ・カーンによって罪を背負わされた人々を騙して、彼らに偽りの信仰を強いて生きてきた。それは否定できない事実です。ですが、決して、決して、決して!!』『・・・・決して・・・・何だ?』『決して私を二度と私を裏切らないで下さい・・・・この作戦が終わったら・・・・どんな形であれ一緒に・・・・私と一緒に死んでください』『ああ、それは約束する』『それでは・・・・寝室で待っています・・・・・・・・・・・シャア』宇宙世紀0093、各陣営の思惑はめぐり、デギン・ソド・ザビの死が一つの象徴となってこの年は幕を閉じる。ジオン・ズム・ダイクンを中心とした宇宙世紀移民第三世代のスペースノイド独立闘争。その一つの形態であり、集大成でもあった『ジオン独立戦争』は完全に過去のものとなった。そして、地球連邦も、ジオン公国も、ウィリアム・ケンブリッジが指揮するティターンズも、宇宙の深淵で最後の機会を捉えたエゥーゴ派とアクシズもまた動き出す。時代の流れが一気に加速する。そして、宇宙世紀0096、遂に『ジオン』を名乗る者達の最後の戦いが始まる。宇宙世紀0093、嵐の前の静けさであった。