ある男のガンダム戦記 04『ジオンの決断』ケンブリッジが連邦政府使用の極秘回線でジオン公国からの撤退の報に触れたころ。ズム・シティではザビ家の間で熾烈な家族喧嘩が起きていた。軍服姿のドズル・ザビを公王服に身を包んだデギン・ザビと襟と黒のジャケットに身を固めたサスロ・ザビが責めている。ギレン・ザビはその執務室の窓際で我関せずと言う感じで立つ。部屋にいるのはこの四人のみだ。親衛隊は別名あるまで廊下で待機中である。『一体何のためにお前を士官学校の校長に任命したと思っているのか!?』『図体だけがデカい、この薄ら馬鹿が!!』怒声は続く。どこにこれだけの肺活量があるのかと思う程、60近い父親の怒声が部屋中に鳴り響く。『お前の役目は何だ!?ガルマを守る事だろうが!!それがよりにもよって未熟な学生だけで10倍の連邦軍に特攻させただと?気は確かか!? この愚か者が!!』『ガルマが死んだりしたらどう責任を取るつもりだったのだ!?』『そもそもだ、お前は自分に誓ったはずだろうが!!』四男(末の息子)可愛さに、三男のドズルに烈火の如き怒りの刃が突き刺さる。ドズルはたじたじとなり、部屋の隅まで追いやられた。これ程の怒りはキシリア・ザビ暗殺時にも見せなかったと思う。ジオン公国軍の実働部隊、つまり軍実戦部隊を完全に掌握しているドズル・ザビもこの父親の思いもしない程の大攻勢に委縮するばかり。「だ、だが親父・・・・・これには・・・・」「言い訳するな!!」完全に怒り心頭の父デギン。取りつく島もない。何度目かのやり取りの後、ギレンはジオン公王府に戻ってくる一台のリムジンと護衛車の群を窓から確認する。(ガルマだな)ガルマ・ザビがズム・シティ中央広場の凱旋パレードから帰って来たのだ。ギレンは腕を後ろで組み、サスロにも怒り心頭の父デギンにも委縮しているドズルにも背を向けて考える。(あの事件は・・・・・連邦軍の武装解除と言う事態は両陣営にとって痛恨の一撃だった。この私にとっても寝耳に水と言って良かった。一部の青年将校の暴走で連邦との関係は修復不可能となったな。地球視察がなければこれをそのまま奇貨として開戦準備に繋げたが・・・・・そうはいくまい。今はまだ開戦できん。少なくとも後5年は必要だ)それにしても、と思う。(連邦軍も案外不甲斐無い。あの精強さを見せた北米州の連邦海軍第1艦隊や海兵隊に比べてサイド3駐留軍の何たる無様さか。幾ら奇襲を受けたとはいえ・・・・いや、せんもないな。それよりも我がジオン軍が連邦軍相手に勝った事を宣伝すべきか。だが、宣伝が偏りすぎれば連邦軍の実力を軽視する輩が増えるであろう。コントロールのきかぬジオン国民は要らぬ。軍部も正確な判断を下せぬなら交代させぬばならぬな。故にこれ以上、マスコミに好き勝手な報道をさせる訳にはいかぬ)ギレンの考えを読み取った弟のサスロが何か言おうとした時、扉が開いた。が、ギレンはそれに気が付きつつも無視を決める。椅子に座り、頬杖を作り顎に手を当て考える。(仮に氷塊衝突事件だけであればそれを理由に平和裏に連邦軍を退去されただろう。或いは被害者として多額の賠償にジオン公国軍、つまりジオン国防軍の軍備を正式に認めさせる事も、連邦議会を分裂させ親ジオンの州政府を作る事も、各コロニーを反連邦として扇動する事も可能だった筈だ)それにも関わらずジオン公国軍准尉の制服を着たガルマが誇らしげに、そしてどこか照れたまま、花束を持って執務室に入ってきた。思わずザビ家らの視線が、ギレンは例外に、ガルマに注がれる。ガルマが背筋を伸ばす。ドアを開けたジオン親衛隊(旧キシリア機関、ドズル、デギン、サスロ、ギレンと5つに独立していたザビ家の私兵集団を統合、公にした組織。総帥府直轄、指揮官はエギーユ・デラーズ大佐)の将校が敬礼して去る。侍女たちもお茶を配った後、そのまま立ち去る。まるで逃げる様に。そんな中、デギン公王が公人としてでは無く、私人としてガルマ・ザビを労わった。(父上が何か労っている様だが・・・・・・老いたな、父上。先ずガルマが国際法も連邦法も無視した暴挙に出た事を咎めなければならぬのに。仮に咎めなければいつかこれと同じ事をしてしまうだろう・・・・・・誰かが教えぬばガルマの今後を左右するぞ)と、思っているとサスロが無言でガルマに近づいていく。その間、ドズルがガルマを、『しかし10倍の敵を武装解除させるとは・・・・・将来は俺さえも仕えこなせるな!それでこそ俺の弟だ!!今は休め。後の事は兄貴と親父が上手くやる。まあ任せろ』などと軽はずみな事を言って父の気苦労も知らずにこれまたガルマを労っている。ついでに言うならギレンの思惑も蚊帳の外。(・・・・・・ドズル・・・・・まずは将来より現在だ。もはや氷塊衝突事件では無く兵舎襲撃の方が重度な政治問題なのだぞ!ガルマは自分が如何に軽挙妄動に走ったか分かって無い。身の危険とか言うレベルでは無い。氷塊衝突事件とその後のデモ、発生したであろう連邦軍によるデモへの武力鎮圧は最大の外交カードとなる筈だった。特にデモを鎮圧させ、鎮圧時に我らジオン側に犠牲が出れば出るほど現連邦政府を打倒し、次期政権に親ジオン政府を作る事さえ可能な鬼手となる筈だった。それを一部の士官候補生が大局も見据えぬ愚か者どもに踊らされて連邦に付け入る隙を与えたなど豪語同断だ。尤も・・・・・英雄として凱旋しているガルマを処罰すれば国内が安定しない。が、処罰しなければ連邦を、正確には連邦各州を反ジオンで一枚岩に近づけさせる。ガルマよ・・・・お前は数少ない連邦の大失策と言う好機をふいにしたばかりか、我がジオンの外交を八方ふさがりにしたのだぞ)ギレンが何か言おうとした。正にその時。バチン!音が発生して、音が消えた。ガルマが一体何が起きたのか分からないと言う顔をして右の頬を撫でつつ、兄サスロを見た。サスロは思いっきり右手を振り切った状態と心配と怒りがない交ぜになった状態でガルマを見ている。「この馬鹿者!!」ギレンにとっても珍しいシーンだ。外交担当となって以来、いや、キシリア暗殺以来絶えず、笑顔を絶やさずにいて、自らの本音を隠してきた男が本心を語る。ある意味でガルマが成し遂げた快挙。「命を粗末にするとは何事か!?10倍の敵に突撃するなど正気か!?それでも士官学校No1の首席卒業者なのか?第一、 この事件を契機に連邦が本気を出してジオンを攻めたら責任を取れたのか!?死んでいったお前の僚友には何と言って詫びるつもりだ!!」そこでサスロはガルマを抱きしめる。気が付けば涙を流している。それに気が付き何も言えなくなったガルマ。サスロの独白は続く。(サスロの贖罪か・・・・・キシリアを目の前で失ってしまってもう5年近くか。それが関係しているのかもしれんな)と、ギレンは思った。「血気にはやるのも結構だが・・・・・・無謀と勇敢は違うだろう。ガルマ、頼むからもっと自分を大切にしてくれ。無茶だけは・・・・無謀だけはしないでくれ・・・・お前は俺の、俺たちの大切な家族なのだから・・・・・」ザビ家の中で最も情に厚いのがドズル・ザビ。が、冷静に大人の対応と家族愛を持つのがサスロ・ザビだったと後世に言われるエピソードである。(ふむ・・・・・ガルマの件は父上とサスロ、ドズルに任せれば良いか。問題は・・・・・・連邦政府への今後の対応だな。あの男もいる。ウィリアム・ケンブリッジがどう動くかが分からぬ。彼奴の動き次第で我らも対応を迫られるだろう・・・・ふ、厄介な男だな、ウィリアム。本来は外交で独立を達成するべきだったが・・・・・事ここに至ってはやむを得ん、か)ギレンが冷静に政局を判断する。そして、彼は一度解散を命じた。ガルマを連れて行く父と弟たちを見送って、第一秘書に昇格したセシリアに内線をかける。因みに盗聴を恐れて電波式のスマートフォンでは無く、機密性重視の為の固定回線である。「ギレン閣下。お呼びとお聞きしました、セシリア・アイリーンです」「うむ、早速だがジオン経済の件でジオニック、MIP、ツィマッドらと会談したい。そうだな、1週間以内だ。調整を頼む」そう言って直ぐに切る。椅子に背を、体重を預ける。眼下にはイタリア産の高級机とアンティークのチェス盤、キリマンジャロ産のコーヒーセットが用意されていた。戯れにチェスの黒ルークを白のビショップで取る。続いて、順番を無視してポーンで白ナイトも。「さて、駒は動いた・・・・・いや・・・・・あのシャア・アズナブルとかいう若造に動かされたか?まあいい。こうなれば旧APEC(北米州、中米州、極東州、統一ヨーロッパ州ロシアの極東地域、オセアニア州、アジア州)から発展した地球最大の経済圏、太平洋経済圏に揺さぶりをかける。予てからの手筈通り、太平洋経済圏を押さえ、地球―コロニー間の貿易、大西洋経済圏、地中海経済圏を破壊すれば連邦政府と言えども継戦は不可能になるだろう」因みにギレンの語った三大経済圏とは以下のとおりである。・太平洋経済圏極東州、アジア州、オセアニア州、北米州、中米州、南米州太平洋沿岸による地球内部では最大級の経済圏。日本、韓国、台湾という世界三大電子機器メーカーがしのぎを削り、アメリカと言う一大消費地兼資源供給地(農作物、鉱物問わず)を持ち、オーストラリアやアジアと言うコロニー市民に匹敵する購買層をも持つ経済圏の事。シンガポールを基点としてインド洋経済圏へとも至る。州事業の太平洋観光もサイド1、2、4、5、6のコロニー市民やルナリアンからは絶大な人気を誇り、朝鮮半島やインドシナ半島、台湾に連邦軍の100万以上の大軍が落とす駐留軍マネーも各州にとっては大きな財産となっている。コロニーから奪ったものを軍が還元してくれていると豪語したバカ政治家が日本にいたくらいだ(もっともその女は直ぐに失脚したが)。ジャブロー建設の『技術』はここが源泉となっている。・大西洋経済圏。ヨーロッパ半島と北米、中米、南米、パナマ運河を結ぶ一大航路である。(この運河は地球連邦設立時の例外としてアメリカ合衆国がその利権を時の連邦政府に認めさせている。他の地域では認められない独善として、初期連邦政府=アメリカ合衆国という図式が垣間見える一例にして悪習。現在も防衛の任務以外は全てアメリカに権利があるが、最大の国力から来る無言の圧力故に誰も文句は言えない)経済規模は人口の差から太平洋経済圏に劣るものの、イギリス、ドイツ、フランス、アメリカなど先進国が名を連ねるだけあってその経済圏は強大である。第二位。なお、アフリカ大西洋沿岸からは鉱山物資の運搬だけが行われているが、経済圏内部で加工しないので大西洋経済圏に北部、中部、南部アフリカ州はカウントされてない。・地中海経済圏統一ヨーロッパ州と北部アフリカ州、アラビア州を結ぶ、スエズ運河、紅海、地中海、黒海を中心とした経済圏。統一ヨーロッパ州の富の源泉であり、地球内部の経済圏第三位を誇る。また黒海沿岸部にはオデッサ地区と言う地球最大の資源埋蔵・精製設備がある。ここから算出される資源は地球圏経済の40%に達すると言われており、購買層の人口が小さいながらも世界第三位の経済圏を形成している。基本はスエズ運河、ジブラルタル海峡、ダーダネル・ボスポラス海峡が経済の大動脈になる。こちらの海峡、運河は地球連邦政府直轄地であり、イスタンブール(アラビア州)やジブラルタル(統一ヨーロッパ州)、スエズ(アラビア州)は連邦政府の都市となっている。地球の各州は返還運動を求めているが、既に70年が経過した今、権益の問題からどこも返還される気配さえない。あとは似たり寄ったり。このトップ3、一位太平洋経済圏、二位大西洋経済圏、三位地中海経済、四位以下は三位に大きく水をあけられた上で五十歩百歩となる。地球経済の基盤となる海峡や運河の幾つかに、イラン高原に面し、石油の大動脈であるホラズム海峡、地中海と紅海を結ぶスエズ運河地域、太平洋・大西洋の出入り口パナマ運河地区が存在する。この二大運河は連邦政府直轄領土として、ホラズム海峡、マラッカ海峡、ジブラルタル海峡、ボスポラス・ダーダネル海峡の三つを合わせ6大海洋ルートと呼ぶ。これが地球連邦の地球経済大動脈である。仮にこれらの一部でもが分断されれば三大経済圏の連動も一緒くたに分断され連邦政府は大恐慌時代を経験するだろうと多くの学者が一致した見解を述べている。因みに、海路を使わない空路では燃費や費用対効果がやはり悪く、宇宙航路はスペースノイド(各コロニー行き)用物資運搬の地球=コロニー経済圏がある為、地球内部間への輸送は滅多な事が無い限り許可されない。流石にコロニー向け航路を挑発すると言う政策はどの時代の連邦政府も取れなかった禁忌中の禁忌である。「地球経済を支える三大海洋経済圏。地球圏全体では無いのが考慮すべき事態だな。まあ旧欧州=北米=極東アジア=東南アジア・オセアニア=アラブというルートが順序立てされただけだが・・・・・これを利用しない手は無い。それに地球連邦政府自体の税収は我々が支払うコロニー税が、連邦財政の収入全体の過半数に達しようとしている。それが・・・・・その上で更なるコロニーのみを対象とした増税か」地球連邦はもっとも確実な方法として、公式発表上の地球圏全人口の3分の1を占め連邦議会に影響力を持たず、固有の武力も無く、歴史も伝統もない各コロニーサイドに多額の税をかけている。最初はコロニー開発という大型プロジェクトの達成の為だった。が、やがて組織によくある自己防衛本能の為、税金を取る為に課税しだす。それが本格化したのは北インド問題の発生で連邦軍が大規模動員されるようになってからであり、建前上はコロニーのメンテナンス費用(無論、それは現在でも続けられているのだが)というお題目も形骸化し、宇宙世紀70年代には完全に地球連邦政府が恣意的に使っていると市民に印象付けられてしまった。この印象はアースノイド、スペースノイド、ルナリアンを問わずに広がっている。特に反地球連邦運動が広がったのが月面都市群とサイド3、サイド6であり、これはこの税収・課税格差を利用したサスロ・ザビの功績でもあった。そんな世界情勢の中、ジオン公国の国章が刻印された総帥専用i.Padには地球のタイムズ社の社説が掲載されていた。『ジオンの横暴により連邦将兵が死傷した。これは紛れもない事実だ。それは否定しない。だが、それを理由にスペースノイド全体に重税をかける。これは明らかに過剰反応である。我が敬愛すべき地球連邦政府はいつから全体主義国家へと転落したのか?罪なき人を罰して何が民主国家、何が絶対民主制なのか?』もっとも、この記事を探すのには苦労した。地球に住むアースノイドは今回の増税の対象外。ならばこの社説が叩かれるのも分かる。「さて・・・・・まずはサスロだ」Ipadの電源を消す。一方、地球では私はそんな事もつゆ知らず、妻のズボンを涙で濡らしてしまった後、家族サービスに出かけていた。仕方ないだろ。いくらサイド3担当とはいえそんな遠い国の事(そう思う時点で私は当時の地球連邦内部で異端扱いだった)に構っていられるか!そんな気分だったのだから。因みに目くじらを立てて陰険な虐めをしてきたのは前サイド3連絡府連絡団代表だった。MBTに隠れた後は、警察の陰に隠れてこそこそと敵前逃亡の証拠隠滅を三人でやってるらしい。この三人は何でもサイド2に栄転だとか・・・・・畜生め! 反省の色は無しかよ!! 死んでしまえ!!地球連邦軍のサイド3退去が決定してから2週間。私は何故か激務に追われている。地球連邦軍が市民と共にサイド3から逃げ出すと言う不名誉な事態を私はジャブロー第1区画にて詳細を知らされた。まあ、それは構わない。が、連邦軍並び連邦市民の退去と言うこの時点で地球連邦安全保障会議(EFSA)のサイド3担当首席補佐官という地位は形骸化。実質は唯の・・・・・・一官僚でしかなくなった。当たり前かもしれない。担当すべき部署が消滅していくのだ。事実、部下たちはもう誰も残って無い。(こういう点は早いな。責任逃れや沈む船から逃げ出すのだけは上手いんだから嫌になるよ)みんな他所の部署に異動になった。私が残ったのは多分市民向けのプロパガンダだろう。『連邦はジオンに屈してはいない』、という。トーキョーのウエノにある動物園の今は珍しい中国産客寄せパンダの様なものだ。新聞もニュースもジオンの内情やサイド3、スペースノイドの横暴を非難したり報道したりしても、連邦組織の内部構造の変化なぞ話のタネにならないと言う事で無視だ。(ああもう・・・・・なんかもうやる気が全然出ない)真剣な顔をしつつ、頭では別の事を考える。外を、ジャブロー建設区域の喧騒を見やる。まるで高校の学生の様な事をしつつTVで、諸子百家になった議会を見やる。(畜生、本気でやる気が本当に出ない)あの連邦軍投降事件で、今まで10年近くやってきた仕事が否定されて、その結果憮然とした顔が多くなった。それでも何とかやっていけたのは家族がいたからと、自分が築いたものをやすやすと捨てたくなかったからだ。事件直後、毎日キングダム首相らに呼ばれ、サイド3の脅威を何度も繰り返した自分。そして私は受け入れられないのを承知でサイド3に武力では無く、外交的な圧力と独立化・特別選抜州への編入を主張する。が、これが地球から見た宇宙しか知らない、暴動の現場でサイド3市民の、ジオン公国の反連邦感情を知らない人間には分からなかった。親スペースノイド、しかも目障りなアメリカ合衆国の非主流派が地球連邦安全保障会議(EFSA)で10人しかいない首席補佐官に抜擢されたと言う事実からか、北米州、極東州以外の他の補佐官や構成員全員からの無理解・嫌味が男の嫉妬、女の妬みに変貌するのは簡単だった。事件発生から10日後には私の席は無くなっていた。居ても居なくてもしょうがない存在だった。(どうやら・・・・・ウザい様だな。ああもう!!既に俺の居場所はないと言う事か?そっちで勝手に任命しておいてなんだその対応は!?まあ、ギレン・ザビの追従者だの、ジオン・ズム・ダイクンの亡霊だの、宇宙主義者だのと侮蔑の対象にされれば当然だろうけど・・・・・・泣きたい)私は一応首席補佐官なのだが、最早誰もそうは見てくれない。首席補佐官の前に、失脚近い、という形容詞が付くからかな。それとも現実的な武力によらないサイド3問題解決案をしつこく提示して首相に嫌われたからなのかな?で、失脚間近の官僚についても碌な事は無い。ジャブローにお引越し中の政治家連中はそう判断した。唯この点は個人的には結構な事だった。唯一の収穫でもある。(ただこれでもうギレン・ザビらに勘違いされる事も、妙な期待を負わされる事もない。家族と過ごす時間も増えたし、勤務地は安全な地球の南米ジャブロー基地。街での反ジャブロー運動さえ気を付ければ・・・・・世界は事もなく平穏無事で何よりだ。)と、思っていたのだが・・・・・世は上手くいかないモノの様だ。首都機能移転を確認するため、自らジャブローに赴いている北米州の国務長官のブレーンであるヨーゼフ・エッシェンバッハ氏が会いたいと連絡官に任命された士官候補生が電話してきた。「私に?」「はい、ケンブリッジ首席補佐官に至急会いたいと」はて?私は既に窓際。止めに連邦の裏切り者扱い。上級官僚解任には複雑な手続きが必要(下級は身分保障がある為、基本犯罪による懲戒か辞職以外免職は無い)な事でその面倒くささ故に現在の地位に残っている様なもの。スーツももうバーバリーなどと言う高級スーツは着ずに一山いくらの量販品。色も黒色。ネクタイは紺。シャツは青。靴は黒。髪も短髪。如何にもどこでも居そうな人物を気取ったのだが。いつもは嫌がらせの、良くある悪意ある訪問だと思った。だが、今回は違うらしい。「ブレックス准将やジャミトフ准将の進言を受けてかな?」この間昇進した40代の若手出世頭の二人を思い出す。陸軍比べてポストが少ない海軍と空軍、宇宙軍の将官への昇進は狭き門であり、更なる昇進について10年はかかると言うのが連邦軍の常識だ。そこで42歳と43歳で准将というのはハッキリ言って例外的に早い。以前のサイド3駐留軍の副司令官だったゴドウィン・ダレル大佐が48歳で漸くと考えればその異例さが分かる。これは巨大な歯車である連邦軍では急激な昇進は戦時でもない限り忌避される為だ。この点、55歳で中将かつ身内の宇宙軍では無かった事もハンデとはしなかったイブラヒム・レビル将軍(まもなく大将への昇進が内定)の非凡さが分かる。さて、そんな事は後で考えよう。今はこちらだ。連絡した士官候補生に聞き直す。が、きっちりと軍服を着て、TV電話に出ている彼は律儀に答えた。それは自分には分かりません。自分は明日の10・00に補佐官を迎えに行けと言われただけです、と。そして次の日。宇宙世紀0074.5月03日の事である「ケンブリッジ補佐官」士官候補生、つまり准尉の階級章を付ける青年が挨拶する。年は17と聞いた。そして緊急の会談だか会議だか何だか知らないが、政治家にありがちな事に今日の呼び出しは延期。2時間30分後という中途半端な時間にもう一度首相官邸の地球連邦安全保障会議控室に来るように、と命令された。それをしゃちほこばって伝える目の前の青年将校に、自分が重なった。思わず諧謔心がでて青年将校をからかいたくなる。「すまんね、中年の相手をさせて。交代時間までまだあるが・・・・・何か聞きたい事があれば職務規約違反にならない限り答えるが・・・・あるかな?」その士官候補生は一瞬迷った後、聞いてきた。「補佐官殿は以前サイド3に行かれたと聞きました」うん、行ったよ。それはそれは酷い体験だった。「その際に宇宙を経験したと聞きます。その・・・・自分はまだ宇宙へ行った事がありません。・・・・・不躾ながらお聞きします。宇宙とは・・・・・コロニーとはどのような場所ですか?」なるほど、緊張の理由はそれか。この緊迫した情勢ではいつ宇宙に行くかは分からない。いや、行くのは確定事項だろう。だが、それが怖い。宇宙に行くのが怖いのだ。未知との恐怖。しかし正面切って怖いと言えない。当たり前だ。連邦軍の軍旗に、軍規に、連邦政府に忠誠を誓った以上どこへでも、例え木星船団に配属されて外惑星勤務が確定してもそれを全うしなければならない。が、やはりというべきか怖いものは怖い。・・・・・・・・・・・・・そういう事か。「これは私個人の感想だから参考になるかどうか・・・・・ちょっと世間話をするか。第一に知って貰いたい事だが、宇宙から見た地球は美しい。これは本当だよ。人類史上初めて地『球』を見たガガーリン少佐の言葉の通り地球は青かった。もっとも、現実の地球は違うと言うのが私の先輩らの意見だが」何度も頷く連邦軍の士官候補生。ベンチに腰かけた私は立っている彼にまるで中学の先生がHRで指導するかのように穏やかに伝える。「宇宙から見た地球は青く貴重な存在だった。ああ、宇宙に出る恐怖と言う点ではその地球が見えなくなる時が一番怖かったな。地球から最も遠いサイド3がジオン公国を名乗り独立を叫ぶのもその恐怖の裏返しでしかないのかもしれない。極論だがヘリウム3開発の木星船団の様に外惑星まで飛び出せば話は違うのだろうが・・・・所謂地球圏にいる限り地球の重力からは飛び立てないのかもしれん。ま、仮説だがね。つまりだ、私が初めての宇宙勤務で、コロニー駐在で思ったのは産みの母親を嫌う人間はいるかもしれない。しかし産みの母親を無条件で嫌う動物はいないという感情だった。地球と言う生みの親。コロニーと言う子供たち。それが今の人類社会の縮図なのかもしれない。そして・・・・・言い方は悪いが母親である地球連邦は子供であるコロニーに決して寛容でも無かったし、親愛を注いでも無かった。寧ろ途中まで子育てをして、育児放棄をしたのかも知れない。多分、ジオン・ズム・ダイクンが独立を掲げたのは其処等へんに理由があるんじゃないかな」勉強になっただろうか?「ジオンが独立を声高に掲げるのも逆に言えばもっとも地球連邦に期待した場所であると言う事が言えるだろうね。ああ。不思議に感じるだろう?私も分からなかったよ。自分がジオンに赴任するまでは」何か考えている様だ。若者は考えるのが良い事だ。特に地球と宇宙の対立に染まり切って無い若者は。「なーに。窓際官僚の仮説にすぎないからあまり深刻に受け止めるなよ?あと、コロニーで双眼鏡は禁止だ。上を見ると人が生活している。私も経験したが地球育ちには軽いノイローゼになるからな」さて、長話になる前に雑談を終わらせよう。この若い士官候補生はこの任務の後、また学校に戻るのだ。そうしていつかは、或いはかもしれないが、連邦を担うのだろう。ならば年長者としてある程度は導かねば。その心意気を感じたのか、目の前の士官候補生は敬礼した。と、時計に目を見やるとチャイムが鳴る。「時間ですか・・・・補佐官殿!今日はご教授頂き誠にありがとうございました」「なぁに、気にするな。それより頑張れよ、ブライト・ノア候補生」宇宙世紀0074.06.02サイド3は以前連邦軍が居た。もっとも最早一個大隊1000人に満たず。駐留艦隊25隻もサイド5に撤退が決定し出港済み。最後のコロンブス級輸送艦10隻に通常航路シャトル40隻、強襲揚陸艦5隻がサイド3の第7バンチに入港する。これらによる回収作業が終わればサイド3は完全に地球連邦軍の管理下から離れる。それをズム・シティの公王府から映像で見やる二人の人物。ギレン・ザビとその父親デギン・ソド・ザビである。公王服と総帥服に身を固めた二人は公王室からサイド3の1バンチ市街地を見渡す。見渡す限りの群衆。『連邦兵の撤兵万歳!!』『地球へ帰れ、連邦軍!!』『ジオン独立!!』『ザビ家と共に!!』『団結せよ!! サイド3!!』『ジオンに栄光を!!』という旗やジオン国旗、デギンやジオン・ズム・ダイクンの肖像画が至る所に掲げられている。以前国民は熱狂的である。あの兵舎襲撃からもう1か月が経過すると言うのに。いや、まだ1か月なのかもしれない。とにかく、民衆の熱気を覚ますのが大変なのだ。と、椅子に深々と腰かけていた公王が総帥に問う。「サスロはどうした?」と。「ドズルと共に参ります、父上」それは不快感の念を露わにした訳では無かった。が、公王は、父親のデギンは今の状況も受け答えも気に入らないらしい。「ギレン、お前に問いたい。お前の真意は何だ?地球との共存では無かったのか?」彼は息子を、切れ者の長男を評価していた。自分以上の政治センスを持ち、あのキシリアの死を悼んだ補佐官の影響か、敵を知る為に危険を承知で潜在的な反抗分子や政敵に隙を見せようとも地球に降りた決断は敬意を表する。まして、最早自分は地球に降りられる身分では無い。よって長男が作り上げた、或いは築きつつある人脈は大きな武器となりこのジオン公国に多大な貢献をするだろう。そうだ。後ろで立っている長男はある程度現実と理想に折り合いがついたのか、地球視察以前よりは遥かに父親を尊重した態度を取っているのがその証拠だ。「その点についてはサスロ、ドズルが到着次第お話します」その言葉にデギンは頷いた。それはギレンにも見えたらしい。しばしの沈黙。沈黙を破ったのはギレンだった。いつの間にか自分専用のipadを持って来てデギンに見せる。「仕方ありませんな。今からはジオン公国総帥としてジオン公国公王陛下に申し上げますが・・・・・よろしいですかな?」またも言葉無く頷くデギン。「現在のジオンは連邦非加盟国群との密貿易とコロニー開発公社の社債を通じた木星船団、月面都市群への影響力でヘリウム3や水、地球や月原産のレア・メタル、食料を輸入しています。輸出は宇宙空間に浮かぶという利点で作られる先進工業用品。連邦が非加盟国への輸出規制品として警察に取りしまわせている物です。彼ら非加盟国とはバーター取引なので信用の薄い非加盟国の現地通貨は決済に使っておりません。仮に通貨決済が必要な場合は全て地球圏共通通貨「テラ」にするよう命令してあります。勿論、先の氷塊衝突事件で発生した食料自給率の減少は再開発と再建で乗り切ります。詳しくはこちらを」そう言ってギレンはipadを手渡す。一読し、それを返すデギン。「父上もご存じのとおり宇宙経済、つまりコロニー経済は地球で作られた物を消費する事で成り立ちます。その際に落ちる消費税と呼ばれる間接税、水税や空気税などの直接税が連邦政府の主な収入源です。生産者は地球、資源供給は木星船団、連邦政府のコロニー開発公社、地球の連邦構成州。そして主な消費先は30億に達したスペースノイドであるのはこの世界の常識です」一旦言葉を区切り、グラフを見せる。そしてまた語りだした。「・・・・・が、そのスペースノイド30億の消費を失えば地球連邦の経済はどうなるでしょうか?」ギレンは手を後ろで組む為、ipadをデギンに見える様に立てて置く。標準より高性能で高画質、高速かつ画面が大きい機器を操作して説明を続ける。「30億の市場の喪失。これで連邦経済はまず間違いなく倒壊します。地球に住む者は非連邦加盟国の人間を含めて約60億人。総人口90億の人類で3分の1がスペースノイドであり、最も地球で生産された物資を消費する中産階級がこぞって消失すれば連邦経済は確実に崩壊するでしょうな」そこまで言ってデギンは察した。この長男の狙いと思しきモノを。「スペースノイド全体を離反させた上での地球連邦それ自体の解体、か?」にやり。ギレンは笑った。父は老いてはいるが耄碌まではしてないと。「話は変わりますが現在の地球最大の鉱山・資源地帯は統一ヨーロッパ州、黒海・カスピ海沿岸部のオデッサ地区です。ここです。宇宙世紀40年代に発見された地球最大級のレア・メタルや海底油田、その精製所はジャブロー地区の工業化を支え、今なお地球圏全土に影響力を持ちます。三大地球経済圏である地中海経済圏も大西洋経済圏も太平洋経済圏も、です。無論、隣接する地球連邦構成州全てにも、です」一旦操作を止める。世界地図が画面から消える。「父上、仮にここを我がジオンが押さえたらどうなりますか?中国、北インド、イランと言う資源埋蔵国が連邦の敵である以上彼らから資源を受け取るのは連邦政府にとってはナンセンス。その上で地球連邦の資源はオデッサ地区にその何割かを依存しております。ああ、シベリアやウクライナなどの氷土の資源地域や穀倉地域を繋ぐ日本産の鉄道網もオデッサにはあります。欧州=ロシア=アラビア間のパイプラインも走っています。そして海運を途絶えさせ、資源の高騰をさせれば一体何をもたらすのか?それは宇宙世紀10年代のコロニー建設や世界恐慌を見ればおのずと明らか。これも連邦のアキレス腱でしょう。イスタンブール、スエズ、ジブラルタルという三大都市。これが次の鍵ですなそして・・・・・・地球連邦政府は一枚岩ではありませんでしたよ、父上。」ここで漸くデギンはサングラスを外し、息子の顔を見た。「ギレン・・・・・お前はまさか」ギレンはゆっくりと振り向き言い切った。「ええ、事ここに至っては仕方ありません。連邦市民から連邦憲法で保障された私有財産を強制徴収し、ザビ家の御曹司自らが連邦軍の顔に泥を塗ってしまった以上、自治権の放棄と言うような事でも言わない限り連邦は我らを許さないでしょう。我々は連邦市民の財産を奪うと言う連邦憲法に正面から手袋を叩きつけたのです。ついでに連邦軍人も殺している。100人ほど。歴史的に見て、大国が小国になめられたままでいるなどあり得ません。10年以内に我がジオンは連邦に戦わず屈する様、要求されるでしょうな。そして事件解決の為の大胆な行動ですが、そもそもそれが、自治権の放棄などと言った大博打が出来るならば私はここに存在しませんし、ダイクンもジオン国国民から支持されずに泡の様に消えた筈です」思わずデギンが椅子から立ち上がる。「待て!! ギレン。お前は本気なのか!?お前の言っている事はまるで・・・・・まるで!!」「ええ、本気です父上」ドアがノックされる。正にドアが開かれようとした瞬間、ギレンは言い放った。「我がジオン公国は地球連邦政府に対して武力による独立戦争を挑むべきなのです」宇宙世紀0076.3.3(もういい加減にしてくれよ。頼むから)地球の裏切り者と言われつつも針のむしろに座って2年。既に首相ら閣僚からの信頼は全くない。これは近い将来首かな?そう思っていると統合幕僚本部本部長のゴップ大将からメールが来た。『ウィリアム・ケンブリッジ補佐官へ明朝0900に第3会議室へ来る事、尚、個人携帯用パソコン、筆記用具以外の持ち込みは禁止する。また、随員はリム・ケンブリッジ中佐以外認めない』という訳で、2人会議室に向かう。衛兵に3度IDを見せる。妻も同様だ。(何なんだこの物々しさは?戦争でもする気か?)衛兵が完全武装だ。まるでキシリア・ザビ暗殺事件の頃を思い出させる。しかもここはジャブロー。地球連邦で一番安全な地域の一つの筈。それがこの警戒の厳しさ。一体全体何事だ?「失礼します、地球連邦安全保障会議(EFSA)のサイド3担当首席補佐官のウィリアム・ケンブリッジ、参りました」「リム・ケンブリッジ中佐、入ります!」二人そろって入室した。二人して絶句した。軍部No1の統合幕僚本部本部長のゴップ大将がいるし、彼からの招集だからからそれなりの将官らがいるとは思っていた。が、これは予想以上だ。先ずは統合幕僚本部作戦本部部長(連邦軍全体のNo6)エルラン中将。No2の統合幕僚本部副本部長のグリーン・ワイアット中将。(あ、No3地球・宇宙方面軍総司令官ジーン・コリニー大将も一緒だ)更に准将クラスではブレックス准将にジャミトフ先輩。宇宙艦隊司令官もティアンム少将を初め5名いる。極東州軍司令官のタチバナ中将も居る。陸軍参謀本部でも兵を大切にしないマキャベリストで有名なイーサン・ライヤー大佐もいた。他にも何人も有名な軍人たちが思い思いの場所に座っている。(うーん、ああ、これは見落としていた。ジャブロー地区担当のコーウェン少将もいたか)海軍、空軍、陸軍のお偉いさんにスーツを着ているのは各州の予備役(州軍)を司る安全保障担当の州官僚らだろう。それにしてもだ、統合幕僚本部本部長、統合幕僚本部副本部長、地球方面軍総司令官、統合幕僚本部作戦本部部長ら地球連邦軍TOP.6の内四人いる。しかも次期宇宙艦隊司令長官確実と言われるマクファティ・ティアンム少将までもが任地のルナツーから地球に降りている。いないのはサイド3のごたごたに巻き込まれているが為、宇宙を離れられない連邦軍全体のNo4、宇宙艦隊司令長官イブラヒム・レビル大将くらいだ。(厄介ごとか?そうだな?そうなんだな!?)ちょっとパニックしてきた。これとよく似たパターンを数年前に経験しているが故か、感が告げる。嘗て無いほどの厄介ごとだ、と。高級の黒い皮椅子が用意されている。相も変わらず紅茶付き・・・・と思ったらゴップ大将の趣味なのかキョウトの緑茶だった。「やあケンブリッジ補佐官。かけてくれ。ケンブリッジ中佐も、だ。そこのA-01、A-02にな。言うまでもないがここから先は最高機密だ。他言無用である。」挨拶もそこそこに、ブレックス准将が座る様に進める。と言うか、命令。命令でしかない。他の方々の視線を思えば。(うん? あれはホワイトマン部長?それにアナハイム・エレクトロニクスのテム・レイ部長じゃないか?ああ、ジョン・バウナーじゃないか。元気そうだ。あいつ今は北米州の国防系の仕事だっけ?お、アデナウアー・パラヤも居る。あいつ政治家に転向したんだよな。羨ましいぞ、畜生め!! 親のコネが使えるってな。)ちらほらと見かける知り合い。どうやらここには若手や中堅層の官僚、政治家に軍部トップが一堂に会っている様だ。(おいおい・・・・・下手をするとクーデター扱いだぞ)「ああ、政府の許可を取ってある。心配するなウィリアム。クーデターごっこではあるが、本当のクーデターでは無いぞ」隣に座っているジャミトフ先輩が安心させるように言う。だけどこの人の安心させる顔ってすごく傲岸不遜に見える。しかも今のは冗談にならない。相変らずジョークのセンスが最悪だよ。ほんと、話してみると情熱家でとても良い人なのだけど・・・・・いろんな場所でその性格で損しているな、と思ったら思いっきり後頭部を叩かれた。「と、ところで私がいてよろしいのですか?私は親スペースノイドでギレンの追従者ですよ?」逃げたい一心から思わず本音を溢した。溢してしまった以上は引くに引けない。とりあえず自分が如何に融和政策に力を注ぎ、連邦の国益をどれだけ害したかをとくとくと語った。そして罵倒共に出て行けと言われる事を考え、いつも通りに出て行こうとすると、拍手が巻き起こった。思わず、映画館の様な会議室の周りを見る。妻も同様だ。いや、自分以上に固まっている。「君は盛大な勘違いしているぞ、ケンブリッジ君」「そうだ、補佐官殿は決して売国奴では無い。寧ろ稀代の愛国者だよ」ブレックス、ジャミトフ両名が嫌な事を言う。これと似たパターンを10年ほど前に経験したぞ!何度でも言うがキシリア・ザビ暗殺事件の時もこんな感じだった!!「ああ、准将らの言葉を変えれば卑怯者でも臆病者でもないな」タチバナ中将がありがたいお言葉を告げてくれる。そう言って紙媒体のファイルと一枚めくる。表紙には『ウィリアム・ケンブリッジ』という不吉な文字が黒くでかでかとプリントされている。まさか!?「君のサイド3での勤務実績は見た。護衛の兵士たちからも直接意見を聞いた。大したものだ。あのギレン・ザビらとたった一人で会談し、連邦市民を暴徒から守ったのだからな」はい?一体何を言ってるんですか?「謙遜するな。私は日系だが謙遜は美徳とは思わん。妻と子供を残し、自ら暴徒の中に、死地に赴くその姿は正にサムライだ。軍人だって逃げ出すような状況で、まして直属の上官が逃げた尻拭いを誰にも言われずにやり遂げるその心意気は立派だ」ニシバ・タチバナ中将がべた褒めしてくれる。これにつられたのかジーン・コリニー大将だ。「君は私たちの祖国アメリカの、いや、地球連邦の権益を守る為に独裁者共の中に飛び込んだのだよ。そして奴らから譲歩を勝ち取った。あの時期にレビルが撤退に追い込まれなかったのは君の功績だ。無論、どこぞのバカの性で全てが無駄になったがな・・・・・が、それは君の責任ではないぞ」ライヤー大佐も声をかけてくる。「スペースノイドが多少死のうが、君の命には代えられん。明日にでも正式に辞令が下るが、海軍のケンブリッジ中佐は君の直属の護衛官となり、更に特殊部隊二個分隊を護衛にさく。護衛の実質の指揮官はダグザ・マックール大尉。それと君個人の指揮下に、宇宙軍のエリートであるカムナ・タチバナ中尉と海兵隊出身のマット・ヒィーリ中尉、空軍パイロットのマスター・P・レイヤー中尉が連絡武官としてつく。意味は分かるかね?」全然わかりません。何でたかが一官僚にそんな豪勢な護衛達が付けられるんですか!?というかパラヤやアデナウアーらが見る目が痛い。痛すぎる。やめろ、そんな目で見るな!俺は何もしてない!!!が、軍部はそれを肯定と受け取ったようだ。軍部にとっても対ジオンで有名な自分は優秀な手駒らしい。ふと思ったら、個人指揮下にある連絡武官とかいう人物って全員太平洋経済圏の人間じゃないか?そこでエルラン中将が発言する。彼だけは軍帽を被っていたが、それを取り外した。「君にはこれから対ジオン対策官として軍に出向してもらう。その為の形式的な手続きだ。ああ、一隻シャトルを用意しよう。アームストロング級高速スペースプレーンだ。ブーストもリニアカタパルトも無しで地球=サイド3を往復できる「スカイワン」という船だ。君個人に与えられた任務は重要だ。その為の二個分隊の特殊部隊の護衛、三名の連絡官の所属。もうそろそろ分かるね?」私はまたも黙ってしまった。もう辞めたい。そんな気持ちで擦れた声で質問に答える。「ジオン、ですか?」その言葉に多くの将官らが我が意を得たと頷く。やはり優秀だ。我々のテストに合格するとは。他の首席補佐官は何だかんだと言って逃げたからな。ギレン・ザビが交友を持つ理由が分かる。などなど大絶賛。盛大な勘違い劇はここでも続いた。(俺は小市民で良いんだ!!英雄になんか成りたくない!!)が、そんな事は誰も気が付かない。かってに紹介されて、他のメンバーが互いに紹介しあっている。ああ、一番階級が低いのはリムか。他のメンバーは大佐以上で、役職も上級将校だ。(ああもう、安定した老後は俺に来るのか!?子供たちは実家に送る方が良いだろうな。どんな無茶難題を言われるか分かったもんじゃないし。)と思っていると、唯一黙っていたゴップ大将が口を開いた。流石に全員が黙る。「さて、本題を始めようか?」リモコンを操作して何やら宇宙空間を疾走する人型の機体を見せる。従来の航宙機では不可能な機体制御で一隻の老朽艦を100mクラスと思われるマシンガンで撃沈した。時間にして30秒弱。誰も声を出さない。「終わりだ、軍の者は全員これで4度目の鑑賞。が、結論は出ない。これが兵器なのか武器なのかそれとも作業機械なのか、のな。だから文官として忌憚のない意見を聞かせてくれ、ケンブリッジ補佐官。他の者もだ。遠慮はいらない。ちなみに名前はモビルスーツ。形式番号はMS-05ザクⅠというそうだ」「・・・・・モビル、スーツ?」私は思わずその光景に目を奪われていた。古の騎士が、侍が戦う様な戦争がまた来るのか。戦争を変えるのかもしれない。そんな感じはした、したが・・・・・確証はない。そして確証がない状態で軍が動く筈も無い。「そう、モビルスーツです」そこでテム・レイ氏が熱弁をふるってきた。曰く、MSは戦車にでも戦闘機にでもなれる。宇宙ではこの兵器こそが無敵の存在になる。だから連邦も直ぐにでも同種の兵器を開発しジオンに対抗すべきなのだ、と。漸くすると短いが実際は30分近い独演だった。もっとも連邦軍の事実上の首脳部が集った会合だ。そう簡単に論破できる筈も無い。そしてパラヤやバウアーは我関せずを貫いている。賢い生き方だろう。「よろしいですか?」仕方なしに手を上げる。妻が『なにやってんのよ』という目で見て来るが仕方ないよ。「古来、兵器には金がかかります。みなさんは戦艦大和をご存じであるかと思います。大和型戦艦は合計二隻建艦されました。当時の日本国ではギリギリの莫大な国費を使って。それはかの大日本帝国海軍が多大な期待をした為だと考えられます。もちろん、他にも理由はありますが」そこでお茶を一口。のどが渇いてはプレゼンは出来ないからな。大学生時代からの主義だ。「つまり何が言いたいのかね?」ティアンム提督が聞いてくる。カニンガム提督がタバコに火をつける。宇宙では葉巻は吸えないから地球に戻った時に吸い貯めしていると聞いたが本当らしい。禁煙主義者のジャミトフ先輩が嫌な顔をしているのが暗い室内でもわかった。というかいつまで間接照明でいるつもりなんだろうか?「MSが本当に有効かどうかは分かりません。実績がないのですから。それにレーダー誘導兵器全盛期にあそこまで接近するなど自殺行為だと思います。そもそも我が軍にはMS技術の蓄積がないのはレイ部長の発言にある通りです。このザクというMSに追い付くのは後10年かかるというのが先ほどの見解かと思います。・・・・・・が、このザク開発は逆に言えば10年単位で莫大な国費を消費していると言う事です。しかもAE社などによればMSは1機や2機では無く数百機単位の発注なのでしょう?」何人かの軍人たちは悟ったようだ。私の言いたい事に。「つまりジオンはこれに多大な期待をかけている、と言う事です。それも国を、ええ国家ジオンの財布を緩くするほど、国家財政を傾けるほどの期待を。他に何か秘策があるのかもしれませんが・・・・・・私は敢えてこれを脅威とは断じられません。軍事面の事は分かりませんから。しかし、これに期待するジオン首脳部の考えは留意すべきです。そう考えるならば、我が軍でもMS開発と配備は進めるべきです。敵が持つ以上味方も持つべきなのですから」宇宙世紀0076.11月。この一言が決め手となり、連邦軍はAE社と共同してテム・レイ部長を中心としたMS開発チームを結成。独自のMS『ガンキャノン初期生産型』と呼ばれる機体の開発をスタートする事になる。なお、何故か私も特別顧問の称号でMS開発に関わる事になった。まあ、一種の左遷だろう。これと前後して首席補佐官の地位を解任された事だし。その後はダークコロニーと呼ばれるジオンの軍需工廠に焦点が当てられた。ジオン公国の宇宙艦隊は非加盟国との交易の結果、従来の予想の2倍程度まで膨れ上がっていた。これは重大な脅威だと、私も、出席者全員も思い、コロンブス級改装空母20隻の配備を進言する様決定した。また、ワイアット中将が『バーミンガム』級というマゼラン級を上回る戦艦の建造を主張し、第3艦隊にネームシップのバーミンガム、第1艦隊にリンカーン、第2艦隊にミカサ、第4艦隊にアナンケが配備される事で決定された。特にアナンケは宇宙世紀0078の中頃に予定されている観艦式に間に合わせる事が正式に決まる。因みに編成された宇宙艦隊の編成表とメインの出身者を見せてもらった。地球連邦軍宇宙軍正規宇宙艦隊。ルナツー配備(編成、訓練完了)定数『マゼラン級戦艦』5隻、『サラミス級軽巡洋艦』40隻、『コロンブス改級改装空母』5隻第1艦隊・北米州 旗艦「リンカーン」第2艦隊・極東州 旗艦「ミカサ」第3艦隊・統一ヨーロッパ州 旗艦「バーミンガム」第4艦隊・特別選抜州 旗艦「アナンケ」第5艦隊・アラビア州 旗艦「ダマスカス」第6艦隊・インド州 旗艦「グプタ」第7艦隊・中米、南米州 旗艦「マゼラン」ジャブロー配備艦隊(建造、編成中)第8艦隊・アフリカ諸州 旗艦「カルタゴ」第9艦隊・アジア州 旗艦「マラッカ」第10艦隊・特別選抜州 旗艦「キボウホウ」となり、艦隊司令官は機密扱いだった。ふーんと思っているととんでもない事をとんでもない人が言ってくれる。「さて、君は1月後にグラダナ市に行ってくれ」ゴップ大将が全員を解散せていく傍らで私を呼んで命令した。私は文官だから軍からの命令を聞く義務はないはずだとそれとなく注進する。すると予想外の答えが帰って来た。というか電子辞令だ。私を嫌っている首相直々の。『地球連邦首相アヴァロン・キングダムよりウィリアム・ケンブリッジ首席補佐官へ。貴官を対サイド3問題解決の為、対ジオン大使団の一員に任命する。宇宙世紀0076.04.09に行われるサイド3撤兵交渉に参加すべし。なお、現地にては文官の全権大使に任ずる。軍部代表はイブラハム・レビル大将が、副代表はブレックス・フォーラー准将が担当する』レビル将軍が担当するのは分かるが何故私が?そう思っているとゴップ大将は笑顔で肩を叩いた。そして言った。理由が分かったのはその時だ。「君は噂以上だな。ジオンに詳しく、連邦でも孤立を恐れない覚悟の強さ。命の危険性があっても職務にまい進し、我々のテストに見事合格した。合格したのは君だけなのだ。パラヤ君やバウアー君ではまだまだ信頼がおけなくてね」唖然とさせる。俺はそんなこと望んでないのになんでこうなる!?「しかも命の危険を顧みない豪胆さとギレン・ザビに気に入られる人望の深さ、止めに新兵器への経済面からの脅威の強調。まさに連邦市民の鑑だ。その力を今度の月面での交渉でも発揮してくれ。無論、過激な連邦至上主義者やジオニストの暗殺対象になる可能性は高い。その為の護衛部隊に連絡武官だ。箔づけに君の指令ひとつでサラミス3隻とコロンブス1隻が動ける様にしよう。それでいいかね?」良い訳あるか!もっとも私の提言は受け入れられず、妻と共に私は三人の新米中尉さんと10人の特殊部隊の隊員に囲まれてシャトルに乗った。私は政府と軍部の要請通りサスロ・ザビとの会談。相も変わらず油断できない人間扱いされていた。(ああもう本当に泣きたいよ。そんな評価は要らないのに)それも終わり、更に2年が経過する。この間にグラナダから連邦軍が大幅に削減され、フォン・ブラウンを中心とした月の表側諸都市と木星船団が全ての地球圏各国(ジオン、連邦、非加盟国)へ中立を宣言した。この間、ミノフスキー博士亡命事件があったらしいが途中で奪還されたそうだ。良く知らない。他にもジオンが各社に共通規格制度とかいうモノを国内の各会社に押し付けているらしい。まあ、何がしたいのかはうすうす分かるけど。宇宙世紀0078.10月。地球から環太平洋州である北米州のエッシェンバッハ氏、現役のロス・アンジェルス市長が北米州の国務長官と共にジオンを訪れた。会談内容は不明だが1か月以上に渡った事が確かで連邦のCIAと北米州のアメリカ合衆国CIAが暗闘を今も尚繰り広げているらしい。更に2か月後。宇宙世紀0078.12.12私は正式な代表団の一員としてジオン本国で交渉に臨む。これは公王デギンと総帥ギレンからの強い要請があったためである。『平和の為に、正々堂々話し合おう』渡りに船と、かつて左遷した連中に重荷をかつての裏切り者や卑怯者に、厄介者に押し付けつつ(つまり私の様な人物たち)、交渉は再開された。連邦政府としては凡そ2年ぶりの交渉である。が、交渉が佳境に入った宇宙世紀0079.0103。とんでもない事態が我々の間で起きた。ギレン・ザビが交渉の途中で、私たちの目の前で倒れたのだ。これが吉凶いずれか、開戦前夜か開戦回避となるかどうかは私には分からなかった。