ある男のガンダム戦記30<叛逆者達の宴、裏切りか忠誠か>赤いMSがファンネルを放出する。それに対抗する様に白いMSもまた大型のファンネルを宇宙に出す。ファンネルを思考操作する技量は互角。双方のパイロットは互いに敵機を視覚にいれながら、脳波コントロール兵器を動かしていた。その動きはダンスやスケートの世界選手権の様な華麗さと優美さを併せ持つ、いわば戦場の芸術。右に移動したと思えば、左に回避し、ニューガンダムのフィン・ファンネルが放ったメガ粒子砲の直撃を寸前で回避してビームを放つサザビーらファンネルたちの攻防戦。いや、これはどちらかというと『興亡』戦に近い戦いだった。およそ5分あまり。互いに全てのファンネルを使い切る二機のMS、ニューガンダムとサザビー、つまりは『白い悪魔、アムロ・レイ』と『赤い彗星、シャア・アズナブル』。埒があかないと見たアムロはビームライフルを連射しながら接近戦を仕掛ける。そもそもビーム兵器が登場して以来、MS戦闘では遠距離で決着がつくのだが双方のパイロットの技量が互角であるなどの特別な理由を持つ時は話が別である。そうなった場合はビームサーベルらを使用した接近戦で敵機を仕留める事の方が多い。これはビーム兵器が直線しか攻撃できない事、従来の戦争の様に生身の人間を銃弾類で撃ち抜く事で無力化、殺傷する事とは違う事。加えて人間の視覚、聴覚とは違い、MSは宇宙ゴミの時速数百kmのスピードを計測できる最新型センサー類の塊である事。更には地球では地球の気候によってビーム出力自体が減退する、宇宙では距離の暴虐により1秒のスティック操作で回避できるという事が挙げられるだろう。故に、ビームライフルで威嚇しながら、接近するニューガンダムをビームショットガンで反撃するサザビーのシャアは思った。「ええい、こうも接近を許すとは!!」急接近するニューガンダムに腹部のメガ粒子砲を放つサザビー。その攻撃を受けて援護しようとニューガンダム後方にビームライフルを構えて続いていた数機のジェガンが撃墜される。特にニューガンダムとサザビー両機の戦闘はもはや決闘に近く、近寄りがたい雰囲気と何よりも一般兵では近寄れない高速機動戦闘をしている。「アムロ!! 貴様が存在しなければ!!」ビームトマホークとビームサーベルを併用した特別の接近戦闘用ビーム兵器を使うサザビー。ビームが発生し、接触するも、両手でビームサーベルを構えたアムロの新型機、ニューガンダムには対抗するのが精々で、一番初めに戦った様な、つまりは一年戦争時代のサイド7襲撃時の圧倒的な技能差は既に無かった。シャアの逃した魚はデカかったと言える。「この!!」サザビーのビームサーベルが左から袈裟懸けに振り下ろされるも、それを肩のあたりで受け止めるニューガンダム。更には自分の乗るサザビーを狙ってアムロはニューガンダムのバルカンで威嚇する。大量の60mmバルカン砲の弾丸がサザビーに命中する。「ええい・・・・卑劣で舐めた真似をする!! それでも地球連邦軍の最高のニュータイプなのか!?」シャアの声が接触回線で聞こえて来るがアムロは極力無視した。出撃前のブリーフィングでブライト・ノアに言われた通り、今や中佐となった彼が赤い彗星を拘束する事は当然である。だが、拘束するのと挑発に乗るのとは雲泥の差がある事をこの10年間でアムロはバニングやトッシュ、ストール、ユーグ、ユウらに教わってきた。そもそも敵と慣れ合っていて、じゃれ合っていては戦死した部下たちに申し訳が立たない。それに赤い彗星よりも白い悪魔の方がかなり優位なのだ。そもそもである、既に地球連邦軍第一連合艦隊を初めとした各艦隊のMS隊はネオ・ジオンの絶対防衛戦を各地で完全に突破、全敵掃討段階に突入した。「最強のニュータイプでありながら!! 私の妹のアルテイシアの夫でありながら!!! なぜそうもオールドタイプどもに・・・・・あのウィリアム・ケンブリッジ如き地球の重力に魂を縛られた人間に肩入れするのだ!!!」絶叫するシャア・アズナブル。赤い彗星。いや、キャスバル・レム・ダイクンの叫びをサイコ・フレームの思念増幅装置で拾うアムロ。それこそ、その強い漆黒の情念こそが赤い彗星の、いや、シャア・アズナブルの限界だったのかも知れない。(あなたこそ!! シャア・アズナブルと言う仮面をつけてまでまだ母親のぬくもりを求めている!!30も超している筈の大の大人の男の言う事か!!! ケンブリッジ長官が仮に重力に魂を縛られているなら・・・・シャア・アズナブル!!!貴方は自分の母親と父親の死を乗り越えられない上にそれを大義名分に他人に暴力を撒き散らす単なる我が儘な赤ん坊では無いのか!?)と、ニューガンダムとサザビーのビームサーベルがまた接触する。連撃である。流石はネオ・ジオン最高のエースパイロットと地球連邦軍のトップガンの戦い。他の部隊が介入するだけの隙が無い。今度はアムロがサザビーの右横腹に横なぎに払ったビーム攻撃をサザビーが下手で予備のビームサーベルを持ち出して受け止めた形だった。更にアムロの猛攻撃は続く。その次の瞬間、彼はシールドの尖端をサザビーの頭部に向けて突き出す。咄嗟の事で何とか回避だけは間に合ったがそれでもサザビーの頭部の一部が抉れる。腹部メガ粒子砲で再び距離を取るも、それをシールドで受け止めるニューガンダム。『その程度!! ニューガンダムは伊達じゃない!!』アムロの思考を読み取ったシャアは内心舌打ちした。それでも咄嗟のビームの横なぎやバルカンの威嚇射撃を回避するのは忘れない。アムロもシャアの放つ腹部メガ粒子砲を見極める。(ガンダム!! あの時からずっと同じだ・・・・・これ程までに厄介な存在とは・・・・・いつもいつも邪魔をする!! 白い悪魔が!!!)地球連邦軍の軍備精鋭化計画である『N計画』と呼ばれていたアムロ・レイ中佐専用新型ガンダム開発計画は、文字通りの旗機製作と言う地球連邦軍の威信をかけた計画だった。その為に新型機であり新型艦であるラー・カイラム級と同程度の対ビーム・コーティングがされたシールドと新型ガンダリュウム合金製の装甲を与えられた。しかもエンジンやバーニアは最新のものがある。そして鍔迫り合いになった時にあくまで一武装組織でしかなったネオ・ジオンのシャア・アズナブルの駆るサザビーと決定的な後方支援能力の差が出た。それはたった一言で言い表せるだろう。「パワーダウンだと!? このサザビーが推し負けしている!?」そしてこの鍔迫り合い、二刀流として右手のビームトマホークと左手の予備のビームサーベルで、ニューガンダムのサザビーコクピットブロックのある頭部に縦一文字切りを行ったがそれを寸前で受け止めるシャア。その後も数秒間の鍔迫り合いが起きたが予想外に両手持ちでビームサーベルを振り下げた、ビームサーベルが一本だけのニューガンダムの方がビームトマホークとビームサーベル双方で受け止めたサザビーを圧倒する。「これでは!」一旦距離を取るべく後方に逃げようとするも、サザビーは直ぐにニューガンダムの高性能センサーとビームライフルによってロックオンされる。更にロックオン警報は増えた。それは10機前後のジェガン隊が後方に陣取っており、いつでもサザビーを撃墜できる体制にいる事を意味していた。そう、この宙域には最早味方はいなかったのだ。「あれを投入するしかない!!」そう言って、一瞬の隙をついてサザビーは紫の信号弾をアクシズ要塞本体に向けて3発発射する。『赤い信号弾!? なんだ?』アムロの思考がサイコ・フレームの共感として受け取れる。それを感じ取る自分ことシャア。だが、今はそれどころでは無い。サザビーのビームサーベルが横なぎに振るうが、それを数mの差で回避するアムロ。更に追撃で右手のビームトマホークを刺突モードで突き出すが、これをビームサーベルでアムロはビームトマホークを両断する。「く!!」パイロットの技量の差としては恐らくシャア・アズナブルもアムロ・レイも互角だっただろう。だが、最大の差異がある。それは先にも述べた理由、地球連邦と言う超大国の威信をかけて数年間の時間を費やした機体とあくまでアクシズ要塞とパラオ要塞しか工廠を持たないネオ・ジオンと言う一武装組織が無い無い尽くしの中で完成させた機体性能の差だった。パイロットの技量が近ければ近い程、その技量差を拡大してしまうのがMSの性能の差である。賢明な人間であればあるほど、それを良くご存じだろう。「一旦引くしかない!!」屈辱の極みだが、そう判断するサザビーとシャア・アズナブルはビームショットガンを構えてアムロを牽制、そのまま時間を稼ぐ。アムロも中距離戦でビームサーベルを構える愚を犯す事は無く、ビームライフルに切り替えて距離を保つ。互いにビームを撃ちあいながらも決定打を出せない千日手を繰り返す二機のMS。その高速戦闘とあまりの技量の高さに介入できないジェガン隊。「凄い」「これが伝説のパイロットたちの戦いなのか」「ぼさっと見ていたら落とされる!!」「なんとか中佐の援護に行きたいけど・・・・・これじゃあ私では無理よ!!」そう言うほどまでに双方の展開が早い。双方の撃ち合いが鋭い。互いに決定打になりそうでならないビームの応酬。撃っては消えるビームの残光。ビームの粒子。今もまたサザビーのシールドをアムロが放ったビームライフルの光弾が表面を削る。一方でサザビーのビームショットガンの拡散ビームもアムロの機体の左足の正面装甲だけだが、それを削った。そして、彼が、シャア・アズナブルが撤退する最大の好機が来た。強力なビームとファンネルの嵐がサザビーの前に防壁となるように降り注ぐ。傍らにいた12機のジェガン部隊1個中隊が瞬時に壊滅。残りの20機も急遽距離をとりビームの砲撃が来た方向にライフルやグレネードの銃口を向ける。「漸くきたか、α・アジールにサイコガンダムMk2!!」それはジオン公国制圧後にジオン軍残党威嚇とサイド3防衛の為に開発していた巨大MA。ムラサメ研究所の持ってきたサイコガンダムのデータを元にしたネオ・ジオンの独自改良型大型可変MAと、『水天の涙紛争』で活躍したノイエ・ジールの正統なる後継機として強固に開発が進んでいた機体。『ここまできて部下を見捨てて、死んだ部下の気持ちを考えずに逃げるのか! シャア!! この卑怯者が!!!』アムロの思念を拾うが今の状態でアムロ・レイと彼の駆る新型ガンダムを撃破できるとはシャアもまた己惚れてはいなかった。そして。「ここは撤退させてもらう。私にはまだやるべき事があるのでな!!」そう言って、ビームを放ち、妨害を試みた二機のジェガンを撃墜するとそのまままだ健在なレウルーラに帰投する。その間にある無数のムサカ級重巡洋艦であった宇宙ゴミを尻目に。多数のネオ・ジオンのパイロット用ノーマルスーツや重ノーマルスーツを着た戦死者を無視して帰還した。一方で、エリアルド・ハンター大尉、カール・マツバラ大尉、チャック・キース大尉、オードリー・エイプリル大尉、ウェス・マーフィー少佐、マキシム・グナー少佐の使うZプラス実弾兵装装備が別の戦場でその牙を向く。相手は先のムンゾ宙域で猛威を揮った、今もなお厄介な敵であるネオ・ジオン軍の最新鋭機であるNZ-666『クシャトリヤ』。オレンジのカラーリングが印象的である。ファンネルを展開していたので既に7機の艦隊護衛機であるジェスタが撃墜、2機が大破して撤退している。その情勢下で。『各機、教えられた通りに行くぞ、エリアルドとカールはマーフィーが指揮を取れ!! キースとオードリーは俺に続け!!』指揮官のマキシム・グナー少佐の命令で一斉に展開するZプラス部隊。地球連邦軍が用意した対ニュータイプ部隊MA形態から30発近い多弾頭ミサイルを撃ち込んでくる。「は、このキャラ様相手にミサイルかい? とことん甘い・・・・・甘いんだよ!! いけ、ファンネルたち!!!」そのオレンジと黒のマーキングを去れたクシャトリヤのコクピットでキャラ・スーンは忌々しさを隠さぬまま、多数のファンネルで攻撃する。接近するミサイルを撃墜して。「は、これで!!」ロックオンするクシャトリヤのファンネル。一機のZプラスを包囲する。後は思考命令でこの機体を撃墜するだけだ。四方八方からファンネルが攻撃する。それをMS形態で受け止めるZプラス。「!?」そして気がついた。ファンネルが攻撃してもビームが当たらない。いや、そうでは無ない。命中してもビームが拡散してしまうのだ。確かに対ビーム・コーティングされている事を考慮して関節部分を目標にしてはいる。だがそれでも明らかにファンネルの攻撃が効いてない。「な、しまった!! まさか!?」この瞬間先程撃墜したミサイルが囮、或いは陽動であった事に気が付く。彼女、キャラ・スーン中佐が思ったのは一年戦争以来使われている粒子の一つ。そう、その名前はビーム攪乱幕。水天の涙紛争時、つまり第13次地球軌道会戦時に回収したデータからファンネルとは小型ビーム兵器発射用誘導システムだと分かった。0080にソロモンで投入されたとんがり帽子、つまりはエルメスの使っていた『ビット』の発展系でもあると。そして兵器は小型化している。そこで実際に水天の涙紛争時にファンネル兵器と戦ったアムロ・レイ少佐(当時)は考えた。『ファンネルがビーム兵器である以上、接近時に多数のビーム攪乱幕が展開されればそれを無効化できるのではないか?』と。仮に全周囲からの猛攻撃を受けたとしてもビーム攪乱幕さえあればこちらは猶予を持って対応できる。何故ならビーム攪乱幕でファンネルそれ自体を破壊するのは困難だが、その『攻撃手段』を無力化するという事に限ればそうでもない。やりようはある。確かに一部の軍事定義上のニュータイプが使用する様な、或はやる様な小型無人移動砲台であるファンネル=サイコミュ兵器を撃破するのは一般兵には不可能に近いだろう。だが、逆にそれを無効化するだけならば時と場合によると地球連邦軍は考えた。この点はあくまで使用者としての経験しかなかったジオン公国との差異でもある。ジオン公国にとってサイコミュ兵器の犠牲が本格的に出るのは『ムンゾ戦役』である。つまりだ、地球連邦とは異なり、逆に言えばジオン公国側の対サイコミュ兵器対策を講じる危機感が圧倒的に小さかったという理由が挙げられる。何せ、サイコミュ兵器の技術はネオ・ジオンを名乗ったアクシズ勢力以外はジオン公国が水天の涙紛争終了時(宇宙世紀0089末)まで独占していたのだから。『故に搦め手でサイコミュを無力化しよう。サイコミュ兵器それ自体を破壊するのではなく、サイコミュ兵器それ自体を使えなくする』アムロ・レイはそう提案した。まして後世の軍事関係の人間には常識以前の事柄になるの話だが、当時でも強化人間は情緒不安定である事が多い事は周知の事実。そこに付け入る隙はあると言うのがアムロの、いや、地球連邦軍の下した結論であり、マーフィー少佐らが行った方法はそれだ。敢えて敵を挑発してミサイルを撃ち落とさせる。その後はMA形態で接近して一気に敵の懐に潜入する。「ファンネルが無ければ四枚羽の持ち主なんて単なるデカブツだろ!!」カール大尉が、「オレンジの大型機!! これで終わりよ!!」オードリー大尉が、「悪いが・・・・側面ががら空きだぞ!!」エイドリアンが、それぞれの機体で三方向からビームサーベルを突き立てる。更に正面に来たマーフィーの機体のビームサーベルは何とかクシャトリヤのビームサーベルが受け止めたが、それ以外は間に合わない。先ず第一撃目はオードリー放つ刺突。この一撃はクシャトリヤ頭部後方からそのままモノアイに向かってセンサー類を潰す一撃となる。続いて、第二撃は四枚羽に隠れていた右手をカールのZプラスが右手に持っていたビームサーベルで切り落とした。華麗なる一撃では無く力任せの両断であった。更に反対側の左手は右手に持っていたビームサーベルを直線状に真上に切り上げる事でエイドリアンが切り落とす。こちらもカールのZプラスと同様に、エイドリアンの駆るZプラス、その両手に持ったビームサーベルを交差させての力技である。更に遠方から正確に接近した四機を援護するべくビームライフルで狙撃する、シグナムとキースの二機のZプラスが、クシャトリヤの腿の部分とその下の両足を撃ち抜く。混乱するキャラ・スーン。強化人間の副作用がここに出てきた。一度勢いを無くすとその後には自我の混乱を招くと言う副作用がでてしまった。「なんだいこれは!? なんなんだいこれは!? あたしを、あたしを誰だと思っている!? あたしは、あたしは・・・・・」エイドリアンらが距離を取ろうとした。唯一、未だビームサーベルを受け止めているマーフィーは敵機の接触回線でパイロットの狼狽が分かった。(相手は女の強化人間か・・・・可哀想だが・・・・殺す! せめての慈悲だ楽に逝け!!)が、ここで下手に強化人間に情けをかけるとビーム攪乱幕のビーム中和時間をオーバーして自分達の誰かがファンネルの攻撃で殺される危険性がある。そして嫌な事だがその可能性は非常に高かった。それを一年戦争のルウム戦役以来のベテラン兵士であるマーフィーは冷酷に判断した。「女だろうが男だろうが・・・・・強化人間とサイコミュを生かしたまま母艦に連れて帰る事は出来ん。そして部下たちの安全の為にも・・・・・すまんな」それは謝罪か贖罪か?「これでおわりだ」一旦距離を取り、そのままカーソルを動かしてビームの威力を上げる操作を行った。発射するべく距離を稼ぐために後退命令を機体に命じるマーフィー少佐の機体。「!? あたしはキャラ・スーンだ!!」訳の分からない言葉が聞こえた様な気がした。幻聴だろうか? そう思う事にしようと考えて一度距離を取ったマーフィー少佐のZプラスのビームライフルが斉射三連される。そのビームの奔流がオレンジと黒のクシャトリヤのコクピットブロックを直撃。キャラ・スーン中佐を戦死に追い込んだ。「あたしは!!」最後に敵は何を述べたかったのかは永遠に謎である。「各機、残弾並び被害状況報告せよ」戦友であるシグナムの命令で残弾などをチェックするZプラス部隊。それだけの余裕があるのが今の地球連邦軍の現状であった。彼らは知らなかったが、『あ一号作戦』の総司令部ではこの時点でネオ・ジオン軍は軍隊として機能を完全に喪失したと判断した。シャア・アズナブル総帥の護衛艦隊は壊滅、サダラーン級大型戦艦も撃沈、旧式艦隊も殲滅し、ネオ・ジオンはプチ・モビルスーツやザクⅠ、ザクⅡなどをも戦線に投入し喪失していく始末。加えてアクシズ要塞本体の要塞設置砲台からの反撃の砲撃は激減、というか純軍事的には無視して良いレベルになっていたそれを確認する彼ら。クシャトリヤだったものは残骸となり完全に宇宙の塵の一つになったと判断して良い。そしてファンネルも機能を停止して単なる宇宙の置物扱いだ。「ふう・・・・何とかオールドタイプだけの部隊でニュータイプに勝てたな」「そうだな・・・・俺とシグナムの作戦勝ちという所だろうか?」マーフィーとシグナムの二人の戦友の言葉がこの戦線の、いや、一年戦争以来のソロモン前哨戦から続いてサイコミュ搭載兵器への対応策の一つの解答例となるのは間違いなかった。この時点で、つまりマーフィー、シグナムらが大金星を挙げた時点で、ネオ・ジオンの最後の希望の一角は潰える。キャラ・スーン中佐と言う、性格にはかなりの難題があっても強化人間として、一パイロットしては極めて優秀であったクシャトリヤが殆ど戦果らしい戦果を上げられずに撃墜を確認したネオ・ジオンの部隊の攻撃部隊は潰走を開始。上官らの命令を無視してアクシズ要塞に逃げ込みだした。その最上級であるシャア・アズナブルも一時戦場を離脱しており、これを止めるだけの権威を持つ者はハマーン・カーンであったが彼女もまたパプテマス・シロッコに足止めを喰らってそれどころでは無い。また別の戦線では別の問題が発生していた。「あれか、空母ベクトラ・・・・・・・・・・・なんてデカさだ・・・・・・沈め甲斐がありそうだぜ」リニアカタパルトを使用した無熱源慣性航行による敵地への急速接近。ラカン・ダカランのドーベン・ウルフ隊11機は見事に偽装隕石の一部として第一連合艦隊旗艦にして地球連邦軍の総旗艦『ベクトラ』を視認する。ただし、隊長を除くスペース・ウルフ隊隊員の彼らは生きて帰る事など考えてはいなかった。故に、大量の武器弾薬を用意した片道特別攻撃作戦『カミカゼ』を強行する。「さて、そろそろ・・・・不味い!! 各機直ぐに散開しろ!!」その命令を下すのとほぼ同時にイデア小隊のダミー隕石にジェスタというジェガンの高性能機部隊が強襲を加える。その数は36機半個師団である。いや、更に増援部隊が到着して合計で48機の大軍が自分達の前に立ちはだかる。「ち! 見破られていたか!! 攻撃が無かったのは俺たちを誘き寄せる為の罠だったか・・・・抜かったわ!!!」思わず指揮官らしくなく、ラカン・ダカランらしくなく舌打ちするが戦況は変わらない。敵の奇襲がある事を予測していた(というか、戦力構成と地球連邦軍の参加戦力とネオ・ジオン残党戦力の比率から奇襲作戦以外の有効な方法は無い)地球連邦軍は新型機を敢えて艦隊直接援護に回していた。その結果がラカンらの思惑を砕く結果となる。更にだ、高出力のメガ粒子砲、恐らくハイパーメガ粒子砲の濁流がアリサ小隊の三機を巻き込んだ。「何だと!?」機体照合。ガンダムZZ。「ちい、対艦攻撃機体を迎撃で使ってくるとは・・・・・裏をかいたつもりか!?」ラカンにとって一瞬でイデア小隊、アリサ小隊の6機のドーベン・ウルフ隊を失ったのは彼にとっても想像の埒外。これは敵機が密集する可能性が高く、そもそもZZガンダムでは攻撃力はあるがZ部隊の機動性に付いて行けないと判断したエイパー・シナプスが伏兵の伏兵として用意したのだ。それが効果を出す。スペース・ウルフ隊を率いるラカン大佐にとってもこれは想定の範囲が居であろう。何せ、敵の、地球連邦軍第一連合艦隊の対艦攻撃用の切り札が自分達の迎撃、艦隊防衛に使われたのだから。しかも自分達のドーベン・ウルフと同じタイプの第四世代重MSが多数の高性能量産機を従えて、である。これで動揺するなと言うのは無理があろう。「さて・・・・・悪いけど・・・・・ここから先にはいかせないよ!!」ジュドー・アーシタの乗るZZガンダムがダブル・ビームライフルを構えた。それに従う従卒らの様に一斉にジェスタ部隊が散開、生き残りのドーベン・ウルフ5機を48機で包囲する。ここでもまた虐殺が始まった。地球連邦軍の圧倒的大攻勢に怯え竦むアクシズの一般市民。事前の情報から住居エリアと冷凍睡眠エリアとそのデータバンクのある地域として攻撃の対象外(あくまで出来うる限り)であったモウサ。そこでララァ・スンは直感した。最愛の人、自分の夫にして息子の父親は帰って来ないだろうと。彼女もジオン独立戦争で最低限の軍事教練を受けていたし、ニュータイプと言う意味ではあの『アムロ・レイ』に匹敵する女性だ。彼女の精神安定の為に対ニュータイプ思考遮断システムを使った部屋にいるが、それでもネオ・ジオン兵士の死の感情を感じ取るも必死にそれを遮断する。仮に自分の意識を保たなければ、或いはしっかりと自我を持たなければ、死者に足を引き摺られて自分まで精神的に死んでしまうのは目に見えている。シャア・アズナブルは無理でも息子のアフラシアの為には生きていたい。それくらいを願う事位は罪深い女の自分でも許されるだろう。「・・・・・・・・大佐・・・・・ん? 大丈夫、大丈夫だから。お母さんがいるからね」そういってまだ6歳の幼子を必死にあやす。息子は優しい子に育ってほしい。父親、赤い彗星の様な苛烈な性格では無く、だ。だからララァは必死に育てた。アクシズと言う軍事要塞の中で、限られたスペースを活用して、更にはどういうルートがあるのか分からないが娯楽品を定期的に手に入れてきたタウ・リンに対して娼婦の様な真似ごとをしてまで息子の為に我が身を削った。夫のシャアもナナイ・ミゲルやハマーン・カーンと肉体関係を持っていた手前、ララァが他の男に肌を許す事を口出しする事は出来なかった。いや、したくなかった。認めたくなかった。この点は男の身勝手な独占欲だった。勿論、ララァ・スンとて好きで体を差し出した訳では無い。「私には夫であるシャア・アズナブル大佐と息子アフランシ・アズナブルがいます。ですが・・・・・アフランシを守る為なら我が身を、女としての尊厳や自分の誇りを捧げたり、捨てる事に躊躇しません」それはハマーン・カーンが拳銃でララァ・スンがタウ・リン連れられてアクシズ要塞来た時に赤い彗星と別れろと最後通牒を突き付けた時の事。更に続きの言葉がある。「靴の裏を舐めろと言われれば舐めます。地べたを這いずり回り犬の真似をして這い蹲れと言われればしましょう。ワンと言えと言うなら言います。他の男に輪姦されろ言われるなら従います。しかし、それに従う以上は息子の命とこれからの生活圏と権利を全て保障し、公文書にて布告してもらいます!!そして・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・私は息子の為に生きます、生きて生きて生き続けます!!!!」その時の覇気は戦争中のエースパイロットに匹敵するものだと言われていた。こうして最も赤い彗星に執着していたハマーン・カーンにさえ自分達二人の生活圏の確保を認めさせ、タウ・リンには己の女としての体を武器に使って、彼を個人的に抱き込む事で彼がAE社など伝手を使って持ってくる娯楽用品や子供用の勉強道具を揃えた。それはアクシズ要塞と言う閉鎖空間の中では極めて異例中の異例の事であり、それ故に母親としてララァ・スンという女性が必死に自分の出来る限りの努力をした事が分かる。そして赤い彗星シャア・アズナブルも一人の父親として、それを理解していた。理解するしかなかった。納得は出来なくても。彼には自己憐憫に陥る資格など既にないのだから。・・・・・・・・・・・・・・・・・・自分の男としての、夫としての、父親としての情けなさと共に。その様な情勢下で。この最終的な地球連邦軍の一方的な猛砲撃による衝撃の中でアクシズ要塞最重要区、つまりはもっとも安全な場所でララァは息子に言った。「ノーマルスーツを着なさい。ええ、そうよ。いい子ね。お母さんと一緒だから。これを手首に付けて。何があっても・・・・・お母さんと離れ離れになっては駄目よ? 良いわね?」そういって息子の右手首のフックに自分のロープを結ぶ。「絶対にお母さんが守ってあげる。だから安心して」それはこの大攻勢の中であるネオ・ジオンに所属した、或は所属しなければならなかった民間人たちの群雄像の一幕でもある。二機のヤクト・ドーガが防衛線を突破せんとするも、ジェスタの大部隊に阻まれる。既にファンネルは使い切り、護衛のバウも残り、3機だけ。他はすべて落ちた。(引き際かしら!?)そうレコア・ロンド中尉は思ったが遅い。クワトロ・バジーナ時代のシャア・アズナブルに体を許して以降、今に至るまでそのままずるずると愛人関係を続けた為にネオ・ジオンに残って強化人間手術を受けたレコア・ロンド中尉。逆にエゥーゴ支持者として地下に潜伏したベルトーチカ・イルマ。だが共通して言える事は双方ともに既にティターンズら地球連邦系治安維持組織の大物逮捕リストに記載されている事だろう。そんな事を思う余裕などなく、新たなる敵機が後方に出現する。ビーム・ガトリングガンで牽制しているが、もう持たない。それは僚機のロザミア・バダム中尉のヤクト・ドーガも一緒だろう。と、途端にバウが2機撃墜された。上空からの一撃。「何!?」「気が付かなかっただと!?」ロザミアとレコアの困惑を余所に、更に一撃が、シールドを構えていたにも関わらずシールド諸共正面装甲を貫通する強力なビーム砲。後の『UC計画』の機体であり、ゼロ・ムラサメ中尉とユウ・カジマ大佐が使用する『RX-0』のビーム・マグナムの原型となったパプテマス・シロッコの設計した大型ビームライフルを構えた極東州のリキシの様な重MSが居た。「ふははははは。よくここまでこれたな、強化人間ども!! だが、これ以上は進めんぞ!!!」その野獣の様な覇気が感じ取れる。更にロザミア機の後ろから三機のZプラスが接近する。「シャーリー、パミル、俺たちは左のヤクト・ドーガをやる。もう一機はヤザン・ゲーブル中佐に任せよう」そう言って可変機構を最大限に利用した一撃離脱戦法が始まる。「まずはアローフォーメーションだ!!」その言葉通り、左にシャーリー、右にパミルを引き連れて尖兵となったカムナのZプラスが攻撃を敢行する。必死に回避する敵。だが、ファンネルが無いヤクト・ドーガは単なるギラ・ドーガである。逆に言えば、専用の機体(ジオン公国のクイン・マンサ、エルメス、アクシズのキュベレイ、ネオ・ジオンのサザビー、クシャトリヤなど)を用意する事無く強化人間さえあればサイコミュ兵器を活用できるのがこのヤクト・ドーガの特徴であった。つまり、そのファンネルを失った以上、今のヤクト・ドーガはギラ・ドーガカスタム以外の何物でもなく、性能的に優勢なZプラスのチーム戦闘に勝てる筈も無かった。「兄貴、右足を撃破!!」パミルの歓声に続いてシャーリーもまた言う。片足をビームライフルで貫通させられたヤクト・ドーガは明らかにバランサーの調子がおかしくなった。それは宇宙戦闘では致命的な隙を生むことになり、一年戦争以来のベテラン部隊である彼らに取っては最良の獲物でしかない。「これで終りね!」この隙を使ってヤクト・ドーガの後方に回り込んだシャーリーのZプラスはそのまま変形。ビームサーベルでヤクト・ドーガの右肩と胴体付け根を切断する。「敵機を確認、現状把握!! シャーリー、パミル、両機とも下がれ!!」可変機構を使ってMAからMS変形するカムナ・タチバナ中佐の機体。ビームサーベルを引き抜く。桃色の光の刃が発生する。慌ててビームライフルを撃つがそれをシールドで耐えて接近するカムナ機。そしてビームサーベルをヤクト・ドーガのコクピットに突き刺し、そのまま左わき腹に向けて両断。ヤクト・ドーガから三機が離れたのとほぼ同時にこのヤクト・ドーガは宇宙の塵になった。ロザミア・バダム中尉と共にこの世から消えた。「あとは?」カムナが360度モニターで僚機、PMX-03ジ・オを確認した。そちらも一方的な展開である。ジ・オは大型ビームライフル(威力はユニコーンらの使うビーム・マグナムに匹敵する)を使って敵機を誘う。何とかジ・オの攻撃を辛うじて回避するのだが、やがて敵のヤクト・ドーガは味方艦隊の艦砲射撃射線軸上に追いやられた。それを見てえげつない、或いは戦場全体を見渡せるエースパイロットと言うのはこういう存在になるのかとカムナは思う。そのままバックパックのバーニアのあるランドセルに一発の小型ミサイルが着弾し、誘爆。当然の如く衝撃とそれによって発生したヤクト・ドーガの隙をついてジ・オはその巨大なビームライフルを向けた。『落ちな!』通信がミノフスキー粒子に阻害されならがらも辛うじてパイロットのヤザン・ゲーブル中佐の声を拾った。そして次に見たのはヤクト・ドーガ「だった」存在の、一年戦争以来新しくはあるが珍しくは無い『新型MS』の『宇宙ゴミとなった』の破片の一部だった。「カムナ君・・・・じゃなかった、カムナ隊長、こちら第102特別遊撃隊任務完了と推定。敵ニュータイプ部隊の機体は沈黙しました」シャーリーの02から報告だ。さらにラー・カイラム級大型惑星間航行戦艦の二番艦で母艦『リヴァイアサン』の管制官であり、ロンド・ベル艦隊第四戦隊のZ部隊全般の専属オペレーターの一人にもなっている妻のエレンからも報告が来た。蛇足だが、カムナ・タチバナの婚約者は結婚し、懐妊すると言う慶事に恵まれた。が、そうであるが故に妻のナギサは死んだ。彼女、ナギサ・タチバナは宇宙世紀0094の春、皮肉にも桜が満開となった故郷の極東州にて出産に耐えきれず母子ともども死去。その後のカムナはタチバナ家の当主であり上官でもある父ニシナが強制的に予備役に編入させた程の不安定さを持っていた。その不安定なこの時期に彼を健気に支えたのが今の妻であるエレン・ロシュフィルである。その時の経歴が結婚に至ったのは間違いない。「兄貴、こっちも残敵はいないみたいです。そっちの方はどうですか?」今や少佐に昇進したパミルからも聞く。彼は本来ならば第2艦隊のMS部隊副隊長を任命される予定だったがネオ・ジオン軍の決起と言う事態を諜報活動で知った地球連邦軍並び地球連邦政府上層部は対ニュータイプ部隊を編成する事を決定。そのメンバーの主要な一人として選ばれたのがかつての第13独立戦隊のメンバーであり、あのウィリアム・ケンブリッジが初陣を飾った時にルウム戦役にてジム・コマンド宇宙戦闘使用で戦った面子達だった。「こちらも敵機の情報は無し、エレン中尉。そちらはどうかな?」妻でもある彼女に聞く。答えた声は彼女時代と同様優しい声だった。或いは気のせいかも知れないが。「はい、タチバナ小隊ならびヤザン師団はそのまま現戦線を維持してください。他の敵機の接近はありませんが念のために。ですので弾薬や推進剤の消耗の激しい方、被弾した機体は順次後退させて構いません。こちらからは各機の被弾状況などの判別は出来ませんのでヤザン中佐にその判断は一任します。以上ですが・・・・・現在のところネオ・ジオン軍全般の攻撃機部隊は一機たりとも艦隊本隊の防空圏内部への侵入さえ出来てません。更に幾つかの部隊は投降するかアクシズ要塞に向けて撤退中。外洋に敵影なし。以上です」「こちらタチバナ機、現状を認識した」この時点でネオ・ジオンの敗退は完全なる決定事項となる。エリシア・ノクトン、ロザミア・バダム、レコア・ロンドという三人の乗るヤクト・ドーガを失った。そして今、カムナ達が気が付かなかっただけでスターク・ジェガン部隊に包囲されたヤクト・ドーガがいる。その機体のパイロットの名前をギュネイ・ガスという。その戦線でもオールドタイプと言われてニュータイプらに劣ると考えられてきた人々の反逆の狼煙が、反攻の宴が行われていた。「この・・・・・オールドタイプどもが!!」ファンネルを使うギュネイの攻撃で包囲していた二機のスターク・ジェガンが撃墜される。だが、そこまでだ。これだけの数が、20機近い敵機が存在してはいくら多対一が可能なMSと言えども無理難題が出る。まして自分の護衛に与えられたギラ・ズール5機は敵のジェスタ部隊一個中隊とZプラス一個小隊に包囲されとっくの昔に撃墜されていた既に敵と味方の戦力比は19対1であり、圧倒的に地球連邦軍のロンド・ベル第一戦隊所属の部隊が優位に立つ。そして。「け、ニュータイプだか、ニートだか、強化だか何だか知らねぇが調子こきやがって!! よーし、お前ら例の弾丸を一斉射撃だ!!」用意していた宙域にヤクト・ドーガが侵入した事を確認したモンシアが叫ぶ。そう、絶対数に置いてニュータイプ部隊や強化人間が少ない以上、彼らを圧倒できる。先のムンゾ宙域でのジオン軍が取った戦法を地球連邦はアレンジして使っているのだ。そして、それは非常に有効である。人間が人間である以上、それ以上の事は出来ない。視覚は一つしかない。神の様な複数の視線で世界中を見渡せるわけではない限り、360度モニター採用兵器のMSと言えども一人でMSを運用する以上は限界はある。それが人それぞれ違うとはいえ、だ。「くたばりやがれ!! 全機攻撃だ!!!」ベイト中佐の命令が各機に通達された。同時にヤクト・ドーガを半包囲下に置いていたスターク・ジェガン部隊らの両肩から小型ミサイルの群が一斉に飛び出る。目標は当然に孤立しているヤクト・ドーガ。それを回避しようとしたギュネイだが、それこそモンシア少佐とベイト中佐の狙い。退避した方向に新手のスターク・ジェガンが3機一個小隊展開、ミサイルを撃つ。堪らずにファンネルで迎撃するギュネイだったが、撃墜されたその時に大量のダミー・バルーン、いや、ネットを絡ませた布がヤクト・ドーガに向けて複数発射された。「この!! 子供だましが!」生意気にも自分をヤクト・ドーガ諸共に鹵獲するつもりだと判断したギュネイ・ガス中尉。空気抵抗や重力が無い為に急接近する鹵獲用ネットをビームサーベルで焼き切るべく右手でビームサーベルを引き抜いた。「かかったな!!」ベイトが、「やったぜ、ざまあみろ、この改造人間め!!」モンシアが、歓声を上げた。バイオ・センサーでその思考を読み取ったギュネイは一瞬だけ不思議に思うもその理由は直ぐに分かった。そう、自分の周りに先程発射されて燃料切れで周囲の宙域に放置されていたように見せかけられた熱誘導式のホーミングミサイルが起動したのだ。「何だと!? 罠!?」ミノフスキー粒子下と言えどもこの近距離でならばミサイルの熱源探知も十分に反応するように設定した新型の小型ミサイル。それらの数凡そ50発は一斉にヤクト・ドーガに接近。四方八方から直撃を受ける事は目に見えて分かった。もう強化人間と言えども助からない。いや強化人間だからこそ、自分の死が理解できた。彼に、ギュネイの乗る機体を直撃、爆散させる。彼は最期の言葉を残す事も誰かに看取られる事も無く宇宙に散る。戦場の無常さの通りに。そして、自分が見下していたベテランのオールドタイプらが反論した。「オールドタイプだとか何とか言って舐めてかかるからこうなるんだよ!! 改造人間野郎が!!! どうだ!!! ちったぁ・・・・思い知ったかい!?」思いっきりモンシア少佐が死んだギュネイ・ガス(無論、名前も性別も顔も何もかも分からないが強化人間かニュータイプかと言う事だけは乗機を見れば分かっていた)を罵倒する。「強化人間だかニュータイプ様だかなんだかしらねぇけどよ、バニング隊長の扱きに比べれば可愛いもんさ・・・・・各機、一時帰投する。俺たちが補給の為に抜ける戦線を保持する様に母艦に連絡しろ」ベイト中佐が辺りを警戒する。モンシアとベイトの言葉通り、二人のルウム戦役以来のベテラン兵士で構成されたスターク・ジェガン部隊らはたった二機の犠牲で『ムンゾ戦役』で終ぞ一機たりとも落とせなかったヤクト・ドーガを簡単に撃破した。地球連邦の対サイコミュ兵器への恐怖心の深さが分かる戦いである。さらに撤退する部隊を見て自分も逃げなければならないと感じた女がいた。名前をハマーン・カーンと言う。彼女は黒と金にヘルメットに装飾を付けた特注のノーマルスーツを着た状態でMSN-06Sシナンジュを駆る。白い機体とバラの紋章から『白バラ』と先のムンゾ戦役(後世にそう名付けられる)でジオン軍に呼ばれた彼女も今やかつての余裕はない。一週間前の戦いではノーマルスーツを着る気は無かったが、今回は最初から与えてくる敵のプレッシャーが違った。(私やシャアの様なニュータイプだけじゃない・・・・オールドタイプの中にも出来る奴らやが何百人もいる!!これは・・・・・死ぬな・・・・・私にノーマルスーツを着せる気にさせるとは・・・・・これが戦争に負けると言う事なのか!?)一方でその白いシナンジュと対峙するパプテマス・シロッコもティターンズ支給の黒いノーマルスーツ越しにプレッシャーを感じ取る。だがそれはあくまで感じ取るだけの余裕があると言う事。事実彼は自分が設計した愛機のコントロールスティックに人差し指をトントンと遊ばせて目の前の機体、白いカラーリングのシナンジュの出方を待つ「さあどうするハマーン・カーン? 貴殿の赤い情夫を待つか? それとも私に挑むか? 或いは尻尾を巻いて逃げ出すかね?」独語するシロッコ。余裕だった。既にハマーン・カーン以上のニュータイプであるアムロ・レイとの模擬戦闘や数百万人いる地球連邦軍の中でも最強のベテランパイロットであるヤザン・ゲーブルとユウ・カジマのコンビ、それに彼らには劣るがチーム戦では負けなしのホワイト・ディンゴ部隊とタチバナ小隊との連戦などを経験して分かった。ニュータイプと言えどもベテラン兵の乗る新鋭機体には脅威を感じるべきだし、勝てない時があると言う事を。事実、ユウ・カジマとヤザン・ゲーブルの駆るユニコーンガンダムとジ・オのコンビにはファンネルを使っても引き分けに持ち込むのが精一杯であり、メッサーラではZプラスを駆るホワイト・ディンゴやタチバナ小隊相手に翻弄されたりもした。またカミーユ・ビダンやジュドー・アーシタらとの戦いも模擬戦とはいえ自分が圧倒されるプレッシャーを感じる程で、彼らに比べれば目の前の相手は丁度良い敵だった。(ふん、本気で向かってきたカミーユ・ビダン君やジュドー・アーシタ君、それにアムロ・レイ中佐に比べれば可愛いモノだよ。小娘)ほんの少ししか歳の差が離れてないが、今の自分にとって目の前の白いシナンジュの出すプレッシャーは死を覚悟した恐怖を隠そうとしている女でしかない。「さあさあ、そろそろ時間切れだぞ?」そう、撤退するにしても反撃するしかないがそう長くは持たない。第二次攻撃隊が帰還コースに乗った今、早めに目の前の敵機である『タイタニア』を撃破しない限り後退など出来ない。そして動き出す敵機。高速機動戦闘を開始する。上方に加速した。追撃するタイタニア。「そうそう・・・・・そうだ!!」シナンジュが動いた。ビームライフルを構える!こちらもヤザン中佐に与えたジ・オと同型の大型ビームライフルをシナンジュに向ける!!閃光が走った。そして後に奇跡の一撃と言われるようになる、双方のビーム同士が命中、爆発。それを見たシナンジュは高速戦闘に全てを賭けてきた。違うか、ファンネルを持たないシナンジュにはそれが最大にして唯一の勝ち目のある戦い方なのだ。「距離を詰めるか・・・・確かに、小娘の護衛を仕留めたのは・・・・・そちらの技術でありましたからなぁ」ハマーン・カーン摂政護衛隊を仕留めたのはシロッコの放った12機のファンネルである。『N計画』のフィン・ファンネル程の威力も持続時間も無いがそれでも彼ほどのニュータイプ能力値を持っていれば圧倒する事は容易い。特にネオ・ジオン軍はニュータイプや強化人間を保有している癖に何故かそれらに対抗する手段を開発したり、或いはそれを迎撃する為の方策を考えなかった。まあ、正確には考える切っ掛けを誰も与えなかったし必要性に目覚めた人間はおらず、むしろ如何にして『強化人間』の『生産』に成功するかに固執した感じがある。「だが!!」ビームライフルを放ったハマーンは驚愕した。あの機体は大型であり、シャアの乗るサザビーよりも更に大きかった。故にシールドも『UC計画』と共用のモノを使っている。それは見て分かる。故に頭部を狙ったのだが。『まさかこの機体!! Iフィールドを持つのか!?』それはシナンジュとの決定的な差。ファンネルとIフィールドを持たせる為にこの機体は非常に巨大化した。MS本体の巨大化、それはすなわち実弾の弾幕に捉えられやすい事意味しているが、乗り手がパプテマス・シロッコである以上、実弾で撃墜される可能性は極めて少ない。彼もまた地球連邦軍の中でもトップ10に入るMSパイロットだからだ。まあ、最大の難点は『タイタニア』一機の値段で『Zガンダム』が一個小隊を配備して整備できるだけの差がある点だろうか?しかもその操作系統の複雑さから、パイロットでも完全にその性能を発揮させて動かせるのは地球連邦軍全軍の中でもアムロ・レイ、カミーユ・ビダン、パプテマス・シロッコの三名だけである。ジュドー・アーシタは木星圏での活動が可能な程の高速機動が出来ず、ヤザンやユウ、レイヤーらでは高速機動は何とかこなせてもファンネルが起動しない。故に、連邦軍ではあるまじき機体の一部である、完全な個人所有の機体となった。しかも設計段階、いや、思考段階で宇宙世紀元年の地球連邦軍設立時点から制定している地球圏統一規格から完全に外れている。故に、ワッケイン中将は統合幕僚本部艦政本部に掛け合って旗艦であるドゴス・ギアにジ・オとタイタニア専用の整備兵と整備設備を設けさせた。まあ、それだけ高性能な機体だが維持費も馬鹿にならないだろう。しかも実際にはこれらの難問に加えて専用サイコミュ備品のサイコ・フレームを搭載している以上、調整にはパプテマス・シロッコ少将本人が立ち会う必要があるという地球連邦軍創設以来史上最大の問題児であった。「さて、調律が二度ほど甘いかな」余裕を持って第一撃を防ぐタイタニア。ハマーンはならばと更なる攻撃を加えるが、今度はユニコーンやバンシィに投入されているIフィールド発生機能付きシールドを使った二重のIフィールドで完全にシナンジュの遠距離攻撃であるビームライフルを完全に無力化する。数発のビーム攻撃をシールドやIフィールドで戯れに受け止めるシロッコのタイタニア。焦りを見せだすシナンジュ。高速機動をかけて背後に回って撃ち込んでもそれを全周囲防御のIフィールドが防ぎ切った時点で彼女の、ハマーン・カーンの遠距離、中距離からの攻撃手段は失われた。一時距離を取ろうとするがそれに追い付くタイタニア。伊達に木星圏出身の地球連邦軍将校では無い。彼の、パプテマス・シロッコの頭の中には地球以上の重力を持つ木星圏の重力圏を想定してるのだから。「ふむ、それで終わりかね?」強者と捕食者を兼ね揃えたタイタニアは機動性で基本的コンセプトとしては一年戦争で活躍したRX-78の後継機であるシナンジュに牙を向ける。「どうやらもう君の攻撃は終わりの様だ・・・・では次は私のターンだな?」ビームライフルを撃つ。撃つ。撃つ。ハマーンもこれは単なる威嚇だとは分かっているが、ギラ・ズール親衛隊使用機を接触しただけで撃ち落とした高出力のビームの塊だ。回避するしかないだろう。「さてと、流石にハマーン・カーン程のニュータイプ能力を持つならば滅多に命中しないか」シロッコは余裕で攻撃に転じている。それシールドで防御したくても防御できないハマーン。あれだけの威力を秘めている以上、シナンジュと言えども接触すれば中破か小破する。下手をすれば一撃で撃墜されるだろう例え撃墜されなくても機動力を削がれるのは間違いない。「なるほどな、ハマーンはこちらに接近する気か。確かにその貧相なシールドでは私のタイタニアの高出力大型ビームライフルを受け止めきれないだろう」そう判断するシロッコ。その時、サイコ・フレームが敵の、ハマーン・カーンの執念を伝えてきた。『あの人の・・・・シャアの為にも!!』あの赤い彗星のどこが良いのか理解できんな。そう思いつつもビームを放つ。一発がシールドをかすったが咄嗟にシナンジュはシールドを投げ捨てる事で距離を詰めてきた。「ふ、仕方ないか・・・・・・・よかろう!! その挑戦・・・・・受けよう!!!」ビームサーベルを引き抜くタイタニア。好機と見てバルカンを撃ちながら、グレネードを発射するもタイタニアのビームサーベルで切り落とされる。だがミノフスキー粒子とビーム攪乱幕をそれぞれ内蔵した3発ずつの特殊グレネードの爆発でタイタニアに接近する好機と捉えた。『貰った、シロッコ!!』最大加速でビームをコクピットに突き刺すべく突進するシナンジュ。一方でシロッコのタイタニアは全く動いてない。ビームサーベルを構えるだけでこちらの動きについてきてはいない様だった。『勝ったぞ!!!』ハマーンの嘲笑が宇宙に響き、その刹那、閃光がシナンジュの四肢を両断した。それはシロッコが隠していた12機のファンネルが放ったビームの光。シロッコは気付いていた。あの女は自分以上にMS同士の戦闘経験が無い。実戦経験は自分も少ない方だが、それでも自分にはアムロ・レイやヤザン・ゲーブル、不死身の第四小隊にティターンズに配属される程のベテラン兵士らとの戦闘模擬訓練、つまりMS戦闘の体験、経験があった。中には絶対に勝ったと思った瞬間にトリモチを使用して逆転してきたマット・ヒィーリー中佐の様なイレギュラーな戦闘もあり、ジム改で数機のネモを相手にする様な戦いもあった。だからこそ、数多の経験則からシナンジュの取る道は少ないと理解していた。(刺突か斬撃かその二つのどちらか。そして80年代から調べたハマーン・カーンの性格と立場に加えて、こう言う状況に追い詰められた人間の行動心理から刺突の可能性が高いな)そう冷徹に判断したシロッコは彼女の乗る白いシナンジュをワザと誘い込む。秘かに発射では無く、分離させて無重力空間に漂わせた12機のファンネルを使ってハマーン・カーンの駆るシナンジュと言う猛獣を捕捉するべく罠を放った。そして今、目の前の小娘は予想通りの行動に出た。これは純粋にパイロットしての技量と実戦経験、何より戦術データの蓄積と経験値の差だろう。だがそれが恐怖を隠して己を奮起したハマーン・カーンには分からない。或いは視野を狭めたと言える。『何だと!?』気が付いたらやられている。これは一年戦争以来地球連邦軍が散々に受けた教訓であり血の犠牲でもある。それをいつも一方的にやっている方が受けたのだから・・・・・歴史とは皮肉に満ちているようだ。「で、誰がどうやって誰に勝ったのかね? ハマーン・カーン殿?」冷徹に、冷静に再びコントロールスティックを遊ぶシロッコ。だがもう飽きた。そう思った。「さてと、これで終わりにしますかな?」ファンネルが更なる閃光を放った。四肢をもがれ、両肩と撃ち抜かれ、頭部を半壊させ、バックパックのバーニアの右半分を破壊されたシナンジュ。殆ど消えたモニターの向こう側で、シロッコの乗っているタイタニアがビームサーベルを構えた。『死ぬ!? 殺される!? この私がこんな場所で!? シャア!! シャア大佐!! 大佐!!! 助けて!!! シャア・・・・いやぁぁぁ!!!』この時の感情は最早摂政であるハマーン・カーンではなくて、単なる一人の女が死の間際に恋い焦がれた、自分の純潔を捧げた男への生きたいと思ったが故の、死への恐怖から逃れたいが為の魂の叫び声だった。だが、それはあくまでハマーン・カーンの願い。パプテマス・シロッコの望みでは無い。「そこまで言われると少々心苦しいモノだが・・・・悪いが・・・・私にも都合があるのでね・・・・君らがまだアクシズ時代と言うべき時代に私が接触した事を知っている生き証人には死んでもらおう。か弱い女性を一方的に殺すのは私の美学には反するがな・・・・・これでもティターンズ内部では私を脅かす立場にいる人間が二人は最低でもいるのだよ」そう言うと余裕を持っていたタイタニアが加速した。ビームサーベルを構えて。目標は白と金色と黒色とピンクのバラの紋章をあしらったシナンジュの装飾されたコクピットブロック。「確かに白バラだな」これもネオ・ジオン上層部にしているスパイとAE社の背信行為から判明したシナンジュの詳細なデータがあるからだ。「それに・・・・・時代の流れを見極められなかった人間は粛清される運命にあるのだ!!」宇宙世紀0096.03.02の午後4時半。戦況が変わりつつあるのを15機の偵察衛星と12隻のサラミス改級巡洋艦によって確認している地球連邦政府の首相官邸第一会議室。そこには多くの閣僚が集っていた。勿論、この首相開催の安全保障会議や経済問題諮問会議の常連になっている『禿鷹ジャミトフ』や『政界の死神』などもいる。ここにいないのは依然としてグリプス要塞に軟禁(この言葉が一番適切)されている外務大臣か別の仕事がある為、それぞれの優先状況故に省庁大臣室にいる厚生労働大臣、文部科学大臣、総務大臣の四名だ。そして、内閣官房長官ゴップが従卒たちに命じて全員に出来たてのバーボデンのココアを砂糖とミルクを付けて配るように命令する。地球連邦政府文官のマークを付けた黒いスーツの女らが一斉にそれを配る。一方で各閣僚らの秘書らは彼ら彼女らに各々の担当の資料を配り、説明。更には現在進行形で作戦が継続中の『あ一号作戦』について質問する。と、正面の扉が開いた。全員が、それぞれネイビーや黒、灰色などだいたいこの三色に黒い皮靴か茶色の皮靴、それと同じベルトにオーダーメイドの時計などして地球連邦高級官僚や地球連邦閣僚のバッチをスーツに装備した男女が立ち上がって迎え入れる。「ああ、楽にしてくれ」そう言って男は、一緒に連れて来たオクサナー・クリフ国防大臣を座らせる。そして自分も・・・・この世界で、人類史上最も権力のある座席と謳われている席、『地球連邦政府内閣府首相』という札が書かれた席にゆっくりと着席した。「さてと、少し遅れたが現在進行中の『あ一号作戦』の現状報告と定例の地球連邦安全保障会議を開始しよう。それではオクサナー君、報告を」話を国防大臣に振る。その間に秘書ら全員が退出した。ここからはどうやら『SSS』の最重要機密の様だ。下手に残すとスパイ容疑者が増えるだけだ。故に『君子危うきに近寄るべからず』、である。「それでは説明します。これは現在行動中のベクトラからの定期通信から分かった事ですので若干のタイムラグがありますがよろしくお願いします。先ずは皆さんの個人用PCの画像をご覧ください。グリプスにある地球連邦軍の宇宙軍総司令部が送ってきたモノを再編集しました。画像は荒いですが流れは確かです。第一に、注目点としては我が軍、『あ一号作戦』参加部隊の地球連邦宇宙艦隊は敵軍であるネオ・ジオン艦隊の総帥直卒艦隊の護衛艦隊をほぼ全て撃沈。更には敵が任務部隊と称していたエンドラ級巡洋艦の残存艦も8割を沈めました。またSフィールドではアクシズ要塞防衛に、一年戦争以来の旧式艦艇が30隻から40隻程戦線に投入されていた様ですがこちらも凡そ40隻前後、まあ全てと言って良い数を撃沈はしておりネオ・ジオン軍機動戦力の基幹を成す能力はほぼ失われたと言えます。また、敵機動戦力最後の部隊、例の『ヌーベル・エゥーゴ』と名付けられたかつての我が軍のバーミンガム級戦艦である『パシフィック』を中枢とした部隊については捕捉でき取りません」オクサナー大臣はそう言い切ってココアを飲んで口を潤す。話はこれからだ。それは皆が分かる。気になるのはMS戦の行方だ。「それでお手元のPCにある資料通り、ネオ・ジオンの切り札であったニュータイプ部隊の内、ヤクト・ドーガ部隊は殲滅完了、一機を鹵獲。クシャトリヤは我が軍が一機撃破しました。問題は敵がお手元の資料に記載したサイコガンダムの改良型と例のノイエ・ジールと同じコンセプトを元に開発した機体が投入されたと言う事でジェガン部隊を二個中隊程度を一度に失ったという事ですが・・・・あとは現場に任せるしかないでしょう」ジェガン二個大隊12機×2で24機。更にその後の報告でクラップ級が1隻と、サラミス改級が5隻沈んでいる事が分かった。もっとも、全体の戦力でこの損害は微々たるものであるし、それも地球連邦政府の中では想定の犠牲だ。この後の軍縮を考えればこれ位の犠牲は許容範囲である。寧ろ下手に全軍無傷のまま存続されても困ると言うのがある気がする。「敵艦隊は既に艦隊と呼べませんが一隻でも逃すと後々面倒な事になるのは確実なのでここで確実に葬るように再度の通達をタチバナ大将経由でアクシズ宙域のシナプス大将に通達済みです。またゴップ内閣官房長官の放ったスパイの活躍により、冷凍睡眠装置、火星圏の航路データ、強化人間製造技術のデータ類を確保する事に成功。情報データはアクシズのメインコンピューター奥深くに完全に凍結してあとは機械をそのまま持ち運びすれば良いだけです。暗証番号はこちらの書類に書いてあります」そう言って着席する。書類は紙印刷されていて厳重に保管されていた。現状の地球連邦軍の攻勢は予定通り。戦前の予想とは何も変化しないのがある意味で悲しい。それが現実と言えばそれまでだが。「なるほど・・・・で、一応確認しますが映画の様な大逆転は発生しませんか? ここでの大逆転など悪夢以上ですよ?」内務大臣のジョン・バウアーが面白がって聞く。分かっているのだ、この時点で、いいや、地球連邦とジオン公国が同盟関係にあり木星連盟が地球連邦の一員として地球連邦議会に議員を出席する権利を0095に与えられた以上、その様な事態が起きる筈が無い。仮に今からアクシズ要塞そのものを移動させても、派遣している宇宙艦隊が取り付いて、内部に陸戦隊を投入、その後に制圧されてしまう。またネオ・ジオンはそれだけの戦力、凡そ宇宙軍の白兵戦部隊である陸戦戦力8万5千名と地球連邦軍ティターンズ所属の特殊作戦群『エコーズ』6000名に対抗できる白兵戦部隊を用意してない。これはアクシズ内部に潜入していたスパイの情報では敵アクシズ要塞防衛の歩兵兵力の10倍以上になる。当然の帰結としてMS隊と宇宙艦隊増産、維持に全力を投入したネオ・ジオンは限られた人的資源をあるかどうかも分からない白兵戦に割く訳にはいかなかった。それがこの度の要塞内部の守備隊の絶対数不足に繋がっている。特にMS隊の整備兵も用意する必要がある為か、純粋なる白兵戦専用部隊は恐らく3000名を切っているだろうというのが情報部の見解。そして地球連邦軍『あ一号作戦』の参加部隊とネオ・ジオン軍のMS隊・艦隊戦力比率も彼ら地球連邦政府の思惑通り。今現在のアクシズ宙域は、確実に地球連邦政府という無慈悲にして強大なる神の思惑通りに動いていた。「大逆転ですか・・・・・まずありません。仮にこれから大逆転するならアクシズ要塞を爆砕するくらいやらなければなりませんが・・・・・その危険性は作戦立案時に何度も議論されました。結果、彼らのその暴挙も止められるだけの専門部隊と戦力を用意出来ました。ティターンズ長官と国務大臣、官房長官に財務大臣のお蔭で」オクサナーは知恵の輪を崩しながら言う。他の面々も自分のお気に入りのマグカップを持って来たり印刷した家族の写真を会議室に飾ったり、喫煙したりしている。この点は歴代首相の中でもかなり寛容的なレイニー・ゴールドマン首相だった。その後も会議が続いたがそこで一つの疑問をウィリアム・ケンブリッジが提示する。「それで・・・・例の大物スパイとは誰なのですか? そろそろ教えてもらっても良いかと思いますが?」と。その言葉は会議でスパイの本性を知っている首相と内閣官房長官以外の誰もが聞きたくて、聞けない禁忌だった。だが、彼にとっては、治安維持とその次に来るであろう地球連邦首領(誤字だと思いたいが恐らく誤字では無くなるだろう)と言う激務を考えるに、そろそろゴップ内閣官房長官らには種明かしをしてもらいたい。第一、あそこまで詳細なデータを送った危険を顧みない愛国者をこのまま切り捨てるにはあまりに酷いだろうと言うのがウィリアムの意見だった。他の閣僚らも似た様な意見であり、これに反発する者は少ない。彼か彼女かは知らないが、ネオ・ジオン上層部に潜入させたスパイの情報網は適確であり適切であり、それ故に多くの地球連邦軍将兵を救った。ならばそろそろ恩赦というか脱出の援護をするべきだろう。それが会議の流れとなる。同僚たちも冷酷にはなれるし、必要とあれば部下を切り捨てる事も同僚を陥れる事も上司を騙す事も敵を抹殺する事も、他人に対して必要以上に冷徹にもなれるが、好き好んで人を殺す程の快楽殺人者らでは無かった。「・・・・・・・・・聞きたいのかね?」そう思って聞いたらゴップ長官は珍しく苦虫を何万匹も潰した感じの感情で言ってきた。(なんだろうか、この珍しい感情の起伏は? そんなに言いたくないのか?)珍しく戸惑うゴップにそれでも彼は聞いた。そして後悔する。「ゴップ内閣官房長官が教えてくれるならな聞きたいモノです」そういうティターンズ長官に対してゴップは先にその大物スパイの出自を明らかにしだした。それは彼が見たくないと思っていた怖気がする地球連邦という国家の暗部である。聞かない事が幸せで、知らな事が良い事がるとはティターンズを管轄する様になって知ってしまった現実だがそれをまた繰り返す。全く持ってウィリアム・ケンブリッジと言う男は度し難い低能だと彼自身は思った。人類史と言うのはその多くがきっと知らない方が遥かに幸せでもあるが、それでも数多の人間は知りたがり、故に多くの人が悲劇に見舞われた歴史の繰り返しなのかも知れない。「・・・・・・地球連邦政府には戦災孤児を引き取り、そのまま誰かの養子にする、或いは特殊訓練を施すという非合法に近い組織が存在する。いや、非合法に近い、と言う言葉は不適切だな。地球連邦政府が黙認する以上、どれだけ倫理観に、人道に反していようともそれは合法だ」一旦ゴップは区切る。彼らしくなく、いきなり葉巻を取り出して周囲の視線を無視して一服する。そして発言を続ける。煙が充満し、ジャミトフとウィリアムが顔をしかめたがそれも次の言葉で凍りつく。「これは一年戦争を主導したアヴァロン・キングダム政権の前の政権が政権発足と同時に各国情報部に命じてその道のプロを集めて組織した極秘政府機関になる。だから今のレイニー・ゴールドマン首相から4代前・・・・・30年近く昔の話になるな。先に場所だけ教えましょうか・・・・その極秘教育機関はヨーロッパ半島の地中海、その一つの孤島にあった」続ける前に苛立ったのか、ギュっと音を立てて火のついていたまだ半分以上残っていた葉巻を灰皿に押し付ける。そのまま次の一本を加えて・・・・握りつぶした。(・・・・・・・あのゴップ長官がイラついている。なんとも珍しい光景だ・・・・・いや違う、初めて見る光景だ!!)場違いな感想を抱いたウィリアム。或いは抱く事でこの次に述べられる言葉から逃れたかったのかも知れない。だが逃れられなかった。「そう、あったのだ。それは単純に『ラボ』と呼ばれていた。ただし今はもう跡形も無くなっている。気化爆弾数発でこの世から消滅している。地球連邦情報局専門の特別養育教育機関『ラボ』はジオン公国軍の地球降下作戦と電撃戦による侵攻の際に放棄された際に、な」話は続く。「誰もが思いもしなかったのだ。30年ほど前は今と違って宇宙戦争の危険性は論議されてもそれ程危険視されてなかった。当然だな。地球連邦に一つや二つのサイドが連合したところで勝利できる筈もない。国力はギレン・ザビが自分で述べたように三十分の一位以下、いいや、下手をすれば五十分の一や百分の一以下だったのが当時のスペースコロニーサイドだ。ジオン公国とMSにミノフスキー粒子などを使った一年戦争と北米州中心の太平洋経済圏とジャブローを中心としたキングダム政権下の南北アメリカの冷戦状態などは例外中の例外だった。当時の、君らも知っている宇宙世紀0060年代や0050年代の仮想敵国は今の準加盟国である『中華』だからな。そしてその『中華』とは国境紛争が多発していたのは皆も歴史の授業でならったのではないかね?」これは地球連邦成立以来の常識。中学生でも知っている事だ。「そんな中、地球連邦政府は非人道的ながら特殊工作員を幼児時代から育てる特別プログラムを作った。対抗相手は当時の敵対国である地球連邦非加盟国。この石を投げられるような非人道的な使い捨ての特殊工作員養成施設の第二期生に中華との地域紛争で家族全てを亡くした少年にも満たない幼子が受け入れられる事になる。当時の責任者は彼のコードネームを『R-012』として呼んだ。彼の名前のイニシャルになる文字だな」そう、『R』だ。そう言いきった時に多くの閣僚の脳裏に一人の男の名前が過ぎる。今最も注目されているテロリスト。まさか!?ではスパイと言う人物は!?そんな事が!?その次に発言したのはレイニー・ゴールドマン首相。この国のトップ。そう、官房長官が知っている以上、首相も知っている筈だ。それが為政者の中でもトップに君臨する者の務め。例え汚物の塊である肥溜めの中でもいざとなれば顔面を突っ込む事が要求されるのが政治家なのだ。故に政治家は他人の人生を左右するだけの権力を担う事を許される。少なくとも、この場にいる面々はそう考えていた。ただし、自分からそれをやりたいかどうか・・・・その話は別である。ここにいる彼らも彼女らも人間だから。「そういった孤児からの特殊工作員育成を基本とした専門のスパイ養成組織が地球連邦の暗部として存在している事は噂話程度でご存知だと思う。だが、それが誰なのか?これは代々の内閣官房長官と首相、担当の部長しかしらない最重要機密だった。まあ今のコードネームでは半分以上答えを述べたも同然だがね」そう言ってゴールドマンはゴップにバトンをもう一度渡す。「そうだ、諸君、思い出してみたまえ。今から約8年前に地球連邦軍内部という厄介な位置に居座っていた反地球連邦政府の思想を持った者らを集めて、エゥーゴという反政府組織を纏め上げる切っ掛けを作ったのは誰だ?最初にアクシズとジオン反乱軍と言うジオンのならず者を支持したのは一体誰だった?」此処まで言われればそれは答え以外の何になるのか?もう分かった。分かってしまった。そう一人しかいない。「準加盟国と交渉役の為のパイプ作りに積極的に加担したのは誰でしたかな?北部インド連合に潜伏する事で我々に北部インド連合への空爆許可の大義名分を与えた男が一人いる。そうであるが故に、テロリスト認定された非加盟国はどうなるかを全人類圏に教えた男が存在する事を立証した男がいるそしてこれはティターンズの仕事だったが我々は空爆回避の条件としてシャア・アズナブルが残した遺物、キュベレイを回収した」ゴップ長官の手が震えている。気が付けば自分の顔からも血の気がなくなっていく。他の面々も何も言わなくなった。黙ってこの独白を聞く。「ネオ・ジオンと呼ばれるアクシズ陣営に違和感なく参加できるほど地球連邦から追われる立場になった男がいた、ここまで言えば思い当たる人物がいるでしょう?これは命令以上の事だったが、命令通りジオン公国弱体化を遂行する為にその人物はジオン本国を強襲。そして我々の想像以上にジオン公国を弱体化させた。我が地球連邦にとって程よい形でジオン公国という仮想敵国を生み出した。更にはこれも推測だが彼こそが、恐らくシャア・アズナブルらネオ・ジオン幹部に外洋でのジオン軍との決戦を嗾けた。ありそうで説得力のある嘘を並べ立てて。それは漁夫の利、ネオ・ジオンとジオン双方を弱体化させて戦後の地球連邦軍と地球連邦の地位を盤石にする為の布石だろう。現実にだ、かの宇宙にあるこの世界唯一の同盟国はムンゾ宙域で艦隊を半壊させ、政治的な得点も無く、本国は強襲され、止めに自分達地球連邦の援助を受けた。これ故に宇宙の独裁者であるギレン・ザビは今後10年間程度は最低でも政治的に我が地球連邦の下に立つことになった。所謂、頭が上がらないと言う奴だね」またもや一服する。これで三本目だ。それ程までに語るのが嫌なのだろう。自分も聞きたくないがそれでも自分がこの話を聞く切っ掛けとなった以上、最後まで聞くしかない。「更にはネオ・ジオンと一緒に地球連邦の中の反地球連邦組織エゥーゴ派閥をネオ・ジオン軍の一部として合法的に潰してくれる。また言い忘れたがラプラスの箱を管理していた最後の一族の生き残りを処分したし、地球連邦への重大な背信行為を行っていた会社、AE社と取引する事で我が身を犠牲にしてAE社の会長であるメラニー・ヒューカーヴァインの犯罪証拠集めに奔走した。しかもだ、ティターンズを初めとした地球連邦は新秩序を乱す輩に容赦しないと言う姿勢を合法的にPRする良い材料をも提供してくれた。」重い沈黙が辺りを包む。そうだ、彼らの彼女らの意見は一致していた。此処まで言われて誰の事か分からない馬鹿が流石に地球連邦安全保障会議(FSC)のメンバーにはなれない。(だが納得はしたくない。ならばこの10年間の犠牲は何のか? いや、彼の人生は一体何なのだ? 戦争に巻き込まれて、肉親を全て失って・・・・孤児となって・・・・両親の愛情も知らず、息子や娘への希望の温かさも孫への可愛さも知らずにただ孤独に自分さえも欺く男。違う、自分が何もであるかも知らない反逆者にして犯罪者として処断されるだけの哀れな犠牲のヒツジ!!)ウィリアムの中のなんともいない感情を余所に話は続く。現実は存在する。そしてリベラル派であり人権擁護派でもある首相は沈黙したままだ。更に男は、ゴップ官房長官は葉巻を吸って、吐いて、また吸ってから言う。「コードネーム『R-012』の本名は無い。正確には誰も、本人でさえ知らないのだ。そして素顔と言えるものも無い。彼が幼少のころから任務の度に何度も整形手術や指紋変更手術、声帯改造手術を行った。流石に瞳の色と性別だけは変えられなかったがね。ただ男娼の様な事もやらされたはずだ。証拠もその都度消したしな。証人諸共。だから彼が本来は何者なのか知りたかったら無駄な事だよ。何故ならその組織設立時のNo3だった私でさえ彼らが『中華』と極東州との紛争時に発生した孤児であること以外知らなかったのだから。DNA鑑定もしたが・・・・爆撃でシェルターごと吹き飛ばされては誰の子か分からなかった・・・・という事になっている」ごくりと唾を飲み込むウィリアム。彼は確認した。「ならばコードネーム『R』というのは今の・・・・・あのエゥーゴ派を指揮している・・・・・」それ以上は言葉にならない。そして言葉にしたのはゴップだった。いつのまにか誰もが身を乗り出している。誰もがゴップの言葉に集中している。「そうだ、我々や地球連邦市民、ジオン公国国民、ネオ・ジオンのメンバー、エゥーゴ支持者が『タウ・リン』と呼んでいる存在だよ。諸君、今一度考えても見てくれんかね?」何を?そう無言で問いかける。「地球連邦にとっての国益と言う観点からの彼の行動を、だ。この際、君らの持つ倫理観や人道上の問題は考えずに純粋な国益だけを追求した時の彼の行動を思い出してくれんか?先ずは先週のジオン公国への奇襲作戦。ジオンの政治の中心地であるズム・シティ襲撃でそこに在住していた閣僚と官僚らの半数は死亡、だが、幸運な事にギレン・ザビは生存、防衛用コロニーバンチだったジオン国防総省であるガーディアン・バンチの放棄。過激派反地球連邦組織エゥーゴ派閥を派閥単位でバラバラにせず、個人のカリスマで纏め上げて一つの敵対勢力を維持しているという事実。これは言い換えれば厄介な手間暇をかけた旧米軍の様な対ゲリラ掃討作戦、つまりローラ作戦をしなくて済むと言う事。またあの紛争・・・・・水天の涙紛争では地球上でもコロニーでもの核兵器を使わせなかっただろう?特にだ、地球憎しのジオン反乱軍が地球上で使えばあのニューヤーク市攻撃以上の余計な死亡者と放射能汚染の問題が出るからな。次にネオ・ジオンが厄介なゲリラ戦を選択せずにジオン公国を狙った電撃作戦を行い、我が軍よりも先にジオン公国と相手取らせて消耗させた手腕。結果、我が軍本隊は温存されてアクシズ要塞攻略作戦に臨めた。良く考えてみればすべて地球連邦と言う国益に合致するのではないかな?これは予想だがネオ・ジオンのサイド1への先制攻撃もペズン要塞攻撃も或いはあのニューヤーク市攻撃も彼の進言だ。全ては民意で動くこの絶対民主共和制と言う国家を動かす為の方便と大義名分を与える為にすぎんのだろう」一口ココアを飲む。「地球連邦の消耗避ける事と暗部を削る事の二択のみに考えを集中させれば・・・・・おのずと明らかになる、タウ・リンの行動原理が」絶対的な情報の収集者。そうだったのだ。タウ・リンは『ヌーベル・エゥーゴ』の指導者として一番に水天の涙紛争時に各地の地球連邦軍内部の反地球連邦政府集団=エゥーゴ各派に決起を促した。その後はその素早さ故にエゥーゴ各派を纏め上げ、エゥーゴとアクシズ地球圏先遣艦隊の指導者だったシャア・アズナブルとも対等の立場を築き、加えてアクシズを間接的に指導する。また厄介者だったジオン反乱軍を第13次地球軌道会戦という戦いで宇宙で処分した。地球上で依然としてゲリラ活動を続けるロンメル師団らとは異なり、其方の方が手間暇がかからなかったのも事実。(ゲリラ戦とその掃討作戦対して、一度の大規模決戦ならば後者の方が簡単に決着がつく。勝敗は別にして・・・・それで!!)そう考えられる。その後に彼が捕まらなかったのは非加盟国である北部インド連合と地球連邦との、正確には内閣官房長官と裏取引があったのだ。彼が水天の涙紛争終了時点で彼のパトロンであるゴップは内閣官房長官。つまり地球連邦のNo2であった。それを考えると。(そうだ、この御仁の力を考えると勢力の激減した一反乱組織を裏で支援して尚且つ隠蔽し、更には情報を得る為のジョーカーにする事も簡単だった筈。つまりは踊らされていたと言う事か・・・・何がティターンズ長官だ・・・・・地球連邦救国の英雄で、『ダカールの日』の勇者も、陰口で言われる『政界の死神』も本当の魑魅魍魎の前では単なる小僧に過ぎないと言う事か・・・・・クソ!!!)ネオ・ジオンは戦力を欲した。またAE社やビスト財団らの資金援助を受けたいと言う欲があった。そして何故かそれをタウ・リンは提供した。いや、提供できた。それは地球連邦の首相と内閣官房長官と情報局の三者が彼を後援していた状況証拠でもある。「まあ、彼の処遇は私に一任してもらおう。彼をここまで育て上げたのは私だし一応恩義もあるしね。ネオ・ジオンの内情をここまで暴露してくれたと言う恩義もある。裏切るのは忍びないよ」そうだろうな。そう思う事にしよう。「これでいいかな?」いつの間にか空になったココアを入っていたマグカップを見て自分は怒りを抑えつつ頷いた。それでも納得できなくても。「分かりました」と。宇宙世紀0096.03.02の16時30分。地球連邦軍全軍は一時戦力再編と兵員休息の為に後方3000kmまで更に後退した。陽動だったSフィールド、主軸の攻撃ラインだったNフィールド、補助部隊であり、本命を送り込む予定のWフィールドら全てからは一時的にせよ地球連邦軍全軍が撤退した。地球連邦軍はジェガンとジムⅢの部隊は総計で49機撃墜され、81機が中小破したが後は無傷。ジェスタは19機が未帰還、残りは損害があるが全て母艦に帰投。一方でZプラス部隊も6機を失ったが、残りはほぼ無傷。相対したネオ・ジオン側はヤクト・ドーガで編成された部隊を全て失った上、シャア・アズナブル敗退の報告と、ムサカ級重巡洋艦、エンドラ級巡洋艦全艦の損失という事態に陥る。切り札の一つだったクシャトリヤもキャラ・スーンが死亡。ラカン・ダカランは何とか後退したがスペース・ウルフ隊も残りは1機のみ。MS隊の損失は完全撃墜数は全体の90%に達した。そう、王手である。一応、敵機を後退させる契機を創り出したα・アジールとサイコガンダムMk2はあるがこちらは整備の為に時間が欲しい状況だ。次の一手を考える余裕のある地球連邦軍と既に逃げる事しか出来ないネオ・ジオン軍のその差は絶望的なまでに開いていた。『死にたくない!!』その言葉を察知した一機のMSはホワイトアウト寸前の急加速、更には30機以上の迎撃を回避している緑のクシャトリヤ。いいや違う、攻撃やデブリの直撃を受けてもそれら全てを無視して今まさにシナンジュに止めを刺さんとしたタイタニアの前に出現する。「このマシュマー・セロ、己の肉が骨から削げ落ちようとも戦う!!」デブリによって機体はバラバラに。四肢は寸断寸前になった。それでも彼は、マシュマ―・セロ中佐は間に合った。それは生涯をかけた存在の為にその生涯を使えた幸福な男の死に様。彼の騎士道を捧げた女性の前に立つ。「ハマーン様!! ばんざーい!!!!!!!!」タイタニアのビームの刺突を我が身を持って庇う。「まだまだ!!」タイタニアのビームサーベルの高熱で下半身とコクピットブロックが癒着してしまった。失神しても、否、絶命してもおかしくない程の激痛を無視してマシュマ―は動いた。「ハマーン様、撤退を!! この相手は私が!!!」残った3機ファンネルを使って、タイタニアの右手を狙う。咄嗟にシロッコは己のタイタニアのファンネルを使い、クシャトリヤのファンネルを撃ち落とすがそれも計算通り。「この距離ならばIフィールドと言えども!! 新型機と言えども!!!」途中で鹵獲したビームライフルを左で掴んだタイタニアの右手に撃ち込む。そして彼は見た。自分が生涯を捧げて守ると誓った女性の機体が安全圏へ離脱したのを。爆発するタイタニアの右手。その衝撃でハマーン・カーンが強化人間の手術後に自分が育てていたバラ。それをハマーン自らマシュマーに渡して、それを自分で丁寧に白いコーティングした、自分の至宝、ハマーン・カーンのバラがまるで自分を誘うかのように宙を舞っていた。「ああ、ハマーン様から頂いたバラが・・・・私を導いて下さる・・・・」その言葉が言い終わるのと同時に、シロッコの乗ったタイタニアはビームライフルを構えた。そして。『その忠義心、見事なり・・・・さらばだ、強き者よ』一瞬の黙祷の後、シロッコは引き金を引いた。宇宙世紀0096.03.02、戦場は一種の膠着状態に陥る。そしてタイタニアも帰投する。「ハマーン・カーン・・・・ふふ、今は時の流れが彼女を守ったと言う事にしておこうか。獲物を逃がされたと言うのに・・・・こうも愉快だとはな」そう言ってシロッコは旗艦であるドゴス・ギアに機首を向けた。一方ではエイパー・シナプスも手を打つ。ベクトラの惑星間航行用光学センサーが敵艦隊の別働隊を発見していたのだ。「やはり来たな。人間が地球に生まれ育ち、重力と土地、上下感覚がある以上は必ず真上と言うのは死角になる。これは真後ろが見えない以上に危険だ。だが・・・・・これを読んでいる事も向こうは分かっている筈」ブライトとワッケインの両中将に命令を出す。「第一連合艦隊全艦に通達する。対艦戦闘用意!! 艦隊戦だ!! 第二連合艦隊と第三連合艦隊は補給と休息が完了次第第三次攻撃部隊を発艦させよ。第一連合艦隊の護衛MS隊と攻撃予定の部隊は全て直援に回す!! 着艦が間に合った機体や特殊な機体以外で補給や修理が必要な機体は後方のコロンブス補給艦か改装空母に一時退避させるように。第四連合艦隊は第二連合艦隊の援護の下、突入準備。アクシズ要塞上陸部隊は白兵戦闘用意!! 第一種戦闘態勢!!!」そう言って彼は180度プラネタリウム方式のCICで接近する艦隊を見た。(ん? 敵艦隊はその全艦が縦一文字の単縦陣が二つだと? そうか!!)それを彼は戦史学科で習った世紀の大海戦を思い出す。「敵の狙いはネルソン・タッチだ!! 全艦密集隊形から散開陣に変更!! 敵は衝突する気で来るぞ!!各砲座!! 各砲術員!! 砲術課の意地と誇りを見せろ!! 戦艦の乗組員に選ばれた時の誇りを思い出せ!!!全艦上げ舵仰角30度、アクシズ要塞からの砲撃には対要塞ミサイルと偵察艦隊からの長距離砲撃、ビーム攪乱幕だけで対応せよ!!」素早い対応。地球連邦軍最精鋭部隊を預かる最良の提督らしい動きだ。それを旗艦の『ヌーベル・エゥーゴ』で見る男。「はん、やはり気が付いたか!! そうだ、それでこそここまで来た甲斐がある!!!全艦砲撃戦用意!! そのまま敵艦隊を攻撃する、その後はさっき命令した通りに行け。俺にはかまうなよ。俺のシナンジュの用意は?」出来てます!!「よーし、この馬鹿者どもが!! こんな俺に最後まで付き合ってくれてありがとうよ!!! このまま生き残ったら例の場所で偽装IDから身分を偽って平穏に暮らせ!!」それはタウ・リンなりの贖罪。騙し続けて来た事への唯一で来た懺悔。無論、タウ・リンの正体を知らない彼らはタウ・リンがここで死ぬ気だと言う事を知って全てを悟る。「美味しい所を独り占めですか? そうはいきません!! 司令官に続け!!! 全軍、突入!!」「「「「おう!!!!」」」」最初で最後の仲間たちだった。あの日からずっと一人ぼっちで多くの人間を陥れて裏切ってきたが最後の最後に信じてもいなかった神とやらは粋な計らいをした。俺に仲間を与えた。あの水天の涙以降ずっとともに過ごした仲間たち。馬鹿な連中だ。せっかく生き残れる方法を用意したのに。「馬鹿が!!! 馬鹿ばっかだぜ!!! ええい、ちくしょうが!! あばよ、そう長くは待たせねぇよ」敵艦隊増速セリ。これを戦闘ブリッジで確認したブライトは即座に部下達に命じた。「敵艦隊は全艦が死兵だ!! 少数だと思って油断するな!!!」シナプスも頷く。後は各艦の艦長たちや戦隊司令官の力量を信じるだけ。(信じるのも勇気だな・・・・・さてと、やはりこのタイミングを狙って攻撃するかタウ・リン。ネオ・ジオンに与するテロリストだとは言え、敵が撤退し、こちらが補給をするその一瞬の隙を突くとは・・・・言うは簡単だが行うのは遥かに困難。まして自軍の最高司令官らを囮にする大胆さなどは最早常人の域ではないだろう。やはり戦術家としては最高の部類に・・・・いや、私のような凡人と違い天才の部類に入るか。それ故になんとも惜しい事だ。その才能を地球連邦軍で生かせればもっと別の、テロリスト集団の首魁という汚名を背負った人生とは違った人生もあったろうに)タウ・リンとエイパー・シナプスの知略が交差する。「射程内か・・・・各艦隊砲撃戦用意!! 撃ち方・・・・はじめ!!!」「さあ、最後の宴だ!! 全艦ぶっ放せ!!! 元同僚だからと遠慮するな!!!」エイパー・シナプスとタウ・リン双方の命令が両軍に響き渡り、地球連邦軍とネオ・ジオン軍の『最後の艦隊戦』が始まった。後の歴史書や軍事学校では、宇宙世紀0096.03.02の17時43分、ネオ・ジオン最後の反撃が行われたと記される。それは、かつてエゥーゴと名乗った地球連邦軍を脱退した叛逆者の成れの果てでもある。それはネオ・ジオン軍最後の断末魔の叫びと後の世に伝わる出来事でもあった。(予想外に執筆がはかどった事と政争シーンや説明文が少なかったため一週間目にして投稿成功!! このペースを保ちたいものです。前話では出来ませんでしたが、個別の感想返しは今度はちゃんとしたいと思いますのでまた感想よろしくお願いします。さあ、明日からまた仕事です!! がんばります!!! それではおやすみなさい)