ある男のガンダム戦記32 最終話< ある男のガンダム戦記 >銃口を向ける黒いスーツを着た、中華系らしい30代か40代のSPらしき男。いや、テロリストか。首相に銃口を向けるSPなど存在しない筈だ。銃口を向けられる、濃紺のシングルボタンスーツに赤いストラップの細身ネクタイをした60代の有色人種の男性。誰もが動けなかった。誰もが動かなかった。或いは語弊があるかも知れない。動きたくなかった、そう言っても良いかも知れなかった。信じられない。信じたくない。男の右手に持つ、オセアニア州製品の拳銃、その引き金にかかった右手の人差し指。男の意思で、その人差し指に力がかかった。「やめろ!! 貴様、神にでもなるつもりか!!!」誰かが叫ぶ。ざわめきが悲鳴になるのも時間の問題。そんな中、この国で、人類世界で、その歴史上でも最高級の権力を持つ男は思った。(・・・・今のは・・・・誰の声だ・・・・・一体誰の?)叫びは途端に『沈黙と不動』、『雄弁と行動』の不可視の天秤、その均衡を崩す。他のSP達が、地球連邦政府に奉職する警護官たちが一斉に動き出す。数多の銃口が、銃の照準用レーザーの光が向けられて。これを瞬時に察した男。そう、彼はタウ・リンと呼ばれ、地球連邦、ジオン公国の領域に住み民の大多数に忌み嫌われている名前を持つ男は語った。「違うな、俺は・・・・地球連邦と言う歴史の最後の1ページだ」敢えて緩めた力が再び脳波を伝って筋肉に届く。銃の指に力が入れられ・・・・・・・・引き金が引かれた。宇宙世紀のあるインタビュー映像から抜粋。地球連邦政府『リーア州・州都リーア1・州政府電子図書館』より。『え? その時の状況を言ってくれ?』『父は小市民らしい父親でした。お母さん・・・・・母に甘えていて、私に優しい、クリスマスに極東州や統一ヨーロッパ州のぬいぐるみを買ってくれる、何処にでもいる父親です。ですから・・・・そうですね、やはり・・・・・ジン兄さんはともかく、娘の私は父が連邦政府の高官であるなんて思った事はありませんでした。まして、将来は地球連邦の首相になると母と約束していたなんて思いもしませんよ。だいたいそんな口説き文句、今時映画どころか三流ネット小説にだってありません』『でも・・・・私の父はね、立派でした。これは心の底からそう思っています。何がって・・・・ああ、歴史の教科書に載る様な政治家として、或いは英雄としてでは無いです』 『そうです、ええ、父は、父らしく、最後までウィリアム・ケンブリッジという人間でいました。ウィリアム・ケンブリッジ首相では無く、父親ウィリアム・ケンブリッジ、です』『誇りに思っています。もちろん、父を、です。父はあの瞬間まで父であり、そして、母の愛した男性だったのだから』誰もが血しぶきが舞うのを思い描いた。それはこの男も、タウ・リンも例外では無く、そして。(そんな・・・・馬鹿な!?)タウ・リンの顔がこの場で初めて驚愕に満ちる。銃声は・・・・・しなかった。銃弾は発射されなかった。誰も傷つかず、一滴の血も流れなかった。そう、弾丸は、不発。神の悪戯か? 悪魔の加護か? 死神の気まぐれなのだろうか?タウ・リンが放つ筈の万感の思いを込める必殺の一撃は不発だった。「くそぉぉぉぉ!!!」即座に薬莢を輩出するべく左手で拳銃をスライドさせる。だが、その瞬間の隙は、神に見限られた、否、神に見限られ、見放され続けた男と最後まで神に愛されたとしか思えない男との運命の差は大きかった。まるで、大宇宙の節理の様に。永遠不変の絶対的な真理そのものの様に、無常にも時は流れ、人は動く。己の意思で。(やられる!?)そう、レイヤーらはその隙を、何より、あの女は見逃さない。千載一遇の好機を。「今だぁぁぁ!!!」「全員構えぇぇぇ!!!」「撃てぇぇぇ!!」女の声、それは年老いた女性の、しかしながら張りのある退役軍人の声。リム・ケンブリッジ首相夫人の軍人時代の反射的な命令で我に返るSP達の銃声が響く。弾を発射する際の硝煙の匂いが地球連邦首相官邸府の中庭に充満していく。咄嗟の判断。映画の様な、嘘のような本当の事実。辛うじて後ろ向きに倒れる事で頭部への直撃を避けるテロリスト。が、それでも脚部に、腕部に、腰部に、胸部に数発の弾丸が命中する。倒れる男、流れる血。むせかえる様な血の匂い。辺りに飛び散った鮮血と30発近い空薬莢。「・・・・やったか?」首相の盟友にして先輩の、ジャミトフ・ハイマン新内閣官房長官がティターンズ時代から来ている服で警戒しながら近くのSPに問う。SP達が用心しながら近づいて行く。その中にはロナ首席補佐官やティターンズ所属のマスター・P・レイヤー大佐(首相警護部門最高責任者)らもいる。「首相!!」「閣下!!」怪我は!? ご無事ですか!?そう口々に問う彼らに、問われた男は答えようとして気が付いた。あの男が、先ほどまで銃口を地面に降ろしていた筈の男の手首が動いた事を。そして聞こえない筈の声が聞こえた。聞こえる筈など、言葉を発する余裕などない筈なのに。「は、余裕だな・・・・まだだ、まだ終わって無い」そう言っていた。口など動くわけがない。あの傷で、明らかに致命傷な傷に出血量で動ける筈が無い。だが、男は、タウ・リンは動いていた。最後の最後で運命の女神にどぎつい一発をくらわすべく。「・・・・・ラスト・・・・・シューティング」宇宙世紀100年1月6日。ティターンズ退役委員会委員長室にての記録より抜粋。『はじめて後輩であるウィリアムに会ったのは・・・・そうか、その通りだ・・・・君らの言う通り・・・・もう40年以上前か。奴が大学の地球連邦軍予備役訓練課程に参加した時だ。その際は本当にこれでこいつは実戦で使えるのか? 本当になんとかなるのか? と思う程ひ弱だった。意思が、な。運動部の癖に運動も一般人程度で特に見るべきものも無かった。それが将来ティターンズを背負って、その後、奴に連邦政府を・・・・人類の未来を託すとは思いもしなかったよ』『ほう、良く調べている。第14独立艦隊結成をエルラン中将に依頼された時のエピソードか。切っ掛けとなった事はそれよりも随分昔の事だ。ははは、私も若かったからな。あまり成人した一般常識を普通に持つ女性には歓迎されないような店で奴らをヒューカーヴァイン元AE社会長、あの反逆罪で絞首刑にされた男らと共に歓待した。ウィリアムは今とは違ってとても酒に強く煩くてな。だが、それ以上に根掘り葉掘りとある女性士官候補生の事ばかりを聞いていた。それが何と言うか、自分の後ろ姿を見せられているようで歯がゆく思ったものよ。そして彼に幾つかアドバイスしたし、相談にも乗るようになった。ふむ、そう考えるとこれが奴との最初の軌跡かもしれん』『後悔か・・・・・そうだな。結果的にケンブリッジ家と言う存在を私たちのいる地獄、いや、奴の奥方の宗教では煉獄というのか?それに引きずり込んだのは後悔している。彼が居なければ戦争は・・・・・あの一年戦争は全く別の形で終わった。それは恐らく不幸な結果だったろう。だが、少なくともウィリアム・ケンブリッジにとっては、私ジャミトフ・ハイマンと会うよりも安寧、平穏な一生だった筈だ。まあ、今となっては・・・・・・全ては老人の妄想かも知れんが・・・・・な。これで私の言いたい事は終わりだ。他に何かあるかね?』気が付いたのは彼らの後方に二人いた。二人しかいなかったと言い換えても良いだろう。ウィリアム・ケンブリッジ首相の真横に駆け寄っていたが為に、同じ方向を見ていたとある兄と妹の二人。ジン・ケンブリッジとマナ・ケンブリッジ。この時の二人は幼い頃からの継続した運動の賜物か、それともタウ・リンとは真逆、神の加護か、悪魔の悪戯か、誰よりも早く、誰よりも俊敏に動く。白いスーツとスカートを履いたショートヘアーの女、黒いスーツに黒ベスト、そして紫のラインが入っているネクタイをした男。銃口に立ちふさがる二つの壁。人の、壁。見慣れた、それはそれはずっとずっと見慣れ続けた二人の背中。息子。そして。娘。地球連邦軍・軍広報局第1級公開資料。観覧許可書発行済み。『私が宇宙艦隊司令長官、統合幕僚本部本部長を兼任したのは政務次官の・・・・そう、当時ペガサスを中心とした独立艦隊を指揮していたケンブリッジ政務次官のお蔭ですな。ご存知の通り、もともと私の士官学校における席次はそれほど高くは無く・・・・・どちらかと言えば一年戦争で戦死したパオロ・カシアス准将と同じくらいでした。え、ああ。彼は60年代のジオン軍の隠密作戦で負傷した為、早期退役した。私は実戦部門を中心にノン・キャリアとして昇進していったので、所謂エリートではありません』『人生の転機、いえ、他のノン・キャリア同期との最大の差異は、やはりケンブリッジ家と関われた事ですかな・・・・彼らの一族が私に図ってくれた恩義は計り知れない。私は非主流派でありながら、最終的には地球連邦軍のNo1になった。感謝しています。ですから、あの人が・・・・・恩人であり戦友でもあるウィリアム・ケンブリッジという人物が残した存在、道しるべを守っていきたいとそう思っております』『それが私にとって最後の奉公です。戦争で亡くなった家族らに対しても最大限の供養になるであろうと信じています』誰が言ったのだろうか?誰が思ったのだろうか?親にとって最大の不幸は子供が自分より先に逝く事である、と。「!!!」言葉にならない。軍人として鍛えられた感覚が、目の前の男が、タウ・リンが引き金を引く方が早い事を悟らされる。マナもジンもウィリアムの盾になる事だけを考えていた。リムは動こうとして、別のSPが咄嗟に彼女の足を掴む。倒れる。硝煙の臭いの残る大地に倒れ伏す首相夫人。「だ、駄目ぇぇぇぇ!!!!!」そして、タウ・リンは躊躇なく引き金を引こうとし、笑った。「俺は最後の最後で、奪われるだけの存在から奪う存在になれるな」続ける。血の泡を吐きながらも。苦痛に耐える強靭な精神力で。「自分の意思で」と。とある日のジオン宮廷。「現在の地球連邦政府にとって最大の幸運となったのは恐らく我が妹、キシリア・ザビの死だな。恐らく当時は誰もそうは思わないだろうし、私以外は考えもしないだろうが」ギレン・ザビ第二代ジオン公国公王はそう娘のマリーダと息子のグレミーに語っていた。それは珍しく、親子としての会話である。宇宙世紀100年代の事。「お前たちの叔母であるキシリア・ザビは・・・・・ふむ、何というべきだろうか?そうだな、良く言えば中庸な政治家、悪く言えば中途半端な人間だったと言える。確かに、保安隊隊長としてジオン共和国時代やムンゾ自治国時代の治安維持を女の身でありながら一手に引き受けそれを成したのは正統な評価がされるべきだ。我がザビ家の政治勢力拡大に叔父サスロと叔母キシリアの両名の活躍が会ったのは事実であり、目をつむる事も背ける必要もない。だが、キシリアの意義はそれで終わりだ。お前たちの叔母は私に対して実力行使に出る程敵対心があり、尚且つそれを私や連邦政府に悟らさせてしまう程、愚か者だった。仮にだが、かつて地球連邦を影から支配していたゴップの様な実力者であれば私への敵対心は巧妙に隠しただろう。或いは、我らや政敵らに警戒されども排除されないだけの何か利益なり利権なりを提供した。それが出来なかったが故にキシリアは暗殺されたのだ」真剣に聞く寝間着姿の二人。傍らには漸く復興したフランス産の高級赤ワインと牡蠣がある。それを飲むギレンとグレミー。日誌に書き続けるマリーダ。一言二言言葉が交わされる。ギレンはそれに答える。話し続ける。「・・・・・ああ・・・・・そうだ・・・・・何者かに・・・・・犯人は未だに不明・・・・・だがな」そして。「キシリア・ザビ暗殺事件はウィリアム・ケンブリッジ躍進の第一歩になったのは最早常識以前の事柄だ。故に地球連邦政府はウィリアム・ケンブリッジと言う当時の持て得るであろう最大級の政治家を手に入れる契機となったと言い換えられる。仮定の話をいくつ繋げても無意味ではあるが、お前たちの叔母のキシリアが生き残り・・・・ガルマなりドズルなりサスロなりが死ねば状況は大きく変わっただろう。戦後も終わり、安定期の今だから言えるが、ジオン独立戦争が辛勝でしかない。である以上、下手をしなくてもキシリアの策謀で我が軍の敗北、ジオンの敗戦で終わった可能性は非常に高い。また、例え勝てたとしてもその次に来るであろうは・・・・・私とキシリアの内戦だった。そう考えればジオン公国自体にとっても60年代に発生した犯人が特定できないキシリア・ザビ暗殺事件は最大級の幸運と考えられる」そしてギレンは言い切ろうとする。グレミーとマリーダの視線、貴方は妹キシリアをどう思っているのか?これに対して、彼はこう答えたという。「可愛い妹だよ。死んだ以上は。それ以外に何の言葉がいる?もう私の邪魔をしない。そうである以上、キシリア・ザビは我がザビ家によるジオン公国の国家体制への数多いる殉教者の一人であろう」空になったグラスに別の赤ワインを注ぎながらギレンは言った。心の奥底から思っている本心を。独裁者ギレン・ザビの本音を。「だからキシリア・ザビは可愛い妹だ。そして・・・・お前たちの叔母はそれ以上でも、それ以下でもない」場面は変わる。タウ・リンが勝利を確信した。目はほとんど見えないが、幸い強化した聴覚と最後の辛うじて見える視覚があの男を捉えていた。(親父、俺は最期まであんたを許さなかったぞ)アムロ・レイ、セイラ・マスのある一夜。生まれたままの姿を晒してベッドに寝ているアムロに、バスローブを羽織っているだけの半裸のセイラが話しかける。「兄は・・・・・・ララァさんには会わないと言ったそうよ」アムロの返事など待たない。セイラは娘のアストライアが起きない様に静かに語りかける。久しぶりの、アクシズ討伐作戦『あ号作戦』以来の情事の後を残す部屋で。「甥と義妹に会す顔が無い、そう私に言った。そう二人に伝えてくれと、も」アムロは無言で半身を起き上がらせる。お茶を飲む。「アムロ、私はそれをあの二人に伝えるべき? それとも伝えないべき? わからない・・・・私も母を幼い頃に亡くした」そしてセイラは立ち上がってホテルの窓に自らの裸体を映しながら呟く。「あのアフランシと同じような歳頃に。だから・・・・・ララァさんとあの子に対して私は兄の言葉を、兄のしてきた事を、そして兄の一生と兄の家族への想いをどう伝えればよいの?」セイラはガラスに背凭れしながら夫のアムロに問う。「そもそも・・・・・伝えて良い事なの? アムロ、私の問いに答えて欲しい」この問いに対してアムロ・レイがこの時何を語ったのかは歴史上に残されていない。だが、その後、宇宙世紀105年に発生したある動乱の際にシャア・アズナブル奪還を掲げる武装勢力が蜂起。彼らに戦略家や人間性は疑問符が付くが、それでも一年戦争以前から戦術家としては一流であり、エースパイロットでもある彼を渡すのは不味いと判断した地球連邦政府。敵対勢力の象徴や指導者となってしまう前に危機感を抱いたパプテマス・シロッコ宇宙開拓大臣らの進言により、シャア・アズナブル、ハマーン・カーンら旧ネオ・ジオン幹部の延期されていた死刑を執行した。『赤い彗星、遂に絞首刑執行』その見出しは地球連邦政府の公式見解後、地球圏全土の報道機関を騒がせた。だが、その赤い彗星ら反地球連邦活動家にとってのアイドル、偶像はでもあった。この帰結として、それらの死体は埋葬される場所が反政府組織の聖地やシンボルとなる事を地球連邦政府が恐れた為に、極秘指定となる。故に、こういう噂も流れ続ける。『フル・フロンタルやマフティー・ナビーユ・エリンを名乗る男は赤い彗星の再来ではないか?』 と。銃声が響いた。それはさっきまでの銃声とは違った。発生源は自分の後ろ。目の前の瀕死の強化人間からとは違う。『自分達の子供たち、二人の後ろから』慌てて振り向くリムの前には一人の男が両手で地球連邦正規軍から20年近く前に支給されて以来の愛用拳銃を震えながら持っていた。(構えて、ではなく、持っている、というのがらしいわね・・・・・あの人はこんな時も変わらない)両足の膝は震え、今にも倒れそうな彼だが、それでもしっかりと両足で大地を踏みしめている。それに何よりも、だ。そこにいるであろう全ての人々が感じた。逃げずにひたすらマイクを向け、カメラを回し、収録と集音と放送を続ける報道陣が、それをTV越しに見続ける地球圏の人々は思った。今、銃を撃った男の目は、恐怖に歪んでいる。今、銃を撃った男の目は、後悔に浸っている。だが、何より、そこには誰もが分かる一つの決意をした男がいた。「家族を守る・・・・・そう決めた。その為にここまできた」それは確かに小さい。だが、確実にタウ・リンやジン、マナにまで聞こえた呟き。「お前が誰であろうと、お前が何であろうと、お前が何を思うと構わない。弁解も告解も懺悔もしない。だが、私は私の意思で、私だけの意志で・・・・・」そう男は言葉を区切る。男は銃口を静かに向ける。今しがた、テロリスト認定されている本当の愛国者とでも言うべき、自分よりも称賛されるべき男の右手を吹き飛ばした男。彼は彼の額にレーザーポインターの緑色をしている照準用レーザーを照射する。「だから、私自身の意志で、お前を殺す」その声の主、地球連邦首相であるウィリアム・ケンブリッジは決めた。引き金に指がかけられ・・・・・・銃声が再び木霊する。発せられなかった言葉とともに。(例え・・・・・・タウ・リン。貴方が地球連邦に対する最大の功労者で・・・・・この世界が生んだ最大級の悲劇の愛国者だと知っていても!!)『我が全人類の宇宙開発黎明期の始まりは、ウィリアム・ケンブリッジ首相による10月7日の再宣誓式である』地球連邦宇宙大学入試過程を通る為に参考とされる歴史の教科書はそう記す。時に宇宙世紀0153年9月。当時は、大宇宙開拓時代と呼ばれた高度経済成長と太陽系開拓による経済の活性化、その負の側面である地球連邦内部の富の不均衡。そして、これによる不満が温床となった武装テロ組織が活発化している時代であった。いわばある男の遺産の負の連鎖であり、この傾向は宇宙世紀120年代頃から顕著化していたが、それが150年代に入り、より一層の激化を辿っている。もっとも、基本的に地球連邦体制が崩壊した訳でも戦国時代の様な動乱の時代でもなく、あくまでも不平分子の反乱未遂ではあったが。サイド2出身の二人目のスペース・ノイド出身の地球連邦首相であるフォンセ・カガチ(初代は120年代に就任したマイッツァー・ロナ)が反地球連邦勢力の一角であるリガ・ミリティアを鎮圧している時の事だった。それを授業で習っているのはカテジナ・ルースという統一ヨーロッパ州名家のお嬢様。彼女はそのまま与えられたPCの電子ネットにある『人類汎用辞典』である人物を調べる。『 ウィリアム・ケンブリッジ 』地球連邦政府にとって今現在(現首相であるフォンセ・カガチ選出時において)、確認し得る、政府に最大級の貢献を成した政治家である。宇宙開拓省出身、国家安全保障会議サイド3首席補佐官を経由し、一年戦争後にティターンズ副長官に、0087から活発化したエゥーゴらなどにより暗殺未遂が起きるも、やがてティターンズ二代目長官に就任。(詳細は『一年戦争』、『グラナダ会談』、『リーアの和約』、『水天の涙紛争』、『ダカールの日』などを参考にされたし)0096の『反逆者の宴』(正式名称はネオ・ジオン動乱)を終結させた功績と政敵であったゴップ氏が、テロリストにより暗殺された為、比較的スムーズに地球連邦政府の首相へと就任する。なお、当然の事ではあるが地球連邦創設以降90年、その歴史上初めて登場した、有色人種クォーターの首相でもある。彼の功績として、火星都市圏開拓、木星コロニー圏拡張、金星調査船団設立、外惑星航路開拓・常用化の為の無人コロニー型プラント設置、ジオン公国の領有コロニーの増設並びジオン主導・領有のフォン・ブラウンに匹敵する巨大月面新都市『ダイクン・ザビ・シティ』の樹立、宇宙港増設、資源採掘衛星の大移動などを手掛けた事で地球圏の生活範囲は大きく広がった。また、ウィリアム・ケンブリッジは地球連邦の統治する「地球圏本土」に残った最後の対立陣営である準加盟国らとも新条約を結び、地球内部を安定化へと進める。地球安定化計画とも太陽系開拓計画とも呼ばれている彼の思惑、『シヴィラゼーション計画』。それは彼の存命時代は明確に成功した、とは言えなかった。だが緊張緩和や軍縮、人類経済圏と生存権拡大には大きく寄与したので、これらは彼の功績とすると、地球連邦政府の首相マイッツァー・ロナは公式見解を残している。これらによって肥大化していた地球連邦海軍、地球連邦陸軍、地球連邦宇宙軍の軍縮を開始し、彼がその座にいた8年の任期を通して行われる大軍縮を『宴の後』と俗称する。これにより、ムンゾ自治共和国設立、いや、地球連邦創設とラプラス事件以来続いていた危うい軍備拡張計画を見直しし、地球連邦は軍事力を平時の5%以下に戻す事に成功する、その土台と道しるべを示した。「ふーん。そうよね」カテジナはそう言って統一ヨーロッパ州の最大級の宇宙港『アーティー・ジブラルタル』のビジネスホテルから地球連邦首都のニューヤーク市に出発する為ボストンバックに荷物を入れる。電子書籍片手に。「そして、宇宙も」宇宙世紀153年。地球連邦の総人口は200億人を突破。コロニーサイドが正式に『州政府』へと格上げされた。サイド6が『リーア州』、サイド2が『ザンスカール州』、サイド4が『コスモ・バビロニア州』、サイド7が『グリプス州』、サイド5とサイド1は地球連邦直轄州となった。また、月面都市は相も変わらず自治都市群としての自治権で満足しており、首都が移転する事も、独立運動を起こす事も無く平穏を保っている。では、彼、この物語の主人公『ウィリアム・ケンブリッジ』始まりの土地であるサイド3は、いや、ジオン公国はどうなっただろうか?それは彼に語って貰おう。木星連盟の第四代総統であり、木星連盟からは『木星じいさん』の愛称で親しまれているジュドー・アーシタ退役中尉に。『ええ? 今さらジオンかい? うーん、ああ、、ジオンは今もザビ家が代々公王になっているなぁ。そう、それだ。カイ・シデンさんのシデン・レポートにある議会による公王選出制度。それを今でも利用しているよ。ああ、地球から最も遠く離れていて、アクシズやア・バオア・クー、ソロモンら宇宙要塞を造れた地球圏でも有数の国家、うん、だから木星連盟も木星船団も世話になってる。グリプスに拠点を置く第4、第5、第6船団はティターンズと地球連邦が、第2船団と第3船団はジオンが担当だからね。条約でそれなりに木星からの資源も輸出しているからこっちも総人口が58万人でコロニーも27基に増えた。まあ、こうやって長距離通信でインタビューに答えられるのもウィリアムさんの遺産を使っているから、かな?ああ、ジオンの先代公王のミネバ・ラオ・ザビにも世話になったけどね』『民主共和制国家の地球連邦に対抗する為、経済成長と立憲君主制議会制民主主義を取り入れた嘗ての独裁国家『ジオン公国』は今もなお、ザビ家が支配する体制は変わらない。分家であるドズル・ザビ系統と本家であるギレン・ザビ系統の両統が交互に君主を輩出し、更に議会がその君主の『君臨期間』を統制し、議会により『公王位を承認』する事で内部闘争を抑えようと努力している。カッコよくいったらこうなるのかな? あ、プルもお婆ちゃんだけど今何してるやら。まだ首都のザビ・シティにいるのかなぁ?どうでもいいけど、さ。ザビ家の連中も品が無いよな。自分の家名を首都につけるなんて。幾ら連邦や準加盟国に比べて歴史が短い、或いは無いとはいえ・・・・・あれ? 西洋史では名前を都市に付ける事なんてそんなに珍しい事じゃない?アレクサンダー大王なんて20個前後は自分の名前の都市を作った? は? ローマ史を読み解け? マジか? わりぃわりぃ。俺、座学は嫌いなんだ。その辺は副総統で妹のリィナに聞いてくれ。頼むよ・・・・・・・いや、ほんと』『まあ、話を戻そうか。うーん、あんまり特筆すべき戦争も無いからなぁ。と言う訳で木星と木星船団は何とか自力で成長軌道に乗って上手くやっている。ああ、そのゴシップね。三代目総統のテテニスお嬢さんがトビア君の子供を妊娠してしまったから俺が代わりに四代目やるわ、なんて言っているけど、実際は代理だしな。将来的にはまた三代目のテテニス・ドゥガチさんに戻るんじゃないか?トビア・ドゥガチもそれなりに地球圏派遣組で場数を踏んでる筈だし、いまなら使えるでしょ?もう留学生じゃない立派な大人なんだから。そして、厄介ごとをあのバカップルに押し付けて俺はプロマキシオン恒星系調査を進めるんだ!』そう語る老人の目は、まだ少年の様に輝いていた。ちなみこれは宇宙世紀140年に撮影された記録であり、今から13年前のモノになる。既にジュドー・アーシタは鬼籍であり、120年代の財政見直し計画によって太陽系外調査計画白紙に戻され、当時のロナ首相により、今現在に至るまで完全凍結されているので注意されたし。「こうやって読むと本当に色々あったのよね・・・・地球連邦も、ジオンも、そして・・・・・人類も」カテジナはそう言って最後の電子ブックのページを読み込み、『我が地球連邦政府は、地球圏だけでは無く、この太陽系全てに住む全ての生命体に責任を持つ事を今ここに宣言し、今後100年を通して火星のテラ・フォーミング計画、通称『ラーフ・システム』を、また木星圏の拡張を、更に内惑星である金星進出と太陽系外調査無人探査船計画を進め、更に宇宙世紀150年までに冥王星軌道まで多数の双方向通信システムを配備する事を決定します。また、各惑星開拓の為、地球連邦軍は州軍、四軍の各軍備の抑制と少数精鋭化を進め、地球緑化と全類生存圏全体の繁栄を主目的とします。ティターンズは首相直轄の治安維持の為の武装機動警察とし権限を縮小または各省庁に移管し、ティターンズ直轄である第13艦隊、ロンド・ベルを初めとした艦隊は正規軍に編入。なお、ロンド・ベルは当初の構想通り外郭機動部隊として惑星間部隊として存続する所存であります』カイ・シデンの質問に、ウィリアム・ケンブリッジはこう答えた。と書かれたページを閉じて、キャスター付きのボストンバックを片手に部屋をでて、二人の男と宇宙港のある有名な集合場所で落ち合う。そして。現在の地球連邦政府武装警察ティターンズ所属の実験部隊『ベスパ(俗称はイエロージャケット)』であるクロノクル・アシャー中尉、アルベオ・ピピニーデン大尉の案内と護衛の下、最近物騒なテロ集団の動きを警戒しつつ、第2発着場に向かっていく。金髪を靡かせて。その通り道で、ホテルの玄関に設置された大型TVに映し出されているニュースキャスターが昨今の情勢を報道する。それはどんな時代でも、どんな情勢下でも世界から争いが無くなった事は無いという悲しい人類の性質を伝える様な内容であった。『それでは次のニュースです。地球連邦軍統合幕僚本部の作戦本部長であるタシロ・ヴァゴ中将が大将に昇進されることになります。来月8日付けで新宇宙艦隊司令長官に就任される事が、先程のアストライア・レイ内閣官房長官の公式会見で明らかにされました。また、レイ長官の軍事顧問官でありヴァゴ中将の副官でもあるファラ・グリフォン大佐によりますとこの人事は深刻化する治安情勢悪化への対処、その布石との事です。現在の主な反地球連邦分子、サーカスを名乗るテロリスト集団、木星帝国を宣言した木星連盟内部のクーデター派残党軍、リガ・ミリティアを名乗る旧エゥーゴ・旧ネオ・ジオン連合派閥への掃討計画が見直される事であり、今後の宇宙開拓、シヴィラゼーション計画において新たな課題となるのは明白。よって大佐によりますと・・・・・・』時は遡る。過去へ。人々が思いを馳せる、今は無い、しかし、かつては存在した明確な事実。時の流れに。放たれた弾丸は男を穿ち、銃声と硝煙は空に溶け、空薬莢は大地に落ちた。ガクリと膝をつくウィリアムに駆け寄るリム。マナとジン、ジンの家族らはSPらが議事堂へと避難させていく。「・・・・・・・・リ、リム?」夫は、最愛の人は震える手で銃を握っていた。汗が額中にあふれている。震える声でウィリアム・ケンブリッジはリム・ケンブリッジに問うた。「これで・・・・終わったのか?」と。夫の焦点の合わない視線を遮るようにして彼を抱きかかえる。そのまま夫を抱きしめた。強く抱きしめた。そして頷く。「終わった・・・・・終わったの。もう終わったのよ」ふと、ウィリアム・ケンブリッジは気が付いた。気が付かされた。自分の放った銃弾は額では無く、タウ・リンの咽喉を貫いていた事を。そして、タウ・リンは事切れている事を。「そうか・・・・・終わったのか・・・・・あのサイド3からの悪夢が・・・・・漸く・・・・・」SP達に誘導され、専用の車に乗せられる。レイヤーらが必死の形相で彼を守りつつ、首相と首相夫人を要人避難の為の緊急用シェルターに送る。「・・・・・だが・・・・・本当に?」本当よ。無言で頷く妻。「貴方は悪夢に打ち勝った。そう、もうそれでいいじゃない。だから・・・・それを下ろして。もう必要ないのよ。私たち家族には」そして漸く彼は自分が未だに拳銃を握りしめたままだったことに気が付いてゆっくりと指を話していく。妻が安全装置をONにし、そのままマガジンを抜く。ウィリアムはリムに倣って実弾の入った薬莢をスライドさせて排出させた。誰も何も咎めない。当然であろう。『首相がテロリストを自らの手で撃ち殺して家族を守る』なるほど、確かに美談だ。だが、愚談でもある。どこの世界に、この宇宙世紀の世界に国家元首が陣頭指揮を取って最前線に出向かなければならないのだ。ここは民主主義国家であり、近代化を果たした国家だ。決して、歴史上の英雄譚の世界やRPGゲームや映画、小説、ドラマの様なファンタジー世界では無い。それはあってはならない。何があっても、だ。リムは言葉を紡いだ。彼を解き放つために。「ここは地球連邦、そしてあなたはその指導者。でも、それ以上に私の最愛の人であり、マナとジンの父親」そして。そして?「私たちに何かを見出した新しい世代らの希望の光。あとは・・・・・・・うん、簡単ね。孫たちの優しい祖父だわ」防弾用、対狙撃防止用の強化スモークガラスで遮られた後部座席で夫を膝枕させると、老いた嘗ての幼馴染は言う。「ウィリアム・・・・・ごめんなさい」と。何を謝るのだろうか?そう思っているとリムは言った。「・・・・・・・私・・・・・・・ウィリアムに人殺しをさせた・・・・・・ごめんなさい」漸く理解した。自分が泣いていた事に。タウ・リンを、いいや、人間を直接自らの手で殺した事の恐怖かどうか知らないが、それでも泣いていた。その事に漸く気が付く。「あ、ああ、その事か・・・・・大丈夫・・・・・・大丈夫だ・・・・・くそ、ええい、畜生。決して大丈夫とは・・・・・・言い難いけど・・・・・・覚悟していても・・・・・いざとなると怖いものだ」ウィリアムは右手をリムの右手の甲に重ねる。「手の震えが・・・・・・止まらない」無言でリムは両手でウィリアムの両手を包む。ブルブルと震えていた両手の振動はやがて小さくなり、そして止む。「あ・・・・・ふふ・・・・・ウィリアム・・・・・・大丈夫よ、止まる・・・・・止まったわ・・・・・もう・・・・・・大丈夫・・・・・・そうでしょう?」躊躇いがちにウィリアムは聞いた。聞きたくて聞けなかった事を。そして両手を握ったままの老夫妻は視線を交差させる。「今だから聞きたい。今しか聞けない。そして正直に答えて欲しい」間をおく。「何を?」疑問符を浮かべながらも、夫に先を促すよう尋ねる妻。「・・・・・・・・リム、その、後悔してないか? 私なんかを伴侶に選んで・・・・・大きな苦労を背負わせて。本当に後悔はないのか? 本当にあの時の決断を後悔してないのか?」溜め息が出そうなのをぐっと堪えるリム・ケンブリッジ、いや、リム・キムラ。(・・・・・改まってこの人は何を言うかと思えば・・・・・・・呆れた・・・・・・何を馬鹿なことを)そして。「ウィリアム。私は貴方と人生を共に歩んでいる事も、歩んできた事も後悔してないわ。ええ、これは神と子供たち、それに両親と孫たちに誓ってそう言える」それは明白な答え。(何故?)明白な運命。「だって・・・・・・・・あなたはあの日に交わした約束を守ってくれたじゃない」疑問。(約束?)何の事だろうと聞こうとするウィリアムは、それを遮られる。「あら・・・・あれだけ大きなこと言ったのに忘れたの・・・・・ほんと、ズルい男だわ。私が出会ったどんな男よりもズルくて、臆病で、見栄っ張りで、弱虫で、そして・・・・・大切な男よ」困惑が溶けないこの鈍感お兄ちゃんに伝える。「覚えてないの? それとも忘れてるふりをしているだけ? 可愛い人だわ。変わらないわね、ずっと。地球連邦の首相にだってなってやる、だから俺と一緒に来い、そう言ったのは貴方でしょ?そして貴方は約束通りに、契約通りに、誓い通りに私達の家族を守り、私達の仲間を守り、第14独立艦隊を初めとした戦友達、つまり私たちの誇りとなった。だから・・・・・・私は貴方だけを伴侶とし、貴方と共にこの戦乱の時代を生き抜いた事を嬉しく思う」それに。それに?「貴方は私を愛してくれている。私が貴方を愛しているのと同等か・・・・・・それ以上に」第三章・『反逆者の宴』編及びある男のガンダム戦記 完結後書き2年という長い間、しかも途中で何度も休載をしてしまい誠に申し訳ありませんでした。スランプに陥ったり、就活で挫折したり、留年しそうになったりと私生活を優先した為でしたが・・・・申し訳なく思います。すみません。そして・・・・・ある思いつきで始まったこの物語もここにて一区切りとさせて頂きます。感想返しをする暇も無く、社会人の厳しさを実感している今日この頃ですが、それでもこれを完結できたのは皆さまのお蔭であります。感謝です。本当にありがとうございます。誤字脱字は無い様に、と何度か見直しをしておりますが・・・・・やはり本職の記者では無いので結構な誤字脱字が見つかりへこんだりもしました。また、書き切れなかった部分(ソロモン攻略戦や100年代~150年代、あとネタバレですがウィリアム、リムらの国葬編など)はまた来年にでも書ける時書きたいと思います。とにかく、ここまで読んで頂いた全ての読者様に感謝を込めて。一言。『ありがとうございます』それでは、『ごちそうさまでした』『ある男のガンダム戦記』 作者・ヘイケバンザイ