ある男のガンダム戦記 外伝 『 英雄と共に生きた群雄たちの肖像 』< 外伝・第一話・戦乱が去った酒場にて >宇宙世紀153年。統一ヨーロッパ州ウーイッグ地方。「さて、最初に名前を確認させてもらいましょうか」そう言ってティターンズ第二軍服(茶色と黄色のスカーフを基準としたティターンズ独自の制服。宇宙世紀122年に採用)を着た大尉の男が聞く。部屋は映画にでも出てきそうな典型的な取調室、ではなくて、普通の航空会社が旧国際ハブ空港・現地球連邦第一級地上空港の高級ラウンジの様な場所。「先輩・・・・まずは自己紹介からでは?」傍らにいたノート型パソコンを立ち上げて調書を取ろうとしていた赤髪の中尉が制する。そう言いつつ、ジオン公国産の紅茶を二人に注ぎ、同じくジオン公国産のクッキーを数枚皿の上に置く。「ああ、そうですな。これは失礼しました。私はアルベオ・ピピニーデン大尉。後ろで秘書役の男は貴方を助けたクロノクル・アシャー中尉です。所属はこの制服を見ての通り分かると思いますが・・・・・ティターンズのモノです。こちらがID付きの身分証明書です。どうぞ。・・・・・・・ルース・・・・・・ええと、名前の方はカテジナ・ルース女史、地球連邦市民権のID番号は・・・・・クロノクル・・・・ああ、すまない」そう言ってプリントされた書類を渡す。現時点でもジオン公国、地球連邦政府、並び、地球連邦構成州、地球連邦加盟国の公文書は全て紙媒体である。これは準加盟国数か国も同様。理由は至極単純。電子データよりも紙媒体の方が長期保存に適しているからだ。実際、千年単位の歴史を持つ書物が旧世紀から宇宙世紀1世紀と半世紀を過ぎた今もなお解読可能な状態で残っている。更に、である。0079のジオン独立戦争以来常識となったミノフスキー粒子とその学問により、電子書籍や電子データは使いやすく紙媒体よりもコストパフォーマンスに優れており尚且つ瞬間通信が可能とはいえ、妨害やハッキング、クラッシュする可能性が高いのだ。「こちらでよろしいかな?」ティターンズのアルベオ・ピピニーデン大尉は長い金髪と青を基調としたドレスを着た、年齢的には少女と女性の間にいる者に声をかける。ここは地球連邦軍統一ヨーロッパ州方面軍の第8鎮守府の一室。最早、この人類にとっては歴史上の戦争である一年戦争。その時代に激戦区となり大打撃を受けた(ジオンによる地球侵攻作戦、地球連邦によるヨーロッパ反攻作戦の双方)地域に鎮守府という連邦軍の駐留拠点が置かれている。戦後80年近くが経過しているにもかかわらず、この付近は未だに不発弾や地雷原、更には地球連邦に見捨てられたと感じる少数派民族のゲリラ抗争が後を絶たない。これらゲリラと利権争いから脱落した企業、致命傷とは程遠いがそれでも組織としては当然の如く存在する連邦軍内部の腐敗。未だ穏やかながらも政治的な対立状態にある準加盟国の非合法行為による支援活動を持ってして、リガ・ミリティアなどが活動している危険地帯であると言える。他にはガルダ級戦略母艦『アウドムラ』を強奪して以来、行方をくらましたカラバも近年世代を交代しながら活動している、との噂だ。『まるで雑草の様だ』とは、140年ごろに閣僚として国防大臣の座にいたフォンセ・カガチ。彼が孤児であった養女(現在は首相秘書官)のマリア・ピア・アーモニアに呟いた台詞である。現実論として州政府間の貧富の格差が拡大している為、これを理由に地球連邦体制打破を目指す勢力は多く、ジオンのような統一された軍備と国家的なものは存在しないが、それでも尚、連邦軍から見れば少数勢力、が明らかな私設武装組織の武装蜂起は多い。これは旧世紀に小型兵器(宇宙世紀でも現役のAK-47自動小銃など)がアフリカ三州や中央アジア州などの紛争地帯に格安で拡散したように、MSもまた、その利便性故に多くの企業がライセンス生産を行い、中小企業までもが使用した事が一つの要因である。そして、MS-06ザクⅡなどのジオン系統の機体もRGMシリーズもジオン、連邦のそれぞれの国策故に統一規格が導入され、一年戦争後の機体はジオン製、連邦製、更に首相直轄であり政府管轄のティターンズ製MSさえも共同整備が可能でとなる。これが一つの要因となって個人、とは言わなくても、ある程度の規模の組織にMSを保有させる結果となる。加えてバッテリー式MSの開発や武装を外したホビーハイザックと言われる様な機体、MS格闘技大会などもMSの拡散・所有に拍車をかけてしまった。これは90年代から104年までの政権を担ったケンブリッジ政権最大の失敗と言える。そんな情勢下の153年。ルース家のお嬢様がリガ・ミリティアの拠点に居たという情報を伝えられた現地警察は、新型MS隊を保有する自分達『ティターンズ』の切り札部隊『ベスパ』に出動を要請。数度にわたる交戦の結果、カテジナ・ルースとオイ伯爵と呼ばれるリガ・ミリティアの指導者の一人を手中に収めた。そして彼女が尋問されるいわれがこれである。「・・・・・・・」カテジナは提示された紙を無言で確認した。自身の生年月日とイニシャル、指紋と写真に自筆のサインが入った国民IDカードのコピー。リガ・ミリティアとティターズの一部隊であるベスパとの抗争で失った物だ。コピーとはいえ再発行してくれた上にあくまで迎賓室で任意の事情聴収と言う事は、地球連邦政府は私こと『カテジナ・ルース』をリガ・ミリティアの『協力者』では無く、戦闘に巻き込まれた一民間人、『被害者』として見ようとしている、そう考えて良いかも知れない。「間違いないかな?」ピピニーデンが念を押す。あくまで優しく、だ。頷くカテジナ。「さて、では何から聞こうか・・・・・緊張しているようで・・・・・そうだな、先に緊張をほぐす為にも地球連邦の英雄たちの話でもしようか?」これは既に過去の事。だが、未来の事。宇宙世紀0096も終わりを迎えつつある12月28日。「クリスマスも終わったか・・・・次は元旦だな」そう呟く地球連邦軍『ロンド・ベル』艦隊の士官。0096の首相宣誓式。この日の自殺テロとも言うべきタウ・リンの行った最後のテロ行為を境に、ネオ・ジオン軍やエゥーゴ派閥の反地球連邦軍事行動は一応の終局を見た。そして、内外に新しい時代の到来を告げるべくして、地球連邦政府はウィリアム・ケンブリッジ首相の指導の下に『シヴィラゼーション計画』を発令するべく動き出す。既にマスコミを経由した計画の具体的な内容の発表は完了しており、後は実行するだけ。尤もこの実行するのが大変であり各省庁や財界、政界、議会への根回しや説得、或いは脅迫で寝る暇もない激務がウィリアム・ケンブリッジを筆頭に政府閣僚らは続いているのだが。そんな中、一隻のラー・カイラム級大型戦艦がクラップ級巡洋艦6隻を引き連れてニューヤーク鎮守府宇宙港に入港。旗艦の名前は一番艦の『ラー・カイラム』。ロンド・ベル艦隊第一戦隊旗艦にしてロンド・ベル艦隊総旗艦。半舷上陸が許可された乗組員らが街に繰り出そうとする光景が所々に見える。それはこの人物も例外では無い。軍用ショルダーバックを担ぎ、拳銃の携帯許可書を持って歩く青いカラーリングをしたロンド・ベルでも唯一の軍服を着る男。彼は煩わしい手続きのある軍用税関を年下の二人と共に抜ける。「ではお先に」「アムロさんも」ジュドー・アーシタ中尉とカミーユ・ビタン大尉がそのまま別のゲートから出発する。彼らは家族に、或いは恋人と共に、休暇を過ごすべく、この首都ニューヤーク市から中米州随一の安全と景観とレジャー設備を誇る、観光立国で経済再建に成功したキューバ共和国へと向かうのだ。「ああ、また来年の新年会、だな。二人とも羽目を外すのは良いが犯罪だけはするなよ」「分かってます」「ちょ!? 信用無いなぁ・・・・」それぞれの言葉で、カミーユは先にゲートで紫の口紅と赤いマフラーと黒系統の服で身を固めたフォウ・ムラサメの下へ、ジュドーはセイラ・マスの下、エコール大学の制服を着たリィナ・アーシタの下へ向かっていく。一方のアムロは三人の中では一番最後に入港手続きと休暇申請手続きを済ませた。電子カードを管理官に見せ、大佐の階級章を付けた軍服を脱ぎ私服に着替えると、ニューヤーク市の中堅ホテルに向かった。そして、市街地に行くために荷物を置く。そして、ホテルのフロントに鍵を預けこう頼んだ。「それじゃあ、妻と娘に言伝を頼む。明日の10時にこのホテルのドイツレストランで会おう、と」スマート・フォンにも妻と娘に伝言を残すとかつて第13独立戦隊が結成式をしたバーに向かった。出世した為離れ離れになった旧友に再会する為に。極東州製のバッテリー式バスに揺られる事30分ほど。目的地に到着する。バーの中は暖房があり、外の雪化粧とは別世界だった。「久しぶりだな、ブライト」そう言いつつ、席に座る。「ああ、アムロも元気そうだ」先に飲んでいたブライト・ノア。「まだあの戦いから1年も経過して無いぞ?」「それでも、だ」「そうか?」「そうだ」そう言うのは18歳から着ていた地球連邦軍の軍服を脱ぎ去って、背広を着た、髭を生やしている貫録を持った男性。彼の名前は、ケンブリッジの英雄達と言われている『ブライト・ノア』、退役中将。「あの作戦が俺にとって最後の戦闘だった。良くも悪くも、な。だから今日は会えてよかったよ」先のアクシズ攻略作戦の後、ウィリアム・ケンブリッジはある人事を温めており、これを実行していった。それはある意味で軍閥化の第一歩だったのかも知れない。実際そう危惧する声はパラヤ議員やビスト議員らから続出しており、連邦議会でも論議されている。だが、あの穏健派という印象が強いウィリアム・ケンブリッジはそれを強行する。自分の周囲を嘗ての戦友や息子の会社関係者などで固めていく。理由は分からない。若しくは地球連邦軍の為を思って行動したのかも知れない。そう、既に自分の想像の埒外にまで肥大化した地球連邦軍やティターンズへの彼の持つ独特の警戒感の表れと手綱を握りたいという思いの結果だったのかも知れない。『ティターンズ独裁政治は避けなければならない』『これ以上の権限拡大は第二、第三のエゥーゴを生む可能性がある』『ティターンズと地球連邦軍が内戦状態に陥る事も憂慮しないと』『だが、急激な縮小は政府内部の反発やティターンズと連邦軍の分裂を引き起こしかねない』『対応を誤れば、ティターンズ派閥のクーデターの引き金になるぞ?』『上層部は良い。60%のティターンズも、だ。問題は悪い意味での差別感を持つ者達や劣等感を持つ者の取り扱いだ』『エリートの中のエリートであるのは間違いない。それは認める。だが、そうであるが故に驕り高ぶる、か?』『その通り。嘗ての我々連邦政府がそうであったように』『嘗て? 今もでは無いかな?』『それを言うな・・・・・・首相が違えば政府の方針や意識改革も出来ると信じさせろ。それが例え虚構だとしても』『砂上の楼閣でも楼閣は楼閣だよ』『なるほどね』これは第一回目の閣議で議論された事で、地球連邦はジオン公国との外交や準加盟国問題以上にこの対応に追われた。結果、彼、ブライト・ノアは地球連邦軍中将で退役。現在の役職はウィリアム・ケンブリッジ首相の要請を受けて『ティターンズ長官』となる。ティターンズを安定化させる為の政府閣僚人事と公式発表されている。「だが驚いたぞ。まさかブライトが一躍政府閣僚とは・・・・・ミライさんは知っていたのか?」確かに。ブライトは一口摘みを口に入れる。そして言葉を続ける。「知っていた。ただ知らされたのは『あ号作戦』発令直前だ。それに・・・・・今だから言うがウィリアムさんから内密に打診はされていたんだ」この一言に驚く。では、あの人はこうなる事を、首相就任を予期していた?「それは分からん。ただ、軍人以上の地位について軍部と政府の懸け橋になって欲しい。今の連邦軍には敵がいない、それは大変危険だ、と」『分かるだろ?』という視線に無言で頷くアムロ。「今年の5月にウィリアムさんは俺に言った。今の地球連邦は王朝だね、と。民主共和制を掲げる超大国であるが、実質は巨大な軍事力を持つ帝国だ。そして対外的脅威が無くなった国家の軍は肥大化するか縮小するか二択しかない。そして後者を選択しなければ国家財政を圧迫し国家を食いつぶす寄生虫となる。しかも性質の悪い事に、ガン細胞と一緒で宿主を苦しませ死に至らしめる、とも。だから統制をしなければならない、と」そう言って二人は黙る。先に口を開いたのはアムロだった。「MS一機の値段が暴騰していく以上、それを戦争や紛争、テロ行為使い道のない兵器として運用するよりも民間の宇宙開発や惑星開拓、地球再建に費やすべき、か。どこまで出来るかな?」疑問。疑念。古来軍縮に失敗した国家も多い。有名なのはソビエト連邦だ。彼らはアメリカ合衆国と軍拡を行い、国家を自壊させた。ナチス・ドイツや大日本帝国も当時の視線では分からなくても後世の分析では国策を誤って軍拡を行い、最終的には戦争、敗戦という流れに至る。「ああ、だから俺だとあの人は言っていた。民衆受けのする英雄で、将来性もあり経験も豊富、臨機応変で、何より、運がいい男が欲しい、だそうだ」思わず笑う二人。「あの人らしいな、ブライト」「ああ、ウィリアムさんらしい」そして彼はカイ・シデンの分析が乗っている『シデン・レポート』の今週号をアムロに見せる。『ブライト・ノア第三代ティターンズ長官就任ついて。先ず結論から言うと、良策である。地球連邦の一員として、或いは穏健派の実戦経験将校としては人望もあり実績もある為、損失かも知れない。加えて、まだ40にもなって無い官僚未経験者と言う意味では異例の大抜擢である。これに反発が無かったわけではないだろう。ないが、それでも軍内部に限れば最高峰のエリート部隊『ロンド・ベル』のポストが一つずつ空くのでそれほどでは無い。軍内部のバランスを考えれば高級将校のポストが一つ皆上がる以上問題は大きいと言えず、さらに今後は平時である事から、軍事経験者が政府と軍との橋渡しをする事は軍縮にも繋がり問題はないであろう』と。「ウィリアムさん・・・・・二代目ティターンズ長官程の激務じゃないさ。権限縮小と軍への復帰や退役、指揮系統の整理と主だったものでこれだ。あの当時は大変な激務だったんだろう? 何せティターズ内部規律の浸透、戦後復興に地球緑化、対ジオン交渉まで押し付けられたそうだし」注文していた新しい黒ビールとウィンナー、生ハム、塩キャベツが二人分出される。ビールジョッキをぶつけた乾杯の音が騒がしい店内の地下室に木霊する。「ああ、後ろに控えているSPや一緒に飲んでるふりをしている護衛の同僚らもそうだ。これが平時であるというのが恐れ入るよ。あの一年戦争終戦直後からの水天の涙紛争までの戦後復興期間はもっと大変だったというのが・・・・・首相の体験談だそうだ。家に帰る暇も寝る暇もないからな。それで・・・・・お、美味いなこのビール・・・・・アイルランド産の有名品か」ビールを呷るブライト。苦笑いしながら飲むアムロ。しばしの歓談。「ビールを苦く感じるのは歳を取った証拠だろ。俺は嫌かな。まあ俺もブライトももう子供がいるから仕方ないか。」ビールを呷ると今度はカクテルのメニュー票を見る。そこにいるのは地球連邦軍のエースパイロットして敵から恐れられ味方からが頼られた『白い悪魔』という公人では無く、アムロ・レイと言う一人の私人がいただけだった。「初めてセイラさんと一緒に飲んだビールは不味くてなぁ。その時はカシスオレンジやキールなど甘めのカクテルばかり頼んでいた。子供と言えば・・・・・そう言えばハサウェイの進路は決まったのか? そろそろ大学卒業じゃないのか?」その言葉にブライトは半分以上残っていたビールを一気に飲みきった。生ハムを一つ摘み、それも食べる。「・・・・・全くだ。まだ決めさせてない。保留にしてある・・・・・というかこの間殴り合いになった。まあ、ミライが慌てて止めに入ったが」「何故? ブライトらしくない」ブライト・ノアは子供に甘い。カミーユ・ビダンやジュドー・アーシタ、フォウ。ムラサメなどの地球連邦軍版のニュータイプ部隊編成に対しても最後まで実戦参加を拒んでいた。特にアスナが自分の指揮下の戦場で同僚と殺し合い、助けた筈の友人に撃たれて死んだと知った時、ブライトは酷く落ち込んでいた。『自分の職を辞してでも、統合幕僚本部本部長のタチバナ大将を殴りつけてでも撤回させるべきだった!!』そう司令官室でアムロに愚痴った。無言で飲むブライト。「ミライさんが反対しているのか?」それに首を振り、また酒に口をつける。「・・・・・・あのバカ、軍人になりたいとか言っている」と。「?」アムロが怪訝な顔をする。一連の戦争、紛争で新兵器であるMSが宇宙、地上、空、海中、海上で活躍した。そして巨大人型兵器MSはその戦闘術から古代や中世の騎士・武士・聖戦士などの様な存在として語られている。だからMSパイロットに憧れ、軍が意図的に宣伝した自分達の様なエースパイロットに憧れて軍を目指す若者は決して少なくは無いし、寧ろ年頃の子供なら当然の希望の様な気がするが。エースパイロット使用のMSやガンダムなどは格好の人気商品である。もちろん、軍へ志願する子供を持つ親の心はそれとこれとは全くの別であろうけど。「それで?」ブライトに先を促す。空になったビールの代わりに世界的なビールを頼みながら。「親の職業を子供が引き継ぐ必要はない。今は宇宙世紀だ。雁字搦めに縛られた旧世紀じゃないんだと最初は諭した。しかしな、聞いてくれアムロ。あいつは、ハサウェイは女の為に、クェス・パラヤとかいう女の子の為に軍に入りたいらしい。その瞬間に手が出ていた。ふざけるなと怒鳴りつけた。軍とはそんなに甘いモノじゃない、お前まで軍にはいったら母さんとチェーミンはどうなるんだ! そんな甘い気持ちで死んだらどうする!! とな」ウィンナーを食べる。マスタードとケチャップをたっぷりつけて。問答無用でそれを口に入れる。「ハサウェイがそんな事を・・・・・だがブライト。男の子はそれくらいの方がいい」何と声をかけて良いか分からなかったアムロは取り敢えず苦笑いする。それを見て背広姿の、紺色のスーツと黒い水玉模様のネクタイをしたブライトは言う。「茶化さないでくれ」と。「茶化してないさ・・・・・・それで・・・・・・」話を変えるべく、いや、まだ一介の大佐に過ぎないアムロ・レイと政府閣僚のブライト・ノアでは接する情報量は遥かに異なる為、アムロは警戒する様に、しかし聞きたい事を聞くべくブライトに問う。「それで?・・・・・ああ、あの話だな。地に落ちた彗星の末路を聞きたいのか?だが言える事と言えない事があるのはアムロも分かってくれよ。これでもティターンズ長官なんだ」当たり前だ。ならいい。そして二人の男はバーカウンターの一番奥の席で語る。クラシックジャズが流れる店の一角で。勿論この店は政府トップ、実はウィリアム・ケンブリッジ行き付けでありお忍びで来る事もある為、ティターンズと地球連邦中央警察(宇宙世紀100年にティターンズの上級省庁となる)、地球連邦情報省が『定期メンテナンス』をしている。だからブライトはここを選んだのだ。尤も、それ以上に懐かしいという気持ちもあるが。「シャアの、赤い彗星の処罰はどうなる?」念の為にアムロは小声かつ防諜用機器を作動させ、ブライトのみに聞こえるように聞き、ブライトもそれに答える。「オフレコだ。カイにも言うなよ」念を押す。「勿論だ。セイラにも言わない」当然だと言わんばかりに答えるアムロ。「ならいいんだが・・・・・」そしてブライトの語りは始まった。『赤い彗星』そう呼ばれる男がこの世界にはいる。ルウム戦役にてゲルググを駆り、ジオン公国屈指のエースパイロットになり終戦まで生き残った男。『水天の涙紛争』時のエゥーゴ派閥の同盟者兼アクシズ地球派遣先遣軍並びジオン反乱軍の最高指揮官。加えてである、0096のサイド1奇襲攻撃から始まった事変、『反逆者の宴』としてマスコミに大々的に取り上げられたネオ・ジオン動乱の首謀者。本名はジオン・ズム・ダイクンの長男キャスバル・レム・ダイクン。アムロ・レイの妻セイラ・マスことアルティシア・ソム・ダイクンの兄。(セイラの夫・・・・つまり、アムロの義理の兄になる訳だからな。娘の叔父の未来だ・・・・気になって当然だ)現在は地球連邦の威信にかけて地球連邦軍総司令部のキャルフォルニア基地第15区地下8階の特別収容所に拘束されている。これはハマーン・カーン摂政らも同様だった。特にネオ・ジオン幹部の大半がテロリスト集団として断罪する事を決定している以上、下手な場所で奪還なり殺害なりされては困ると言うのが政府の姿勢である。殉教者を作れば始末に負えなくなる。それは過去からの訓示。「・・・・・・・・裁判次第だ」ブライトはそう言って一度声のトーンを落とした。さらに続ける。「恐らくは死刑だろう。それ位の事はやった」さもあらん。ネオ・ジオン軍、いや、シャア・アズナブルの行動は確かにそれに値する。民間コロニーへの攻撃、条約(リーアの和約)によって定められた非戦闘宙域での交戦、ジオン公国本国への無差別艦砲射撃、ガンダム試作二号機搭載の戦略核弾頭、戦術核弾頭強奪、地球連邦首都への巡航ミサイル攻撃、地球連邦議会への武力攻撃、ジオン資産、連邦資産の不法占拠。いくつかはタウ・リンの立案や関与、実行が疑われているが、それでもさまざまな記録、証人、証拠から赤い彗星の有罪は確定している「・・・・・弁護人は?」アムロは聞く。地球連邦の世論が無罪を認める事は無いがそれでも裁判は行われる。これは地球連邦の根幹に関わる事態だから尚更だ。地球連邦中央政府と官僚・軍人・警察・裁判官・政治家(俗な言い方をすれば公務員たち、か)、これらが守るべき地球連邦憲法には『裁判官を罷免する地球連邦中央議会所属の議員による弾劾裁判』以外の特別法廷は存在しない。軍法会議とて、特別な手続きが必要と言う但し書きがあるが、平時になれば最高裁判所に上告する権利が検察、軍、被告に与えられている。だが今回の様な大事件は、かの宇宙世紀元年のラプラス事件に匹敵する事態であり、ジャーナリズムが言う『地球連邦の人権弾圧』と陰で言われているインダストリアル7核攻撃の件が若干漏洩した事もあって難航している。まあ、マィッツアー・ロナを中心としたケンブリッジ・ファミリー派閥の最過激派がウィリアム・ケンブリッジ首相の擁護と情報隠蔽に回っているのだからあまり意味は無いかも知れないが。そしてブライトは思う。(現政権の最重要人物らと議会の最有力者が隠蔽工作か。如何に民間人に犠牲が無かったとはいえ・・・・・やりきれん。それにだ、このマイッツァー・ロナ経済首席補佐を含んだ、シロッコ第13艦隊司令官、フェアント惑星開拓首席補佐官ら三人はその実力と行動力から、三人揃えば事実上のゴップ氏の後継者とも言われている。まあ、あの三人が歩調を合わせているのが地球連邦の奇跡だろうけどな)ただ一つ言える事。それはここで強行裁判と有罪確定、刑執行を決行しても良いが、そうすれば今後の連邦の法秩序、司法制度、人権擁護、地球連邦憲法の存在意義と言う事に大きな亀裂が入るだろうという事実。地球連邦は人権を守り、民主共和制を尊重し、人類社会を守護するからこそ存続する意義があるのだと信じている人々にとって一歩間違えれば全体主義化する可能性はつぶしたい。そんな思いを持つ活動家らの運動やロビー活動が地球連邦の新政権にとってブレーキとなっているのは間違いない。「と、こんな事を俺たち政府はおそれているのさ。全く、あの人らしい」ブライトはそう語る。事実、アムロ・レイの妻、セイラ・マスからも同じような話を聞かされた。彼女もまた前記の三名同様重要な役職、地球連邦の地球連邦首相首席法務補佐官であるのだから。「ウィリアム・ケンブリッジ首相・・・・・か。地球連邦を背負いたくないと言い続けたのに背負わされている。何の因果かな? 神に愛されていたのか、それとも悪魔に取り付かれているのか。或いは別の何かだろうか?」アムロは思う。嘗て自分を救った人物の存在を。そして、それでも尚、苦悩し続けるかないこの国最高峰の国家権力の指導者を。何度も殺されかけながら生き延びた人間。人は彼を英雄という。だが果たしてそれは彼にとって幸福な生き方なのだろうかとも思う。「・・・・・・・・・・・ジオン・ズム・ダイクンか」ふと空気が揺れる。それはかすかな振動。「何?」アムロはブライトの呟きを聞いた。そしてブライトは独り言の様に答える。スーツの日本産高級時計は既に日付変更を伝えてきた。「いや、ウィリアム・ケンブリッジは地球連邦にとってのジオン・ズム・ダイクンとなるのだろうか・・・・・そう思った」しばしの沈黙。時計の音がなる。「というと?」アムロはブライトの横顔を見た。彼は真剣にそう思う様だ。ジオン・ズム・ダイクンとウィリアム・ケンブリッジを重ねている。「ウィリアム・ケンブリッジの、新首相の掲げる主張、つまりシヴィラジェーション計画はジオン・ズム・ダイクンが初期に掲げたコロニー独立構想と同じなんじゃないかと俺は思うようになってきた。特に惑星開拓、つまり火星の地球化なんて本当に出来るのか?」それは熱狂から覚めた人間の疑問。或いは一般人と呼ばれる人の、もしくは常識と言う名前の鎖。「SFの世界・・・・映画の様な話だと言いたいのか?」頷く事で話を続けても良いかと尋ねるブライト。相槌を打つアムロ。「ティターンズを背負ってみると嫌でもそう思う時がある。だからかな、あの人に期待したい、彼ならば不可能を可能にすると思ってしまうのは。そしてジオンの国父もまたサイド3民のそれを感じ取り、彼はそれに耐えきれなかったのではないか?結果論でもない、単なる妄想だが・・・・自分に期待を寄せる民衆を特別視する事で、自分もまた特別な人間であり、期待されるのも当然だと思うようになった。全て悪いのは特別では無い存在だ、とそう思う事で心の均衡を図る事にした。しようとした。スペースノイド独立運動はニュータイプ独立論へと変貌していった。なっていった、だがその結果はザビ家ら現実主義者との間に亀裂を生じさせる。そして誰にも理解されないジオン・ズム・ダイクン。彼はこうして所謂夢想家に、ニュータイプと言う自らの背負わされた幻影に囚われた囚人にしてしまった」少し長い。そう感じるアムロ。「・・・・・・・そして、どうなったとブライトは思う?」続きを聞く。義理の父、その生涯の新しい説を。「そしてジオンは死んだ。ニュータイプと言う言葉を一つの経典にして。シャアは、彼の息子はそれにも囚われた。自分を愛してはいたが、自分が愛されていると感じれば感じる程、それを奪った存在が憎かったんじゃないだろうか。もしかしたらシャア・アズナブルという仮面自体が、ザビ家と同様ニュータイプという家族を奪った存在への憎悪だったのかも知れない」ブライトの独白は一旦終わる。長い溜息が二人からでる。「そう考えると・・・・やりきれないな」アムロも呟く。ブライトはそれを聞いてなお続けた。「人並みに幸せだと思える家庭を、妻と娘と息子持てた俺に一言だけ言える事がある。それはジオン・ズム・ダイクンの家系は不幸だった、と言う事だ」空になったグラスを見る。そこには自分とアムロ顔が歪みつつも確かに映っている。「不幸、か・・・・・一個人としての、夫として、父親としての共感か。俺もそう言われればそう思うだろうな」アムロも酒を飲み干すとマスターに、水天の涙紛争で死んだあの時のマスターの孫に追加注文を出す。頷く。あれから10年近い月日が経っていた。だからこそ言える。「自分は心労で死に、息子は世紀の大量殺人者としてアドルフ・ヒトラーと同列に扱われ永遠に世界の敵となった。歴史は彼を断罪し続ける。少なくとも地球連邦が存続する限り。娘も公的には戦争に巻き込まれ行方不明。母親は嘗ての盟友に軟禁され・・・・恐らく子供に会う事を望み、果たせぬまま逝った。傍目から見てだが・・・・・ジオン・ズム・ダイクンという男の人生は決して幸運な人生では無いだろう」アムロは気になった事を恐る恐る問う事にする。「ならば・・・・・ブライトは・・・・・いや、ケンブリッジさんも・・・・・・そうなると?」カラン。注文したウィスキーのハイボールが氷と共にだされた。二人分受け取ってアムロはブライトに手渡す。「・・・・・・・・さあな。・・・・・・・・・それこそ神のみぞ知る、だろう」その時、時計の針が鳴り、彼らに夜の帳がまた一刻過ぎた事を伝える。宇宙世紀0097夏、地球連邦政府中央検察局は正式にシャア・アズナブルら『反逆者の宴』に参加した上級将校の生き残り374名に対して逮捕令状を発行。これを受けてウィリアム・ケンブリッジ政権下の地球連邦政府はティターンズ内部の法務局と地球連邦軍から彼らの管轄を裁判所に移行させた。以後数年にわたる裁判の後、次の政権時に発生するある事件を持って彼らの半分を絞首刑に処した、と歴史は記している。外伝第一話 完新年あけましておめでとうございます!外伝、ブライトとアムロの戦後です。逆襲のシャアでアクシズ落下以降二度と会う事の無かった二人。でも生きていたら(作者はSRWは一作もしてませんので)こんな会話もあったのではないかなぁと想像して書いた話です。因みにハサウェイのくだりは原作と声優ネタです。分かる方は分かると思います(笑)次は何を書きましょうか?レンチェフ、ソフィ、リム、マナ、ジンが関わった高速道路のテロ事件+ジオン反乱軍の裏側。こっちはアクション映画風ジオン公国とザビ家、特にミネバを貰いに行くバナージという短編。恋愛とラブコメメイとユウキの交換日記形式で語る一年戦終戦から水天の涙紛争前後とウィリアムの憂鬱こと、ダブルヴァージンロード。シリアス形式。あと、蛇足ですが外伝冒頭は0153や0123、0133の人々も登場する予定です。