ある男のガンダム戦記 外伝 『 英雄と共に生きた群雄たちの肖像 』< 外伝第二話・汝の名は女なり。乙女達の歩んだ道 >宇宙世紀0153年、冬。地球連邦政府に反旗を翻したリガ・ミリティアは旧ジオン公国軍の軍需工廠をいくつか制圧。更に地球攻撃軍司令官であったマ・クベ中将らが地球侵攻作戦時に接取し、その後のどさくさに紛れて記録上は紛失した数多の多数の美術品や貴金属類をも偶然入手する。これら人間の持つ有形の欲望を持って高度な経済戦争を仕掛ける。自らがテロを起こす事で株価を操作する謎の傭兵集団サーカスと共謀し、大規模な市場介入を実行。結果として地球連邦政府の金融庁と財務省は為替変動に対応せねばならず、また、この様な事態を想定はしても経験はしてない世代。彼らに取って偽札やテロによる株価介入などは過去のモノである。一年戦争、水天の涙紛争、反逆者の宴と地球連邦市民らが呼ぶ戦いより既に半世紀以上。既にこれらを経験した中堅から高級の玄人経済官僚や経済界の人間は他界しており、対応が遅れた。故にここ首相官邸でもそれに呆れる男がいる。老人であり、青紫のスーツに欧州風スカーフとモノクロ式眼鏡(実際はGPS内臓の通信兼所在地発信を可能とする緊急避難器機)を外して執務室の机に置く。机の周囲には大型のテーブルが一つに、黒色の高級ソファーが三つ、複数の椅子が置いてあった。秘書のマリア・ピア・アーモニアが南インド州産の紅茶を注ぐ。何人かの入室し発言権を持つ官僚や軍からの出向者、議会からの代表は誰もかれもが渋い顔をしている。「全く・・・・・ここまでされんと気が付かないとは呆れてものも言えん」マリア補佐官から手渡された『極秘』と銘打ってある紙媒体の書類には数百種類の株券が暴騰し、直後の自爆テロの所為で暴落した事を記載。その合間に合法的に株券を売り、大儲けしてこの事態を切り抜けたダミー会社が10社ほど存在している。調査の為に何社かは各地の警察と検察、金融庁が突入。が、内一社では自爆化学テロが、別の一社では銃撃戦が展開して向こう側も含めて100名を超す人間が死傷した。と書かれていた。眩暈がする。この平時にこの事態とは。「・・・・・・化学兵器まで用意していたか・・・・・旧世紀の毒ガス兵器の製造法なら電子ネットなり図書館なりで調べられる。まして今は宇宙世紀だ。宇宙世紀の技術を使えばC兵器の極少数の製造と所有、そして秘密の保持は完璧だろう。宇宙空間には戦争期のゴタゴタで書類上は廃棄されて、それでも構造上は問題ないものが多いのだから」独り言の様に愚痴る老人。名前はフォンセ・カガチ。地球連邦閣僚を10年、サイド2ザンスカール州の州知事職を8年、木星連盟からの地球圏機関組の両親から生まれた3男である。適温の紅茶を口に含む。周囲の官僚らは何事かを相談しているが、それだけである。「?」そうしている内に義理の娘であるマリア・ピア・アーモニアのスマート・フォンが鳴る。着信メロディは旧世紀のイギリス出身のバンドの名曲。「はい? ええ、そうです・・・・ええ、その件につきましては・・・・・後日では? 今でしょうか?」視線の幾つかが彼女に向けられる中、カガチは考える。毎回、上層部(宇宙艦隊司令部か統合幕僚本部作戦部、軍政部の三つのどれか)が代わる度に慣例の様に地球連邦軍から提案されてくる軍備の近代化案を。(独立外郭機動艦隊ロンド・ベルを含めた10個艦隊の内、報告書にあるリガ・ミリティアやサーカス、木星帝国製の小型MS・・・・・これらと互角に戦える機体は存在しない。唯一有力候補に挙がるのがジオン公国のジオニック社と共同開発した、ティターンズ部隊のトムリアットとその後にティターンズ艦隊である第13艦隊配備予定のジャベリン位か)一旦お茶を飲みきると何やらPCを睨んでいたタシロ・ヴァゴ大将に視線を向ける。「宇宙艦隊司令長官に聞きたい」「? 何でしょうか、カガチ首相閣下?」流石に傲岸不遜で軍内部でも有名なタシロも首相官邸首相執務室で地球連邦首相直々の問いには姿勢を正す様だ。「リガ・ミリティアらが投入する機体に対抗できるMSはあるかね?」答えは直ぐに来た。尤も内容は落胆の一言。というか想定内。「いえ、条件付きでありません」と。「条件付きで、か?」カガチの問いにタシロは直ぐに連邦宇宙艦隊の編成を脳裏に描き、こう答える。「現時点で一対一の戦闘を行うならば我々は勝てませんでしょう。第1艦隊から第8艦隊の宇宙艦隊正規軍の9個正規艦隊の内、8個艦隊のMSは未だにRGM―89のジェガンタイプ。あの96年の戦いから半世紀。現代戦闘に対応するべくOSや固定武装を追加装備しているだけのマイナーチェンジです。現在の中で最良部隊である10番目の艦隊、第13艦隊。第13艦隊のヘビーガンは開発が130年開始とずれ込んだのでまだマシですが・・・・数が足りません。一応、名目上は即応態勢にあるロンド・ベル艦隊へ140年代から実戦配備されているジャベリンなら何とかなるかもれませんが、ロンド・ベルは戦隊毎に活動しており戦力の移動に時間がかかるかと。尤も総力戦になれば圧勝できるのは確実ですのでご安心を。彼らに半世紀前のネオ・ジオンやエゥーゴ程の戦力を集める事は不可能です。ましてジオン公国が起こしたような独立戦争を起こすなど夢のまた夢ですから、ねぇ」確かに、宇宙世紀150年代の最精鋭部隊であり人類史上初にして現状は唯一の惑星間艦隊であるロンド・ベルは15隻一個戦隊で第1から第6までで構成。伝統としてグリプスに母港を置く総数90隻と旧ティターンズ、現最精鋭の第13艦隊と同数だ。だが、その活動範囲は火星圏、木星圏までカヴァーしなければならず、実質は既にベクトラ級を中心とした第1戦隊以外は地球圏での即応体制にない。50年以上にわたる平和と太陽系と言う大規模なエリアの開拓と護衛が地球連邦軍の弛緩と戦力密度の低下を招いている。「そうか・・・・一応、ジオンの持つRFザクやRFゲルググシリーズらの輸入も検討しておこう。まあ十中八九、議会の国防軍需産業理事殿らのロビー団体がYESとは言わんだろうが」カガチはあの水色のスーツを着た天使の名前を持つ、金髪の若造を思い出す。ガチガチの主義者では無いのがまだいいが、若干20代で連邦議会の副議長候補になっており、選挙でも多くの自派閥議員を故郷のデトロイトから北米州の州議会や地球連邦議会に送り込んでいるやり手を。所謂、鼻が利く成金だ。父親がジン・ケンブリッジと交友関係にあった事を背景に、ロナ首相時代に発生したクロスボーン・バンガード事件で一躍経済界のトップに躍り出た。ロナ首相らの思惑通りに。「ならばだ、それで鹵獲したパーツからは何とかなるのか?」ジオニック、ツィマッド、地球連邦技術研究所、ジン・ケンブリッジらが創設に関わったサナリィ社、ブッホ・コンツェル社らはサーカスや木星帝国が完成させた小型MSに対して大きな興味と関心を持った。その結果、連邦軍の仮想敵国ジオン公国と共同でリガ・ミリティアらの支持者に技術を送り込んだ、らしい。『らしい』と言うのは、流石にこれが明らかな売国行為であり、連邦でもジオンでも下手をしなくても刑務所行きである。故に極秘裏に人員を送り、極秘裏にLM111E02と呼ばれた機体のデータと試作中だったパーツを約2機分鹵獲。その後の熾烈な企業間戦争は省くが、これが契機となって連邦軍は凡そ10年ぶりの新型量産MS開発に乗り出そうとしていた。尤も、『シヴィラゼェーション計画』を推進する財務省、内務省、国務省、宇宙開拓省の影響でジェガンの様に50年半世紀、とは言わないが、それでも30年ほどは現役である機体を求められている。(全く、あの一年戦争前後の大軍拡と大軍が嘘の様だな)150年代の地球連邦、いいや、全人類にとって軍備拡大などムダの一言。下手に軍拡に手を出してみたり、軍部の圧力に負けて見ろ、何の為の『ティターンズ』か、何の為の『ロンド・ベル』か、そうマスコミに叩かれ、政治家は次の選挙で落選し、官僚やビジネスマンはライバルに追い抜かれ窓際に送られるのは目に見えている。よって、連邦は次期MSにもジェガンタイプの様な高度な拡張性を求めてくるのも当然の成り行き。「・・・・・首相」そう思っているとマリアが耳打ちした。「そうか・・・・・・・タシロ長官、それにファラ大佐とSPらは残ってくれ。他のモノは終業だ。皆ご苦労だった。本日はこれで解散とする。また明日会おう」それはカテジナ・ルースをマリアの弟らが連れて来た事の報告であり、何故統一ヨーロッパ州の名家のお嬢様がリガ・ミリティアと行動を共にしていたかが明かされる時でもある。「ああ、例の反乱軍が使う白いガンダム。アムロ・レイ提督らを救世主扱いする反政府軍とは・・・・いささか笑えない出来すぎているジョークですな。そんな中囚われの麗しきお姫様の救出劇。さてさて、件の当事者らは一体全体どんな言い訳を用意してくるのでしょうな・・・・・そのお嬢様は?」タシロが制帽を遊びながら笑う。扉が開かれた。「ファラ・グリフォン、クロノクル・アシャー、アルベオ・ピピニーデンならびカテジナ・ルース嬢、入室します」宇宙世紀80年代のある日。案内された部屋は豪華なパーティー会場。ここはズム・シティのトト家の公邸。『よくぞいらした、ケンブリッジ殿』迎える人々。ジオンの軍服、ジオンの国旗、ジオンのエンブレムの渦。場違いな私服姿の二人。ジン・ケンブリッジとユウキ・ナカサト。戸惑う二人に、カーウィン家らの人々が祝福を述べる。そして。『今日は娘のメイとジン殿の婚約を正式に発表する。これはギレン陛下もサスロ総帥も認めてくださった。どうか、我らジオンの民の友好の証としてわが最愛の娘を娶ってくだされんか?』『!』『!?』何を言っているのか分からない。何をしているのか分からない。こいつら正気か?そう思った二人の前に、白い純白のドレスを着た能面の様なメイ・カーウィンが居た。『』何かをメイがユウキに言った時、ユウキの顔が憎しみと苦痛と悔恨に歪んで、そして。彼女は足早に会場を立ち去った。近くに置いてあった赤ワインのグラスをメイのドレスにぶちまけて。メイもまた、それを無表情で受け止めると、婚約者となったジンへ型通りの挨拶を述べると、ジンの前から逃げるように、否、逃げ出す。こうして、最悪の顔合わせが終わる。『私は・・・・・メイを・・・・・・』『私は・・・・・ユウキを・・・・・』あの日から数年。その時の夢を見てユウキは起きた。まだグリニッジ標準時の午前5時前後であった。空調は25度。隣で寝ている二人の男女を起こさない様にそっとキングサイズのベッドから体を抜ける。ふわふわと表現できる絨毯に素足を載せて、昨夜の、いつもどおりの獣同士の交尾の様な情事の為に脱ぎ散らかされた自分の下着を選別する。「・・・・この青い下着はメイか・・・・初めて会った時はスポーツだったのに」笑いながら白いYシャツのボタンを留めて、そのまま婚約者と親友を背にシャワー室に入る。そしてシャワーを浴びる。ここは地球連邦首都である『ニューヤーク市』の新市街地・官庁街『ヘキサゴン・エリア』の上級官庁専用の家族宿舎。隣には義理の父親、母親と義妹らがいる。「あ、そうかぁ・・・・あれからもうそんなに経つのね」シャワーで湯を張りながら、彼女は備え付きの防水スマートタブレットから放送されているニュースを見る。そのニュースの内容は『水天の涙紛争』と呼ばれた一部過激派の軍事行動とそれを許したあの『ジオン独立、或いは一年戦争』と呼ばれた大戦の記録だった。戦時の頃に比べて短くした黒い髪をシャワーで濡らしながらも、彼女は思った。あの日、私の家族と私の運命は全て変わったのだ、と。「ジオン独立戦争・・・・・全ての始まり」宇宙世紀60年代から続いたサイド3と地球連邦政府との対立はやがて一つの結末を見ようとしていた。『外交の最終形態』そう、開戦だ。デギン・ザビが己の命まで賭けて賭けに出た地球連邦政府キングダム政権とジオン公国側との交渉は3週間を経過して完全に暗礁に乗り上げてしまう。両陣営は軍備増強にひた走り、地球連邦軍は10個正規艦隊500隻と予備兵力250隻、後方戦力250隻、総数1000隻以上の大軍を揃えて、総数でも300隻前後しかないジオン公国軍を圧倒、圧迫した。この外圧と武威を持って地球連邦政府はジオン公国のほぼ無条件な降伏を狙っていた。そう、外交官の一人は非公式協議の場で露骨ではあるが戦前の見通しでは正しい判断をしてこう言った。『無条件降伏しろとは言わない、が、ここは手を挙げて武器を捨てろ』と。だが。「宇宙世紀0079、私も見た。1月上旬にギレン・ザビが倒れた事を」サイド3に留学中だったユウキ・ナカサト。彼女はその日の事を文章で簡潔に書き表している。それは多くのサイド3在住の穏健的な人々の総意と言い換えても良かったのだろう。『1月11日、政府の公式発表が来た。独立派のギレン・ザビ総帥が倒れた。よかった、これで戦争は無くなった。私たちは故郷に戻れる』と。だが、現実は無常である。ザビ家内部とジオン政権内の決定によってギレン・ザビの後継者とされたサスロ・ザビ。彼はギレン・ザビが倒れた日からちょうど1週間後に『ジオン公国国家総動員令』を発令。続けて、ジオン軍部はこれに従うとしてサイド3の住民・市民権保持者を対象とした徴兵を開始。この中で特異ながらも対象になったのは当初『独立義勇軍』と呼ばれる事になる、サイド3以外のスペースノイドやルナリアン、アースノイドの親ジオン公国派の面々で編成される部隊である。特に軍事の全権を担ったドズル・ザビは軍官僚としては最高峰の実力を持つマ・クベ中将に命令して彼ら彼女らをジオン軍に編入していく。ドズル・ザビは庶民的ではあり、軍人としても良識を兼ね備えているが、それ以上にサイド3ジオン公国への愛国心や家族愛が強い。よって、特に反対はしなかった。後世に知られるようにむしろ積極的に動員を行っている。「全てはジオン独立の為に!」彼がジオン軍幹部の前で咆哮した事が彼の姿勢を明確にした。後押しを受けた軍。宇宙世紀史上初めて発令された、宇宙市民の『国家総動員令』。それは各地からの留学生もまた例外では無い。無論何事にも段階がある、よって、初期の段階では強制的な軍隊への入隊は無かった(志願入隊は別で24時間絶える事無くジオン軍は募集していたが)、仕送りや通信も止められなかった。が、1月もしないうちに情勢は流動する。『ジオン独立、スペースノイド自治権確立という目標に向け、全ての宇宙市民は団結すべきである!!』ジオン公国内部でも武力闘争による独立派、過激派の意見が議会の過半数に達すると彼女も(未来においてスレンダーな体を湯船に浸かっているユウキ・ナカサト)、ジオン軍の後方要員専用軍事講座と基礎訓練課程を強制的に受講させられていく。それはジオン公国政府が明らかに戦争の為に彼女を道具として使う事を示唆していたのを聡明な彼女は当然のように理解した。彼女は涙を堪えながら、日記に書く。『私は戦争になんて行きたくない。第一、父が地球連邦軍の軍属なのよ?仮に戦争になったら・・・・私はお父さんと殺し会うの? そんなの嫌だよ。友達に銃を向けるの?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・誰か助けて。お願い。サイド2に帰して!』宇宙世紀0079.06.30の日記にはそう記されていた。だが、この時点で既に地球連邦もジオン公国も戦争を決意しており、彼女の願いは翌月のギレン・ザビ復帰演説で脆くも崩れ去る。『ジオン公国、地球連邦へ宣戦布告』『地球連邦軍、ジオン軍、双方交戦』『戦争勃発』『ジオン全土より他サイド、月、地球、木星圏への渡航制限を渡航禁止へ』『全連邦軍に戦時体制へ移行』『ジオン軍、緒戦に大勝』宇宙世紀0079.08.04、地球連邦軍のコロニー駐留艦隊が壊滅し、各サイドが無防備になるとジオン国内の世論は一変。辛うじて残っていたジオン公国のアースノイド派や穏健派は鳴りを潜め、更なる戦果を求める軍部・政権とそれに便乗した過激派がマスコミを利用して世論を煽る。ジオン公国が仮面を脱ぎして、剣を抜刀したのだ。最早、行くところまで行くのみ、ど。『8月6日、召集令状が来た。10日の午前11時30分にガーディアン・バンチに支給されたボストン・バッグ一つ分の私物と共に来る事。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・拒否は認めない。嫌だ。私は・・・・・・死にたくない・・・・・戦争になんて・・・・・・行きたくない・・・・・お父さん・・・・・お母さん』なぜこれほどジオンは急いだのか?それはジオン宇宙艦隊が地球連邦軍との交戦で想定通りの損失を出しており、この穴埋めに予備役や外国人義勇兵部隊と位置付ける他のコロニーサイド出身者らを動員する事としたからだ。『サスロ兄貴、損害が想定の中でも嫌な値だ。これでは決戦に支障が出る』『分かっている。ギレン兄から許可は得た。総力戦だ。申し訳ないが留学生や出稼ぎ労働者、コロニー公社の者も戦争に使おう』『!? サスロ兄さん、それはあまりにもむごいのでは?』『ガルマ、これが戦争だ。ドズルとサスロの言う事は正しい。戦争とは勝たなければ意味が無い。敗者と敗戦国の悲哀は歴史上の多くの国々が証明しているからな。ドズル、サスロが用意した義勇兵を渡す。ルウムにて勝利しろ。父上やダルシアに相談する必要はない。後で参謀本部と総帥府のセシリアらから資料を回させる』ザビ家の中でこの様なやり取りがあったのだが、無論当時のユウキは知らない。ただその適正と大学の専攻科目情報通信であったユウキ。彼女はあくまで新兵である事から、前線とはいえ艦隊旗艦勤務に回される。だが、それで確実に生き残るという保証は当然なく、8日と9日は不安を紛らわす為か、同じような境遇の女性兵士と共に男遊びをしていた、らしい。『今日は友達と遊びに行く。そう、大丈夫。大丈夫。大丈夫だから。大丈夫なんだから』ただ幸か不幸か、この時にユウキは妊娠こそしなかったものの、共に遊びに出歩いた8名の女性兵士は誰一人生きてサイド2、サイド5に戻る事は無かった。尤もな話、つまりは当然の如く、ジオン公国上層部はそんな一個人の感情などは知らず、ギレンらが定めた目標、決戦の地であるサイド5宙域、通称『ルウム』へと全軍を進軍させる。方や、『一週間戦争』から敗戦続きの地球連邦軍も、北米州らとの内部不和から動かせなかった第1艦隊と第2艦隊以外の全ての宇宙軍戦力を掻き集めるようにしてジオンを迎撃せんとす。後に、宇宙世紀史上最大の艦隊決戦と名付けられた戦闘、『ルウム戦役』が勃発。結果はここで語るまい。『私は・・・・・・生きてる』大会戦後、ユウキはダグラス・ローデン大佐の指揮下のCICで汗だくになりながらノーマルスーツのヘルメットを取り、そう述べたと自分の日記に記帳した。時は戻り、現代。ユウキがシャワーを浴びているのを良い事に、夫になるべき男、いや、その体で絡み取れと親に言われた男の傍らでメイ・カーウィンは目を覚ましていた。正確には、親友のユウキがベッドから降りた時にはもう起きていたのだ。(・・・・・・・・私・・・・・・・・・なにやってるのかなぁ・・・・・・・好きじゃない男ではないけど、でも好きでもない男に抱かれて・・・・・・初めてあげて・・・・・・しかもユウキから奪って・・・・・・どれもこれも家の為って・・・・・・笑えない)メイ・カーウィンは天才だった。いや、現在進行形でも彼女の形容詞は『天才』である。こと、この点や功績は後にクイン・マンサやゼク・シリーズ開発に成功したギニアス・サハリンに匹敵するだろう。何せ彼女はOS方面とはいえ、いや、だからこそ、か?あのMS-06『ザク』シリーズの基礎ソフト開発を成功させたチームの一人、というより実質はリーダーなのだから。その女性、メイ・カーウィンは宇宙世紀0060年代、彼女はダイクン派の家系に生まれた。だが、幼い彼女にそんな事は分からない。そもそも、自分の夫となるべき人物の父親が関与していると言う例の『キシリア・ザビ暗殺事件』で彼女の両親たちの派閥、『ダイクン派』は息の根を半ば止められている。ギレン・ザビが生き残りの派閥を殺さなかったのは、所謂、9割殺して自棄になった1割がテロをする危険性を恐れただけだと、公安委員会の調査委員会でジオン公国のレオポルド首相は後世に言っている。実際には間近に迫った開戦と言う事態に、内紛などしている余裕が無いと言うサスロ、マ・クベ両名を中心とする政治的な側近らの進言と、使えるならダイクン派だろうがキシリア派だろうが前線に回せと言うドズルら軍部の要請があったからなのだろうが。「ねぇユウキ。ユウキは私を許してくれる?」言葉にしなければならない程押し潰されそうな重圧に耐える。だがもう限界だった。「私だったら・・・・・許せないよ・・・・好きな人を横から奪う女が友達だなんて・・・・絶対に」宇宙世紀0079の後半。ペズン計画の機種をアクト・ザクとガルバルディαの二つに絞り、それらの開発が完遂されると地球連邦軍に対してジオン公国は厄介者の暗殺を黙示的に依頼。依頼すると言っても実際に連絡を取る訳では無い。様は単純である。最前線且つ撤退困難地域、つまりは地球戦線に纏めて増援部隊として送り込んだのだ。その時に彼女はダグラス・ローデン准将指揮下の作戦司令部に配属された。これは明らかにアンリ・シュレッサーらダイクン派の最後の悪足掻きである。ただ残念な事はその悪足掻きこそ、メイの実家を完全にダイクン派からギレン派へと寝返る切っ掛けとなる事だろうか?『最早ダイクン派に未来無し。これからはギレン派閥に賭けるべきだ』などというカーウィン家や彼らの有力者での会合があったと思われる。ただ人身御供の一環として前線に送られた13歳のメイには分からなかった。ともかく、地球戦線に送られたメイはユウキら外人部隊と言われて危険視されていた各サイドの旧地球連邦軍兵士、旧地球連邦軍退役軍人らの部隊に合流。そのままレビル将軍指揮下と言い換えても良い地球連邦キングダム政権主導による第二次ヨーロッパ地域解放作戦、つまりは映画にもなる宇宙世紀で最大級の地球消耗戦、地獄の様な『アウステルリッツ作戦』に従軍する。「・・・・・良く生き残ったよね」何十機ものMSが破壊された。何十両もの戦車が破壊された。何十機もの車両が破壊された。何十機もの航空機が破壊された。何百万もの兵士が死んで逝った。何千万もの民間人が、故郷を追われて難民となり、歴史の濁流にのまれていった。私だってその一人だった。ふと、自分の日記を読み返す。まだユウキとは何もない、歳の離れただけの、ただの親友でいられると信じていた頃の淡い記憶。歴史の狭間に消えていく筈の日記。『宇宙世紀0080.08某日司令部が後退する。そうダグラス司令は決断した。だが、それが最悪な事態の一歩手前だと気が付いたのはケンだけだった。この時点では。決断から三日後、地球連邦軍の爆撃が激しさを増してきた。みんな死んでいく。死にそうな人が必死に置いていかないでいう。どうしたらいいの!?何も出来ない。何も。私は・・・・・無力だ。何がザクを作った天才よ!!帰りたい・・・・帰りたい・・・・・お家に返して!!・・・・・先に退避したニアーライト少佐の部隊と連絡が取れないらしい。いくらおかま口調の変な人とはいえ、ドム16機の部隊なのに。変だ。そう思って聞き耳を立てていたらガースキーとジェイクが来た。けど、その険悪な表情に恐怖して思わず身を隠す。なんだろう?『ガースキーさん、後方に木馬が展開したって本当ですか?』『分からん』『あのおかまめ、肝心な時に逃げやがって! ていうか、あの変態は死んだんじゃないですかい?』『さあな・・・・ジェイク・・・・あれでも味方なんだ。あまり大声でそんな事を言うな』『良いじゃないですか、あのザビ家の犬。死んで当然だ』『ジェイク・・・・・気持ちは分かるが抑えろ』『でも!』『ジェイク!! こんな時に怒らすな!!!それに俺たちの部隊もどんどん分断されていて正確な情報が無いんだ。下手な事を言うな。みんな不安になる。誰だって生きて故郷に帰りたいし好き好んで殺し合いなんてしたくないだろう。こんな凄惨な地獄を見せつけられた後じゃな』『それは・・・・そうですが』『特にユウキらには絶対に話をするなよ。絶対に聞かれるな』『え? 何故です?』『あいつらにとっては・・・・・正面の敵は故郷の部隊かもしないんだ』『冗談・・・・・じゃない?』『軍曹・・・・それは一体どういう事です?』『ええい、しつこいな。だから・・・・・今俺たちの目の前にいる敵の一部はムーア同胞団を名乗る占領下のサイドを中心とした連邦軍の部隊なんだよ・・・・お前だってこの意味が・・・・え?』『それって・・・・・まさか!!』『あ、お、おい、待て!! ユウキ!! どこに行くつもりだ!?』『司令部です!! ダグラス司令に聞いてくる!!!』1日経過して、私は宇宙に脱出する様にダグラス司令に進められた。既にジオン軍の防衛線はオデッサ近郊外縁部まで後退、その他の占領地域は放棄しており、幾つかの部隊はゲリラ化による差し違えの遅滞戦術や焦土戦術を採用している。ある程度の成果が上がったが、その結果は地球連邦支持派のゲリラが抵抗運動を活発化させた。二時間ほど前にも司令部の徴発したビルに車が突入して自爆テロをされた。殺される!本気でそう思った。死にたくない!私はホテルのロビーで失禁して蹲りながらただひたすら救助部隊が来るのを待った。周囲には肉片が散らばっていたが何故か気にならなかった。これらが反ジオン公国運動、反占領軍運動、パルチザンの活発化と大弾圧に繋がっているのだから手が付けられない。そうダグラスは言っていた。嫌だ。こんなの嫌だ。家に帰りたい。誰か助けてよ。宇宙世紀0080.09某日私たちは何とかオデッサまで後退した。ただ、一番の惨劇はユウキ達だろう。私の故郷はサイド3で家族もジオンの人間。でもユウキたちは違う。ユウキ達は学徒動員だし、この間もルウム解放戦線という地球連邦軍の部隊と交戦している。それに・・・・・』シャワーを止める。用意されているグラスにスポーツドリンクを入れた。そして持ってきた精神安定剤を飲む。メイが日記を読み返しているのと同じころ、ユウキも思い出した。それは思い出しくもない記憶であり、一生忘れられない記憶である。『殺してやる!』そう言ったのは同じ高校に通っていた友達だ。クラスと学年が一緒と言うだけで仲はそれ程よくは無かったが同じ生徒会で同じゼミに通っていたから顔をも名前も彼氏の事も知っていた。そして、その隣には確かに彼女の彼氏だったと思わしき男の、下半身が無かった連邦兵士の亡骸があった。思わず吐いたのを覚えている。そして彼女が私だと気が付いて言った呪詛の言葉も。『人殺し!!』ジオン軍の憲兵が彼女らを隔離していく。彼女はどうやら私の同じ様な立場の情報を扱う下士官だったらしく、憲兵隊が連行するのは情報を手に入れる事とキングダム現政権の連邦軍の非人道性をアピールする情報戦の為だろう。今回、連邦軍の地球最大の反攻作戦『アウステルリッツ』で最大の悲劇と呼ばれるのは各地にばら撒かれたのは各コロニーサイド出身の兵士達だ。ジオン公国が同じスペースノイド、スペースノイド独立戦争と言いながら、謳いながらも地球連邦で軍事訓練を受けた彼らを信用しなかった。同様に、地球連邦軍もまた故郷のサイドを占領下に置かれている彼らを国民として、兵士としての信を置く事が出来なかった。『一週間戦争』『ルウム戦役』宇宙で行われた二つの戦いはジオン軍の勝利で終わり、連邦軍はルナツーとサイド7を除いた宙域の支配権を全て失う。止めにジオン公国首脳部が採用した融和政策とブリティッシュ作戦の予想以上の成功で各地のコロニー自体はほぼ無傷。ギレンはサスロに命じて、占領下の各サイドには親ジオン政権の傀儡政権が樹立させる。また、ルウム戦役後には大規模な親ジオン運動が発作的に各地のコロニーにて発生。一方、戦力不足と不信感双方に挟まれた地球連邦軍は連邦軍の一部、特に戦前はジオン公国に同情的なものと連邦軍や連邦警察らに判別されていた者を中心に部隊を編制。第二次世界大戦のアメリカ軍が欧州に投入した日系人部隊や、ソビエト軍の囚人兵部隊の様な当て馬、捨石、盾代わりとして使われた。まあジオン軍も同様だったのだが。そしてユウキは会った。会ってしまった。もっとも会いたくない部隊に。戦場で。戦火の中で。戦争と言う惨劇の中で。ユウキは司令部要員として見ていた。実際に手を下した。MS隊をサポートするという形で。部隊運営に貢献するという形で。伍長と言う下士官でジオン軍に従軍すると言う形で。戦場で嘗ての級友たちの部隊と戦い、ダグラス准将とケン隊長らの卓越した指揮能力に、新型機ゲルググ陸戦型の活躍で、彼女は彼らを『粉砕』する手伝いをした。自分達にとっては、彼らの未熟さもあってか、エルベ川攻防戦以降のジオン軍地球攻撃軍の中では稀に見る完勝であると思えた。それは兵士らの信頼を勝ち取り、自分達がオデッサ近郊の安全地帯に脱出する要因ともなるのだ。それはもちろん戦後に分かった事だが。ただその代償として、数多の死傷者と僅かな捕虜を手に入れた事とある事実を除けば。『この裏切り者!!』『売女!!!』たまたま捕虜の輸送部隊に書類を渡しに行ったユウキは、一瞬だけ足を止めてしまう。(あの時・・・・・足を止めなければ・・・・誰か別の人に行って貰えれば)何回、何十回、何百回、いや何万回そう思っただろう。そこで再会した級友は、勝者と敗者、生き残った者とこれから死んでいく者の差をユウキに突き付ける。言葉にすればこれだけで、言葉にしなければ言葉に出来ない程重い関係。『何故ジオンに付いた!! この裏切り者!! 彼を返せ!!!』その言葉らがユウキに残った。四肢をもぎ取られた旧友らの姿を思い出すたびに吐き気がする。あの憎悪の目が、視線が脳裏に過ぎる度に頭痛がする。逃げたい。でも、逃げられない。耐えるしかない。(確かに私はみんなから見れば裏切り者よ・・・・・でも、仕方ない・・・・・仕方ないじゃない!!! 他にどうすれば良かったのよ!!!)この様な戦争全体としては些細ながらも、本人らに取っては文字通り命懸けの戦いの末、ジオンの撤退時における数少ない攻防戦の完勝でユウキとメイは生き残る事が出来た。結果としてマ・クベは彼女ら後方要員にはダブデ級大型陸上戦艦を与え、ダグラス・ローデンにも無傷に近いグフとザクⅡF2の混成部隊を配備する。また、連邦軍自体もマッド・アングラー隊による地中海通商破壊戦に巻き込まれ、3個師団6万名を水葬されており黒海沿岸地域、つまりマ・クベ中将指揮下の絶対防衛戦内部への侵入を中断する。以後は歴史の教科書が語る通り。地球連邦軍は地球反攻作戦を終了させ、戦力の大半を宇宙に打ち上げて反撃を再開、方やジオン軍も精鋭を再編し迎え撃つ。宇宙世紀0080、地球での戦いが泥沼化する事を嫌った両軍は戦場を宇宙空間に移行。ソロモン攻略戦、ソーラ・レイ照射、第二次ルウム戦役、ア・バオア・クー攻防戦、停戦発効、リーアの和約、終戦へと繋がっていく。だが、それでもユウキには彼女らの怨念とでもいうべき思いが離れる事は無く、不安定な時期を送る。(だって・・・・・私だって見たんだ。ジオン親衛隊が命令を拒否した友達を殺したのを・・・・何人も何人も銃で殴られるのを!!あんなの見せられて断れるわけない・・・・・私はただの学生だったんだから・・・・・)0079、一月からのギレン・ザビ総帥昏睡中、それぞれの融和政策(もちろん、表向き。本当はスパイ合戦の為)を理由に、ジオン公国も地球連邦も互いに各サイドのスペースノイドの往来を自由にしていた。それがこの戦争で裏目、或いは当然の如く表に出る。疑心暗鬼にかられた両陣営は大規模なスパイ狩りや敵対陣営に何万もの同胞同士をぶつけて主戦力の温存を図った。その一例がサンダーボルト宙域で活躍したFAガンダムを擁するムーア解放団であり、更にはダグラス・ローデン指揮下の外人部隊であろう。(私は生き残る。必ず)極論するならば、だ。宇宙世紀0080年代の某月某日。ユウキ・ナカサトにとってジン・ケンブリッジでさえ道具に過ぎないのかもしれない。彼女の精神はメイ・カーウェイ同様に先の戦争で病んでおり、それを癒すにはまだ数年の月日を必要としている。今もなお、彼女は恐ろしい。死ぬ事が、だ。ただ、正確には単純に自分が死ぬ事がではない。一方的に権力に振り回され、暴力を振るわれ、切り捨てられ、自分の納得できない死に至る事が恐ろしい。だから、彼女は決めていた。(・・・・・・・私は生き残る。生き残る為には後ろ盾がいる)彼女は空になったケースをゴミ箱に捨て、残りのスポーツドリンクを飲む。そしてその裸体をバスルームの鏡見せながら呟く。「勿論、情愛はある。ジンは良い人だし、男としても頼りになるし、ベッドの上でも私の女を満足させてくれる。そうなるように育てたのは私だけど。でもそれだけじゃ駄目だ。まだ足りない。もっと必要。もっともっと必要。ジンを完全に捕えなければ。縛らなければならない。そして・・・・そうして初めて私は彼を仕留める。射止める。私は・・・・・もう二度とあんな経験はしたくない。あれに比べれば・・・・・・」あの戦争に比べれば。全てがマシよ。ユウキは別室に向かう。薄い桃色のバスローブを着て。この後ろ姿を見ながらジンは思った。いや、知っていた。(ユウキもメイも俺と違って戦争にまだ囚われている。メイでは彼女の支えになれない。ユウキもメイもお互いに依存する事は出来ない。だから・・・・俺が)身勝手な思いだとは分かっている。(作家が見ていたらなんと題材するだろうか?神様は何と言って断罪するであろうか?)それでもと、彼は決意した。ベッドに腰かけるメイの右肩に顔を落として。「メイ・・・・・俺は・・・・・・・・」「・・・・・ジン?」嫌な予感がすると女の感が告げる。だがメイは聞く。ユウキも聞き耳を立てる。それに気が付いているのかいないのか言葉を紡ぐジン。「・・・・・・・・・・・・・・・・・ユウキと結婚する」なんと最低な男だろう。第三者が詳細を聞けば軽蔑するのは間違いない。自分でもそう思う。自分が他人だったらそんな男とは絶縁する。それはそうだ。情事の後に、何度も何度も肌を重ねた末に、生まれたままの姿をさらけ出す女に別の女と結婚すると言うのだ。「・・・・・・・・」案の定、日記のページを捲るメイの手が止まった。彼女にも思う事がるのだろう。生きて帰ったら押し付けられた政略結婚の相手。それがまさかの戦友の恋人。許せるわけもない。許せるはずもない。だが、許して欲しいと願う。それがどれほど傲慢であるかは自覚している。(いやちがう、自覚している振りをしているだけかもしれない)「そして・・・・・・メイには悪いが・・・・・」ジンはそっと両手でメイの頬を包み、唇を唇で塞ぐ。「・・・・・メイ、お前ももらう」この一言を出すのに数年かけた。出会って、最悪の出会いをして、ジオンの大学で押し付けられるように婚約を結ばされて。この手の事には圧倒的に無能な父の知らぬ間に、ジオン政界と宮廷の陰謀に巻き込まれた自分達。いや、二人の女性。その片方のメイは思う。(正にオペラの悲劇だ。劇にして売り出せばかなりのチケットが売れる最悪の劇だね、ユウキ。私が悪女で貴女が聖女。違う?)とも思える。でも。これも肌を許したが故か? それとも女性となった故の計算高さゆえか?(きっとジンは今でも悩んでいるだろう。彼だって知っている。最初から納得していた訳でもない。自分からアプローチした訳でもない。決して望んだわけでもない。決して喜んだわけでもない。だけど、私にもユウキにもこの男以外に頼れる男がいない。私はともかくユウキは帰る所さえ無くなった。家族も友達もみんな死んだんだ。そして私は彼の子を産み、彼の父親の寵愛を手に入れなければ私の居場所が無い。だから、私は彼に、ジンに抱かれた。私がユウキに殺されるのを覚悟して。ジンがユウキに殺されるのを覚悟して。・・・・・・違う、違う、違う!! 私は殺して殺されるのを願っていた。ジンさえ死ねば少なくとも私だけは自由になれる。未亡人扱いで、地球連邦の有力者に敵視された娘だ。何の柵も無くジオンから出ていけた。ああ本当に・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんて嫌な女なんだろう。誰かの死を望んで、そして自由になる。お互いがそう望み、それを望まない。なんて歪な関係なんだ)唇を離した後で、メイは言った。「わかった。私の答えは最初から決まっている。だけど約束して。抱く時はユウキと私を一緒にして。そして・・・・貴方の子を生み育てる。だから・・・・・私たちを見捨てないで。せめてユウキと子供だけはちゃんと責任を取って下さい」いつの間にか泣いているメイ。同じく部屋に戻ってそれを無表情で見るユウキ。ジン・ケンブリッジはただ無言で頷く。ユウキがゆっくりと近づき、押し倒されて、言った。『私をもう一度今から抱いて。それを婚約の契りにして』その言葉に頷く。影が再び重なった。それはやがて三つ巴となる。宇宙世紀90年代。後の世に『反逆者たちの宴』と呼ばれるネオ・ジオンの決起が行われる前のある夜。ティターンズ長官のウィリアム・ケンブリッジは家族の中で孤立していた。それは息子が連れて来た二人の嫁の存在であろう。「お世話になっております、ユウキ・ナカサトです」「メイ・カーウィンです、どうぞよろしくお願いします」何故か緑と白の着物姿の二人に極東州の京都の料亭で困惑するダブルボタンスーツ姿の父親ウィリアム・ケンブリッジ。ジンはそれを正面から臆す事無く見据えて言った。「父さん、母さん、マナ、俺はこの二人と結婚します」と。その瞬間に妻が、長年連れ添ったリム・ケンブリッジが二人の緊張している女性に向けて頭を下げた。それも畳に額がつくほど深々と。「・・・・・・・出来の悪い、とは申しません。そう言ってしまえば貴女方に問っても侮辱になるでしょうから。ユウキさん、メイさん。詳しい事は知っております。お二人にとっては苦渋の選択である事も承知しているつもりです。・・・・・・・・・・・・・あくまでつもりでしかないのかもしれません。申し訳ないとしか言いようがありません。でも・・・・・それでも・・・・・・私達にとってはジンは可愛い息子です。私がたった二度、お腹を痛めて生んだ、ただ二人だけの子供です。この世に変わりがない、世界と天秤にかけても世界を捨てるだけの価値のある存在です。だから・・・・・至らぬ点も多々あるのは承知・・・・・ですがどうか・・・・・見捨てないで下さいませ・・・・・どうか・・・・・・この通りです」そう言う彼女に二人の若い女性は慌てる。だが何も言わなかった。否、言えなかったというべきか?「私からもお兄さんをお願いします、義姉さま方。心よりお願い申し上げます。ただ心から」そう言って娘、つまりはジンの妹マナも母親と同じブランドの白スーツ折り曲げて頭を下げた。そして。「・・・・・・・・・・・・・」ウィリアム・ケンブリッジは永遠とも思える長い沈黙の後、ただ一言だけ息子に告げた。『平等に愛せ。それは守れ』カトリックであるウィリアム・ケンブリッジにとってどれほどの葛藤があったのか歴史書は記録に残さなかった。ただ、この後、ケンブリッジ家に新しい命と家族が誕生していく。地球連邦新興派閥にして名家のケンブリッジ家はこうして生まれた。財界への影響力は息子ジンが、政界と軍部へは本人のウィリアム・ケンブリッジが、退役軍人会には妻のリム・ケンブリッジが、法曹界には後に娘のマナ・ケンブリッジが影響力を伸ばして行く事になる。宇宙世紀90年代某月某日その日から2日後。ニューヤーク市に帰ったウィリアム・ケンブリッジはそのままジーンズにシャツにジャケットというラフな格好で馴染みの、あの第13独立戦隊結成式のバーに顔を出す。「災難だったな、ウィリアム」(・・・・・・・・・・・・・・・・)何も言わずにウィスキーをロックで一気飲みした。(・・・・・・・・・・・・・・・・)「しかしまあ、長官程の名家なら良いのでは?」(・・・・・・・・・・・・・・・・)慣れないお世辞とフォローを言う軍人。(・・・・・・・・・・・・・・・・)「そうです。別に法律違反では無いでしょう? 連邦憲法にも民法にも違法ではないと明記されている」(・・・・・・・・・・・・・・・・)更に別の軍人がフォローする。(・・・・・・・・・・・・・・・・)「ははは、俺なんて親父の子だがお袋は兄貴らとは別だぞ? そんなに気にする様な事でもないと思うがな」(・・・・・・・・・・・・・・・・)外国の名将が肩を叩く。(・・・・・・・・・・・・・・・・)「まあ、飲みましょう。こういう時は飲んで忘れるべきと言ったのは閣下ですから」(・・・・・・・・・・・・・・・・)律儀にスーツ姿の若者が言う。(・・・・・・・・・・・・・・・・)「はは、長官程の人間がこの程度で参る筈もない。ささ、一献」(・・・・・・・・・・・・・・・・)「それには珍しく同意しますね。では同じく一杯どうぞ」(・・・・・・・・・・・・・・・・)スーツ姿の若者のライバルと目される二人がそれぞれ、ワインと日本酒を持ってくる。だが、次の一言が決定的だった。彼にとっては。(・・・・・・・・・・・・・・・・)かたくなに度数の濃いアルコールを水の如く飲み続けた男は止まる。ラッパ飲みされて乱暴に叩きつけられる哀れな瓶、。「もうあの三人はやることやってできちゃったんだから、今さら取り消せ、別れろとは言えないでしょ?」長年連れ添った人物の一言。グビグビとラッパ飲みするウィリアム。ガタン。ガラス瓶が叩きつけられた。「だから・・・・・・・・・・・・飲んでるんだろうに・・・・・・」何故か有給を取った、或いは公務を抜け出し、若しくは投げ出してきたジャミトフ、シナプス、ブライト、シロッコ、ロナ、フェアント、ドズルが苦笑いする。そして呆れ顔の妻リムに背を向けてウィリアム・ケンブリッジは空になった5本目のボトルをマスターに返すと言った。「バカ息子の未来に栄光あれ・・・・・・・・・・畜生」外伝第二話です。これは一般兵士らから見た一年戦争とかなり爛れた生活してると言われたジン君のお話に、Vガンダム時代の妄想です。いや、サスペンス形式の作品にしたかったのですがどうでしょうか?また読んで頂ければ幸いです。。。それでは皆さん御元気で~ 作者より。