ある男のガンダム戦記 外伝05< 動乱と紛争により化石となった戦争(後編) >地球連邦軍によるアラビア州パキスタン近郊の軍事行動、正式名称は『南洋宗軍閥掃討作戦・護符一号作戦』、これは成功に終わった。当初の想定通りであり、紛争がどうして起きたのかが分かって地球連邦側の混乱が収まった時点から結末は誰もが分かっていた。地球連邦軍の大勝利で終わる事、それ以外考えられない。それは当事者も第三者も理解している。質・量ともに敵に圧倒した軍が軽微な損害のまま軍事的な勝利をもぎ取ってくるなど世界史の常識である。それを覆すのが名将であり、近年、0079に発生した『ルウム戦役』のジオン公国軍が有名になった最たる理由だ。三倍の敵を撃退した、しかも半数以上を撃沈破した。宇宙世紀史上最初の事例となって永久に記録に残るだろう。少なくとも地球連邦とジオン公国が存続する限り。片方には栄光の伝説、片方には屈辱の極み、として。この戦術上の不確定要素の変動に対して国家戦略、大戦略とは、ある意味単純だ。どの様にして『敵対勢力に対して物心両面で優位に立ち、戦場外で敵対勢力を圧倒できるか』、その準備期間と実行手段の洗練化。準備期間中に準備を万全として、敵を知り、己を知り、味方を増やし、敵の勢力を削り、戦場で敵を倒す術を整え、それを支える各種人々、物資を用意、加えて目標達成の為に内部の徹底した意思統一を行った上で円滑に物資をやりとりする。これさえ成功すれば多少の戦力差、技術など大した問題ではなく、初戦で大敗北を喫しようとも数年かければやがて勝利できる。第二次世界大戦でアメリカ合衆国軍がドイツ第三帝国と大日本帝国を同時に打破したように、だ。相手を知らず、或いは見くびって失敗した日中戦争、民兵主体で敵ではないのだと侮ったソビエト連邦のアフガニスタン戦争、地球連邦の正規軍対乱立する武装勢力という中東大動乱などがその正反対の良い例かも知れない。が、分からないこともある。それは・・・・・誰が死に、誰が生き残り、誰が負傷し、そしてそれらを犠牲にして栄光、名誉、実利を誰が最後に掴むのか、それだけ。もしかしたら当事者にとって、戦地に赴く人々の家族にとっては国家の国益などよりも余程大切で知りたい事なのかもしれない、が、国家組織としては些細な事。地球連邦軍は自己の面子から戦線の早期安定とたかだか地方の反政府勢力のモビルスーツ40機前後の敵部隊との戦闘なんぞ眼中意中に無く。地球連邦政府とその当事者であるアラビア州の多数意見、今紛争を紛争未満に抑えたいという地方自治体上層部からの軍部への要求に加算し、スレイマン中将ら現場からの実務面での部隊増強要請に応える。駐留軍にティターンズ所属でもあるロンド・ベル艦隊と政府直轄の複合大型航空機ガルダ級戦略母艦を増強部隊の肝として合流させる。『これで負けたら軍法会議は確実だな』『負けたら一生無能と頭に捺印して生きることになるぞ、諸君。気合を入れろ』追加としてジム・クゥエルを72機、ジム改を36機補給。ジム・クゥエルは基本として赤白カラーリングに変えただけの中身はティターンズの中古製品でありいくつかは生産開始が戦中だった。が、地球連邦の治安維持活動の対抗馬で敵軍やゲリラ勢力にゲルググ改良型以上の機体が、彼らの本土たる地球上で出てくることはほとんどなく、あっても1機か2機。精々一個小隊なので数で圧殺できる。そしてジム・クゥエル自体の性能も確かなので地上軍や各州軍では積極的に採用、何よりコストが安い。ジム・クゥエルはビームライフル主体のジムⅡと違ってより確実な実兵装主体であった。故に地球の大気圏内部では安心して戦闘に投入でき、整備部品も安定供給されるので傑作機と好評な機体。『一機の圧倒的に高性能だが様々な理由で稼働率が極端に悪い機体よりも、凡人でも扱える、いつでも戦えるという量産機一個小隊の方が現場は遥かに重宝しており、最優先で欲している』『相手に銃口を向けられている時に、自分の銃が最新型の性で故障してジャムったら笑える・・・・・そんな命懸けのコントはしたくない』これらの常識的な意見とティターンズが政権中核で権力を持っている為、現在の州軍の基本はティターンズ系統のジム・クゥエルかジムのマイナーチェンジ、ジム改である。これはジム・クゥエルを太平洋経済圏の筆頭国家アメリカ合衆国国内で戦時中に開発したから、という裏の事情もある。先に市場を抑えたいという思惑があるのだ。そして、事、地上軍に対してはそれは上手くいった。加えて自走砲と戦車の装甲師団の3つも投入。地球連邦軍としては久しぶりの地上戦に10万規模の大軍を投入、更にアラビア州軍もまたとない実戦経験を積む機会と考え、虎の子の航空軍を全力提供、こうして一気に制空権を確保。続いて、陸軍と宇宙軍「ロンド・ベル」艦隊にガルダ級戦略母艦を中心とした陸空の三次元挟撃作戦を決行。地球連邦アラビア州政府は州政府軍にあった『聖戦』の情熱を活用しつつ、情報収集を重ねた。それはジオン相手に大敗した記憶を忘れてないから。『これ以上の醜態をさらせば組織解体、リストラもありえる』『我々は断じて無能ではない。第一線で戦う工作員や分析班は極めて優秀だ。ただキングダム政権以前の政権が重要視しなかった。或いは重要視していた人間がしかるべき地位にいて、しかるべき権力を行使ていなかった、ただそれだけだ!!』まあ、情報部や情報局の心の叫びは置いておく。南洋宗軍閥の主戦力を解析。0080の終戦時に流罪とされた旧ジオン地球攻撃軍に組み込まれ、ザビ家の決定で帰国をさせなかったダイクン派の過激派残党。0087に決起するまで温存していたカラバやエゥーゴ派閥らのデッドコピーのモビルスーツらのみ。新型機に対抗できず、現地駐留軍の主力であるジム改とジム・クゥエルの正規軍使用を揃えればそれで十分掃討可能と判断した地球連邦軍の統合幕僚本部作戦本部本部長イーサン・ライヤー中将。そして、その情報を現地偵察員らから裏付けしたスレイマン中将指揮下の部隊は敵を誘い出して、その上で大規模空襲と砲撃で敵軍を三方向から包囲する。結果、戦闘開始から2時間後には南洋宗の反撃手段は自殺攻撃、人間爆弾、無防備かつ無手の銃剣突撃、カミカゼ攻撃隊という末期症状を見せ、彼らは自前の軍事力と信者、指導階層と共に壊滅。報告はすぐに地球連邦政府にもたらされた。続いて舞台は地球連邦のあるホテルに移っていく。宇宙世紀0090 春 地球連邦首都政府官庁街 F地区 第二グランドターミナルホテル地球連邦の要人たちが好き好んで使う一流ホテル。先の戦闘報告が上がってから8日近くが経過。そこに集結する数名の男女。全員が一癖も二癖もある有力者。凡人だったら憧れ、英雄であれば圧倒でき、常人であれば忌避するか、胃痛をお友達にできる人々。彼らはそれぞれの秘書らとともに集いつつある。「さて、あと一人か」肥満体と言われても仕方ない男は灰色のスラックスに白いシャツの襟元をはだける。円形のテーブルの時計軸2時方向にいる。反対側の8時方向にいる紺色のベストと白いシャツ、ベストに合わせた無地の婚のズボンを履いた英国風紳士がマッチを使い自分の葉巻に火をつける。葉巻は最近になってジオンにも輸出している中米州産の葉巻だ。最近は『モノ』を宇宙に売る事で経済再生を行っている州が多くなった。まるでかつての植民地帝国主義時代のモノカルチャー経済政策のようだ。是正する必要がある。「はは、これはこれは・・・・もう少しですよ。ああ、そこの君」後ろに立っていた秘書の一人を呼ぶ。すぐに耳元に来る。いい執事候補だ。彼は見所がある。「そろそろお茶の用意を。私はアールグレイのストレートがいいな」その言葉に反応したのはメモをとっていた政界の禿鷹と恐れられている男。彼はいつもの白に金色のメッシュを入れた衿シャツだ。「?」不思議そうな顔をするかつての部下、今は政敵である男に老紳士は言う。イギリス上流階級育ちの気品の良さと、それを嫌味に感じる旧植民地人の血を引く新大陸出身の有力者。残り一人は無表情に自分も葉巻を吸い出した。紫煙が部屋を包む。「レディはジェントルマンを焦らし、紳士は女性を待つのが礼儀だ。ふふ、君は若いからわからんだろうな・・・・それにだ」男は言葉をわざとらしく区切った。あいもかわらず、現役軍人時代の仕草。上級将校らには好かれ、逆に下士官・兵士たちには嫌われたその仕草。だが、彼もまた地球連邦軍で大将に昇進した。無能ではない。いいや、有能だ。なんといってもあの『政界の怪物』に対して、地球連邦中央議会という立法府で対等以上にやりあえるのだ。「それに?」「レディは心配りが好きだと決まっている」ち。天井方向から見下ろした場合、4時の方向に座っていた男。ジャミトフ・ハイマン退役少将。次期ゴールドマン政権の国務大臣。相手は現役の地球連邦議会議長にして与党党首グリーン・ワイアット退役大将。舌打ちしたいのを抑えた禿鷹、ジャミトフ。それを見て優雅に頷く。その間に執事たちが紅茶を注ぐ。香りが漂う。それを一口。「ふむ、やはり英国紳士はこうでなくてはね。ああ・・・・・これも良いものだ。我が敬愛すべき王室御用達。君たち北米州の実利主義者にはあまり縁や馴染みがないのかな?」そう言って彼は用意された故郷の統一ヨーロッパ州産ミルクチョコレートを頬張る。「甘いものも必要だ、そうだな?」言われた男が忌々しそうに口を開いた。優雅に頷く相手。「ああ、女性の為に、だ。なーに、紳士の嗜みだ。君らのような成り上がりの植民地人・・・・失礼、新興国家の方々にはまだ馴染み無いのも恥じる必要はない。こういうものは王室とそれを支える貴族という藩屏、それに伝統ある歴史によって長い歳月を必要とする」たかが300年と半世紀のアメリカ人がヨーロッパの貴族社会と王室を理解出来るはずがない、流石は統一ヨーロッパ州出身でアヴァロン・キングダムと同じ考えを持っているだけの事はある。これさえなければ失脚寸前に追い込まれる事も恐らくなかった。しかし、これがなければそこから『紳士の嗜み』とか『貴族の誇り』で再起することもなかっただろう。(グリーン・ワイアット・・・・・いいや、本名はグリーン・サー・ワイアット伯爵。先のジオンとの戦争で非戦を訴え続けた故に昨今影響力を拡大している地球連邦の宮廷勢力か・・・・危険かもしれんな)(皇室・王室評議会の影響力はウィリアムの受勲で大きくなった。それにあのスペースノイドであるザビ家が参加した事で宇宙開発にも口出し出来る・・・・正面から言えば拒否できるが・・・・それをしないのが貴族の底力。油断ならん・・・・ワイアット議長自身もそれを理解しているから・・・・囮のような反感を集める発言をする、か)そして、((地球連邦の未来、その足元をもう一度見直す必要がある))ジャミトフとゴップは似た様な結論をつける。無論、ポーカーフェイス、で、だが。と、「皆様、お客様が参られました」その言葉と共に扉が開いた。シャンデリア風のLEDライトに照らされているオランダ式のホテルの一室。既に夜の帳が降りている。そこに新たに入ってきたのは女。階級は退役准将で終わった。だが、女としてはまだまだ油断ならない。否、今が一番厄介かもしれない。この女性は。この家族は。この勢力は。「ようこそ、マダム・リム・ケンブリッジ。どうぞお元気そうでなによりだ」「ええ、ワイアット議長。ジャミトフ閣下もお久しぶりです。そしてゴップ官房長官もお元気そうで何よりです」一礼するのは黒いコサージュをしてロングヘアにロングスカートの黒いスーツを着た東洋風の女性。首に掲げる指輪は戦争終結時に夫と戦友たちがくれたプレゼントの大切なモノ。彼女の名前をリム・ケンブリッジ。ティターンズ情報部部長であり、ティターンズ長官の首席私設秘書官グループのトップ。また、地球連邦情報局で封鎖されているジャブローにも影響を持っていた女傑。そして。後ろには。「皆さんのお招きと許可を頂いたのでこの子も見学させたいと思いますが・・・・よろしいでしょうか?」微笑む。微笑みの国と言われている仏教徒中心のアジア州有力国家タイ王国と世界で最も古い王朝の支配する島国日本。白人帝国主義時代に独立を保った数少ないアジアの二カ国をそのルーツに持つ女は言った。泰然とした微笑みとともに。「この男の子も・・・・そろそろ一家の長男として自らの家族を養わなければなりません。それに・・・・彼の持っている人脈と技術、何より各巨大企業の決算書類は我々のティーパーティーには良い隠し味になるかと思いますが?」女の嘲るような声にワイアットは頷いた。彼の内心は不明だが、少なくとも表面上は良好な関係を保っているのがこの二人。馬鹿なイエロージャーナリズムはティターンズ長官夫人と地球連邦中央議会議長の不倫騒動も噂したが、そのジャーナリストは数週間後に木星支局に島流しにされている。地球連邦政府と地球連邦の巨大政党に立法府の主、そして事実上の地球連邦内部『第五の軍隊』である『ティターンズ』の支配者とその家系に手を出すのは危険なのだ。冗談を抜きにして。『木星圏に流されて10年くらい絶対に帰ってくるな』と、真顔で言われるくらいは。報道の自由とは何でもかんでも好き勝手に報道する事ではない、それは夫ウィリアム・ケンブリッジの考えであるが、それを歪曲して政敵追放に利用しているのがロナ首席補佐官らである。もちろん、ロナ君はそれこそ主人たるウィリアム・ケンブリッジの為と信じて・・・・いいや、確信している。まあ、それはいい。「女性からの提案を足蹴にするなど英国紳士としてあるまじき行為。無論、その彼、ええ、ご子息のジン・ケンブリッジ君も見習い実習という形でどうぞ。それでいかがですか、諸卿らも?」頷く二人。これを合図に秘書官らは部屋を去る。ティーポットに淹れたての紅茶を用意して。「よいでしょう」「退役准将が良いのなら私も異存は無いよ」鷹揚とする議長、ワイアット。ジャミトフは一言頷くだけ。まあ、最初から彼の許可はあるのだろうが。「どうもありがとうございます、皆様」そう言って10時方向の椅子に座るリム・ケンブリッジ。息子のジンは母親のリムの後ろに補助椅子を持ってきた。4人の大物政治家・有力者はソファーに、彼は普通(それでも一脚100万テラ程はするサイド2の職人達が作った高級品)の椅子に座っている。リム・ケンブリッジが一つのアタッシュケースを持ったままで。「で、揃ったな」「時間より少し早いが・・・・」「始めますかな」ゴップが、ワイアットが、ジャミトフが言う。それに答えてリムは内心で思った。(俗物どもめ。まあいい、ウィリアムとジン、マナの未来の為なら精々利用してやろう)と。彼女の反感は大きい。あの一年戦争での査問会に夫への暴行、人権侵害と水天の涙以降のテロリストに対する囮扱い。(私たちの人生を滅茶苦茶にした借りを倍にして・・・・いいえ一万倍にして返してもらうわ・・・・・いま、ここで!!)やはり彼女も超人ではなかった。彼女の夫に対して行われた様々な事が喉に突き刺さる骨となる。「ええ、ではご覧下さい。皆様のご要望の品・・・・・それがこれです」そう言ってリムはアタッシュケースを木製の円形テーブルの上に丁寧においた。カチリという音ともに開く黒色のアタッシュケース。小型爆弾の爆風や火炎瓶の炎にも耐えきる耐衝撃・耐熱仕様の特殊合金。アタッシュケースの中には黒色の小型メモリーディスクが8つ、同じタイプで赤色が3つ、緑色が3つ、青色が2つある。全て別々に保護・保管され、強化プラスチックと電波遮断用の透明な特殊膜が巻かれていた。「黒が完全コピーしたもの、赤がサルベージしたもの、緑がキュベレイの戦闘データ、青がHLVの基幹ユニットです」何を、とは言わない。この時点で誰もがわかっている。地球連邦になくて、ジオンが独占する最後の技術と言っても良い。万金の値がある存在。そう、北部インド連合が持て余している内に南洋宗が手に入れたアクシズやジオン軍の切り札。まあ、それをどうこうすることは出来ずに彼らは瓦解したが。『サイコミュ』そう、それをこの女性は用意した。「流石は伝説の艦長殿だな。政治工作もお得意と見える・・・・良き事よ」ゴップが褒める。手を伸ばすワイアット。しばしの間、見る。弄ぶ。そして。だが。ここにあるのはコピー。本物かどうか検証する方法に欠ける。偽物だとしてもどこまでが偽物で、どこまでが本物かが分からない。比較の対象がない。それに瞬時に気がついたワイアットは女に問う事になる。「ふむ・・・・先ずはありがとう。それで、男爵夫人・・・・これの現物はどこに?」と。この言葉を待っていた。そう、待っていたのだ。その為に今日この日に地球連邦政界でワイアットとゴップという水と油の政治勢力の二大巨頭を同席させている。自分と同派閥であり、先代ティターンズ長官を同席させた上で。「議長、官房長官、国務長官、こちらの映像をご覧を下さい」彼女が取り出したのは灰色の無機質な軍用スマート・フォン。(ほう。0089の最新機種か)(ティターンズの支給品ではないのか)自分の生年月日を打ち込んでパスワードを解除し、持っていた超小型のディスクを差し込む。映像が映った。音声も。場所は・・・・・彼ら全員が一発で分かった場所。ライブ映像と映し出されたのは息子の会社が所有する、地球連邦の各種モビルスーツ技術開発目的の総合大型研究所「サナリィ」という通称を持つ部門。場所は地球連邦軍と政府、そしてティターンズに各地の州軍派遣部隊が混在するこの地球連邦内部で今現在最も神聖不可侵扱いされる場所、旧地球連邦軍本部、南米ギアナ高地、ジャブロー基地。「!!」(よりにもよってそこに隠したとは・・・・やられた)今のジャブロー基地はパンデモニウムもかくや、である。各勢力が入り乱れ、一度そこに逃げ込むと政治的には極めて対処しづらいのだ。実力行使をすれば必ずどこか別の第三勢力に察知される。地球の極東州には百鬼夜行という言葉があるが、まさにそれ。誰も手を出したがらないグレーゾーン。「お分かりですか、議長?夫とこの愚息、そして義理の娘のいる研究所でティターンズ主導で現在キュベレイの分析と再構築作業を続行しております」0080、終戦協定である『リーアの和約』とその功績によって北米州が政権を数十年の時を経過して再び担う。ここで問題となったのは堅牢な当時の地球連邦軍本部『要塞都市ジャブロー』と当時露骨に左遷されていく戦時中の主流派『レビル将軍派』だった人々。そして新組織ティターンズの業務として『反乱防止』が加わった事が引き金。そうなると『反乱防止の為』という大義名分を得たティターンズだけでなく、その他の勢力もジャブローに子飼いの人間を続々と送り込んだ。結果、ジャブローのモザイク化を強引に進めてしまい、誰がどこを担当しているかを知る事さえ何重もの手続きがいるこの地球圏でも最も近寄り難く、使い勝手の悪い勢力地・軍事基地となる。あれに手を出せるのはよほどの大物で、尚且つ、かなりの馬鹿。まさか目の前の女があの施設を堂々と利用するとは思わなかったが。(伝説の艦隊、その伝説の艦長にして救国の英雄ウィリアム・ケンブリッジを支え続けるティターンズの裏の支配者という噂話は誇張であっても嘘ではない、か)ワイアットは計算する。ゴップも、ジャミトフも同様に。さて問題はこの交渉をどう幕引きするか、だ。現物は相手が持っている。提供してきた情報電子媒体と中身の情報も恐らくは本物だ。しかし、相手が現物を、有力な手札を持っている以上これを信頼しきるのは政治家としてできない。どこかに別の手札があるという疑惑、その可能性が彼女と彼女の夫の武器となって我々の手足を縛り続けるだろうから。「ミス・ケンブリッジ。ここはジャブローの・・・・君の義理の娘が開発局長に就任したサナリィ研究所だね?」「・・・・・・・」「知っていたのかね、ジャミトフ君? 言うまでもないが・・・・ジャブローに本部を置くサナリィとはジン・ケンブリッジらが父親の権力を利用して作った新型モビルスーツ開発の為の研究機関だ。プロジェクト・リーダーはそこのジン・ケンブリッジの奥方だった筈。ジオン系統と連邦系統の合作もあるだろう。実戦データも実験データも豊富に所有する新興でありながら政府の後押しを受けた地球圏有数な技術開発組織。ティターンズ直轄で半官半民の、な。君が知らない筈はないな・・・・何せ君の可愛い後輩の信望者らの巣窟なのだから・・・・・ああ、もしかして君が現場の最高責任者なのかい?」一瞬だがジャミトフを睨むゴップ。笑みをくざさないリム。無言のジンに、ゴップの鋭い視線に臆せずに睨み返したジャミトフ。「巣窟とは失礼ではないかな、ゴップ長官?」「これは失礼した、ワイアット議長。だが、君も笑顔ではなくなったぞ?」三者三様の、しかし、共通するのは目の前の女に出し抜かれた事に対する驚愕と苦虫を咬み殺す姿。それは先輩と慕われていたジャミトフも、地球連邦議会議長であり与党党首のワイアットも、政界の怪物と畏怖されるゴップともに。誰一人例外なく、だ。「で、何故これら『サイコミュ』関連のモノがジャブローに?軍部からは報告は来てないが?」わざとらしいジャミトフの問いに神妙な表情で、しかし、内実は違うだろうとしか思えない態度で三人対して答えるリム・ケンブリッジ。振り返ってみる。0090当時の彼女の肩書きは地球連邦の武装警察であるティターンズ情報部の一部局部局長にして退役准将。しかし、夫はティターンズ長官であり、彼女らの子飼いの三人を中心とする派閥はティターンズ、地球連邦軍、政府に有力な上層部への指導階級を形成している。そう思っていると案の定だった。「私の部下たちの権限で情報部とティターンズ所属のガルダ二隻を動かしました。ガルダ級一番艦のガルダ、同じく二番艦スードリーの乗組員大半がティターンズであり、配備と寄港地がジャブローであった事を・・・・おや・・・・おやおや・・・・どうやら皆様はそれを殊更軽視しましたね?」わざとらしい。しかし、戦術上、ロンド・ベルのペガサス級を4隻投入した事は軍事の定石で、加えるなら高高度からの戦略移動が自前で可能な部隊は地球連邦とて片手で数える程しかない。その希少な部隊は「ケンブリッジ・ファミリー」が10年近くをかけて影響下においた。また、イーサン・ライヤーら現軍部主流派にとってもティターンズ派閥と仲良くし尚且つ現場に有力な戦力を送るのは理にかなう。寧ろ、優秀だと評価されるだろう。犠牲も少なく、市民らからも賞賛されるであろうから一石二鳥だ。となれば・・・・この女が一枚上手だったという事。或いは、女たち、か。(ああ、この女。かなり賢いな)ワイアットはそう思った。そう、そのとおり。(確かにそうだった。ご婦人、貴女の立場と貴女の信望者らがどこにいるかを思い出したよ・・・・どこにでもいて、どこにいるか分からないのだったね)元々ガルダは政府直轄の『戦略母艦』という分類上、戦前は地球連邦政府直轄でジャブロー基地(当時はジャブローが首都でもあったから当然の事)に配属。キャルフォルニア基地に軍本部が移転しても、北米州にガルダ級を運営する設備がないという表向きの理由(裏、というか真実は反ティターンズだったコリニー大将やバスク・オムらの嫌がらせ)で配属は変更なし。が、人員は毎年少しずつ交代していた。それとなくワイアットも手伝っていた。コリニー派閥の反ティターンズやエゥーゴ派、ティアンムらレビル将軍の残光を消し去るために。で、件の『ガルダ』は無補給で地球を何周でも出来るミノフスキー粒子学と航空力学の融合した空の怪鳥。搭載モビルスーツも一個中隊にそれの補給パーツと海上の軽空母並みの乗組員とそれらの生活物資を満載できる。ならばキュベレイ一機と通常サイズのHLV一機程度ならガルダ級が二機もあれば空輸できる。それも高高度飛行で半日もあれば簡単に。更に先にも述べたようにジャブローには多数の政治派閥が入り乱れた上、サナリィというジン・ケンブリッジの妻らがいる半官半民企業のプロジェクト・チームがある。そしてジャーナリストも多く、コートの下、左手にある背中のナイフは使い辛い場所の筆頭。仮に過失で別の勢力を敵に回す、傷つけるならば一気に他勢力から孤立し袋叩きとなる引き金を引きかねない危険地域。こんな場所だからこそ、即断即決なら利用の価値が高かったのだろう。事実、ワイアットもゴップも独自の私兵部隊をジャブローに送り、隠し持っている。ゴップに至っては更に凄い事をしているらしいが、それは噂でしかない。(そうか、ジャブローからの援軍を逆手に取って・・・・この第三セクターを利用して彼女は自分たちの手元に切り札を運んだのだ。恐らく、件の紛争時にキュベレイがほぼ無傷で北部インド連合支配領域にバリュート大気圏降下したという情報が決断させたな。あれをティターンズ艦隊から受け取って・・・・それから直ぐに準備していた。道理であのウィリアム・ケンブリッジが子飼いのロンド・ベル艦隊をアラビア州軍管轄下においた訳だ。奴は北米ではゴップやジャミトフ並みに頭が切れる政治家。それが自らの忠実な騎士を現地軍に一時的とは言え渡した・・・・疑問に思う者は殆どいなかった。彼ら自身の役割とウィリアム・ケンブリッジの持つ名声と印象が本音を隠していたのだ!!)ワイアットは即座に判断する。夫と共謀したのか、妻の独断か、或いは途中までは違ったのかは分からない。しかし、目をつけた『それ』を運ぶのに必要なのは軍艦だ。ミノフスキー粒子で空中移動が可能な軍艦。対象となったのは二種類。そう思っているとゴップが口を開く。「地球連邦で各州や各構成国家上空を無補給で通過できる巨大な航空機はペガサス級強襲揚陸艦かガルダ級戦略母艦。ガウ攻撃空母では積載量が不足。かといって君らティターンズ直属のペガサス達は人目を引きすぎる。あれは伝説の艦隊、英雄たちの艦だからな。対してガルダ二隻はそれほど有名ではなく人目をひかない。なるほど・・・・・怪鳥と言えども伝説の羽を持つ天の馬ほどには他人の目を引くことはない・・・・考えてみると詩的な響きと話だね」ゴップが面白い、と言わんばかりに杖を鳴らした。全く、確かに面白いが。そしてジャミトフは我関せず、だ。白々しい。各構成国家の上空を地球連邦軍所属とはいえ、巨大な軍用機が飛行する。構成国家や州の許可を勝ち取る必要があり、ああ、そうか。(ここで夫であるウィリアム・ケンブリッジという地球圏全土に軍事力を展開できる武装警察トップにして国家の英雄ティターンズ長官の権限と地位が大きな意味を持った。その上で彼の後援者であり、ジャミトフ自身が持っている自己の権限が噛み合う。国務大臣として各構成国家間の調整が可能な、或いは強制力を持つ飛行・領空通過の許可や命令が出せる法的な権限が更にこれらを隠密飛行とする訳だ。ならばケンブリッジらだけでなく目の前のジャミトフも一枚かんでいるな・・・・・この禿鷹が・・・・猿芝居を。まして飛行ルートはアラビア州から南インド州、オセアニア州経由のジャブロー行。誰が責任者だったかは知らないが本当の命令者はウィリアム・ケンブリッジだったと誰もが思っただろう。恐らく誰もが想像したに違いない・・・・ウィリアム・ケンブリッジ長官の重要機密、極秘命令、と。まさか妻の独断専行だったとは思わん・・・・例え・・・・軍の命令書に一度もその名前が記載されて無くても・・・・ティターンズ長官の名声が虚実の命令を生んだ典型例となった。ならば戦災復興特需をもたらしてくれて当選票を用意してくれるケンブリッジらティターンズ勢力に頭が上がらん連中ばかりの各州だ。仮に独断専行だと疑惑を持っても火中の栗を拾うような真似はしない・・・・そうだな、私でも第三者なら傍観する)なるほど、この女。伊達に自分の手でテロリストを射殺してない。一年戦争の激戦区を渡り歩いて生き残り、尚且つ武勲をたててきてない。政界でも夫の盾になり、私生活でも子供らの母親として生き抜いてきてない。大した度胸だ。この私を、いいや、地球連邦軍と地球連邦政府、そして地球連邦議会多数派を合法的に恐喝している。「私がお持ちしたのは以上です。現物はしっかりと私たちティターンズと息子のジンの会社の技術開発部門サナリィが研究中です。より詳細なデータを「N計画」に反映すべく、ですか。ああ、サイコミュとその被検体、その実機データと捕虜とした元エゥーゴのアスナというニュータイプ兵士も手元にありますので研究は極めて順調です」女は区切って私を睨むかの如く、魔女の様な微笑みを浮かべた。「さて、どうです、私たちケンブリッジ家にいくら支払います?地球連邦先代ティターンズ長官にして、現国務長官ハイマン閣下?地球連邦与党党首にして、地球連邦議会議長ワイアット閣下?なにより、アヴァロン・キングダム政権時代から地球連邦軍を支配している現地球連邦内閣官房長官ゴップ閣下?」ははは。笑った。あの禿鷹ジャミトフが、だ。ふふふ。笑った。政界の怪物ゴップも、だ。くくく。笑った。この雰囲気に飲まれて私も笑うしかない。地球連邦議会議長として立法府を名実ともに支配するこの私が。「これはしてやられた、で・・・・」紅茶を一杯。いつの間にか冷えている。同じく口をつけた男が顔を顰めた。「微温いな・・・・」「ああ」ゴップが妙な事を言ったせいで相槌をうってしまった。まあ良いか。本題だ。「何が欲しいのかね、君たちケンブリッジという新興名家は?」最早、虚々実々の駆け引きは不要。ならば植民地人の様な決闘形式の言葉の方が良いだろう。「先に言っておくが、私は自分が寄生虫だという事を自覚している。しかし、寄生虫が生きるには宿主が健全でなければならないと言う事も深く自覚している。だから私の傀儡は間に合っている。それに人妻に手を出す趣味もない。が、君は違ったな。正々堂々奇襲攻撃を仕掛けてきた・・・・実に楽しい一時だった。よって、私を出し抜いた、私の傀儡ではないと宣言した貴女は合格だ。私たち地球連邦の魑魅魍魎と取引する資格を得た・・・・故に聞こう」ワイアットも頷く。ゴップが政府を、ワイアットが議会を傲慢にも代表して問うた。『何が欲しいのか』と。そして女は言った。「ええ、私の夫に権力を下さい。あのアヴァロン・キングダムという屑が座っていた椅子をあげて下さい」それは露骨。そして明白。故に圧倒的。「「「ハハハハハハ」」」三人が期せずして一緒になって笑った。あまりにも露骨すぎて、あまりにも健気すぎて。だからか、この淑女は、レディは必死に格好をつけて虚勢を張って精一杯の嘘で前に出て。勇気を振り絞って足掻いているのが丸見えだった。なんと可愛い事か。「汝、愛しき人を守る為に勇者のごとく倒れよ、か」ワイアットの口から出た。確か、あれは過去、伝説上の騎士の英雄を召喚した青年とその女性騎士の結末。望むものを得る為に全てを犠牲にする話だったような気がする。いや、違うか?モンスターなり異星人なりが地球を攻めて来て人類は愚かな内乱と内紛を続け逃げ支度。そして地球自体が滅びつつある話だったか?まあどちらも私は個人的には好きではない。紳士たるもの、レディや子供を戦場に送るなどあってはならんからな。(あれは・・・・それはなんだったか。何かの小説か或いはアニメーションの一節か?まあいい。この淑女はここまでしたのだ、能力はある。舞踏曲を踊る勇気と技量、何より胆力が。それに何だかんだとイギリスを優先して統一ヨーロッパ州を復興させた恩義もある。実利もある。彼が欲しいのは私の議長職ではないし、彼女が欲しているのは首相職だ)私は決めた。どうせ私の勢力基盤を誰かに譲るのだ。面白い方が良いだろう。なーに、ダメならまた待つさ。イギリスは世界を、七つの海を制するのに数世紀使った。その故事を思い出せばたかが数世代先。何ともない。「どうせ没落する前の最後の残光ならば面白い御仁にくれてやろう・・・・その方が、英国紳士としての意地を通したと祖先や英霊たちに顔向けできる」ならばこのグリーン・ワイアットも英国紳士らしく振舞おうではないか。精々、二枚舌外交の腹黒と言われた先祖の様に。かのウィストン・チャーチルの如く、大胆不敵に。「よろしい、大商人リム・ケンブリッジ殿。貴女に地球連邦の与党と与党支持勢力、そして与党の支持基盤を開放、譲渡しよう」続ける。「座り給え、ゴールドマンの次に。君の家族のために」そして。ゴップが言った。「これは君の夫にも遠い昔に、そしてごく最近にも言ったのだが・・・・・期待しているよ、リム・ケンブリッジ君」微笑み、彼女は起立し、胸に右手を当てて深々と一礼する。「ありがたく、頂戴します。我が子と我が夫の為に。私の望む未来の為に。かつて・・・・」「そう、かつて君の夫がギレン・ザビとイブラヒム・ヨハン・レビル、そして地球連邦から未来を自分の手で勝ち取ったように、な」一礼する女性にジャミトフは厳しく言い切った。そう、あの一年戦争の裏側で自分以上に駆けずり回って家族を守った夫。私の愛しい人達の為に、ただ自分の家族を自分の手の中にもう一度取り戻したい、その想いだけを胸に秘めて。「もちろんです、紳士の皆様。それでは・・・・・ごきげんよう」そのままアタッシュケースを置き、三人を残して退出するリムとジン。息子ジン・ケンブリッジは改めて両親の本当の仕事姿を見て圧倒された。これがケンブリッジ家を築き上げた自分の父親と母親。そして彼らの周囲にいた傑物達。隠れていた。しかし、だからこそ恐ろしいという事なのだ。決して姿を見せない狩人。故に、危険。それを打倒し、ある時は回避しててきたのが自分の両親だった。(・・・・・これを俺は・・・・・受け継ぐのか・・・・こうやって家族を・・・・・守るのか・・・・・俺は父さんや母さんのように二人を・・・・生まれてきた我が子達を守れるのか?)この不安は誰にも分からない。この不安は誰も答えられない。何故かって?簡単さ。未来は誰にも分からないのだから。同時刻 サイド2 近郊 エリア201ビーム砲が発砲した。やはりあれは軍艦。恐らくアクシズか反乱軍か。なんとなくエゥーゴ艦ではない気がした。強化人間の直感だろうか?更に連続射撃。狙いはそれなりに正確で、ミサイルも混ざっている。でもね!!「あははは!! やるぅ!!」イングリッドが乗った桃色のゲルググが高速で敵艦と距離を詰める。宇宙空間では至近距離という言葉ですら当てはまるかどうか、という距離をかすった敵のメガ粒子砲。更に発砲するも回避。おっと、敵も艦載機を発艦させるつもりだ。『こちらブラウン大尉だ。ブルー01と・・・・・ピンク01に通達する。敵艦回頭中・・・・・こちらから第六斉射を15秒後に開始する。二人共、味方の砲撃に当たるなよ』あの同い年くらいだったフレデリック・ブラウン大尉か。いい男だけど、同い年は好みじゃないなぁ。やっぱ出来る男は数個年上が良いよね。さて、前を見ないと。おっと。彼女は機体を操作し、再び最小限の動きで敵弾を回避した。旧式の第二世代モビルスーツ以前なら撃墜されていただろう。「いいわねぇ・・・・やっぱキマイラはゲルググじゃないと、ね!!」MS-14RBという形式番号だが、その内実はMS-14系列とは完全に別物。数年前、政略結婚の失敗で地球連邦に国籍を移したメイ・カーウィンが設計しているジェガン。ジムⅢを圧倒する機動性と火力に装甲。整備性もそれほど悪化してない傑作機。それのエースパイロット専用にカスタムされた特別使用機と同程度の性能を持つゲルググの現代版。「独立戦争の時と同じよ!!」そう、あの時も自分の手足のようにモビルスーツは動いた。訓練で使っていたMS-05ザクⅠから高機動型ゲルググに乗り換えた、あの時と同じ感覚がまるで男と肌を重ねている時の様な恍惚感をもたらす。まあ、それは言わないし、(まだ私は正真正銘の乙女なんだんけど、さ・・・・あんな女狐のシーマのどこがいいのよ!!ジョニーの馬鹿ぁぁぁ!!!)と、内心でいつの間にか年齢が遠くに離れた男を罵倒する。敵艦からの反撃。敵艦からの反撃。敵艦からの反撃。そろそろ鬱陶しい。「ふふん、そうそう軍艦の砲撃が私に当たるかぁー」ユーマは下から、私は上から。後方からシャクルズという小型移動艇を使って距離を縮めた。宇宙空間は慣性の法則がそのまま働く。一切の摩擦がないのだ。これは宇宙に住む者の常識。つまり、一度相手と距離を詰められるだけのスピードに乗れば、モビルスーツも敵艦が増速するか自分が減速しない限り距離は勝手に縮まる。ただし、訓練を受けた歩兵や海上艦隊の軍艦とは異なり、基本的に速度と比例して一直線に進むから先読みの技能がないと相手にとっても落としやすい。敵機の未来予測地点が簡単に計測できるのだ。故にジグザグで突っ込むのが宇宙戦闘の基本で、その基本動作を如何に効率よく行い、しかも死角から飛んでくるデブリという名前の凶弾を回避できるか。デブリだろうが敵弾だろうが、何らかの形で危険な角度と速度でくらえばほぼ確実に死ぬのは変わらない。これを避ける事、それが宇宙世紀0079のジオン独立戦争以来求められる宇宙軍のスキル(技能)となる。「さあ、こいつの出番ね」距離は十分に詰めた。360mmジャイアント・バズを片手で構える。無反動砲とはいえ、反動はゼロじゃない。だが、それも予測済み。「重巡洋艦といえども・・・・艦橋にこれを撃ち込まれたらおしまいよ」(ジョニーがシーマとかいうオバサンと良い感じだ・・・・と?あのオバサン、何が、大人の、色気よ、何が、お子ちゃまは、すっこんでな、よ!! 馬鹿にして!!)とりあえず、彼女、イングリッドが余裕であり、やっぱり余裕がないのはテミス株式会社の社員一同の一致した事である。無論、当人はバレてないと思っているが。「は、沈んだ!!」イングリッドが引き金を引いた。一方で、それから3日前の事。宇宙空間 エリア606 俗称『ラビアンローズ宙域』この宙域には『ラビアンローズ』という名前の小型コロニーサイズのアナハイム・エレクトロニクス社所有の大型ドッグがある。宇宙世紀初期に建設された初期型コロニータイプに匹敵する規模であり、完全な自給自足と10隻前後の艦艇の補修作業、2隻の船舶の同時建造が可能。その一室でウォン・リーはウィスキーを飲んでいた。青紫色のスーツ姿。リラックスしている。所謂、マフィアが持つセーフティ・ルームである。「隠れ家で老後を過ごす、か。まあ、それなりだ」悪くはない。そう思える。少なくとも上司よりはマシな待遇だった。尤も、地球連邦から追跡リストに載っているという点で彼は相変わらず崖っぷちにいるのだが。本人も当然の如くそれは自覚している。だから治外法権と言って良い『ラビアンローズ』の重役専用室に逃げ込んでいる。ここにはエゥーゴ派の逃亡者らが過半数を占めている。そして何よりも彼にはある伝手があり、それを有効に活用していた。「確かに・・・・俺はあのジャミトフ・ハイマンら地球至上主義者とティターンズ、それに北米州・・・・アメリカ合衆国の正義に対する妄信を侮った」自分たちが関与した「水天の涙」を完膚なきまで利用し、後腐れなく徹底的に粉砕したティターンズ。これを利用して更なる地球連邦内部の政治勢力を巨大化させる北米州らの議員。筆頭は、あのティターンズ第二代目長官にして国家救国の英雄、名誉貴族として地球連邦の正式な男爵にまで成り上がったウィリアム・ケンブリッジ。(奴は馬鹿な下っ端に直接命を狙われた。それも家族ともども。もはや取引できる相手ではない。どこの世界に自分を撃った人間を信用して手を差し伸べてくれる奴がいる?そいつは底抜けのお人好しで馬鹿か、或いは何か腹に含んだものがある奴だ)どちらにせよ信頼できないという点で一致する。よってティターンズに頭を下げる事は不可能となった。(信頼できん相手を信頼した場合どうなるか、南極条約がどうして締結されたか。デギン・ソド・ザビが何故地球に幽閉されたか、裏切ったレビルらの派閥は戦後どう扱われたのか、少し考えれば簡単に想像がつくな、ふん)よって『水天の涙』はある意味で好機だった。地球連邦内部の大掃除という点で。自らがテロにあった、実際に銃撃され生死の境を彷徨った、家族も狙われていた。それさえも利用し、出世したウィリアム・ケンブリッジ。少なくとも事情を知らない第三者にはそう見える。まして敵とされたならば尚更。絶対多数の数の暴力で、自身の潜在的な敵対勢力をまるごと一括してテロリスト集団に認定、社会の敵として公私を問わずに抹殺する。この手際の良さをギレン・ザビでさえ絶賛。(それ自体は正当なやり方だ。弱った犬を叩く、水に落ちた犬を叩いて溺死させるのは資本主義の、弱肉強食を是とする競争社会の本質。俺はそれに敗れた。会長もビストも、だ。だからこうなった。こうなってしまった。それが大人の世界を生きるという事であり、生き馬の目を射抜くということなんだろうなぁ)が、彼もまだ生きている。生きている限りは逆転の目はあると信じて行動する人間。よって、ウォン・リーは地球連邦内部でティターンズ以外の最大派閥になったのゴップ内閣官房長官と裏取引をした。ゴップ長官はいくつかの条件をつけて彼の亡命生活を支援する。先ずは娘との表向きの絶縁。自らの血族であり、表向きは娘ステファニー・リーを代表取締役としてその支配下にあるルオ商会。地球連邦直轄都市「香港」から極東州台湾の新都心である東南部のカオシュン市に本社を移転。自らはカオシュン宇宙港株式会社の個人株主に就任する。これで個人的な老後を安定化させる。一方で娘を介して地球連邦政府上層部にコネクションを保持。「ウィリアム・ケンブリッジは堅物だが、現地球連邦政権全てがエゥーゴ派閥抹殺を掲げる訳ではない。表はどうであろうと裏では適度な騒乱を望むものは居る。それに、経済再生という意味でウィリアム・ケンブリッジは良くやってくれた。例の宇宙港拡大計画はアジア州と極東州に基盤を置いていた私個人の会社を上手く発展させている。この点だけはありがたい事だったよ」当時ティターンズ副長官であり、本来の業務である戦災復興の陣頭指揮をとっていたウィリアム・ケンブリッジは一年戦争の後にいくつかの計画を行っている。筆頭に挙げられるのが複数の宇宙港新設や規模拡大。台湾の東南部地域にカオシュン、日本列島の沖縄にカグヤというマスドライバー宇宙港を新設。従来の巨大宇宙港と海上港、空港の複合施設だったパナマとジブラルタルをそれぞれ三倍の規模に拡大。更にギガ・フロート技術の粋を結集したトラック宇宙港を起点に、月面に統一ヨーロッパ州資本を活性化させる為に、それらの企業とジオン系資本共同開発のビクトリア宇宙港を新設。これらが稼働したのは戦後5年目の宇宙世紀0085年冬になってから。しかし、戦火を免がれた極東州、オセアニア州、アジア州の生産力が一気に宇宙開発に投入された事で各スペースコロニー再建計画は一気に加速した。『脱線覚悟の大加速』と揶揄された賭けが成功したのは奇跡でもなんでもない。単にたった一文で言える。『全員が与えれた仕事を真面目に取り組んで、それにキチンとした報酬を最高責任者が責任をもって支払っただけ。誰もが失敗を恐れなかった。それは最高責任者が責任を取る、それは戦災復興を完遂する事だと宣言して自ら汗水たらして働く、だから私についてきてほしい』だ。結果、10年はかかると思われた計画は順調に進み、地球連邦の太平洋経済圏と同盟国ジオン、一部のスペースノイドや月面都市群は戦災復興特需による大好景気を迎える。それに乗り遅れた者達の妬みを成功した人間らは盛大に購入。当然の如く着火した。それを待っていたあの男。これら人間の負の感情を全て利用し、成り上がり、敵を殲滅し、邪魔な存在を切り捨てて今の自分を作った。『だから忌々しいの、違う?』「だ、誰だ!?」あわてて部屋を見回す。時計の針が午後8時を指した。電子音でそれを知らせただけだ。単にそれだけの筈。(な・・・・なんだ・・・・くそ、なんだ・・・・ただの幻聴だ。ふ、俺も落ちぶれたな。こんな事で・・・・取り乱すとは・・・・ええい)あの女は兄とは違った。悪い意味で往生際が悪すぎた。ビストの名前を持った重役。アナハイム・エレクトロニクス社の監査役筆頭として事業計画とその公表権限、報告を一手に握っていた女。が、『水天の涙』で危険人物とされ、ロナ一族の暗躍で地球連邦の特殊機関から抹殺対象に格上げされた女はイライラした様子でどこかに去った。今も隠れ家で俺と同じくビクビクしながら翌日を迎えているのだろう。まあ、それはそうか。(ふん、そう考えてみればそうか。あのビストの女は警察に捕まれば全てを失う。私も同様だな、あのヒューカーヴァイン会長のように、な)裏取引をしたゴップは俺を黙認しただけ。決して味方ではないし、仮に害悪や自分にとってお荷物となれば容赦なく切り捨てるだろう。それはウォン・リーだけでなく、どこにいるかは知らないマーサ・ビストにも該当する。因みにウォン・リーは会計参与(アナハイム・エレクトロニクス社の財務の最高責任者)のトップ。これに完全ワンマンであったメラニー・ヒューカーヴァインを加えると何ができるか?月面都市に本社をおく複合産業企業『アナハイム・エレクトロニクス』の予算・会計・事業を好き勝手できる上、政府組織からも隠蔽できるのだ。『粉飾決算』『虚偽表示』『虚偽取引』である。俗に言うならば。しかも規模が段違いになる。その表の象徴がこの複合多目的宇宙船『ラビアンローズ』であり、裏の象徴がエゥーゴ派閥残党軍の集結地点『茨の園』である。両者とも万単位の人間を養える。しかも『茨の園』に至っては独自のモビルスーツ・モビルアーマー開発、生産、軍艦の建造も可能な重工業コロニー。『会長が捕まった。次はあなたか私よ・・・・私は逃げる。貴方もそのつもりで、ね』そう言って去ったビストの一族。逃げるのはありだ。生きる為に。が、俺は嫌だった。どうせなら前を向いて生きたい。前を向いて死にたい。だが、それ故に俺は別の方法で生き残ってやる。「さて、これで何とかなるだろうか・・・・」宇宙世紀0090、春。地球連邦の巨大企業アナハイム・エレクトロニクス社が一個中隊のモビルスーツとそれを維持する為の部品を用意し納品。地球連邦軍輸送艦隊に引き渡す。そして。その艦隊はエゥーゴ派とアクシズ艦隊の攻撃を受けて壊滅した、と、報告書が上げられる。取るに足らぬ事象として処理した地球連邦軍宇宙軍、グリプスにある宇宙艦隊司令部。ちなみに損失した輸送艦コロンブス4隻に納品されていた機体はジムⅡとある。それから2日後。行方不明となった艦隊はラカン・ダカラン指揮下のアクシズ軍に摂取された。乗組員も半数は捕虜、残りはタウ・リンのヌーベル・エゥーゴに参加する。さて、現物を見た夜。「ははは、そうか、お前も気になるか。ああ、あのドーベン・ウルフは良い機体だ。あの男もまあよくやる。想像以上だ。手を組むに値するな。口先だけのハマーン・カーンの信望者や強化人間らとは大違い、という事かな?」そう言って互いに殺気だって殺し合うつもりで抱いている女、レズンに語りかけるラカン。その4隻のコロンブスに護衛艦隊を乗組員ごとエゥーゴ派閥に入れ替えたウォン・リーと地球連邦軍内部の反ティターンズ勢力。彼らは共同して合計7隻(サラミス改級巡洋艦3隻、コロンブス4隻)の艦隊をタウ・リンに引き渡した。『ジムⅡ』という名目でアナハイムが納品した、本当の中身は『ドーベン・ウルフ』という重モビルスーツ一個中隊とその詳細な設計図に予備部品。これといくつかのマザーマシン付きで。ラカン・ダカラン中佐は獰猛な顔で自らの愛機を見て思った。(タウ・リン、奴は約束を守った。ならば俺も守ろう。俺は戦闘狂だ。だが、それ故に戦士の約束は守る)どうやったのかは知らん。知る必要は無い。しかし、ラカンの要請である『地球連邦軍相手に互角以上戦える部隊とモビルスーツを用意してくれ』という無茶をあの男は叶えた。叶わぬはずの願いは叶った。「ならば、だ。俺はアクシズでどう思われようがあの男に対しての筋は通す、それが俺の流儀だ」そういって。そう言っていたらこの女も俺をその体で誘ってきた。狙いはギラ・ドーガとか言うゲルググのコンセプトを受け継いだ新型機だろう、このアクシズでタダで動くバカは・・・・まあ、そんなにいない。特に上層部になれば派閥抗争で食料の配給が決まる。故に媚を売るやつは警戒しなければ。文字通りの命懸けの縄張り争いだ。誰だって冷凍睡眠とか言う人体実験台送りは嫌なのだ。気がついたら数世紀後とか、死んでいるとかは嫌だった。それでも俺は。(俺は俺の信念を貫いてやる、それが死んでいった部下への最低限の、そして唯一の俺が出来る供養だ。殺してやる相手への最後の礼儀でもあるからな)そう思う。だから損なことをもする。「あたしらにも例のギラ・ドーガをくれるのか? そいつは?」「ああ、俺にお前が味方するなら、な。俺から強請ってやろう」「なら・・・・もう少しご奉仕した方が良いかな?」メスとして言うのだ。この男はいい情欲の対象となる、と。メスの本能を満たしてくれるならそれでいいか。既にここにはもう『死』と『欲』以外無いのだから。パンドラの箱に最後に残った『希望』とやらはとっくの昔に流れて消えた。これが事実。「お前が地獄を見たいなら相手してやる」大胆不敵。傲岸不遜。「そいつはイイね。なら、もう一回戦と行くかい? ラカン中佐?」そう言って女は男を襲う。二日後 サイド2 近郊 201宙域「こいつ!!」真横から一機の赤いモビルスーツが接近する。イングリッドがそれに気がついたのはユーマから警告があったから。直感が言う、こいつは不味い、と。(身軽にならないと!!)ジャイアント・バズを咄嗟に捨てた。直後、ビームライフルの狙撃。見事に弾倉に直撃、誘爆。それをきっかけに両機は巴戦闘に突入。互いに背後を取るべく行動する。急加速とAMBACを利用した急制動。同時に射撃。『左捻りか!!』「この私についくる!?」互いにビームライフルを向けて撃つ。しかし、当たらない。当てられない。互いにロックオン警報がコクピットに表示。それを見た瞬間に緊急回避する。或いは盾で防ぐ。千日手となってきた。近距離故なのか、もしくはミノフスキー粒子が薄くなっているのか。お互いの声が聞こえる。『アスナなのか!?私にオートを切らせるとは!!』「ちい、まさか落ちぶれてたあの赤い彗星とでも言うの!? マニュアル操縦じゃないとやられてる!!」赤い未確認機はこちらのゲルググについてくる。ピンクと赤。傍から何も知らないものが見ればエースパイロット同士の見世物、演習だと思うだろう。が、実態はそれとは真逆。実に滑稽な機体色だが、双方ともに技量はベテランの域にあり、かなりの高速機動に互いに背後を取るべく動く先読み戦闘。(実に、巧みだ。だけど、赤い機体に負けるのだけは嫌だ)イングリッドが思う。それなりに屈折した恋心で。「赤い彗星に負けたらさ・・・・ジョニーに会わせる顔がないのよ!!」まるでジョニーに拒絶されてしまう様な気分になる。そしてジョニーがライバル視していた、しかも相手は眼中にないと言わんばかりの態度だった赤い彗星らしき存在に負けたとあれば・・・・誇りが許さない。「ジョニーみたいにゲルググのRをもらえなかった・・・こんのぉ落ちぶれ野郎が!!とっと落ちやがれ!!」ビームライフルから一斉射撃。三連射撃。更にシールド内蔵のグレネードランチャーを二発連続投擲。が、撃ち落とされた。敵は認めたくないが・・・・私より手練かもしれない。『ふん、そっちこそニュータイプの成りそこないの癖に!!アナタを・・・・アスナさん・・・・アナタを殺して私が本当のニュータイプになるのよ!!』イングリッドが私怨丸出しの射撃をする。敵も意味不明な言葉で反論する。言っている事は互いに子供じみているが、やっている事はそこいらの玄人顔負け。が、それでもなお互いに決定打を欠いた戦闘が継続される。いいや、正直いって諸々の事情から小学生か中学生程度の体格のイングリッドが不利になっている。それは相手、未確認機体の赤(レッド1)のパイロットも察してきた。なんとなくだが、ゲルググの反応速度が鈍っている気がする。そう感じている。最も、それは相手がエリシアという強化人間であったから理解できたのかもしれない。ムラサメ研究所で強制的に強化され続けた第六感の直感で。「ええい、もう時間が!!」『接近戦か! アスナ!!!いいだろう・・・・ビームサーベルで直接焼き殺してやる!! 覚悟しろ!!』「黙れぇぇ!!」それは『キマイラ』の艦橋から情報分析をしていたフレデリック・ブラウン大尉には良く理解できた。彼も独立戦争以来最前線勤務のエースパイロットだ。「ジャコビアス中佐」おもわず大尉は本当の階級で話しかけた。それだけ余裕がない。今も、ビームサーベルを使って敵機のライフルを切り落とそうとして逆にシールド内蔵の大型ビームサーベルにシールドを切断されたイングリッドのゲルググ。対して敵は無傷に近い。慌ててイングリッドが後退。追撃する敵にグレネードを数発威嚇射撃するが全て回避されてしまう。「このままでは不味い。増援を送るか撤退するか、今すぐに決めるべきだ増援なり撤退命令なりを出さないと二人共孤立して落とされるぞ?」そう、もう一機のユーマの青いゲルググRB型もオレンジ塗装の同系統の敵機に拘束されている。指揮官は冷静沈着であれ。そして。出来ない事はやらない。100を助ける為に1を切り捨てる。それが独立戦争を下士官として開戦初日から戦い続け生き残ったフレデリック・ブラウンの信念。いや、経験則に基づいた生き方。そうしなければ自分も死ぬ。自分が死ねば、年老いた両親に親孝行ができなくなる。今回の任務とてエギーユ・デラーズ総司令官直属の命令と本国守備隊隊長への栄転に一時金の補償があったから参加している。本来は本国守備から離れたくないのだ。家族の為にも。それはテミス社長にしてジオン親衛隊中佐のジャコビアスも同様。「そうだな。近くに友軍は?」通信員に確認する。まあ、艦橋にいれば答えは自ずとわかるが・・・・・念のためだった。「いません。最低でも合流予定には10分は必要です」「そうか」顎に手を当てて思案する。やはり単独では無理があった。そうだ。これ以上は。「・・・・・大尉」「はい、社長」二人の会話。いいや、モビルスーツ隊指揮官と司令官の会話だ。「エンマとダリルの2機を送ると敵の逆襲を受けると思うが、君の意見はどうか?」艦護衛に残した市街地戦塗装のゲルググRB型2機。これに自分とブラウン大尉の機体を合計して4機。全力攻撃をしかければ敵の重巡洋艦を撃沈できるかもしれない。しかし、そうなると。「同感ですね。私も攻撃続行は反対です。敵は確実に艦載機を温存している。敵の司令官は最初から敵重巡洋艦を逃す事だけを念頭に考えていた。故に砲撃戦に終始しており、艦載機も最低限以外は出てない。まあ、だからユーマとイングリッドが生き残っていると言っても良いが。下手に複数展開すると回収に時間をかけて接近中のこちらの友軍や連邦軍が到着し、予定時刻までに離脱できなくなる。更に、社長と自分がでて数で押し切ろうとした場合で敵に援軍がいた時。キマイラで全体の指揮を出来る者がいない上、母艦の直援機が一機もいなくなる。撤退のタイミングを逃しますな。そうなればどうあがこうとも結果的に・・・・・」あとは言うまでもない。つまりだ。「このまま行けば消耗戦。短期決戦はリスクが高すぎる。かといって援軍はいつくるか分からない。敵の残存戦力は不明だが・・・・恐らくはこちらの二倍前後」そういう事だ。ならばなすべき事は定まっている。「ユーマ機とイングリッド機の撤退援護用意・・・・大尉、タイミングは任せるぞ」「了解。こちらブラウン大尉。エンマ、ダリルは周囲警戒のまま前進して先発部隊の回収作業準備。砲術、全力射撃だ。後先を考えるな!!」ジャコビアスとブラウンの阿吽の命令。前方射撃に特化しているジオン軍らしく、このザンジバル改『キマイラ』も同様。ジオン軍の艦艇は基本的に一定方向への一斉射撃こそ本領を発揮する。ムサイ軽巡洋艦級、ザンジバル級機動巡洋艦、ドロス級大型空母、ガウ攻撃空母などがそうである。アクシズ要塞で建艦されたエンドラ級巡洋艦や今回交戦している不明艦(ムサカ級重巡洋艦)もそうだ。これに対して連邦軍は全方位に対して均等に砲撃できる様な艦砲配置になる。どちらが良いのか。それは両軍の仮想敵対勢力が理由になる。ジオン軍は絶対多数で劣る事を前提に、地球連邦宇宙軍。対して地球連邦軍全体は地球の非加盟国を除けば基本は宇宙海賊。ジオン軍とて0079の開戦までは地球連邦から見て単なる宇宙海賊の集団扱いだった。故に、一点集中射撃と敵軍密集が前提でこれの撃破を目的とするジオン軍。故に、全方位戦闘と船団・航路護衛、隕石警戒が目的の地球連邦軍。後は、自ずと明らか。因みにジオン軍も後期ムサイ級や建国初期の航路護衛目的で設計したチベ級重巡洋艦、後に総旗艦となるグワンバン級などは砲塔配置が連邦型に近くなる。逆にジオン軍の初戦の圧倒的な活躍(ルウム戦役など)とミノフスキー粒子の登場で戦術変更を余儀なくされた連邦軍。彼らの戦後建造の軍艦であるサラミス改級やアレキサンドリア級重巡洋艦、アイリッシュ級戦艦、アーガマ級惑星間航行巡洋艦はジオンの戦訓を反映して前方火力密集型に近くなっている。まあ、余談はここまでにしよう。「撤退信号確認・・・・よし撤退だ!! イングリッド!!」ユーマが割って入る。それにようやく気がついた。過労で失神寸前な自分。覚醒剤を使って強制的に戦場を戦い抜いていた。無自覚で。「残弾がないだろう!!」「あ、ああ」これでは不味い。負けるのは嫌だが死ぬのはもっと嫌。「わ、わかった」何とか機体を母艦のキマイラに向ける。それを確認したのか、キマイラのみんなが援護してくれる。エンマとダリルの二人もこっちに向かっている『待て!! アスナ!! 貴様!!』なんだ?通信?『ここまできて逃げる気か!!私から全てを奪っておいて!!!また勝ち逃げなのか!!まて!! アスナ!! アスナァァァ!!!』何とか拾ったのは怨念のような声。だが、もういい。今日は疲れた。なんて・・・・「なんて言うか!! この赤い彗星もどき!!!どんな面してジョニーに顔を向ければいいのよ!!あんのオバサンに勝ち誇らせる!?冗談じゃない!!!」「な!? イングリッドお前何言ってんだ!?」ユーマが何か言っているが知ったことか!!それは赤い未確認機の方も同様だった。隣にはオレンジの同系統機体が回収作業の真っ最中。だが。「卑怯と思うなかれ!!女の戦いは・・・・・やったんもん勝ちなんだから!!!」急接近。Gなど構うか!!そのままビームサーベルで一閃。赤い彗星の乗っていた、或いは乗る予定だったと思われる機体を袈裟懸けに切り裂いた。右足と右腕を切断。腰の部分も溶解。「ざまぁみろ!!」そのまま急加速で離脱。さらにジャコビアス達が放った大量のクラスター爆弾が彼らの前方に散布。下手に狙わない分、逆に回避行動は困難。「じゃあね、赤い彗星のモノマネ人間さん!!私の勝ち・・・・・今日は見逃してやるからありがたく思いなさい!!」民間の緊急救難回線で全方位に言ってやった。恐らく相手も聞こえたのだ。狂乱したようにビームライフルを撃ってくるが既にこちらは母艦の対ビーム攪乱膜の内側。つまり、もう無駄。「あははは、楽しかったよー」落とせなかったがまあいい。そう思って着艦した自分はブリーフィング後にブラウン大尉に思いっきり殴られて営倉入りとトイレ掃除3日を命ぜられた。(理不尽だ)とは、イングリッドが不貞腐れて帰還したユーマらに愚痴った言葉。しかし、ジャコビアスら艦橋の面々にとって、イングリッドが行った攻撃。それは第三者から見れば捨て身の特攻にしか見えなかった。仮に相手が・・・・・いや考えるのは止そう。とにかく、戦死者ゼロ。ただし、戦果もゼロ。「さて。上はどう見るか・・・・それに連中はどこへ行き何をする気なのか・・・・気になる」だが、それを追求する術は無く、積極的に追求したいとも思わない。自分にとってはこの特務任務は終わったのだから。「社長」「なんだ、大尉?」彼は帽子を取ると言った。はにかみながら。きっとこっちが彼の本当の素顔なのだと艦橋の連中全員が思えるほど不器用な表情で。「遺族年金機構に申請書を書く必要がなかった、それでいいじゃないか。後はバカをぶん殴って帰ろう」そう、そうか。「ああ、大尉。バカを説教して・・・・それでこれは終わりだ。それでいいな」一方で。「エリシア、開けるぞ」ヤハギは見た。帰還したリバウは放棄するか共食い整備に回すしかない程の損傷を受けている。故に整備班の行動は正しい。だが、肝心のパイロットがいない。まだコクピットハッチを開けず、エリシアが出てこない。強制的にハッチを開ける。「!!」「アスナ、アスナ、アスナ、アスナ、アスナ、アスナ、アスナ、アスナ、アスナ、アスナ、アスナ、アスナ、アスナ、アスナ、アスナ、アスナ、アスナ、アスナ、アスナ、アスナ」それは呪詛。幼児退行を起こしかけた教え子は、アクシズ要塞に戻り次第ハマーン・カーンらの庇護下にいたムラサメ研究所の『条件付』によってなんとか正気に戻された。いいや、正確に言えば狂気で傷跡を塗りつぶしたといって良かっただろう。これは悲劇の始まりとなるのだが、この時点では誰もそれを予期する者はいない。宇宙世紀0090 春 戦闘終了から5日後 『茨の園』タウ・リンは自室で見る。それはあるデータ。「ふう、一時はどうなるかと思ったが・・・・確かに手に入ったな」ウォン・リーはヤハギのムサカのイージスシステム内部に「あるモビルスーツのデータ」を紛れ込ませた。だから態々危険を冒して正規の手続きでアナハイム・エレクトロニクス社の名義の船を出したのだ。仮に拿捕臨検されても単なる武装貨物船と強弁する事が出来るように。そして臨検される可能性を下げること、こちらに重点をおく。結果的にこれは成功し、タウ・リンは独自の地球連邦軍内部の反ティターンズ勢力らから『UC計画』の実験機のデータを自らの手元に引き寄せた。それは、『シナンジュ』と、後世に呼ばれる機体設計図。また各地の民間航路を使って密かに年単位で物資を密輸。これはジオンの反地球連邦勢力と内応して成功する。経済原理が敵味方原理を押し流した。歪んだ形で。現物を作る為の各部品の詳細な設計図。また、『茨の園』に隠してあるジオンのダイクン派が『暁の蜂起』と『史上最大の敵前逃亡』で発生した混乱期。その時にジオン占領下の各地から一切合切持ち出せる限り持ち出したモノ。『ミナレット』と名付けられた大型兵器廠HLV。『ダイクンの遺産』とも揶揄されたそれを使って、タウ・リンはハマーン・カーンに一機のモビルスーツ、即ちシナンジュ一号機を献上した。これとドーベン・ウルフの配備、各地のエゥーゴ派閥の吸収と地球に残っていたアクシズ先遣部隊やジオン反乱軍残党兵力、反地球連邦の軍閥らを糾合。後に、『叛逆者の宴』という最後の戦いの準備を整えていく。「さて、あと5年。5年もあれば確実に俺はやれる」宇宙世紀0090 夏地球連邦はサイコミュ独自開発成功を正式に発表。一方で、ギレン・ザビはカーラ助教授をジオン国立大学総合学部のミノフスキー粒子・サイコミュ総合研究所所長に任命。これを機にジオンはサイコミュの民間活用を開始し、やがて宇宙世紀120年代、『ラフレシア』という手足を使わずに脳波コントロールで、数十本の『触手』と呼ばれるアームを遠隔操作できる巨大MAを開発に着手し成功した。また、完全なサイコミュを応用した採掘機械『バグ』シリーズも市場に投入。巨大戦艦クラスに大型核融合炉を直結して電力を確保する必要こそあったが、これらの開発で木星の衛星イオや火星のアステロイド・ベルト、地球圏本土に運ばれた数多の資源衛星採掘開発が活性化。宇宙世紀120年代の不況を吹き飛ばす原動力として人々は『サイコミュ』を『希望の星』と捉えて行くことになる。これら連邦から忌避されるようなコードネームで開発が進んだ機体らは、義手義足の人々にモビルスーツという新しい肉体を与え、それがやがて人類世界にとって大きな糧となる。『ジオン軍によって地球連邦軍を圧殺するために作り出された兵器』から、『全人類の希望の星、期待の超新星』『脳波で機械を動かせるという、我々の誇る、蒸気機関や飛行機、コンピューター、インターネットらに匹敵するような新しい産業革命』という形になっていく。が、それはこれより遥か未来。そして近い未来には最後の動乱が迫っていた。宇宙世紀0090、歴史に特筆されないこの年も人々は精一杯生きて、戦っていた。後書き。これにて三部作は一旦終了です。空白の五年間の一部を抜粋。皆様の感想を頂けたら幸いです・・・・では、日射病にお気をつてください。それではまた(o・・o)/~2015年7月11日 ヘイケバンザイより。