ある男のガンダム戦記05「開戦への序曲」宇宙世紀0079.01.03。地球から最も遠いサイド3はジオン公国を名乗り、地球連邦政府に対して独立戦争を仕掛ける一歩手前まで来ていた。が、ここでデギン公王自らがジオン全土、つまり総帥府と議会に政治工作を行い最後の外交交渉を申し込む。片や地球連邦政府は信義に基づき、ウィリアム・ケンブリッジ以下40名を非武装で派遣する。一応、ルナツーから月軌道までは第3艦隊が護衛についたが、サイド3ジオン公国の領域内部に入港したのはスカイ・ワンとコロンブス級1隻という2隻の非武装船のみ。『ジオン独立問題』総帥服のギレン・ザビとスーツのサスロ・ザビ自らが出迎える。こういう儀式では敢えて公王などは後から出して政治カードにするのは常識なので一部の若手以外は平穏無事にズム・シティに入った。会場は公王府周辺の第一級ホテル。(私の人生二度目のジオン本国か。結構変わった。まるで戦争前夜だ)そう、戦争こそが今回の議題。今までとは違い、私が最高責任者にして全権大使。向こうもギレン総帥自らが交渉にあたってきている。『いかにして妥協点を探り、双方の国民を納得させるか』これについて約三週間議論していた。連邦政府、つまりこちらはジオンの軍備解体、非加盟国への最新工業機器輸出全面中止を条件に独立を承認すると言う案を出す。ジオン側は、軍備を保持し連邦各州と同程度の権利を求めた上で、自分たちを『独立国』、『地球連邦の同盟国』として認めるように要求。これができれば軍縮(あくまで軍縮)に応じ、非加盟国との密貿易を止めると言う。議論は平行線をたどる。ジオンにとっては外貨と資源、水獲得の最大の手段が密貿易である以上それを破棄するには大きな決断以上の何かがある。方や、連邦政府も無条件降伏に近い対案を出してこない限り、そう簡単に割り切れない。地球の連邦非加盟国問題もリンクしているのだから下手な対応は自爆に値する。(だいたいもう連邦政府も連邦軍上層部もジオンも戦争する気なんだよな今回の交渉だって私は悪くない、悪いのはあいつだって言う為の茶番劇の様なものだ)と思う。思うけど手を抜かない。こういう変な真面目さはアジア系の妻に似てきたと思う。それに上手くすれば何万、何十万、下手したら億単位の人間を救えるかもしれないのだ。これ程の重圧と高揚感を抱える仕事もないだろう。き真面目と言いますか、そんな真面目さが自分をここまで追い込んだのだが・・・・・気が付かないのは誰にとっての不幸だろうか?ウィリアム・ケンブリッジか、それとも交渉相手のギレン・ザビか、若しくは妻か?とにかく、いつの間にやらタフネゴシエーターになっていた私はジオンの交渉団にとって極めて厄介な存在だったらしい。マ・クベ中将が休会間際、『貴殿ほどの人物がジオンにいれば我らの独立も後5年は早く達成できた』という意味深な言葉を残している。まあ、彼はジオンきっての地球通。あまり本気にしない方が精神の為に良いだろう。今は亡きキシリアの私設機関、俗称キシリア機関を立て直したやり手らしいがその分性格も複雑だった。(でも驚いたな。突然ギレン氏が倒れたんだから)それは会議もだれてきて一度休会する事を決めた時の事。休会を宣言したギレン・ザビ総帥は椅子から立ち上がり・・・・・そのまま円卓に突っ伏した。ドン。という鈍い音共に。『ギレン閣下!』『総帥!!』『代表!?』隣にいたサスロ氏と後ろで控えていたデラーズ准将(良く分からないが数年前に会った時に比べて昇進していたようだ)が随員と共に慌てて駆け寄ったのが見えた。正面に座っていた連邦代表団の代表で、全権大使でもある私にとってもそれが政治手段としての演技には見えなかった。「申し訳ないが・・・・・休会させて頂こう」サスロ氏の苦悶に満ちた表情からその言葉が出る。と同時に連邦側からはいい気味だと言う感じの空気が流れた。胃が痛い。頼むからそんな幼稚な反応するなよ。仮にも相手は国家元首クラス、連邦で言えば州政府の代表たちと同じと考えて良いんだからな。一旦、休会となって私たちはホテルの自室に戻った。「ここは?」それからしばらく経ってギレンが目を覚ました。彼は困惑する。彼の最後記憶では、自分は確かあの男の前でジオン独立の為の戦いを繰り広げていた筈。そう思うと看護婦らしき人物が入ってきた。それは白衣を着た第一秘書のセシリアだった。「何が起こった?」極めて冷静に聞く。それに対するセシリアもギレン好みの女性だけあって冷静に返す。「閣下はお倒れになりました。主治医の見るところ心労と過労による疲労の蓄積が原因です。5日間、目を覚ましておりませんでした」カルテを置く。内線電話にアクセスすると同時に、携帯型の情報端末を持って来てギレンに現在の状況を伝える。会議の模様が映し出された。正確には会議室に残ったジオン側の混乱が、だ。「一時的にサスロ様が代行すると言う事で合意しましたが二日目になっても閣下がこん睡状態から戻らない為に外交交渉は休止。恐らくですが、閣下の昏睡を理由に交渉自体が終了するでしょう」そう言ってセシリアは纏め上げたレポートを見せる。自分も同意見だ。そして漸くにもここが何処かも気が付いた。ズム・シティのザビ家私邸ではないか。総帥府でも公王府でも議会議事堂でもない。「都合が良いな」「は?」何でもない、それよりも父上とサスロ、ドズルにガルマを隠密裏に呼んでくれ。内容は任せる。ギレンは珍しく人にものを頼んだ。彼らしくなく命令では無くて。それから2時間後、件の2人が来た。サスロだけは3時間かかった。理由は連邦代表のケンブリッジが見舞いに行くと言って聞かなかった為だ。「ウィリアムがそんな事を言うとは・・・・・恐らくは敵前視察か・・・・・相変わらず油断ならんな。確かに見舞いに行くと言う相手を追い返すのは余程の理由が必要だ。それでだ。サスロ、何と言ったのだ?」面白そうに、寝間着のギレンがポールスミス製の紺色の高級スーツにて対応していたサスロに聞いた。人としての余裕というべきものが言うのが、地球視察後のギレンには出来ていた。或いは視野が大きく広がったと言って良い。これがデラーズ准将ら親衛隊だけでなく中道派から絶大な支持を集める切っ掛けになったのだから、人生分からないものだ。「・・・・・・人生塞翁が馬だな。ギレン兄。実は今日が峠だ、家族葬になるかもしれないと言って議場を抜け出してきた」一瞬だがバツの悪そうな顔をする。そんな顔をするなよ、弟。「ククククク。そうか。それは良い」ギレンは笑う。それに父デギンも弟らも不思議そうな顔をする。自分が死ぬと言われて喜ぶとはどういう事か、そんな表情だ。(己が意識を失う程疲労し、交渉中に倒れたのは予想外だったがこれは奇貨なのかもしれない。考えてみれば恥と言う外聞さえ除けばこれ程立派な時間稼ぎもないだろう)そしてギレンは命令する。「ドズル、宇宙艦隊はどうだ?」等々に話を振られながらもこの時点でジオン軍中将と言うジオン宇宙軍最高級の階級にいるドズルは答えた。ちなみに大将はギレンであり、元帥職は存在しない上、ザビ家の権威から見てもドズル・ザビがジオン軍実戦部隊のトップになる。「練度は問題ない。総数も300隻に達する。それでも連邦宇宙軍の三分の一だが・・・・・兄貴、それより自分の体調を心配してくれ」俺は嫌なんだ。もう家族を失うのを。そう続ける軍服姿のドズルにギレンは苦笑いしながらも公人として、ジオン公国総帥としてジオン国防軍の軍総司令官に命令する。「宇宙世紀0079の6月までにドロス、ドロワ、グワラン、グワデン、グワリブの建造を完了し8月1日までに実戦配備させろ。ああそれとだ、可能な限りで構わんが全力を挙げてMS隊も新型機に切り替えるのだ」三人がその言葉の裏にあるモノを察知した。一斉に険しい表情になる。デギンがせっかくの和平交渉をふいにするのか、もう後戻りできないのかと問う。「ギレン。お前は本当にやる気なのか?もう言葉では解決できないのか?」が、ここで父親の嘆願を切って捨てたのは意外にも次男サスロだった。「親父、もう駄目だ。連邦はこれ以上譲歩できない。これは交渉してみていれば分かる。ケンブリッジは己の生命をかけて此処にいる。だが、いや、それだからこそ、これ以上の譲歩はできない事を知っている。仮に今以上の譲歩を、ジオン世論とジオン国民が完全に納得する条件で交渉を妥結しよう・・・・・それは連邦政府や地球連邦各州のバランスを大きく崩す事と同義になる。地球連邦の官僚としても政治家としても市民としても、或いは軍人としても、連邦の国益の観点から見てもそんな事は認められない」今までコロニー、連邦構成各州、非連邦加盟国、月面諸都市と虚々実々の駆け引きで交渉を重ねてきたサスロの言葉は重い。しかし公王陛下である父親はまだ諦めない。ギレンのベッド越しに座り、同じようにギレン愛用のソファに腰かけるサスロに尋ねる。因みにドズルは部屋に誰もいれるな、という長兄の命令を守るかのように唯一の入り口である寝室のドアに背を傾けている。ガルマは大尉の軍服でデギンの隣に座っていた。「だが・・・・・サスロ・・・・・・国内はわしとお前とギレンの三人で抑えれば・・・・」それでも容赦なく切って捨てるとはこの事か?「親父・・・・・ダイクン死去、キシリア暗殺、氷塊衝突事件、ガルマによる武装解除、連邦軍退去とその後の威圧。ハッキリ言って国内の方が火種はくすぶっている。今やらないとそう遠くない将来に内戦になる。そしたら何もかも水の泡だ。内戦か戦争か、それを決める時が来たんだ」肩を落とすデギン。サスロが自らの行為を非難した事に驚くガルマ。だが、誰かがいつかは言わなければならい事だったのだ。そう思う。心苦しいが。「そういう事です。お分かりいただけましたか父上。私もまったく同意見です。交渉はこの三週間で纏まらなかった。反交渉のデモも各地である。地球とジオン双方で。何故互いに妥協するのか、何故仇敵を許すのか、それが許せないのでしょう。前にも言いましたが・・・・・・もう遅いのです」ギレンもサスロに同調した。ドズルは軍事専門で政治に口を挟まない。この点で亡き妹キシリアとは正反対である。ギレンの国内宥和政策により、なんと驚くべきことだが彼女の派閥はまだ生き残っている。が、その彼女自身は軍事ではド素人だった。しかも謀略家で長兄を政敵と考えていた節があった。一方、あの暗殺事件で生き残った次男のサスロは自らを兄ギレンの忠実な補佐役と位置付けており、その事に喜びを感じるタイプの男。大きな違いと言える。ギレン・ザビにとってエギーユ・デラーズが軍事面の片腕なら、サスロ・ザビは政治面での片腕だった。更に言えば、ガルマはまだ兄たちに反抗する気はない。将来はともかく、今のガルマ・ザビはまだ20歳の若手の一将校にすぎず、権威はあるが権力はない。「サスロ、先ほどの言い訳は良い機会だ。僥倖と言っても良い。私は開戦日を8月3日と定める。7月に復帰すると言う事にしてそれまではサスロ、お前が総帥職を代行しろ。父上、明日にでも連邦のケンブリッジをジオン国内から追い払ってください。あ奴も、あ奴の上司のホワイトマン部長も鼻が利く。私が仮病を使っている事を悟られてはなりません」サスロは無言で頷いた。父も少し迷ったが結局は息子の意見に従った。無念極まりないという表情で。そして言った。『確かに勝算があるのだな?国民を未曾有の大戦争に叩き込んでも尚且つ勝てるだけの勝算が!』『ご安心ください。我らに秘策ありです』そして改めて三人を、いや、ガルマを入れれば四人を見る。「私は意識不明の重体だ。そしてそれは国家の非常事態に当たる。サスロ、これを利用して議会に国家非常事態宣言と国家総動員令を発令させろ。半年後の開戦に備えさせろ。ドズル、非加盟国との交易ルートを確保しろ。弾、食料、衣服など地球で作れるものは地球でも作らせろ。借金しても構わん。勝てば良いのだからな。更にだ、ミノフスキー博士を脅してでもビーム兵器搭載のMS隊を編成するのだ。ああ、サスロ、これが各企業への暗号通信になる。欠陥機扱いされているツィマッドのヅダも前線に投入する。例の艦隊決戦試作巨砲とやらも有効に活用しろ。実戦面での詳細はドズルに任せる。ドズル、使えるモノは全てお前に託す。使い方は任せるから使い切って見せろ」ガルマ以外が真剣に自らの役割を考えている様だ。そこに父親デギン・ザビも覚悟したかのように言う。「・・・・・・・・わしとダルシアは道化を演じるのだな?独立を武力によらんとする強硬派と言葉で達成せんと望む穏健派にジオンが分裂したと連邦に思わせるのか・・・・そうだな?」話が早い。ギレンは頷いた。その間にも近ばに用意されていたA4用紙に命令書を書きあげていく。情報端末に詳細な情報を打ち込んでいく。「ええそうです。父上と首相府には道化を演じてもらいます。連邦市民が錯覚し分裂し、安心するような派手な道化を。・・・・・・それに現実面として経済的な面でも軍拡してしまった以上、どこかで軍備を消費しなければジオンは内部から瓦解します」その言葉は重い。正にその通りだ。軍拡で崩壊したソビエト連邦の先例に倣う事は無い。そう考えると軍拡を開始した時点で地球連邦も崩壊の途上にあるのかもしれないが。「開戦は8月3日午前0時ちょうど。対象は地球連邦政府。戦略は短期決戦のプランC。作戦名はブリティッシュ作戦とする」反対は無かった。ここにジオン公国は開戦を決定する事になる。そして全員が退室した後でギレンはマ・クベ中将の組織した諜報機関からの報告書を電子端末を使い見た。そこには連邦軍のMS、RX-77―01という形式番号の肩に一門の砲をつけたタイプのMSがそれぞれのコロニー首都バンチ防衛に30機、一個大隊が配備されているという報せだった。これはケンブリッジの献策の結果の影響で、地球連邦軍のMSはミノフスキー亡命事件(スミス海の虐殺)で大敗を喫する前に試験的に配備された。試験的と言ってもジオンが羨む事は間違いない大量生産であった。もっともテム・レイら連邦軍MS開発チームはこの機体に全く満足はしてない。それでも連邦軍初の本格的二足歩行人型兵器としてコロニー守備隊に30、駐留艦隊に30正規艦隊に36機ずつ配備される事になって現在に至る。「そして・・・・・新型MS開発と母艦建造の計画とV作戦か。V作戦が今以上に本格化する前に・・・・・連邦政府や連邦議会がMSの導入を議論している間に、ミノフスキー粒子とザクシリーズの本当の効力に気が付く前に決着をつけなければならぬな」ギレンも決断する。宇宙世紀0079.01.05「退去要請?」ジオン産鶏肉のバター炒め定食を食べていた私は連絡武官の一人、レイヤー中尉から報告を受けた。「はい。こちらの赤い書式がジオン側の正式な書類になります。あと、青い方は連邦政府のキングダム首相からです」中尉はそう言って二つの書類を差し出す。ギレン氏が倒れて数日。命も危ぶまれる重体と聞き、流石に交流があったし個人的には嫌ってまではいなかったので、このまま死なれたらバツが悪かった。だから彼の見舞いに行きたかったが立場が邪魔したのかいけなかった。携帯に映るニュースでは連日サスロ・ザビ総帥代行への就任を取り上げており、他に連邦との交渉は破棄しろという見出しが載っている。しかも何かあったのか、デギン公王も連邦使節団退去を命じた。更には傀儡化したはずの議会が反発しデギン公王とダルシア首相が揉めていた。(私達連邦政府がギレン氏を毒殺しかけたとでも思っているのだろうか?何か作為を感じるが・・・・・出来すぎている気もするし考えすぎな気もする)分からない。ジオン側のこの豹変ぶりは全く分からない。少なくとも連邦政府とは違い自分は戦争回避の為にわざわざ妻と共にここまで来たのだが。その妻は我関せずといつの間にかハンバーグステーキセットを食べきって食後のプリンにスプーンを入れている。(まあ、仕方ない。正式な命令である以上反対しても・・・・・・くそ、またか)「どうなさいますか?」空軍出身らしく、鋭い眼光で私に問うレイヤー中尉。他の二人は交代で休憩中だ。流石に公王府の隣の高級ホテルに突っ込んでくるバカはいないだろうが・・・・・念には念を入れて代表団員は全員U.N.T. M71A1という軍用無反動の拳銃が渡されている。しっかりと出発前に訓練してきた。私なんかもう40歳を越したのに海岸への上陸訓練までさせられた。一体今はいつの時代かと思ったがお蔭で若返ったのだから良しとしよう。ビールでぽっこりしていた御腹も完全にへこんで正規兵並みの筋肉が付いた。(ただあそこまでやるのってどうよ?正規兵並みの筋肉が付く護身術の訓練や砂浜への強襲上陸作戦の想定訓練とか・・・・・政務を中断してまでやる事か?ヘリボーンまで計画していたとか可笑しいだろ? 俺は軍人じゃないんだけど。それだけ期待されてないと言う事なのだろうが・・・・・ああ、海軍の参謀職だった筈のリムが生き生きとしていたのが怖かったな)「仕方ないよ。お偉いさん・・・・政府の決定だ。中尉、この後で皆を集める。君らも撤収準備をしてくれ」そう言って私はサイド3を後にする。もう二度とこの地を踏む事は無いと思いながら。スカイ・ワンは衛星静止軌道の宇宙ステーションに向かくコロンブス09と別れた。地球への帰還コースを取る事無く、シャトルは私と護衛のダグザ大尉ら11名に三人の中尉と妻、シャトルの乗員らと共に宇宙世紀0079.01.09にサイド3を後にする。目的地はサイド7.ルナツーを経由する、ジオン本国より最も遠いスペースコロニー、サイド7の1バンチ、通称「グリーン・ノア」である。この唯一完成している開放型コロニーには200人ほどの民間人と軍人・軍属1000名ほどがいる。また防衛戦力としてマゼラン級戦艦が1隻とサラミス2隻が配備されている。この時点でミノフスキー粒子の本当の恐ろしさを知らない連邦軍はジオン軍の実力を宇宙海賊の襲撃程度としか考えてなかった。よって電子兵装でジオンを圧倒するマゼラン級戦艦があればルナツーの増援部隊到着まで余裕で持ちこたえられると信じている。そんな暇な船内にて。「タチバナ中尉。君の意見を聞かせてくれ。現在の連邦宇宙軍の正規艦載機であるセイバーフィッシュはどんなものだ?仮にジオン艦隊と戦った場合に制宙権を確保できるのか?」いわゆる特別室の一つである執務室で私は三人の中尉に軍事面での実情を問う。こうなる事を予期していたタチバナ、レイヤー、ヒィーリ中尉らはしっかりと答えてくれた。「セイバーフィッシュはジオンのガトル航宙機に対して全ての面で優越しています。訓練の事は分かりませんのでパイロットの質こそ互角かも知れませんが、量と兵器単体の性能差は隔絶しております。大使のご懸念する様な事態にはならにならないと思いますよ」最初から砕けた口調なのは論外だがいつまでたっても砕けられないのも問題だ。そう言う意味ではカムナ・タチバナ中尉が一番親しみを持ちやすい。で、レイヤー中尉が一番固く、ヒィーリ中尉が一番緩いと言うのが今の印象になる。そうこうしている内にパックに入っているコーヒーを皆で飲む。サイド1製の安物だから美味しくは無いのだが。「艦載機搭載の対艦ミサイルも充実してますから・・・・・仮に戦争になっても戦力の集中さえできればジオン艦隊は壊滅でしょう」更にカムナ・タチバナ中尉が補足する。そう言ってシャトルのTV型情報端末を操作する。現在の連邦軍の編成はルナツーに正規艦隊が7個。ジャブローに3個正規艦隊の合計500隻。更にサイド1、サイド2、サイド4、サイド5の4つのサイド駐留艦隊に30隻ずつの120隻。付きのグラナダ市とエアーズ市にそれぞれ20隻ずつの月面方面艦隊40隻。衛星軌道上にある拡大ISS(旧国際宇宙ステーション)に20隻。ルナツーと各サイドを根拠地とする2隻一組のパトロール艦隊が15セット、30隻。連邦宇宙軍は総計で710隻の純粋な戦闘艦艇を持つ。これはジオン宇宙艦隊の実に三倍である。「また、MSだがRX-77-01が各正規艦隊に36機、合計360機。ルナツー防衛隊に改良型のRX-77-1が60機。コロニー首都バンチ防衛用に30機が展開しています」「セイバーフィッシュ艦載機の総数は?」ふと画面を見て気になった事を問う。その画面には艦載機の詳細が載って無かったのだ。「申し訳ありません。詳しくは分かりませんが2000機は確実かと」まあこれをみればジオンに勝てるだろう。私はそう思った。いくらMSに国費を投入しても1000機は無いはずだ。二倍の大軍で攻撃すれば戦史上の常識から余程の質の差がない限り勝てると言うのが常識の筈。軍部上層部もそう考えていたしな。それに何と言っても宇宙戦争の主力である戦艦、巡洋艦がジオンの三倍弱あるのだから。宇宙世紀0079.01.23.ギレンは常識的な連邦官僚としてのケンブリッジと異なり大きな戦略の変更を決定した。自分の私室。ベッドの上で情報端末を使い指示を出すギレンの下にドズルが訪れる。「兄貴、参謀本部が出した結論だ。見てくれ」サイド3ジオン公国でも着々と来たるべき8月3日に向かって準備が進められていた。特に家族思いのサスロ、ドズルは二日に一度は兄の様態確認の為に私邸に帰ると言う事にしている。これが対外的には良い偽装になった。また、兄の強い要望と称して全家政婦、執事に半年間の休暇を命じた。勿論対連邦超大作の為である。(公式には私はまだ昏睡状態なのだからな)その為食べ物が全部ジャンクフードか病院食と言う極端な食生活になったのだが・・・・無論、酒も表向きは禁止。そうした状況下でギレンの手足となった二人の弟はなんども密談し、ジオンの戦略プランを練る。その結果が以下の様になった。紙媒体のファイルを手渡す。・政治的理由からNBC兵器前提による各サイドへの電撃作戦、武力侵攻は放棄。・奇襲を前提にせず、あえて連邦軍に先手を取らせ、新型MSの性能を信じ各個撃破する。その為にソロモン要塞と本国を囮にする。・開戦と同時にサイド1、サイド2、サイド4から連邦駐留艦隊を引き出す為、外交攻勢を仕掛ける。・ルナツー駐留艦隊を誘い出す為、コロニー一基に核パルスエンジンを搭載し、それを連邦への脅迫に使う。・前後して全コロニー駐留艦隊、月面方面艦隊、3個正規艦隊、独立部隊を先に撃破する。・サイド5を決戦の地とする。・決戦に勝利した後、各サイドを正式な占領下に置き、戦争終結の為の交渉材料とする。・連邦正規艦隊を壊滅させるまでは戦力分断の愚を犯さない為、本国に宇宙海賊対策用の20隻の艦艇を配備する以外、全ての艦艇ドズル・ザビを総司令官としたジオン連合艦隊へ一任する。・ソロモン、ア・バオア・クー、占領下のグラナダにはMS守備隊のみを配置する。・地球侵攻の準備を9月上旬までに完遂させる。目標は統一ヨーロッパ州ならび特別選抜州のあるオデッサ鉱山・工業・宇宙港地域。・非連邦加盟国への交渉並び軍事援助による重力戦線の構築。・全サイドの占領ならび連邦政府への交渉材料化。各州の政治的・軍事的分断。それ以外にもギレンのみが知るルートで連邦を動かさんとしていた。それはあの地球視察で自らが築き上げた極秘ルートであり連邦政府や連邦情報局、ジオン国内の反ギレン、反ザビ家の派閥さえも欺かれていた。「ふむ・・・・・短期決戦による連邦艦隊の壊滅で講和を申し込む、か。よかろう。それで部隊の方は?」「ああ、ええと・・・・このページだ。兄貴の言った様に最新鋭艦と最新型で固められるだけ固める。先ずは艦艇、次にMSだな」ジオン親衛隊(月面攻略艦隊) 司令官エギーユ・デラーズ准将ドロス 182機ドロワ 182機 ムサイ級 8隻 4機チベ級 8隻 12機MS、ザクⅡ改492機第一艦隊(サイド1、2、4連邦駐留軍迎撃艦隊) 司令官ドズル・ザビ中将改ムサイ級総旗艦ワルキューレ 6機グワジン 24機グワデン 24機グワリブ 24機グワラン 24機護衛砲撃戦強化型ムサイK 40隻 4機MS、MS-09-R2リック・ドムⅡ96機MS―06F2ザクⅡF2(ザクⅡ後期生産型)166機QCX-76A 試作艦隊決戦砲 ヨルムンガンド2基第二艦隊(本国守備軍)司令官ノルド・ランゲル少将ムサイ級20隻 4機MS、MS-06ザクⅡ 80機第三艦隊(第一艦隊補完、戦略予備)司令官コンスコン少将ティベ級5隻 18機ムサイ後期生産型10隻 4機MS、MS-06-R2 130機ソロモン守備艦隊 司令官ラコック大佐チベ級4隻 12機ムサイ級10隻 4機MS、MS-05ザクⅠ88機ア・バオア・クー守備艦隊 司令官トワニング准将チベ級4隻 12機ムサイ級10隻 4機MS、MS-05ザクⅠ88機特別教導艦隊 司令官ダグラス・ローデン大佐ザンジバル級7隻 9機MS、MS-14Sゲルググ 63機義勇兵・外人部隊ザンジバル級2隻 9機チベ級4隻 12機パプワ級 4機MS、MS-09リック・ドム57機 EMS-04 ズダ 4機支援艦隊パプア級20隻パゾグ級30隻ムサイ級10隻 4機MS、MS-06ⅡCザクⅡC型40機報告書を呼んだギレンは自分で言っておいてなんだが、一瞬眩暈がした。この報告者は希望と妄想に満ち溢れている愚か者が書き上げたものなのではないかと。「大軍だな。量はともかく質は最早ジオンの国力ギリギリだ。これではやはり民生品の大規模な抑制も考えなければ」これだけの大戦力を後半年で用意しろと軍は要求する。特に、ビーム兵器はまだMSの半分サイズと言う大型のビームバズーカとビームライフルが試作段階に入ったばかり。最新鋭機の純正なるビーム兵器標準仕様MSのMS-14Sゲルググ63機分など正気の沙汰とは思えない。だが、実はこの計画、極めて常識的でもある。戦闘用艦艇も150隻前後で、偵察・通商護衛艦隊所属のザクⅡF型とムサイ級約40隻を除いている。また、パプア級、パゾグ級補給艦も50隻近く(ジオン全体で89隻しかいない)を動員しているので補給も何とかなる。正直0079の年初に開戦していたらこれは絵に描いた餅だろう。が、統合整備計画と非加盟国との秘密貿易に加え、突如として訪れた半年間の猶予がこの計画を現実のものにしている。ただし予算面では『ぎりぎり』をとっくの昔に通り越しており既に国庫の貯蓄まで切り崩している。ドロス級二隻にゲルググ63機など財務省の役人が卒倒したくらいの値段になっていた。地球との密貿易がなければこれ程の予算は確保できなかったと言っても良い。「地球の北朝鮮に核分裂弾頭を30発ほど高値で売りつけた甲斐があったな。あの時の予算でドロス級2隻が0077に発注出来た。さて、そのことは首相を通して極東州にも伝えないとな・・・・・・恩はうらないと」軍事境界線で北朝鮮と絶賛対立中の極東州にしては何を言ってやがる!と怒鳴り込む様な思考だが、ギレンは本気である。それに、だ。非加盟国に核弾頭を売った事を知っているのはジオンの旧キシリア機関の者だけで切り捨ても容易と考えている。ジオン公国が軍備増強にひた走ったこの時期、もう片方の主役である地球連邦はどうであったか?実際に増強されるジオン軍を見る連邦軍はともかく、ジャブローの連邦政府はギレン倒れる、の報告に安堵しており、傾いていた軍事費を平時に戻そうとする。この動き自体はそれほど悪くない。ソビエト連邦の例を見るまでもなく行き過ぎた軍事費は国家を破堤させるし、対ジオン、対スペースノイド融和政策としては目に見える効果だろう。そして本来であればジオン国内の様子見をする筈であったが、ジオン国内の政治対立がそれに、軍備縮小に拍車をかける。形骸化していた議会が軍部に反撃している。今の状況から考えるにザビ家らは排除される。必ずやジオン国民は平和裏に民主国家ジオン共和国を再建するだろう、だからこれ以上の軍備拡張は必要ない。ましてMS開発など不要という中堅官僚の意見に流されだす。ジオン公国のギレン・ザビはしばらくの間これがどの様な影響を国民生活に及ぼすのか、或いは本気で可能なのか熟考した。結論は可能。ただし、ドロス級の完熟航行には難がある。MSはシュミレーションと統合整備計画の影響でザクⅡ改、リック・ドムⅡ、ゲルググ、ザクⅡF2は何とかなる。整備面も。高機動型ザクⅡだけが不安だが、重点的に実機を乗り回せればパイロット、整備兵の要請には良いだろう。もともとベテラン中心なのだから。グワジン級だが、艦船の方も父上のグレート・デギンを徴発して訓練に当てる。各種ムサイ級、ティベ級、チベ級も従来艦かその改装艦だからそれほど不安では無い。(問題はビーム兵器だが・・・・・こればかりはミノフスキーを叩いてやらせるしかない)ベッドに横たわるギレンは不安げになりつつあるドズルを鋭い眼光で見つめる。その眼光は全く衰えてなかった。依然、ジオン公国の実権が誰の手にあるのかが分かるエピソードだ。「分かった・・・・・必要な手は打とう。議会にも国民にも手を回す。無論連邦や非加盟国群、枢軸にもだ。その他の後方戦力も可能な限り増強させよう・・・・・・だがドズル」「?」「絶対に勝て」ギレンは弟に対してきっぱりと勝利を求めた。宇宙世紀0079.03.04.地球のとある大陸、とある都市の、とある白い家に国際便が届いた。中身は厳重に封をされた分厚い聖書である。連邦軍の大将の制服を着た男がしっかりと金属ケースに入れて自分の真に忠誠を捧げた国家の中枢へと持ち込む。無論、公的な名目は視察であった。決して私的な用事で訪れた訳だは無い・・・・筈だった。厳重に封をされていた書籍を開け、中にある情報端末のユニットを取り出す。白い館の主にそれを渡す。傍らには館の主と彼が信頼する人々、そして連邦軍の准将が一人いた。そのデータをダウンロードする主。端末は珍しい事にいかなる通信回線にも接続できない読み取り専門の機械だ。しかもその上、指紋認証にパスワード、特別な鍵が必要なルナ・チタニュウム製の機械。暫くの沈黙。それが破られ執務室に50代の男の声が響きだす。「なるほどね・・・・うん。ははぁ~借金は踏み倒す気か。あの男もやるな。それで、これは例の大使は知っていたのかね?」わざと調子に乗った男を演じている。まあ政治家などそんなものだ。色々な状況に応じて自分を演じるのが仕事と言う事で映画俳優とタメを張れるものだろう。「彼はこの事は一切知りません。彼は限りなく有能ですがグレーですので伝えておりませんので」准将は館の主の問いに答えた。「そうか。うーん、彼は確か寒い地方の出身だったな。今度宇宙から帰ってきたら私たちが主導して常夏の楽園に招待するべきだろう。ところで諸君。仮にだが我が敬愛すべき連邦軍の宇宙艦隊が大損害を受けた時に我々は如何すべきかな?私個人としては祖国の市民たちを無為に散らしたくないものだよ。ああそうだ、島国や遠い彼方の人々とも協力しなくてはね。そう、私はいかなる場合でも我が市民の犠牲は減らすべき、と思われる。それに、だ。いつまでも借家人が大家面するのはいけないだろう?」この言葉に室内にいたすべての人間が何らかの同意を浮かべる。追従する笑い。陰謀の夜は更ける。サイド7に到着した私はテム・レイ部長から説明を受けた。現在のところRX-78-1ガンダム(プロトガンダムとも呼ばれる)は完成している。ただ武装がまだ不完全で100mmマシンガンしかない。ビームサーベルとビームライフルはまだ理論の段階だ。恐らく半年はかかる筈。が、その一方、RX-77の改良型でもある量産型ガンキャノンは順調にロールアウト。既に36機が実戦配備に至っている。「なるほど・・・・と言う事は・・・・・問題はこのガンダムと言う機体の量産化ですか?」買い換えた黒いアルマーニのスーツを着こなした自分と中佐の階級章を付けた連邦軍第二種軍服の妻のリム。それに10人の護衛と三人の中尉に大尉。三人の中尉はここに来てからテストパイロットとして働かされていた。宇宙、海兵、空と三軍のパイロットや経験者であった事がMS開発にとって大きな前進となるとテム・レイ部長が主張し、暇だった上に若返ったと言っても良い妻といちゃつきたかったウィリアム・ケンブリッジ大使が許可を出したせいである。(はは、働かざる者食うべからず、だな)とも思ったが一番働いてないのは自分だったりする。海兵隊出身のダグザ大尉らは宇宙空間戦闘に慣れるので忙しい。護衛も2人まで減った。交代で訓練中なのだ。しかし当のケンブリッジ本人はもう外交も政務もやる事は無い。何故だか知らないが大使の肩書から、地球連邦内務省政務次官に昇進となったが任地へ向かうのは来月6月。それまではジャブローで骨休め。尤も、職業柄なのかこうして視察したり論文を書いたり、無駄とは知りつつも連邦政府に対ジオンの警告をしたりはしている。(全て放り投げて後は知らない振りは出来ない・・・・・俺はそこまで卑怯者じゃないからな)と、テム・レイ部長の説明も佳境に入っていた。「はい、量産機コードネームは『ジム』なのですが、この『ジム』がどうもOSの調子がおかしく。ガンダムは学習型コンピューターを内蔵するので、HLVに使われる量子コンピューターの小型版を内蔵すれば済みますがいかんせん高くつきます。更にガンダムは7機が開発中ですが・・・・・月かルナツーでしか取れないルナ・チタニュウムが主装甲ですので予算を馬鹿食いしています。ええ、装甲とOS問題、後は標準装備のビームサーベルが問題です」テム・レイ部長はネクタイを締め直しながら答える。白衣にスーツは似合わないと思うのだが。まあ、その辺はポリシーでしょう。「ガンダムは一機当たりマゼラン級戦艦1隻分の予算を必要としました。特にミノフスキー博士をジオンに奪還された事が開発費の高騰を招いております。ジオンが持つザクⅡやその改良型、更には今後10年先にも対応できる拡張性にビーム兵器の実用化を視野に入れているのですが。やはり最後が一番の難点です。我が軍ではメガ粒子砲の開発さえ滞っていたのですから」確かにその話は聞いたことがある。ジオンはミノフスキーという天才を軍事に利用する。この短期間でジオン公国が独立戦争に踏み切れる自信をつけたのは彼のお蔭だろう。スミス海の虐殺は見せてもらったが・・・・・酷い。12対5で大した打撃を与えられずに全滅、完敗とは。死んでいった将兵に申し訳ない。「しかしマゼラン1隻とは豪勢な。と言う事はこのサイド7の軍需工場には一個艦隊分の予算が投入されているのですか?」サイドのベイを見ながら聞く。が、感想は正直勘弁してくれと言うものだった。上げ足も取るしな。「軍需工場では無く地球連邦人型決戦機動兵器製作研究所です。ああ、サイド7の予算は正規艦隊3個艦隊分が出ています。もっとも、ガンダム3号機など開発した機体はジャブローに送っているのでここにはガンダム1号機と2号機、それにMBTのガンタンクが6台、ガンキャノンが10機ですか」「防衛は?」少し気になったので紺のネクタイを直しながら聞いてみる。油のにおいがきついな。それに大きい。映像で見たザクとは違い、より人に近い感じがする。もっとも顔まで人型にする必要があるのかは疑問だが・・・・・テム・レイ氏の顔を見るに聞いてもどうやら無駄なようだ。「ここはルナツーの裏側ですよ?ジオンが攻めて来る筈がありません。絶対に不可能です。ジャブロー並みに安全ですよ、大使殿!」ばんと背中を叩かれた。全然心配ない。そう彼が言う。「そ、そうですか。レイ部長がそう言うならばそうなのでしょう。・・・・・・我々は辞令の影響で明後日にはスカイ・ワンでルナツーを経由して地球に戻らなければなりません。良かったら食事でもどうですか?」「それは良い。息子のアムロを連れて行っても良ければお願いします」「もちろん親子そろって」こうして私はガンダムと出会った。カラーリングは黒と灰色で、白を基調下2号機以降は実際に目をする事は出来なかったが、それでもガンダムに会えたことが有意義な体験になるのは間違いないと後日私は振り返る事になる。5日後。私たちは水と塩の補給の為ルナツーに寄港した。そこでは昨年末の戦時の様な重々しさは無く、平常運転が続いている。現在のルナツーには宇宙艦隊司令長官のレビル大将、第3艦隊から第5艦隊を複合指揮するティアンム中将、第6艦隊のカニンガム少将、第7艦隊のワッケイン少将がいる。第1艦隊と第2艦隊は伝統的に連邦軍の中でも北米州と極東州の将官(それも中将)が担当している。司令官はアサルティア中将にナンジョー中将。シャトルがドックに入港し、与圧される。ここでは護衛の者達も3日間、つまり補給完了までは無条件の休暇をもらえる事になっている。ダグザ大尉だけが渋い顔をしていたが無理矢理休ませた。(毎日働きづめじゃあ倒れるだけさ)と、思って。妻は最低限の荷物を購入してくると言って軍服のままPXエリアに向かっていった。私は大使として話を聞きたいと言うレビル将軍とティアンム中将、アサルティア中将、ナンジョー中将のいる艦隊司令官用会議室に向かう事にする。「よく来たなウィリアム。歓迎するぞ」握手する。確かに一時期はバカ軍人と侮ったが、実際はここまで優秀な連邦軍人はそうはいない。自分の見る目がないのが恥ずかしい。穴が在ったらそこに入りたいくらいだ。そう思う、いや、冗談も比喩も無く本当にそう思う程レビル将軍のカリスマ性は凄い。(もしも自分が軍人だったら喜んで戦場に行くな。まあ、1000%そんな事は無いから好きな事が言えるのだけどね。リムが行くと言った足を撃ちぬいてでも行かせないぞ)などと過激な事を思っているとまた紅茶が出てきた。ジオンに赴任していた時と良い、何か紅茶に思い入れがあるのかな?昔の大英帝国の支配層に倣っているとか?あ、ワイアット中将はイギリス出身だからそうか。「さてと、紹介も終わった事だし・・・・衛兵。悪いが呼ぶまで下がってくれ。君たち従卒もだ。これからこのやり手の大使殿と秘密会議だからな」そういって四人は円形のソファに腰かける。中心には丸いプラスチック製のテーブルと確か原子力空母ニミッツの模型が置いてある。部屋はかなり広めで標準的な士官ルーム。机とその上に置いてあるのはレビル将軍の私物のビッグ・トレーの模型にBMWの新車模型が自己主張していた。あれを見ると彼が陸軍出身の転向者だと言う事を思い出させる。まあ、それももう30年近く昔らしいが。「そうですね、ジオンは軍備増強を進めています。嘗て無いほど過激に。私の予想では今年中に開戦の号砲を鳴らすと思いますよ」事も無げに言うがそれが事実だろう。三大経済圏や地球=コロニー間経済圏から除外されているジオン公国にとって今の軍備は明らかに不相応。このままいけば崩壊か戦争しか無く、こういう時に独裁国が取る道は大抵決まっている。開戦だ。それは歴史上の君主国だけでなく共和国もそうだろう。(誰だってじわじわと迫る破滅よりも・・・・ええと、妻の言っていたキヨミズノブタイカラトビオリル方が良いに決まっている)と、ここで全人類必須のアイテムとなっている感のある情報端末を持ち出す。ジオンの軍備増強と枢軸国側との交易活発化、それに伴う非連邦加盟国群の軍の臨戦態勢の強化が出ていた。「非加盟国がジオンと共同歩調を歩んでいます。もちろん、これに証拠はありませんが状況からそう推測されます。見てください。北朝鮮と韓国の軍事境界線です。明らかに北の戦力が南下してます。また、上海郊外の上海基地には中華人民共和国海軍の二個艦隊が、大連から黄海へ「革命」「同志」の二隻の原子力空母が出港しています。台湾への恫喝とオキナワ基地への牽制でしょうね。これを理由に極東州とアジア州は連邦宇宙軍への増税を拒否。むしろ空軍と海軍への戦力確保を要求しました」レビル将軍とティアンム中将はともかく、アサルティア中将、ナンジョー中将は状況が理解できたようだ。確かアサルティア中将はグアム島の、ナンジョー中将はコーベの出身だからコロニー、正確にはサイド3との貿易で軍備を近代化した共産中国の脅威を地肌で感じているのだろう。「それとイラン地区とシリア地区ですがこちらはザクⅠを使った機動部隊を編成しているようです。中には少数ながらもジオン製と思しき大型輸送機やVTOLらしき戦闘機なども見れます。宣戦布告は無いでしょうがアラビア州とイスラエルは戦力増強を求めているので陸軍が15万名ほど増員されます。しかも金のかかる機甲師団です」と言う事は。もう言わなくても分かる。「ウィリアム。つまり連邦政府は足元の火消しに躍起になっていて宇宙の革命騒ぎは忘れていると言う事か?」ティアンム中将が的確に聞いてくる。私は頷いた。「まさにそうでしょう。ジオンの艦艇は150隻。こちらは500隻以上。常識的に考えて負ける筈がないのですから。そう思えば・・・・・増援、来るのですよね?」言っていて不安になる。それに答えたのは珍しく不機嫌そうなレビル将軍だった。「増援は来る。ただし、コロンブス改が20隻とサラミスが20隻だけだ。君が脅威と感じたMSは一機もない。理由は分かるかな?」アルマーニのスーツとシャツだから風通しは良いはずだ。しかも今日はネクタイをしてない。好意に甘えたところもあるけど・・・・・ならばなんでこんなに汗をかく?ここは宇宙要塞だぞ?室温は25度で保たれているはずなのに。「地上軍に優先配備する、と?」ジャブローのモグラどもは自分の事しか考えてない。要約するとレビル将軍とティアンム提督はそう言いたいらしい。コロンブス改に乗せているのはビーム砲搭載のコア・ブースター戦闘攻撃機240機。確かに大規模な増援だが、本当に大丈夫なのかな。が、ここでちょっと気になる。祖国アメリカ出身のアサルティア中将と極東州のナンジョー中将が何も言わなかった。(戦力不足、特に艦載機に不安は無いのか? それとも何か秘策があるのだろうか?)そう思いつつも議論はふける。「ああ、ゴップ大将から君宛に艦隊を配備する様言われていたな。見たまえ、サラミス級後期生産型。我が軍初のメガ粒子砲を4門も搭載した新型だ。アクティウム、ツシマ、レパントの三隻だ。そしてこれが代わりの強襲揚陸艦ペガサス。指揮官は歴戦のたたき上げであるエイパー・シナプス中佐。いや、まもなく大佐に昇進するか。とにかく彼が第14独立艦隊指揮官として君らを護衛する」唖然となる。あの時も思ったがこの厚遇は何だ?次は何をさせる気だ?ジオン本国に攻め込んでギレン氏を殺して来いとでも言われそうだ。ああ。畜生、畜生、畜生!!何度でも言うけどな、おれはただの一般人なんだよ!! あんたらエリート軍人やパラヤの様な政治屋と一緒にしないでくれ!!!良く見ると、先ほど言われたように大型ディスプレイには次期砲撃戦強化型サラミスKが三隻映し出されていた。まだ一隻も艦隊に、そう正規艦隊にさえ配備されてない新型巡洋艦が護衛?一体何の冗談だ?今日は4月1日だっけか?不思議だ。私は・・・・・俺はどうやらいつの間にか地球連邦の閣僚か高級軍人になってしまったようだ。どこで道を間違えた?幼馴染のリムについて都会に行かず、カナダで田舎の仕立て屋を継げばよかったんだろうか?第一に総数4隻と言う数からして可笑しい。艦隊戦力として考えれば少ないし、ただの偵察部隊にしては明らかに多い。過剰だ。しかもティアンム中将が言うには、艦隊の正式名称が第14独立艦隊?つまり戦場の便利屋。火消し役。体の良い捨て駒。何だかんだと理由をつけられて俺が乗っていても前線に行くのだろう。連邦軍の切り札だ。戦況悪化にすれば純軍事的に、圧倒するなら政治的に戦線投入が要請されるだろうからな。(流石に自分可愛さに味方を見捨てろなんて言えない!!ああ畜生め、畜生のくそったれめ!!! なんて厄介なんだ!!!)しかも説明の続きでは5月にはペガサス級1番艦『ぺガサス』がMSと共に配備されるらしい。「サイド7で見た、ここルナツー所属のガンキャノンですか?」ティアンム中将が人の良さそうな顔で疑問に答えてくれた。もっとも、こちらとしては堪ったモノじゃなかったが。本気で殺意がわく。必死で消してるけど護身用の拳銃で目前の提督方に説教したい気分だ。「いいや、違う。テスト兼ねてRGM-79ジム初期型だ。搭載機は9機。ただし受領はサイド7で、それも7月中旬になる。パイロットはカムナ・タチバナ中尉以下の第1小隊、マット・ヒィーリ中尉以下の第2小隊、マスター・P・レイヤー中尉の第3小隊の三つ。徹底的に改装しているから、CIC要員は女性オペレーターが3名で連邦軍随一の綺麗どころの艦だ。きっと、気にいって貰えると思うよ」もう笑うしかない。これは死んだ。きっといろいろと難癖付けられてコロニー防衛戦やらジオンへの通商破壊戦やらと戦争に投入されるんだ。ああ、そうか。アヴァロンのクソじじいはだから俺にこんな対ジオン特務大使とかいう役目を俺に任せたな!?俺に死んで来いと言っているのだ!!たった4隻で・・・・・しかも使えるかどうか分からない艦載機が9機しかない状態でどうしろと言うんだ!?俺たちは超能力者じゃないんだぞ!!(なんとか・・・・・こんな如何にも個人の武勇最優先で行くジオン軍の撃沈候補No1のような独立任務部隊から逃げなきゃ。逃げなきゃだめだ。絶対に逃げなきゃだめだ。絶対の絶対逃げなきゃだめだ!!!)が、悪意の無い善意程たちが悪いものは無かった。彼は止めを刺してきた。レビル将軍は一通の辞令を読み上げる。『リム・ケンブリッジ中佐をペガサス級強襲揚陸艦一番艦ペガサス艦長に任命するなおルナツーにて結成式を行う。第14独立艦隊結成は8月1日を予定し、それまでに全乗員は訓練を完了せよまた、ウィリアム・ケンブリッジ政務次官も参加する事』この時私は最高の上司のアヴァロン・キングダム首相をぶん殴ってやろうと思った。いや、あのくそじじいが引退したら絶対にぶん殴ってやる。代わりにジャブローの児童養護施設に二人の両親らと共に住居を提供させ息子と娘を預ける事は認めさせた。やがて四人の中将から解放されると妻の待つ居住区に向かった。この時戯れによった士官食堂でレイヤー中尉とダグザ大尉と遭遇したので食事を一緒にすることにした。その時レイヤー中尉が、「戦争になりますか?」と、ストレートに尋ねてダグザ大尉に怒られていた。私も思わずストレートに、「なるね。今年の秋ごろが怪しい」と、言い切った。お蔭で近くにいた連邦軍の将校らにパネル・プレゼンをする羽目になった。だが、それが原因なのか少なくともルナツーでは弛緩した空気が若干ではあるが引き締まったとして帰り際にティアンム中将から感謝状を受け取る事になる。「ウィリアム・・・・・私って魅力ない?」部屋に帰ってずっと連邦政府へのレポートを書いていた私は途端に現実に引き戻される。妻のリムが下着姿でシャワー室から出てきたのだ。気が付かなかった。軍事訓練によって引き締まった肢体は昔と変わらずに美しかった。(幼馴染の彼女を口説くためだけに大学にいったんだけ。あの時は若かったなぁ。士官候補生を口説くのは一流大学の出身者だけだなんて・・・・学歴と知性や教養は全く比例しないのに)まあ、そのあとは昔のゲームのセリフ通りの展開だったので割愛する。宇宙世紀0079.06「植民地人と北の荒熊、宇宙がうるさい」かつてEU本部がおかれ、現在は統一ヨーロッパ州の州都があるブリュッセルで議長が発言した。無論、非公式な発言である。が、その発言自体が統一ヨーロッパ州全体の意見統一に大きな弊害が出始めていた証左だ。例えばキプロスはシリアへの物資輸送に港を提供。ロシアは極東軍拡大の為オデッサ防衛の任務を軽視している。他にも成人病などで州軍の質の低下が著しい。兵器も一部を除けば一世代から三世代過去のモノ。止めに統一ヨーロッパ州にはオデッサ防衛の7万以外の地球連邦陸軍は3万しか駐留しておらず、それもモスクワ、ベルリン、パリに三分割されている。「戦争の夏は近いが・・・・・ジオンは宇宙で阻止すべきですな」ドイツ首相の言葉が彼ら統一ヨーロッパ州の意見を集約していた。一方、極東州でも極東州を構成する三カ国会談が持たれていた。その三人の女政治家らが話した詳細な内容はまだ明らかではないが、アジア州と共同して中華を大陸に閉じ込める事を決定する。また、不穏な動きを見せる北と中華に対抗する為に地球連邦軍の朝鮮方面軍、台湾方面軍、インドシナ方面軍の三軍90万人に準動員体制への移行を連邦政府に求める事で一致した。アジア州もそれに追随する。オセアニア州、中米州、南米州、インド州はジオンの対応を傍観する事で一致。わざわざ火の粉をかぶりに行く必要はない。火中の栗は連邦政府自らが取りに行けばよいと言うスタンスを維持する。また、経済格差によって貧困層の多い中米、南米は増税に反対であり、軍備拡張の増税はまずはスペースノイドからと言う論調を張りスペースノイド全体の失笑と怒りを買っていた。南北中央アフリカ州の内、経済発展が遅れ資源搾取状態の中央アフリカは非加盟国とジオンを支持し連邦議会で大演説をぶちかます。北は地中海経済圏の恩恵を受けているからそうでもないが南もきな臭い。アフリカ方面の連邦軍最大軍産民複合拠点のキリマンジャロ基地がなければ南アフリカ州もそうなっただろう。更に時は下り、宇宙世紀0079.07.15中立を保っていたアラビア州は深刻な内部対立に悩まされていた。シリアが聖戦を唱えた。しかもイェルサレム奪還の為にジオン軍と協調するとまで言ってきた。連邦政府は政教分離が原則なので無視したが、ムスリム人口が8割を数えるアラビア州はそうはいかなかった。ギレンのうった手は全て芽が出てきた。まず地球連邦軍並び地球連邦政府は地上に意識を集中させしすぎた。仮定の話だが、地球全土が一つの政府に統一されていたらこのような事態は無く、総人口100億近い連邦に、恐らく1億前後のジオンが無謀且つ大虐殺者と言う汚名を被る作戦を展開しなければならなかった筈だ。が、状況は幸か不幸か大きく変化している。あの独立交渉で自らが倒れた事さえも奇貨とした。地球連邦政府は宇宙軍による(陸海空宇宙海兵の5軍全軍の共同要請では無い点に注意)度重なる宇宙艦隊増強要請を無視した。ジオンの内部対立を殊更声高に叫んだサスロ・ザビの情報操作に連邦市民は乗せられ、ジオン恐れるに足らずと思っている。そして連邦内部での政治力学をひっくり返すまたと無い好機として見据える各州、反連邦の掛け声と連邦弱体化を望む非連邦加盟国の面々。舞台は整う。宇宙世紀0079.08.02 12.00ギレン・ザビがおよそ半年ぶりにマス・メディアの前に姿を現す。そして総帥杖が弟のサスロ・ザビから返上される。どよめきを余所に公王府の前にあるジオン革命広場に集結した全ての人間の前で宣言した。「私はジオン公国総帥、ギレン・ザビである。我がジオンが自治権要求の運動を行って既に四半世紀。だが、これに対して地球連邦はいかなる回答して来たか?諸君、ジオン国国民ならば知っていよう。応えは否だ!!地球連邦の現政権は歴史上の当然の帰結であるスペースノイドの自治権確立と独立承認要求に対して武力と経済制裁で対応してきた。これは歴史上事実であり、誰もが経験してきた屈辱の歴史である。だが、戦争行為は悲惨である。これは旧世紀の大戦が証明している立派な事実だ。それでも!!我がジオン公国は耐えてきた。屈辱的な外交交渉を積み重ね、妥協に妥協を重ねてジオンの独立為に平和裏に活動してきた。だが、その結果は連邦軍の威圧と言う行為である!!!こと、ここに至って我がジオン公国は自らの国家主権獲得の為、全スペースノイドノ自由獲得の為の鏑矢となるべく一つの決断を下す!!宇宙世紀0079.08.03午前零時を持って、我がジオン公国は地球連邦政府に対して宣戦を布告する!!!人類史上、紛れも無い植民地解放、独立戦争を神が見捨てる筈がない!!諸君。共に現地球連邦政権を打倒し、我らサイド3に住む5億5千万の民の正統なる権利を得よう。ジーク・ジオン!!」