ある男のガンダム戦記07<諸君、歴史をつくれ>「敵艦発砲!」ジオン軍のムサイ改良型である総旗艦ワルキューレに警報が鳴り響く。彼我の距離は7500kmであり、連邦軍のマゼラン級でさえ有効射程距離圏外。だが、何事にも例外はある。「バーミンガム級か」ジオン艦隊総司令官のドズル・ザビ中将は誰にも聞かれない様に独語する。「・・・・・噂以上だな・・・・・厄介な」切り札であるMSの更に切り札たるゲルググを5機も撃墜した連邦軍の最新かつ最大級の戦艦。その戦艦が圧倒的な火力をジオンに見せつける。連邦軍は第4艦隊旗艦「アナンケ」を中心軸として、中央に第4艦隊と第5艦隊残存部隊。左翼を第6艦隊、第7艦隊。右翼を第8艦隊、第9艦隊の6個艦隊が連動する。ティアンム提督指揮下の第3艦隊と第11艦隊は損害の少ない艦を中心に艦隊を組み、地球軌道から重力カタパルト運動を取らせてジオン艦隊の後背を遮断にでる。また、レビルはティアンムと交渉して艦隊決戦の為に第3艦隊旗艦のバーミンガムを借りていた。こうして、連邦軍宇宙艦隊総司令官のレビルは、砲撃戦能力だけでもジオンを確実に上回るべく手をうったのだ。かたや、ジオン軍は敵右翼にジオン親衛隊を、敵左翼に第三艦隊を、中央にはソロモン要塞、ア・バオア・クー要塞から引き抜いたチベ級を含んだ第一艦隊が横一列に展開。時間を稼ぐことを目的に、両軍は何ら芸の無いまま正面から衝突する。だが、その計画は修正しなければならない。「閣下! グワランが!!」ドズルが旗艦のムサイ級改良艦ワルキューレで驚愕の報告を受け取る。無論、顔には出さないが。指揮官が一々驚いていたりしていた戦争にならない。ましてそれが艦隊の総司令官では・・・・・己の仕草一つが戦を決める。「グ、グワラン轟沈!! MS隊ならび脱出シャトルの一機もありません!!」オペレーターの報告では二隻のバーミンガム級戦艦が集中的にグワジン級へ砲撃を強化。ミノフスキー粒子下にもかかわらず、その地球圏随一の光学センサーはしっかりとジオンの切り札の一つを沈めたという。ぎりと噛む。思いっきり手摺りを握りしめる。「観測班! 連邦軍との距離は!?」ドズルが怒鳴る。観測班から待っていたと言わんばかりにすぐさま報告が上がる。「距離、6000km」(ち、まだ遠いわ!)ふと、ツシマ沖で国運を背負ったトーゴー提督の気分が分かった。ああ、彼はやはり伝説の英雄だったのだ。そして・・・・・俺もまたそうならねばならない。祖国ジオンの為。そして。「そして漸くにも手に入れたミネバの為にも・・・・・負けられるか。距離5500kmになった時点で第603技術試験隊に連絡、大蛇よ咆哮せよ、とな!!各艦は有効射程距離の5000kmにて発砲せよ。ミノフスキー粒子濃度を絶えず計測。レーザー通信と発光信号を確認。特に発行信号、信号弾、連絡シャトルは見落とすな。いいか、これからだぞ!!」と、ワルキューレの主砲が一斉に動き出す。MS隊はまだ出さない。今出しても集中砲火で数を減らされるから。何よりも航続距離の問題があるのだ。(ギレン兄貴に無理を言って増援として揃えた90機のゲルググと対艦用ビームライフル。緒戦の連邦への勝利を考えるに・・・・使い時を過なければ勝てる。連邦軍の艦載機さえ・・・・)「閣下! 5500kmです」「ヨルムンガンド発砲!!」高出力プラズマ砲が漆黒の宇宙を駆け抜けた。「俺たちは冷や飯を食わされてる・・・・・たく、何が冷や飯だ。これだけ豪勢な観測機に護衛のムサイが二隻。しかも司令官直々の薫陶付きで初弾必中を命令する、だ?上等だこら!!」アレクサンドロ・ヘンメ大尉はあの技術中尉の恩師が作ったと言うYOP-04 試作観測ポッド「バロール」4機からの間接照準データを受信しつつ思った。それにしても会戦直前にあのドズル・ザビ自らが護衛も付けずに厄介者扱いされていると思われていたヨーツンヘイムを訪問した時は柄にもなく感激したものだ。『ドズル閣下に捧げ・・・・礼!!』それが多分に政治的な意味合いであろうとも補給部隊を軽視しないのは特筆に値する。生意気な特務大尉殿もたいそう緊張していた。艦長だってガチガチだったな。「ま、かくいう俺もらしくはなかったけなぁ」ジオン軍の入隊式と観艦式以来の正装を引っ張り出した俺にドズル中将は言った。『俺は兄貴たちと違って難しい言い方は嫌いだから要点だけ纏めて貴様らに伝える。まずだ、初弾は貴様らが担当する。我が軍の中で最長の射程を持つ巨砲が敵のマゼラン級を沈める。それを合図に艦隊は砲撃戦に突入する。いいか、兄貴のセリフではないが絶対にはずすな。初弾がマゼラン級を一方的に沈められるかどうかで我が軍全体のその後の士気に関わる。無論、その為の護衛と観測ポッドの準備はしてある。期待しているぞ諸君』その言葉に嘘偽りは無かった。観測機のバロール4機はミノフスキー粒子散布と言う戦況の中でこれ以上ない確実なデータを送ってくる。護衛のムサイはミノフスキー粒子とビーム攪乱幕を散布している。流石に最新型じゃないがヅダも専属の護衛についている。「行ける!」そう叫んだのと目標にしていたマゼラン級が正面からプラズマの塊が貫通、爆沈させたのは同時だった。拳を握りしめた。やれる、確かに時代はMSだがまだまだ大砲屋だって終わって無い。それは連邦軍にバーミンガム級とかが出てきたことも、このかわいい大蛇が一撃で戦艦を一方的に沈めて見せた事が証明している。何もMSだけが戦争の主役でなければならい、MSでしか戦ってはならないと言う理由は無い筈だ。俺はそう思った。「続けて第二弾、おい、技術屋!次の装填が遅いぞ。あん?二号機め、何外してやがる!!大砲屋の意地は如何した!!MSに後れを取るな、次は当てろ!!」そう言っている間にも装填作業と冷却作業は行われる。戦力比を考えると危険なのはサラミス級よりもマゼラン級だ。そう思って観測と照準の固定作業を続ける。『大尉、マイです。仰角マイナス12度にマゼラン級一隻。従える護衛サラミスの数と通信量から正規艦隊の副旗艦と思われます。これより複合観測データを送ります、ご武運を』有線通信からデータが送られる。今頃、母船の方ではバロール4機の情報処理に追われていて回避運動さえ取れない程だろう。それもこれもドズル・ザビがこのじゃじゃ馬を決戦兵器とみなしたから。「け!・・・・・ありがとよ、技術屋・・・・・わりぃな連邦軍・・・・・こいつで・・・・・お陀仏だ!!」三度、大蛇は咆哮する。こうして、驚異的な破壊力とデブリベルトを全速航行しても問題が無い程の光学カメラを装備したジオン軍は、反撃にてマゼラン級3隻、サラミス2隻を撃沈、プラズマの余波で4隻のサラミスが脱落した。既に冷却と弾数の為、ヨルムンガンド二基は砲撃を中止しているが問題はこれからの艦隊戦だ。それにたった二門の砲がもたらしたと考えれば僥倖と言って良い戦果だろう「やってくれたな」ドズル・ザビは元々大鑑巨砲主義者である。それがMS絶対主義を生まなかった。勿論冷徹なる独裁者ギレンがただ勝利に邁進していたのも大きな要因である。そんな中、ドズルが対連邦勝利の為、試験項目視察の名目中に目を付けた、技術試験課で埃をかぶっていた試作兵器らを実用段階にまで高めてこの決戦に持ち込んだのは流石と言うべきだろう。が、バーミンガム級は依然として健在で更にチベを二隻轟沈させた。「あれだけ一方的に叩かれて尚この動き・・・・・指揮官はレビルか」両軍は更に距離を詰める。戦場中央は完全なる殴り合いの様相を示しだす。一方、右翼を第8艦隊、第9艦隊を相手取るデラーズもドズルと似た様な考えに達した。移動要塞とでもいうベキ巨大空母ドロスとドロワを使って優勢に戦線を形成していたのだ。ドロス級の主砲はマゼラン級を遥かに上回り、連邦軍に無視できない出血を強いる。『最大船速。通信士、各艦に伝達!ぶつかるつもりで距離を詰めろ!! ミノフスキー粒子のお蔭で長距離砲など命中しない!!全速前進!!』連邦軍は90隻と言う物量でジオンの親衛隊を押し潰さんとする。方やジオン側は中央と異なり距離を取りだした。敵艦隊との相対速度0kmを可能な限り維持せよ。それが旗艦ドロスからの命令。焦る連邦軍は、ここで右翼下方から600機のセイバーフィッシュを突入させる。戦場で焦りは危険なのだが、このまま数を撃ち減らされるのだけでは意味がない。一か八か攻撃に出なければやられると言う脅迫感が彼らを動かす。その中に、第04小隊と呼ばれるセイバーフィッシュの部隊が居た。この部隊はサイド4駐留艦隊所属であり、損害も損失も出さずにザクを一機撃破している連邦軍でも数少ない勲功部隊だ。「各機、編隊を崩すな。この間通り一気に戦場を駆け抜けて帰還する。それ以外の事は考えるな!特にモンシア! 勝手に進んだら腕立て伏せ1万回だ。分かったな!!」隊長のサウス・バニング中尉が僚機に命令する。そうしてあのソロモン会戦を生き残ったのだから。『うへぇ! 中尉、まだソロモン会戦での事を怒ってるんですか?もうしませんって・・・・・ですから勘弁してくださいよ』彼が態々名指しでモンシアを注意するのも理由がある。あの時はザクを一機撃墜した事に暴走したのか、部下のモンシアが暴走して二機目に攻撃したのだ。その攻撃されたザクは残弾が無かったようで直ぐに逃げたから良かったものの、もしも援軍を呼ばれたり、格闘戦に持ち込まれていたら犠牲は必ず出ていた。だから思いっきり修正してやった。モンシアも帰還先が無くなって、第3大隊の生存者が自分達だけだと知って愕然としたのかその修正をしっかりと受け入れた。「そうだな、分かってるなら良い。よーし、お前ら生き残ったら俺が秘蔵の30万テラはしたウィスキーを奢ってやる!!」『マジですかぃ!?』『やったぜ!!』『これは是が非でも生き残らせてもらいますよ!!』ふと、計器を見る。もうすぐ戦場だ。近距離のレーザー通信もまもなく使えなくなる。更にジオン親衛隊は新型のザクⅡ改で編成されている。厄介極まりないと連邦軍全体に言われている。「本気だ・・・・・いいか・・・・・モンシア、アデル、ベイト・・・・・全員生き残れよ」『『『了解!!!』』』誰も怯えは見せない。それが虚勢なのか本気なのかは分からなかったが、今はそれが心地よい。例え生き残った後に来るのが今月の破産だと言う事態であっても。「では・・・・・行くぞ!ザクどもには目をくれるな!! 目標はムサイ級だ!!」「デラーズ閣下、敵艦載機こちらの迎撃ゾーンに入ります」この戦域全域を完成する最高責任者であるバロム大佐は唯一ノーマルスーツを着ず、ジオン軍親衛隊の将官服に身を包む上官に報告する。薄手の白い手袋ごしに両手を組んだデラーズ准将はしっかりと頷いた。「よろしい。全艦に伝達せよ、MS隊を迎撃に出せとな。ドロス、ドロワの全MS隊はかねての予定通り敵艦載機の迎撃に、その他の艦のMS隊は小隊ごとに敵の進撃経路を逆進。そのまま敵艦隊に取りつくのだ!」デラーズらジオン軍右翼迎撃艦隊の構想は単純だ。MS隊を敢えて出さない。特にドロスとドロワと言うミノフスキー粒子散布下の戦場でも戦闘管制が可能な移動要塞がある以上、それを利用しない手は無い。連邦軍もミノフスキー粒子が無ければ同じ事が出来たのだが、MS以上に決戦兵器として位置付けられたミノフスキー粒子の研究の差はここにきてジオン優位をもたらす。本来であれば艦載機に置いて200機と600機では600機に200機が圧殺されるだろうが、これがMSと航宙戦闘機では逆転する。ミノフスキー粒子下で真価を発揮するように作られたザクを初めとしたMSと、ただ単純に何とか戦えると言うだけのセイバーフィッシュでは意味合いが大きく異なるからだ。まして片方が多数のレーザー通信による管制を可能とした軍であれば尚更。これをデラーズは最大限に利用する。それでも連邦宇宙軍の最新型のセイバーフィッシュが600機だ。誘導され、ミサイルが正常に使えればジオン艦隊は壊滅状態に陥っただろう。それも簡単に。だが、現実は連邦軍にとって悪魔が微笑んだ。「クソォォォ!」ヤザン・ケーブル中尉は一気に急降下する。急降下と言う言葉が正しいかはわかないがノーマルスーツ越しのGがきついのは確かだ。だがここでホワイトアウトなりブラックアウトなりしてはいられない。後ろには二機のザクが追ってきている。「右だ!」操縦桿、フットぺダルを動かして軌道を強制的に変更する。その次の瞬間、90mmと思われる火箭が脇を通り抜けた。どうやら死神の鎌をまたもや何とかかわしたらしい。「死神は優しい神様だって聞くが・・・・・俺にはまだお呼びじゃないんだよ!!」絶叫する。声を出してないと発狂しそうなのだ。既に第5連隊は自分以外を除いて壊滅。ヤザン中尉は分からなかったが、戦闘開始から25分、敵将デラーズの放ったザクⅡ改100機前後という矢は防空用のセイバーフィッシュ隊という盾を強制的に貫通。続けて第8艦隊の防空網を突破、第8艦隊を蹂躙していた。「!?」咄嗟に回避する。ムサイ級だ。いつの間にか敵の艦隊のど真ん中にいる。しかも何故か偵察機使用のセイバーフィッシュが一機飛んでいる。それにザクが照準を付ける。「バカが!!」気が付いたら最大速度でザクに接近、対艦ミサイルを一斉射した。流石に対艦ミサイル6発中5発の同時直撃には耐えきれなかった。ザクは爆散した。そして思わず舌を舐める。「そうかい、お前が壁だったのか!!」そのザクは射線上に一隻のムサイ級巡洋艦を守っていたのだ。外れたミサイルの一発はムサイの主砲を粉砕していた。「そこの機体、突入する援護しろ!」『こちら偵察機カモノハシのリュウ・ホセイ!!無理だ!この機体に武装は!!』ごちゃごちゃ五月蝿い。武器がないから戦えない?そんな事言ったって敵が待ってくれるか!武器が無いなら無いなりにやり方はあるってもんだよ!!「良いから俺に続け!!ビビるなよ!! こういう時はビビったら死ぬんだ!!」そのまま強引にカモノハシとやらを引き連れる。こういう時は敵にとって判断を鈍らせる状況を作れば良い。事情を知らないジオン艦隊から見ればどっちの機体にも対艦ミサイルがあると思うのが常識だ。まさか後ろからついて来ているのが弾無しの偵察機などとは思わないだろう。事実、対空砲火は一機で突っ込むよりバラバラになっている。チャンスだ。「ここまで近づきゃあ・・・・・落ちろ!!!」残りの6発をムサイに打ち込んだ。そのまま突き抜ける。ふと後ろのカモノハシとムサイがどうなったかを確認したい誘惑に駆られるが生き残る為にそれを無視する。数機のザクを回避して艦隊を突破する。精一杯確認できたのはムサイ級のグリーンの塗装がされた装甲が急加速で自機の隣を飛んで行った事だ。「こちらヤザン機。ムサイ級一隻を撃沈。カモノハシ、聞こえるか?うん? どうした!? おい、カモノハシ!? カモノハシ!!」だが、それに返答は無かった。「デラーズ閣下、MS隊、完全に第8艦隊を掃討完了。これより第9艦隊を攻撃します」中央の戦局は芳しくない。数で劣勢に立ち、第一撃でグワランを沈められたのが大きいのか。大蛇は役に立ったが距離を詰められてはあまり意味がないし、それに大蛇の予備弾はそれ程無い筈だ。これはジオンの国力の限界を示している。MS、艦艇、新兵器、弾薬を全て揃える事が出来る出家の国力が無い。その後はジオン親衛隊と同様の戦術を取ろうとしたが、上手くいって無い様だ。(ドズル閣下らしくないな・・・・・いや違う。報告によると赤い旧式のMSが100機単位で活動している、か。旧式とは言えMSはMS。どうやら敵もMS隊を直援に回している様だ。これはこちらの様に上手くは行かぬのも道理か?)と、傍らのムサイが沈んだ。どうやら二機の敵機に撃沈されたらしい。艦隊防空に携わる艦を沈める猛者がこの深くまで侵入したようだ。(敵ながら見事)思わずデラーズは彼らの奮闘を評価する。が、それこそこちらのジオン軍が優勢に立ちつつある証拠だろう。「艦隊を反転させて中央を支援しますか?」バロム大佐が管制の合間に聞いてくる。軟弱な連邦軍の第8艦隊と第9艦隊は宇宙での実戦経験どころか訓練さえも碌にしてない。その弊害が大きく出ているのか、艦隊行動が執れない艦、艦隊陣形から落後する艦が続出してきた。防空陣形を維持する前に蜂の様に飛び回り刺し殺さんとするジオンのMS隊に恐慌状態に陥っている。「・・・・・まて、今何時だ?」ふと、時計に目をやる。これが例の作戦通り進行していたなら、自分たちは敵右翼を完全に拘束すれば良いのだ。「は、作戦開始から1時間と4分を経過したところです」連邦軍左翼は意外な善戦を遂行する。連邦軍の攻撃隊がMS隊を突破しジオン艦隊に到達できなかったのは左翼、中央と同じだがジオン軍もMS隊を攻撃に転じる事が出来なかった。その理由は連邦軍の戦術にあった。この艦隊は宇宙では危険とされる密集隊形を敢えてとる。何故宇宙で一定以上の密集隊形が危険なのか?それはデブリだ。高速で飛来するデブリがある以上、距離を保てない限り誘爆して沈む可能性が高い。だからこそ、艦隊はある程度間隔をあけて迎撃するのだが、故にその間を潜りにぬけられるMSは宇宙空間で現時点最強の兵器となった。が、連邦も黙っては無い。MSに対抗する為古代ギリシアのファランクスもかくやという艦艇による槍衾を形成した。そして先の戦いで判別している第三艦隊の旗艦ティベ周囲に猛砲撃を加えた。ルウムへ出発する前、カニンガム少将は同僚のワッケイン少将と一つの結論に達する。『MSの機動性を封じない限り我が軍は確実に負ける』『ではカニンガム提督はどうする、と?』『艦隊の機動性を捨て、デブリ衝突による艦艇喪失の危険性の回避も捨てて、敢えて密集隊形を形成し受け身に徹する』『・・・・・それで?』『その間に中央と左翼が砲撃戦でジオン軍を撃ち減らす。要はティアンム提督の艦隊が彼らの後背を突くまで持ち場を死守すれば良いのだ』『つまり、時間を稼ぐと』そうした会話が会戦直前に二人で交わされた。カニンガムも敗退する各地の連邦軍と合流するまでMSの真価を分からなかった。情報が錯綜するのだから当然だ。が、それ故に判断が遅れたが、それでも致命的な遅さでは無かった。それに密集隊形は悪い面だけでは無い。高火力の連邦艦隊は確実にジオン軍を削っており、何度か突入を仕掛けようとしたMS隊には艦隊正面火砲の全力射撃を命じてこれまた数を減らす。如何に高機動型ザクで構成されたジオン軍第三艦隊MS隊とはいえ、あの砲撃の中を突破して艦隊に肉薄するのは自殺行為である。その為、この戦線は奇妙な硬直状態を作る事になる。「またか!」ジョニー・ライデンは攻撃に来た敵機を落としながらも毒づく。目の前でティベ級が一隻爆沈したのだ。これで2隻目だ。忌々しそうに敵艦隊を見るがどうしようもない。「畜生! あの砲撃さえなければ!!」そうは思うが連邦軍とてやはりバカでは無い。全火力を僅か数機の小隊に集中するのだ。MSパイロットに、いや、単なる人間に回避しろと言うのが無茶苦茶である。ビームは光の速さ。実弾兵器であるミサイルを宇宙空間で回避するのとは訳が違う。そんな事が出来るのは超能力者だろう。「くそ、艦隊は防空と迎撃しかできないのか!?」攻撃に来るセイバーフィッシュを撃墜する。これで7機めだった。第三艦隊指揮官のコンスコン少将も無能とは程遠い将官だ。彼は実力主義のドズルの下で少将になった。故に対策を考えた。(敵艦は危険なまでに密集して砲火を集中しているな。正面に出ればドロス級とてただでは・・・・いや、確実に沈む。実際、未だ敵艦は60隻以上。こちらは27。いや、5隻沈んだから22だな)コンスコンは戦局を打開する為、高機動型ザクを半回収。ジオン軍の標準である3隻ごとにランダム回避運動を命ずる。こうなると連邦軍も迷う。砲撃を集中する相手がいなくなるのだ。無論、ビーム攪乱幕を双方が展開している以上、ジオン軍も撃沈は困難になる。だが、それでも今の消耗戦よりは遥かにマシとジオン軍は判断。こうしてこちらの戦線はMS隊を封じた連邦軍優位として戦況が固定化されつつあった。「ドズル閣下、グワデン被弾しました」「敵マゼラン級一隻撃沈、サラミス級2隻撃沈」「セイバーフィッシュ隊接近、あいや、撃退」戦況は一進一退。ジオン軍はMS隊を投入するも、連邦軍もまた正規艦隊全艦隊のMSとルナツー駐留のMS隊をこのルウムに投入。艦隊戦では数に勝る連邦軍が、MS戦では質で圧倒するジオン軍が、全体の戦局はジオンが若干優勢ながら進める。時間を気にするドズル。時計は既に戦闘開始から1時間を経過している。MSの推進剤が尽きるころだ。実際第一次攻撃隊は整備・冷却中で再出撃はあと10分必要。頼みの綱であったグワジン級も一隻がバーミンガム級に撃ち負けして沈んでいる。グワランは沈み、グワデンも小破。ここにドロスとドロワ以外に純粋な空母を持たなかった弊害が出てきた。国力の差とはいえ実際の戦闘で空母がない。これが堪えだしてきた。連邦軍の艦載機はなんとか安全な後方のコロンブス改装空母達に合流すれば良い。しかしジオンは艦隊戦真っ只中の巡洋艦や戦艦に着艦するのだ。当然ながら砲撃に晒されつつ、しかも激しい運動をしている艦に着艦するのと殆ど固定されている艦に戻る。どちらの方が困難か子供でも分かる。「閣下、具申します!!撤退すべきです!!これ以上の犠牲はジオン本国の陥落に繋がります!!」迷う。今の参謀の発言に間違いはない。このままではデラーズのジオン親衛隊艦隊はともかく中央の艦隊は艦隊としての機能を失ってしまうだろう。そうなればデラーズもコンスコンも側面から砲撃を受け壊乱する。撤退するなら今しかない。既にヨルムンガンドは弾薬の補給の為使えず、第二次攻撃隊も敵MSの決死の反撃で一時退避中。これ以上戦局が悪化する前に引くか?「ドズル閣下!」だが、本当に不思議なものだ。この時のドズル・ザビの指揮官としての逡巡がジオン軍全体を救うのだから。ドズルが迷っていたころ、デラーズが敵右翼の撃破を確信し、コンスコンが戦術を変更したまさにその時。互いに本体を囮にしていた両軍に明暗が分かれた。シオン軍の切り札、ありったけの機動巡洋艦ザンジバル級とゲルググを配備した部隊がついに戦線に到着したのだ。しかも両軍ともに前方ばかりに気を取られ、後方の観測は最低限。いや、偵察機は撃墜される直前まで警報を出していたのだが、最大級に散布されたミノフスキー粒子のせいで連絡は行かなかった。伝令が途絶えたが故に壊滅した軍は古今多く、その途絶えた理由さえ分からなかった軍もまた多い。今回は連邦軍がその不名誉を担う様だ。全くもって人が度し難いとはこの事だろう。「あれか、連邦軍」そんな中、シーマ・ガラハウ少佐は己の機体を敵艦隊下部後方へと詰める。これに標的としたサラミスの艦内の誰かが気が付いたのか一斉に対空砲火が放たれ、護衛MS隊が動くが・・・・・・明らかに遅い。「狼狽してるのかい? ふふふ・・・・・より取り見取りだ!」新装備の、正確には初期型の大型ビームライフルを発射する。艦艇下部から上甲板まで高熱源が貫通、一隻のサラミスが爆沈した。それが合図。「さあ、派手にドンパチ楽しもうじゃないか!といっても・・・・・もう落ちるんだけどね!」更に二発。僚機も一斉にビームを放つ。今度はマゼラン級だ。狙いは核融合炉、つまり艦のメイン・エンジン部分。沈む。面白いように沈む。「ざまぁないねぇ」嘲笑する。元々対艦用兵器として開発されたのがMSであり、その武装もサラミス級巡洋艦やマザラン級戦艦を至近から沈める事を念頭に置いてある。ジャイアント・バズやザクバズーカなどが良い例だ。ザクマシンガンだって至近距離ならサラミスを穴だらけに出来るだろう。と言う事はザクもドムも性能面で凌駕するゲルググが、せっかく国力を傾けてまで生産(量産には程遠い)したゲルググと言う決戦兵器が、攻撃力薄弱では笑えない。というかギレンにはそんな笑い話にもならない事など認められない。と言う事で初期のビーム兵器はジェネレーターや冷却材の理由もあるが何よりも対艦攻撃兵器とし高出力・高威力を求められた。因みにドズル・ザビとギレン・ザビの直接命令であり、ミノフスキー博士を脅迫してやらせた。『いかなる方法をもってしても構わぬ。開戦までに実用的なビーム兵器を実戦部隊に配備せよ』その結果、取り回しこそ最低だが、アナベル・ガトー大尉が使ったようなビームバズーカなどが出来る。そして独立戦争最大の山場(と、ギレンは判断した)である連邦正規艦隊との艦隊決戦には確実に戦艦を沈める火力が配備された。それがゲルググ。更には緒戦の電撃戦、一週間戦争と後に名づけられた戦いには間に合わなかったものの、何とかルウムでの戦いには間に合ったゲルググと改ザンジバル級機動巡洋艦の増援。その為、90機近いゲルググをダグラス・ローデンは指揮下に置いた。そしてこの大艦隊戦において、遂にゲルググが戦局を動かす。「ふん、雑魚が!」機体を後進させ、ガンキャノンの放ったキャノン砲を回避するシーマ機。現在のジオン軍はある程度の例外を除けば完全実力制である。マハルなどの貧困層出身だろうが義勇兵だろうが外人部隊だろうが差別しない。これはギレンと言うよりも軍総司令官ドズル・ザビの方針である。『軍は完全なる実力制で行く。兄貴にも口は出させんぞ!!』ただ、ギレンはそれを疑問視はしているし、旧キシリア派や旧ダイクン派の監視も怠って無い。(理由はキシリアの残した日記などにある。彼女が残した日記にはギレンへの警戒心が書かれており、私兵集団を対ギレン用に教導していた事が判明した。この偶然に見つかった日誌はキシリア日誌と呼ばれる事になり、国家のトップシークレットとしてギレン自らの手により総帥府の総帥執務室の机の引き出しに秘蔵された。が、それ故にか、或いは当然と言うべきかギレンは今も尚、ダイクン派とキシリア派を危険思想の持ち主として見ている。それが更に彼らの反ギレン活動に繋がる悪循環にある)まあ、そう言ったギレンの思惑を考えると現在のダイクン派などは体の良い単なる便利屋か捨て駒扱いなのかもしれないが。それでもギレンも表面上は今のところ彼らが優遇されている事実に変わりは無い。事実、この攻撃の指揮官はダイクン派の軍部重鎮のダグラス・ローデン大佐で、中にはランバ・ラルなどもいる。シーマのゲルググは右手にビームライフル、左手にマシンガンを装備している。シーマ指揮下の海兵隊はビームライフルとマシンガンの両手持ち。シールドはザクのナックルシールドを固定しているだけなので防御力は気休めだ。そのマシンガンで迎撃に出た別のガンキャノンを穴だらけにした。ガンキャノンは爆散し、その破片は連邦艦隊後方に降り注ぐ。デブリが凶器になるのは宇宙戦闘の常識であり、それを回避するのが当然だが、MSの導入でそのやり方は大きく変化している。その最たる例が接近時における敵艦、或いは敵機撃破に伴う高速の宇宙ゴミ問題。回避するか、盾か装甲で防ぐかそれしかない。が、盾で防げると言うのは宇宙空間では驚異的な事だ。犠牲も危険性も減少する。そして、それが出来るのがMSであり、MSのパイロットと言える。その最たる例は今この場にいるゲルググのパイロットたちだろう。特に高機動型にカスタマイズされたゲルググのパイロットの技量は凄い。一瞬で巡洋艦を沈めてしまうのだ。今も黒い三機のゲルググが巡洋艦を撃沈した。「うん、あれは?」またもやセイバーフィッシュをマシンガンで穴だらけにして血祭りにするシーマの右に一機の赤いゲルググが映る。「一機で艦隊に仕掛けるきか? 正気かい!?」自分でさえ部下の海兵隊の援護の下、共同で撃沈しているのだ。ところがあの赤い機体は全くそんな素振りを見せずにマゼラン級1隻とそれを守るサラミス4隻に突っ込む。思わず死んだなと思った。「ま、自業自得だねぇ・・・・・死にたがりに用は無い・・・・・・ってなんだと!?」驚いてばかりだが仕方ない。なんとあの機体は正面から突撃、急旋回し、一挙に降下して艦隊の防空を攪乱。そのまま一隻のサラミスに5発のビームを叩きつける。左手に大型ビームライフル、右手に通常ビームライフル。それぞれを連射した。そしてバスケットボールの選手がやるように体をひねる運動を機体に命令する。この高機動で更に正面へもう一隻のサラミスのミサイル発射管を射程に捕える。ここで瞬時に通常型ビームライフルを撃つ。ビームが直撃、弾薬庫が誘爆、サラミスが更に1隻轟沈。爆風を利用して、そのまま最大加速でデブリを回避しつつ弾幕を張るマゼランに交差。光の線が宇宙に描かれた。恐らく、交差した瞬間にビームを長時間当てて、バーナー切断の要領で目標としたマゼランの艦橋からエンジン部までを焼き切ったのだ。あっという間にマゼランが目の前で沈む。その後もまた信じられない。「なんて技量だい!? 本当に人間なのか?」マゼランの反対側にいたサラミスの隙を見つけてそのまま突破、ゼロ距離まで接近し、艦橋上部から大型ビームライフルを撃ちぬく。爆発する前に人間がジャンプする要領で甲板を蹴り、加速、もう一隻に正面から射撃を集中、撃沈した。この間約5分。1分で一機のMSに一隻の戦闘艦が撃沈された事になる。それもたった一人の活躍。決して連邦軍にも油断などしてなかった筈なのに。あり得ない。『あ、あり得ない・・・・・こ、これでは・・・・・ま、まるで・・・・・赤い・・・・彗星・・・・・』この通信は誰が出した? 連邦軍か、或いはあたしか?そう呟いた。この会戦後、赤い彗星と呼ばれるシャア・アズナブルの大戦果だった。この華々しい大戦果の後、艦隊は大混乱に陥る。連邦軍は第5艦隊旗艦を喪失、背後からの襲撃に完全に浮き足立つ。本来であれば後背を突くのは自分たち連邦軍のティアンム艦隊の筈だった。だが実際は90機前後の新型MSに後背を取られて右往左往する。当然だろう。全精神を前方のジオン軍中央に集中していたのだ。それがいきなり崩された。動揺しない方が変だ。動揺は一気に広がる。艦隊総旗艦「アナンケ」の傍までMSが来た事実が兵士たちを不安に陥らせる。『自分達もここで死ぬのではないか?』『コロニー駐留艦隊や月面方面艦隊の様に皆殺しになるのではないか?』『死にたくない! 勝てない! 逃げよう!!』そう言う流れが出来つつあった。そしてそれはレビル将軍のアナンケ内部でも発生しており一時的に指揮系統がマヒ、更に艦艇を失う悪循環に突入する。一方で突入したゲルググ各機は平均して二機で一隻を沈めると言う快挙を成し遂げつつある。このまま交戦すれば壊滅するのは自分達連邦艦隊。そう思われても仕方ない。「あのマスク・・・・・はったりだけじゃなかったか」シーマは手じかなMSにビームを撃ち込むと共に考える。赤い制服に妙なバイザーマスクをつけた中尉を思い出した。(単なる変態かと思ったけど・・・・・案外やるねぇ。ま、関わりたくないのは変わらないけどね)既にサラミス三隻は沈めた。海兵隊も冷却の関係からかビーム兵器の使用を制限する程の余裕が出てきた。他の部隊の援護の為、後ろから前へ戦場を、敵中央艦隊を縦断している。(これ以上前に出て戦って死ぬのもバカらしい。私たちはあの赤い中尉の様に死にたがりじゃないんでね。ならば一旦、海兵隊を纏めて誰かさんに功績を譲ると言う形で逃げるか?)シーマのその思いは直ぐに現実のものとなる。ヴィッシュ・ドナヒューの迅雷隊がガンキャノンで構成されたMSの直援機を9機排除した。ヴィッシュ・ドナヒュー中尉自身もマゼラン級とサラミス級をそれぞれ一隻ずつ共同撃沈している。個人の武勇を望む、望まれる傾向があるジオン軍では大物食いが奨励されている。だからシン・マツナガ少佐が唱えていたサラミス級を集団で狙えという作戦は受けが悪い。狙うなら戦艦だ、それも自分だけの手で。そういう事だ。それをシーマは知っている。バカの妄想だと。(戦場は生き残った方が勝ちなんだよ・・・・・それが大物狙い?釣りか何かと勘違いしている馬鹿には付き合ってらんないねぇ)「ドナヒュー中尉聞こえるか?」『聞こえます、少佐。海兵隊も壮健で何よりです。』その一言が心地よい。どうやらこの将校さんは私ら貧困層出身者で構成された海兵隊に偏見を持って無い様だ。良い人間らしく、いささか騙すようで気は引けるし、偏見が無く開口一番に私ら海兵隊を褒めた時点で一杯奢らせてもらいたい気分だが、今はこの先の戦いで己が生き残る為の共犯者が必要だ。仕方ない。それに首尾は上々。後は乗せるだけ。「私の隊とそっちの隊で連邦軍の五月蝿い直援機を排除するよ!どうやらこちらの隊は全体的にビームエネルギーに問題でねぇ。これ以上の対艦攻撃は難しいと判断する。よってあたしら海兵隊とそちらの隊で他の部隊の対艦攻撃の助攻を行う・・・・・・・質問は?」しばしの間。簡潔な問い。『指揮系統は一本化しますか?』この男出来る。シーマは純粋に感心した。こういう奴こそ戦友に欲しい。こういう時に自分の安全と部下への影響力確保に動けるのは無能では無い証拠なのだから。「海兵隊はあたし、このシーマ・ガラハウ自らが。そちらの迅雷隊はヴィッシュ・ドナヒュー中尉、あんたが指揮しな。戦場で指揮官が健在な部隊が互いに口出ししあっても碌な事は無いからね。ただし、交互に援護し会う事だけは忘れない事!」『了解!』「リック・ドムⅡ隊全機、突入せよ!!全艦、砲撃を強化。照準固定、P-16だ。全メガ粒子砲一斉射撃・・・・撃て!!」ドズルの檄が飛ぶ。時間をかければティアンム指揮下の別働隊が後ろから襲ってくるだろう。だが、それはこちらも同じ事。時間との勝負だったが時の女神を掴めたのはジオン軍だったようだ。ゲルググを中心とした独立教導艦隊(本国より増援あり。ザンジバル級10隻、ゲルググ90機)は月を迂回して戦場に到着。「よーし、レビルの鼻を明かしてやった、奴らの背中を叩き切ってやったぞ!!」ワザと声を上げる事で艦隊全体の士気向上につなげる。既にグワランを喪失、グワデンも大破して戦線を離脱しているのだ。ジオンは負けては無い、連邦に勝っている、これで連邦に勝つ、という事を艦隊の全将兵に知らしめなければならない。この時、逆U字型で艦隊を縦断し、左から右へと連邦軍を蹴散らして、もう一度と突入するゲルググ部隊に掩護射撃がかかる。ドズルの第一艦隊全力射撃は、内部に侵入したゲルググ部隊の阻止行動を行うべく陣形を変えつつあった連邦艦隊に直撃。更にこの時点でドズルは全てのリック・ドムⅡに突入命令を発令しており対艦攻撃力の高いMS隊が突撃。未だ残る連邦軍の攻撃隊やMS、艦載機は全てザクⅡF2の部隊で迎え撃つことを決定する。「これより連邦軍の掃討段階に入る!! 全軍・・・・・前進!!!!」簡潔な猛将の命令程、戦場にて効果のあるものは無いだろう。こうしてレビル艦隊は内部にゲルググ、外部にドズル艦隊、外壁にドム部隊を抱え込む。が、それでもバーミンガム級戦艦のアナンケは強固であった。侵入してきたゲルググ1個小隊を撃墜した上、射線上に入ったムサイ3隻を中破に追いこみ、攻撃を試みた7機のドムに突入を断念させる。ワイアット中将が提唱した世界最強の宇宙戦艦バーミンガム級戦艦の真価を発揮していた。が。その奮戦は蟷螂の斧になっていた。或いは線香花火の最後の光。バーミンガム級恐るべしと感じたジオン軍は戦術を変更し、周囲の艦隊を徹底的に嬲る。更には右翼から援軍に来たジオン親衛隊は後方のコロンブス級改装空母部隊に殺到。地獄を作り出す。「・・・・・・・恨むなよ」ドズルが独語した頃、アナンケに三機のゲルググが接近する。カラーリングは黒。教導大隊時代からMSに乗っており、あのスミス海の大勝利(連邦側では虐殺)を演出した男たちの小隊だ。「あれは何か?」部下たちの為に敢えて確認する。「はい、ミゲル・ガイア中尉以下の第1小隊です」そうしている内に見事な編成行動でバーミンガム級の弱点である後方下部から攻撃する。しかも一過性では無く、直ぐに反転して今度は艦橋を狙い撃つ。主砲が、副砲が、ミサイル発射管が、対空砲が、装甲が、エンジンが次々と撃ちぬかれた。断末魔の悲鳴を上げるのは時間の問題だろう。「沈んだな、アナンケ」独白した直後に連邦軍の最新鋭戦艦バーミンガム級第四番艦「アナンケ」は撃沈した。それは総旗艦の沈没と指揮系統の完全なる消滅を意味している「今を逃すな! 必要最小限の防空部隊を残して一気に攻撃出る。逃げる艦載機は見逃しても構わんがMSと戦艦、巡洋艦は徹底的に沈めろ!! 急げ!!」猛将、ドズル・ザビ中将。この命令が連邦宇宙艦隊の死命を制した。連邦宇宙艦隊は完全に敗走を開始。特に右翼は20隻、中央も30隻程しか残って無い。ゲルググとリック・ドムⅡ、ザクⅡ改に食い破られているのだ。しかも漸く補給が終わったのか、依然として混戦状態から距離を置く連邦軍に大蛇が牙をむける。残弾が残り3発とはいえ、プラズマ砲は敵艦隊の陣形を崩すのにも役立つ。それを惜しみなく投入する。ジオン軍はこれが最後の戦いになると信じているのだ。そしてこの戦いののちに悲願の独立が達成されるとも。「追撃する! 出し惜しみは無しだ!!」が、ジオン側も戦力の消耗は大きい。ドズルの第一艦隊で無傷な艦は殆ど無く、更には攻撃部隊の帰投、補給、整備、パイロットの休養が間も無く必要である。つまり、一時的にせよ後数十分で戦局を決したMS戦力は無くなるのだ。それは分かっている。だからこそのジオン親衛隊艦隊である。こちらは空母が二隻存在すると言う事で補給も整備も従来艦よりも早い。ドズルは決断した。右翼から一気に左翼に向けて追撃を仕掛けよ、と。「コンスコンはどうしたか?」気がかりなのは敵左翼艦隊。現時点の対MS戦闘ではもっとも有用な方法を見せつけた為か、決定打を与えられなかった連邦軍の部隊。その後の砲撃戦とゲルググの脅威から艦隊を分派したが、依然として50隻は健在である。しかしながらドズルはコンスコンを責めようとは思わない。もしも自分がその立場だったら同じような方法を取るしかなかっただろうから。それに自分が最高司令官であり艦隊の総司令官である以上、部下の失敗は自分の失敗として考えなければならないのだ。(やはり連邦は侮れん。最悪、牽制程度と考えるべきだな)が、彼、コンスコン少将からの報告はドズルの期待以上だった。それは各艦隊司令官も同様である。『ドズル閣下。我が艦隊は追撃任務が可能です。MS隊の補給・補修も完了しております。後は相手次第ですな』『デラーズ准将です、閣下。既にMS隊は再発進しました。軟弱な連邦軍はこれで終わりでしょう』両翼を固めた二人の司令官に続き、今なおザンジバル級10隻で敵中央の後背を抑えているローデンからも連絡が来る。『こちらも準備完了です。MSの補給作業さえ終われば先程と同じ戦果を挙げて見せると皆が言っております。・・・・・・・・・ドズル閣下、ご命令を』これらの言葉にドズルは決断した。全軍、攻撃再開。目標、地球連邦宇宙艦隊全艦!!と。「ワッケイン、これは負けたな」レーザー通信でマゼラン級グプタのカニンガム少将が言ってくる。分かっている。レビル将軍が戦死された、すくなくとも艦隊総旗艦のアナンケが沈んだ時点で均衡は崩れた。我々が考えた時間稼ぎは結局のところ無駄だった。「は。この上はルナツーに帰るしかないかと」そこで先任のカニンガム少将はノーマルスーツのヘルメットを取りキューバ産の葉巻に火を入れる。美味そうに一服する。私はタバコ派なので今日も禁煙だ。そしていつも宇宙では禁煙している提督が態々皆の前で葉巻を吹かすのが嫌な予感がする。嫌な予感しかしない。まるで小説や戦争映画のワンシーンだ。「ふー。やはり葉巻はキューバ産だな。ワッケイン君、君はタバコ派だが・・・・私に言わせればタバコなど邪道だよ。さてと・・・・・・悪いが君にはルウム経由で残存艦隊を率いて帰ってもらうぞ」両艦隊の砲撃が続く。遮光シールドが無ければ失明する程だ。それほどジオン軍が至近に接近し砲火を集中している証拠だ。思わず艦橋の椅子のベルトを着けているのを忘れて立ち上がろうとした。「は? どういう事です?」しかし、そんな混乱状況も先任であるカニンガム少将の言葉で氷解する。悪い意味で。「ルウムには各サイドの亡命政権らがある。ジャブローのお偉方が必ず回収しろと言ってきた亡命政権が、な。ジャブローのモグラはな、私は大嫌いだ。嫌いだが・・・・・あんな嫌な連中らでも地球連邦市民が自分で選んだ首相なんだ。それを文民統制化の軍人が政府の命令を無視する訳にはいかない。部下は上司を選べんしな。確かに嫌な命令だ。死んで来いと言っているようなものだ。だからと言って無視して良い法律もない。先程も言ったように我らはジオン公国とは違う、文民統制の軍隊だ。軍人や一部の政治家が私的に行動して公益や秩序を乱すなら地球連邦は存在意義を失う」また一服。最後の葉巻なのか非常に美味そうだ。話は続く。「君も知っているケンブリッジ君が言っていたよ。連邦市民の権利と財産を守るのが連邦軍の存在意義だと。ははは。全く持ってその通りだな。そしてあそこには、ルウムにはジオンの支配を良しとしない大勢の市民が、難民が我らの助けを待っているのだ。それを無視するのか?守るべき人々を群狼の中に放置して自分達だけ安全な我が家に、ルナツーに逃げ込め、と?そんな事をしたら私は私を一生許せなくなるだろう。連邦を許せなくなるだろう。色々問題はあるが・・・・・それでも連邦軍に忠誠を誓った身なのだ。それなのに最後の最後で自分を、自分たちに縋る者達を見限る訳にはいくまい?民主主義の国家の軍人として生きて給料を得ながら最後は軍国主義者になった、とは言われたくは無いじゃないか?」冗談めかして言うカニンガム少将の口調とは裏腹に、その意志は固かった。彼は、カニンガム提督はここで死ぬ気だ。(自分だけ義務を全うする気なのだ・・・・・・そんな事が・・・・・これだけの覚悟を持って戦う事が私にできるだろうか?)そんな疑問を抱きながらも命令を遂行するべく数名の参謀に戦闘可能艦艇と航行可能艦艇、無傷の艦艇の判別をさせる。「なぁワッケイン。・・・・・・老人の都合で若い人が何万人も死んだ。嫌な時に生きたと思わないか?」生きた時。そう、「生きた」とき。それは覚悟の表れ。今艦橋で葉巻を吸う姿がもしかしたらこの人なりの別れなのかも知れない。そう言いつつも艦隊の指揮を取る姿は立派だ。ジオンの連中が何と言うか知らないが、彼は連邦軍人の鑑と言っても良いだろう。(ジオンが何と言うか知らないが仮にカニンガム提督の生き様を否定する事だけは許せない)そんな事を考えているとオペレーターが悲鳴のような、いや、悲鳴を上げる。『正面のジオン艦隊よりMS接近、数・・・・・・60機以上!!』今までの部隊とは違い、最初から左右上下に距離を取って攻めてくる。艦隊の砲撃を拡散させるのが狙いか。(更に中央を食い破ったビーム兵器搭載のMS部隊が横にいる。いかんな、これは)先程との差異の一つに我が軍の中央がもう持たないと言うのもある。艦隊としてはまだ保っているが、それでもこのままでは時間の問題。ドムとザクに群がられている右翼と中央右寄りは助からない。我が艦隊には助けも来ない。寧ろ我々が助けなければならない。『撤退信号!! 殿は我が第6艦隊が執る!!』グプタから緑色の撤退信号が何発も打ち出される。次々と。まるでパレードの様に。それが合図だった。戦場に残っていた各艦隊は一斉に散開。各々の思いの方向でルナツーへと経路を取る。方や第6艦隊は前進を開始。「!?」カニンガム提督の手に驚いたが考えてみればそれは逆に良い手である。艦隊同士の乱戦に持ち込めばジオン軍とて追撃の手を緩めざるをえない。さらに接近すればMS隊も母艦を失うと言う恐怖から追撃の手を緩めるだろう。そして緩めればあとは加速性能がものをいう。一度高速軌道に乗った巡洋艦や戦艦を宇宙で補足するのは不可能だ。後方のコロンブス空母部隊も反転を開始している。幸か不幸か戦闘機隊はその殆どが撃墜された為、初期の段階で撤収していた。MS隊は悪いが殿として全て第6艦隊に預けた。「第7艦隊ならび戦闘可能艦はルウムに撤収する!進路そのまま。経路変更なし! 信号弾青。全艦・・・・・撤退する・・・・・・我に続け!!」「恨むなよ・・・・・・敗者の定めだ」ランバ・ラル隊がバーミンガム級戦艦を強奪したという信じられない報告に色めき立つ艦橋。しかし、ドズルの胸に来たのは別の事だった。敗残し、逃げる事も戦う事も出来ずに沈んでいく戦艦。的になってしまった巡洋艦に、帰る場所を失い自棄になって死んでいく艦載機のパイロット。それを見たドズルの胸に到来したのは勝利による高揚ではなく、敵兵への哀愁。設立以来、絶対的な強者として君臨してきた地球連邦宇宙艦隊が壊滅したのだ。それがまるで悲しかった。理由は分からない。或いは我がジオン軍もまたいつかこの道を辿るのだと思ったのかもしれない。「敵艦隊旗艦、恐らくですが、マゼラン級12番艦グプタの撃沈を確認。敵艦隊司令官カニンガム少将も戦死した模様。抵抗、微弱」「敵艦隊より入電、我降伏ス、貴軍ノ寛大ナル対応ヲ願ウ、です」ただ無言で宇宙を見つめる。そして頷いた。「敵に返信しろ。90秒だけ攻撃を停止して待つから国際法に則って白旗を掲げ、機関を止めろと。それを持って降伏の受け入れとする」それから180秒ほど経った後、連邦軍残存艦隊約10隻はジオン軍に降伏した。この結果、連邦軍は参戦した336隻中287隻を永久に失う。方やジオンも106隻中61隻を撃沈破されたが、実際に損失した艦は30隻前後にとどまった。MS隊の犠牲はもっと少なく、新型機であった事も考えると損害機を含め200機に届かなかった。一方の連邦軍は2200機の艦載機中1987機を失い、ガンキャノンを中心とした連邦軍のMS隊も全滅した。連邦軍は地球軌道からも撤退を開始し、拡大ISSを放棄、爆破。更に地球連邦政府上層部はこの会戦の結果を聞いた直後、僅か10分でルウム放棄をも決定。そこに住む、或いは各サイド、月から逃げてきた軍官民合計で6億人を見捨てた。・・・・・カニンガムらの犠牲を無駄にして。宇宙世紀0079.08.23 ルウム。ルウムの後方に陣取っていた第14独立艦隊も決断を迫られた。再編されたジオン軍が進撃を再開。ティアンム提督の艦隊は戦力温存を理由にルナツーへの帰還コースに乗っている事が判明。連邦政府もサイド5防衛を放棄、サイド5占領は時間の問題であり、ジオン派の市民が武器を持って騒乱を起こしていた。一方鎮圧すべき連邦軍は政府、財界、軍、官僚の上層部と共に逃げだす。ワッケイン少将は最後まで抵抗するつもりだったが、ここでジオン軍が秘蔵している核兵器を使えば大虐殺が起きると考え、秘かに攻略艦隊のコンスコン少将に軍使を派遣していた。もちろん、たかが一個独立艦隊の司令官程度がそんな高度な判断を知る筈がない。分かっているのはサイド5から政府首班や亡命政権のメンバーと思われる人々の船が30隻程、6隻か7隻の小中破したサラミスらに護送されており、それがジオンの偵察艦隊の猛追を受けていると言う事実のみ。「シナプス司令です。ケンブリッジ政務次官、艦橋までお越しください」ルウム戦役の報告がおぼろげながらに入ってきた昨今。ルウム後方に陣取っていた第14独立艦隊は政務次官の予想通りに嫌な位置にいる事になる。それは敵艦隊と味方艦隊の中間。と言うより、殿の一つ。ルウム戦役の報告を長距離通信レーザーで知った亡命政権らは即座にルウムを脱出する。疾風迅雷の如くであった。ついでに疾風のごとく出港する船の中にはケンブリッジに与えられていた特別船『スカイ・ワン』もいた。ルウムに接近した時点でルウム自治政府に徴発されたのだ。思うところが無い訳では無いが、今は別の事だ。サイド1、2、4、5、月面都市代表の5つの自治政府首班からの要請が来た。『我々を守ってくれ。ルナツーまで護衛しろ』色々とかつ長々と形容詞や修飾語付きで言われたが要約するとこうなるな。シナプスはノーマルスーツのバイザーを開けると水を口に含む。既に艦橋全員が、いや、艦隊乗組員全員がノーマルスーツを着用している。ペガサス級の高性能光学センサーは戦闘の光を確認したのだ。「MS隊はいつでも出せる様にしておけ。第1戦隊は警戒態勢。MSは神出鬼没だ。上下左右前後360度全方位警戒態勢を維持せよ」ワッケイン指令の第7艦隊を中心とした艦隊がルウムで一般市民の疎開を開始している為、対抗馬のジオンの第三艦隊は動かない。また、シナプス大佐は知らない事だが極秘にルウム無血開城の交渉がワッケインの独断で進められている。圧倒的に不利な連邦軍は代償として、戦闘可能艦艇全ての譲渡という屈辱的な内容で開城準備を進めていた。故に双方の正規艦隊は無言の紳士協定で動かないと言う事になる。が、ジオンの偵察艦隊は別だ。現に4隻のムサイ級が脱出船団に向かっている。(我々だけなら逃げるのもたやすい・・・・・が、民間船と損傷艦を守りながらだと話は別だ。噂に聞くザクに本艦隊のジムがどこまで通じるかで話が変わる・・・・・勝てるか?)無傷の護衛は自分の艦隊4隻のみ。後は亡命政権らと一緒になって補修を名目に逃げ出した7隻のサラミスで構成された艦隊がいる。(7隻か・・・・・だが、どれもこれも被弾しており戦闘など不可能だろう)どうやら亡命政権の方々は各コロニーサイドの市民を見捨てたツケが今来たように思えてならない。そうこうしている内に通常の兵士とは違うサイド6製の水色のノーマルスーツを着用したウィリアム・ケンブリッジ政務次官が来た。先に妻に向かうかと思ったがそれは無かった。用意された席に着席する。まだバイザーは開けている。余裕の表れなのだろう。(ここで妻に一言も声をかけないのは流石だ。凡人なら妻に一言くらい声をかけるだろうに。それもこの部隊で一番偉いのだから誰も咎めないにも関わらず・・・・・ふふ、あのサイド5の脱出組とは大違いだな)流石は最も連邦にとって忠実な官僚と言われるだけある。だが、だからこそ軍人たちが主体の戦場に連れてきて良い人物とも思えない。ギレン・ザビらと交友関係があるなら尚更だ。そう言う人物は外交にこそ必要であり、こんな戦場で、しかも負け戦で失って良い人材では無い筈だ。(ならば汚名を被ってでも彼を逃がすべきか?)そう思うが既に遅いかもしれない。敵艦隊に動きがある。ザクがこちらに向かって来た。数は12機。恐らく全力攻撃だ。「次官閣下、敵艦隊です。戦闘可能艦の数は同数ですが、MS隊は向こう側が恐らく全部で16機。こちらが9機と数では負けてますな。パイロットの質も宇宙を生活の場にしているスペースノイドであるジオン軍が、恐らく向こうが上でしょうから・・・・・勝てる保証はありません」何事かを考え込む政務次官。私はそれでも言わぬばならぬ事を言った。戦うのか、逃げるのか、と。「その・・・・もしも戦うとしたらどうする?」シナプスはきっぱりと言い切った。「本艦を囮にし、敵MSを吸引します。幸いこの船の防空能力はバーミンガム級に次ぎますし彼らにとって最良の獲物に見えるでしょう。その隙に第1戦隊のサラミス三隻の火力でムサイ級4隻を艦砲射撃で仕留めます。撃沈が無理でも引かせます」が、それには一つ気がかりがある。これも伝えなければならに。正確な情報を伝えるのは軍事の専門家としての誇りであり、義務だ。「しかし、ルウム疎開の影響で第7艦隊やそのほかの偵察部隊と距離を取りすぎています。増援は望めません。それと撤退中の友軍は明らかに戦闘行動が不可能です。士気の面でも救援は怪しいかと。また、交戦後に撤退する際は苦肉の策としてMS隊を殿にして時間を稼ぎますが、この策を取った場合MS隊は壊滅する可能性が高いです。しかし劣勢になった時、私の頭ではそれ以外に船団と閣下をお守りする方法が思いつきません」政務次官の顔からさぁと血の気が失せるのが分かった。それでも震えを隠そうとしている。拳を何度も開いては握り、開いては握る。恐怖ゆえだろう。「か・・・・・・いや、降伏は・・・・・・何でも・・・・ない」まだ迷っている。敵と戦うか、味方を見捨てるか、すべて捨てて逃げ出すか。(仕方ないか。これ以上迷っていたら自分たちが死ぬ。それは司令官として許容できない)ならば先ずは自分たちの身の安全を保障する事だ。例え卑怯者と呼ばれても目の前の人物を失う訳にはいかない。彼はあのザビ家らと交渉できる数少ない人材だ。ただ戦える人間は多いが戦争を収められる人間は少ない。(特に友軍がルウムで大敗北を喫した今は彼の様なタフな外交官が必要になるのだ。絶対に死なせてはならぬ)シナプス大佐は決意する。「・・・・・仕方ない。タキザワ少尉、全艦に連絡。レーザー回線は使うな。発光信。内容は180度回頭、MS隊は発進準備のまま待機。撤退よう・・・・・」「し、ししし、し、シナプス司令官!」友軍と脱出船団を見捨てて撤退すると言おうとした時、政務次官の瞳に強い意志が宿った。それは臆病者の一かけらの勇気。「ひ、避難民を守ろう」彼もまた避難民なのだが、それでも自分より弱い立場にいる人物を守る為に行動した。やはり自分の第一印象は間違ってはいなかった。この方は、この官僚は他の官僚とは違う。今の地球連邦にとって本当に必要な人物なのだろう。私の見立てに間違いは無かった。「次官閣下・・・・・・軍の危険手当は存外低いですぞ? よろしいですか?」無言で、しかし必死に頷く。怯えが見えたが仕方ないだろう。自分だって初陣は怖かった。今だって夢に見るのだ。「よーし、タキザワ少尉、各艦に連絡。攻撃態勢、第二戦闘陣形へ移行せよ。リャン大尉、MS隊全体の作戦指揮を任せる。MS発進準備。管制官は担当各機の管制を忘れるな。総員第一種戦闘配置!」「ひ、避難民を守ろう」ああもう。なんでこんな事を言ったんだ!?逃げる最大のチャンスだったのに。逃げる最後のチャンスだったのに!!でも仕方ないか。俺が逃げてもあの逃げ出した亡命政権の連中は別の誰かに助けを求める。そういう連中だ。だから守るしかない。それに連中の下にいるシャトルの乗組員とかは連邦市民だ。戦艦に乗っている自分が我が身かわいさに見捨てられるだろうか?答えは否だ。断じて否である。ああ・・・・・いかん、ギレン氏に似てきたか?それにそれだけが理由じゃない。MS隊を犠牲にするってことはあのパイロットの期待を裏切るって事だ。・・・・・・・ルウム戦役と呼ばれる会戦が勃発する直前、私はロッカールームでスーツの上着を脱いでいた。其処に黄色のパイロット用ノーマルスーツを着用した黒人パイロットが来た。『パミル・マクダミル軍曹であります。あの、失礼ですがウィリアム・ケンブリッジ政務次官閣下でよろしいですか?』『そうだけど・・・・・・なんだい?』『あ、いえ、個人的な案件なのでありますが・・・・・自分は次官閣下を尊敬しております。自分は南米のスラム街出身です。あそこから逃げたいが為に軍に入った様なものでした。そして軍でも差別されてきました。この肌の色で。でも、だからこそ閣下を尊敬しております。同じく有色人種でありながら実力で政務次官まで上り詰めた閣下に希望を見出しました』『それは・・・・・その・・・・・困ったな』『ご謙遜を。閣下の武勇伝はニュースで知っています。暴動の中、単身独裁者に立ち向かったとか。自分は今から出撃しますがそれだけは言いたくてこちらに来ました。閣下はカムナの兄貴の次に尊敬する方であります。ではご武運を』そう言ってタチバナ小隊のパイロットは去って行った。そんな事を言われて自分だけ逃げられるのは余程の強者だろう。生憎、ウィリアム・ケンブリッジと言う人間はここで逃げるほど強くもなく、勇敢に戦えるほども強くは無い。怖くてがちがちと歯が震える。幸い、ノーマルスーツ越しのバイザーで分からないようだが。今からでもリムと逃げられたらどんなに良かったか。だけどそんな事は許されない。だから思う事を述べる。この時、ノエルお嬢さんの操作ミスで全艦に自分の告白が伝わるなど思いもよらなかった。「なあシナプス大佐。聞いてくれ。私は勘違いされてきた。勘違いだけで45歳にして政務次官なんて言う高級官僚になった。でもその実態は無能で、臆病で、なんでここまで来れたのか分からない、ただの人間だ。凡人だ。私の代わりなんてきっといくらでもいる。でも、私にはリムの代わりはいない。言い難いが私にとって守りたいのはリムなんだ。正直言うと怖い。ああそうだ、軽蔑してくれ。侮蔑してくれてよい。怖くて怖くてたまらない。ああ、そうだ恥も外聞もなく言おう。今すぐに逃げたい。逃げ出したい。あんな連中の為に死ぬのは嫌だ!!誰かの盾になって死ぬのはご免だ!!与えられた権限を使って今すぐにシャトルで逃げたいんだ!!!」そこで一旦区切る。誰もが。艦橋中の誰もが私の独白に聞き入っている。それを知ったのは後だったが。「それでも逃げちゃだめだと思う。私は愚か者だ。卑怯者だ。いつも厄介ごとばかり押し付けられてきた運も無い男だろう。だけど、だけど、妻を・・・・お母さんを見捨てた、お父さんだけ逃げだしたと子供たちに言われる父親にだけはなれない。私用ですまないが、それだけはなれない。なれないんだ。それに私はこの艦隊で一番偉いんだ。その私が一番先に持ち場から離れる訳にはいかないのだろう?私は軍人じゃないから分からない・・・・だけど、サイド3で上司に見捨てられた時の悔しさと辛い思いは分かる。だから・・・・・・すまないが・・・・・シナプス司令官・・・・・全て君に任せる」もう途中から何を言っていたのか分からなかった。ただそれを聞いたファング2のレオン少尉のジムから苦笑いが起きたのを引き金に艦隊全員が笑いに包まれた。「政務次官殿、そんなにはっきりと身の丈を晒しては進めの涙ほどの危険手当さえ出ませんぞ?さてと・・・・・・・ケンブリッジ艦長!」シナプス司令官が本当に楽しそうに声をかける。「良い男に選ばれた・・・・・・貴官の幸運に敬意を表する。ついては戦闘後秘蔵の薬を開けよう。それでチャラにして良いかな?」唖然としていたリムだが、少し怒った口調で、だが殆ど照れた口調で言い返した。それはあの頃から変わらないリムらしい口調だった。「違いますよ、大佐。選ばれたのではありません。自分が選んだのです」その言葉に再び一斉に笑いが起こる。艦橋に詰めていた綺麗どころのお嬢さん方も言う。中にはマオ・リャン大尉もミス.レイチェルの声もあった。『いい旦那だなぁ。私も結婚するなこんなかっこ悪い奴が良いな』『アニタ、そういう優良物件は先に押さえられているものよ』『ミユは五月蝿いわねぇ・・・・・・夢を見るなら良いでしょ?』『ノエル・・・・・あんた何歳?』『ま、カッコ悪いのには同感だわね・・・・あら? 私って酷い?』『そうそう。でも私はかっこ良いと思うな~』『全く貴様らは・・・・・そろそろ仕事だ』『マオ大尉は堅いです~。少しくらい恋ばなに心躍らせても良いでしょう?』『一世一代の心からの叫び・・・・・映画みたいでしたね・・・・・艦長、次は貴女の番ですよ!』『次はあたしたちとお酒飲みましょうよ!』『・・・・・みんな。そういう事は生きて帰ってからゆっくりやりましょう』ミス.レイチェルが〆たのが始まりだった。ひときり艦内の笑いが収まったのを見たシナプス大佐が命令する。「よろしい。では各機発進。続いて最大船速。敵はまだこちらの真価に気が付いてない。最大船速で敵艦隊右舷から砲撃戦を仕掛ける。反航戦の機会をあたえるな。一撃で仕留めて見せろ!!」こうして私の人生はじめての実戦は幕を開ける。『こちらファング3、マイクだ。一機撃墜!ま、ざっとこんなもんかな?』乗機のジム・コマンド宇宙戦闘使用に標準装備されたビーム・ガンでザクⅡF型を落とすホワイト・ディンゴ隊こと第三小隊。ホワイト・ディンゴはレオン機が牽制し、ファング1のレイヤー隊長が接近する気配を見せる。が、これは陽動作戦。本命はマイクのビーム・ガンによる射撃。取り回しが難しいガンダム用のビームライフルよりも小回りの利くこちらの方が優位と判断した。その判断は間違ってない。今のところは。『ファング2、二機目を確認。マシンガンにて牽制中』ばらばらと閃光が一機のザクを捕えんとする。ザクは殆どが対艦攻撃用のザクバズーカ装備であった。当たればこのジム・コマンドとて不味いが、どうやら母艦のペガサスを沈める為に取っておきたいらしくあまり撃って来ない。マシンガン装備機は先に落とした。「舐められたものだな」レイヤー中尉は思わずジオン軍を罵る。勝ち戦で完全に油断しきっているのだろう。そう言いつつも火力では圧倒するホワイト・ディンゴ隊。3対3で始まった迎撃戦はいつの間にか3対2になり、今またロックオンする。恐らく敵機のコクピットでは五月蝿いほどの警報が鳴っているだろう。そしてこちらの兵器はビームライフル。「一機撃破!」その掛け声と核融合炉の誘爆は殆ど同時だった。これで3対1。最後の一機は形勢不利と見たか逃げていく。「もっとも・・・・・作戦が成功すれば逃げる場所など無い筈だが」レイヤーは一旦小隊を纏めるべくアニタに連絡する。『カムナ隊長!』『カムナ君』二人の声が聞こえる。スペースノイドのジオン兵相手に宇宙空間で格闘戦を仕掛けたのは無謀だったか?少し後悔したが性能差に助けられた。ジム・コマンドのパワーとガンダムと同じビームサーベルの圧力・威力で押し切った。ヒート・ホークが焼き切れそのまま袈裟懸けでザクを両断する。直ぐに盾を構えて距離を取る。爆発。そのデブリがシールドにぶつかる嫌な感触が何故か分かった。「これが実戦、か」息が荒い。三小隊の中で最高のスコアを持つ自分がここまで本番に弱いとは予想外だった。それでもエレンの管制下でシャーリーやパミルらのマシンガンが共同でザクを追い込む。ザクにとっては、ジオン軍にとっては予想外の展開だろう。ジオンの十八番であるMS戦でこうも一方的に落とされるのだ。気が付くとハチの巣にされるザクが見えた。これで二機目。逃げ出そうと背後を見せたザクに咄嗟にビームを撃ち込む。「これで三つ!」気分が高揚する。戦勝がこんなに気分が良いとは思わなかった。『マット隊長! ちょっとヤバいんじゃないですか!?』『同感!!』アニッシュとラリーが連絡してくる。自分たちの任務は母艦の護衛。シナプス司令官は旗艦のペガサスのみを突出させるという大胆な方法で全ての敵攻撃隊のザク12機を吸収した。それ自体は三隻のサラミスKを守る為に必要な処置であったが、その分のしわ寄せが第二小隊のデルタチームに来たのは否めない。それでもこの小隊は全機がビームライフル装備という事もあって既に2機のザクを宇宙の塵と化している。「アニッシュ、下に一機行くぞ! ラリー、左舷に二機回り込む。ノエル、敵機の正確な位置を報告してくれ! 先回りする!!」空間機動ではザクのパイロットたちが上。ならば管制で勝つしかない。幸い改装されたペガサスは強固な対空火砲と小隊毎の安定した連絡網が俺たちを救う。『ノエルです。デルタ2はP65に向かってください。敵の後ろを取れますデルタ3は・・・・P29です、急いで!!』『無茶言うな!』冷静な報告と言うのは必須だ。特に戦場では。それが分かっているのか、どのオペレーター達も必死に冷静さを保とうとしている。それでも無理な面があるのは否めない。アニッシュがビームライフルでザクの右肩を撃ちぬく。それを見た俺は直ぐに持っていたマシンガンでそのザクを撃つ。「ええい・・・・後何機だ?」『取り舵12、左舷多弾頭ミサイル発射! 続けてデルタ3の後退を援護する。閃光弾装填、MSの目とモニターを潰す・・・・・・今だ、1番から6番撃て!』私は妻の傍らで人生史上初めての宇宙戦闘を、所謂初陣を見学していた。本当は一番安全なペガサスの艦中枢にいても良かったが、最後の意地でここにいる事にした。妻がいる艦橋に。と、言えば聞こえが良いが本当は逃げると言う事も出来ない程の震えがあり席を立てなかった。妻と子供の為だけに部下を死なせようとする、こんな自分を見れば誰もが軽蔑するだろうと思ったのに・・・・・何故か誰も軽蔑しなかった。それどころか心地よい笑いに包まれた。意味が分からない。みんな死ぬのが怖くないのか?私は怖い。本当に怖い。今だって怖いのに。ずっと祈っている。あまり礼拝には行かなかったが今日ほどそれを悔やんだ事は無い。教会で見上げて崇拝した神様に頼む、どうか殺さないで下さい。まだ生きていたいです、と。その時ペガサス全体が大きく揺れた。ザクがバズーカを叩きこんだようだ。『ダメージコントロール!被害状況報せ!!』『艦長、こちらダメージコントロール班。被害軽微。戦闘並び航行に支障なし』『ミユです、ただいま攻撃したザクはデルタ1が撃墜しました。シナプス司令、第1戦隊は予定位置に到達。砲撃戦に移ります』『リャン大尉だ、これより各小隊は迎撃に専念せよ。ザクは残り少ないが無理に殲滅する必要はない』どうやらうまく行くみたいだ。良かった。帰れそうだ。思い切り安堵の溜め息をつく。『よし、第1戦隊に連絡、扉を開け!』ふと目をやるとピンクの光が、メガ粒子砲の光がムサイに降り注ぐ。艦隊による全力射撃とはこういうものなのか、と思えるほどの砲火がムサイに集中する。先ずは右翼の一隻が沈んだ。圧倒的な砲撃にミノフスキー粒子もビーム攪乱幕も対応しきれなかったようだ。そしてこの攻撃で直援に残していたザクも1機落としたみたいだ。それも撃沈したムサイ級のデブリで。敵艦隊は素人目に見ても明らかに狼狽している。艦隊陣形こそ保たれているがそれでも不利なのは変わらない。更にペガサスもメガ粒子砲を撃つ。『目標、敵右翼二番艦。当てなさい!!』ここまで怖い妻は久々に見た。余裕があると思っていたがそうではないらしい。途端にまたもや恐怖が体中を支配する。腕を組む。ふと気が付いて、いつの間にか開けていたバイザーを慌てて下ろす。そうして初めて恐怖から身を解放する。もっとも、解放した気になっているだけだが。そして何を言い出すか分からないから口は挟まない。が、これもある意味では誤解の元だった。(もっと指揮系統に口出しするかと思ったが・・・・・やりますな、ケンブリッジ次官)(コーウェン少将らの言った通りの人物ですね。これはやはり大物です。しっかりとジャブローに報告しなければ)シナプス大佐とレイチェル大尉が盛大な勘違いをしてくれいるが気が付けない。今までとは違ってそんな余裕はない。が、余裕がないのはどうやら自分だけでは無かったと後に知る。『敵艦被弾、沈みます! 轟沈です!!』『ミユ、良く言ったわ!! よし、続けて敵左翼一番艦。第1戦隊と共同して刈り取るわよ!!』通信越しに妻の興奮した声が聞こえる。そう言えば直接戦闘に参加しないで後ろにいるダグザ大尉はどんな気分なんだろう?私と同じように怖いのだろうか?それとも生粋の軍人は怖くないのだろうか?『何!? ちょっと待て!? おい!!ケンブリッジ艦長! シナプス司令!撤退中の味方艦隊反転。反撃に加わるとの事です』『今さら!? ええい、さっさと残りのムサイを沈めるわよ。ん? 砲術長、右舷下部ミサイル4発発射と同時に対空砲を叩き込みなさい。ミユ何を見てたの!? ザクが下にいるぞ!』マオ・リャンが報告し、妻が毒舌と同時に艦の保全に努める。ペガサス級は連邦軍でたった二種類だけの、対ミノフスキー粒子下での戦闘(特に接近戦)を想定された艦である(もう一隻はバーミンガム級)。故に、MSと言えどもペガサス級強襲揚陸艦を叩くのは骨が折れる。装甲も大気圏突入とその後の飛行を考えてマゼラン級戦艦よりも厚い。止めにデブリの中で強襲揚陸を行うのだから全体も装甲が厚い。特に二番艦以降は更に改良が加えられている筈だ。まあ何が良いたかと言うとザクの攻撃では沈めにくい、と言う事だ。尤も、実際これがゲルググなどであれば第14独立艦隊は壊滅していたが、ザクⅡを基本とする二級線の偵察艦隊であった点が勝利の女神に微笑まれる要因となる。次の斉射でムサイが機関室を撃ちぬかれて漂流。残りの一隻は味方を見捨てて撤退。残った4機のザクはこれを見て武器を捨てる。そのままザクはペガサスに着艦。ウィリアム・ケンブリッジ政務次官はほぼ無傷の4機のザクⅡF型を武装解除すると言う功績と亡命政権の船団をルナツーに無事送り届けるという功績をあげた。いや、第14独立艦隊がこれらの功績を上げたと報告した。そしてそれはウィリアム・ケンブリッジには用兵の才能があると連邦政府上層部と軍上層部に錯覚させる事になる。宇宙世紀0079.08.23ルウム戦役勃発。地球連邦連合艦隊、二時間にわたる激戦の末、完全な敗北を喫する。ジオン軍、本国に向けて凱旋を開始。宇宙世紀0079.08.24連邦宇宙軍、ルナツーに帰港。全軍の85%を喪失。ジオン第三艦隊、21時にサイド5宙域に侵入しサイド5ルウム制圧。第7艦隊、武装解除。将校のみルナツーに後送される。将兵は捕虜になる。ジオン第一艦隊、ジオン親衛隊、独立教導艦隊、ジオン本国に凱旋帰還。宇宙世紀0079.08.26ジオン公国、ヨハン・イブラヒム・レビル大将の生存ならび捕縛を正式に発表。同日10時、地球連邦政府に対して外交交渉を開始。同日15時、ジオン公国本土にてルウム大勝記念大会を開催。同日19時、地球連邦政府、南極にて交渉開始を受諾。同日23時、ジオン公国、ギレン・ザビ自らを中心とした代表団の地球出発を公表。宇宙世紀0079.08.29連邦、ジオン代表団双方が対面。南極にて交渉開始。そんな中、ルナツーである事件が起きていた。ウィリアムが私室でくつろいでいるとそれは起きる。部屋の前が何やら騒がしい。そう思って彼は読んでいた雑誌を片付ける。(この間地球に降ろせってうるさかったムーアとザーンの亡命政権首班をぶん殴ったせいかな?あいつら国民見捨てたんだ。それが被害者だと言い放って、責任は死んでいった連邦兵にあるだの、連邦軍が悪いだのなんだの・・・・シナプス司令らの前だったけど我慢できなかった)良くある事だが、権力を持っていた連中が安全なところにいたいのは良くある。そして連邦艦隊が壊滅した今、ルナツーも安全とは言い難い。何より宇宙要塞であるルナツーはコロニーの首都バンチ程快適では無い。だから地球で一番安全で尚且つ快適なジャブローに降りたがっていたのだ。それを伝えられた時の怒りときたら・・・・・自分が殴らなければ他の誰かがやっていただろう。自分は臆病者で役立たずだが、それでも部下の怒りと感情の代わり位は務めないと。と、思っていたのだが少しやりすぎたかとも反省。未だに感情が高ぶっているのが分かる。もう1日が経過したのに。そして扉を開く。部屋にはダグザ大尉以下の護衛達も制服で寛いでいたが何事かと立ち上がる。剣呑な空気が辺りを支配する。「ウィリアム・ケンブリッジ政務次官・・・・・ですな?」無言で頷く。(私服だが・・・・それが不味かったか?)眼鏡をかけた大尉の階級を持つ将校と何故か警察官と検察官が一緒だ。凄く・・・・・嫌な予感がする。「逮捕!!」「な!?」後ろで何事かと構えていたダグザ大尉ら二個分隊の護衛の虚を突いて私は重力区の床に叩きつけられた。ダグザ大尉らが拳銃を引き抜き、向こう側も小銃を一斉に向ける。互いに銃口が向けられるが、どちらも譲らない。(痛い。肩を脱臼したな)何故か冷静にそれが分かった。やはり実戦を経験すると変わると言うのは真実なのだ。「私は第401警戒中隊長代行のナカッハ・ナカト大尉です。こちらは憲兵隊と検察局に内務省警察庁の方々。それにエルラン中将が派遣されたジュダッグ中佐。もうお分かりでしょう・・・・・ケンブリッジ政務次官、あなたを内通罪、国家反逆罪、軍事情報横流し、物資横領、スパイ容疑ですか、他にも大小幾つかありますがこれらの容疑で拘禁させてもらいます。民間人に銃口を向けるのは気が進みませんが・・・・・来てもらいましょうか?」唖然とした私に彼は告げた。銃口が額に突き付けられた。恐怖よりも理解不能と言う唖然とした気持ちが強い。「弁明は査問会なり軍法会議なり、あ、いや、貴方は民間人ですから特別法廷ですか。其方でするのですな。奥方は軍法会議です・・・・・連れていけ。精々丁寧に、な。」宇宙世紀0079.08.28地球連邦政府並び地球連邦安全保障会議はルウム戦役を初めとする一連の敗北の責任を問うとしてウィリアム・ケンブリッジ内務省政務次官の招聘を決定した。「ここだ」そう言われて私はルナツーの一室に逮捕、拘禁された。第14独立艦隊も軍事研究の名目で事実上の査問会にかけられる。そして舞台は再び政治に移る。政治の季節がやってきたのだ。宇宙世紀0079.08.30ギレン・ザビは自ら南極大陸に降り立つ。