ある男のガンダム戦記 08<謀多きこと、かくの如し>宇宙世紀0079.08.24ルウム戦役とギレンが名づけた会戦の名はそのまま地球圏全土に定着した。ルウムで大勝利を収めたジオン軍は、その規律を守る限りジオン本土に置いて英雄たちとして迎え入れる。ジオン本国は歴史上稀に見る大勝利に沸いた。国民は勝利の美酒に酔っている。これと対照的だったのが連邦軍だ。片方が大勝利ならもう片方は大敗北である。歴史的大敗を喫した為か帰還した将兵らの士気は崩壊。秩序もくそも無くルナツーに我れ先に入港。そのまま先のルウム戦役での敗北に、MSへの恐怖、戦友を失った事への寂しさを紛らわすかのような乱痴気騒ぎに突入していた。そうした中、ジオン公国首都のズム・シティではザビ家全員が公王府のデギン公王執務室に集まってきた。総帥服姿のギレン・ザビ総帥。黒いゼニア製スーツと紺のネクタイと白いシャツを着た次男サスロ・ザビ。彼の役柄はジオン公国議会議長兼副総帥。中将の階級章を付けた2mを超すジオン軍の英雄、ドズル・ザビ。同じく大尉に昇進したザビ家の四男、ガルマ・ザビ。そして公王としての姿で椅子に座っている、彼らの父親デギン・ソド・ザビ公王。四人は思い思いの場所に座っており、それぞれのサイドテーブルには銀製品のグラスとフランスボルドー産の白ワインとドイツ製のチーズが置いてある。地球の統一ヨーロッパ州ドイツのチーズをうまそうに食べるドズルとガルマ。二人とは違い、食事には手を付けずに小声で何事かを相談しているギレンとサスロ。こうしてみると四人の役割の違いが良く分かる。もしくは戦争屋の役目と政治屋の役目の差、か。ドズルは一仕事終えた親父という感じで、ここに来る前まではギレンとサスロ、ガルマの姪、つまり自分の一人娘ミネバと妻ゼナと共にザビ家の私邸に居た。余談だが、ザビ家は独裁者と言うイメージを払しょくするべく周辺の名家に比べて私邸が小さい。まあ、庶民にとっては十分豪勢な家なのだが。ガルマは凱旋してきたシャア・アズナブル少佐(マゼラン級撃沈とその後の攻勢のきっかけを作った功績により昇進予定)らを労う、士官学校同期生主催の戦勝祝賀会に行っていた。それが今ようやく終わってザビ家の私邸に帰って来たばかりだ。ルウムでの戦勝で友人を含めた同期生らが大いに活躍したのは疑いない。その為か、何事かを考えている節がある。(誰かに何か吹き込まれたか?)ギレンは一瞬、以前の連邦軍武装解除事件を思い出した。方やデギン公王は国民向け放送で団結を呼び掛けて一度席を外しており、その間ギレンとサスロは今後の方針を話し合う。部屋には超大型のTVモニターが設置されていて、ルウム戦役の両軍の戦闘映像とそれが編集されたプロパガンダ映像が室内に流されている。「やはり何度見ても凄い・・・・・ドズル兄さんは無敵だ。我がジオン軍は宇宙一だ!」ガルマが楽しそうにはしゃいでいる。そこに父デギンが戻ってきた。どうやらガルマの一字一句を聞いたらしく機嫌が悪そうだ。「ガルマ!」それを見ていた公王が怒りを露わにする。彼には末の息子があまりにも楽観しすぎているように見えるのだ。事実、ガルマ・ザビはこの独立戦争を、いや戦争そのものを楽観視している。「お前は幼い。戦争がどんなものか分かって無い。今日の連邦軍は明日の我が軍になるかもしれないのだ。それを知れ・・・・・ギレンよ」ガルマが不服そうに黙るのを見る。そう言えばガルマはずっと戦いたい、何でもすると言っていた。このまま放置しておく訳にはいくまい。やはり以前に問題を起こした盟友のシャア・アズナブルとかいう士官の活躍にほだされているのだろうか。そう思いながらも父親の問いに耳を傾ける。「何でしょうか?」ワインを口に含みながらも今後の事を弟サスロと共に考えていたジオン屈指の実力者は父親の言葉に反応する。ふと父親の表情に陰りがあるのが分かった。あのルウムでの大勝利にもかかわらず浮かれてないのは流石だ。並みの指導者ならば浮かれて政局を誤る所だろう。実際、そうして滅んで行った歴史上の人物は極めて多い。それは反面教師とすべきだ。「それで? ギレンよ、これからどうするのだ?ルウムで連邦宇宙艦隊は壊滅した。これは好機だ。恐らく最初で最後の好機だ。今こそ連邦と即時停戦、早期講和だ。それしかない。此処を逃せば泥沼の消耗戦になる。それを勝ち抜けるだけの国力はジオンにはなく、占領した他のサイドにもMSや戦艦を建造するような工業力は無い。この時をおいてジオンが独立を達成する道はないのだ。そうであろうに。それとガルマの件だが・・・・・・何か腹案があるのだろう?」なんだその事か。ギレンは内心ほっとした。これが連邦軍との再戦や自分の持つ独自のパイプの事など痛くもない腹を探られるなど御免こうむる。ついでにガルマの件と連邦への対応なら既にある程度の事が決まっていた。「ガルマの件については本人の意向を尊重し、昇進の上で軍務上重要なポストである参謀本部勤務にします。安全なジオン本国からは出しませんのでご了承ください」不満を述べそうなガルマを手で抑え、ギレンは続けた。その実に常識的な提案に少し不安であったサスロも安心しているようだ。「父上、ご安心を。戦死の可能性が高い前線などガルマ本人が余程強く望まない限り認めません。ガルマには戦意高揚の為と国内政局、軍と政府のまとめ役の補佐をしてもらいます。サスロと共に。それで連邦への対応ですが先ずは州単位で切り崩を仕掛けます。こちらから政治的に先手を取りましょう。ルウムでの大勝利を持って現政権への独立承認を求めるつもりです」地球連邦はあくまで多国間条約に基づいて成立した連邦国家である。その第一に構成国があり、更にその第一から構成する州政府があり、州政府は絶対民主制と多様性を主張、保障する為、連邦内部で独自の影響力を持っている。これは地球圏全土に周知のとおりで、スペースノイド主体のコロニーやルナリアンの住む各月自治都市とは違い、独自に宇宙艦隊を建造できる工業力、その州出身だった連邦軍退役兵で構成された州軍も維持している。当然だが、州によって政治体制も若干異なり、基本的に議会による民主制という点以外は別個のものであるし(構成国家に至ってはさらに細かく区別される。中には事実上の直接王政まである)、軍事力やそれを支える経済力もまた各州、各州が連携して形成する経済圏によって大きく異なる。「ま、勝って見せますよ。私自ら地球連邦と交渉します。このまま何事も無ければ独立の達成は時間の問題ですな」そして連邦政府(中央政府)が、この戦争で壊滅的な打撃を受けた地球連邦宇宙艦隊を再建するには三大経済圏の援護が必要不可欠であるのだけは間違いない。これは州政府や州構成国家の発言権強化に繋がる。そして歴史的に見て(つまり伝統的にという意味だが)、各州間や構成国家間の経済、宗教、文化、歴史対立問題は根強く、連邦政府が一枚岩では無い事を先の地球視察でギレンは知っていた。あの地球視察で作ったパイプは最大限に役立っている。地球連邦政府では無く、地球連邦そのものに揺さぶりをかけるのだ。「無論、ただでは独立できませんので我がジオンの独立を承認させるとともに連邦と相互通商・安全保障条約を締結します。つまり、連邦政府と唯一対等な同盟国としてジオン公国を認め、ジオンの立場を強化させるのです。これは連邦が一度認めた独立を有耶無耶にするような行動を抑制する為の目に見えない鎖が必要であり、その為の処置です」ギレンの最終的な交渉目的はジオン公国の独立達成と自治権獲得、そして同盟国化による地球経済圏へのジオンの参入。特にMSは兵器として以上に、宇宙開発機器としても最重要な機体であり、ジオンが持つそのアドバンテージは10年以上で、ジオンが連邦を圧している唯一の点とも、識者に言われている。更に宇宙に住むスペースコロニーの中で唯一工業化に成功している我がジオン公国。独立戦争で損傷した各サイドのコロニーの改修工事やサイド7にでも作られるであろう難民向けの大型コロニー建設、デブリ回収作業という大型公共事業を受注する為に、既にヤシマ重工を中心とした極東州に働きかけをサスロが行っている。戦後不況を乗り切らないと第二、第三の独立要請が出て全て水の泡になる。それに経済的に連邦に頼られると言う事は連邦内部にジオンのシンパを増やす事にも繋がるので基本的にデメリットが無い。(極東州は公共事業関しては歴史的に繋がりが深い。地球でも宇宙でも。ならば積極的に利用すべきだろう・・・・・極東州の裏には北米州があり、北米州の影響下にはオセアニア州とアラビア州、アジア州があるのだ)これらを踏まえた上で、我がジオンは宇宙開発の最前線に立つ。国家の経済の為に。ここで宇宙開発の最前線に立ち、地球と唯一対等なスペースノイド国家となりスペースノイドの盟主的な存在として君臨する。また、ジオン国民のガス抜きの為にも、5億人の経済力と消費能力を持って地球連邦と唯一の対等な『同盟国』として存続する。勿論だが、先ほども父に述べたように『ただ』で存続できる筈も無い。地球連邦もそこまでバカでは無いし、権益の問題や非加盟国問題などから連邦議員たちにも譲れない一線がある以上、一方的な要求などすれば独立戦争の継続を招く。故に大規模な軍縮やソロモン、ア・バオア・クー両宇宙要塞の割譲、非加盟国との交易の停止、MSを初めとしたジオンの最先端技術の提供などはしなければならない。「父上が心配する様な戦争の長期化は避けねばなりませんからな。無論、我が軍も戦争の長期化に対応する様にはしますが、現実問題として我々にジャブローを占領するだけの力はありませんそして残念ながら国民と言うモノは熱しやすい。これはダイクンの死を切っ掛けにした暴動が良い例です」だからこそ、ルウム戦役にて大勝利をおさめ、国民の溜飲が大きく下がっている今こそが絶好の機会なのだ。これを逃せば何故勝利したのに講和しなければならないのかという至極まっとうで現実を見ない厄介な意見が出てくるだろう。いや、今だって出ている。報道管制のお蔭で表だって反発してないだけだ。実際は国内でも更なる戦果を求める声はデカい。だから演説なり減税なりで抑えに回らなければならない。(独裁者ほど難儀なものは無いだろうな。国内の調整の為に自分さえも欺かなければならん)この事はサスロを通してダルシア・バハロ首相も分かっており、現在の首相は議会の抑えに回ってもらっている。「なるほど・・・・・同盟国か・・・・・それならば連邦も辛うじてだが認められよう」父親は椅子に深く腰掛けながら息子を見やる。一方、長男は椅子から立ち、いつもの様に後ろで手を組んで父親の傍に来る。他の3人は思い思いに座って成り行きを見ている。だが、ガルマだけは不満の様だ。恐らく兄ギレンが前線に自分を出さないというのが癪に触っているのだ。「ええ。それに地球圏経済に食い込まなければジオンは経済面から壊滅します」事実、ジオン公国の経済圏は5億人と小さい(小さいとは言えなくても決して大きいとも言えない)し資源もない、輸出先も非加盟国だけである。そして地球連邦との関係上、ジオンと非加盟国はあくまで秘密貿易が中心であり大規模な貿易は出来ない。またジオンが得意とする宇宙艦隊や宇宙産業の需要も彼ら非加盟国にはない。彼らの戦力と軍需は第一に巨大な陸軍なのだ。第二に空軍であり、余裕があってはじめて海軍力に目を向ける。中華の持つ原子力空母こそ連邦海軍の空母と同世代だがイージス艦は二世代前だと連邦海軍に常々馬鹿にされている。まして海兵隊の様な強襲揚陸部隊や宇宙艦隊などと言う金がかかる部隊を用意する事など出来はしなかった。加えて非加盟国が宇宙から締め出されており、宇宙には攻めるべき拠点も守るべき拠点もない事も影響している。(・・・・・・・非加盟国に宇宙に出る余力などない。連中も宇宙での軍拡などする気もないだろう。そうなればMSは陸戦用や水中用が輸出第一となる。地球での戦闘を考慮したMSはあるが・・・・実際は未知数だ)ギレンは地球各国の内情を思いやる。地球の非加盟国は正直言って貿易相手としてはある程度だが頼りになっても、共に戦う戦友としては全く持って頼りない。泥沼化してしまうのはジオンにとって最悪だし、地球圏全体を考えるギレンにとっても不本意極まりない事態だ。地球連邦と非加盟事の戦争は確実に地球環境の破壊を加速させる上に、戦略面でも大陸への封じ込め戦略を取られ、宇宙と地球の二正面作戦を連邦が採用する事で最終的にはジオンが押し負けるのは目に見えている。「ジオンを経済面から再生する為、地球連邦との通商関係を含んだ同盟条約締結。それを成すにはルウムでの大勝利によってジオン国民の気分が高揚し、連邦政府に対して寛大な状態になっている今しかありません。この機を逃しては我がジオンは連邦との総力戦に突入し、向こう1年以内に連邦軍に追い詰められるでしょう。その証拠に既に連邦軍はMSの実用化と量産化に着手しているのです」ギレンの主張、つまりサスロの主張でもあるが、は、ここでの戦争終結。その為ならば大幅な譲歩もする。だが、その譲歩に国民が耐えられるのは勝利と言う幻想に酔っている今しかない。仮に酔いから覚め、更なる熱狂に突入すればギレンと言えども国民を制御する事は出来なくなるだろう。自縄自縛。古来の独裁者や国家が陥った罠に自らも陥る事になる。そうならない為には今の段階で連邦に休戦、停戦、講和、独立承認、同盟締結という流れを認めさせなければならない。そうでなければジオン公国は遠からず崩壊する。経済的にも軍事的にも政治的にも。「それに父上、例の部隊、父上が懸念していた地球侵攻軍も別に実戦に投入しなくても良いのです。そもそも軍とは抑止力と言う意味合いが強い。そうだな、ドズル」いきなり話を振られたが、軍事に関してはザビ家、いや今では地球圏でも有数の人物となっている三男だ。反応が早い。「おう。兄貴の言う通り軍隊と言うのは存在すると言うだけで意味があるからな。これは今の状況からの例えなんだが、連邦軍の宇宙戦力はルウムで壊滅した。が、未だにルナツーに第1艦隊と第2艦隊、それにルウムから個別に逃げ出した残存戦力を合わせて130隻程が立て籠もっている。これはジオン軍の稼働可能艦隊よりも50隻程多い。まあ、向こうも実際に動けるのは第1艦隊と第2艦隊だけだろうが。MSの有無を考えれば全力もってすれば第1艦隊も第2艦隊も殲滅できるが連中とてバカじゃないだろうから艦隊保全に走ると思われる。俺たちを牽制する目的で。そう言う意味では今の連邦宇宙軍もギレン兄貴の言う通り抑止力としての軍だな」ドズルが我が意を得たとばかりに言うとギレンはまた別の事を続けた。「開戦前の大戦略に基づき、地球降下作戦を準備します。南極での交渉が仮に決裂した場合は地球のオデッサ地区を抑えます。オデッサは以前申し上げた通り地球内部の経済圏を支える要。ここを抑える事で地球経済そのものを人質に取ります。また、仮にこの戦争が南極にて条約締結をもち終戦となる場合は地上用MSを連邦軍に輸出し、代わりに我が国に必要とする物資を輸入します。無論、極秘裏に非加盟国へ『作業機械』と『解体用火薬』を輸出して外貨ならび資源獲得を行います。これは条約締結まで続けますが」そう言って黒いファイルを出す。中には地球侵攻作戦と露骨に書かれた書類が入っている。しかもイギリス製の万年筆だ。記憶に間違いがなければギレン愛用の物だ。「やっておいて今さら。それで、我々は誰を交渉相手にするのだ?」その言葉を待っていた。ギレンの顔はまさにそれだった。「ウィリアム・ケンブリッジ政務次官。恐らくこの交渉で連邦側の代表を務める人物です。我らザビ家が唯一恐れるべき連邦の官僚ですな・・・・・父上もご存知かと思いますが?」ふ。デギンもそれには全面的に賛成らしい。「ウィリアム・ケンブリッジ・・・・・ああ、あの男か。連邦にしてはえらく珍しい人間だったな。そうか・・・・・厄介よ。ギレン、あの男がキシリアを悼んだ時に暗殺でもしておけば良かったか?いつの間にやら政務次官となり、権限と実力に差がなくなってきておる」と、ギレンの携帯電話が鳴った。メールが端末に来たのだ。差出人は秘書のセシリア・アイリーンからで、ダルシア・バハロ首相から公王に面会要請があるという。それをギレンがデギンに伝え、デギンは椅子から立ち上がり公王杖を持って部屋を出、議会に向かう。「では先に行く。仔細は後で聞く故、サスロらと共に詰めて置け」父親はSP(親衛隊では無く、内務省の警察官)を従えて部屋を出る。議会までは車で凡そ10分だ。ジオン公国議会は傀儡と化しているとはいえ野党も存在しており、ジオン憲法は形式上は立憲君主制を敷いていた。実質はともあれ。内情はどうあれ。だからこう言った行事や首相、議会の要請に公王がでるのは必然である。たとえ衆偶政治の可能性があっても、ダイクン以来のジオン議会政治を途切れてはならない、というのも公王やダルシアなどの意見だ。因みにザビ家の他の面々の対応だが、ギレンはと言うと議会軽視の姿勢が目立ち(と言うより冷淡且つ無視)、ドズルは軍人としての姿勢を貫き我関せず、ガルマは立憲君主制に理想を抱き、サスロは国民への不満解消や政策の多様性という現実面と連邦へのポーズから議会を認めている。「・・・・・・行かれたか。さてそれでは会議もいったん休憩にしよう。サスロ、ドズル、ガルマ。45分後にこの部屋だ。それぞれ情報端末とメモリーディスクを持ってくるようにな」ギレンが残った弟たちに解散を命じようとした時、ガルマが動く。「ギレン兄さん!」いつにない剣幕だった。「うん? 何だ?」まあ、それで海千山千の猛者を相手にしてきたギレンが動ずるわけはないが、少しガルマは気合が入りすぎているのは否めない。「ど、どういう事ですか!? 僕が参謀本部配属って!?僕は前線勤務を望んでいるって父上にもギレン兄さんにもドズル兄さんに言ったじゃないですか!!」どんと机を叩いて立ち上がる。(そこまでの気迫故に一体全体何事かと思えば・・・・・つまりは単なる子供の英雄願望か。あの連邦軍武装解除事件でもそうだったのか? ガルマよ、頼むから少しはケンブリッジを見習え)ギレンは弟の危うさに気が付いた。弟は焦っている。自分達、国内統治の実績を持つギレンに外交関係を構築し長兄の補佐役として連邦に警戒されているサスロ。開戦時からルウム戦役までの大勝利で歴史に名を刻んだ三男にしてジオン軍の軍総司令官であるドズル。そしてジオン・ズム・ダイクンにつき従いムンゾ自治共和国をジオン共和国に格上げし、最終的にはジオン公国として事実上の独立国を建国した父親デギン。(確かに今現在のガルマはザビ家の中では暗殺されたキシリア並みに知名度が低い。ガルマは実績もない事に苛立ちを持っているのか。キシリアに似ているが・・・・・もっとも、あのキシリアは暗殺時、つまりはまだ保安隊の隊長のころから私に対して良からぬ事を考えていた様だが)因みに対連邦対策の為の国内宥和政策から依然として旧キシリア派閥は健在。これはギレンの予想外であった。亡きキシリアに忠誠を誓う者もいる。キシリア暗殺から10年ほどが警戒してその影響力は衰えてきた。が、国内諜報部や秘書のセシリアによれば、表向きに衰えたその分、反ギレン派の不満分子を糾合し、裏では勢力を盛り返しつつある。そのキシリアの代わりに担ぐ神輿はドズルの娘、姪のミネバ・ラオ・ザビ。自分の姪を利用して、秘かな、しかし確実な反ギレン運動を行っている。国内団結の為に敢えて無視しているがそれ故に調子に乗り出している。厄介なのはそれに政治的に無関心のドズルが全く持って気が付いてない事だ。サスロはキシリア暗殺を防げなかった事が流石に後ろめたいのか手を出せず、父デギンは孫娘に娘の派閥が接近している現実、それを信じない。ガルマも同様。かといって自分が手を出せば反ギレン派の思うつぼだ。この間も総帥暗殺未遂事件があったばかりなのだ。暴発し易いと思われたキシリア派だが、自分が過労で倒れていた時にも自重してくれたお蔭で更に厄介になっている。(まあミネバがこちらの手にあり、キシリア派もダイクン派もジオン国内にいる限りどうとでもなるがな)とは、それをセシリアから聞いたギレンの判断。ふと、回想を終えて現実に戻るとまだガルマが何か言っている。「だがガルマ・・・・・」ドズルが何か言いたそうだったが、ガルマはその気迫を次にギレンへとぶつける。「シャアだって武勲を立てて少佐になったんだ!」(ああなるほど、やはりそういう事か。そんな顔をするドズル)ここでドズルはガルマの思惑を誤解した。ガルマがここまで前線勤務に拘るのは単に友人に負けたくないだけなのだと。本心では戦闘に参加などしたくないと。「なんだ?昇進したいのか?それだったら安心しろ。参謀本部付けになるから自動的に少佐にしてやれる」バン。またもや思いっきり机を叩く。いつの間にかガルマは自分が座っていたソファーから立ち上がっていたのだ。「違います!! 僕はお情けで昇進したいんじゃないんです!!嫌なんですよぉ。父の七光りなんて思われるのは!!お情けで昇進して、それでザビ家の血筋を引きながら無能だの坊やだのお飾り指揮官なんだのと言われるのは・・・・」若者特有の英雄志望に加え、個性豊かで強烈な兄弟や友人と思っているシャア・アズナブルとやらに対する劣等感がない交ぜになって爆発している。これは性質が悪いな。そうギレンは思った。「ガルマ、参謀職も立派ものだぞ?それに前にも言ったが体を・・・・・・・」サスロも最後まで言えなかった。あまりの剣幕に、ガルマらしくない迫力に歴戦の政治家が押されたのだ。こういう意味ではギレンに匹敵するカリスマ性を持つかもしれない。もっともまだ原石にすらなっては無いが。「ドズル兄さん!!!」びく。(ドズル・・・・・・頼むから弟に怯えるな。ルウムでの勇猛さはどこへやった?)ギレンは眩暈がしてきた。ふと携帯をチェックすると個人宛の暗号メールが入ってきている。MIPやジオニックを初めとした財界幹部らと会談しなければならい。気が付いたら既に自分たち用の時間はとっくに過ぎている。そして連邦との交渉が間近に迫る今、国内の調整の時間も一分一秒が惜しい。いつまでも子供の我が儘に付き合っていられない。だが、ギレンの性格からしてそれを表情にも声にも出す事は無い。故に誤解されるのだが。まあ、それは置いておく。「ドズル兄さんは今やジオンの英雄だ。ジオン救国の英雄でしょ!?ならばドズル兄さんの権限で何とかできないんですか!! いいえ、出来る筈です!!!僕はシャアに負けたくないんですよ!!」そう詰め寄るに弟の前に、三倍の敵、連邦宇宙艦隊を率いたレビルにさえ屈伏しなかった男は屈服した。「わ、分かった。とりあえず・・・・・ガルマの言いたい事は分かった。と、という訳だ、ギレン兄貴。なんとかならんか?」その丸投げの態度に、思わず。(いい加減にしろ、と怒鳴りつけたくなるが・・・・・・そこまで前線に出たいと言うなら仕方ない。ガルマよ・・・・・・お前は戦場で・・・・グレート・デギンでルウムの戦いを見て何も学ばなかったのか?)と問いただしたいが、やはり総帥職にある者としては、今は時間が何よりも惜しい。それに護衛をつけ、正規艦隊が出て来た時は撤退を厳命し、MSは全てゲルググを配備するならば勝利は簡単だろう。戦死の可能性も少ない。ならば・・・・・任せてみるか。「・・・・・・・分かった。父上には私から進言しておく。ドズルはガルマの護衛部隊と直卒部隊の編成を急げ。交渉失敗の場合、占領地サイド5周辺の連邦軍の通商破壊艦隊ならび地球軌道にいる連邦偵察艦隊の撃滅を命令する。それがガルマの任務だ」嬉しそうに敬礼する弟を見て、即座に部屋を出るギレンとサスロ。まだ仕事が山積みだ。独裁者らに休息は無い。その頃、首都防衛大隊に一人の中尉が訪れた。彼はタチと名乗ってアンリ・シュレッサー准将に面会を求める。面会までにだいたい1時間ほど待たされたが、彼が突然の訪問で内容も言わなかった以上は早い方だ。それも例外的に。「さて私に用事があると聞いたが・・・・・・タチ中尉だったな。何かな?」ダイクン派でありながら閑職に回される事無く、親衛隊以外では唯一ザクⅡ改を充足するジオンの本土防衛の要を担う男、アンリ・シュレッサー准将。と、一応建前上は首都防衛の精鋭だそうだが、実際は旧ダイクン派を纏めて隔離したいデギンとギレンの思惑から誕生した部隊がこの首都防衛大隊である。彼らの実際の仕事は防衛の任務では無く徴兵された兵士らの教官職。が、そうであるが故にその練度は高く、コロニー内戦闘ではジオン軍の中でも有数の、ギレンらは認めたくないだろうが下手をするとジオン軍最強の部隊の一つになる。その執務室で。ルウムに潜入してそこから無事に帰って来た優秀だが、一介の中尉に過ぎない人物が何の脈絡も無く会いたいと言ってきた。しかも軍情報部所属。興味がわく。「ここは綺麗ですね」途端に妙な事を言って・・・・・シュレッサーは気が付いた。先程警戒の為に目を通した軍歴。この目の前の男は確かダイクン派の重鎮ジンバ・ラルの一人息子、ランバ・ラルと交友関係があった。そして情報部独特の言い回しで人払いを命じている。それも現役の将官に、である。(なるほど・・・・人に言えない事か、聞かれたくない事か、あるいはその両方か)判断するとシュレッサーは直ぐに部屋を変える。首都防衛大隊を抜き打ちで視察しに行くと言って部屋を出る。その移動の間は他の将官や将校、将兵の様にルウム戦役の勝利を祝う言葉を並べた。軍服姿のアンリが、タチ中尉を引き連れる姿は第三者から見て何も不自然では無かった。そして軍用車では無く、私用の駐車場に停めてあった自家用車に乗る。「で、何事か?」運転は中尉がやると言うので任せた。念のため、拳銃の安全装置を解除していつでも撃ち殺せる状態にしておく。それに気が付きつつも、中尉は懐から一枚の写真を取り出した。それは珍しい事にフィルムに焼き付けた写真であり、電子プリントされたものでは無かった。映っていたのは医学生らしき女性の横顔。女性と言うかまだ女学生だ。年はだいたい16前後と見える。「これが?」アンリの問いにタチ中尉は用心しつつも言った。何か見覚えはありませんか? どなたかの面影はありませんか? と。そう言われると何処かで見た様な気分になる。思い出そうと記憶の奥を探る。そしてふと思い立った。(金髪。女性。16歳前後。場所はサイド5のテキサスコロニー。ん?)テキサスコロニーは連邦からジオンに旗色を変える事を潔よしとしない難民らが集まり、大混乱が発生している。現有戦力ではジオンは点を支配することは出来ても面を支配できない。また、連邦政府の印象を、正確には連邦政府内部の良識派の印象だが、これを良くする為に避難民や脱出者への攻撃は極力控えるように通達された。特に連邦軍の量産型MS、ジム・コマンド9機の前に、ジオンにとっては宝石よりも貴重な16機のザクⅡF型が失われた事から慎重になっている。(各サイドの難民向けシャトルに乗る直前の映像のようだが・・・・・・まてよ、この女性は・・・・ま、まさか!?)そこで思いつく。この映像に出ている女性の心当たりが。それはもう10年以上昔だが、ここがまだムンゾと呼ばれていた時に出会った仰ぐべき主君の娘。「タチ中尉・・・・・・君は彼女が例の方と?」ランバ・ラルと何か繋がりがあるのか?旧ダイクン派にとって希望の芽となるのか?そう思いながら尋ねた。あの女性は誰か。私の予想通りの方か?あの方の娘か?信号で止まったエレカーを運転していたタチはハンドルを右手の人差し指を使い、モールス信号を叩くことで言ってきた。『ハイ』と。(・・・・・・そうか。アルティシア様が生きておられた。ならばキャスバル様も)希望か、悪魔の囁きか。現在、ジオン国内のキシリア派、ダイクン派は大きく勢力を激減しており国内政治勢力最大はエギーユ・デラーズを筆頭にしたギレン心酔派のギレン派。このギレン派に現実面のサスロ派が加わるが、彼らは基本ギレン派閥の外交・内政部門と見て良いだろう。軍内部も表面上はドズル・ザビの下一致団結している。独立達成の為にはやむを得ない処置だろうが忸怩たる思いはある。が、正確に言えばジオン・ズム・ダイクンを暗殺した逆賊ザビ家にこのサイド3自体が屈伏していると言える。それはダイクン派やキシリア派がギレン派によって排斥されつつある事の証左。(加えてダグラスもノルドも閑職に回されるか前線で使い潰されるらしいからな)これはまだ機密情報だが、独立教導艦隊を率いてルウムで決定的な打撃を地球連邦軍に与えたダグラス・ローデン大佐は准将昇進後に地球侵攻軍に編入。事実上の左遷と言われている。ランバ・ラルも中佐に昇進後は独立機動部隊として連邦軍との小競り合いに使われると言う噂が実しやかに流れている。かつてギレン派からデギン派に鞍替えしようとしたサハリン家も没落し、当主自らが軍の技術将官としてペズン(サイド3とア・バオア・クーの間にある技術試験並び資源採掘工廠)に送られる事が決定していた。(そうだな。火の無い所に煙は立たない。ギレン・ザビがこの戦勝と軍備縮小を理由に、軍からもダイクン派やキシリア派を追い出そうとしている噂はやはり本当か)写真に写っているその人物、アルティシア・ソム・ダイクンの写真をゆっくりと眺め、彼はそれを携帯灰皿にいれる。この時の為に用意した大きめの携帯灰皿にマッチを投入して写真を焼く。証拠を残さない為に。(ダイクン様の遺志を継ぐ為、ギレン・ザビらの野心は止めなければならん。が、今は駄目だ。我々はこの10年で力を失いすぎた・・・・だが、どこかでこの国を、ジオンをあるべき姿に戻さなければ。その為には同志を集める必要があるな)宇宙世紀0079.08.27ルウム戦役での敗北。『我がジオン軍宇宙艦隊は数に勝る連邦軍を撃退したのである。このルウムでの大勝利こそ我がジオンの精強さの証である。決定的な打撃を受けた地球連邦軍にジオン本国への逆侵攻を行う事はできなと、この私ギレン・ザビは宣言する』TVはジオン国営放送を受信している。本来の連邦の報道規制はあって無きが如くだ。地球軌道がジオン軍により事実上奪取され、地球軌道防衛の要である拡大ISSを失い、多数の偵察、通信衛星をジオン軍の偵察艦隊によって破壊された為か、地球全土は大規模な電波障害にあっていた。或いは電波ジャックに。海底ケーブルや近距離電波、無線塔の使用などで通信自体は今のところ何とかなるが、個人用携帯電話やインターネットなど衛星を使った通信回線は打撃を受けている。それでもここ北米州ではそんな事、目立った電波障害は無かった。極東州、統一ヨーロッパ州西部と同様に変態的なまでに通信網が発達している地域であり、宇宙で使われたミノフスキー粒子でも散布されない限りは通信に支障は無いだろう。そんな北米州の州都、ワシントン.D.Cの一角で。かつての私は、連邦議会議員になったばかりのローナン・マーセナスは自分が推進する地球環境改善法案を可決したかった。だが、非加盟国問題とジオンの台頭、アースノイドとスペースノイドの対立で大きな挫折を余儀なくされた。(あの時の悔しさは忘れられない)それでも副首都として政治的な妥協の下に成立した北部アフリカ州の州都ダカール市を中心とした緑化計画「ポエニ」を推進し一定以上の功績をあげた。その結果、彼は、若手としてジョン・バウアーやアデナウアー・パラヤ、(今日は極東州に事態打開の名目でここにはいないが)ヨーゼフ・エッシェンバッハらと共に北米州のトップに位置付けられている。因みに息子のリディがいるが、養育に関しては執事に頼りっきりだ。この点はライバルらと変わらない。そんな中、館の主がイギリスの青い仕立服を揺らして口を開く。「ああ、諸君、仕事お疲れ様。みな健康そうで何より」極東州で流行しているクールビズとやらなのか、白いシャツの胸元にはネクタイは無かった。無論、それが出来るのは館の主のみなので、他の面々は連邦軍の軍服や各々の政治家が好んで着るスーツとネクタイと言うオーソドックスな姿でいる。「さて諸君。知っての通り連邦宇宙艦隊は第1艦隊と第2艦隊を除いて壊滅した。悲しい。ああ、そうだね・・・・とてもとても驚くべきことで・・・・・とてもとても悲しい事だな」北米州の大統領、つまり太平洋経済圏の支配者にして連邦を影から操ると言われるアメリカ合衆国大統領は発言した。彼の名前はエドワーズ・ブライアン大統領。50代で北米州を統括するやり手。地球連邦はアメリカ合衆国によって導かれなければならいという教条主義的な面もあるが、合衆国の国益の為なら全てを犠牲にする愛国者でもある。(止めに現実主義者だな、このやりての大統領閣下は)それを彼ことローナン・マーセナスの人物評価だ。「確かに。『連邦』の宇宙軍を失ったのは大きな痛手です」近年、政治家に転向したバウアー議員が答える。ジョン・バウアーもまたアメリカに基盤を持つ純粋のWASP出身者だ。あと20年もすれば合衆国大統領選挙に出るのではないかと噂されている。そう言う意味ではアデナウアー・パラヤと同様に私のライバルとなる。尤も、目下最大のライバルはジオンのギレン・ザビらザビ家と交友関係を持ち、各サイドの亡命政権らを保護した上、ザクを4機も鹵獲すると言う軍事上の実績を上げたウィリアム・ケンブリッジなのだが。「そうだね。連邦政府は大混乱だ・・・・・・考えてもみたまえ。僅か一ヶ月で最強を誇った『地球連邦宇宙艦隊』は壊滅し、50万もの将兵が戦死し10万近い兵士が捕虜になってしまった。憂慮すべき機事態だと思わんか?」ブライアン大統領の口調とは裏腹に、この場にいる軍人たち、政治家たち、官僚たちの顔は明るい。「なるほど・・・・・確かに『我が軍』の宇宙艦隊は早期に再建されなければなりません」私は巻かれて片付けられていた大きめの地図を出し、それを机の上に展開する。地図上を見れば分かるが、大規模な宇宙艦隊建造用ドッグがある地域は多くは無い。極東州の日本、祖国アメリカ、最大級の軍事工廠ジャブロー、統一ヨーロッパ州のオデッサ地区の4つ。そして打ち上げ施設まで併設してあるのはパナマとジャブローのみ。「宇宙艦隊の再建には国力の面から我ら合衆国が最も貢献する、いやしなければならない」ブライアン大統領はきっぱりと宣言した。と言う事は、それは北米州全体の意志である。言うまでもないが米加協定により、カナダは既に事実上のアメリカ合衆国なのだ。宇宙世紀元年以来続く関係である。「そうですな・・・・・・『我が軍』の宇宙艦隊が健在なうちに手をうちましょう」その後も長い事大統領執務室で議論が下されたがどれもこれも公言できる代物では無い。下手に公にすれば全員が政治的に抹殺されるのは間違いない。もっとも、抹殺できそうな相手はルウム戦役の大敗北で今や風前の灯だが。はじめにアデナウアー・パラヤが冷や汗をかきながら退出する。(気が小さい男だ。良くそれで連邦議員になろうと思ったものだな。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・やはり厄介なのはケンブリッジか)そして軍人たちも今後の事を、再建される宇宙艦隊とMSの戦訓分析の為に退出した。残ったのはバウアーと私のみ。ブライアン大統領に最も近い側近であり、次期大統領候補の候補として、また政界・財界に大きな影響力を持つ事からも有能な人物と自負している。「ところで大統領閣下。連邦は解体されるべきですか?」バウアーがストレートに言う。苦笑いする私達。「苦みが効きすぎるよ、バウアー議員。まるでブラックのコーヒーをいきなり飲まされた子供時代の自分の様だ・・・・例えが分かりにくいか?ならばマーセナル議員の顔を見たまえ。そうだ、そう。バウアー君、何事にも手順があるのだ。それに・・・・・我が合衆国は世界の警察官だ。当然の事だが警察官は悪者を捕え、喧嘩の仲裁をするのが役目である。が、警察官と言うのは行き過ぎた人間を処刑する死刑執行人ではないのだからね」そして赤と黄に配色された電話を取り出す。表面にはアルファベッドでアジアという文字が書かれている。その連絡先はアジア州の州都シンガポール。相手はアジア州州政府代表。(そう言えば壊滅した艦隊にはアジア州の艦隊もあったな。今頃アジアも遺族問題や責任追及で大変だろう)が、考えてみるに向こうは宇宙艦隊を厄介者扱いしていた。莫大な国費を貪る厄介者だと。地球連邦設立以前から宇宙開発の最先端を走る我々とはそこが違う。彼らは、アジア州はインドシナ半島の国境線越しに非加盟国である中華共産軍150万の大軍の圧力を受けている。しかも、イギリス植民地時代から複雑な政治の流れに乗ってそのまま独立した(中華から見れば奪われた領土)、こちらからは出島となっている武装中立都市兼連邦直轄領土である香港の防衛軍も組織しなければならない。当然ながら香港市民の避難誘導義務も課せられているのだ。その為に州構成各国共同で海軍3個艦隊を維持するという困難さを味わっている。(そもそも船は密閉空間である。そんな中に言語も文化も生活習慣も違う乗組員を乗せる苦労は想像を絶する。極論だが乗組員の言語が違えば、その一人の小さな発音ミスで戦艦が沈んだりもする。特に英語が伝統且つ義務の地球連邦宇宙軍とは違い、各国海軍を取りあえず暫定的に編入・編成しただけの連邦海軍ではその傾向が強い。連邦海軍でのこの種の例外に当たる部隊はインド洋と太平洋、大西洋の第1から第7までのアメリカ海軍、東シナ海と日本海を守る第8と第9の日本海上自衛軍。この二大海軍出身の艦隊のみ。後は各国海軍の混合軍である。)「では諸君、悪いがここからは極秘会談だ。我が祖国の為に一人きりにしておいてくれ」宇宙世紀0079.08.27シンガポールから一機の航空機が飛び立ち、一時間もしないうちに直ぐに着陸した。場所はとある都市の王宮。第二の州都にしてアジア州最大の工業地帯を争う国の首都である。そこでアジア州の州議員の一人が王宮へ入り、国王陛下の謁見許可を求めた。「陛下、ビー議員が参られました」かつての王宮に比べて徹底的に近代化、要塞化された王宮。共産国家の君主廃絶論に真っ向から立ち向かう宮内省の面々は、バンカーバスター爆弾の直撃に耐えられる構造の地下シェルターを宮殿に建設していた。その謁見室で謁見が行われている。「陛下。こちらがデギン公王、ギレン・ザビ総帥の親書です」そう言ってジオンの国章が入った赤地に黒の、ナチス・ドイツ軍を連想させるファイルを渡す。それを10分ほどかけて私たちの国王陛下は読む。徹底的に、一言の文字も漏らさぬ様に。相手からのメッセージをしっかりと理解するべく。そして溜め息と共に聞く。余談だが各国の王族はこの戦争勃発と同時に核シェルターへの避難が行われていた。当たり前だが王室の血筋を絶やす訳にはいかないのだ。それは民族の独自性の問題と大きく関連するのだから。「議員・・・・・・宇宙での戦争は負けていると聞いたが?」重苦しい問い。その言葉は現地球連邦市民全員の代弁であろう。「御意」聡明な国王と言うのは良い。ビーと言うあだ名(この国の人間はよほど親しい人でも本名を呼ばせないし呼ばない。それが文化だ)の女性議員はそう感じた。流石は我が我が国の国王陛下だ、と。その声は宇宙に散った民を嘆きながらも、民の為に今後に思いを寄せる正に君主の鑑。(先程まで電話会談していた、どこぞの自国利益優先主義丸出しの成り上がり者とは大違いだ。やはりこれが百年単位である伝統の差なのだろう)事実世界中の王室や皇室はこの戦争勃発を大きく憂いており、出来うる限り早いジオン公国との停戦、和平交渉開始を求めている。もっともこれと異論をする勢力も多い。地球連邦内部に隠然たる影響を持つ各王家とはいえ、立憲君主制の建前上『勅命』は出せない。そして連邦政府はそんな勅命も命令も受ける義務はないとばかりに動いている。「議員、州政府はどうするのだ? 戦争を継続するのか? 後何人殺して殺されれば終わるのだ?」その問いに答えた。「北米州が一計を案じております。それしだいかと」同日。ヨーゼフ・エッシェンバッハ北米州州議員は日本のキョートを訪れた。どうでも良い事だが、非加盟国の脅威を受けている最前線国家の一角、極東州は首都問題で大揉めに揉めた。最終的には、問題解決の為、毎回お決まりの様に政治問題と化していた幾つかの群島領土を各国の共同統治とする事、経済のソウル、軍事と宇宙港のタイペイ、政治のキョウトに区分けする事で問題を収めた。(実に東洋的、いや、日本的な解決方法だ)とは、歴史の授業で思った正直な感想。そのキョウトにエッシェンバッハ議員が訪問する。そして三人の各国代表に会う。リン総統、リー大統領、オオバ首相。全員が40代前半の女性政治家であり、これは各州だけでなく連邦全体でも非常に珍しい。「議員、仰ることは分かりました。つまり我らへ対北、対中華用の海軍力を一時的に提供する代わりに、北米州による連邦政府への圧力強化に同調せよ、という事ですね?また、見返りとしては新経済圏への参入と戦後の宇宙開発産業への大規模な参加。それで手をうてと?」的確な発言だ。流石は東洋の女狐と呼ばれるオオバ首相。言う事に無駄が無い。「はい。それが北米州大統領の親書の内容です」考え込む三人。それと見てエッシェンバッハも思う。(ジオンと共同歩調を取る非加盟国だが、別にジオンの同盟国という訳では無い。つまり外交信義上はともかく条約の様な強制力はジオン=非加盟国間にはない。まあジオンが独立国では無いと言う形式上の反対意見もあるだろうが・・・・・それにこの戦争は三カ国に蔓延っていた念仏平和主義に冷や水を浴びせた。連邦軍の余りにも不甲斐無い敗北は地球圏全土に放送された。他ならぬ当事者のジオンの手によって。今や宇宙の早期奪還は不可能に近く、講和やむなしの声もある。これはこれで利用できるが・・・・・・問題はアジア州と極東州がどう動くかだな)何事かを話し合う。が、自分の存在に気を配ったのか、英語での話を止めて即座にA4用紙を出してその上にカリカリと高級そうなボールペンで何事かを書きだす三人。(ふむ。いくら最友邦の北米州とはいえ警戒するか・・・・・まあ、当然だな。寧ろ無条件で信頼される方が厄介だ。・・・・極東州の議員は平凡だがその代り州政府は優秀だ。官僚も、政治家も。宇宙世紀以前とは大きく違う。そうしなければ生き残れなかった・・・・あの大高齢化社会を元に戻す為には必要な指導力だったのか?)大高齢化社会で求められたのは人的資源の効率的な活用。女性の社会進出に高齢者の雇用、若者への教育強化に若者の政治不信の払しょくや硬直した利権体制の打破。構造改革と言う痛みを耐えながらも成し遂げたのが現在の極東州である。人口ピラミッド再構築の実績は伊達では無いと見える。(どうやら日本語らしい。残念ながらドイツ系アメリカ人の自分にはドイツ語と英語以外は理解できない。ましてそれが筆談でやられたら全く分からない。カンジ? ヒラガナ? 自然発生した暗号だよ、日本語は)20分くらい経過したか?そう思って学生時代から愛用しているIWCの時計で時を確認する。それに気が付いたのか、三人の手も止まり、まとめてシュレッダーに筆談に使われた紙が流される。シュレッダーは切断+焼却式で、紙が燃えるにおいが部屋に充満する。来客用のソファーと机、後は本棚というシンプルな西洋風の部屋にて三人が背筋を伸ばし直した。「お待たせしました議員」リン総統が三人を代表するかのように口を開いた。いや、実際に代表しているのだろう。「我々は友好的に対応します、ええ、貴州らの言う同盟の意味を再確認しておりますよ」さて、この大敗北を喫した当事者である地球連邦軍本部ジャブローはどうなっていたのか?これはもう単純だ。ハチの巣をつついた、いや金属バットでスズメバチの巣を叩き落としたくらいの騒ぎである。当然だろう。主だった連邦宇宙軍の将官が尽く戦死するか、捕虜になるか、行方不明か、敗残の身でルナツーに逃げ込むかのいずれかを選んだのだ。第1艦隊は人事入れ替えなので別の意味でも混乱しており、唯一混乱してないのは第2艦隊のみという酷い有様。もう何もかもが滅茶苦茶である。ジャブロー勤務の一般兵士らはところどころで噂した。『ジャブローにコロニーが落ちる』『ジオンが大軍を率いてルナツーを攻め落とす』 『いや違う、地球に侵攻する』 『それも違う、講和だ。俺たち連邦軍を撃ち破った実績で講和する気だ』『ジオンから連邦に降伏勧告が出たらしい』『コロニーが核攻撃を受けて壊滅した』『月都市で毒ガスが使われた』などなど。真実味のある噂からゴシップまで何でもござれ。連邦政府以上に連邦軍は浮足立っている。無論、大半の将校もそれに含まれるのだが、何事にも例外は存在する。その貴重な例外である統合幕僚本部本部長のゴップ大将は作戦本部長のエルラン中将と二人きりで面談していた。場所は応接室。部屋のインテリアは通常の将校用執務室と変わらない。ゴップ大将の私物の戦艦大和と戦艦アイオワ、戦艦ビスマルクの三隻がある事を除けば。「なるほど・・・・・君の言いたい事は分かった。既に壊滅した宇宙軍の再編が必要だと言うのは理に叶う。よかろう、こちらからもこのビンソン計画は推進しよう」ビンソン計画。カタパルト並びメガ粒子砲搭載サラミス級巡洋艦、通称、サラミス改級とミノフスキー粒子対応のマゼラン改良型の建造。総数350隻、7個艦隊の早期再建。更にサラミス砲撃戦強化型Kタイプの配備。連邦軍のジャブロー造船所だけでは圧倒的に足りない。恐らく他州にも協力を要請するだろう。それに・・・・・・だ。「ペガサス級の量産か。二番艦ホワイトベースは11月にでもガンダム受領の為に出港できるだろう。何事も無ければ、だがね。それで・・・・・本当にこれは必要かな?」ゴップが試すような視線を向ける。エルランも同様にその視線を受け止めて返す。「ええ、必要になるでしょう。南極での交渉が上手くいけば艦艇の総数こそ減ります。ですが、いつまでもジオン軍に地球軌道並び各サイドの制宙権を渡していてはなりません。そう遠くない将来、MSを基本とした我が軍がもう一度宇宙最強として君臨する必要があり、この計画はその為に必要とします」情報端末をコンソールで操作して、必要な情報をもう一度ゴップ大将に見せる。巡洋艦であるサラミスKにサラミス改、戦艦マゼランの改良型で編成される新正規艦隊に、ペガサス級強襲揚陸艦を中心に構成された独立艦隊。これらすべてをビンソン建艦計画としてどさくさに紛れて議会に可決させる。特に連邦市民が増税反対と言いだす前に。実際、壊滅した宇宙艦隊の再建には増税が必要不可欠であり、その為には明確な敵と明白な事象が必要だ。戦争と言う明白な事象が。市民全体から理性を奪い去るだけの必要のある理由が。「ふむ、エルラン君、何か策があるのかな?」緑茶を飲むゴップ大将にエルラン中将は言った。「お任せください。政府がどうなるにせよ必ず軍備再編は認める策があります」同時刻、別のオフィスではこちらも大将が一人、准将が一人密談をしていた。一人はジャミトフ・ハイマン准将。もう一人はジーン・コリニー大将。コリニー大将がジャミトフを呼び出したのだ。己の執務室に。来客用のソファーに腰を掛けるジャミトフ。彼は用意された日本産の冷水を飲む。部屋にはコリニー大将の趣味なのか連邦軍軍旗が掲げられている。そして自分用の机に肘をおき、ジャミトフに問いかけるコリニー大将。「さてジャミトフ。当初の予想とは大きく異なったが・・・・・上手くいきそうか?」前置きも雑談も何もなしにコリニー提督は本題に入る。彼の頭にあるのは謀略と政争の四文字。ジャミトフ以上の地球至上主義者であり、No3である彼の影響力は軍内部に関しては制服組No1のゴップ大将に匹敵する。彼、ジーン・コリニー大将から見れば宇宙軍の艦隊司令長官でしかないレビル大将など赤子同然の陸軍からの転向者に過ぎない。「はい。今回のルウムでの大敗北は予想外でしたがそれ以外は順調です。我が軍と同盟軍の、失礼、連邦宇宙艦隊第1艦隊と第2艦隊は無傷でルナツーに健在です。これは大きい。何せ残った宇宙戦力は我が祖国と忠実な同盟国軍で編成された宇宙艦隊ですからな。ああ、連邦軍でした。また失言ですな」苦笑いする二人。気をつけろと言うコリニー大将。「それに緒戦の責任はアサルティア中将が自ら被ってくださった。勿論彼には別のポストが用意されます。それは人事課に命じておきましたのでご安心を。尤も、当然の事としてですが、ルウムでの責任を追及されるのは捕虜となったレビルであり、二度も敗退したティアンムです。我々ではありません」そう言って用意された水で咽を潤す。やはり水は日本などの大山脈を備える国に限る。これがアフリカ産の海水浄化・淡水化プラント製品の水では不味くて飲みたくないものだ。それには目の前のコリニー大将も同感なのか、足元の冷凍庫から氷を取り出し大きめのウィスキーグラスに入れる。宇宙世紀以前のスコッチウィスキーと冷水をグラスに注ぐ。(愛国者を気取るならばバーボンでも飲めば良いものを)とも思うが口にも顔にも出さない。そう言えば伯父は自分とは違い酒豪だったな。そんな理由からか今でもハイマン家には様々なバーボンがある。「さてジャミトフ。時は来たと言えるか?」危険な発言だがここはクリーンだ。ホワイトマン部長直々の清掃の末、盗聴器類は全部ない。だいたい連邦軍本部ジャブローで連邦軍高官を盗聴、盗撮する馬鹿は政府の連邦諜報局連中と相場は決まっていて、それ故に連邦軍高官から例外なく嫌われている。部屋を片付けるのは子供でもする事だし、それで咎められればクーデターになるかもしれない。地球連邦政府の文民統制もこの80年で大きく衰退したモノだ。下手をするとギレン・ザビの下に統制されているジオンに劣るかもしれない。「・・・・・まだ、でしょうな」それでも時期は到来してないと准将は言う。ジャミトフは長くなりますがよろしいですか、と一旦聞いてから説明する。その際には情報端末も紙も使わない。証拠を残してはならないのだ。全て空気中に拡散してしまわなければならない。「ジオン軍は緒戦とルウム戦役に勝利しました。緒戦の電撃戦はともかくルウムでの敗北は完全な想定外です。祖国は例の作戦を推し進めたいようですが今は危険でしょう。止めるべきです。その理由は単純です。連邦政府が予想以上に弱体化している点に原因があります。今にも倒れそうな、少なくともジオンや連邦市民、非加盟国の連中らにそう思わせるほど連邦は外から見て弱体化しております。それはひとえに緒戦とルウム戦役の大敗が錯覚させたのです」ここで一旦、グラスの水を飲む。美味い。「地球連邦など恐れる必要はない、そう思わせたのだな?」コリニーが続けるように首を促がす。ジャミトフもそれを見て説明を続けた。「この時期に現政権を打倒する動きを見せれば確かに打倒は叶いましょう。ブライアン大統領らの思惑通りに。ですが、その後はどうするのですか?政治も軍事も子供の喧嘩の様にムシャクシャしてやってしまった、後の事は考えてないと言うのでは通じません。このまま交渉が決裂すれば連邦軍はこれからジオン軍と再戦するでしょう。それに、緒戦に受けた一連の大敗を糊塗する為、屈辱を注ぐ為には連中の本土サイド3まで占領しなければなりません。その際の犠牲は? 緒戦のジオンとは違い我々は同じ土俵に立って戦うのです。この時のMSのアドバンテージの無さによる犠牲の多寡は誰が責任を取りますか?」そこまで言ってコリニーも頷いた。直ぐに大将専用の特別軍用回線でワシントンD.Cに連絡する用意をする。「なるほど、君の言う通り現時点では時期尚早。今の連邦政府には精々最後までジオンを名乗るスペースノイド共と潰しあってもらう、そう言う訳か」ジャミトフは水を飲みきるとしっかりと言う。帽子を被り直して立ち上がる。「閣下。君子危うきに近寄らず、という人類の格言の通りに行動すれば良いかと。いずれにせよジオンとの交渉が決裂すれば戦争は再開され、犠牲が出ます。となればこの戦争初期における失策とその時、並びその後犠牲はキングダム首相らが背負えばよいと言う事です。仮定の話ですが、連邦とジオンが講和すればその時点でキングダム首相らを退陣させるだけですな。ルウム戦役を初めとする敗北は政府首脳部のMSへの無理解さが招いたとして。幸い我が軍・・・・・失礼・・・・・連邦内部での宇宙における発言権と艦艇再建の為の国力を背景にした影響力は連邦成立以来最も高まっているのです。どの様な形で迎える戦後にせよ、地球連邦政府に北米州である我々の要求を通すのは容易でしょう。それに・・・・・エルラン中将が何やら不穏な事を企んでいるとの事ですし今は待つべきかと」ジオン公国では各艦隊のドッグ入りで喧騒に満ちていた。この日、シャア・アズナブル中尉は二階級特進の辞令をドズル・ザビ中将、つまりジオン軍、軍最高司令官から直々に授与。ジオン公国軍少佐に昇進した。「シャア・アズナブル少佐、入ります」辞令と同時にザビ家専用シャトルに乗る。首都から僅か30分足らずのダークコロニー01に移動するだけと言うのに護衛にリック・ドムが2個小隊6機もいるのが独裁国家らしい。室内には2mを超す巨体の中将、今やジオン最大の英雄であるドズル・ザビが全天モニター付きの円形ソファーに座っていた。中心には同じく丸い机と情報端末が一台ある。ドリンクも二つ置いてある。グリーンの情報端末にはザビ家の家紋がある事から父と母の仇、ザビ家の専用であると分かった。「まあ座れ・・・・・ルウムではご苦労だった。貴様を初め、黒い三連星にランバ・ラル、白狼や迅雷、真紅の稲妻など名だたるエースパイロットたちが俺の指揮した艦隊から生まれた。誇ってくれ。俺も貴様らを誇りに思うぞ」そう言ってドズルは冷蔵されていたドリンクを取り出す。一口口に含む。中身はアイリッシュコーヒーの様だ。アルコールの味が口の中に広がる。最近は、というか自分が地球に亡命した頃からジオンは連邦からの経済制裁を受けていた為、嗜好品は高級化して手が届かなくなりつつあった筈なのだが、どうやら独裁者の一族には関係ないらしい。(やはりザビ家の独裁は倒さねばならぬ)若いシャアはそう思った。この様なスペースノイド間の不平等を是正するジオン公国も、それに敗れた地球連邦も打倒すべき存在だ。「これを見ろ。ただし誰にも言うな」そう思っているとドズルが端末の液晶部分をこちらに向ける。ムサイ級の光学センサー用モノアイカメラから記録したのか画像が粗いが、それでもビーム兵器を使う連邦軍のMS隊、見た事もない木馬の様な新造戦艦、従来型に比べてはるかに強化されたサラミス級らしき巡洋艦が映し出されていた。時間にして凡そ180秒ほど。その間に数機のザクⅡF型と思われる機体が様々な形で撃墜される。ビームライフルらしきもので貫かれる機体、ビームサーベルと思われる光に両断される機体、実弾で穴だらけにされる機体。そして唐突に映像は途切れる。どうやら艦橋に連邦軍の新型戦艦が放ったメガ粒子砲が直撃でもしたようだ。詳しくは分からないが。「分かったか。連邦軍の本格的な量産型MSだ。例のガンキャノンとは比べ物にもならんほどの高性能だ。もちろん、ザクに対抗する為に生産されている訳じゃない」ドズル中将が自分に対して何が言いたいのか直ぐに受け取る。上司の言いたい事を察するのは出来る部下の第一条件と言っても良いからだ。「ザクを凌駕する為のMS、ですね」我が意を得たとばかりに頷く。「そうだ。連邦軍は確実に強くなる。ギレン兄貴はそれを見越してゲルググをくれたが如何せんあれは値段が高い。俺が思うに戦いは数だが今のジオンとゲルググではそれが出来ん。ルウムでこそ集中運用できたが・・・・・・それはあくまで敵軍の連邦軍が纏まったからだ。事実、ティアンム艦隊に対しては我が軍は一機もMSを向かわせていなかった。認めたくないが、ルウムに観戦に来ていた親父とガルマが生き残ったのは運が強い面があるな」その時シャアは無意識に握り拳を強くしたが、愛用の白い大きな手袋お蔭でドズルは気が付かなかった。彼特有の幸運である。そしてドズルは本題に入る。全天モニターにはドズルの使った改良型ムサイのワルキューレが目前まで迫っていた。「さて問題の連邦軍のMS開発施設だが・・・・・俺はサイド7が怪しいと思う。ルナツーと言う連邦の要害の後ろにあるサイドで、知っての通り俺たちのいるこの本国からもソロモンからもグラナダからも遠い。しかも戦前から何やら情報管制と報道管制の両方を引いていた。不必要なほどに、な。これも情報通のお前なら知っていよう?多分、この量産型MS・・・・・通信を傍受したムサイによるとジムというらしいが、これの改良型、或いは進化系がそこにいる筈だ」そう言ってもう一度映像を見せる。見た限りではザクⅡF型では対応しきれないだろう。そしてザクの改良型やリック・ドムでも怪しい。ジオン上層部、と言うよりも憎いザビ家の焦りは相当なものだ。何せ自分達の勝利にして権力基盤の要因であるMSで後れを取りつつあるのだ。「なるほど、連邦軍のMS。それを偵察するのですね」シャアの問いにドズルは腕を組み直して言う。「お前だけに任せるのは心苦しいが、他に適任者がおらん。シン・マツナガ、つまり白狼らは教導大隊に戻す。青い巨星と連邦に恐れられているランバ・ラルはどの任務にでも使えるのだが・・・・如何せん奴はダイクン派の重鎮だった男の息子。ギレン兄貴がそう簡単に独自行動を許すとも思えんのだ。俺はダイクン派だとかキシリア派だとかそんなつもりは全くないが・・・・この点はサスロ兄貴もうるさくてな。ああ、黒い三連星は地球使用のドムの慣熟訓練に入っていてこれもまた任務に対応できん」そしてオフレコだが、と言ってドズルは続ける。「ギレン兄貴は地球侵攻作戦を視野に入れている。そうだ・・・・・地球にいるジャブローのモグラどもを叩く。今進めている連邦との条約締結が失敗に終わった時はそれが全軍に発令される。全軍の指揮官は流石に言えないが、一度地球侵攻が始まればルナツーを叩ける機会は無くなるやもしれん。だからお前に託すのだ。無論、素手でやれとは言わん」次の画面を見せる。更にメモリーディスクを渡す。ジオン公国軍の辞令に使われるものだ。「俺の使っていたワルキューレをお前に譲る。MSも貴様のゲルググと、兄貴お気に入りのデラーズ指揮下のジオン親衛隊から奪ったMS-06Z、ザクⅡ改が5機だ。少数精鋭だから用兵はすべて任せよう。連邦軍のMS開発計画を察知したなら優先的に援軍に物資を送ろう。やれるか?」シャアじゃマスク越しにザビ家の男を見た。母を幽閉し、父を暗殺したザビ家の中で異色の軍人、軍内部で絶大な信望を得るドズル・ザビを。(・・・・・今は階段を上るとき・・・・・・精々踊らされてみようではないか)そう思ったシャア。仮面の奥に真意を隠しながら。ディスクを受け取り、命令を受諾する旨を伝えた。だが、最後に気になった事があるので聞くことにする。「ドズル閣下、命令は受諾しますが一つよろしいですか?」なんだ?言ってみろ。「連邦軍の新型MS開発並び量産化計画の名称はなんといのですか?」ああ、伝えて無かったな。ドズルはそう思うと静かに言った。「V作戦。連中はそう呼んでいる」と。ウィリアム・ケンブリッジ政務次官。この名前は敵味方に響き渡る事が予想され、特にジオン側にとっては彼が居る、居ないが交渉の最大ポイントになると思われていた。味方である地球連邦軍については、あのルウム撤退戦の最中ザクⅡを四機もほぼ無傷で鹵獲し、亡命政権船団をルナツーに送り届けたという実績がある。しかも彼が明らかに保身を持って部隊を指揮したと言うのに、そのあまりにも素直な心意気に感じたのか、将兵らの人気は高まるばかりだ。将兵は感じていた。『良く訳の分からない理想を掲げる上官よりも、大義名分を掲げて自分だけ安全なところに居ようとする上司らよりも余程尊敬できるし親愛の感覚がわく』と。こうして宇宙世紀0079の8月が終わりを迎えようとしていた。激動の一月である。ところが、ジオン側にとって誰にも予測できなかった事態が到来する。それはウィリアム・ケンブリッジ政務次官の拘禁と言う事態であった。この事態に最も慌てたのは代表団団長のギレン・ザビでは無く、首都に残ったデギン・ソド・ザビ公王であった。「何! 彼は出てこないのか!?」使者の前で声を荒げるデギン。宇宙移民者たちにとってウィリアム・ケンブリッジの名前は良くも悪くも轟いていた。同僚の地球連邦政府高官らが考える以上に彼は宇宙移民者スペースノイド政策の専門家として敵ながらも信頼に値すると捉えられていたのだ。その彼が出席しない、まして拘禁され軟禁されている。それは無視出来ないうねりとなって連邦とジオンを襲う。「では外交交渉は別の者が担当するのか? 彼は連邦の現政権から排除されたのか?」デギンの問いに使者はただ一言、YESと手短に答える。何事かを考えたデギンは直ぐにレビルとの面会へと向かった。政治は信頼できる敵がいて初めて成り立つ。これが政治の大原則だ。相手が約束を守る、或いは守らせる力があると信じるから政治交渉は妥協できる。この点、単純に敵を叩けばよい軍事とは大きく異なる。軍事は敵を知れば勝てるが、政治は敵を信じる必要がある。そのもっとも強敵で、もっとも信頼できると思われた人物の欠席。これだけで連邦の対応が分かるのが一流の政治家だ。無論、相手が一流である保証はどこにもないのだが。レビル将軍と面会するデギン公王。この時の会話が奇跡的に残されている。『将軍、私はこれ以上戦火を拡大する事は望まない』『ケンブリッジ政務次官が交渉の場に来れない以上、連邦政府内部にある反ジオンの感情を消し去ることが出来る人物は貴殿を置いて他にはいないと思う』『どうだろうか・・・・・私を助けてくれないか』この時レビルはこう答えた。捕虜の身でデギン公王の意思を連邦政府に伝える事は不可能である、と。それに対してデギン公王はただ言った。『捕虜では無理だが・・・・・・そうでは無いなら話は別ですな?』と。第三者がいればデギン公王はレビル将軍に哀願したと言って良いと証言しただろう。その結果がどうなるかは誰にも分からなかった。宇宙世紀0079.09.01.ジオンが独立宣言を出してから一か月、時代は確かに変化の兆しを見せている。