ドラコの様子がおかしい。
昼過ぎになると、いつもの彼なら昼食を食べに子分を従えて大広間に向かうのだが、それをしなかった。 子分どもを先に大広間に行かせると、自分はどこかへ去ってしまったのだ。
パンジーが上級生から聞いた話だと、どうやら医務室に行っていたらしい。パンジーは最低でも5分に1回は『ドラコは大丈夫かしら』か『どこか具合が悪いのかしら』とつぶやいていた。
だが、見る限りどこも悪そうには見えない。 むしろ顔全体が喜んでいるように見える。面倒なことにならなければいいが。
「おいゴーント、お前の番だ」
「ん?あぁ、すまん」
私と同じスリザリン生の同学年、セオドール・ノットの声で現実に引き戻された。私のノットの間に置いてあるのは、将棋盤。
日本好きのクイールが手に入れた、日本のチェスのようなゲームだ。
クリスマス休暇から帰って来るホグワーツ特急の中で1人でやっていたのだが、たまたま通りがかったノットが興味を持ち、それから時間があるとこうして対戦をしている。 ノットはいつも『魔法使いのチェスの方が断然面白い』と言っているのだが、結局はいつも将棋をやるのだった。
「そうだな、これで終わりだ」
「何?」
私が龍王をつかみノットの王将に手をかける。 ノットは頭に片手を乗せて歯を食いしばって云々唸っていた。
「ふん。俺の角行を取れたから勝てたようなものだ。もう一度やったら」
「でも、ノットはまだ一度も勝ててないよな?」
「だが、確実に俺は回を重ねるごとにお前のレベルに近づいている。
もう一度だ。次こそは必ず俺が勝つ」
「聞き飽きたぞ、それ。
…… ん?どこか行くのか、ドラコ?」
顔がやけにニヤニヤしているドラコが談話室を通り過ぎようとしていた。 私は、少し眉をしかめた。ノットも不信感をあらわにしていた。
「こんな時間に出ていくなんて、罰則を受けても知らないぞ」
「外に出ているのは僕だけじゃない。
君達も明日になったら分かる。アズカバン送りになるかもしれない奴を陰で笑ってやるのさ」
「アズカバン?あぁ……魔法使いの牢獄だっけ?
なんだ?お前、まさか犯罪を犯すのか!? 悪いことは言わないから、その年で豚箱にはいるのは将来のためにも考え直した方がいいぞ」
少し強めの口調で言うと、ドラコは鼻で笑った。人がせっかく親切心で忠告してやっているのに、 少しイラッとした。
「僕が犯罪を犯すんじゃない。犯すのはポッターとグレンジャーさ。
あぁ、あとウスノロの森番だな。病室でおねんね中のウィーズリーも連帯責任で捕まるかもしれないぞ」
こちらの返事をまたずに、寮を抜け出すドラコ。 ノットが鼻でフンっと笑った。
先攻のノットが歩兵をパチンっと1マス進める。
「マルフォイの奴、そこまでしてポッターを追い出したいのか?
ゴーントがポッターを追い出そうと企んでいるなら分かるが」
「なんで私がハリーを追い出さないといけないんだ?」
私もパチンっと歩兵を進めた。
「お前は偉大なるスリザリンの血が入っているだろ?
スリザリンの末裔と言えば真っ先に浮かぶのが『闇の帝王』だ。 帝王を消滅させたポッターを憎むのが当然なんじゃないか?」
パチンっと今度は桂馬を進めるノット。 私は腕組みをしながら、ため息をついた。
「血なんてどうでもいいさ。
それに、蛇語が話せるからといって必ずしも創設者や帝王さんの血筋とは限らん。 突然変異かもしれないぞ」
パチンっと歩兵を進めながらそう言い返す。
私が蛇語を操れることは同室のパンジーやミリセントによって寮内に広まっていた。 それが原因で『闇の帝王の血筋』『スリザリン最後の生き残り』という噂が寮の中で広まっているのだ。
幸いにも他の寮から嫌われ気味のスリザリンの寮風のため、外には漏れていないようだが、ハッキリ言って恐れ敬うような目で見てくる奴がいるのはうっとうしい。
だが、何かの役に後々立つかもしれないので、無視はできない。
「蛇語に突然変異なんてあるわけないだろ」
「マグル生まれとかは突然変異みたいなものだろ。
ほら、集中しなよ」
「なっ!?そこに置くか?」
私は、手詰まりで汗を額に浮かべるノットを見ながら、心の中でため息をついた。
結局、ドラコは見つかって罰を受けたみたいだ。
点数はどうでもいいし、ドラコが罰を受けるのも外を夜中に出歩いていた自業自得。 最近の私をイラつかせるのは学校全体のハリーに対する嫌がらせだ。
あの日、ドラコが夜中歩き回っていた日のこと。彼の言うとおりハリーにハーマイオニー、それからネビルも出歩いていたみたいで、それぞれ150点も減点されていた。
だいたい一回にもらえる点数は5点、よくて10点だということから考えると150点はかなりの打撃だ。
だからといって、一気にハリー達を目の敵にするのは良くないことだと思う。
たしかに彼は理不尽なことをしてきたし、しゃべり出したらこちらの話を聞かなかったりと、あまり好印象ではないが、だからといってハリーに対する学校全体のいじめは良くない。
ハリーを無視するのは点数を減らされたグリフィンドール生からだけではない。レイブンクロー生もハッフルパフ生もだ。なんでも寮杯がスリザリンから奪われるのを楽しみにしていたのに期待を裏切ったからとか何とか。
ハリーは友人のハーマイオニーやロンと隅っこで小さくなるようにして行動していた。
せっかく豚達ダーズリーから解放されたのにっと思うと、少し可哀そうに感じる。
しかも、先生方もこれを止めないのはおかしいと思う。
生徒がいくらばれない様に悪口を言っていたとしても、先生の耳は馬鹿ではない。耳に入っているはずなのに。
「なんでセレネがポッターの肩を持つの?」
ハリーの悪口を言っていたハッフルパフ生を注意した時、隣にいたミリセントが不思議そうな顔で言われた。
「いい気味だとは思わないの?ちやほやされているポッターをアンタだってよく思ってなかったじゃない」
「確かにそうだけど、あまりにも度が過ぎてるって言ってんだ。こうも露骨に手のひらを返したような態度をされるとイラッとする」
ブツクサ言いながら去っていくハッフルパフ生の背中を軽く睨みつける。
「ハリーのせいでスリザリンが1位になったから期待を裏切られただと?
他人任せが、他人ハリーに期待するからこうなるんだ。なんで自分の手で自分の寮を1位にしようと考えない。
スリザリン生だって同じさ。私は特に思っていないが、ハリーはスリザリン生にとって憎い敵って感じているんだろ?
その敵のおかげで1位になったって、嬉しいかもしれないが達成感がないだろ。真の意味で勝ったということにはならないんじゃないか?
それに、『人を呪えば穴2つ』っていうしな。
指摘ならともかく、悪口は後で自分に帰って来るから言わない方が身のためだ」
私はそう言うとミリセントに背を向けて図書館に走った。
図書館にはいつもの通り、ハーマイオニーがいた。ポツンっと他の人から離れたところに腰を掛けている。私は彼女の隣に座った。
「セ、セレネ?」
『なんで私の隣に座るのか分からない』という顔をされた。だが、そんなことを気にしないで小さい声で話しかける。
「この間言っていたニコラス・フラメルについて何か分かったのか?」
試験範囲のページをパラパラとめくりながらこっそり聞く。 クリスマス休暇で帰路についたとき、キング・クロス駅の駐車場でハーマイオニーに偶然会ったのだ。
彼女のご両親とクイールが話している時に、ハーマイオニーがこっそり『ニコラス・フラメルって知ってる?』と聞かれたのだ。
どうやら、その人物の『宝』をケルベロスと何人かの先生の魔法で護っているらしい。私の持っている本にはその人物について何も分からなかった。もちろん、クイールも知らなかった。
私の問いかけを聞いたハーマイオニーは、少し驚いた顔をしたが、少し辺りを見わたしてから私にしか聞こえないくらい小さな声で話してくれた。
「『賢者の石』を作るのに成功した唯一の人よ。
だからフラッフィー、ケルベロスがスネイプの手から護っているのは『賢者の石』なの」
「スネイプ先生?」
私がおうむ返しに尋ねると、コクリっとうなずくハーマイオニー。
彼女が言うには、先生が何度もハリーの命を狙っているのだという。 しかもスネイプ先生は闇の魔術に関して物凄く詳しいのだとか。その上、つい先日のことだが『石』を護っている1人のクィレルを脅して何か聞き出そうとしていたらしい。
私は腕を組んで唸ってしまった。
「先生が闇の魔術に詳しいのは知ってるし、ハリーに厳しいことも知ってるけど……
父さんの友人がそんなことをするとは思えないな」
「父さん!?」
ハーマイオニーは余程驚いたのだろう。大きな声で叫んでしまった。
ジロっと非難の眼がハーマイオニーに突き刺さる。今のはハーマイオニーが悪い。
司書のマダム・ピンスもジロッと警戒する視線をかなり長い間向けてきた。しばらく勉強に没頭する私達だったが、マダム・ピンスが向こうに行ったときにハーマイオニーが口を開いた。
「ごめんなさい、かなり意外で」
「いや、普通驚くだろうから、気にしてない。
父さんは自慢ではないけど、一流の教師だから人を見抜く目を持っている。だから、そんな父さんが認めているスネイプ先生が悪い人には思えない」
私はそろそろダフネと待ち合わせしている時間だったので教科書をパタンっと閉じた。
「教えてくれてありがとう。じゃあハーマイオニーも試験がんばれ」
「あ、ありがとう。あの、1つ聞いていい?」
立ち上がりかけていた私を遠慮がちに引き留めるハーマイオニー。
「あの、ハロウィーンの時なんだけど。
セレネの眼が蒼く光っていた気がして、一体どうしたの?それに、棍棒も一瞬であんなに細切れにするなんて」
「あぁ、そのことか。
始まりがあるモノには終わりがある。私の眼が蒼くなっている時には、それが見えるんだよ」
事細かに魔眼について説明するのが面倒だったのと、待ち合わせの時間が迫っていたので、それだけ言うと私は図書館を去った。
それにしても、『賢者の石』がこの学校にあるとは思わなかった。 マグル界の物語にも登場する伝説の石。それを使えば永遠の命が得られ、黄金を作り出すという石だったと思う。
『賢者の石』を狙う人がいる、それはスネイプ先生かもしれないし、他の誰かかもしれない。
「遅いよ、セレネ!!」
ダフネやミリセント、パンジーが私に向かって手を振るのが見える。 一旦この思考を中断させて彼女たちに向かって走り出した。
次にこの思考が頭に戻ってきたのは試験最終日のことだった。
試験が終わり、校庭でダフネ達とガールズトークに花を咲かせていたのだが、最後の試験…魔法史の教室に忘れ物をしたことに気が付き、走って城に戻ったのだ。そして玄関ホールまで来た時に、耳にしてしまったのだ。
ハリー達とマクゴナガル先生の会話を。
「――いや、誰かが『石』を盗もうとしています。どうしてもダンブルドア先生にお話ししなければならないのです――」
「――ダンブルドア先生は明日お帰りになります――安全です――」
ダンブルドアがいない。この学校で最も強敵…だと思われる魔法使いがこの学校には今日一日いないのだ。もし、盗人が行動を起こすとするなら今夜だろう。
マクゴナガル先生が去った後、私は3人に話しかけようか迷ったが、結局話しかけずに魔法史の教室へと走ったのだった。