「あ~、ロックハート様ってかっこいいわ」
教職員テーブルに座るブロンドで青い瞳のハンサムな男『闇の魔術に対する防衛術』の新教授、ギルデロイ・ロックハートをうっとり眺めるミリセント。ダフネも顔を赤らめながらチラリチラリとロックハートの方を見ている。
「あんな男のどこがいいのよ、男を見る目がないのねミリセント」
スクランブルエッグを食べながら馬鹿にするように笑うパンジー。
ミリセントは顔色を一変させてパンジーを睨んだ。ダフネも不服そうな顔をしている。
「あんたこそマルフォイのどこがいいのよ!あれって絶対に将来ハゲる顔じゃない!」
「今はハゲじゃないでしょ!」
「マルフォイの実家は金持ちだけど、それだけでしょ?しかもいつも子分連れてるし。側にいるクラッブとゴイルと比較するからカッコよく見えてるだけよ!」
「ドラコは単体でもカッコいいわよ!財力も影響力もロックハートより上よ!」
「ロックハートは1代で富を築きあげたのよ!?マルフォイは親の七光りじゃない!!」
いつもの通り朝からギャンギャンと口喧嘩をするミリセントとパンジー。
2人の目の前に座っているダフネがおろおろしている。そして助けを求めるような目で私を見てきた。
「せ…セレネ、止めた方がいいかな?」
「大丈夫だろ。フクロウ便の時間になったら収まる話だ」
2人が口喧嘩するのは見慣れた光景なので、特に気にせずに、こんがり焼けたトーストを頬張る。ダフネも『それもそうかな…』という顔をすると、再びオートミールを食べていた手を動かし始めた。
「そういえば、セレネはロックハート先生のことをどう思う?」
「……どう思うって」
先程のダフネの様子から考えると、彼女はロックハートに気があるのだろう。言葉を選ばないと傷つけてしまう。
「文才がある人だと思う。その辺の男どもより、顔はカッコイイと思う。でも、私の好みではないな」
「じゃあセレネの好みって?」
「さぁな。まだ『好み』と感じる人に会ったことがないから分からん」
そう答えながらサラダを皿によそった時だった。バサバサッと頭上にあわただしい音がして、100羽を超えるフクロウの大群が押し寄せ、大広間を旋回して、楽しそうにぺちゃくちゃしゃべり続ける生徒たちの上に、小包や手紙を落とし始めた。
ミリセントとパンジーはようやく口喧嘩を止めて、2人の膝に落とされた雑誌…『週刊魔女』をめくり始めた。ダフネは購読している新聞『日刊預言者新聞』をバサリと開く。
「何か面白いニュースはあった?」
「えっと、特にないかも。あっ!『妖女シスターズ』が新作を出すんだって!」
「魔法界のバンドか?」
「うん!人気バンドで曲もカッコイイの。特にね―――」
ダフネはこの後も言葉を続けようとしていたが、その言葉は何かの爆発音でかき消されてしまった。一体何が起こったのか把握する前に、大広間いっぱいに怒り狂った女性の声が響いた。
「車を盗み出すなんて、退校処分になっても当たり前です。戻ってみたら車がなくなっているのを見て、私とお父さんがどんな思いだったか、お前はちょっとでも考えたんですか!!!」
その声は大音量過ぎてテーブルの上の皿もゴブレットも振動でガチャガチャ揺れるほどだった。
耳をふさいだが、それでも声が聞こえる。一体どこから声が出ているのだろうか?
「昨夜、ダンブルドア先生からの手紙が来て、お父さんが恥ずかしさのあまり死んでしまうのでは?と私は心配するほど恥ずかしかったです。お前をこんなことする子に育てたのではありません!!お前もハリーも、まかり間違えば死ぬところだったのよ!!!」
ハリーと、おそらく椅子から落ちているロンに向けての説教だろう。それにしても、どこの誰が説教をしているのだろう。どこを見てもいつもの朝食の風景だ。違うのはこの大音量の怒鳴り声と、ロンの前に浮いている赤い手紙のようなもの。その赤い手紙が大広間全体に響き渡る大声で、説教を続けていた。
「………今度ちょっとでも規則を破ってごらんなさい!私がお前をすぐに家に引っ張って帰ります!!いいですね!」
赤い手紙のようなものが塵になって消えると同時に、声も収まる。くすくすと笑い声がそこら中から聞こえる。ハリーとロンは、ここからでもわかるくらい顔を真っ赤にさせていた。
「あのさ、今の何?」
今学期初の授業、『闇の魔術に対する防衛術』へ行く支度をしながらダフネに尋ねた。ダフネは少しクスクスっと笑いながら答えてくれた。
「『吼えメール』よ」
「『吼えメール』?」
「私には送られてきたことはないんだけど、手紙に文字の代わりに声を吹き込むの。
それで、届いた先で元の声の何十倍もの大きさの声で怒鳴り散らす手紙のことなのよ」
……つまり、よっぽどのことがない限り送らない手紙ということか……
「それにしても、まさか車で学校に来たとはな」
昨日、新入生歓迎会の時、大広間にハリーとロンの姿がなかったのでドラコが『アイツらは退学したんだ!きっとそうだ!』と言って笑っていたのを思い出す。
『重病で来られないのかもしれないのに、そんなことを言うなんて失礼だ』と注意したのだが。まさか、汽車に乗り遅れて未成年なのに車を運転して登校したなんて、考えたこともなかった。
どうしてハリーは彼の白フクロウのヘドウィグを飛ばそうとは思わなかったのだろうか?きっと、それだけ焦っていたということなのだろう。焦ると冷静さを失うというのはよくある話だ。
そんなことを考えながら、以前はクィレルの教室だった『闇の魔術に対する防衛術』の教室に入る。天井には恐竜の化石が下げてあり、さすがにニンニクの臭いはしなかった。
それにしても、ロックハート本人が先生だったとは思いもしなかった。あの物語のような教科書をどう使って授業するのか、少しだけ気になった。
しばらくすると、トルコ石色の高級そうなローブを着こなしたロックハートが部屋に偉そうに入ってきた。
「ギルデロイ・ロックハート。勲三等マーリン勲章、闇の力に対する防衛術連盟名誉会員、『週刊魔女』5回連続『チャーミング・スマイル賞』受賞………
もっとも、私はそんな話をするつもりではありませんよ。バンドンの泣き妖怪バンジーをスマイルで追い払ったわけじゃありませんしね!」
だったら、そんな話するなよ。『顔がいい』『自分は有名』だと自慢したいだけじゃないか。ドラコやノット、それからザビニ・フレーズら男子組はバカバカしいとあきれた表情をしている。パンジーもそういう表情をしていた。だが、斜め前に座っているミリセントは頬を赤らめて聞き入っているや、ダフネは曖昧に笑っていた。
「全員が私の本を全巻そろえたようだね?今日は最初にちょっとミニテストをやろうと思います。心配無用―――君たちがどれくらい私の本を読んでいるか、どのくらい覚えているかをチェックするだけですからね」
紙を配り始めるロックハート。一応、本は読んだ。もっとも、教科書の予習というよりも、物語を読むような感覚でだが。テストをやるからには満点を取りたい。泣き妖怪バンジーの倒し方や、バンパイアの特性は頭に入ってる。羽ペンにインクを浸すと、ロックハートの『始め!』という合図と共に、テストの質問を読んだ。
1.ギルデロイ・ロックハートの好きな色は何?
知らない。
どこに書いてあっただろうか。とりあえず、後で考えよう。パス!
2.ギルデロイ・ロックハートの密かな大望は何?
分からん。これもパス。次にいこう!
3.現時点までのギルデロイ・ロックハートの業績の中で、アナタは何が一番偉大だと思うか?
……テストじゃなくなった……
思わず羽ペンを置いてしまいそうになる。1問目と2問目まではまだ許せる。本のどこか、私の気が付かなかったところに記述してあったのかもしれないからだ。でも、3問目、これはテストと言わない。アンケートだ。
いったいどこの雑誌の編集部に送ればいいのだろうか?
ちなみに、こんな感じの個人的な質問が延々と3ページ、裏表に渡ってビッシリと54問まで続いているのだ。私は、その後も一応問題を解いておいたが、一気にヤル気をなくしてしまっていた。これならまだクィレルの方が良かった。ターバンの下に隠された後頭部に大きな問題があったが、アレは授業中は無害だ。
30分間が経ち、ロックハートはテストを回収した。1位はダフネ。54点満点中46点だったそうだ。2位はミリセントで41点。ちなみに3位が私15点。点数だけ見ると、私がバカみたいに見えるが、テストの内容を考えると我ながらに、かなり上出来だったと思う。
ロックハートは、もう少し点数を採って欲しかった顔をしていた。だが、顔を引き締めると机の上に大きな籠をだした。籠の上には布がかかっていて中が見えない。
「さぁ気を付けて!!
魔法界の中で最も穢れた生き物と戦う術を授けるのが、私の役目です!この教室で君たちは、これまでにないくらい恐ろしい目に逢うことになるでしょう。ですが、私がいる限り何も心配することはありません。落ち着いているよう。それだけをお願いしておきましょう。どうか、叫ばないでもらいたい。連中を挑発してしまうかもしれないのでね」
低い声でそう言うと、パッと布を取った。中に入っていたのは身の丈20センチほどの群青色の生物達。キーキーと甲高い声で騒いでいた。
「捕えたばかりのコーンウォール地方のピクシー小妖精」
芝居じみた感じの声で話すロックハ-ト。ドラコがプッと、こらえきれずに噴き出していた。
「こいつらが、そんなに危険なんですか?」
「連中は厄介で危険な小悪魔になりえますぞ!さぁ、それでは、お手並み拝見!君たちがピクシーをどう扱うかやってみましょう!」
というと、籠の戸を開けた。
それから教室は大騒ぎになった。ピクシーが窓のガラスをバリンと破って自由への逃亡したり、インク瓶はひっくり返ったり、本やノートがビリビリに引き裂かれたり……
思わず袖の下のナイフに手が伸びたのだが、あまり『眼』のことは知られたくない。他の生徒たちと同じように、机の下に避難した。
「さぁさぁ、早く捕まえなさい。たかがピクシーでしょう。『ぺスキピクシペステルミノ―ピクシー虫よ去れ』!!」
ロックハートが自信満々で大声だし杖を振り上げる。が、何も効果が見えない。それどころか、ロックはハートは杖を奪われてしまっていた。そのまま1匹のピクシーがロックハートに襲い掛かろうとしていたので、自身も机の下に避難をする。
「そ、そんな…!!ロックハート先生でも手出しができないなんて!!」
ダフネが真っ青な顔をして震えていた。そうしている間に、ピクシー達が机の下に私たちが隠れていることに気が付いたらしい。醜悪な笑みを浮かべて、キーキー叫びながら机の下に入り込もうとしてきたのだ。もしそのまま入ってきたら、いろいろと厄介だ。面倒だが、仕方ない。入ってくる前に倒さないと。私は机の下から出て、杖を取り出した。そして、狙いをピクシーたちに定め叫ぶ。
「イモビラス―止まれ!!」
とたんに、ピクシーたちの動きが停止し、空中で浮かんでいたピクシーはトンっと音を立てて地面に落ちた。先程までキーキー声で満ちていた教室が、しんっと奇妙なくらい静まり返った。
そんな静けさを吹っ飛ばすように、授業終わりのチャイムが鳴り響く。名簿を片手にロックハートが近づいてきた。
「やぁやぁ、見事だったね、えっと、ミス・ゴーント。スリザリンに10点!でも、覚えておくといいよ?私がピクシーを退治しなかったのは、君たちに実戦経験を…闇の生物がどれほど恐ろしいのかを、教えるためだったってことをね!」
とびっきりのスマイルを浮かべ、ウィンクをするロックハート。いや、ただ単に倒せなかっただけだろ、と喉まで出かかったが、それが原因で罰則をくらいたくなかったので、曖昧に笑って教室を出たのだった。