金色のゲートの前に立っていたダンブルドアは、ゆっくりと私たちの方へ歩みを進めた。
ヴォルデモートが杖を振り上げ、緑色の閃光がまた一筋、ダンブルドア目掛けて跳んだ。ダンブルドアは、くるりと一回転しマントの渦の中に消える。そして次の瞬間、ヴォルデモートの背後に現れたダンブルドアは、噴水に残った立像に向けて杖を振った。立像は一斉に動き出し、ダンブルドア以外の…その場にいるすべての人を抑え込みにかかってきた。
私も例外ではない。
ケンタウルスの立像が私を抑え込もうと跳びかかってきたので、ナイフを構える。そして、疾走してくる敵(ケンタウルス)を見つめた。抑え込もうと伸ばしてきた腕を、思いっきり断ち切った。そのまま4本の脚を一息で切断する。風船のように宙に浮いたままのケンタウルス。その身体にナイフを突き立て、容赦なく地面にたたきつけた。
……腕と脚を失い行動不能となったケンタウルス。私はケンタウルスから離れ、ダンブルドアに視線を戻した。
……どうやら、立像を退けられたのは、私の他には、ヴォルデモートだけだったみたいだ。
首なしの像が、ハリーを戦闘の場から遠ざける様に後ろに押しやられている。魔女の像に床に押し付けられているベラトリックスは、逃れようと暴れていた。シルバーは………この場からいなくなっていた。『姿くらまし』で逃げたのかもしれない。
ダンブルドアが、ヴォルデモートの前に進み出る。落ち着き払ったその様子は、どことなく昔ながらの友達に歩み寄るように見えた。
「今夜ここに現れたのは愚かじゃったな、トム。闇払い達が、まもなくやって来よう」
静かに告げるダンブルドア。
「その前に、俺様はいなくなる。そして貴様は死んでおるわ!」
ヴォルデモートが吐き捨てるように口にする。またしても『死の呪文』がダンブルドア目掛けて飛んだが、外れて守衛の机に当たり、机が瞬く間に炎上した。
戦闘開始だ。
ダンブルドアが杖を素早く動かした。ダンブルドアが何かヴォルデモートに呪文を放った。少し離れた位置にいる私でさえ、呪文が通り過ぎるとき髪の毛が逆立つくらい強力な呪文を。
だが、その呪文はヴォルデモートに向けて放たれたものだ。私は傍を通り過ぎた見向きもせず、がら空きとなったダンブルドアの背後に回り込むように、私は疾走する。ヴォルデモートが身を護るために作り出した巨大な盾に、ダンブルドアの呪文が衝突し、低い音がホール全体に反響した。
その音に隠れるように呪文を唱えた。コンコンっと左手に握りしめた杖で脳天を叩きながら。
「『ディサリジョン‐目くらまし』」
身体の表面全体に冷たいものが、トロトロと流れる感じがした。念のため、身体を見下ろしてみて、思わず笑みがこぼれる。
成功だ。
呪文の効力で、私の身体は見えなくなっていた。透明になったというわけではなく、カメレオンの保護色のように、背景と同じ色をしているというのが正しいだろう。
……誰も私が消えたことに気が付いていない。私は握りしめていた杖をしまい、代わりに拳銃を取り出した。
打ち合わせ通りに、ことが進んでいる。ヴォルデモートが杖を振るうと、バジリスクを模した禍禍しい炎が噴射された。バジリスクを模した炎が、脇目も振らずダンブルドアに襲いかかる。それを打ち消す様にダンブルドアが杖を振るった。泉にたまっていた水が宙に持ち上がり、ダンブルドアを守護するように防御壁のような形へと変化する。そして、バジリスクを模した炎と衝突した。
水で作られた防御壁が炎を打消し、打ち消したのとほぼ同時にヴォルデモートを水で作られた牢に閉じ込める。
……どうやら、ダンブルドアはヴォルデモートを溺死させようという魂胆らしい。巨大な泡のように見える水牢の形を崩さないように、ダンブルドアは全神経を注いでいた。
ダンブルドアの背中は、がら空きだ。
私は微笑を浮かべながら、安全装置を外し、無防備過ぎるダンブルドアの背中に銃口を向ける。ダンブルドアをこの手で殺す時が来た。夢にまで見た機会に心が躍る。
脳裏に浮かぶのは、第三の課題が始まる前、泣きそうな顔をしたクイールの顔。私を心配してくれた、血の繋がりのない私を…本当の娘の様に心配してくれたクイール。そのクイールを、ダンブルドアは見殺しにしたのだ。隠蔽工作までして。思い出すだけで沸々と煮えたぎる思い。
私は………許さない!
何も躊躇うこともなく、私は引き金を引いた。そして……
バン!―――と軽く乾いた音が、ホールに反響する。
ダンブルドアは、つんのめるようにして前に倒れこんだ。それと同時にバシャンっと音を立てて床に飛び散る、牢をかたどっていた大量の水。水浸しのヴォルデモートは勝ち誇った笑みを浮かべながら、地面に降り立った。
「わしを殺させぬよ、セレネ」
むっくりと起き上がるダンブルドア。私は、その場から動けなかった。……おかしい。私は狙いを外さなかったはずだ。なのに、なんでダンブルドアは立ち上がったんだ?平然とした顔をして。
「こんなこともあろうかと、防弾チョッキを着ていたのじゃ。歳を取ると心配事が多くてのぉ」
ダンブルドアが、のほほんとした微笑みを浮かべる。何故笑う?私を馬鹿にしているのだろうか?というより……防弾チョッキを着ていたということは、私の作戦が読まれていた?ゾクゾクっと冷たいものが背中を奔る。ダンブルドアの裏の裏をかこうと考えに考えた策だったのに。これで、私の願いが成就されるかと思ったのに。
「セレネ、君は闇に染まってはならぬ」
闇?
私は声を出して笑いたくなった。だが、その声の出所で私が隠れている場所がバレてしまう可能性があるので、堪える。私がヴォルデモートの陣営に味方をしていることを『闇』と表わすなら、自分(ダンブルドア)を『光』だと思っているのだろうか?私からしたら、ダンブルドアの方が『闇』だと思う。
私は、地面を蹴った。防弾チョッキを着ているなら、ナイフを使えばいいだけのこと。狙いは、身体の中心よりも少し右寄りにはしる『線』。あの辺りを狙えば、あの爺は即死する。なんとなく、そんな気がした。
私は右手だけでナイフを掲げる。柄を逆手に持ち、目の前に迫ったダンブルドアに、思いっきり振り降ろした。
だが、ナイフを振り降ろせる距離に突入する直前で、ダンブルドアは体の向きを急に変えた。そしてダンブルドアは、当然のように杖を振るう。私が疾走している位置より少しずれたところを狙っていたが、その余波のようなものが私の頬をかする。
その途端、さぁーっと熱い液体のようなものが身体の表面を流れた感じがした。どうやら、先程頬をかすった魔法は、『目くらましの呪文』を解く魔法だったのかもしれない。
だが今更、脚を止めることは出来ない。私は、速度を落とさず走り続ける。最初に狙いを定めた胸の位置は狙いにくい。だが、その代り……別の箇所を狙うことにする。さくっと、ひと思いに殺すより…じわりじわりと浸食されていくような恐怖を感じさせながら殺した方が、目の前にいる翁の最期にはピッタリだ。
ダンブルドアが杖先から何か呪文を放つ。放たれた閃光を何のためらいもなく切り裂くと、そのままの勢いでダンブルドアの右腕を切断する。
真っ赤な生温い血が、私の頬に、制服に飛散した。急には立ち止まれないので、ゆっくりとダンブルドアから距離を置いた場所で立ち止まる。
振り返ってみると、ちょうど私が切断した右腕が杖をしっかり握ったまま、くるくると宙を舞っている。絞めそこなった蛇口の様に、鮮血をほとばしらせながら、円を描くように宙を舞っていた。
生臭い鉄のサビのような臭いが、ダンブルドアのいる方から漂ってくる。
「杖も腕も失ったか。無様だな、ダンブルドア」
ヴォルデモートが面白そうに笑う。ベラトリックスも甲高い、どこか狂喜気味た笑い声をあげた。
ヴォルデモートが軽く杖を振る。すると、ダンブルドアの右腕は床に落ちる前に、勢いよく燃え上がって消滅した。杖は腕とともに黒ずみ、灰になると風にさらわれ…消えてしまった。
「そのままダンブルドアを殺せ、セレネ。それが、お前の望みだろ?」
「…アンタに命じられなくても、老いぼれを殺すつもりだ」
姿勢を立て直して、ナイフを構え直す。
「卑怯者!」
黄金の立像によって壁に押し付けられたハリーが、呻くように叫ぶ。私は一歩前に出しかけた足を止めそうになったが、動きを止めない。
チラリと横目でハリーの方を見る。彼の緑色の瞳は、冷ややかに燃えていた。もはや、たった数時間前まで私に向けていた『仲間』へ対する眼差しではない。敵と定めたを射抜くためだけの眼差し、と言ったらいいのだろうか。
「姿を隠してコソコソとダンブルドアを殺そうとするなんて!正々堂々と立ち向かえないのか?それに……ダンブルドアは、セレネを心配してくれたのに!なんでこんな仕打ちを!」
ハリーの叫び声が耳に入ってくる。それとともに胸の内に湧き上がって来るのは、どす黒い感情。私は、ナイフを握る手に力を入れ、足を止めてしまった。
「アンタが組織したDAは『正々堂々』なのか?」
「…何が言いたい」
ハリーが冷淡な口調で尋ねる。だが、微かに当惑の色が瞳に浮かんでいた。私が、何でこの場でDAの話題を出したのかが分からないらしい。
「アンブリッジと正面から戦おうとせず、陰でコソコソと抵抗運動をしただろ?あれが正々堂々?」
「僕達は、魔法省とアンブリッジの目と鼻の先で抵抗運動をしてたんだ!」
「アンブリッジの監視の目から逃れるように工夫しながら、だろ?ほら、見つからないようにコソコソしてるじゃないか。それと同じさ」
私はハリーから視線をダンブルドアに戻した。奴は無防備、杖もなければ腕もない。体力も、あるようには見えない。私の眼の前にいるのは、タダの老いぼれた老人だ。ダンブルドアの顔には、不思議なくらい何も浮かんでいない。ただ無表情、恐怖も痛みも感じてないみたいだ。ただ、ブルーの瞳だけは違った。瞳には、いつもの何かを憐れむような色が浮かんでいる。
「それから、私を心配してくれてただっけ?」
私は腰を落とした。ダンブルドアが完全無防備の今なら、あの胸に走る『線』を斬ることが出来る。
「アンタには視えなかったのか?心配と言いながらも……あの老いぼれは……」
そう、ずっと気が付いていた。私は、気が付いてたんだ。蒼く輝いているだろう両眼で得物(ダンブルドア)を睨みつける。
「『私(セレネ・ゴーント)』じゃなくて、『眼』を心配してたんだよ!」
私は走り出した。そうだ、ずっと前から気が付いてたんだ。気がつかないふりをしていただけなんだ。あの『憐れむ』ような視線は、『セレネ・ゴーント』に向けられたものじゃない。心配するような態度は、『セレネ・ゴーント』に向けられたものじゃない。
『深い闇へと堕ちていく可能性がある』と言ったのも、『セレネ・ゴーント』に向けられたものじゃない。
この『眼』を心配してたんだ。
善にも悪にも、どちらのためにも使うことが出来る『眼』を。この世の中に、私くらいしか使える人間がいない、珍しい『眼』を。
ただ、親がいないというだけで、ダンブルドアは心配なんでしない。
事実………母親を幼いころに亡くしたノットのことを、ダンブルドアが心配している様子なんて見たことがない。両親がいないといっても過言ではないネビルのことも、ダンブルドアが心配している様子なんて見かけたことがない。
心配して、私のことを気遣っているふりをしながら、ダンブルドアは自軍に組み入れようとしてた。きっとそうに違いない。もし、私が1年生の時や2年生の時に事件に巻き込まれていなかったら……4年生の時に三校対抗試合に出場していなかったら……私はハーマイオニーに誘われて……少しは嫌に感じたかもしれないが、DAに入り……ダンブルドアの味方に付いていた可能性が高い。
自分を心配してくれた……優しい翁の仮面をかぶった爺に恩を返すため……
「これで終わりだ!」
ダンブルドアの…胸の位置に存在する凶凶しくも清廉な……今にも『死』が滲みだしてきそうな『線』目掛けて、ナイフを振り降ろした。
視界一面が赤く染まった。
比喩ではない。本当に赤く染まった。
左脇腹の辺りに激痛を感じ、それと同時に急速にダンブルドアから遠ざかっていく私の身体。短い髪が、風で浮き上がっているのを感じる。
私は……宙を浮いていた。
何で浮いてるんだろう?
眼を動かし、激痛を感じた左の方向を見る。すると、遠くの方に、先程、蛇の相手をさせたまま放置してきた黒人の男が、厳しい顔で杖を構えていた。何度も何度も、発砲するように、赤い閃光を私に向けて放ってくる。
見慣れた『失神呪文』だ。そう思い防ごうとナイフを動かそうとしたが、腕が動かない。
ガンっと鋭い衝撃が脳髄まで響いた。徐々に視界が黒く染まっていく。遠くで誰かが叫ぶ声がする。でも、誰の声だかわからない。カランっと手に握りしめていたナイフと拳銃が、床に転がる音を最後に、私の視界は闇で覆われ、意識は下へ下へと……深いところまで堕ちて行ったのだった――――
≪日刊預言者新聞‐号外‐‐『名前を言ってはいけないあの人』復活する‐
昨夜、『名前を言ってはいけないあの人』が復活したと魔法省大臣・コーネリウス・ファッジが発表した。
この数か月、アルバス・ダンブルドア(ホグワーツ魔法学校校長として復職、国際魔法使い連盟会員資格復活)や『生き残った男の子』ハリー・ポッターが主張し続けてきていた『復活説』を『事実無根』と主張していた魔法省の180度転換した発言に、戸惑いを隠せない人が多くいるだろう。
魔法省がこのように主張を翻すにいたった経緯は、魔法省に『例のあの人』とその一味『死喰い人』が侵入したからだ。魔法省に侵入した『例のあの人』が何をしようとしていたかは明らかにされていない。
なお今回の事件で、現場に残っていた『ルシウス・マルフォイ』を含む数名の『死喰い人』は、『アズカバン』へと送還された≫
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『不死鳥の騎士団編』は、これで終わりです。