時間系列の決まっていない、番外編です。本編との関係は、全くありません。
一種のパラレルワールドのように、考えてくれたら嬉しいと思います。
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1月1日
キャスター付きの椅子に、ぼんやりと腰を掛けていた。面倒だった新年会も無事、抜け出すことに成功。ホッと一息ついたとき、目の前にアステリアがひょっこり現れたのだ。日本の袴姿で薙刀を携えていた姿は、西洋人にしては意外にも似合っていた。どうして、アステリアがあんな恰好をしていたのかは、分からない。それを問う前に、私はアステリアに拉致されてしまったからだ。アステリアに腕を強くつかまれ、どこにでもあるような小さな教室に連れて行かれた。
「これは、せっかく新年を迎えたのに、あまり喜ぶことのできない憂鬱な気持ちを抱えている人達のための相談室ですよ。ここで悩みを相談することで、少しでも心軽やかに新年を過ごしてもらおうという相談室です!」
…そのような相談室は、新年よりも大晦日に設けた方がいいのでは?と考えたセレネだったが、何も言わないことにした。作ってしまった企画は仕方がない。起こった出来事を元に戻すことなんて、『逆転時計』を使ったとしても、無理な課題なのだから。
「それで?なんで私を連れてきたんだ?」
少しぶっきらぼうに尋ねると、アステリアは泣き出しそうな表情を浮かべた。大きな瞳をチワワのように潤わせながら、私を見上げてくる。
「すみません、先輩!私…この後、ある人の所へあいさつ行かないといけなくなってしまったんです。だから、代わってください!!」
「代わってくださいって……そりゃあ、代わってあげたいが……」
「ありがとうございます、先輩!!」
私の言葉を中途半端なところで遮ったアステリアは、風のように去って行った。まるで、私が反論する暇を与えないように……。1人…相談室に残された私は、仕方ないので、そのまま部屋にとどまっている。面倒だからアステリアの代理なんてやりたくなかったが、だからといって他にすることもないのだ。暇つぶしにはなるだろう。
「でも、本当に誰か来るのか?」
机に肘をつけ、衝立を眺める。そう思った時のことだった。都合よく、扉をノックする音が聞こえてくる。私はやる気のない声で、
「どうぞ」
と入室を許可する言葉を告げた。すると、ドアがガラガラと開く。
『“アステリア相談室”は、ここであってるか?』
ご丁寧に、ボイスチェンジされた声。衝立の向こうの人物が、男なのか女なのか、子どもなのか大人なのか、それすら分からなかった。……それにしても、なんという安直なネーミングだろう。だが、突っ込むのが面倒なので、私は一言「そうだ」と告げることにする。
「それで、悩みは何?私、早く帰りたいんだ」
『なんだよ、このやる気0な相談室!!
……まぁいいか。匿名希望の俺の悩みはな、原作に比べて…登場回数が少なすぎることだ。…どう思う?』
なんと答えていいのか、よく分からない。相手は自分の名前を私に教えていないのだ。どう思うも何も、相手のキャラが分からないので、答えることが出来るわけない。この相談者、頭が軽い人物なのだろうか。何人か、候補に挙がる人を思い浮かべながら、私は相談者に問い返した。
「…そうか……それは、作者の匙加減だからな。どうにもならないから、もう帰れ」
『おいぃぃ!!帰れってないだろ、帰れって!!』
衝立の向こうの相談者は、犬のように吠える。
『原作ではさぁ、ハリーに適切な助言を与える良き名付け親だったのに、この話ではなんだよ!影薄いし、噛ませ犬だし。せっかく『不死鳥の騎士団編』を生き残ったのに、それ以後の登場回数0だし』
おいおいと泣くような雰囲気で、相談者は語り続ける。私は微妙な表情を浮かべると、小さくため息をついた。
「…シリウス・ブラックか…」
『匿名希望だ!!』
「いや、ハリーの名付け親は、シリウス・ブラックしかいないだろ」
私が指摘すると、相談者…シリウス・ブラックは黙り込んだ。
『俺だって、俺だって……目立ちたいさ。せっかく生き残ったから、目立ちたいさ。なのに、扱い悪くないか?原作と違って生き残ったセドリック・ディゴリーは、結構重要なポジションで再登場しているのにさ』
ボイスチェンジされているので、よく分からないが……どうやら泣いているらしい。大の男が情けないというか、なんというか…。スネイプ先生やルーピン先生と同じ年だとは、まったく思えなかった。まぁ、目の前にいる大人は、青年期のほとんどを『アズカバン』で過ごしたのだ。しかも、私とは異なり吸魂鬼のいるアズカバンだ。少しくらい、精神年齢が後退していたとしても、仕方ないことなのかもしれない。
私は慰め言葉を選んで、シリウスに語りかける。あまり長居されたくない。私は早く、帰りたいのだ。
「だが、この後に出番があるかもしれないぞ?」
『うぅ……実は、出番がない可能性の方が高いんだって……』
空気が一段と下がる。窓なんて開けていないはずなのに、木枯らしが吹きぬけたような気がした。衝立の向こうで、シリウスの泣く声だけが相談室に満ちる。
「まぁ、可能性が高いだけで、0%じゃないんだろ?それに、原作と違って生きているんだ。100%無かったとしても、残りの1%の可能性を追い求めるんだよ」
「いや、100%無理なら、残りの1%なんてないだろ」
シリウスがいったん泣き止み、私の意見を指摘する。私は少しだけ笑みを浮かべた。
「ほら、突っ込む気力あるじゃん。まだ元気なんだから、諦めるなよ。…大人なんだし」
私が言うと、シリウスは少し黙った。何かを考えているみたいだ。
「……そうだな、俺はまだ生きているんだ。もしかしたら、まだカッコいい出番があるかもしれないよな!ありがとう、おかげで吹っ切れたぜ!!」
衝立の向こうのシリウスは、あっけらかんとした雰囲気で吠えると、部屋を出て行った。誰もいなかったかのように、相談室は静まり返る。…私は背もたれに寄りかかり、ぐぅっと伸びをした。本当に疲れたが、まだ1人目なのだ。最初の1人でこんなに疲れていたら、どうするのだろうか。
ガラリ
ノックもなしに、扉が開けられる音がした。そして、音を立てながら椅子に座る相談者。なんて、乱暴な人物だろうか。乱暴者の相手をしないといけないなんて、面倒だ…早く帰りたい…と思いながら、相談者に向き合った。
「それで、名前は?」
『名前は言ってはいけない』
ボイスチェンジされた声が、ゆっくりと告げる。先程のシリウスと同様、男か女かも分からない。もちろん、年齢や職種も一切不明だ。
「そうか。…それで、悩みは?」
『……効果のある育毛剤を知らないか?』
「なんだ、ドラコか」
私は、呆れたように大きく息を吐く。最近のドラコ・マルフォイは苦労が多いせいだからだろう。髪の毛が、どんどん恐ろしいくらいの速さで後退しているのだ。
『違う!』
「……そうか」
私はドラコの否定の言葉を、信じたふりをする。育毛剤を探しているなんて、あまり大きな声で言いたくないことだということを失念していた。しかも、ドラコはまだ成人前だ。言いふらされたくない事柄に、決まっている。クイールだって、育毛剤を使っている姿を私が視た途端、物凄くうろたえていた光景が脳裏によみがえった。
「育毛剤なんて……頼めばいいんじゃないか?ルシウスさんに」
『頼めるか!!』
机の上を、ドンと力強く叩く音が聞こえてくる。……確かに、親には頼みがたい事柄だったかもしれない。愛する1人息子がハゲ始めているなんて、何かあったのではないかと、親を心配させてしまうだろう。ドラコはああ見えて、両親思いなのだ。両親の自慢話をするときの顔は、いつも誇らしげに輝いているし、ミリセントが(もちろん冗談で)ドラコの両親に対する悪口を言うと烈火のごとく怒るのだ。そう、それこそ怒り過ぎて器物を破損させ、あのスネイプ先生に減点されるほどに……
「…そうだな…」
私は唸った。私は育毛剤に世話になったことなんて、1度もない。新年早々、どうして育毛剤に悩まされないといけないのだろうか。
「育毛剤を探すより、ストレスを解消した方がいいんじゃないか?」
悩みに悩んだ末、私は答えを絞り出す。すると、衝立の向こうのドラコが首を傾げる気配が伝わってきた。
『何故だ?』
「いくら、よい育毛剤を使ったとしても、ストレスがたまったら抜けていく一方だ。でも、ストレスなんて生きている限り溜まるもの。なら、効率よくストレス解消して髪が抜けるような事態を防ぐのが大切なんじゃないか?育毛剤に使う予定の金も浮くし、髪の毛も抜けなくなるしで、一石二鳥だぞ」
そう告げると、『ふむ…』と悩む声が衝立越しに聞こえてきた。よし、そのまま帰れ。納得して帰ってしまえ。そう思いながら衝立を眺めていると、幸運なことに椅子が引かれる音が聞こえてきた。どうやら、納得してくれたみたいだ。私は口元に微笑を浮かべた。
『なるほど、その通りだな。では、さっそくマグル狩りでも…』
「待て、待て!それは、待て!」
半ば立ち上がりながら、必死になってドラコを止める。マグル狩りなんて、そんな物騒なことをするとは考えもしなかった。ドラコはいくらマグル嫌いであったとしても、人殺しなんてしないと思っていたのに。そう思っていたのは、私だけだったのだろうか?
『…なにか問題でもあるのか?』
「いや、ありすぎだろ。逆にストレス増えて、髪が抜けるって」
『……』
再び衝立の向こうの人物が、椅子に腰かける音が聞こえてきた。私は、ホッと胸を降ろした。
『マグル狩りがストレスに繋がるのか?』
「マグル狩りと言うか、人殺し全般。いくら自覚症状がなかったとしても、人を殺すという行いには、精神的負担を強いる」
同じ寮の友人であるドラコに、殺人者の道を歩ませたくない。どうすれば『マグル狩り』をやめさせることが出来るか、慎重に言葉を選んで話した。
「空気をためすぎた風船が破裂するように、負担を溜めすぎた心は崩壊する。そうしたら、もう廃人。つまり、生きながらの『死』だ」
『“死”……だと!?』
『死』という言葉が、グサリと心に突き刺さったらしい。衝立の向こうのドラコが、動揺している雰囲気が漂ってくる。私は少し首をかしげた。…ドラコは、そこまで『生』に執着しているように思えなかったからだ。だが、『死』は誰でも恐れる言葉。あのヴォルデモートでさえ、『死』を恐れている。ドラコも『死』を怖がっている可能性は、ないわけではない。むしろ、怖がって当然だ。
『では、俺様はどうすれば……どうすればストレス解消できるのだろうか……』
ドラコは、すがりつくような雰囲気で尋ねてきた。ボイスチェンジされているので、声の調子は分からない。だが、衝立越しに伝わってくる必死さは、思わず椅子を後ろに引いてしまうくらいの迫力だった。私は腕を組みながら、薄汚れた天井を見上げる。
どうすればストレス解消できるか?そんなこと、『自分で考えろ』と言って相談室から追い出せばいい。人に頼っていたら成長なんてしないのだから。…だが、ドラコに考えさせたら『マグル狩り』という結論に再び達してしまう可能性がある。まずは、『マグル狩り』なんて危険な発想に奔るドラコを止めさせる方法と、ストレス解消が繋げられる方法を考えなくては……。
「そうだな……慈善活動でもしてみたらどうだ?」
『慈善…活動?』
「アンタのトコには十分な資金もあるし、ちょうどいいんじゃないか?
下手に趣味を広げて散財するよりも、社会に貢献して汗水流し、感謝された方が気持ちいいと思う」
私が言うと、ドラコが鼻で笑う音が聞こえてきた。
『くだらんな。“無償の愛”か?吐き気がする』
「いや、ストレス解消のための一環……つまり、“下心しかない愛”。感謝されるっていうのは、なかなか気持ち良いもの。騙されたと思って、一度試してみたらどうだ?」
『……考えておこう』
しばしの沈黙の後、ドラコはポツリと呟く。ボイスチェンジされているので、声から雰囲気を判別することは出来ない。ただ、衝立越しに伝わってくる雰囲気は、私の言葉を信じたように感じられた。……ドラコは相談室を去って行った。
~数年後~
『今年の『魔法使い平和賞』に輝いたのは―――『名前を言ってはいけないあの人』!!』
どっと拍手が会場に鳴り響く。それと共に、壇上に上がったのは黒々としたマントを翻す男だった。一見すると、悪人面で慈善活動家には見えないが、この男ほど慈善活動をした男はいない。
マンホールの中や路上で暮らす子供たちには、温かい食事と手厚い看護、そして仕事を与え、大地震が起こったと聞けば、すぐに『姿くらまし』で被災地に急行し、我先にと救援活動をする。マグルが埋めた地雷を、全て『呼び出し呪文』の応用で取り除いたり、戦争が始まる兆候が視えた瞬間、両国の首脳と対面して和解させたりもした。迫害されている巨人やドラゴンにも手を差し伸べ、ともに歩むことを呼びかけた。中世レベルの生活が続いていた魔法界の近代化にも積極的に取り組み、数年で魔法使いが宇宙まで行けるまで科学技術が追いついたのも、彼の功績と言えるだろう。
もう、『今世紀最大の闇の魔法使い』と呼ばれた男には見えない。
魔法使いの多くは、依然として彼を『名前を言ってはいけないあの人』と呼び続けたが、それは恐怖心から呼んだのではない。その呼び名は、『恐れ』ではなく、敬愛の意を込めた『畏れ』へと変化していたのだ。
もちろん最後まで、『ヴォルデモートは、何か企んでいるんだ!』と疑っていた人物もいた。ハリー・ポッターと『不死鳥の騎士団』だ。だが、気がつくと彼らはヴォルデモートに従順な信者に成り下がっていた。…信者になった初期の頃、『服従の呪文』に掛けられたかのように視線が定まっていないときもあったが、大方…記憶操作でも受けたのだろう。視線が定まってなお、ヴォルデモートに従い続けていた。
「…まさか、ヴォルデモートだったとはな…」
魔法界に普及したばかりのテレビを眺めながら、私はポツリとつぶやく。数年前にアステリアから頼まれた相談室のやり取りが、脳裏に浮かび上がってきた。あのときは、てっきりドラコが相談相手だと思い込んでいたが、どうやらヴォルデモートだったらしい。何故、私は気がつかなかったのだろうか……
「おい、失礼だぞ。『あの人』を名前で呼ぶなんて」
隣でパンを口に運んでいたノットが、私を指摘する。その隣に腰を掛けていたダフネやミリセントも、私を非難するような視線を投げかけていた。
「あぁ、すまないな」
私はそう呟くと、ストローを咥えた。画面の向こうに移るヴォルデモートは、どこか嬉しそうな表情を浮かべている。
『では、受賞者のスピーチです!』
ヴォルデモートがスピーチ台の前に立つ。大歓声に包まれたヴォルデモートが、スゥッと手を挙げた瞬間、場がしん……と静まり返る。物音ひとつ立たない、静かな空間だ。それを確認したヴォルデモートは、にやりと口元を歪ませながらスピーチを始めた。
「この場を借りて宣言したい。誰もが平等で、誰もが幸福だと思える生活を過ごせる国…『魔法界連合国』建国をここに宣言する!!」
耳を貫くような大歓声がテレビの中、いや、私の周りからも湧き上がる。ヴォルデモートを賛美する声だ。数年前の魔法界では、全く考えられない光景。まさか、何気ないあの育毛剤の相談から、ここまで発展するとは思わなかった。
「…セレネ?」
ダフネが心配そうに尋ねてくる。歓声を挙げずに、髪の毛が生えたヴォルデモートを睨みつけている私を異様に思ったのだろう。私は微笑を浮かべる。
「ごめん、ちょっと気分が悪くて」
そう言って席を立つ。もう、こうなってしまっては変えられない。いくら『眼』を使ったとしても、世界は変えることが出来ない。ヴォルデモートが政権を取るなんて嫌だけど、周りに合わせて生き延びるしか手は残されていないのだ。
「セレネ・ゴーントだな?」
部屋を出ると、杖を構えた男たちが待ち構えていた。髑髏の仮面を被っているところから察すると、ヴォルデモートの配下『死喰い人』たちなのだろう。ヴォルデモートが慈善活動をし始めた日から、息をひそめて、ヴォルデモートに危害を加えないよう『普通の学生』として生きていた。だから目を就けれられることはないと思っていたが、やはりヴォルデモートにとって私は『眼の上のたんこぶ』だったようだ。
「選べ。『洗脳』か『死』か」
どっちにしろ、ヴォルデモートの思い通り。私は袖の下に隠しておいたナイフを握りしめると、杖を構える死喰い人めがけて走り出す。
生きよう。
生き残るんだ。
闇の帝王の手に堕ちた魔法界から、遠く離れた世界で。ひっそりと生き延びよう。
「答えは、3番の『セレネ・ゴーントとして生きる』だ!!」
『服従の呪文』と『アバタ・ケタブラ』の閃光を、真っ二つに切った。
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あけまして、おめでとうございます。寺町朱穂です。
至らない点も多いと思いますが、今年も、よろしくお願いします!
1月6日…誤字訂正