7月7日、七夕。
比良坂市の住宅街にある桐生家のリビングには、桐生大和と桐生有栖の兄妹と幼馴染である桐咲瑠花が床へ座り、テーブルの上に置かれている短冊に願い事を書いていた。
有栖と瑠花は、短冊に願い事を書いているが、大和は手に持ったシャープペンシルを回すだけで書こうとしていなかった。
「大和、願い事は書けたの?」
「……まだ。と、言うか願い事がない」
「願い事がないって――。何かあるでしょう、普通は」
「ない」
「……言いきったわね」
肩を竦めて呆れたように瑠花は、溜息を吐いた。
「そう言う瑠花は、何か願い事を書いたのか?」
「書いたわよ。見る?」
そう言って瑠花は、大和に白色の短冊を手渡す。
受け取った短冊には、『大和が普通になってくれますように』と書かれており、その横には瑠花の名前が書かれている。
「いや、俺は普通だと思うんだ」
「学校中の女子を服従させておいて、よくそんな事を言えるわね」
ジト目で睨みながら瑠花は言う。
大和がある事をキッカケにペルソナを覚醒させた。
ペルソナとは、心の底に潜むもう一人の自分が実体化したもので、神話や物語に登場する神や悪魔、その他伝説の生物や英雄たちの名前と性質を持っている。
大和が覚醒させたペルソナは、ルシフェル、ベルゼブブ、アスタロトに仕える6人の上級魔神の1人で大将を務めているとされる『サタナキア』である。その『サタナキア』の能力は、ありとあらゆる女性を服従させる事が出来た。
大和はペルソナである『サタナキア』の能力を使い、学校中の女子を自分へと服従させた。ただ唯一、瑠花だけが『サタナキア』の能力に何故か抵抗でき服従されないでいた。
「……別に、お前には関係無ないだろ」
「あるわよ。私は、アンタの、その……、そう! 幼馴染だから、真人間にさせる義務があるのッ」
「……」
「な、なによ。私の事は良いから、短冊に願いを書きなさいよ。せっかく和人さんが、竹を取ってきてくれたんだから。願い事はなんでもいいの。目標にする事だったり、こうなりたいとかでもね」
大和は瑠花に言われ家の庭を見た。
庭には小さい竹が置かれており、大和と有栖の母親である壱与が楽しそうに飾り付けをしている。その様子を縁側に座り甚平を着た和人が、無表情――大和から見たら僅かに嬉しそうな表情をして壱与を見ていた。
「願い事、か」
再び大和は、自分が願う事を考えるが全くそれが浮かばない。
金持ちになりたいとは思わない。
成績が良くするのは、願いではなく自分の実力。
好きな女子と付き合いたいと言う感情は、もう今の大和にはない。
考えれば考えるほど、大和は自分が願うことが分からなかった。とはいえ、このまま何も書かないと瑠花に文句を言われ、母親である壱与は悲しそうな顔をするのは目に見えている。。
その事を思うと大和は考えた末に、大和は紅い短冊に願い事を書く。
「書けた」
「ん、じゃあ見せて」
「ああ」
大和は躊躇することなく自分の願い事を書いた短冊を、瑠花に手渡した。
受け取った瑠花は、大和が書いた願い事を読むと同時に顔を真っ赤にする。
「な、なっ、なに――ッ」
「……どうしたんだ?」
「た、短冊に何を書いてるのよッ!!」
「短冊に書くんだから、願い事に決まってるだろ。さっき瑠花が何でも良いって言ったから、それを書いた。何もおかしくないだろ。『瑠花のヴァージンがほ――」
短冊に書いた願い事を言い終える前に、大和の頭上に瑠花は手刀を思いっ切り打ち込んだ。そのあまりの痛さに大和は思わず涙目になり、頭を両手で押さえる。
「な、なにを……するんだ」
「それはコッチの台詞よ! た、短冊にナニ変な事を書いてるのよッ。信じられない。この、変態! 馬鹿! 女たらし!」
「――短冊に書く願い事は何でもいいって言ったのは、瑠花だろ。なんで叩かれないと駄目なんだ」
「叩いて当然でしょうっ! あ、あんな事を書かれたら、女子には叩く権利があるのっ」
「仕方ないだろ。俺にはそれぐらいしか願い事がないんだよ。一番気になる女は、瑠花しかいない訳だし」
「……そ、そうなの。あ、あの、その、『サタナキア』の支配を止めるなら、私は――」
「周りの女子の処女は奪ったけど、お前だけまだ奪えてないだろ? だから、短冊に……。って、瑠花、瑠花サン。なんでそんな殺人鬼のような目で睨むんだ。俺、何かお前の気分を害する事をしたか?」
「――別になんでもないわ。ただ目の前の最低男の関節を曲げたいだけだから安心して」
何一つ安心出来る要素がないと言おうとしたが、関節を普通は曲がらない方向に曲げられた痛みで何も言えずに地面に倒れる。
関節を曲げた瑠花は、倒れている大和を一瞥して一言漏らす。
「……バカ」
そう言うと先程から話に絡まず、短冊に願い事を書いている有栖の元へと向かう。
「アリスはちゃんと願い事は書けた?」
「うんッ。かけたよ!」
楽しそうな笑みを浮かべて短冊を瑠花へと渡した。
短冊には、「お兄ちゃん、ルカねぇ、おとうさん、おかあさんとずっと一緒でいられますように」と書かれている。
それを見た瑠花は、有栖へと抱きつく。
「うん、ずっと一緒にいるからね」
「ほんとっ! ありがとう、ルカねぇ」
瑠花の言葉に嬉しそうに有栖は顔を綻ぼせた。
関節を曲げられた痛みから床に倒れていた大和は、起き上がりその光景を見て、一つだけ願い事が思い浮かんだ。大和は机の上にあるボールペンを手で握り、何の願いも書かれていない短冊を取るとペンを奔らせる。
「……今度こそ、普通の願い事を書けたんでしょうね」
「普通かどうかは分からないけどな。とりあえず、「願い事」は決まった」
大和の短冊には、短く『今が出来るだけ長く続いて欲しい』書かれていた。
「有栖と瑠花の雰囲気を見ていると、ずっとは無理だとしても、今のような事が先も続けばいいな……と思った」
「わたしもお兄ちゃんとルカねぇとは、このまま一緒がすき!」
「うん。私も、続けばいいなと思う。――大和が真人間になってくれたら、私は万々歳なんだけどね」
瑠花の言葉に、大和は苦笑いをするしかなかった。
それぞれ最低一枚の願い事を書き、残った短冊には瑠花と有栖が願い事を記した。短冊に願い事を書き終えると、瑠花は立ち上がりポーチから短冊を取り出す。
「それは?」
「お姉ちゃんの分よ。今日、学校の補習で帰ってくるの遅くなるから飾っておいてって言われたの」
瑠花には4歳年上の姉・桐咲結花がいる。
思金学園高等部1年生で成績は底辺で、補習の常連であった。だが、ある事柄に関してのみは天才的に能力を発揮出来る事から、馬鹿と天才は紙一重を地で行く少女である。
また結花は妹である瑠花を激愛しており、その瑠花も有栖を激愛している事から、ある意味で似た者姉妹と言えた。
瑠花は結花の短冊と自分の書いた短冊を手に持つと、縁側へと向かう。その後に続くように有栖は行こうとするが、立ち止まり大和の側に駆け寄ってきた。
「行こ――お兄ちゃん」
「……ああ」
有栖に服を引っ張られ大和は立ち上がり縁側へと行き、靴を穿いて竹に近づき願い事を書いた短冊を枝へと結んだ。
もし短冊に書いた願いが叶うなら、出来るだけ長くこの日常が続いて欲しいと大和は思った。
結果から言えば、その願いは結局は叶わなかった。
大和が願った日常も。
有栖の願った未来も。
尽く叶うこと無く、狂い出した運命の歯車は、最悪の結末を迎えることになる。
比良坂市にあるアラヤ神社。
そこには、魔神と吸血鬼による戦いが繰り広げられていた。
赤い魔剣を手に持ち幾重にも斬り付ける『アスモデウス』を、それをねじ曲がった時計の針で防ぐ『フランドール』の姿があった。魔剣が時計の針にぶつかる度に、火花が飛び散る。
『アスモデウス』は距離を置き、雷の攻撃魔法を仕掛けると、『フランドール』は幾つもの魔法陣を出現させて、光弾を幾重にも放ち対抗する。
アラヤ神社にある人影は3つ。
黒い髪を腰の所まで伸ばしした幼女――有栖は、アラヤ神社の社の上から狂気の笑みを浮かべ楽しそうにしている。
有栖が見下ろす眼下には、大和が身体の至る所を壊されて倒れている瑠花を抱きしめて、大粒の涙を流していた。瑠花は涙を流れている頬へと手を翳した。
「……ハハ、やまとが、涙をながすなんて、らしくないよ」
「うっ……ぅっぅう――」
「でも、こんな、ぅぅッ、トキだからかな。わたし、のために流してくれるナミダに、ちょっと嬉しく感じちゃうのは」
「瑠花、やめろよ。そんな、コト……。黄泉川先生の所へ行けば、助けられるハズだ」
「……ううん、もう、……いいの。ごめん、なさい。――ッッ、一緒に、居てあげる――って約束したけど、守れそうに、……ぐっ」
「もういい! 喋らなくていいっ!! ぅぅ……ぁっ」
涙を流す大和の顔を見ながら、瑠花は苦痛に顔を歪ませながらも首を動かして有栖を見る。
「ごめん、ごめん――なさい。アリ……ス、さま」
「なんで……なんで有栖に謝るんだっ。アイツは、お前をこんなにした――ッ」
瑠花は頬に当てていた手を大和の口元へと移して、それ以上は言わせないようにした。
「――いいの。ゲッホグッ、こうなったの、ゥック……、わたしの、自業自得なんだから。――だから、お願い。アリス、さまを憎まないで、ぅぅ、あげて。私のこと、は、ゥッゥ、忘れて、良いから、お願い――。昔みたいに、仲の良かった兄妹に――もど……って、――ゥゥッァ」
「瑠花! 死ぬなっ、死なないでくれ! 頼む!!」
「……さいごに、これだけ、は、言わせて。やまと、わたしを、あいしてくれて、あり、が……とう。このいちねんかん、しあわせ――だっ………た………よ――――」
瑠花は精一杯の笑顔を大和へと向けると、事切れたのか腕が地面へと崩れ落ちる。
「る、か? おい、しっかりしろ。一緒に……ずっと一緒に、居てくれるって……、約束しただろ。俺を、1人に……しないで、くれ。もうイヤなんだ――」
大和は必死で瑠花の身体を揺さぶり、話しかけるが瑠花は安らかな顔をして返事は返って来ない。
この時、大和は瑠花の死を実感した。
今まで依存していた相手の喪失。それは、大和の精神を狂わせるには十分なことであった。
「――――――――■■■■■■!!」
雄叫びが神社に響き渡った。
精神に異常を期したことで、精神の産物であるペルソナ『アスモデウス』にも影響を与えた。『アスモデウス』は、有栖のペルソナ『フランドール』の光弾を幾度となく直撃を受け、地面へと落下する。
大和たちの近くの地面に落とされた『アスモデウス』は、大和の精神の変調とダメージの量が多さから消える寸前であった。普通ならば、ペルソナチェンジをして他のペルソナに変える所だが、今の大和にはそれすら出来る状態ではない。
有栖の前に降り立った『フランドール』は、自分の下に魔法陣を出現させた。そして手に真紅に燃える獄炎を、『アスモデウス』へ向けて放った。
爆発。
アラヤ神社の一角が紅い炎に包まれる。だが、一箇所だけ炎が届いていない場所がある。地面に亀裂が走り、そこから吸い上げた地下水を利用して作った水がドーム状になって大和と『アスモデウス』、そして瑠花を守った。
死んだはずの瑠花から、青い円柱型の光が噴き上がり一体のペルソナが具現化していた。
『ヴァルナ』
天則を司る神であり、天空から全ての者を監視、宇宙の秩序と人倫の道を支配する司法神・天空神。仏教に置いては水天として日本では知られている神である。
少女のような格好をしている『ヴァルナ』は、地下水を出来る限り吸い上げて燃えている火炎の鎮火に務めた。
燃え広がる火炎が収まると水で出来ていたドームは、まるでシャボン玉のように弾け飛ぶ。
最後の精神力を使って喚び出された『ヴァルナ』は、宿主である瑠花と、宿主を愛おしそうに抱きしめている大和を見ながら、蜃気楼のように存在が霞んでいき消える。
「――『ヴァルナ』。相変わらず憎々しいペルソナだなっ!!」
流水を弱点とする吸血鬼にとって水を司る性質を持つ『ヴァルナ』は天敵に等しかった。実際に、有栖が暴走して『フランドール』を使用した時は、瑠花が『ヴァルナ』を召喚して雨を降らすことで大人しくさせていた。
大和は瑠花を抱き抱えたまま立ち上が。そして、目からは鮮血の涙を流し、有栖を射抜くような瞳で有栖を睨んだ。
「お前だけ……お前だけはっ、絶対に……俺の手で殺してやる!」
「アハハハ! やってみなよ、お兄ちゃん!!」
有栖はアラヤ神社の社から降りて、大和と同じ地面へと立った。
有栖の前には『フランドール』がおり、虹色に輝く宝石の付いた翼を羽ばたかせると、少年へ向けて特攻していく。『フランドール』は幻想種として上位である吸血鬼であり、素手で人間を殺すのは容易いことである。
一方の大和のペルソナ『アスモデウス』は、なんとか立ち上がりはしたがダメージは深刻だ。消えかかっている状態で剣を構えて『フランドール』を迎え討とうとした。
しかし、互いの思惑は外れた。
突如として地面から黒い手が現れて有栖と『フランドール』、大和と『アスモデウス』を地面に無理矢理伏せらせた。
そして『フランドール』と『アスモデウス』のほぼ中間地点から、円柱型の黒い光が天へ向けて吹き上がった。現れた不気味な異形の存在。上半身は人間のカタチをしているが、下半身はタコのような触手が蠢いており、黒い身体には虚無を表したような無数の面が無数に浮かび上がっている。
――特異点たる者達よ。私の名は、『這い寄る混沌』。この喜劇、私が預かろう――
>>see you next time
今までペルソナ2の舞台となった珠間瑠市と、ペルソナ3の舞台となった巌戸台港区が同じ場所だったと言う改変で書いてましたが、にじファン閉鎖の事もあり、オリジナル舞台で書いていく事にしました。
オリジナルの舞台ですが、ペルソナシリーズからは店などは登場させるつもりです(ジュネスとアラヤ神社ぐらいですけど)
前回まで書いてた物は取り敢えず、にじファンに投稿されている作品が公開停止となる20日までは置いおこうかと思ってます。
『女衒』の方は、新しく書き始めまで取り敢えずは置いておくつもりですが……。
次回は原点回帰の意味合いを込めて「因果応報編(旧・トモダチの仮面編の加筆修正版)」になります。
前回書いた時は、上中下としてしまったため、書ききれなかった事が幾つかあったので……。