8月の中頃。
夏休みも後2週間ほどで終わるが、俺は特にする事もなくリビングにあるソファーで身体を横にしてライトノベルを読んでいた。
神衣学園は基本的に夏休みに宿題は出ない。その代わりに、夏休み明けて早々に学力テストが行われる。そのテストは中間・期末と比べると少しだけ難しくなっており、教師陣が設定しているある一定の点数以下を取ると、一週間ほど放課後に特別補習を受けるハメになる。
夏休みの間、勉強せずに遊びやアルバイトに集中するあまり成績を下げて補習を受けるのも、少しでも自主勉強をして成績をキープするのも、個々の自由というわけだ。
因みに、その補習を受けている間は放課後の部活動に出る事が出来なくなるため、有力な部活は夏休みの終わり頃となると部活を上げての勉強会をするところもあった。
俺の場合は、とりあえず試験の数日前に詰め込めばなんとかなる……ハズ。今までもそれで乗り越えてきた。
「……暇そうね」
声を掛けたきたのは、榊原雪だ。
前髪を無駄に伸ばして顔の9割ほどを覆っている。……きちんと美容すれば、可愛くなるんだけどな。
ソファーの近くにある机においてある栞をライトノベルの読みかけのページに挟み閉じると、ソファーから起き上がり雪を見た。
キッチンと対面している場所にあるテーブルの上に、ノートパソコンとUSB電源コードのミニ扇風機を置いて何か作業をしている。
「まぁ、暇と言えば暇だな。夜のバイトも、ここ最近はないしな」
「そう。なら、たまには昼のバイトをしてくれると色々と面倒が減って助かるんだけど?」
「……昼の仕事、か。何かあるのか」
「あるわよ」
――即答か。
ソファーから立ち上がり、雪の元まで歩く。
夜のバイトと言うのは復讐代行業である「Revenger」のこと。とはいえ、最近は特に依頼もなく平和で退屈な日々が続いているわけだが。
その「Revenger」の仕事をする際、依頼主から復讐を代行する際に一つだけ何かを貰っていた。
ほとんどの場合は金であるが、たまには物の場合もある。物の場合は質屋に入れたりするので別に構わないのだが、金の場合は手に入れたからと言って直ぐには使えない。少額なら問題はないが、高額な買い物をすると、国税局やら何やらが煩くするからだ。
だから「Revenger」で手に入れた現金は、何時でも使用できるようにしなければならない。ヤクザやら犯罪組織が、違法な方法で稼いだ幽霊資金を資金洗浄するのと同じ事である。
その資金洗浄するための方法が、昼のバイトだ。
何でも屋「JOKER」
トランプ等では切り札扱いされる事が多いが、どちらかと言うと道化師としての意味合いが強い。こちらの仕事内容は、犯罪行為以外ならばなんでも受けるようにしていた。
猫や犬などのペット探しが依頼される事もある。その場合、雪が降魔しているペルソナ『アガリアレプト』で見つけているので、俺たちがどうこうする事はまずなかった。
ただ所詮は高校生がやっている何でも屋。まともに相手にする人も少なく、「Revenger」以上に依頼が少ないのが現実だ。
雪の元まで歩いて行き、雪の背後からノートパソコンの画面を見た。
「……なんだ、これ? 朽ち果てた家の画像だな。解体工事の依頼なら、他に回してくれ」
ノートパソコンの画面に映っているのは、二階建ての何処にでもありそうな白い家であった。
しかし何年も放ったらかしにしているからか。家の所々が朽ちて、硝子は割れている。
「違うわ。今回の依頼は「除霊」よ」
「除霊?」
「ええ。依頼主は、この土地を所有している不動産屋からよ」
雪は依頼主から送られてきたメールを開いて見せた。
この家は築30年以上も経っているらしく、家自体が傷んでいるため解体しようとした所、解体業者の作業員が突如として発狂や意識不明となり倒れた結果。ほぼ全員が死亡したらしい。
始めの方は誰も本気にはしなかったようだけど、それが2件、3件と続くと不気味さが増してくる。事実「家を解体しようとすると呪い殺される」と言う噂が流れたため、この家の解体を請け負う業者はいなくなった。
依頼主である不動産屋は、自称霊能力者や神主などを雇って除霊を頼んだみたいだ。ま、結果は全て失敗に終わっている。
「呪い、か。現実的に見れば、有害物質でも埋まっている可能性を考えた方がいいんじゃないか?」
「その可能性は依頼主も考えて調べたみたいだけど、土地や建物からも何も有害物質は検出されなかったようね。ついでに、その調べに入った人達も同じように死んでいるわ」
「……。肝試しスポットに使えそうだな。身の毛もよだつ恐怖の住宅、致死率100%って謳い文句で」
「――人がまじめに話をしてるのに巫山戯ないでくれる? ハッキリ言って不愉快だから」
声のトーンを落とし、髪で隠れた瞳で睨んできた。
「話は戻していいわよ」
「……ああ」
「この家で、不動産屋が雇った解体業者や研究者たちを除いても、十数年の間に20人以上は死んでいるわ」
「多いな」
「ええ。一番古くて記録に残っている死者は、この家に住んでいた当時中学2年だった女の子。死亡原因は……刺殺。実の父親に殺されたそうよ。この父親は最低の下衆だったようね。実の娘相手に性的暴行を加えて、数年も自宅に監禁していたそうよ」
「その父親はどうなったんだ?」
「死んでるわ。死亡原因は心筋梗塞。玄関から顔を恐怖で歪ませて出てきて、意味不明な言葉を喚き散らした後で死んだようね。自業自得の死に様よ」
「雪……」
雪はかつてこの少女と同じように、自分の父親に犯された挙句に命令されて援助交際していた過去がある。
だからか、娘に対して性的暴行や性的行為をする「父親」に強い嫌悪と憎悪を含んでいた。もし、この少女の父親が生きていれば、雪は社会的抹殺をしたかもしれない。
「娘が父親に殺され、その父親も発狂して死んだような物件を買う奇特な人はいなかったようね。その事件以来、誰もこの家には住んでないわ」
「? ちょっと待ってくれ。さっき十数年の間に20人以上は死んでいるって言ってただろ。住人でないなら、その20人以上の死者は――」
「後は、その家に肝試しで来た命知らずなカップルと、レイプ目的で女性を連れ込んだ男と、連れ込まれた女性」
「……まるでゴキブリホイホイだな」
「ふっ、言い得て妙ね。でも、不思議とこんなに死んでいるにも関わらず、強姦目的で使用する不良たちや社会のクズは減らなかった所を考えると……。意外とそれと同じように、この家に誘われているのもしれないわね」
雪は画面をクリックして、例の家が写っている画像をアクティブにした。
……話を聞いた後だと、始めに見た印象とは少しだけ変わる。よく見れば、いかにも出そうな雰囲気を出しているな。
「――それで、この依頼。引き受ける?」
「? まだ引き受けてないのか」
「『Revenger』も『JOKER』も、貴方がリーダーなの。だから、貴方が気が進まなかったら別に受けないわ。例え家事の手伝いを何一つせずに、ソファーで横になってラノベを読んでいたとしても、ね」
「……。いや、やりますよ? ちゃんと仕事をやらせて貰います。全力で」
「そう。じゃあお願いね。依頼主には、私から確認のメールを送っておくわ。それと、コレ――」
雪はジャージのポケットから鍵を取り出すと、俺に向けた投げたので、それを受け取った。
「それ、この住宅の鍵よ」
「……ちょっと待て。依頼を受けると言ったのは、ほんのさっきだぞ。なんで鍵を持ってるんだ」
「「スキマ」でちょっと拝借しておいたの。心配しなくても、ちゃんと依頼主にも鍵は借りてるってメールに書いてるから心配しなくていいわ。それと、この家の住所と辺の地図はメールしておくから後でスマホを見なさい」
「ああ、分かった」
雪が降魔しているペルソナの中には、索敵や探索をメインとしている非戦闘系の『アガリアレプト』と、境界を操る程度の能力を持っている戦闘系の『八雲紫』がおり、主にその二体を使用していた。
その二体のペルソナを上手く使用することで、雪の情報処理能力はかなりの物だ。ハッキリ言って、情報屋として普通に生計が立てれるほど。実際に、『Revenger』にしろ、『JOKER』にしろ、雪の情報収集・処理能力によって大きく助けられていた。
ポケットに入れているスマホが振動したので取り出した。画面には雪からのメール着信があったことが表示されている。画面のロックを解除してメールを見た。
……バイクで約15分ってところにあるのか。
「それじゃ行ってくる」
「いってらっしゃい。成功を祈ってるわ」
***///***
バイクを走らせて約15分ほどで、問題の住宅についた。
ヘルメットを頭から除けて、ハンドルへ吊るして住宅を見た。
……画像で見るよりも不気味さは増している。いや、実際に不気味だ。白い住宅には黒い靄――悪意や憎悪――が立ち上っている。画像だと分からなかったが、これなら解体業者や研究員が死んだ事も納得できる。
普通に見るだけで視認できるほどだ。呪殺に耐性のない一般人が、長時間いれば精神や魂が蝕まれて死へと至るわけだ。
今降魔しているペルソナは『アスモデウス』で、呪殺の類は効果がないため、別に呪殺に関しては気にする必要はないだろう。
バイクから降り黒いプラスチックの門を開けて、住宅の敷地内へと入る。
…………ッ。
見ると、実際に、体感するとでは、まるで違う。身体に無数の針で刺されているような痛みが襲ってきた。強い怨念や憎悪が、呪殺だけではなく物理的な痛みまで引き起こしていた。
問題は、敷地に入っただけでコレだ。本丸だと思われる住宅の中に入った時は――。
考えるだけでイヤになるな。
「――ま、一度引き受けた以上はちゃんと最後までするけどな」
門の所から10歩程度で玄関へと着いた。
ポケットに入れている雪から貰った鍵を取り出し、玄関の鍵穴へ入れて解錠をする。
……視認できるほどの怨念と憎悪に覆われた住宅だ。まさに「鬼が出るか蛇が出るか」とはこの事か。
ドアノブを握り回して玄関を開けた。
「……ッ」
一瞬。立ち眩みに襲われて倒れそうになるが、玄関を掴んだ事で倒れると言う事だけは免れた。
頭にまるで酩酊感のように痛む。
くそっ、なんなんだ……一体。
徐々に感覚が戻ってきたので立ち上がり、目を開けると信じられない光景が広がっていた。
廊下や二階へあがる階段の所で、20半ばかそれよりも若い女性が複数人の男に犯されていた。
なんだ、これ。
さっきまで人の気配はまるでなかった。雪のような索敵・探知系のペルソナは降魔していないが、レイプをしているような男達の気配を、ドア越しだからと言って感じないはずがない。実際に、今は気配を感じる事が出来ている。
いや、目の前の廊下や階段だけじゃない。
感じるだけで家の場所から複数人の気配がした。
どうなってるんだ? …………まさか。
玄関から身体を反対に向けて空を見上げた。
来る時は薄暗い感じだったが、今は空は禍々しいまでに赤と黒に覆われている。しかも、この家以外に周りには何もない。
乗って来たハズのバイクも、周りにあった家も、そして道さえもなかった。あるのは、禍々しく染まっている赤と黒の空間に、今いる住宅の土地が存在しているだけ。
「あー、予想は全くしてなかったワケじゃないけど。異界に引き摺り込まれるたか……。それほどまでに、この住宅の怨念やら憎悪が強かったんだな――」
このままだと、死ぬまでこの異界に囚われるか、この異界の主……憎悪と怨念の起点を壊すなり斃すなりしないと出られない。
全く面倒くさいことになった。雪に連絡が付けば、この異界が発生した起点たる物か者を見つけて貰って楽が出来るんだけど……、やっぱり電波は届かないよな。現実とは異なる世界だし。
溜息を吐いて取り出したスマートフォンをポケットに入れる。
……あまり長く居たい世界じゃないのは確かだ。とりあえず、この空間内にいる相手を全て斃すか。その中に当たりが居れば面倒はないんだけど。そう上手くはいかないだろう。
再び身体を玄関へ向き、靴を履いたまま廊下にあがった。
玄関から入って直ぐの所に、中年の作業服を来た男が2人ほどが1人の女性を押し倒して犯している。犯している方は、とても正常とは言い難く、眼の焦点はあっておらず、技術もなく、まるで獣のように腰を振るだけ。
一方の犯される側の女も泣き叫んではいるが、その演技力は出来の悪いAVのような感じで、男に乱暴に犯されるためだけにいるような存在に思えた。
――それを言うなら、男もそうか。女を強姦するだけの男、男に強姦されるだけの女。
「……耳障りな上に、不愉快だな」
赤い円柱型の光が地面から噴き上がり、一体の魔神が姿を現す。黒い甲冑からは赤い外套がついており、手には真紅の大剣が握られている。
ペルソナ『アスモデウス』
色欲と破壊を司る魔神で、今では最も使用しているペルソナである。
『アスモデウス』は、大剣を振り上げ犯されている女性諸共、男2人を一閃で斬り捨てた。女と男達は黒い靄のようになり、まるで初めから存在しなかったようになる。
[あーあ、せっかく捕らえている魂になんて事をしてくれるの]
「……誰だ」
[誰でしょう? そんな事よりも、せっかく招いてあげたんだから、そんな物騒なモノは仕舞いこんで、楽しんだら?]
「何を楽しめて言うんだ?」
[コレよ。コレ]
どこからか聞こえてくる少女らしい声が言うと、床から少女が1人現れた。歳は15にまだなってないぐらいだろう。乱暴にされた後か服は所々が破られ、目には精彩がない。
[この子は、数日前にこの家に連れ込まれて乱暴にされた子。まだ処女だったのに、前も後ろも同時に犯されたの]
「……で、コレの何を楽しめって言うんだ?」
[犯しちゃえ。此処はワタシの世界。現実世界のようにモラルとか気にする必要は無いんだよ。そこに女がいるから、犯したって別に誰も責めたりしない。ほらほら、貴方にも少女をモラルとかに囚われずに好き勝手に犯したいって欲求はあるでしょう? だから、この世界に招かれたんだよ]
「……下らない」
強姦や輪姦は、無駄な塊だ。非効率かつ生産的ですらない。
セックスをする相手に恐怖などでトラウマを植え付ける行為は、誰が見ても下らない。そう言うプレイをしたいと言う特殊な嗜好を持っている者は置いておき、セックスは互いに気持よくなってこそだと俺は思っている。
俺はかつてペルソナ「サタナキア」の能力を使い、周りの女子を服従させて色々した事がある。ただ相手は、それなりに気遣っていたつもりだ。セックスに対して恐怖を覚えさせるような事はしなかった。
[――己を偽って苦しむ事はないんだよ。ここはありのままの欲望を放出ししても良い場所なんだから、我慢せずにに吐き出しちゃえ]
「……『アスモデウス』」
『アスモデウス』は左手を突き出すと、魔法陣が現れ、雷が乱れ飛ぶ。
拡散する雷は、住宅の内部と轟音を立てながら破壊していく。そんな中ですから、レイプに励む男達がいたが、そいつらも『アスモデウス』の雷を受けて消滅する。
雷が治まり周りを見回すと、壁や天井は破壊され、一部からは雷の影響で火が発生し、所々は黒く焦げていた。
[人の家を破壊しないでほしいな――。器物破損罪だよね。これは]
「現実世界のようにモラルとか気にする必要はないんだろ? そんな事よりも、さっさと姿を現したらどうだ。近くに居るんだろ」
[……]
空間が渦巻きのように歪み、1人の少女が姿を現した。少女は仮面をしているためどんな顔をしているか分からない。服装は、どこかの中学校の制服を着ている。
少女は両手を前に出して、パンッと音を鳴らし両手を叩くと、『アスモデウス』の雷で破壊された住宅は、まるで何もなかったかのように元へと戻った。
それどころか、斬り殺したハズのレイプをしている男達まで復活を果たしていた。
「此処はわたしの世界。わたしの思い通りにならないことなんて、何一つとしてないっ!!」
少女の叫びに呼応するかのように、壁、床、天井から黒い影のようなモノが現れ、影の中から仮面が出た。すると影はそれぞれの姿へと変化していく。
「コイツらは『シャドウ』……。人の心の裡に潜む存在。そしてわたしの忠実な僕……。わたしの思い通りにならない……お前なんか消えちゃえばいいんだ」
この狭い廊下で戦うのは不利、か。
広い場所で戦うべく、後ろへと跳ぶが、後方にも少女が呼んだ「シャドウ」がいた。地面から生えた一本の腕には、柄の所に仮面がついた剣が握られており、それを躊躇うこと無く振り下ろされる。
『アスモデウス』は背後に現れた敵を察知すると、手に持つ剣でシャドウが持つ大剣を受け止めた。
ぐぅ――ッッ。
なんてパワーだ。鍔迫り合いをしてるけど、このままだと押し負ける。
それに背後……住宅の中からは、『アスモデウス』が鍔迫り合いしているシャドウとは別タイプのヤツが、こっちへ向かってきている。
――仕方ない。アレは現実世界だと目立つから、頻繁に使用できなかったけど、ここは幸いにも異界。暴れたとしても、誰が困るということはないよな。
『アスモデウス』は俺の考えを察したのか、シャドウとしている鍔迫り合いを横へ力点を逸らすことで終わらせて空中へと飛んだ。同時に俺の身体も空中へ浮き、『アスモデウス』がいる場所まで向かった。
そして『アスモデウス』は、理解できない言葉で詠唱を始めた。地面には紅く輝く魔法陣が現れ、まるで機械音のようなガチッガチッと何かを外すような音が響く。紅く輝く魔法陣の中央部分が、黒い孔となり、そこから一体の竜が現れる。
それは黒竜だった。頭には雄々して角が生え、背には大きな黒い翼が二対四が生えている。
「■■■■■■――!!」
黒竜が吠えた。その声質は、空間を震わせたと思えるほどだ。
俺は黒竜の背に降りると、『アスモデウス』も同じように降りた。黒竜召喚には、通常の魔法を使用する際に消費する精神力が倍以上必要となる。何が言いたいかというと、早くも精神力が切れかかっているということだ。
全力で攻撃を繰り出したとして、一分したら倒れるな。
……それで確実に斃せる確証はないけど、やらないと余計に追い詰められる。向こうは「シャドウ」なんて異形を僕として操っていのだ。「シャドウ」を繰り出し、精神力が切れた所でやられる可能性も低くはない。ならばこその全火力を集中させての短期決戦に持ち込むのみ。
現実世界だとしたくても出来ないんだよな――コレは。周りの被害が大きいコトと、大抵のターゲットが一般人なので、使用する必要もないわけだが……。
黒竜は大きく顎が開かれ、光の粒子が集まっていく。同時に『アスモデウス』も両手を前へと広げて、そこに赤黒い魔力が集収されていき、バチバチと激しい音を鳴らす。
地上……と言うか住宅の敷地内にいる「シャドウ」達は、危険を感じたのか『バハムート』と黒龍へと向かってくる。
だけど、遅い。
『アスモデウス』と黒龍の方が早い。
『アスモデウス』の魔法と、黒龍のブレスが同時に放たれ、世界は白く染まった。
***///***
意識と無意識の狭間に存在する空間がある。そこは生きる意味を忘れ、創造よりも破壊を選んだ者が訪れるとされるバー『Nyarlathotep』と言う。
『Nyarlathotep』は二段構造となっているバーで、下の場所には6人ほどが座れるテーブル席が6つほどあり、上にはカウンターに6つ椅子が並んでいる。
テーブル席には誰も座っていないが、カウンター席には常連であるテスタメントの他に珍しく榊原雪が座っていた。
「さて、毎度おなじみの復讐依頼が来たよ。……とはいえ、今回はちょっと厄介なんだけどね」
「どう言う意味?」
「復讐対象は今まで人だっただろ? でもね、今回は人じゃない。家なんだ」
「……家?」
「そうだよ」
テスタメントが空中へ手を当てると、半透明の画面が現れた。
そこに映しだされているのは、雪もよく知っている住宅であり、大和が消息を経った場所だ。
大和が『JOKER』の仕事で、この住宅に向かったのは三日前のこと。途中までは『アガリアレプト』で探知出来ていたが、玄関を開けた当たりで途切れた。
『アガリアレプト』の力で必死で消息を追い、どこかの空間に囚われていると言う事まで分かったが、一体何処の空間に囚われているのか分からなかった。なにやら強力な力により探知する行為を妨害されていた。
「対象が家なんてね。……依頼主は、この家にどんな怨みがあるの?」
「この家に殺されたんだよ」
テスタメントは、グラスに入ったアルコールを一気に飲み干すと言った。
依頼主は、2日前にこの家でレイプされた少女の両親である。本来ならレイプした男を復讐対象にするべきだろうが、そのレイプをした男達は鋭利な刃物で惨殺されて死んでいたのが見つかった。レイプされた少女も、病院に運ばれたもの心筋梗塞と言う事で死亡通知された。
事件はそれだけではなく、大和が行方不明になったと同時期から、その住宅からは何かが出ているのか、餌に群がる蟻のように人を引き寄せて殺していく。
まだ3日しか経っていないが、ネット上で誰かが名付けた名前が、その住宅を表す名となった。
『人喰い住宅(マンイータ・ハウス)』と。
「……家に復讐って、どうすればいいのよ」
「とりあえず壊したらどうだい? 原因は、土地と言うよりも建物に何かが憑いてる感じなんだからさ」
「破壊、ね」
「そう云うのが得意な子が、キミ達の近くにいるだろ?」
「……」
雪は黙ったままコップに入っている炭酸飲料を飲む。
最近、大和の実妹である桐生有栖の機嫌はかなり悪かった。近くにいるだけで、不機嫌のオーラが分かるほどにだ。
その理由は大和が行方不明だからである。大和が有栖に対してどんな感情を抱いていたとしても、有栖にとって最も近くにいる血の繋がった存在だ。例え滅多なことでは死なない、否、死ねなくなっているとはいえ、心配するなと言うのは無理と言うものだ。
「ガス抜きにでも、壊させればどうだい? 意外と壊せば、異界から戻ってくるかもしれないぜ」
「……そうね」
逆に戻らなかった場合は、更に不機嫌そうに成る気がしないでもなかったが、今はその方法しかないと雪は思う。
今回の依頼内容も聞いた事で、そろそろ『Nyarlathotep』を出ようと思い、雪は席から立ち上がると、赤と黒のメイド服に身を包んだ少女――アイリがやって来た。
「ねぇ、メフィスト。今回のはなんか面白そうだから、外に出てもいいよね!」
「構いませんよ。好きにしなさい、貴女は何をするのも自由なのですから」
「うんっ。――と、言う訳で、ヨロシクね! ユキ」
「……え?」
思わず声をあげてしまった。
「雪さま、アイリはあまり現実世界に対する知識が乏しく、自由行動にさせて問題を起こすのは、そちらにとってもあまり良くないのでは? それに相手は未知の存在でございます。少しでも戦力が多い方がよろしいのではないでしょうか?」
「……分かったわ。それじゃあ、ついて来なさい」
「うん」
メフィストの口車に乗せられた気もしないではないが、確かに戦力が多いことに越したことはない。なんと言っても大和が、この三日間に何も音沙汰がないほどの相手である。
ただ不安要素もある。
有栖にしろ、アイリにしろ、自己が強すぎる。そのため協調性なんてことは皆無と言っても良かった。最悪、敵と遭遇する前にお互いに戦い始めると言う可能性すらあった。もし大和がいれば、間に入り双方の攻撃を受けて有耶無耶にするのだが、今は大和はおらずストッパーがいない状態だ。
雪はなんだか色々と危ない橋を渡っている気がして来た。
とりあえず無駄かもしれないが、釘を刺しておこうと思いアイリに話しかける。
「……アイリ、これだけは約束して。絶対に有栖とは戦わないで」
「うん、分かった!」
「……」
元気よく答えてはくれるが、なぜか不安が消えることはなかった。
雪は一度大きく溜息を吐く。どうやら大和が消息不明になっている事で、雪自身も不安になっているようだ。
「有栖は、高天原の神衣学園にいるようだから、まずは有栖の元に行きましょう」
「分かった!」
>>>>後編へ続く
一ヶ月以上、ssを書かなかったので、リハビリを兼ねた前後編です。
シャドウはペルソナ3よりも、ペルソナ4の存在に近いですが、その性質は少しだけ違います。