(……流石に、ずっと動かずに縛られているのも疲れる)
何度目かの溜息を吐いた。
今、両手は横に伸ばした状態で、手首には天井から伸びている鎖により絡まれ、足元には鉄球から伸びている鎖付きの手錠が嵌められているため、満足に動くことが出来ない。
この状態で分かる通り、『アスモデウス』と召喚した地獄の黒竜の合体魔法で攻撃は、失敗に終わった。とはいえ、この異界にある家と土地は吹き飛ばす事はできた。ほんの一瞬だったけど。
吹き飛ばして終わったと思った瞬間。破壊された家も、土地も、全て何事もなかったようにされた。つまり、合体魔法で消し飛ばす以前の状態へと戻されたのだ。
まるで俺が降魔しているペルソナの一体、『球磨川禊』の持つスキル《大嘘憑き》に近い感じである。
『アスモデウス』と地獄の黒竜の合体魔法で精神力を使い果たしたため、地獄の黒竜は自動的に召還され、『アスモデウス』は蜃気楼のように消えた事で、浮力を失った俺は、上空からそのまま真っ逆さまに家の庭へと落ちた。
そこで待っていたのは、「シャドウ」達による手荒い歓迎だった。落下したことでダメージを受けているにも関わらず、魔法攻撃に、物理攻撃と、死ぬ寸前の状態まで追い詰められた。――反撃をしようにも、精神力が切れ、ペルソナが使用できない状態では、シャドウ達の好きにさせるしかなかった。
その気になれば俺を殺す事も出来ただろうけど、仮面の少女は俺を殺すことはしなかった。ただ、その代わりに降魔している全てのペルソナを奪い取られたけどな。
今の俺は対魔法も対物理も全てが生身の人間と変わらない耐性である。下手にシャドウのダメージを受けると、某魔界戦記シリーズのように1億ダメージ逝けるかも。
ま、どんなに低くても高くても、ペルソナを降魔していない今はシャドウにしろ悪魔にしろ、両方の攻撃は生身の精神へ攻撃されるようなもので、とても耐えられるモノじゃない。耐える前に昇天してしまう。
(逆に考えれば、ペルソナがない状態は理想なんだけどな。簡単に死ぬことができる)
ペルソナを降魔していると、物理・魔法に対する耐性が上がるので普通の人より死に難くなる。更に『球磨川禊』の持つスキル《大嘘憑き》により、死んでも自動的に生き返らされるので、ハッキリ言って死ねないのだ。
今は仮面の少女に、ペルソナを奪われているので耐性も普通に戻り、『球磨川禊』も居ないため、もしかしたら死ねるかもしれない。……今の状態では、それは無理そうだけど。舌を噛みきって死ぬのは遠慮したい。アレはかなり痛い。
そんな事を思っていると、空間が渦巻状に捻れ、黒い仮面を被っているセーラー服をきた少女が現れる。
彼女こそ、この空間の絶対の支配者で、どういう魔法を使ったのかは分からないが、俺が降魔しているペルソナを尽く奪っていき、それをまるで自分のペルソナのように扱ってくれていた。
「――大人しくしてた?」
「この状態だ。大人しくするしかないだろ。それに、ペルソナも奪われてるんだ」
「貴方には感謝してる。ペルソナを奪えたお陰で、計画の第一段階を終えて、第二段階へ行けるようになったの」
「……」
囚われている間。この仮面の少女と話していて、幾つか分かったことがある。
一つ。
この世界は、個人的無意識の世界だと言う事だ。
個人的無意識は、個々の人間に固有な無意識であり、普遍的無意識の対語。人の人生の過程と関連した不快な記憶や情動、感情を混乱させる幼児期の外傷体験や原始的な本能を抑圧する領域……らしい。個人の自我を種々の不快な記憶や苦痛な刺激となる欲求から防衛する機能を持っている。
この世界は、……たぶん目の前の少女の意識世界である。しかし、自分の個人的無意識下に無理矢理人を誘い込んで負の感情を増量させているかが分からない。俺にしている事から、ドMってことはないだろう。
二つ。
さっき言った計画の第一段階。それは、自分自身が現実世界に直接干渉できるようにすること……だそうだ。
通常、普遍的無意識・個人的無意識の双方に存在する「シャドウ」と呼ばれる異形は、現実世界に干渉することはほぼ出来ない。メフィストから聞いた話では、限定的な特殊空間ならば可能、らしい。
仮面の少女は自我のある「シャドウ」で、他の「シャドウ」と同じように外へ干渉することは出来ず、たまにコチラ側へと誘うことぐらいしか出来なかったらしい。しかし俺からペルソナを略奪した事で、どう言った訳か現実世界へ自由に出入りが出来るようになったようだ。
だからこそ、俺を殺さずに生かしているのだろう。下手に俺を殺してペルソナも消えてしまったら、また第一段階からのやり直しになる。
計画の第二段階はどんなのか知らないが、……まともな事じゃないのは分かる。
それよりも、この仮面の少女には一つ言いたいことがあった。
射抜くように睨みながら言った。
「人のペルソナを使って人を殺すな」
「今はわたしのモノ。絶対に返さない! その代わりに、貴方に楽しませてあげるよ」
仮面の少女は手を前へ出すと、自分が現れる時と同じように空間を渦巻状に歪ませ、1人少女を出現させる。
茶色のショートヘアーに右側には可愛らしいヘアピンをつけていた。見た目は高校生ほどだが、身に着けている衣服や顔の部分には赤い鮮血がベットリと付着している。
「この子は彼氏と一緒に人の家へ不法侵入してきたの。外の世界は、わたしの家は肝試しスポットみたいだね。恐怖を感じたくて来たら、親切に目の前で彼氏の身体を『アスモデウス』で真っ二つにしてあげたわ」
「……人のペルソナを」
「だから、今はわたしのなんだってば。この子ね、目の前で彼氏が真っ二つにされたのを見て、地面にへたり込んで失禁したんだ。――許せる? わたしは許せない。勝手に人の家に土足で踏み込んで、その上に廊下でおしっこを漏らすなんて! そんないけない事をするこの子には、罰を与えないと駄目だよね」
指を鳴らすと、両腕に結ばれていた鎖、足元にあった足枷が外れる。
「さぁ、この子を犯して。自分の彼氏を殺した相手に犯されるなんて、最高の喜劇よね!」
「俺は……殺していない」
「ううん、殺してるよ。ペルソナはもう1人の貴方。心の中に潜む数多ある自分の一つ。わたしが奪ったのは貴方の半身なんだから、それが殺したんだから、貴方が殺したと同じだと思わない?」
「――お前ッ」
「睨んでも、ペルソナを降魔せず、なんのスキルも持っていない貴方なんて怖くないんだけど。あー、そう言えば頑なに女をレイプするのを嫌がってたっけ。痩せ我慢する必要ないのにさ」
「ここは個人的無意識領域。原始的な本能を抑圧したり、欲求から防衛する機能があるんだろ。お前に関しては正常に働いてないようだが」
「……うるさい、知った風に言わないで。貴方にわたしの何がわかるッ!!」
「分かるわけないだろ。俺とお前は赤の他人だ。他人を理解するなんてのは、ただのエゴでしかない」
それに、俺は自分自身のことですら、きちんと理解も把握もできてないのに、他人のことなんか理解できるハズがない。
仮面の少女は、数回深呼吸をして感情を落ち着かせる。
「もういい。貴方は、このオンナを犯せばいいの」
「断る。俺はもう女は出来るだけ抱かないようにしてるんだ」
「貴方がどんな主義でも関係ないわ。貴方は、このオンナを犯すの」
そう断言した仮面の少女の下から赤い円柱型の光が噴き上がり、一体のペルソナが姿を現した。
『ミュウツー』
道化師アルカナに属するペルソナの一体で、催眠術やサイコキネシスなど得意としていた。身体は全体的に白で、エイリアンのような姿である。
『ミュウツー』は右手を突き出すと同時に、俺の身体は自分の意志では指1つ動かせなくなる。これは……サイコキネシスか。今の俺にサイコキネシスに抵抗する手段は何一つとして……ない。
身体をマリオネットのように動かされて、地面にへたり込んでいる少女の元へと歩く。近づくが顔は俯き、聞き取れない小さな声でブツブツと何かを呟いている。
手を伸ばして少女の身体を押した。すると抵抗すること無く、少女は床へと倒れる。
「……え。あなた、だれ?」
「俺は――」
「お前の彼氏を殺した相手だよ。その相手に、これから犯されるんだ。彼氏を殺した相手に犯されるなんて……一生に一度あるかないかのイベントだよね」
「あ、ああああああ――!!」
少女は彼氏の死の瞬間を思い出したのか、喚き始めた。
だが、サイコキネシスで自由を奪われ、操られている状態の俺にはどうする事も……。もしサイコキネシスで操られてなかったとしても何も出来なかったとは思う。
膝を地面につくように半座した状態で、少女のスカートの中に手を入れて、そのまま下着を引っ張り脱がした。てっきり抵抗するかと思ってたけど、何の抵抗もない。
「おねがいしますおねがいしますおねがいします。ころさないでころさないでころさないで」
……目の前で彼氏を殺されたから、抵抗する意志も折られているのか。
脱がした刺繍入りの緑色の下着を横へ投げ捨て、右手で秘所を触る。失禁したためか、まだ生暖かい。……いや、それよりも触り方が雑すぎる。サイコキネシスで操られているため、あくまで『ミュウツー』の思うがままに操られているためだ。
左手は少女の服を胸の上まで捲り上げ、下着と同じガラのブラも同じように上へずらすと、程よい大きさの胸が露わになる。秘部を触られ、緊張しているためか、乳首は自己主張するかのように勃っていた。
……自分でも嫌になる。
ペルソナを奪われた自分が、これほどまで弱くなるとは想像すらしてなかった。
『ミュウツー』は腕の角度を変えると、秘部を弄っていた手を放し、履いているズボンへと掛けて、トランクスと一緒に下へと下げた。
「ふん。女を犯すのがイヤみたいに言ってったけど、すっかりオチンチンは勃起してるじゃない。素直じゃないんだから」
「……」
ただの生理現象に決まってるだろ?
女衒をしていた親父なら、どんな状況下でも性欲をコントロール出来たようだが、俺はそんな事は出来ない。瑠花を喪った時から、よっぽとの事が無い限り抱かないようにすると心に決めていた。だから、性欲をコントロールして逸物をどうこうするなどと言う事は無縁の生活を送ってきたので、どうする事もできない。
仮面の少女は、恐怖に顔を歪めて泣いている少女へ向けて言った。
「さぁ、お願いしなさい。彼氏を殺されたのに、濡れているマンコに突っ込んで下さいってね!」
憎悪が篭った声で言われ少しだけ迷ったようだが、少女は覚悟を決めて言葉を吐き出す。
「わ、わたしは……目の前で、彼氏をこ、殺されたのに……。濡れている、へ、変態……女、です。どうか、ヌルヌルに濡れている、わたしの……お、オ○ンコに、い、い……入れて下さい」
「は~い、良く言えました。それじゃう挿入しちゃいなよ」
挿入しちゃいなよって……。それに俺の意志は、1ナノすら無いんだけどな!
再び『ミュウツー』が腕を動かすと、身体が僅かに浮いて少女へと近づき、そして俺のが少女の膣へと一気に入った。
「んっ……。やぁぁ、やぁだぁぁぁ! 入って、私の中に、知らない……男の人のがっ!!」
……まだ男を受け入れたことは、2、3回あるかないかってところか。まだ微妙にキツさがあった。
本来なら馴染ませるためユックリと動かしたいが、残念なことに、今は俺の意志でどうすることも出来ない。激しく腰を振り、少女を犯す。
犯す度に吐き気がする。
別に少女が可愛くないとかではなく、単純に自分へと嫌悪感。特に元々『ミュウツー』はアイリから購入した汎用ペルソナだった。超能力系を使えるペルソナがいれば便利だと思って購入(税込価格、2,980万円)しておいたのが裏目に出た。
せめてコレが自分の意志でするのなら、まだ我慢は出来る。だけど今は、『ミュウツー』のサイコキネシスにより操られ、自分の意志とは関係なく、少女を犯している。
それが、とてつもなく不愉快で、嫌だった。
「おねがい、おねがいします。外、外に出して、下さい。今日は、駄目、駄目なん、……ですッ」
「――俺はそうたいよ。でも、今は俺の意志じゃ、自分の体を動かす事が出来ない。頼むのなら、悪趣味な仮面の女へ頼んだほうが効果的だ」
そうは言ってみたが、この少女に言える勇気はないだろう。実際に、もう何もかも諦めて喘ぎ声だけを言うようになった。
このまま犯し続けるのかと思った、その時、
まるで地震でも起きたかのように、空間全体が揺れた。
「……この感じ、侵入者? ここはわたしの世界なのに、どうやって……ッ。」
舌打ちをした仮面の少女は、『ミュウツー』を俺の目の前に移動させ、目が『ミュウツー』と合った。爛々と怪しく輝く目を見ていると、少しずつ意識が遠のき始める。
ヤバイ……これは、『ミュウツー』の《催眠術》か。
「侵入者を片付けてくるまで、貴方はその女を犯してなさい。それ以外の行動は何もしなくていいわ」
その言葉が脳裏へと響き、俺は、意識を……うし、なっ――。
*////*
桐生有栖とアイリは、家の中庭へと降り立った。
今まで雪のペルソナである『アガリアレプト』ですら感知する事は出来なかったが、大和が行方不明になったと同時に何回か現実世界に顕れては干渉したため、誘うだけだった頃と比べて探知しやすくなり、この機会を逃すまいと探知能力を最大限にして元凶がいる世界を見つけ出した。
そのため雪は精神力を激しく消費したため、今は自宅からの後方サポートに努めている。
元凶がいる世界を見つけはしたが、雪は探知能力を使用し続けたため、『八雲紫』を召喚できる精神力は残されていなかった。故に「面白そう」だと勝手に付いて来たアイリが、現実世界と雪が探しだした世界との空間を繋げて、この世界に侵入する事が出来た。
ペルソナ使い、かつ侵入者だと判断したのか、家の壁、地面、倉庫などから影が泥のように溢れだし、泥のような影の内から仮面が現れると黒い影は、着色されていき、それぞれ別の貌(カタチ)へと変える。
「あは♪ 最近、ものすご~く、ストレスが貯まってたんだよねっ。ちょうどいいストレス解消になりそうだよっ♪ 『エトナ』」
有栖の足元から赤い円柱型を上空へ向けて噴き上がり、ペルソナが姿を現した。
真っ赤な髪を二つに束ねており、細く凹凸の少ない身体に黒のレザーに包まれているため肌の露出が多い。背中から悪魔の翼、お尻からは赤紫色のした尻尾、そして手には真紅の槍が握られていた。
『魔神エトナ』
有栖が所有しているペルソナの一体で、覚醒させたのはここ数年の間のことである。完全な戦闘タイプのペルソナで、所有している『フランドール・スカーレット』と違って、ある程度の手加減が出来るため、今は『フランドール・スカーレット』よりも、『エトナ』を常時降魔させる事が多かった。
とはいえ、手加減の必要のない『Revenger』の仕事時は、『フランドール』を降魔させている事が多いのだが……。
召喚された『エトナ』は、正面にいる剛毅アルカナのギガスと呼ばれるシャドウへと向かっていく。ギガスは拳を握り締めて『エトナ』へと放つが、攻撃は余裕で交わされ地面へと接触した。すると大きな音を立て、クレーターのように凹んだ。
ギガス系のシャドウは、他のシャドウと比べて物理攻撃に長けており、拳での攻撃力は高い。しかし幾ら攻撃力が高かったとしても当たらなければ、何の意味もなさなかった。
宙を舞うエトナは、真紅の槍を放ち、ギガスの頭部に被っている青色の仮面を貫く。仮面は亀裂が徐々に広がり続け、最後には砕け散った。するとシャドウの身体は、まるで溶けるかのように崩れていき、地面に黒い水溜まりのようになるとそのまま消えた。
『エトナ』は空高く飛び、両手を上へ上げると巨大な炎の塊が現れた。これは『エトナ』の専用スキル《カオスインパクト》である。溜めが終わり『エトナ』は巨大な燃え盛る炎の球体を、眼下にある家へと向けて投げるように放った。
直撃すれば家は完全に吹き飛ぶほどの魔力の塊。
それを見ていたアイリは、自分の周りにだけ結界を張り、余波で巻き込まれないようにしたが、結果としては無駄な努力となる。
家と《カオスインパクト》の狭間が渦巻く状に捻り曲がり、セーラー服に顔に仮面をつけた少女が現れた。向かってくる炎の塊を一瞥すると、赤黒い光が仮面の少女を護るように包み込み一体のペルソナが姿を現した。
山羊のように立派な角。上半身は裸、下半身には黒のズボンを穿き、黒い外套を靡かせる。
「『サタナキア』……跳ね返しなさい」
仮面の少女の指示を受けた『サタナキア』は、右腕を前に出した。すると空間に半透明の菱形で出来た障壁が現れ、家へと向かってくる《カオスインパクト》を阻んだ。
拮抗しているためか、激しい音を立ててぶつかり合う。『サタナキア』は、更に魔力を上乗せをする。強化された魔法反射壁(マカラカーン)は、炎の塊をエトナへ向けて跳ね返した。
跳ね返された《カオスインパクト》を見た『エトナ』は、空中で少しだけ慌てた様子で回避をする。だが、その行動は読まれていた。
『エトナ』が回避した方向へと、仮面の少女は『サタナキア』から『アスモデウス』へチェンジをして追撃をかけた。真紅の魔剣を振り上げて『エトナ』の元へと向かい、剣を両手持ちで振り下げる。思わず舌打ちをした『エトナ』は、自身が持っている赤い槍の柄で辛うじて防ぐには成功したものの、『アスモデウス』のパワーで地面に叩きつけられる。
中庭はクレーターのように凹み土埃が舞う。ダメージが大きいためか、倒れている『エトナ』の身体にノイズのようなモノが入っていた。またペルソナのダメージは、半身である有栖にもフィードバックされるため、少しだけて痛そうに有栖は顔を歪めた。
上空から見下すように有栖とアイリを見る仮面の少女は呟く。
「……さっさと出て行って。ここはわたしの世界。誰も、誰にも、干渉しさせないッ」
「う~ん、私としてはお兄ちゃんさえ返してくれれば、こんな辛気臭い場所からはさっさと出ていってあげてもいいんだよ? だから、さっさとお兄ちゃんを返しなよ♪」
「お兄ちゃん……? ああ、アレか。それは出来ないわ。アレはわたしのモノだから」
仮面の少女が、そう言うと有栖の頭に青筋が浮かび上がる。
「ん? もう一度言ってくれるかなっ。誰が、誰のモノ、だって?」
「彼はわたしのモノって言ったの。事実、彼のペルソナは全て私の支配下にある」
「あは♪ アハハハハハハ!! やっぱりさっき使ってたのは、お兄ちゃんのペルソナだったんだっ。私のお兄ちゃんを勝手に拐かして、そしてペルソナを奪って好き放題するなんてさ♪ …………楽に死ねると思うな、ビッチ女」
笑顔の仮面が剥がれ落ち、有栖の荒々しい本性が垣間見られる。
その後ろで静観を決め込んでいたアイリに向けて、一瞬だけ剥がれ落ちた仮面を再び被ると視線を向けて言った。
「――あの仮面女は私が相手するから、アイリは邪魔だからどっか行ってくれるかな♪」
「別にいいけど。あの仮面女は、ヤマトのペルソナを全て奪ってるって言ってたから、かなり強いよ。ヤマトのアルカナは『道化師』……。そのアルカナの名前通りトリックスター的なペルソナが多いからね」
「アイリに言われなくても、それぐらい知ってるよっ。元々はお兄ちゃんのペルソナなんだからさ☆」
「それもそっか。それじゃあ、わたしはヤマトを探しに行ってくるから。精々、死なない程度に頑張ってね。アリスは直ぐに油断する癖があるんだからさ」
「……」
アイリはそう言って玄関まで歩いて行くと、急に足を止めた。視認出来ないが目の前に透明な壁があり、これより先に進ませないようにしていた。
家の中に入ろうとするアイリを仮面の少女が止めないのは、この透明な壁を出現させたからである。しかし、この時点で仮面の少女は、アイリの実力を過小評価していたと言っていい。アイリが壁に触れると、硝子が砕け散るような音を響かせた。
そして邪魔な透明な壁がなくなると、何事も無かったかのようにアイリはそのまま玄関を開けて家の内部へと入っていく。
「……そんなっ。あの壁を破壊できる、ハズ、ないっ」
アイリは普段バー『Nyarlathotep』のメイドをしているが、立場的には『力を司る者』である。その実力は、ベルベットルームに住まう同じ立場の者達に劣らないほど。故に侵入を拒む障壁で阻もうとも、アイリの前では壁があろとなかろうと、大した違いはない。
仮面の少女は、アイリの行動に驚き、2息ほど反応が遅れる。気がつくと目の前に『エトナ』がおり、手に握っている真紅の槍を仮面の少女へ向けて放った。
ペルソナを召喚するには間に合わず、仮面の少女は紙一重で交わす。だが、交わした直後にエトナから魔力の塊が放たれ、それは回避する事が出来ずに直撃した。
魔力の塊が当たり爆発する。仮面の少女は、地面へと落ちて行き、『エトナ』が右手を前に出して詠唱をした。上空に小さな赤い魔法陣が約10ほど現れ、その魔法陣はゲートのようで解錠のような音がすると、次々と背中に悪魔の翼を生やしたペンギンのような物体が、仮面の少女へと降り注いでいく。
降り注ぐペンギンのような物体――「プリニー」は、地面や仮面の少女に接触すると同時に爆発を起こした。
その攻撃を60秒ほど続けると、『エトナ』は魔法陣を消して、プリニー投下を止める。
仮面の少女はかなりのダメージを受けているようで、セーラー服はボロボロになり、肌が露出させられて、所々に火傷や血が流れている。
「アハ♪ さっきお兄ちゃんのペルソナを使って好き勝手してくれたから、そのお返しだよっ。……でも、この程度で終わるほど雑魚じゃないよね☆ 仮にもお兄ちゃんを拐かして囚えて、ペルソナを強奪してるんだからさっ」
有栖の言葉に反応したのか、ヌルリと仮面の少女は立ち上がった。
同時にボロボロだったセーラー服、火傷、斬り傷などが、まるで始めっから無かったかのようになる。
それを見た有栖は、大和が降魔しているペルソナの一体『球磨川禊』が持つ《大嘘憑き》を使ったかと思ったが、それは違う気がした。
ペルソナはもう1人の自分。能力や耐性はそのまま降魔している宿主のステータスに影響する。『球磨川禊』は人類最弱とも言えるステータスで、あらゆる攻撃に対して弱かった。だが、ありとあらゆる弱さを知り尽くしているため、相手の弱点を見抜く類稀な観察眼を持っていた。また現実(あったこと)を虚構(なかったこと)へ変える凶悪なスキル《大嘘憑き》と、プラスをマイナスへと変えるスキル《却本作り》を所有している。
しかし有栖が観察した限り、仮面の少女が『球磨川禊』にペルソナチェンジをした感じはなかった。もし『球磨川禊』を降魔さていれば、吐き気がするような気持ち悪い感じがするのだが、今はそれが無かった。
有栖は仮面の少女の動向を注意深く観察して、次の行動に注意しようとした矢先。突如として有栖は、口から血を吐き地面へと倒れこんだ。身体中に激痛が走り、ペルソナを召喚するために意識を集中することも出来ない。
「わ……わたしにっ、なにを、したっ!!」
「これがわたしの持つスキル《因果応報》。わたしが受けたダメージと同等のダメージを相手に与えるだけのスキルよ。「私」が他人に知って欲しかった……「私」の苦しみ、痛みを――」
「……他人に、自分の苦しみを、知って欲しいって願いは――共感できるけどね♪ でも、他人に自分のイタミを押し付けて、自分はその痛みから逃れられるなんて……随分と甘いんだねっ」
地面に倒れながらも、弱音を吐かずに仮面の少女へ向けて有栖は睨む。
仮面の少女の使ったスキル《因果応報》は、呪いの性質が強い。さっき仮面の少女が説明した通り、このスキルは自分が受けたダメージと同等のダメージを与えるのだ。物理ダメージにしろ、精神ダメージにしろ。
対象は自分に対してやった相手のみで、受けたダメージを、与えた相手以外に向ける事はできない。また大和のペルソナ『球磨川禊』と同じ原作に登場する蝶ヶ崎蛾々丸が持つスキル《不慮の事故(エンカウンター)》と違って、相手にダメージを押し付けているわけではなく、あくまで同じダメージを与えるだけである。そのため、《因果応報》が発動したとしても、自分のダメージが消える事はない。
「……勘違いしないで。《因果応報》は、あくまで自分の受けたダメージと同等のダメージを与えるだけのスキルよ」
「んん~♪ それってちょっと矛盾してるよっ。だって、お前がダメージが消えた後に、私にダメージが来たんだから、ふつー押し付けられたと思うよねっ!」
「そう見えたのは、わたし自身をダメージを受ける前に戻したからよ」
「……ダメージを受ける前に戻した? どういう意味なのかなっ」
「わたしの持つスキル《原点回帰》。自分が設定した時点に戻すだけの、平凡な、ただそれだけのスキル。……「私」はそれよりも時間を戻したかった。家族で楽しく、苦しさなんて無かった時点に、「私」は、戻りたかった」
「……戻すなんて無理だよ。自分でやったことは、もう戻らないんだからさ」
少しだけ憂う顔をして有栖を、仮面の少女は見ながら上から目線で言う。
「お前がどんな過去を持ってるかなんか知らない。――でも、今ならペルソナを全て寄越せば、命だけは助けてあげる。どうする? わたしに《因果応報》と《原点回帰》の二つのスキルがある限り勝ち目は、ハッキリ言ってないよ」
「……それはっ、どうかな♪」
地面から起き上がり、仮面の少女に向けて笑みを浮かべた。
それ笑顔は、楽しいオモチャを手に入れた子供がオモチャを壊すのと同じような、純粋な悪意を放っている。それに思わず二歩ほど仮面の少女は後ろへと下がる。
仮面の少女は、どうして有栖が余裕で居られるのかが分からなかった。受けたダメージを与えた相手にも与える《因果応報》と、ある時点まで自分の状態を戻す《原点回帰》。更に大和から奪った数体のペルソナを宿している。更に付け加えれば、この世界は仮面の少女の個人的無意識であり、この空間にある限り《原点回帰》は、この空間そのものへ影響を与えた。
「『安心院なじみ』」
「……そんな普通のペルソナで、わたしに勝つつもり?」
「アハハハ、まだまだ青いねッ♪ 見かけだけで判断するなんてさっ」
有栖の前に現れたのは、腰の下まで伸びた豊かな黒髪が特徴の美少女で、肩下と腰下の部分の髪にリボンを結んでいる。服装はミニスカにニーソ、そしてラフな私服姿をしていた。
顕れた『安心院なじみ』に反応したのか、仮面の少女の地面から青い円柱型の光が噴き上がり、少年が姿を表す。
『安心院なじみ』と同じ原作に登場して「負完全」「混沌より這い寄る過負荷」と称される『球磨川禊』である。服装は黒い学生服で、身長は高校生にしては低い。手には市販してないような大きな螺子が握られていた。
『球磨川禊』を降魔させたため、仮面の少女の髪は白髪へと変わり、ステータスが著しく低下する。
『やれやれ、相変わらず惚れっぽい性格をしているね球磨川くん。本来の宿主じゃない、そんな少女に力を課すなんて』
『『僕は悪くない』『それに決めてるんだ』『争いが起こったとき僕は善悪問わず』『一番弱い子の味方をするって』』
「……。つまり、あなたのお兄さんのペルソナが、わたし「を」守ってくれるのね。実の妹はほったらかしにされて、ね」
この時、有栖から何かが切れる音がした。
大和が自力で覚醒させたペルソナである『球磨川禊』『アスモデウス』『サタナキア』は、基本的に女子が好きである。故に制御権が仮面の少女に移った後も、その支配を甘んじていた。他の外的要因で所有しているペルソナは、女子好きと言う事はないが、それでも一応は発動させる事は出来る。
『安心院なじみ』と『球磨川禊』がペルソナトークに打ち込んでいる間、有栖はある魔法を使用した。
【禁忌「フォーオブアカインド」】
有栖が降魔させているペルソナ『フランドール・スカーレット』が使用するスペルカードで、4人に分身することが出来る。
ペルソナは自分のもう1人の自分であり、降魔させている者の可能性でもある。そのことから、バー『Nyarlathotep』では、ペルソナと対面・対話・決闘などすることで、自分自身のスキルとしてペルソナが持つスキルを会得する事が出来た。とはいえ、習得したスキルはゲーム的に言えばレベル1の状態なので、攻撃力や場合によっては効果も軽減する。
今回、有栖が使用した【禁忌「フォーオブアカインド」】は、軽減することのない魔法である。
『安心院なじみ』を召喚したオリジナル有栖以外の、分身有栖3人から赤い円柱型の光が噴き上がり、それぞれ別々の姿をしたペルソナが顕れた。
「ペルソナ『フランドール・スカーレット』」
「ペルソナ『ベルゼブブ』」
「ペルソナ『ジャヒー』」
『フランドール・スカーレット』
《ありとあらゆるものを破壊する程度の能力》を所有し、情緒不安定なところがあるため、姉に495年もの間、地下に閉じ込められていた吸血鬼である。金髪のサイドテールにまとめ帽子を被り、瞳は真紅、服装も真紅で半袖とミニスカートを着用、背中からは一対の枝のようなものに七色の結晶がぶら下ったような特殊な翼が生えている。
『ベルゼブブ』
七つの大罪の内「暴食」を司るとされ、地獄のNo.2でもあった。普通は巨大な蝿で書かれる事が多いが、有栖が召喚した『ベルゼブブ』は、生粋の美少女である。これは、『ベルゼブブ』が変身した淫魔『ビヨンデッテ』の逸話を取り入れているためだ。『ビヨンデッテ』が登場するのは、フランス人作家のジャック・カゾットが執筆した小説「悪魔の恋( Le diable amoureux)」である。背中の中程まで伸びた紫色の髪、真紅に輝く瞳、露出が多いミニスカメイド服を着ていた。
『ジャヒー』
ゾロアスター教に登場する女悪魔。悪の最高神であるアンリ・アンユの妹であり妻、早い話が近親相姦を行う存在である。「淫売」や「不浄」の化身で、世界中のあらゆる売春婦を従える売春の守護神とされ、またアンリ・アンユから《人間を誘惑する力》と《女性を生理で苦しめる力》を与えられている。姿は小さくもなく大きくもないカタチと良い張り具合をしてる胸、頭にはフードを被り、後は腰巻をしている程度でほぼ全裸と変わらない姿をしている。
「……この魔法を使って同時ペルソナ召喚するのは、私がこの世で最も大好きだった人で、大嫌いになった人を殺す時に使った時以来だよ♪ 私に向けて発したさっきのムカツク暴言の罪は、死んで償え!! 腐れビッチ!」
*////*
――ッッ!!
全身が強烈な痛みを感じ、意識がハッキリとする。
目を開けると天井があり仰向けで倒れている事が分かる。痛みを感じる身体を起こして周りを見ると、バー『Nyarlathotep』でメイド服で働いているアイリがいた。ただ何時もと違い、顔は不機嫌そうで、格好は脇を出す作りとなっている巫女服を着ている。
「ヤマトの分際で、わたしが話かけてるのに無視するなんて良い度胸だね。思わず『ミノタウルス』で殴っちゃったじゃない」
「……」
ああ、それで身体中が痛いのか。でも、一応は手加減をしてくれたようだ。本気で攻撃されていれば、ペルソナを降魔していない俺は瞬殺されていたハズだからな。
それにしても、俺はどうしてたんだ。何時もならアイリが近くに来れば、特殊な気配から察知できるハズ……。
――ッん。
頭痛が走り、徐々に記憶が回復してくる。
そうだ。そうだった。確か仮面の少女にペルソナを全て奪われた俺は、此処で軟禁状態でにあって、『ミュウツー』に操られ少女を犯し、最後は『ミュウツー』の《催眠術》で意識を奪われたんだ。
そこまで記憶が蘇った所で、辺りを見回してみるが、犯していた少女の姿形が何処にもない。アイリへ視線を向けると、少女が何処に言ったのかを尋ねた。
「……少女? ああ、もしかしてアレ? シャドウになりかかって、ヤマトがセックスしているのに、ヤマトを喰おうとしていた物体。思わずヤマトの趣味が、人外珍妙なものにまで及んだんだなー、って関心してたんだけど、喰われて死ぬなんて面白くないから、『ミノタウルス』の攻撃で突き飛ばした。まだ、あそこにいるよ」
アイリが指さした方向を見ると、そこには蠢く影がいた。まだ完全なシャドウにはなれてないためか、影にはシャドウ特有の仮面はまだなかった。だが、身体の9割近くシャドウに侵食されているため、助かる可能性は低い。
俺は立ち上がり、犯していた少女だったシャドウの元へと近寄る。
『ミノタウルス』のダメージがあるため、近寄っても攻撃をしてくる気配がなく、グニャグニャと蠢くだけだ。
「――なんだ。お前がそうなったのは、俺にも少なからず責任がある。だから、せめて俺の手で殺してやる」
『――……』
「殺すのは良いけど、今のヤマトって全てのペルソナを奪われてるんだよね。シャドウになりかけとはいえ、ほぼシャドウだから、普通の人には簡単に殺すことは出来ないよ。どうしてもって頭を下げるなら、特別プライス価格でペルソナカードを一枚あげても良いけど」
「必要ない」
そう言って少女だったモノを、左目を閉じ、右目だけで見る。
万が一に備え、降魔しているペルソナにある一定の条件下で一度だけ使用できるようにして貰っていた術があった。それさえすれば、シャドウになりかけとはいえ斃す事が出来るハズだ。
見開いた右目は徐々に黒から赤へと変わり、瞳には三枚刃の手裏剣には浮かび上がっているだろう。同時に眼球に痛みが走り始めると、シャドウになりかけている少女から黒い炎が包み込み燃やして行く。
――転写封印・天照――
『Revenger』と『JOKER』の仕事を始めてから、しばらくして覚醒させたペルソナ『うちはイタチ』が所有している術の一つで、他者に天照の効果を封じる事が出来る。なお術の発動条件は「ペルソナが使用不可能な状態」にあって且つ「天照を発動させるという意識」である。
この術はあくまで天照の効果を封じているだけで、使用中は視力が少しずつ奪われていくデメリットもあり、あまり使用したくはなかった。
右目から血が流れ落ちていくのが分かる。
シャドウは悶えながらも、《天照》をどうすることも出来ずに鳴き声を上げた。そして黒い炎は、一分足らずでシャドウを燃え尽くすと消えた。
「くっ――」
身体が、重い――。予想以上に、この術は反動が大きいな。まぁ滅多に使うことはないから良いけど。
膝から崩れ落ちるとアイリが、つまらなそうな顔をして話しかけてくる。
「シャドウのなりかけなんかに、そんな大技を使うなんてバカじゃない? と、言うかバカだよね。こんなの放っておけばいいのに。斃しても経験値なんか手に入らないし、お金は勿論ゲームじゃないんだから入ってこない。それなのに無駄に精神力を消費してまで斃すなんて何考えてるの? あの少女をシャドウにした原因の一端があったから使ったんだとしたら、それってただの偽善だよ」
「……うるさい。俺の選んだ選択なんだ――お前に文句を言われる筋合いはない」
「ま、そうなんだけどね?」
アイリと下らない会話をしていると、部屋の隅に何かの気配を感じたので視線を向けた。そこには青色に発光している少女が1人いた。格好は俺からペルソナを奪い取った仮面の少女と同じセーラー服を着ており、背丈も、身体的特徴も間違いなくあの仮面の少女と同じである。
仮面の少女と違い悪意や憎悪を感じられないが、十二分に注意した方がよさそうだ。第一、今の俺は全ペルソナを奪われて、しかも万が一に備えての奥の手であった《転写封印・天照》もさっき使用したため、もう使用する事はできない。
そのため唯一の望みはアイリと言う事になる。しかし、この快楽主義者が手を貸してくれるかと言うと疑問だ。さっき《転写封印・天照》を使った際も、グチグチと文句を言って来たからな。
[警戒しないで。私は貴方たちと争う気はない……。戦っても、私は勝てないから]
「……」
[わたしがした事は、その、ごめんなさい。でも、わたしは私の望みを叶えようとしてくれただけなの]
んん? 何か微妙に発音が違ったな。
「一つ聞きたい。俺からペルソナを奪ったのは、お前なのか?」
[そうだと言えるけど、そうだとは言えないかも。貴方のペルソナを奪ったのはわたし。私が現実世界で体験した憎悪や苦痛から生まれた負の私]
「お前は、あの仮面をつけた少女のオリジナルなのか」
[…………いえ。私とわたしのオリジナル――本体はもう死んでます。実の父親に殺されて]
「父親に? なら、お前たちは、この家で父親に監禁された上に殺された少女の意識と言うわけだ」
[はい]
この仕事を受ける前に、雪がノートパソコンに映っている資料を読み上げていた事を思い出す。
確か中学2年の少女が実の父親に刺殺されたんだったな。刺殺された少女は、父親に性的暴行を幾度と無く受け、更に数年の間、自宅へ監禁されていた。
その最悪な父親は、玄関から顔を恐怖で歪ませて出てきて、意味不明な言葉を喚き散らした後で死んだようだ。
少女は頭を下げるて言った。
[――貴方たちにお願いがあります。私とわたしを、殺して下さい]
「……」
[私はアイツを、陵辱の限りを尽くされ、最後に殺したアイツを殺すだけでよかった。スキル《因果応報》で、私がアイツから受けた苦しみ! 痛み! 全て同じように与えてあげると、心が耐え切れずに死んでった。……私はそれだけで良かった。でも、わたしは違った。外の、無関係な人達まで復讐をしようとした]
「どういう意味だ?」
[――この部屋はね、私が監禁されていた部屋なんだ。そこは真っ暗で、窓は何時も締め切られていたけど、スキマから光が差し込んできてたから、ちょっとだけ外を見ることが出来た。そこから楽しそうに通学している同学年の子達や、カップルを見ていると、私は思った。思っちゃった。どうして私だけが辛い目にあって、外の人達はあんなに幸せそうにしてるんだろって]
「それが計画の第二段階か。外に干渉できるようになって、幸せそうにしているヤツを不幸にするってのが」
[……はい。私は何ども語りかけて、止めるように説得しました。でも、闇に囚われたわたしには通じません。それにこの家にわたしが誘い、怨念を増やしていく度に、わたしの力は強大になって……。もう私では、わたしに干渉すら出来ません]
「感傷しても何一つ意味がない。……そう、何一つ、だ。こっちも元々はこの家の呪い解きに来た身。例えお前が、斃さないでくれと懇願したとしても、こっちは元々斃す気でいる」
「――ペルソナを奪われて使えないくせに。強がっちゃって」
「……」
手を地面に押し付けて立ち上がった。
まだ、少し《転写封印・天照》の反動が残ってるか……。ただ、ペルソナを降魔していたから幾らか精神世界に耐性はあるものの、あまり長時間は居たくない。こっちの世界にいると、物凄く疲れる。
俺は少女を見つめて言った。
「……一つだけ、訊きたい事がある。お前たちの意識の本体は、何処にある。触媒か、何かがあるハズだ」
「へぇ~、その事に気づいたんだ。てっきり外で戦っているアリスの元に行くかと思ってたよ」
「無駄な事はしたくない。……特に、今はそんな事をするほど体力もないんだよ。それに、戦闘に巻き込まれて死にたくない」
「うわぁ、ヘタレ~」
「冷静な状況判断だ」
敢えて無視していたが、さっきから物凄い音が響いている。まるで戦争の真っ只中で聞こえるような激しい音。
……ペルソナを降魔していない状態で介入すれば、間違いなく巻き込まれ死が確定だ。今時、巻き込まれ死エンドなんて流行らない。断じて回避するべきである。
[現実世界のこの部屋にあるテディベアがそうです。お母さんに誕生日に貰ったプレゼントで、死ぬ時までずっと一緒にいたから]
「……そうか」
触媒が何かさえ聞ければ、もうこの空間には用はない。仮面の少女は、有栖に任せておけば良いだろう。アイツの相手をしていれば、こっちへ注意を向けられる事は無いはず。
ヨロヨロとアイリの元へ向かう。
アイリの直ぐ横まで行くと、アイリは指を鳴らして地面に紅く輝く魔法陣を出現させる。大きさはちょうど俺とアイリが収まるぐらいだ。魔法陣が輝き、周りの景色が陽炎のようにボヤケて行く。少女の方を見ると、最後にもう一度頭を上げた。
魔法陣が最も強く輝き、周りの景色が変化する。そこは暗闇であった。壁と思われる所から僅かに光が差し込んでくるが、とても部屋を照らすには光源が足りていない。
横にいるアイリも、暗いと思ったのかゴソゴソと動く。
「ペルソナカード、ドロー! 『ジャック・ランタン』」
赤い円柱型の光が噴き上がり、カボチャ頭にトンガリ帽子、黒いマント、白い手袋をしている手にはランタンを持っているペルソナが顕れた。
『ジャック・ランタン』は、イングランドに伝わる火の精であり、生前に堕落した生涯を送った者の魂が死後の世界への立ち入りを拒まれ、彷徨っている姿だとされる。これは余談であるが、発祥地のイングランドではカブをくりぬいたランタンを持つとされていたが、アメリカに伝わる過程でカボチャのランタンに変化し、現在に至っている。
『ジャック・ランタン』が持つランタンの光が部屋を照らす。
明るくなった部屋を見回すと、淫具、蝋燭、木馬などが放置され、所々には血痕もあった。……あの少女は、ここに数年も監禁されていたのか。光がほとんどなく昼夜問わずに闇に覆われた空間に。
まぁ、どうでもいいな。
そんなことよりも、こんな器具が放置されていると言う事は、隠し空間ってことか。そうじゃなくて、放置していたとしたら警察の怠慢だ。どう考えても事件性のある場所を放置しているんだからな。
部屋を見回すとベニヤで塞がれた窓の所に、椅子の上に座っているテディベアがあった。
とりあえず近づいて見てみる。長い間、ほったらかしにされていた割には綺麗だ。とりあえず、このテディベアを燃やすなり、破壊するなりすれば、この件も終わる。
手を伸ばしテディベアに指先が触れると、
[それにっ、触れるな――ッ!!]
空間が渦巻状に捻り曲がり腕が一本伸びてきた。なんとか後ろへと飛ぶことで、掴まれる事は回避できた。
現れたのは仮面の少女。ただ最後の時と違い、髪は白髪となり、身体からは寒気のするぐらいの不気味が出ている。どうやら『球磨川禊』を降魔しているのか。ま、有栖の猛攻を耐えるにはそれしかないか――。
捻れた空間から現れた仮面の少女は、フラつき床へと音を立てて倒れた。かなり疲労をしているようだ。
手を地面に押さえて、なんとか身体を起こそうとするが、直ぐに地面に倒れ、苦しそうに呼吸をしている。
……今ならペルソナを返還できそうだな。
腕を少女の方へと伸ばす。
「悪いな。それは元々は俺のペルソナだ。返して貰うぞ――」
「うっ、ううううぁぁぁぁぁあああああ!!」
叫び声を上げ上半身を弓なりにさせ、大声で叫んだ。
……おいおい、そんな大声をあげて警察に通報されたらどうするんだ? この家、色々と変な噂が流れているようだから、通報があれば直ぐに警察が来るぞ。
仮面の少女の身体からペルソナカードが抜け出してくる。カードは鎖のようなモノで縛られており、仮面の少女から離れられないようである。アレが人のペルソナを奪った術か。
どうやって鎖を解こうか悩んでいると、静観していたアイリが指を鳴らした。すると鎖は次々と破壊され、自由になったペルソナカードは、伸ばしている俺の腕の掌から入っていく。
――所有していたペルソナは、なんとか取り戻すことができた。『球磨川禊』『サタナキア』『アスモデウス』辺りは、渋るかと思ってたんだが。
そんな事を思っていると、青い円柱型の光が噴き上がり、全身が黒く、貌は無貌で頭には王冠、背中には悪魔のような翼を生やしている。
『ニャルラトホテプ』。親父の遺品を整理していた時に偶然見つけた「トラペゾヘドロン」を開けてしまい、強制的に降魔させられるハメに……。
現れた『ニュルラトホテプ』は、手に輝く球体を二つ持っており、仮面の少女へ向けて言った。
『クックックク――。我々を使用していた駄賃として、貴様が持つスキル《原点回帰》と《因果応報》を貰っていくぞ』
「なっ……! か、返せ。返してよ! それは、それは私の、わたしのスキル――」
仮面の少女を嘲笑しながら『ニャルラトホテプ』は、心の海へと戻っていく。
ペルソナを返して貰った為、自力でコチラ側へ出てくる事が事実上できなくなっているためか、仮面の少女の身体は崩れて行った。手を伸ばし、スキルを取り返そうとして、ユックリと歩いて向かって来る。
その直後。仮面の少女の後頭部に真紅の槍を貫かれ、仮面に亀裂が入った。
「あ……あっああ」
「駄目だなぁ。人とバトってる最中に逃亡するなんてさ♪」
現れたのは有栖。そして有栖のペルソナ『魔神エトナ』である。
後頭部を貫いた槍を引き抜くと、『エトナ』は姿を消した。後頭部から槍で貫かれた仮面の少女は、声にならない雄叫びをあげ、両手で顔を抑えて蹲り悶えると消えた。
『ニャルラトホテプ』から《原点回帰》を奪われている以上、もう回復することは無いはずだ。あのまま放っておけば自壊していくハズである。
それが分かっているハズの有栖は、触媒であるテディベアの頭を握りしめて持ち上げた。
「バイバイ♪」
青い円柱型の光が噴き上がる。ペルソナは姿を現さなかったが、有栖が握り締めていたテディベアは炎が走り包まれた。赤い色で燃えるテディベアは灰になり、地面へと落ちる。
こうして『人喰い住宅(マンイータ・ハウス)』と言う怪異は解決した。
*////*
バー『Nyarlathotep』
今『Nyarlathotep』にいるメンバーは、俺、有栖、雪の三人と、常駐しているテスタメントとアイリ、マスターであるメフィストがいる。
『人喰い住宅(マンイータ・ハウス)』は、有栖が触媒を消した後、向こう側の世界は消滅したようだが、仮面の少女が遺した人々の怨念から憎悪などが、まだそこに渦巻いていた。
仮面の少女……と言うかテディベアを燃やした時点で、『Revenger』の仕事内容は解決しているが、『JOKER』の仕事はまだ片付いていない。家に残っている怨念をどうにかする必要があった。
そこは「面白そう」と言って、勝手について来たらしい付いて来たアイリにして貰うことにした。正直言って、俺と有栖は呪殺する事は出来ても、神聖系の魔法を使用できるペルソナは降魔していない。否、降魔出来ない。
アイリが言う事を訊いてくれるか疑問はあったが、頼むと珍しく即答してやってくれた。
手に持つペルソナ全書から、アルカナ・審判に属するペルソナ『アヌビス』を取り出して召喚した。『アヌビス』は、エジプト神話のジャッカルの頭を持つ神で、冥界の神、守護の神などと呼ばれている。手には天秤を持ち、それを前へ向けると、家の四方に白い符が現れ、敷地内に金色に輝く魔法陣が描かれた。
魔法陣が強く輝くと神聖魔法が発動して、家にあった怨念などを全て成仏させ、清めていき、今度こそ全てが終わった。
そう、『JOKER』及び『Revenger』の仕事は終わった。
「……で、コレか」
目の前にあるのは外見はたこ焼きだ。青のり、鰹節、マヨネーズとソースが掛かり、美味しそうな匂いが胃袋を刺激する。が、胃袋は食べるように刺激してくるが、脳が食べる事を拒否する。これは食べるな、と。
「『アヌビス』を召喚をして、しかも除霊までやってあげたんだから、その料金に私の手料理を食べてくれるぐらい楽勝でしょう?」
「……OK。まずは食材を教えてくれ。話はそれからだ」
「タコ(ッポイ生物)に決まってるよ」
「小声でッポイ生物って言ったな! ちゃんと人間が食える食材で作れ。そうしたら食べてやる」
「えー、そんなの面白くないしぃ」
「料理に面白い面白くないを持ち込まないでくれ……っ。料理は食えるか、食えないかだ!」
「大丈夫。食べられるよ…………………………たぶん、だけど」
目を泳がしながらアイリは言う。
絶対に食べないと心に決め、目の前にある皿をテーブルの縁へと寄せた。それに対してアイリが文句を言ってきているが聞こえないし、取り合わない。絶対に昇天するようなモノを食べたいとは思わなかった。
俺が座っている隣の席を一つ空けて、その隣に座っている雪へと話しかける。
「ところであの家はどうなった?」
「昨日、解体工事が始まったようよ。勿論、何の異変も起きずに順調に作業は進んでるわ」
「……そうか」
「ま、色々と怪異を起こした場所だから売れるかどうかは、私の知ったことじゃないわ」
「そうだな」
土地の売買に関しては不動産屋の腕次第。俺たちがどうこうできる範疇じゃない
今回の件は、依頼主からの報酬が入り雪は満足、有栖は久しぶりに大暴れた結果か上機嫌、……俺だけが敵に捕まりペルソナを奪われ無駄に精神疲労をしたと言うちょっと納得のいかない結果に終わっているが、まぁだいたい何時もこんな感じか……。
思わず溜息を吐くと、両手が勝手に動き横にずらしたハズの、タコ(ッポイ生物)焼きを目の前へと持ってくる。そして右手がタコ(ッポイ生物)焼きに刺さっている楊枝を握りしめると持ち上げて口へと運ぶ。
顔を犯人だと思われるアイリの方へ向けると、見た事もないペルソナを召喚して、《サイコキネシス》で俺を操っていた。
口を大きく開け、右手がタコ(ッポイ生物)焼きを口へと運んだ。
「――――……………………ァ」
右手に持っていた楊枝は、床へと落ち。上半身がカウンターの上に倒れ、俺は意識を喪った
**************
『人喰い住宅(マンイータ・ハウス)』の後編です。
本当はこの半分で纏めるつもりだったのですが、書いている内になぜか倍の文量に……。不思議だなぁ
次回からは「因果応報 編」に戻ります。
元となった「トモダチの仮面」の前編分だけで3話分になりそうです(^_^;)