「あははっ、ヨシュアちゃんに新人君。君達らしい、とても素敵なファイトだったね」
エステルとヨシュアが蒼の組控室に戻るや否や、黄色いリボンでお洒落した軽装の鎧を纏った少女にフレンドリーに両肩を抱き締められた。
「ありがとうございます、アネラスさんのお仕事も順調そうですね」
【アネラス・エルフィード(18才) ボース支部所属 F級遊撃士】
そう、カプア一家との大一番で共に剣を並べて戦った準遊撃士アネラス。その時の功績で目出たく正遊撃士へ昇進。兄妹とは実に七十日ぶりの再会である。
「いきなりオープニングカードに名前を呼ばれたから挨拶するぐらいしか時間が無かったけど、アネラスさんのチームも大会に参加していたんすね?」
「うん、そういうことなるね、新人君」
少女ははにかみながら肯くと、兄妹の肩から手を離し仲間の元に駆け寄る。
「しかしまあ、あたしはディン達とは些か面識があるけど、あの見かけ倒しの腰抜け共があれほどの根性を見せるとは正直見直したね」
【カルナ(2?才) ルーアン支部所属 C級遊撃士】
アネラスの両隣には大型導力銃を抱えた姐御肌の黒髪の妙齢女性とアガットに匹敵する大剣を背負った重戦士風の若者が控えている。共にリベール名うての正遊撃士。
「ふっ、彼らが心を入れ替えたのは、試合中に僕のカリスマに平伏したお蔭かな」
「お前、終始、足を引っ張っていただけで、何もしてなかっただろうが」
『続きまして、第二試合のカードを発表させていただきます。南、蒼の組、遊撃士協会…………』
白髪を瞬時に金髪へと生え戻して何時もの調子を取り戻したオリビエの立ち直りの早さにエステルは白い目を向けるが、再び館内放送のアナウンスが流れたので耳を傾ける。
『対するは、北、紅の組。王国軍、突撃騎兵隊所属。ジェイド中尉以下四名のチームです』
次はアネラス達の出番。呑気に昔話に華を咲かせる猶予はなさそうだ。更に対戦相手が決まると、赤髪の青年は瞳に好戦的な色を浮かべて闘志を漲らせる。
【グラッツ(23才) ボース支部所属 D級遊撃士】
「へへっ、突撃騎兵隊といやあ、かなりの猛者揃いの筈だぜ。相手にとって不足は…………」
「あれっ、確かあいつらはストリートファイターの内紛で運良く生き残ったチームだっけ?」
エステルの悪意のない一言に、思わず場が凍りつく。
自らを鼓舞しようと意気込んでいたグラッツは冷や水を浴びせられる形になる。控室に同席している同じ王国軍の国境警備隊と空挺師団の面々は居心地悪そうに恐縮し、「少しは空気を読みなさい」と義妹に肘で小突かれたエステルは「悪い」と面目なさそうに赤面する。
「皆、経緯は様々だが、決勝の舞台まで勝ち上がった相手に礼を逸してはならない。奢ることも侮ることもなく我々のベストを尽くすだけだ」
「はいっ」「おうっ!」「そうだね」
涼しげな表情をした中年男性がそう上手く収めると、チームの面子は再び士気を高めて闘技場へと赴く。意図せず場の空気を濁したエステルは安堵の溜息を漏らす。
「助かった。けど、随分と貫祿あるけど何者なんだ、あの人?」
「クルツさんといって、ジンさんと同じAランクのブレイサーよ」
【クルツ・ナルダン(29才) グランセル支部所属 A級遊撃士】
ヨシュアはアネラス達のチームリーダーの素性を明らかにし、エステルは得心する。
物干し竿に近い等身大の長槍・風神雷神を得物とし、黄緑髪を額当て付きのヘアバンドで纏めた冷静沈着そうな紳士。ジンを勇将に譬えるなら、クルツは知将というイメージがピッタリだ。
「最高ランクのブレイサーってことは、この国のトップで兄貴と同格ということか?」
「正確にはリベールのナンバー2ね」
その上にはS級という非公式の栄誉階級が存在し、まさに知勇兼備の名将というに相応しいカシウスがそうなのだが。ヨシュアは敢えてその点には触れずに、つい先日昇級したばかりなので大陸レベルの著名度ではジンに及ばない旨を説明した。
「言う迄もなく戦闘スタイルもジンさんとは全く異なるけどね。でも、レイヴンに苦戦を強いられたかの模範解答をクルツさんから頂戴した気分ね」
ヨシュアの問題提起に、男衆はしんみりとしながら互いの顔を見合わせる。
三馬鹿を見縊ったエステルや能力の出し惜しみを算段していたヨシュアはもちろんのこと、なまじ予選で取り巻き連中を単騎制圧したが故にジンですらシャークアイを素人と見誤り、まんまと術中(ルーザールーズ)に嵌められた。
「漢同士のタイマンといえば聞こえはいいが、団体戦にも関わらず身勝手な私闘に走り楽師殿を見捨てた個人プレイは次からは戒めねばならないな」
「はっはっはっ。次回こそは僕のソロコンサートで観客の視線を釘付けにしてみせよう」
あれだけの強さと度量を持ちながら未だ自戒と精進を怠らない求道者と異なり、メンバーの中で最も自制が必要なトラブルメーカーが例のワイン騒動同様に全く堪えていないが、それが道化師のキャラクターなので割り切るしかない。
尚、先の活躍でヨシュアはチームのキーマンとして警戒されただろうが、オリビエは遊撃士でない出自と合わせ周囲から単なる数合わせの雑魚と見做されており、本来なら猫被娘が担当する筈のノーマークの隠し玉ポジションを手に入れていたりする。
「今回のことは良い教訓として、各々の胸に刻んでおきましょう。それよりも、次の対戦が始まるわよ」
アネラス達と突撃騎兵隊のメンバーが配置につき、審判の開始合図と共に戦いがスタートする。
予選は相手が悪すぎただけで騎兵隊は決して弱くはないが、既に戦力の底が割れた感があり、ある程度勝敗が見えた一戦だが、今後の戦略に活かすためにも是非とも同業者のお手並みを拝見したい所。
◇
「方術・貫けぬこと玄武の如し」
中央に陣取るクルツが、アーツとは別種の方術を瞬間詠唱すると、戦場に程よく散ったメンバー全員の守備的能力(DEF+25% ADF+30%)が纏めて強化される。
「方術・猛ること白虎の如し」 (STR+25% ATS+25%)
「方術・神速のこと麒麟の如し」 (SPD+50% AGL+50% MOV+2)
「方術・深遠なること青竜の如し」 (ターン毎にHP+10%が自動回復)
バトルが開幕して僅か数ターンで、「ちょっと、チートすぎない?」と思わずゲームバランスを疑いたくなるような東方五神獣の名を冠した無茶苦茶な自軍強化が行われ、カルナ達のパラメタが満遍なく増幅されて、さしものブライト兄妹も面食らう。
「これが大陸に二十人弱しかいないA級遊撃士の実力かよ? 洞窟湖のヌシとタイマン張った兄貴も規格外だけど、この人も別の意味で大概だな」
「そうね。大会が従来の個人戦であれば間違いなくジンさんの方が有利だったけどね」
こと団体戦における味方への貢献度では自己強化型の不動を遥かに凌いでおり、弱兵の底上げが可能という意味では剣聖以上の指揮系能力者かもしれず、まさに「一パーティーに一人」のフレーズに相応しい対軍兵器と称すべき逸材。
「へへっ、やるぜー、グラッツスペシャル!」
「火を噴け、あたしのフレイムキャノン」
「行くよ、八葉滅殺。まだまだまだまだまだまだぁ…………とどめええっ!」
これだけ有利な条件が重なれば、負ける方が難しい。方術の追風を受けたグラッツらは猟犬のごとく騎兵隊の兵士を蹴散らして、瞬く間にジェイド中尉一人が取り残された。
「いざ」「応!」「あいよ」「もらったぁっ!」
ジェイドを取り囲んだクルツは出し惜しみなく連続攻撃(チェイン)の号令をかける。指揮に徹してHPを満タン近くまで余らせていた中尉の体力を一気に削り取り、アネラスのフィニッシュにより戦闘不能へと追い込まれる。
「中尉…………。く、くそ、せめて一太刀だけでも…………」
辛うじて首の皮一枚のHPを残して横たわっていた兵士の一人が最後の気力を振り絞る。「うん、バッチリ」と勝鬨をあげて浮かれているアネラスに照準を合わせたが、そこで力尽きてそのまま意識を失うも肉体の反射能力だけで引き金を絞った。
敗北は覆せないまでも、なんとか戦いの爪痕を残そうとする無意識化の執念でイタチの最後っ屁をかますが、隣にいたクルツが後ろを振り返ることなく槍をアネラスの後頭部に翳してショック弾を弾いた。
「わっ? もしかして、私狙われていたの?」
「審判の勝ち名乗りを受けるまでは、用心怠るべからずだ、アネラス君。先月までの苦労を思えば、平和惚けする気持ちも解らないではないが」
「すいません、クルツ先輩。安穏なリベールに帰国したから、つい気が弛んでしまいました」
ショボーンとするアネラスにクルツは戦場での残心の心構えを説くと、油断することなく導力銃を握った兵士に向かって槍を構えるが、今のファイナルアタックで完全に燃え尽きた模様。微かでも蠢く敵影はもはや存在しない。
「勝負あり、蒼の組、クルツチームの勝利です」
「何というか、これは真剣に対策を練る必要がありそうね」
ヨシュアが琥珀色の瞳に真摯な色を称えて、警戒心を露わにする。
遊撃士チームはアネラス、グラッツの戦士系の前衛二名と導力銃とアーツに長けた後衛のカルナを中衛にどっしりと構えたクルツが纏めて補佐。自分らと似たような戦力構成であるが。
「それだけに集団戦の練度差がモロに響きそうね」
ジンチームには二人協力までが限界のチェインをチーム全員で発動させるなど、コンビネーションの完成度に大きな隔たりがある。
先立って四人同時に昇級を果たした点から鑑みても、アネラス達は相当難易度の高いミッションに一致団結して取り組んでおり、付け焼き刃の自分らと異なり長期間このパーティーでの実戦をこなして連携力を高めてきた。
斬り込み隊長として切れ味鋭いパワー系のクラフトを多用するグラッツ。
敵から距離を稼ぎながらの移動攻撃が可能な地味スキル持ちの司令塔カルナ。
自らを傷つけた相手を常に倍返しで御礼参りする可愛い顔して意外と執念深いポイントマンのアネラス。
どれも手強い難敵だが、最も厄介なのは回復と補助を一手に引き受けるチームの生命線(ライフライン)のクルツ。
特に敵味方が入れ乱れた戦場で仲間だけを的確に選りすぐる摩訶不思議な強化術や、殺気無しで放たれた銃弾を後ろ向きで認識した不可解な洞察力など底の見えない危険人物だが、一つだけ乗じれそうな甘さも発覚した。
「クルツさんは有能で善良そうだけど、少々真面目すぎるわね」
敵を侮らないのは大事な気構えであるが、それも時と場合による。
ヨシュアのバトルスカウターでは、チーム戦術、個々の能力ともに遊撃士側は騎兵隊を大きく凌駕しており、極端な話、虎の子の方術を温存しても十分勝てたのだ。
「そういう意味ではクルツさんはもう少し自分達の力量に奢っても良かったのでしょうね。態々四人チェインまで披露してくれるなんて、私として有り難い限りだけど」
勝ち残ったライバルに手の内を隠し通す情報戦略もまた長丁場のトーナメントでは大事な駆け引きの一つ。
上級遊撃士のクルツがそういう老獪さと無縁であろう筈はないから、恐らく彼はこの大会を自分や仲間の精神修行の場と捕らえていて、「お互い持てる力を出し切り、悔いの残らないように精一杯戦おう」というスポーツマンシップに則り参加しており、同僚を出し抜いてまで勝ち残ろうという必勝の気概は無いのだ。
「なら、精々そのアマチュア精神につけ込ませてもらうとしましょうか。私たちの方は是が非でもこの大会に優勝しなければならない理由があるのだから」
更なるクルツの謎に迫る為に以前アネラスと交わした可愛いもの講談に託つけてデータを入手しようと、勝利の為には友情さえも利用する鉄の少女は早速、控室に戻ってきたアネラスを満面の笑顔で出迎えると、この後にエーデル百貨店のぬいぐるみコーナーでのウインドショッピングの約束を取り付けた。
同じリベールの遊撃士でありながら、どちらが主人公側の行動か判らない正々堂々さと狡猾さが交差しながら、次の戦いがスタートする。