注意点
・15禁程度の下ネタあり。
・かなりのキャラ崩壊。特に三人娘。
・一部キャラ不遇。
・基本的にギャグ物です。
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なのハード ~我々の業界ではご褒美です~
高町なのはの朝は遅い。
覚醒を自覚し、まとわりつくような倦怠感を押しのけてベッドから転がり落ち、のそりと立ち上がって目覚まし時計を見やる。
購入当初から目覚ましとしての機能がまったく使われていないそれは、五時ちょっと過ぎを示していた。
カーテンを数センチずらすと赤く焼けた空が景色として写る。どうやら午後のほうの五時らしい。
倦怠感はいまだ晴れそうにない。やたら最悪なコンディションになのはは疑問を覚え、しかしすぐに答えは出た。
昨夜は激戦だった。
緻密な世界設定に壮大なストーリー、そしてそのなかで演じる魅力的なキャラクターたち。
要所要所で張られた伏線は絶妙のタイミングと演出で回収され、プレイヤーをうならせる。
システム周りも変に凝らず手堅くまとめられていて使いやすい。
そして末永く有効活用できるだろうアレなシーン。
名作だ。中古の通販で適当に仕入れたひと昔前の作品だが、久しぶりに大当たりを引いたらしい。
惜しむらくはアレなシーンのジャンルが一般受けしなかったため話題が広まらなかっただろうことか。
もっともそれだからこそ、なのはの目に留まったのだが。
ともあれそのまま夢中になってゲームを進め、三日三晩かけて一気にCGと回想シーンをコンプしたのだ。
なのはは最後の気力を使ってPCの電源を切ると、そのままベッドに倒れこんだのであった。
そして今に至る。
「まぁ、とりあえずコーヒーでも淹れよっか」
デスクトップPCの電源を入れ、階下に降りる。
途中兄の部屋を通るが、気配はない。どうやらまだ帰宅してはいないらしい。
台所で徳用のインスタント・コーヒーのビンを取ると、愛用のマグカップに直接振りかける。そして湯沸かし器のお湯を適当に注ぎ込めばクソまずい泥コーヒーの完成だ。ちなみにかき混ぜないのがコツである。
すえた安っぽい香りを湯気とともに放つ泥水を自室に運び、PCに向かう。
動画サイトや巨大匿名掲示板などの定番どころを泥水で胃を汚染しながら巡回していると、やがて完全に陽は沈み夜の帳がおりた。
すっかり冷めた残りの汚水を空っぽの胃に注ぎ込むと、嫌な感じの重みが、じわじわと胃を蝕んでいく。
なのははこの嘔吐感にも似た感覚が好きなのだ。
そんなひたすらに無駄で無意味で無価値なゴミにも等しい時間を過ごしていたときだった。
(誰か、誰か聴こえませんかっ!?)
突如、切羽詰まった謎のソプラノボイスが、なのはの糖分が足りてない脳内を直撃した。
「…………うぐ」
(この声が聴こえる人、お願いします、助けてくださいっ!)
「……あ゛ー」
どうやら思った以上に昨夜の疲れが残っているらしい。
無理もない。微細なフラグの違いで幾通りにも分岐し、それを水増しとも思わせない芸術的とすらいえるシナリオは、プレイ時間を通常の三倍に底上げさせた。三日でコンプできたのは奇跡といっていい。
寝惚けた頭蓋を叩き割らんばかりの必死の叫びは、単なる幻聴と断ずるには少々無理があったかもしれないが、眠いのだ。
「寝よう」
そしてなのははベッドに倒れこんだ。
幻聴はいまだ聴こえてくるが、なのははガン無視の構えだ。
(誰か、誰かいませんか!!)
「うるせーの……」
(やっぱりこの世界では誰もいないのか……)
「zzz……」
(……やっぱり僕が自分でやるしかないんだ)
そうして幻聴は途絶えたが、既になのはの意識は半ば以上夢の世界に旅立っていた。
翌日、昼の少し前に起床したなのはは外食がてら買い出しに出かけた。
三日三晩水しか飲まず、最後にとった食事が泥コーヒー一杯(しかもブラック)なため、体力が限界に近づいていたのだ。
冷蔵庫の中の食料も残りわずかであった。どうやら兄が消費していたようだ。
なのはは重度のヲタだが、引きこもりというわけではない。
むしろ外面を取り繕う術にはそこそこ長けている。
鮭おにぎりと缶コーヒーをひとつずつ、あとは徳用コーヒー(インスタント)を、諭吉一人と手に入るだけ交換する。
文明開化の立役者が旧式のレジスターの奥へ幽閉される音を聞きながら、彼と引き換えに得た大量の毒物をリュックに詰め込み、よいしょと背負う。慶応義塾の重みを背中に感じつつ、なのはは近場の公園へ向かう。初夏の汗ばむ日、諭吉の怨念は運動不足気味な小学生の体力をじわじわと奪っていくが、なのはは最後まで屈することなく公園のベンチにたどり着いた。
ふぅと一息、ベンチに腰を下ろすとリュックも降ろす。
そして所狭しと詰め込まれたビンの中から潰れかけた鮭おにぎりと缶コーヒーを取り出すと、さっそく二つとも開封し、もそもそと米塊をほおばり、缶コーヒーで流し込む。
徳用インスタントの泥コーヒーとはまた違った甘苦い汚水と鮭おにぎりとが織りなす絶望的なハーモニーが、なのはの心をいい感じにささくれ立たせていく。
と。
ふと、騒がしさを覚えてそちらを見やる。
そこにはぎゃあぎゃあと、大量のカラスが何かに群がっていた。
おそらく犬か猫の死骸だろう。すぐに興味をなくし、食事という名の自虐行為に戻ろうとしたなのはの視界の端に、何かキラリと光るものが映った。
「……?」
再び顔をあげそちらを見ると、カラスの群れからそう離れていない場所に、赤く光るガラス玉のようなものが転がっていた。
カラスは光り物が好きだというが、そちらには見向きもしないで必死に何かの小動物の死骸に集っている。
死後だいぶ経過しているようだが、この灼熱地獄だ。回収業者の怠慢を責める気にもならなかった。
元々なのはは誰かを攻撃するのが好きではない。
それに最近ではゴミ捨て場や公園、駅構内などの衛生管理も徹底されてきた。都会暮らしのインテリガラスたちには生きにくい時代なのかもしれない。
なのはは奇妙な親近感を覚え、激励の意を込めて食べかけのおにぎりをカラスの群れに放ると、缶コーヒーも飲み干してポケットに押し込む。そして赤いガラス玉のもとへと歩いていった。
「これ、何だろう。ガラス玉じゃないみたいだけど……」
<<魔力反応を確認。緊急モード起動します>>
「……え?」
なのはが赤い玉を拾い上げたとたん、ピカッとまばゆい七色の光がなのはを包み込んだ。
一瞬の視界の暗転後、起こったことをありのままに一言で語れば、彼女はなんかコスプレ少女になっていた。
「え?」
時間にしてみればほんの一瞬のことだったのだろう。自分の格好を呆然と見下ろす。
どこかで見たようなデザインの服だと思い、少しして自身がほんの一時期通っていた私立小学校の制服だったと思い出す。
白を基調にした可愛らしくもシックなデザインは、服装にさほど頓着しないなのはにとってもお気に入りのものであった。
もっとも、大幅にアレンジが加えられているため、本物と比べれば名残りが見られる程度でまったくの別物だったが。
随所に赤の宝玉があしらわれ、手足や胸部などは謎の金属質の装甲らしきものも付いている。
可愛らしくはあるが、それは紛れもなく戦装束であった。
「えー?」
この日。最悪の魔法少女が次元世界に誕生した。
「ジュエルシード、ねぇ……」
雲一つない蒼穹。灼熱の太陽。そして公園のベンチにはくたびれたコスプレ少女。
レイジングハートなどとやたら勇ましい名前の宝玉は、今は両手持ちの大きな杖と変形しており、それまでの彼らの軌跡を語った。
元々のレイジングハートさんの相棒については多くは語るまい。ただ冥福を祈るのみだ。
数秒ほど黙祷し、気持ちを切り替える。
過去のことはさておいて、宝玉の話を聞く限り現在の状況は割と差し迫っていた。
最悪の場合、この世界が消滅するという。
それだけのポテンシャルを秘めた危険物が海鳴中に散らばりその数全部で二十個以上。しくじればカラスのエサ。
だがしくじった前任者はカラスのエサとなる直前に、最後の力を振り絞り、レイジングハートに命じたという。
『魔力ある者が手にしたとき、力を貸せ』と。そして『事情を説明しジュエルシードを回収してもらえ』と。
話の締めくくりに、レイジングハートはお願いした。
<<どうか、力を貸してください>>
すべてを聞き終えたなのはは青い空を見上げる。
実を言えば、考えるまでもなくなのはの心は決まっていた。
答えはYES以外にありえない。
正義感でも慈愛の精神でもない。そんなものは、ほんのひとかけらしか持ち合わせてはいない。
では何故か。
このクソ暑いなか、町中をコスプレ姿で練り歩き、死と隣り合わせの廃品回収を行えという。
その無様を、カラスのエサとなった自身を想像して、思わずなのはの口元が歪んだ。
それは、あまりにも。
「素敵じゃない」
高町なのははマゾヒストだった。
それからしばらくして。
ジュエルシードの回収も既に三個目。
高町なのはには資質があったのだろう。それも桁違いの。
なのはは次々にレイジングハートの中に保存されていた魔法の知識を吸収し、ほぼ独学で様々な魔法を習得していった。
そして特に危機らしい危機もなく、彼女は実にスマートにジュエルシードの暴走体を倒し、封印していったのだった。
正直に言えば期待はずれであった。
暴走体にフルボッコにされる事もなければ、無様を衆目に晒されることもない。
彼女を痛めつけてくれるのは真夏の日差しだけである。
わざと負けてみようかとも思ったが、それは妥協である。
勝てる相手にわざと負けて敗者となっても、そこには必ず優越感が生じてしまうのだ。
それでは真の苦痛と恥辱を味わうことはできない。
何せ命がかかっているのだ。妥協は許されなかった。
それだというのにこのヌルゲーである。
そんな訳でテンションはだだ下がり、何かもうジュエルシードとかどうでもよくなってきたある日。
なのはは運命に出会った。
なのはの目前では巨大なぬこが倒れ伏している。命に別状はないようだが完全に目を回しており、しばらくは再起不能のようだ。
だがそんなものはどうでもよかった。
心臓の鼓動が高鳴り収まらない。
彼女を見たその瞬間から、なのはは二次元の信奉者であることをかなぐり捨てた。
だがそれは決して高町なのはが真人間に近づいたことを意味しない。
その天上から舞い降りた黄金の女神の冷徹(っぽく見えるよう必死に努力してるよう)な双眸と視線が合ったとき、なのはは心の底から願った。
踏んでほしい、と。
「その石を、渡して」
極力感情を出さないように頑張ってる様が逆にいじらしい。
「う、うん、それはいいけどひとつお願いがあるのっ!」
「……お願い?」
「そ、そのね……私のこと、踏んで、くれないかなっ?」
キャッ、言っちゃった! と、恥ずかしがる様は発言内容を無視すればなかなかに愛らしくはあった。
いっぽうフェイトは思いがけないなのはの言葉に呆気に取られたものの、ドン引きするようなことはなかった。
何故なら小学生にして日本のヨゴレ文化に骨の髄まで漬かりシュルストレミング級の腐臭を放つ腐れ国産九歳児と違い、親(っぽいもの)から過酷な虐待を受け続けても性根を捻じ曲げることなく純粋ないい子に育ってきたフェイトは、なのはの冒涜的言語が何を意味するのかよく理解できなかったのだ。
だからフェイトは考えた。どういう意図で目の前の彼女はそんな自分が虐げられるようなことを望むのだろう、と。
かくいうフェイト自身、踏まれたことはある。ついでに言えば鞭でシバかれるのももれなくセットで付いてくる。あと電撃とか。
それはテスタロッサ家の心温まる日常風景だった。
フェイト自身は愛する者から受けるそれらを痛くて辛いだけの行為だと思っていた。
だが目の前の彼女の期待に満ちた表情はどうだ。
まるでご褒美をおねだりしているかのようではないか。
「――はっ!?」
そしてフェイトは唐突に閃いた。
閃いてしまった。
「……それは鞭で叩く、とかも、やったほうがいいのかな?」
恐る恐る聞く、と。
「し て く れ る の !?」
この狂喜である。
「…………」
「? どうしたの?」
「あ、ああ、ごめん。でもそれって……痛くないの?」
少なくともフェイトは、今までのアレに快楽や心地よさは見いだせなかった。
しかし眼前の上級者は福音のごとき恍惚とともに語る。
曰く「我々の業界ではご褒美です」と――
「……ああ」
間違いない。
我が母、プレシアのアレは不甲斐ない娘に対する懲罰などではなく、ご褒美であり、愛情表現だったのだ!
(母さん、ごめんなさい。私誤解してたよ)
今まさに斜め上をロケットブースターで大気圏突破しつつあることにも気づかず、フェイトは安堵と歓喜にほろりと涙をこぼす。
きっと今なら素直にご褒美を受け入れられる。そう確信するフェイトであった。
そして。
その無垢でありながらも決定的に間違ってしまった笑顔を見て、なのはもまた新たなる同志の誕生を確信しほくそ笑むのであった。
この時点で、既になのはの脳内からはジュエルシードのことなど完全に消え失せていた。
なのはは時の庭園にてフェイトとともに魔導師プレシア・テスタロッサと対面を果たしていた。
「はじめましてお義母様! フェイトちゃんの忠実な下僕の高町なのはです!」
フェイトの母、プレシア・テスタロッサの外見を一言で言い表すなら、まさに悪の女魔導師である。
漆黒のローブに怜悧な美貌、そしてフェイトのそれとは違う本物の酷薄な感情を宿す瞳。
こちらに何の価値も見出してない、まさにゴミを見る目だ。
パーフェクトだ。たまんねぇ。思わずなのはの口の端からよだれがじゅるりとこぼれた。
(こんな鬼畜で美人なママンに毎日踏まれたり罵られたりとかどんなパラダイスだよ! 私と代われ!)
などという邪念を隠すことなく、欲望にギラついたヘドロのように薄汚い視線をプレシアママンに向けるなのは。
すると前触れもなく電撃が飛んできた。
「あ゛り゛か゛と゛う゛こ゛さ゛い゛ま゛す゛ぅ!?」
完全に殺傷設定の、殺意のこもった本気の一撃になのはは全身を痙攣させ、断末魔とともに崩れ落ちる。
「か、母さん!?」
「薄汚いゴミ虫が。目障りなのよ」
心底忌々しそうに吐き捨てるその顔に、ほんのわずかに怯えの色が見えたのはフェイトの錯覚だったのだろうか。
と、そんなフェイトにも雷撃が与えられる。
「あぐぅっ!?」
こちらはなのはに放たれたものと違い、非殺傷設定であり苦痛を与えることを目的とした、フェイトにとってはもはやお馴染みの魔法である。
たっぷり数十秒ほど痙攣し、なのはの隣に崩れ落ちる。そこにすかさず叩きつけられる魔女のヒール。
流れるような動作には年季が見えた。なのはに意識があったら思わずため息が漏れるだろう、それほど見事な動きだった。
「フェイト! 今度ここにこんなものを持ち込んだら容赦しないわよっ! さっさとこの薄汚いボロクズを片付けてきなさいっ!」
「ううう……」
頭上にプレシアの罵声を聞きながら、フェイトは隣りに倒れ伏しているなのはを見やる。
プレシアの手加減なしの一撃を受けたなのはだったが、どうやら息はあるようだ。無意識にレジストしたのだろうか。
しかし何故母はなのはにだけ殺傷設定の魔法を放ったのだろうか。懲罰にしてもやりすぎではないか。
だが、恍惚とした表情で完全に意識を飛ばしているなのはを見て、フェイトはハッとする。
(そうだ、これは罰じゃなくてご褒美なんだ!)
お互いに共通の理解があったからこそ、母はなのはの信頼に応え、手加減抜きの「ご褒美」を与えたのだ。
今のフェイトが同じ一撃を受けても、死ぬことはないにせよ、とても耐えることなどできずに泣きわめいて許しを乞うか、その暇すらなく意識を刈り取られたであろう。
だというのに、なのははお礼を言う余裕すら見せた。
(なのははすごい……。私は母さんとずっと一緒に暮らしていたのに……)
羨望とともに嫉妬の念が湧き上がる。だがそこで手遅れ気味な思考は中断された。
鋭く空を切る音と、鈍く肉を打ち据える対照的な音が広間に響く。
「聞いているの、フェイトっ!?」
「あうっ!?」
雷撃による麻痺から五感が戻りつつあるのを正確に見て取ったプレシアの鞭の一撃である。
必要以上に傷をつけず苦痛のみを与えるその鞭打にも、やはりベテランの年季が込められていた。
鞭を持ったまま鬼女の形相で激しく息を荒げるプレシアに、フェイトは倒れたまま顔をあげた。
「か、母さん!」
「何よっ!?」
びしり、と。
返答にまで鞭打がつくツンギレっぷりに、しかしフェイトは構わず、毅然とした表情でハァハァと息を荒げながら言葉を続けた。
「わ、私、き、気持ちよくなれるように頑張るから!」
「……!?」
今絶対ビクッとした。てか一歩後ずさった。あ、血を吐いた。
「母さん!? かあさーん!!」
プレシア、フェイトに初黒星の瞬間であった。
結局すったもんだの末、なのはの同行はプレシアに黙認された。
曲がりなりにもプレシアの手加減なしの一撃を耐えた力量と、手土産に渡した数個のジュエルシードのおかげである。
そして二人で残りのジュエルシード探索のため海鳴の町を練り歩いていたある日、ふと、なのはの隣りを歩いていたフェイトが切り出した。
「なのは……。私、最近母さんを見てて思うことがあるんだ」
「それは何、フェイトちゃん?」
「そのね、踏んであげたいな、って」
優しく微笑みながらそう口にしたフェイトの顔は、とてもとても綺麗で慈愛に満ちていました。
それは決して、いつもの仕返しなど考えていた訳ではない。
ほとんど善意と孝行の心から、母親を足蹴にしたいと言っているのだ。
この頃フェイトは既に、プレシアの「ご褒美」に快感を見出しはじめていた。
「最近の母さん、私にご褒美をくれるとき、時々どこか怯えたような顔をすることがあるんだ」
「へぇ、それはちょっと見てみたいなぁ」
「うん、何に怯えているのかはよくわからないんだけど、その顔見てると……ね」
「うんうん、わかるよその気持ち!」
にこにことフェイトの話を聞きながら、なのはは心の中で冷静に分析する。
(フェイトちゃんは両刀だったか。まだあんまり自覚はないみたいだけど。私は正直そっちの気はあんまり無いからにゃー)
――SとMは相反しない。人によっては共に併せ持つことが可能な資質なのだ。
――いぢめたい。でもいぢめられたい。これは何もおかしなことはなく、ごく自然な生物的欲求である。
(高町なのは小学二年生時の夏休みの自由研究『SとMの境界』より抜粋)
それはさておき、なのははう~ん、と首をかしげてフェイトに答えた。
「ちょっと今のお義母様には厳しいんじゃないかなぁ」
素人目に見ても、今のプレシアは健康とは言い難い。
なのは自身も彼女が吐血している場面も何度か目にしている。
なのはは兄の仕事の後始末を手伝ったときに、ああいう状態の人間を何度か見たことがあった。
フェイトには言わないが、おそらくこのままでは長くは保たないだろう。
そんな状態の人間に「ご褒美」を与えるのは問題であった。
たとえドMであっても、いぢめられれば確実に体力を消耗するのだ。
あの状態のプレシアが本格的な「ご褒美」に耐えられるとは思えなかった。
「踏むくらいなら大丈夫だと思うけど、それ以上となるとね……」
「そう……。早く前みたいに元気になってほしいな。そうしたら、今までのお返しにたくさんご褒美をあげたいのに」
繰り返すが、フェイトは復讐など考えていない。まったくの善意からの発言である。
「なのは、ちょっと踏むだけなら、いいよね?」
「いいんじゃないかな。ついでに私で練習すればいいよ」
「ありがとう、なのはっ!」
「それはこっちのセリフです」
プレシアの目の前には数個のジュエルシード。
初日になのはから渡されたものとは別に、今日新たにフェイトとなのはが手に入れてきたものである。
ジュエルシードの集まりは実に順調といえた。このペースでいけばあと数日もすれば全て集めきることができるだろう。
だが、プレシアの顔に喜びの色はなかった。
夏の湿った時期に数週間ほど放置したまま忘れていた生ゴミを見つけてしまった時のような目でプレシアは二人の女児を見やった。
そこには何かを期待するようなキラキラと輝く純真な二対の瞳。
だが騙されてはいけない。その瞳の奥底を覗けば、醜くドス黒い、おぞましい何かが確かに見えるはずだ。
心底嫌だ。元々プレシアは情緒不安定の末に暴走しただけであって、生粋のサディストというわけではない。
何が悲しくて苦痛に悦びを見出すような上級者にも程があるクソガキ二人を踏みつけなければならないのか。
だがご褒美(二人曰く)を与えるのと与えないのとでは任務の達成能率にあからさまなほどに差が出やがるのだ。
数日前ジュエルシードの集まりも順調でそこそこ機嫌よく、フェイトと協力者の少女に懲罰という名の虐待行為を行わなかった次の日の成果はリヤカーいっぱいの漬物石だった。
数十年の歴史をほのかな発酵臭とともにその身に浸み込ませた大量の天然御影石。
隣に立つ確信犯的ドヤ顔の腐れ女児に何をどう吹き込まれたのか、自信満々にリヤカーごと差し出す我が娘のまがい物(+1)に、全力の雷撃をぶちかましたところで何の問題があろうか。
急激な魔力行使にこみ上げる血反吐を、黒焦げになって倒れながらも恍惚の表情で痙攣する生ゴミ二つに吐きつけると、プレシアはドスドスと足音を立てながら研究室に引きこもるのであった。
どう控えめに見ても瀕死の重傷を負った二人の、その次の日の成果は半ダースのジュエルシードであった。
プレシアは頭を抱えた。
「もうやだあいつら……」
それは愛娘が非業の死を遂げてから、孤高の女魔導師がもらした初めての弱音であった。
狂気を駆逐するのは愛でも知恵でも誠意でもない。それはより大きな狂気である。
それから少しして、ジュエルシードはあっさりと全て集まった。
この時ばかりはプレシアも満面に喜色を表した。
これでやっとアリシアを生き返らせることができる。そしてあの生ゴミどもともおさらばできるのだ。
だがそこに水を差すモノがいた。
「おめでとう、母さん」
「おめでとう、お義母様」
言うまでもなく当の生ゴミどもである。
忌々しげに振り返る。これが最後だ。自分が本当の娘の紛い物、ただの木偶人形だと思い知らせてやろうかとも思ったが、何故かむしろ悦びそうな気がしたのでやめておいた。この紛い物は日に日におぞましい方向へ進化してゆく。これ以上刺激はしたくない。
という訳で、本当の娘であるアリシアが入ったシリンダーには幕をかけてあった。
「……何の用なの? これからが大事なのだから、出て行ってちょうだい。それともまた「ご褒美」がほしいの?」
「う、ううん。いやご褒美はほしいけど今日は違うんだ」
「違う?」
想定外の返答に眉をひそめるプレシア。
そしてついにフェイトは、穢れのない満面の笑みで、汚れきった呪言をその口から吐きだした。
「ジュエルシードが全部集まったお祝いと日ごろのご褒美のお礼に、今日は私が母さんのことを踏んであげたいんだ!」
目の前の生ゴミの言葉が理解できなかった。
しばし吟味し、その言葉が意味するところとフェイトの精神状態を悟る。
「――――――――ひっ」
狂ってる。
生理的嫌悪感と本能的恐怖が、プレシアを後退させる。
あと一歩なのだ。ジュエルシードが集まった今、あんなゴミにこれ以上関わる必要はない。
後腐れなく旅立つために、この場にあるふたつの汚物を消毒する決意をプレシアが固め、魔力を集中させようとしたその時――
不思議なことが起こった!
全て集まったジュエルシードが、フェイトの純真無垢でありながらヨゴレきったドス黒い欲望に反応したのだ。
綺麗でありながら汚い。純粋でありながら卑俗。そんな相反する属性を兼ね備えた願望は陰陽混じり合い太極図の具現となりて大宇宙の神秘が虚数空間に干渉しうんぬんかんうんまあなんやかやあって。
ジュエルシードはフェイトの願いを叶えるべくフルパワーで稼働した。
まばゆい七色の光がフェイトを包み込む!
「ああっ!」
「フェイトちゃん!?」
見る見るうちにフェイトの体が巨大化してゆく。
「ああ……えっ、ふ、踏む?」
「フェイトちゃん?」
「踏む、踏む、踏むむののの?」
あ、これヤバい。なのははそう悟ったが、時すでに遅し。既にフェイトの変態は完了していた。
「踏む踏む踏む踏ム踏ム踏ム踏ム踏ム踏ム踏踏踏踏踏踏踏踏マセロォォォォォ―――――!!!!!」
全長は20M程だろうか。そこには時の庭園広間の床と天井をブチ抜いて咆哮とともに黄金の魔力光を放出する巨人がいた。
カカトとドSの化身、G・フェイトの顕現である。
どさり。と。
なのはが振り返ると、プレシアが血を吐いて倒れていた。
おそらく病気に加え、パニックとストレスのダブルパンチが効いたのだろう。
「お義母様っ!」
「踏ンガー!!」
「ダメ、フェイトちゃん! 死んじゃうよっ!?」
初心者のフェイトと違い、熟練のドMであるなのはは当然、プレシアに被虐趣味がないことを見抜いている。
潜在的には備わっているのかもしれないが、それを開花させるには明らかに生命力が足りていなかった。
ノンケの者丁重に扱うべし。いぢめることまかりならぬ。
気高きドMの心得ゆえに、なのははG・フェイトの前に立ちはだかる。
「フェイトちゃん、踏むなら私を踏んで!」
『キリッ』と言い放つなのはの顔には隠しきれない期待の色があった。
なのはに気を取られたG・フェイトは床にめり込んだ足を引き抜くと、躊躇なくなのはの頭上にカカトを叩きつけた。
「踏ミ踏ミー!!」
「ありがごげぶうううっ!?」
踏まれたというかカカト落としを喰らったなのはは、一撃でシールドもバリアジャケットも粉砕され、その衝撃と圧力により盛大に血を吐いた。
(――これは拙い)
生命の危険をはっきりと感じるほどの苦痛に禁断の愉悦を覚えながらも、なのはは焦る。
いくら訓練されたドMだからといって、防御力や回復力が上がるわけではないのだ。
苦痛自体は快楽に変換できても、肉体そのものが受けるダメージの影響はしっかり受けてしまう。
次はない。身を守るものが消え失せたまま再度踏まれれば、今度こそ潰れたヒキガエルのようになってしまうだろう。
それはそれで十分アリだったが、せっかく ねんがんの ごしゅじんさまを てにいれたのだ。
もっといぢめてほしい。まだこんなところで死にたくない。
だが既にG・フェイトは足を大きく振り上げている。死は、目前に迫っていた。
「師匠……」
思い浮かべるはなのはが心の中で師匠と慕う、新宿在住の露出狂占い師。
絶望を抱いたまま朽ち果てようとしていたなのはに、いぢめられることの大切さを説いた、死相の女。
――人をいぢめるはなるまじきなり。我はいぢめられるを以て勝ちとするなり。
「――」
そして。
「踏ンナマ――!!」
再度G・フェイトのカカトがなのはに振り下ろされ、叩きつけられた。
「――ぎ、い、やあああああああああっ!!!!!」
魂が裂けるかのようななのはの絶叫が広間にほどばしった。
だが。
「踏ムゥ?」
あれだけの質量で押し潰されたにも関わらず、なのはは無傷だった。
否、そもそも何の守りもなければ即死を免れ得ない。原型すら留めないだろう。悲鳴など上げる余裕すらないはずだ。
「わ……」
マゾヒズム。
それは苦痛を受けることで性的快感を得る変態性欲である。
通常はただそれだけのもので、身体能力を極端に変動させるようなことはない。
だが、なのはの度を超したソレが呪術と魔法とのおぞましき悪魔的融合を果たしたとき、狂気の魔法は誕生した。
「我々の業界ではご褒美です(ペイントレード・セルフエクスタシー)!!」
それはありとあらゆる物理・魔法ダメージを、本来の数十倍の苦痛に変換、増幅することを代償に完全に無効化する。
子供のデコピンすら銃撃と同等の刺激に変えるこの魔法を、ダメージ無効という効果に釣られて常人がうかつに使用したりすれば、あまりの激痛にそれだけでショック死してしまうことだろう。
まさに、選ばれしドMにしか扱えない大禁呪と言えた。
「さぁ、そんなものなの、フェイトちゃん!? あなたの溢れんばかりの踏みつけ魂、見せてみてっ!」
「踏ムムムッ……!」
「私で無限1UPしてぇーッ!!」
「踏■■■■■■■■■■■―――――!!!!!」
期待に満ちたなのはの声に応えるように、G・フェイトも咆哮を返し、跳躍した。
G・フェイトの残機が絵文字表記に変わった頃。ジュエルシードの効果は終了した。
サイズが戻り、正気に返ったフェイトは周囲を見渡し呆然とする。
時の庭園の建築部は全壊し、それ以外の場所もそこらじゅうに地割れの跡が見える。
いつ崩落してもおかしくない、あまりにも無残な有様だった。
「な……何が起こったの?」
「次元震の余波だよ」
足元から聴こえた声に驚くと、そこには大きなクレーター状の穴があいており、底に潰れたヒキガエルのような格好で地面にめり込んだなのはの姿があった。
「! なのはっ、大丈夫!? 踏んでいい!?」
「……にゃはは、我々の業界ではご褒美です……ってね」
まだ少々変態時の影響が残っているらしい。
それはともかく、クレーターの中から引きあげ、助け起こしたなのはを見れば、バリアジャケットは解除され、多少血と埃で汚れているものの、確かにさほどの負傷はないようだった。
都合百回近くキングサイズのカカトを叩きつけられたなのはであったが、その全てを、なのはは我々の業界ではご褒美です(魔法)で受け止めきっていた。常人なら一度の踏みつけだけでも痛みで十回は死ねるところだ。正気の沙汰ではなかった。
だがその余波は大地震となり、時の庭園を破壊し尽くした。
「そうだ、母さんは!?」
プレシアは気付けば消えていた。
瓦礫の崩落や地割れに巻き込まれたような形跡もないため、G・フェイトがなのはで残機を増やす作業をしている間に意識を取り戻し、ドサクサに紛れて脱出したのだろう。
どちらにしても、恐らくは二度と出会うことはないだろうとなのはは直感でそう感じていた。
プレシアの心底からの蔑みの視線は惜しかったが、最近なんか怯えてたし、ノンケの者丁重に扱うべし。である。
ゆえになのはは適当にフカシをぶっこいた。
プレシアはジュエルシードを使って異世界へ旅立った。そしてその時に発生した次元震で周囲が破壊されたと。
プレシアの消失を知ったフェイトは、それはもう落ち込んだ。
「かあさん、いなくなっちゃった」
「……フェイトちゃん」
「踏んであげたかったのに……」
「私を踏めばいいよ」
「力いっぱい罵ってあげたかったのに……」
「私を好きなだけ罵ればいいよ」
「■■するまで電撃浴びせてあげたかったのに……っ」
「是非私にお願いします」
「なのはっ!」
「フェイトちゃんっ!」
この日、廃墟の中で狂気の主従関係が成立した。
*一部FUKENZENなシーンをぼかしてお送りしています。
>from:ナッパ
>件名:ご主人様ができました
>私と同年代の金髪幼女です。
>まだまだ初心者なので、行為も態度も遠慮がちですが、
>そこがまた初々しくて良し!
>ああ……今夜はご主人様初の電撃プレイだ……。
「いつもながらナッパさん飛ばしとるなぁー」
車椅子に付けられた簡易デスクの上に置かれた、ノートパソコンの画面を見ながらはやてはため息をついた。
ナッパとは、はやてがネットで知り合った同好の士である。
当初そのハンドルネームからむくつけき禿頭の大男のような人間をイメージしていたが、本人のメッセージによれば小学生の女の子らしい。
筋金入りのドMで数々のニッチなジャンルに適応する汎用人型キモヲタ兵器のカミングアウトに、はやては最初「ないわー」とドン引きしたが、すぐに自身が筋金入りのドMで数々のニッチなジャンルに適応性を持つ汎用人型キモヲタ兵器であることに気付き、あるいはひょっとして……と思い直したのであった。というか相手も自分に対して同じような感想を抱いているのかもしれない。
「てか金髪幼女のご主人様ってマジなん? うらやましいってレベルやないぞ」
いつも言動が全力全開なナッパさんとはいえ、さすがにフカシやろと思いながらも添付された画像ファイルを開いてみたら、そこには金髪ツインテールで人形のように可愛らしい少女が、こちらは明らかに日本人の茶髪の短いツインテールの少女をおずおずと踏みつけてる姿があった。どちらも見た目ははやてと同じくらいの年齢だった。
メールの内容から察するに、茶髪でアヘ顔ダブルピースを決めてるほうがナッパさんということだろうか。
「うわぁ……。全部ガチですか。そうですか」
はやては改めて、常に世界の斜め上を行く盟友に戦慄する。
「ま、私ならどっちかといえばおっぱい大きいお姉様のほうが好みやけど」
はやてはおっぱい星人だった。
それにしてもリアルで動く際にはかなり慎重なナッパさんが、顔写真まで送り付けてくるとは相当舞い上がっているようであった。
だが、とはやては思う。
これはナッパさんの信頼の証でもあろう。ならばこちらも相応の「絵」でもって応えなければなるまい。
そこで彼女はビデオカメラをセットし撮影の準備を整えると、至高にして豪華絢爛なる闇のサバトに臨むことにした。
バリアフリーゆえの広大な居間に置かれた投影器にて選りすぐりの魔盤を回転させる。
浄化場にて親友からの友情の証を取り出すと、一糸まとわぬ姿となって頭にそれをかぶり、サバトを開始した。
真夜中の誰もいない家。すべてを解放して臨んだそのサバトは急速にはやてを精神的な高みへと移行させてゆく。
しだいにサバトは白熱し、はやては「ありがとう! みんな! ありがとう!!」と叫びながらまるで弦楽器を演奏するように部屋中を動き回って儀式を続ける。
軽快な車椅子さばきで円卓に飛び乗り、鏡に自分の姿を映し、「ヨーガ」を髣髴とさせる奇妙な姿勢で激しく掻き鳴らす。
圧倒的な多幸感で汗と涎が流れるのも気にならなかった。
「私はこの世界に祝福されとるんや!! いくで!! ボラボラボラボラボラボラボラボラ ボラーレヴィーア!!」
そしてついに儀式はクライマックスを迎える!
その瞬間。
はやての高ぶりきった精神と儀式により覚醒した魔力に同調するように。
守護騎士はこの世界に現出した。
「…………」
『…………』
「……………………」
『……………………』
「…………………………………………」
『…………………………………………』
誰も何も言えなかった。
言えるわけがない。誰が何を言えと言うのだ。
それはあまりに完成された至高の芸術に言葉をなくしているのかもしれない。あるいはもっと別の理由かもしれない。
だがそんなことはどうでもいいのだ。
至高にして豪華絢爛なる闇のサバトを見られたという事実の前ではどうでもいいことなのだ。
たっぷり数分が経過したのち、はやてはようやく再起動した。
「な、何や! 何なんやあんたら!!」
それは正しい抗議ではあった。闖入者はまぎれもなく変な本からいきなり現れたコスプレ四人組のほうなのだから。
しかしそれでもそれを言いたかったのは相手のほうだっただろう。
だが謎の四人組は素晴らしい連帯感の元、示し合わせたように「無かった事」にし、いまだに頭に友情の証を被り儀式を終了したままの姿でいるはやての前にひざまずいた。
はやてはそれを見て、そしてこの異常極まりないシチュエーションに、再び精神的クライマックスに達する。
しかし同時に思った。
「ご主人様になりたかったんやない、ご主人様がほしかったんやー!!」
魂からの絶叫を、四人は華麗にスルーした。
何も言わずはやてを見つめ続ける四人の眼はガラス玉のようだった。
いきなり誰がどう見ても呪われてそうな古本から出てきてはやてを「主」と呼び臣下の礼を取る謎のコスプレ四人組。
彼女たちと考えうる限り最低最悪の邂逅を果たしはや三日が過ぎたが、別段はやてにダメージはなかった。
何故ならはやては筋金入りのドMであり、むしろ最高のご褒美だったからだ。芸人根性的にも実においしかった。
むしろアレでまた新たな世界の扉が開いたのを、はやては確かに感じていた。
それはさておき守護騎士である。
凛々しい赤ポニテやら勝気なロリハンマーやらおっとりお姉さまやらでっかい喋る犬やら。
個性豊かな四人は皆、はやてに忠誠を誓っている。
よりにもよってはやてなぞに忠誠を誓ってしまった。
守護騎士としては勘弁してほしいところだろうが、それははやてにとってもお互い様であった。
何故なら、内心はどうあれ忠誠度は最初からMAXなのだ。
強く命じれば、彼女たちははやてを踏みつけ罵るだろう。アホか。
「達成感もクソもない。それではアカンのや!」
もし、あくまでも彼女たちが自分の意志で、喜々として、主である八神はやてをゴミクズのように扱ったなら……。
その時こそ、人類は次のステージに進めるのかもしれない。
それは遥か遠き理想郷。だが、はやては諦めずに夢想し続ける。
「そう、私は哀れな灰被り……。いぢわるなお姉さまたちにいぢめられる哀れな雌犬……!」
そしてそんな主を、痴呆老人の介護に疲れ切った中年主婦のような眼でながめる鉄鎚の騎士。
「おーいシグナムー。はやてがまた彼方の世界に旅立ちやがったんだが」
「そろそろ夕食の時間だ。ヴィータ、悪いがさっさと起こしてくれ」
「はいよー」
そう言うと、ヴィータは身の丈ほどもある巨大なハンマーを構え、主の後頭部に狙いを定めたのであった。
はやての夢がかなう日も、意外に遠くはないのかもしれない。
何せ、数年後には管理局において佐官に昇進したお祝いにクラナガンの一等地に堂々とSMクラブを設立し、即日昇進を取り消され、かわりに営倉にブチ込まれた女傑である。この不祥事がなければ機動六課の設立はあと三年は早かったという。
ちなみにその時の守護騎士たちは誰一人として助ける素振りも見せないどころか、現場に踏み込んできた局員に対し涙を流して感謝をする有様だった。
のちにはやてはこの件に関し「焦りすぎた。せめて将官になるまで我慢すべきだった」と述懐したという。
あとなんか守護騎士は闇の書の魔力収集とかにも触れたが、はやては「めんどい」の一言で切り捨て、一切の興味を示さなかった。
そんなけったいなオカルト本のページを増やす暇があったら、一枚でも多くのエロ画像を収集するほうが余程に有意義ではないか。
そしてはやてはちょっとしたハプニングのせいですっかり忘れてたビデオカメラの動画データを編集すると、メールに添付し、ナッパあてに送信したのだった。
>from:疾風のハヤテ
>件名:Re:ご主人様ができました
>ナッパさんからのメールを見て私もご主人様がほしい!と願ったら下僕を四人手に入れました。
>何を言っているのかわからないと思いますが私も何が起こったのかわかりません。
>詳しくは動画ファイルを参照してください。
>
>あと画像見ました。踏まれてるのがナッパさんですよね?
>正直本当にナッパさんが幼女だとは思いませんでした。
>学校には通っていませんが、私も一応同じくらいなので、今度オフで会ってみませんか?
>金髪幼女のご主人様にもよろしく言っておいてください。
>
>P.S.
>正直下僕よりご主人様がほしかったです・・・(ノД`)
「……まさか本当にハヤテっちが幼女だとは思わなかったの……」
自室のパソコンにてはやてから送られてきた動画を、あれから同居することになったフェイトと共に食い入るように見つめながら、呆然と口にするなのは。
やがて動画のシークバーが終わりに近づいたころ、モニターの中ではやてがクライマックスに達し、コスプレ四人組が召喚された。
「!?」
「これって……」
これは明らかに普通ではない。なのはとフェイトが身を乗り出す。
動画はハヤテが大いに取り乱し、その後何事もなかったように四人組が跪いたところで終わっている。
「まさか伝説の儀式『最高にゴージャスな××××』をここまで再現しきるとは……美事、美事だよ、ハヤテっち!!」
「あのどうしようもない無様を完全にスルーできるなんて……。あの人たちもかなり訓練されてるね」
二人はいつもどおり絶好調のようだった。
「それでどうするの、なのは? オフって外で会うことだよね?」
「もちろん、断る理由なんてないよ!」
そしてなのはは合意のメールを出し、幾ばくかのやりとりのあと、翌日八神家へ向かうことが決まった。
八神家にて、のちにアレな意味で伝説となる三人が、ついに揃ってしまった。
そして完全に同好の士である三人は瞬く間に意気投合し、その場で桃園の誓いを立てたのだった。
何やらわからないが、おぞましさだけは伝わってくるその契りに寒気を覚えたシャマルが、よせばいいのに話題転換を試みる。
そして話の流れで闇の書と魔力収集の件に触れた。
触れてしまった。
シャマルの説明にに二人の目が輝く。ついでにはやての目も輝いた。
「「是非お願いします」」
「か、かなりの苦痛を伴うわよ?」
なのはとフェイトは声をそろえてチェレンコフ光のように輝く笑顔で答える。
「我々の業界では」
「ご褒美です!」
守護騎士たちは改めて彼女たちがはやての友人であることに納得した。
そして、このとき収集した二人の魔力により、闇の書の末路は決定されたのであった。
突如闇の書から名状しがたい暗黒の塊が吹き出し、その場の全員を飲み込む。
なのはとフェイト。二つの凶悪な、魔力という名の汚染物質を取り込んだことにより、闇の書のシステム内部で致命的なエラーが発生し、暴走が始まったのだ。
それから数日が経過した。
『こ、これは一体……!?』
突如ほとんど聞いたこともないような管理外世界から、闇の書の発見および暴走の報告を受け、全速力で現場に急行したアースラのオペレーターが、信じられないものを見たような顔をする。
地上に降りていたクロノが問い返す。
「何があった!?」
『や、闇の書が……自壊していきます!』
「な……っ」
改めてよく観察すれば、確かに小山ほどもあったあのおぞましき闇の母体は少しずつ縮小しているような気がする。
……だが。
「……ダメだ、再生していく」
その都度強力な再生能力により、損傷個所を修復し、やがて元の大きさに戻ってしまう。
再生しては己が身を削ぎ落とす行為を繰り返し、苦悶にのた打ち回りながら歓喜とも絶望ともつかない悲鳴をあげるその様は、心弱きものが見れば精神に深刻な失調をもたらすだろう。
「ひ、ひぃぃ……」
「ク、クロノ執務官……」
「落ち着け、みんな落ち着くんだ……!」
部下を励ましながら、クロノは低くうめいた。
「……まるでこの世の醜悪なものを残らずかき集めたかのような存在だな……」
~その頃この世の醜悪なものを残らずかき集めたかのような存在内部~
「うふふふふ」
「くひひひひ」
「げへへへへ」
「いやー、『我々の業界ではご褒美です』っちゅーんは実に素晴らしい魔法やなー!」
「どれだけ痛い目にあっても無傷だもんね。私たちじゃなのはほど大きな苦痛変換はできないけど」
「まぁ、私の場合はM属性特化だからね。この分野では誰にも負けないよ」
「「「あははははは」」」
実に平和で楽しそうな一幕であった。
次元世界有数のドMである二人を取り込んだ闇の書は、二人の属性に影響を受け、汚染された。
すなわち、ドM属性に感染してしまったのである。
マゾヒストとは、苦痛を受けることに喜びを見出す。
だからこそなのはとフェイトは苦痛を得るだけのために、プレシアを挑発しおしおきを受け、守護騎士にリンカーコアを差し出したりもした。だがプレシアや守護騎士のような相手がいなければどうすればよいのか。
仕方がない。その時は自虐し自傷すればいいのだ。
というわけで闇の書は自壊モードに突入したのであった。
<<モット傷ヲ、モット痛ミヲ!!>>
……だがいかに魔力を収集したとはいえ、収集元の資質までも受け継いだわけではない。
調子こいて闇の書が禁断の魔法に手を出したとき、全ての決着は付いたのだった。
<<我々ノ業界デハゴ褒美デス――!!>>
この魔法は常人では決して扱うことはできはしない。
増幅された苦痛を受け入れることができるモノでなければ決して。
痛覚が無ければそもそも扱えず、痛覚があっても痛みに耐えられなければ狂死する。
百年に一人、曲がりなりにも使用できるドMが現れるかどうか。それくらい論外な魔法なのである。
たとえ闇の書とはいえ、ただ二人の魔力にあてられただけの、にわかドMが耐えられる道理などないのだ。
クロノたちアースラの武装局員が遠巻きに取り囲む中、闇の塊に動きがあった。
アースラの解析から何らかの魔法行使をするつもりだと判明。
いかなる邪術かはわからないが、身の毛もよだつほどのおぞましさだけは確かに伝わってくる。
「う、うわあああああ!!」
「馬鹿! 迂闊に手を出すな!」
恐怖に耐えかね、パニックに陥った武装局員たちがクロノの制止も聞こえずヤケクソ気味に魔法による射撃を放つ。
その一斉攻撃を喰らった瞬間――
「■■■■■■■■■■■――――――――!?!?!?」
暗黒の塊の動きが停止し、そして消滅した。
闇の書……否、闇の書に巣食うバグは、苦痛のあまり狂死したのだ。
「な……。馬鹿な、こんなあっさり!?」
当然今の時点ではそんな事を知る由もないクロノは、ありえない事象に目を疑う。
だが現に暗黒の母体は完全に消滅し、おぞましき狂宴のあとに残されたのは、一冊の古書と虚ろな笑みを浮かべたまま意識を失っている年端もいかない少女が三人のみだった。
釈然としないながらも、クロノは痛ましいものを見る目で三人を保護するように指示を出す。
彼は彼女たちを見て、恐らくは周辺の住人で闇の書に巻き込まれ心を壊されてしまったと思ったのだ。
その認識が海よりも深く間違っていることを悟るまであと小一時間……。
この日より、闇の書はあらゆる魔法を記した書物ではなく、あらゆる苦痛や拷問などに関する記述を記した怪文書に変異を遂げる。
そのあまりのおぞましさとイタさは読む者を発狂させ、訓練を受けたドM以外の人種が目を通すことを許さないという。
この後、狂気の三人娘は時空管理局の一員として組み込まれることになる。
当たり前だがひと悶着はあった。
とある極秘プロジェクトの実験例っぽいのやら闇の書の主っぽいのやらがいたのだ。無理もない。
だが前者に関しては既に責任者が虚数空間の彼方で本拠地と見られる時の庭園もほぼ全壊。証拠も資料も何も出てこない。
後者は闇の書自体が全く異なる、時おり血と汗と涙を流すだけの怪文書になり果てている。
特に闇の書の変わり果てた姿を見て、自身の因縁に決着を見たアースラの艦長リンディ・ハラオウンは、三人まとめてスカウトすることにしたのだった。
……さすがに闇の書が滅びたいきさつを知ったときは、盛大に顔を引きつらせたが。
この後リンディは三人の性癖を更生させることに全力を注ぐが、無論その努力が報われることはついぞなかった。
これから彼女たちの物語は、時空管理局の本拠地であるミッドチルダへ移行することになるのだが、それはまた別の話である。
そして伝説が始まった!