時は西暦2022年。
このマッポーの時代、ある一つの革新的なゲームが世に出た。
その名も『ソードアート・オンライン』。
世界初の完全なVRゲームという触れ込みで、本体であるナーヴギアとともにこのゲームは発売された。
わずか一万本のファーストロットは競争率数千倍とも言われる熾烈な奪い合いを招いた。サツバツ!
ナーヴギアを手に帰宅途中の青年がバイオスモトリに襲われるなどの恐ろしい事件が頻発したのだ。
ニコニコ=ムービーを始めとした動画サイトにも、その争奪戦の様子がアップされ物議を醸した。
それはさておき、サービス開始したソードアート・オンライン、略称SAOの恐るべき実態が明らかになったのはサービス開始してから間もなくのこと。
ゲーム内での死が、現実の死となる。
多くのユーザー達を絶望のずんどこへとフォールダウンさせたこの恐るべき仕様。
ユーザーの過半数を占めたとも言われるネカマ=プレイヤー達を生き地獄へと追いやった。
だが、果たしてこのような恐るべきゲームを作り上げたカヤバ=サンとは一体何者だったのだろうか?
いかにナーヴギアがハイテク=カラクリであったとしても、それに人間を殺傷せしめるメカニズムを組み込む事は実際難しい。
一体カヤバ=サンとは何者なのか?
デスゲームを作り出し、多くのユーザーをその中に誘い込んだ彼は、一体何者なのか?
答えはたった一つしかない。
それは、彼がニンジャだということだ。
このようなキテレツなゲームを人間が作り出すことなどできない。
即ち命名するならばデスゲーム=ジツ。
悪魔めいた見事なワザマエであると言わざるをえない。
ゲームのサービス開始の初日、これから始まる冒険に胸踊らせるプレイヤー達がスポーンした一番最初の街。
そこに開発者カヤバ=サンを名乗るフードの男が出現したことから全ては始まった。
一方的なデスゲームの開始宣言と、キャラクターモデルの現実準拠への変更。
一瞬にしてマッポーの世へと変貌したアインクラッド。
実際恐ろしい。
βテストから仕様変更されたモンスター、より恐ろしくなったバイオイノシシなどの脅威もあった。
カラテなどで普通に倒すプレイヤーも実際大勢居たが、もちろん死んだ者も多かった。
この一ヶ月で20人くらい死んだ。実際多い。
そんなマッポーのアインクラッドの中で混乱するユーザー達に声をかけ、第一層ボスの討伐を目指す者達を集めようとする一人のプレイヤーがいた。
その名は─────
βテスター、そしてそれなりの数のご新規プレイヤー達が集まったのは会議室のような部屋だ。実際狭苦しい。何故かタタミがしいてある。
そこに集まったプレイヤー達へ向け、ザブトンから立ち上がった一人の男が口を開いた。
「ドーモ、皆さん。ディアベルです。はじめまして」
そう言って深々とオジギ。実際挨拶は大事である。
やけに慇懃なその所作に戸惑った目を向ける者も多かったが、そうでない者も実際それなりにいた。
たまたま席が近かった女顔のように見える面差しの黒髪の少年がまず立ち上がる。
「ドーモ、はじめまして。キリトです」
そう返して深々とオジギを返す。
彼は実際コミュ障の気はあったが、アイサツを欠かす事はしない。
スゴイ級のゲーマーのタツジンである彼はムラハチに進んでなるようなスゴイ・シツレイなことはしないのだ。賢明であった。
次々と立ち上がりオジギを交わし合う一部のプレイヤー達に、戸惑いながらもあわせる他の者達。
「ど、どうもはじめまして。キバオウ言います、よろしゅう。
……あの、これってβテスターの人らの風習かなんかなんです?」
最後のほうにアイサツを行った関西弁の男が、理解できない生物を見るような目で積極的にアイサツを交わしていた者達を見つめた。
「そうです。あなたはニュービーなんだな、アイサツは基本だぜ」
「おうとも。いくらマッポーの世でもアイサツを欠かしちゃいけません。古事記にもそう書かれている」
「無礼者は殺すべし。ケジメだ」
「は、はあ……変なこと聞いてすんません」
やたら物騒な反応が四方八方から返ってきた為に実際かなり気圧されるキバオウ。
それは実際まさに十字砲火めいた口舌の刃であった。
キバオウがザブトンにシットダウンしたのを確認し、再び立ち上がったディアベル=サンが周囲をぐるりと見渡し声をかけた。
「今日ここに皆さんに集まっていただいたのは他でもありません。
私が発見したボス部屋の攻略のため、皆さんのワザマエを貸していただきたいと思ったからであります。
六人一組のチームで攻め込みますので、各々方好きなメンバーでチームを編成してください」
前置きなしのぶっちゃけトーク。途中経過を省く話術こそスムーズな議事進行の要。
まさにタツジンである。
「そんな事か、ベイビーサブミッションだ。もちろん協力するぞ」
「第一層ボス程度ファスター・ブレックファーストだぜ」
「刀使い殺すべし」
口々に賛成の声をあげるプレイヤー達。心なしか、アイサツに積極的だったものが多い。
ボスの情報確認など必要ない。
カヤバ=サン必殺のシヨウヘンコウ=ジツの前に前情報など無意味だからだ。
キリトもまた声には出さず、しかし強い決意を固める。実際βテスト中はそのボスのトドメをイナゴ=ジツで奪ったものだ。
が、今はデスゲーム=ジツの術中に落ちたもの同士で協力しあわなければならぬ。
すっ、とディアベルに拳をつきだすキリト。
訝しげな目線で彼を見る周りのプレイヤー達へ向け、一言告げる。
「ユウジョウ!」
「────! ユウジョウ!」
訝しげな表情から一転して破顔一笑。
ディアベルのみならず周囲のβテスターらしきプレイヤー達からも口々に「ユウジョウ! ユウジョウ!」と返礼が返ってくる。
実はキリトのことをほんのちょっと僅かにイナゴ=ジツの使い手と疑っていたディアベルであったが、その疑いもここに晴れた。
この場でユウジョウを口にするということは、友誼にかけて裏切らぬという意思表明だ。
それを反故にしたならば、それはまさにシツレイの極みにあたる。ムラハチにされることは必至だ。
だからこそ信じられる。
同じプレイヤーとして!
「…………あかん、キチガイめいとる。わいにはついていけそうにないわ……」
その背後で、とある一人のニュービーがひっそりと中座していたが、それに気付いた者は……
「あいつどうしたんだ?」
「ニュービーの彼には刺激が強かったようだぜ、ユウジョウパワー=ジツは実際スゴイ」
「ナムアミダブツ」
実際結構いたが、彼を追うものはいなかった。
非情さからではない。彼が自分の意志で戻ってきたその時は、彼らは仲間として暖かく彼を迎えるのだろうから。
「友情か……いいなあ」
フードをかぶったプレイヤーが麗しくも力強い実際正義超人めいたβテスターの友情の絆を見やり、密かに感動の表情を浮かべたりもしていた。
輪の中に入ることは、ちょっとわずかに躊躇われたようだったが。
パーティー編成はつつがなく終了した。
キリトも手近なプレイヤーとチームを組むこととなった。
しかし。
「ナムサン! メンバーが二人も足りないぞ」
「集まった人数は6の倍数だったはずだが実際足りない。強そうなメンバーを揃えようとしたせいでアブハチトラズか」
「とりあえず途中抜け殺すべし」
「いや、キバオウって人は用事があったんじゃないか? 大した用事じゃないのかもしれないけど」
だが何にせよ面子が足りないことにはどうにも困る。
はてさてどうしたものか、と顔を付き合わせ唸る四人であったが、その時である。
「メンバー、足りてないの?」
彼らに声をかけるフードのプレイヤー。
名乗らないのは実際スゴイ・シツレイかとも思われるが、そのくらいでは怒らないカブキチョのような度量の広さがこの場にいる者達にはあった。
「ドーモ、こんにちは。PoHです」
「ドーモ、こんにちは。ジョニーです」
「ドーモ、こんにちは。ザザです」
「ドーモ、こんにちは。キリトです。
いま四人なんだ。良ければ組まないか?」
全く同じタイミングでのアイサツ四連殺に怯んだ様子を見せたフードさんだったが、意を決したようにフードを外し、彼らの前に素顔を晒した。
ほう、と誰ともなく溜息をついた声が聞こえた。実際スゴイ美人だ。バストは豊満であった。
ナーヴギアでの大雑把なスキャンでここまで美しいキャラモデルが構築されるとなるとリアルの肉体はどれほどのものだろうか?
実際他の四人も並々ならぬカラテの持ち主ではあったものの、美という観点からすれば遅れを取らざるをえない。
「ど、どうもこんにちは。アスナです。
でも、いいの? あなた達お友達みたいだけど、私が入っても」
アスナと名乗った女性プレイヤーの言葉を受けた四人は、えっ? と言わんばかりの戸惑いの表情を浮かべて見つめ合い、そしてはははと笑いあった。
「サツバツ=アトモスフィアを今は封印してるだけだよな」
「そうそう。プレイヤーキラーやるにも何層か進まないことには楽しめないだろうし、まずはボス攻略だ」
「ショッギョ・ムッジョ。昨日の仲間でもトゥデイエネミー殺すべし」
「実に奥ゆかしいプレイヤーキラー根性だおくゆかしい。でも俺はPKじゃないぞ。どちらかというと実際PKKだ」
「えっ?」
「えっ?」
「え、ちょ!? プレイヤーキラーって……ゲームの中で死んだら現実でも死ぬのよ?
なのにプレイヤーキラーってちょっと」
すっとぼけたやり取りながら、内容の方は大概な酷さだ。
さすがに泡を食うアスナに、笑って返すキリト。
「生き死にのかかる戦いなんてネオサイタマではチャメシ・インシデントだ」
そんなこんなでボス部屋まで到達したプレイヤー達は、さしたる苦労もなくボスの体力を削っていく。
この場にいるユーザーのうちカラテを心得ていないものは一人もいない。カラテ使いならばボスの攻撃など実際見てから避けられる。
あたらぬ攻撃をぶんぶんと振り回すボスに四方八方から取り付き攻撃を繰り返すプレイヤー達。
古代ローマカラテ使いのプレイヤーも幾人かは見受けられた。
まさにマッポーの様相を呈するボス部屋。
だが生還をかけたデスゲームで手加減は無用。
ショッギョ・ムッジョである。
とうとう追い詰められ、瀕死となるボス。
その時である。
この場に集まったメンバーのヘッド、ディアベルが進み出、そして宣言した。
「各員、援護しろ! トドメは俺が決める!」
まさかのシュサイトッケン=ジツである。
多少ブーイングも出たが、メンバー集めのためにあちこちで声かけしていたディアベルの姿を見ていた者は多い。
その為か、仲間たちも彼が払った人集めの労力の対価を受け取るべきと納得できた。
キリトもまたその一人だ。
(ここはイナゴ=ジツは控えてトドメは譲るべきだろう)
そのように考えるゆとりが彼にもあった。
ボスへ向け、一直線に突き進むディアベル。
だが、まるでそれを待っていたかのようにボスのまなこが油田火災のように輝いた。
『トドメイナゴ殺すべし! イヤーッ!』
「グワーッ!」
ご丁寧に雄叫びつきで放たれる刀スキルのスタン攻撃。
実際速いその一撃を避けきれず、動きが止まるディアベル。
「……! いかん! ディアベル=サンがボスのスタン=ジツを受けたぞ!」
「このままでは次の攻撃の直撃を受けることになる! すぐにカットに入らないと実際殺されるぞ!」
「ちょっとやめないか!」
「ディアベルはーん!」
窮地に陥ったディアベルを助けようとかけ出す仲間たちだったが、それは間に合いそうにもなかった。
ここまでうすのろだったボスの攻撃の発動は、事この場に至ってだけ実際速かった。
キリトとパーティーを組んでいたメンバーたちも、いつの間にか戻っていたキバオウももちろん間に合わぬ。
振り上げられたボスの巨大な刃が、ディアベルの体へと迫る。
そして────
「ナムサン! ワッショイ!」
『アバーッ!?』
"ディアベルの放った刀スキル"が、"スタンして硬直した無防備なボス"を斬り裂いた。
必殺の斬撃を受けて傷ついた肉体を両断され、断末魔の悲鳴を上げるボス。
がくりと膝をつくと、そのまま爆発四散してしまった。慈悲はない。
ハイクを詠むこともなく絶命したボスは今際の際に何を思ったのか。もはやそれを知る術はなかった。
「え、あれ……? ど、どういうこと?」
「タツジン!」
「……え? な、なんや? 何が起きたんや?」
「ワザマエ!」
呆然とする観戦者一同。
アスナやキバオウを始めとしたニュービー達が戸惑いの声を漏らす。
感嘆の声をあげた百戦錬磨のβテスター達であったが、何が起きたのかを正確に理解したものは実際ほとんどいないようであった。
だが、その中にただ一人、何が起きたのかを見破った者がいた。
「むむむ、あれはもしやジュンギャクジザイ=ジツ!」
「知っとるんか!?」
驚き問い質すキバオウに、ああと頷くキリト。
「聞いたことがある────
相手と己の存在を太極図の陰陽を入れ替えるが如く交換し、相手の技で逆に相手自身の体を破壊させる。
術者の技量によっては体力や負傷度合いの入れ替えすらも可能とし、優勢の敵を一転して窮地に追いやることもできると聞く。
スゴイワザマエのユニーク・ジツだ」
「そんなスキル聞いたこともないで!?」
「スキルじゃない。ジツだ」
ジツだと言われても意味がわからないキバオウ。
「ち、チートやないんか、そんなん!? このゲームは魔法とかないはずやろ!?」
「チートじゃないし魔法でもない。使えないのは修行が足りていないだけさ」
「でぃ、ディアベルはん!? 何ともないんか!?」
「勿論だ」
事も無げにキバオウの疑問に答えつつ、戦利品のコートを片手に戻ってくるディアベル。
勝利したという事実を理解したのか、この場にいるプレイヤー達の間に、小波めいたアトモスフィアで歓声が広がってゆく。ワッショイ!
誰一人欠けることなくボスを撃破し、喜びをわかちあう挑戦者たち。
その輪から外れ、一人納得のいかない表情のキバオウ。
「チートやなかったら一体なんなんや……」
「わからんのか、このたわけが」
「!?」
背後からかけられた声に、びくりと背筋をこわばらせ振り向くキバオウ。
そこにいたのは一人のプレイヤーだった。
ただし、上半身裸で変な頭巾を被った姿を"普通のプレイヤー"と言いきれればの話だが。
キャラネームの表示には、ヒースクリフとあった。
実際変態に見える。
「な、なんやおまえは! おまえにはわかるっちゅうんか!」
「勿論だ。彼らはな」
キバオウの問いに力強く頷くヒースクリフ。
「彼らは……?」
ごくり、と喉をならすキバオウ。
実際溜めを作り過ぎである。
「彼らは────ニンジャだ」
そう言い残し、立ち去ろうとするヒースクリフ。
その背には言い知れぬスゴイ強さのオトコ・アトモスフィアが感じられた。
「は? に、忍者? え? えっ? ちょ、待て、待たんかい! もうちょっと説明せえ! おーい!」
ぽかんとした表情で放心状態となるキバオウ。
数秒の空隙の後に意識を取り戻しヒースクリフを追うもアフター・カーニバル。彼の姿はもうどこにもなかった。
がっくりと肩を落とし、肩を組んで喜びのダンスを踊っているディアベル達をじっと見つめた。
圧倒的窮地をよくわからぬ術理で引っくり返したディアベル。
その正体不明のスキルを『ジツだ』と言い切ったβテスターらしい変な黒い奴。
何もかもわけがわからなかった。
混乱の極みにあるキバオウの脳裏に残った言葉はたったのワン・センテンスであった。
ニンジャ。
「……わいも忍者になれるんかな……?」
ニンジャリアリティ・ショックに打ちのめされたキバオウ。
彼がニンジャとなる日は来るのか? それは誰にもわからない。