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No.34794の一覧
[0] 【壱捌話投稿】戯言なるままに生きるが候 (一夏改変IS・戯言&人間シリーズクロス)[不落八十八](2013/03/10 14:47)
[1] 壱話 出会いと別れ。[不落八十八](2012/09/04 16:46)
[2] 弐話 玩具な兵器。[不落八十八](2012/09/04 17:00)
[5] 参話 再びの再会。[不落八十八](2012/09/17 02:28)
[6] 肆話 出会うは最悪。[不落八十八](2012/09/17 02:28)
[7] 伍話 根源回帰。[不落八十八](2012/10/27 16:56)
[8] 陸話 誰がために道を歩む。 [不落八十八](2012/09/22 19:21)
[9] 外伝短編“柒飛ばし” 織斑千冬の人間関係[不落八十八](2012/12/18 23:24)
[10] 捌話 生まれ出でし混沌。[不落八十八](2012/09/17 11:19)
[11] 玖話 代替なる君へ。[不落八十八](2012/10/16 00:42)
[12] 壱零話 似た者同士。[不落八十八](2012/11/24 16:39)
[13] 壱壱話 嵐の渦中。[不落八十八](2012/10/06 01:16)
[14] 壱弐話 空が泣く日。[不落八十八](2012/10/13 23:00)
[15] 壱参話 壊れ始める世界の上で。[不落八十八](2012/10/27 11:27)
[16] 壱肆話 山猫さんの憂鬱日。[不落八十八](2012/10/27 14:16)
[17] 壱伍話 迷宮(冥求)[不落八十八](2012/11/24 13:34)
[18] 壱陸話 喪失(葬執)[不落八十八](2012/12/21 00:16)
[19] 外伝短編“壱柒飛ばし” 織斑千冬の人間関係② [不落八十八](2012/12/26 22:26)
[20] 壱捌話 戦争(線沿) NEW[不落八十八](2012/12/26 22:45)
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[34794] 壱話 出会いと別れ。
Name: 不落八十八◆2f350079 ID:6f3b522c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/09/04 16:46


 生きるってなんだ。いつかは死ぬってことか。











 自身が浮かび上がるような気分は、未だに慣れない。沈められた意識が宙に浮かぶように頭が覚醒していく。
 カーテンからかすかな光が差し込んで電気がついてない自室の薄暗さを晴らしつつあった。

「……起きるか」

 呟いてぼくはゆっくりと身体を起こす。起き上ればそこは自室の壁が広がっていた。
 これから身に着けることになるであろう新しい白い制服がハンガーにかかっていて、隣には挟むタイプのそれで同じく白いズボンが留められていた。
 がらんとした物の少ない自室には、漬物石にすると良い働きをするような分厚い資料が乗った勉強机と木製の椅子、今寝ているベッドと読んでいない漫画が丁寧にしまわれた本棚しかなかった。
 それはぼくが用意したものではなく、《ぼく》ではなく《俺》が用意した言わば遺品だろう。ぼくのものではあるが、それらの所有者はぼくでは、ない。
 ぼくは、織斑一夏だと自身をそう呼んでいるが何処か他人に聞こえてしまう。
他人の身体に自身の性格をコピー&ペーストしたような、そんな他人思考。
 千冬という名の姉が居るが何処か他人めいていて、ぼくは彼女のことを《千冬姉》と呼ぶことはせず、《千冬さん》と呼ぶことにしている。
 家族なのに、家族じゃない。家族は身近な他人だと言うが、ぼくはその通りだと思う。身をもってそう思う。

 ――はい。検査の結果、弟さんには目立った外傷はありませんでした。
 ――命に別状は無いということですね。……よかった。
 ――ですが、人間は外側よりも内側の方が脆いのですよ。弟さんは……、残念ながら大きなショックの影響で精神を病まれているようです。
 ――心の傷、ですか。
 ――ええ、そして脳波が若干乱れていまして、正常な動きをしていない状況です。……ですが、性格以外に彼には目立った後遺症は無いようです。
 ――い、一夏の性格ですか……?
 ――はい。彼は記憶喪失に似た症状がでています。これを二重人格と呼んでいいのか、私には分かりませんがね。

 ぼくは、記憶喪失なのらしい。らしいというのは、千冬さんにそう聞いたからだ。
 そのきっかけは、はっきりと頭に残っているわけでもなく、かといって綺麗さっぱりと無くなっているわけでもなく、波に漂うようにその存在が電撃めいた刺激をたまにぼくの脳裏に食らわしてくれる。医者が言うにはフラッシュバックというものらしい。
 鮮烈に鮮明に、夥しい赤い薔薇が飛び散る視界で、人々が目の前に倒れていく光景が映し出される。そして、その後――気を失う。
 ここまでワンセット。
 その記憶は中学二年生の夏、場所はドイツ。そこで行われていたISという兵器の大会に千冬さんが出るのでそれを応援するために会場へ向かった時の、拉致された時の記憶、いや、トラウマらしい。
 《ぼく》が目覚めたのは暗く錆びの匂いが濃い廃倉庫の小さな貨物部屋で、両腕を映画のように腰に巻きつけられたロープで縛られた状態だった。
 関節を外し、隅に朽ちていた糸鋸を武器に窓から倉庫から脱出。その後、地元の警察に連絡し、ぼくの物と思われる携帯の最終発信源に居た拉致グループを逮捕。事情聴取も受けたが、正直他人事な気分だったから黙していたら千冬さんが迎えに来てくれて家に帰ることができた。
 千冬さんはぼくの捜索のために大会を抜け出してくれたようで、大会の方は決勝で棄権という少し申し訳ない記録となってしまったそうだ。
 気に病むことはないとは言ってくれていたが、次第に違和感に気付いたのか、こう尋ねた。

「お前は――誰だ」
 
 実の弟に向かってそれはないだろう、と茶化すこともできたが、如何せんその時のぼくはやけに冷静だったからいつもの調子で話してしまった。

「ぼくは誰なんですかね」

 軽い口調だったけれどその言葉は千冬さんの目を驚愕に染めるくらいの威力を持っていたらしい。
 その場で放心した後、千冬さんは自暴自棄気味に泣き出してしまったので慰めるのが大変だった。
 でも、一番大変だったのは彼女を実の姉だと認識することだったのではないか、とぼくは今更に思う。見知らぬわけではないが、記憶にない人を姉と呼ぶのは気が疲れた。結局の所、彼女の中では《ぼく》という存在は一夏ではない、他の人物であると認識されているらしい。
 別に、彼女のその決断に難癖をつけるわけではないが、少し、寂しくは感じた。結局、血の繋がった他人なのだから。
 
「今日は始業式だったっけ……」

 眠い。脳というHDに意識というソフトが読み込まれていないような不安定な気分でぼくはベッドから立ち上がり、あくびを噛み締めながらパジャマにした黒シャツと短パンを制服の上下と専用のYシャツと取り替える。糊のきいた制服は中々着慣れしていないからか動き辛いが、暗器術を嗜んでいるぼくには問題なかった。
 パジャマを持って階段を下り、自動乾燥機能のついた最新の洗濯機に放り込み、手馴れた様子で操作する。先代のは千冬さんがドジって壊してしまったため、つい最近新しいのが導入されたのだ。どうやれば、洗濯機で床を突き破れるのだろう。ぼくには分からないが、恐らく千冬さんもわかっていないのだろう。色々と。
 朝は少し軽くして目玉焼きとパン。一ヶ月前から調整したおかげで、今現在この家には食料と呼べるものは庭の自由菜園の野菜以外に存在しなかった。
 これからどうしたわけか女子高めいたIS学園という場所の寮で過ごさなくてはならないので、千冬さんの休日に合わせて食料を随時追加することにして、無駄に廃棄する食料を完全に減らしたのだ。
 あちらにも食堂があるようなので、それを利用するつもりだ。パンフレットに書かれた寮部屋の設備が微妙過ぎたからだ。
 簡易シャワーと洗面台はあるのに個室のトイレが存在しない、何処か悪魔めいた囁きが見える設計だった。
 年頃の女の子しか居ない環境に、ぼくというイレギュラーが存在することは、かなり違和感を感じるだろう。
 だけど、触れて動かしてしまったのだから仕方がない。女性にしか仕えないはずのISが、ぼくという男性に使えてしまったのだから。
 藍越学園という就職に強い学校の試験会場で迷い、偶然入ってしまったIS学園のザルな警備のせいで、ぼくはニュースで取り上げられるような有名人となってしまった。そう、世界で唯一ISを動かせる男性として、知名度を高めてしまったのだ。
 戸締りをしっかりと確認し、家に鍵を閉めて、駅へと向かう。早朝で人通り少ない見慣れた商店街を後にし、切符を買ってモノレールに乗る。
 通勤ラッシュという時間帯ではないので、ぼく以外の客は居らず、貸しきり状態だった。IS学園は最近、といっても数年前にできた新しい終点なのでしばらくはこうしてモノレールのゆったりとした時間に身を任せることになる。正直、暇だった。
 しばらくして、ぼくは違和感に気が付いた。おかしい、この時間であっても客ぐらいは乗り込むだろうに。だけど、この車両に乗り込む姿は無かった。
 次の駅へモノレールが動き出した時だった。とてつもない威圧感。ここに居てはならない、逃げろ避けろ隠れろ、と細胞が警鐘を鳴らす。
 やけに荒っぽく開けられた接続扉から現れた少年は奇抜だった。右頬に大きな刺青、右耳に三連ピアス、左耳に携帯ストラップをつけており、髪は白髪まだらに染められていて不良というよりも、お洒落頑張ってるという雰囲気だった。
 サングラスをかけていて目線は分からないが、とにかく、突き刺さるような視線を感じる。
安全靴の音が車内に響き、その動作たちに眼を見張ってしまう。
 ちょうどぼくの前に通過するといった時に、彼の足取りは重くなり、止まった。

「へぇ、てっきりアイツかと思ったけれど別人だったか。それにしても、似てるな、アンタ」
「……君が誰なのかは知らないけれど、いきなり話しかけてくるのは最近のトレンドなのかい」
「いや、そういうわけじゃない。ただ、単にアンタに興味を持っただけだ。アイツと雰囲気が似てる、アンタにさ」

 理由は分からないが、とりあえず彼が危ない人物であるとは理解できた。
 始業式だから、と何も持ってこなかったのは痛かった。せめて、ナックルダスターくらいは常備しておくべきだったかもしれない。
 今にも彼はポケットから手を出して、握ったナイフでぼくを切り刻んでしまうような、そんな雰囲気を漂わせているから。

「……まぁ、興味を持たれるのは悪い気はしないけどさ。なんならメルアドでも交換しておくかい?」
「いやいや、そこまではフレンドリィにしなくていいさ。俺らは他人なんだからな。あー、そうだな。じゃあ、質問をしたかったから声をかけたということにしようぜ」
「取ってつけたような質問だけど、まぁ、いいさ。難題?」
「ミレニアム問題級ってもんじゃないが、アンタは"人を殺すことを許容できる人間か"?」
「いいや、できないね。そんな奴居てたまるか。ぼくは日常を好んでいるんだ、だから普通じゃない事は勘弁願うね」
「ふぅん、アイツみたいな雰囲気で兄貴みたいな考え持ってるってのはちっとばかし人間的に厄介過ぎるんじゃねぇの?」
「いや、君の知り合いもお兄さんも知らないけども、何か貶められているような気がするんだけども。じゃあ、次はぼくが質問することにしようか。その刺青は?」
「なっ!? この伏線の塊である刺青をすぐさま問い詰めるか普通!? いいぜ、飽きるってくらいの桁の行数で語り尽くしててやんよ!」
「いや、ごめん。やっぱ興味ないや」
「何で質問しやがった!?」
「取り立てて言うならば、目立つから?」
「そんな理由で人の頑張ってる部分を蔑ろにするんじゃねぇ!!」
「あ、やっぱり頑張ってるんだそれ」
「俺のファッションを! センスを! お洒落頑張ってるっての一言で済ませるんじゃねぇよ!!」
「いやはや、結構奇抜だよ君のそれ。正直、この前会った針金みたいな人くらいに印象的だしさ」

 名も知らぬ彼は沸点間近の水がいきなり凍ったかのように表情を冷ます。擬音を使えば、きょとん、だ。

「は? 兄貴に会ったのか。よく生きてたな、お前」
「うん? 君みたいに質問されただけなんだけど。『君は妹とか好きかい?』って。好きですって即答してから意気投合して二人で語り合ったくらいだけど」
「あー……、同族の匂いを感知しやがったのかあの馬鹿兄貴。まぁ、それ俺の兄貴なんだが……。何処でいつ会ったよ」
「そうだね……、確か一週間前くらい前に二つ前の駅の商店街の近くで会ったんだっけかな。ああ、そういや刺青入れた弟を探してるってついでに言ってたね」
「俺の事ついでかよ!? あぁー……、なんか俄然やる気出てきたわ。ぜってぇ見つかってやんねぇわ」
「ははは……、まぁ、その、なんだ。頑張って」

 それから他愛の無い雑談で終点までの暇を潰させてもらった。特にぼくが気になった話題は彼が言う欠陥製品。戯言遣いという人物のことだった。
 自分の手を自ら折りながら戯言を吐くドMなサディストだとか、その人の周りにちょくちょく居る人類最強の赤い人物には気をつけたほうがいいだとか、それからカップメンを食べる最高の待ち時間は何分だとか、神は居ないけど幽霊は信じれる理由の討論だとか、くだらない雑談で殆どを埋め尽くす結果になった。
 終点間際の駅で、彼と別れ、IS学園へ向かう最後のレールの上でふと思う。

「そういや、名前を聞くのを忘れていたな」

 でも、また何処かで会えるようなそんな気分だったから、そんな別れもいいのかもしれないな、だなんて思ってたら終点についた。
 朝の六時。始業式まで後三時間程の時間があるので、教師としてIS学園に居る姉に会いに行くことにした。受付の人に学生証を見せ、姉の居場所を聞き出す。
 この時間はまだ会議の時間ではないため一年の寮長室に居るだろう、とのヒントをくれたので、寮長室の場所を聞いてからその場を後にした。
 広い校庭や技能場、コロシアムのようなISアリーナなどを背景に道を辿るとランニングしている胴着姿の女の子の姿が前に見えた。
 白いリボンでくくってポニーテイルにしているその少女の豊かな胸が揺れまくってて大変なことになっていたのを、思春期真っ只中のぼくは見つめてしまった。
 ええい、落ち着けぼく。混乱してんじゃねぇ、心臓! こんなことでパニクってんじゃねぇよ。中学生じゃあるまいし……っ。
 そんな些細な抵抗を脳裏で繰り広げていたら、眼が合ってしまった。
 少女は信じられない、といった様子でぼくを見るが、別にぼくは死人ではないので、心当たりがなかった。
 
「い、一夏っ!?」
「え、あ、そうだけど、どうしたんだい"箒ちゃん"」

 口から自然に零れた少女の名前。そうだ、彼女の名前は篠ノ之箒だった。小学三年生まで《俺》と幼馴染していた少女の名前だ。

「…………失礼ながら、貴方は誰だ」

 一瞬で睨むような疑いの視線をやった箒ちゃん。さすが幼馴染であるだけはある。彼も報われることだろう、こうも自身のことを分かってくれる人が居るなんて。
 ぼくは、やや苦笑しつつ口を開く。

「そうだね、君にはまだ伝えてなかったね。ぼくの名前は君の知っている通り、織斑一夏だ。ただ、中身が変わったというだけでね」
「……中身だと?」
「細かい説明を要約するなら、記憶喪失の二重人格だと思ってくれればいいよ」
「記憶喪失……だと? どういうことだ、確かに一夏は自分のことを《ぼく》とは呼ばないし……」
「喜ぶといい。《ぼく》の中に、まだ、《俺》だった《織斑一夏》は存在しているから。"初対面"のぼくが君の名を呼んだのは、そういうことだから」

 絶句して言葉にならない箒ちゃんは立ち尽くしていた。それはそうだろう。久しぶりに出会った友人が、記憶喪失で、さらに別人であるのだから、戸惑わない方がおかしい。彼女もまた、千冬さんみたいに割り切ってくれるといいのだけれど。さすがにこの年代の少女にトラウマを刻み付けるのは、いい気はしない。

「それじゃ、息災で。お姉さんによろしく頼むよ、"箒ちゃん"」

 そう言い残してぼくは歩みを進めた。今の彼女に説明しても混乱して堂々巡りを起こすに違いない、少しだけ放って置いた方が彼女のためだろう。
 この場に居るということはまだ縁が合う可能性があるということだ。どうせまた、彼女の方から会いに来るだろうさ。
 呆けたままの箒ちゃんを置き去りに、ぼくは寮長室のある寮の階段を探して上る。
別に運動不足というわけでもないぼくには特に疲れもしない距離だった。
 数度ノックして、声をかける。内側から鍵が外れる音がしたので、遠慮なく入ることにする。
 視界に移る山、山、山。おい、千冬さん。一人暮らしの片付けられない女じゃあるまいし、なんてゴミ屋敷に住んでるんだあんたは。
 そう突っ込みたくなるような酷い有様だった。部屋着なのだろうYシャツだけを着て、ちらりと見える生肌や太もものあたりがセクシーで、少しだけ目のやり場に困った。目の保養だと割り切っても良いが、ぼくらは姉弟だ。それって結構不純だと思うんだ、是非推奨したいけど。
 後ろ手で扉を閉め、正面に立つ女性――我が姉たる織斑千冬に口を開く。

「あんた、なんて部屋に住んでるんだ!?」
「朝の挨拶がそれか。し、仕方ないだろう。教師というのは何分忙しくてだな……」
「……はぁ。御託はそれだけですか、千冬さん。自分の家事力の無さを嘆くなら今ですよ」
「く、ぐぬぬ……。片付ける前に増えるのだ。不衛生が悪い!」
「はいはい、掃除するから触って欲しくない着替えを拾ってください」

 その言葉でハッとした様子で振り返り、ベッドの端に見える脱ぎ捨てられた下着やシャツらを即座に回収し、辺りを見回し始めた我が姉に幸あれ。
 いつになったら嫁に貰ってもらえるのか、そう考えるだけで少しだけ不安になる姉を一瞥して、積み重なった空き缶やつまみの袋などのゴミを拾う。集めたゴミは一リットルの袋パンパンに収まり、朝早いために掃除機を使わず雑巾や箒を駆使して掃除を開始する。
 その間邪魔なので千冬さんには洗面台の前で着替えを行ってもらい、三十分くらいで掃除を終えてすっきりした部屋へ千冬さんを招く。立場が逆な気がする。

「ぼくが居ないからって自堕落な生活は駄目だって言ったじゃないですか。本格的に嫁に行き遅れますよ」
「ぐぅっ!? ひ、人が気にしている部分にざっくりと言いよってからに……。お前はどうなのだ。彼女くらい一人や二人作ったんだろうな?」
「いや、二人は駄目でしょうよ。正直に言って必要無いんですよね。別に一人で家事と仕事両立できますし。何処かの姉とは違って」
「…………い、一夏が虐める……」
「はいはい、項垂れない床に崩れない。これもまた愛の鞭って奴ですよ。そろそろ学習してくださいね千冬さん」
「……お前が傍に居れば一生楽できるかもしれん(ボソリ)」
「ちょ、なに諦めてるんですか!? 最近千冬さんぼくを執事か召使だと思ってません!? ほら、立って。ああもう、寝癖取れてないじゃないですか」

 綺麗になった床でよよよと崩れ落ちている千冬さんの髪を洗面台から持ってきたくしと寝癖を直すための水の入った噴射機で梳かす。耳の後ろ側とか後頭部側とか鏡で見えないような場所に寝癖が立っていて、正直世界最強のIS乗り【ブリュンヒルデ】の千冬だとは思えないくらいにダサい。
 無言でぼくに手直しされている千冬さんは何処かしょんぼりとしていて、まるで叱られた犬のようだった。犬耳と尻尾が見える気がする。
 
「はい、終わりましたよ。今日からはぼくが近くに居るんですから、少しは気をつけるくらいしてくださいね」
「……ああ、そうだな。努力は得意だ。……長続きしないのが欠点だがな」
「千冬さんの場合、全てに一生懸命過ぎるんですよ。もう少し肩の荷を放り投げたらどうです」
「何処にだ!? はぁ。そう簡単に投げれるものなら投げてしまいたいのだがな。世界最強という肩書きも色々と大変なのだぞ。舐められたら終わりだからな」
「まぁ、それもそうですが……。まぁ、程々に肩の力を抜いてくださいね。まぁ、ここまで自堕落には困りますけど。掃除するの誰だと思ってるんですか」
「お前だろう」
「畜生、分かってたけどあんた一生ぼくをコキ使うつもりだな!? 一応言っとくがぼくは弟だからな!?」
「弟の全ては姉のもの。姉の仕事は弟のものと言うではないか。問題ないだろう?」
「……一瞬そのどっから湧いてくるか分からない自信溢れる顔に頷きかけたけど違うからな! 女性の千冬さんに倒れられると困るからやってるだけだからな!」
「なぁ、一夏。その、なんだ。すまなかった。もう少し頑張ろうと思う。まさか、そこまで考えてくれているとは思ってなかった」
「…………はぁ。今日からビールは二缶ですからね」
「なっ!? 後生だ、せめて三つにしてくれ」
「……千冬さんのプライベート生徒に流しますよ?」
「分かった、二缶で我慢しよう。だから休日は勘弁してくれ」

 そう縋るような瞳で上目遣いされたら、だが断る、と断るに断れないじゃないか。これだから、女性は卑怯だ。魅力的過ぎる。結局、ぼくが折れた。
 あんまり長居しても千冬さんの邪魔になるので、ぼくは入学式の前に校内を見学しておくことにした。どうせこれから過ごす場所だ。知らぬで居るよりかはマシだ。
 しばらく探索していたら予定の時間になっていたので体育館へ、座らされた入学式の席で鉄の処女のようなたくさんの視線を身体に突き刺さられ、それが教室まで続くなんて、地獄だとしか思えなかった。
 正直、もう、帰りたくなって来た。昨日電話の席でぼくの現状を羨んでいた友人の弾と変わってやりたい。
 いっそのこと開き直ってハーレムでも作ってみようか。

「……はぁ、戯言だよなぁ」

 ぼくの呟きは副担任の山田真耶先生の口上に押し負け、そのまま机に突っ伏したくなる気持ちに負けて、ぼくは肩を落とした。
 窓側の席に居た箒ちゃんの視線が痛かった。
 正直、折れそうだ。
 がくっ。


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