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No.34794の一覧
[0] 【壱捌話投稿】戯言なるままに生きるが候 (一夏改変IS・戯言&人間シリーズクロス)[不落八十八](2013/03/10 14:47)
[1] 壱話 出会いと別れ。[不落八十八](2012/09/04 16:46)
[2] 弐話 玩具な兵器。[不落八十八](2012/09/04 17:00)
[5] 参話 再びの再会。[不落八十八](2012/09/17 02:28)
[6] 肆話 出会うは最悪。[不落八十八](2012/09/17 02:28)
[7] 伍話 根源回帰。[不落八十八](2012/10/27 16:56)
[8] 陸話 誰がために道を歩む。 [不落八十八](2012/09/22 19:21)
[9] 外伝短編“柒飛ばし” 織斑千冬の人間関係[不落八十八](2012/12/18 23:24)
[10] 捌話 生まれ出でし混沌。[不落八十八](2012/09/17 11:19)
[11] 玖話 代替なる君へ。[不落八十八](2012/10/16 00:42)
[12] 壱零話 似た者同士。[不落八十八](2012/11/24 16:39)
[13] 壱壱話 嵐の渦中。[不落八十八](2012/10/06 01:16)
[14] 壱弐話 空が泣く日。[不落八十八](2012/10/13 23:00)
[15] 壱参話 壊れ始める世界の上で。[不落八十八](2012/10/27 11:27)
[16] 壱肆話 山猫さんの憂鬱日。[不落八十八](2012/10/27 14:16)
[17] 壱伍話 迷宮(冥求)[不落八十八](2012/11/24 13:34)
[18] 壱陸話 喪失(葬執)[不落八十八](2012/12/21 00:16)
[19] 外伝短編“壱柒飛ばし” 織斑千冬の人間関係② [不落八十八](2012/12/26 22:26)
[20] 壱捌話 戦争(線沿) NEW[不落八十八](2012/12/26 22:45)
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[34794] 壱参話 壊れ始める世界の上で。
Name: 不落八十八◆2f350079 ID:c36b78e8 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/10/27 11:27


 終わり良ければ全てよしと言うのなら、戦争という行為は無駄な争いである。












 天は人の上に人を作らずと言っておいて、自分のことを棚に上げてしまう神様ってもんは我侭な奴なんだろう。
 結局のところその言葉の最後には、んなわけは無い、というオチがついて、やっぱり上には上が居て下にはさらに下が居るのだ。
 雑草のような人たちが居て鷹のような人が支配しているこの世界で、個性というものは半没した自己主張なのだろう。
 どんなに手を上げても埋まった身体は社会の呪縛という泥沼にずぶずぶと埋まって――決して届かない。
 泥沼から引き上げる何かが無い限り、人生という船は泥船でしかなく、むしろ深みに嵌っていく地獄でしかない。
 それはもう絶望だろう。
 人間たるもの個性あれ、などと言う大人たちは理不尽に教養という名の強要を、古過ぎて錆付いた埃まみれの誇りを奮って古い教えを、子に教授する。
 そんなナンセンス極まりない愚考を最良と考える人間に支配されている世界というものは、まさに地獄だろう。
 相容れぬソフトを現代のハードにぶちこむような、愚か過ぎる幻想を抱いてどう生きろというのだろうか。
 過ちを正さずに何を正義を呼べというのだ。悪を挫き、弱きを救う。そんな在り溢れた言葉で片付くほどに正義という概念は安くない。
 では、何をもってして正義と呼ぶべきなのだろうか。
 ぼくには――分からない。
 昨晩に束さんに電話をしてみたのだが居留守というか集中の蚊帳の外に電話というものはあるらしく、取り扱うこともなく無駄に流れるコール音に拒絶されたのだった。それほどまでに執着する事だと、ぼくはこの計画の重要さを再確認する。
 朝のHRが始まる数十秒前といったところでぼくは突っ伏して組んだ腕の中でどうしようかと嘆息を吐いた。
 ドアが開き、淡々と黙々とした様子で千冬さんが入り、その後をわたわたと山田先生が続く。さらにそれに続いてHRを開始する古臭い二本の貫禄あるチャイムが鳴る。今日もぴったりとHRを始める千冬さんのカリスマに脱帽せざる得ない。
 普段通りに出席を取り、ぱたんと出席簿を閉じた千冬さんは何処か嬉しそうな顔で口を開いた。

「よし、全員出席しているな。今日から空いた席が二つ減る。入れ」

 そう問いかけた先は廊下。そこから現れた二人の姿に目が自然と向く。

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れなことも多いかと思いますが、みなさんよろしくお願いします」

 一人は金髪の美男子のように見える童顔の……うん? 男子制服だな。ということは余程の理由が無い限り男性だと言うことなのだが、それは――おかしい。現時点で一夏くん以外の男性IS操縦者の存在は明らかになっていない。
 世論にすら取り上げられないということは非公式にここに居るか、そもそも情報を開示していないということだ。
 怪しい、この一言に尽きる。要注意人物として監視、又は尋問をする必要があるな。
 そもそも……フランスでデュノアだと? 完璧に黒、判決は死刑ってくらいに黒だ。
 デュノア社はフランスのIS企業の頂点に立つ企業だが第二世代Iから第三世代へ移り変わることができなかった世界的凡人企業だ。
 ドイツやイギリスといった国に差をつけられている現状であるからして、他の国のデータを盗りにでも来たのだろうか。
 ……待てよ、盗りに来た?
 ならば、他国よりも優先すべき人物が居るはずだ。それも、この一組に。ちらりと前の方の一夏くんを見やる。
 男性唯一のIS操縦者。それに取り入るのであれば、同年代かつ男性であることはかなり有利になるはずだ。
 なるほど、女の子っぽい美男子、ではなく、美男子に見える女の子、ってことか。つまり、男装麗人――女の子だ。
 よし、後で拷問……もとい、尋問だ。

「…………………………きゃー」

 ……何とも棒読みな黄色い声が何処かから漏れた。
 まぁ、無理も無い。
 一組の女子は殆どが隣の施設のIS工学科の生徒たち、むさくも漢らしい職人気質の男子たちに目線が向くため、ジャニーズ系のようなも美男的な存在にはあまり興味が無いのだ。
 そもそも、"織斑一夏"の中身がぼくだった頃にもぼくは他のクラスからのアプローチが多かったために、好意的(Like)見られるが感情的(Love)には見られていなかったのだ。明らかにそっちのベクトルに向いている男装麗人は一組の女子にはうけなかった、ということだ。

「くふふ……、迸る……ッ、ペンが走り続けて止まらない……ッ」
「これで次のお披露目の画材は決まったわ……。ふふふ……」
「一夏くん×シャルルくんかな……。一夏くんのへタレ受け……、いいわぁいいわぁ……ッ」

 もっとも、腐ってる女子たちには大好評らしい。恐らくながら男装麗人であることがバレても男性化させて描かれるに違いない。
 そして、もう一人の転入生は――やっぱり、彼女だった。

「……ラウラ・ボーデヴィッヒだ。教官には故郷ドイツで指導を受けた恩があるため、仕方なく貴様らと馴れ合ってやることにした。ちゃん付けしたら脳に送る酸素を増やすのを手伝ってやる。以上だ」

 擬音でゴゴゴゴゴと背中から語られそうな軍人魂全開の雰囲気で、冷たかった教室(一部の貴腐人を除く)の空気をさらに氷点下まで下げた。だが、一部の女子たちはゾクゾクッと背筋を歓喜に震わせて熱っぽい視線をラウラちゃんに送り始める。
 そう、冷えたのは空気だけだ。
 朝日に煌めく美しい銀髪、透き通るような陶器の如く白さを持つメリハリのある若い肌、左目の黒い眼帯が軍人らしさを助長していた。
 ……もっとも、もう少し身長があれば軍人らしく映えるのだが、ぼくよりも少し小さいラウラちゃんでは生意気な女の子にしか見えない。

「……軍人気質の幼女、か。最高だねェ……」
「可愛いなぁ……、妹にしたいなぁ……。そんでもって踏まれて暴言を吐いて冷たくされたいなぁ……ッ」

 一部の変態がアップをし始めたみたいだ。大人気でよかったねラウラちゃん。
 当の本人はジロジロと一夏くんを見ていたが、時折首を傾げていた。むすっとした顔で教室全体を見渡し――視線が合った。
 そしてラウラちゃんは数秒きょとんとした後、にんまりと微笑みを浮かべた。
 やっべ……、マジで嬉しい。セシリアちゃんの時も嬉しかったけど、今回はかなり嬉しい。後でうんと甘くしてあげよう。
 添い寝と膝枕と耳掻きもいいな、お風呂に入るのも良いし……ああもう休み時間までの時間がもどかしい。
 
「では、HRは終了する。一時間目はISの模擬戦闘の講義を行う。着替えて第二グラウンドに集合しておくように。以上、解散」

 普段通りに振舞う千冬さんの号令で一組はわいわいがやがやと騒ぎ始めた中、ぼくは一目散にラウラちゃんに向かっていった。
 ラウラちゃんもこちらへ歩んでくれて教室の真ん中でぼくらは久しぶりの邂逅を果たした。

「事情は教官から聞き及んでいる。これからよろしく頼むぞ山猫」
「ああ、勿論さラウラちゃん。再会のお祝いに何か焼こうか。何がいい?」
「そうだな……お前のチーズケーキが食べたい」
「うん、わかった。後で食堂で材料分けてもらうね」

 ぼくは嬉しさと愛しさのあまりラウラちゃんを抱きしめる。「まったく、お前は変わらんな」と何処か嬉しそうにしてくれるラウラちゃんが愛しい。ああもう、可愛いな。可愛いから可愛いなラウラちゃんはっ! 一日中甘やかしたい気分が止まらない。
 そんな様子を真ん中で繰り広げていたら「キャー♪」と、黄色い声が辺り一面から聞こえた。どうやらぼくらの様子を百合研究同好会のメンバーと山猫同好会のメンバーが歓喜の声を漏らしたらしい。何処か恍惚としていて何だろう……貞操が怖くなる視線だった。
 そんな中、デュノア社の刺客は一夏くんに手を取られて廊下に出て行ってしまった。ああ、そうか。着替えはアリーナの更衣室だから即座に向かわなくてはいけないんだっけ。しまったな、女性の身であるが故の不利か。
 ……つっても、あの一夏くんならハニートラップは効かないだろうし、大丈夫かな。彼の好みは年上属性らしいし。
 女子生徒の中で着替えることにも慣れてきたし、ささっとISスーツに着替えてパーカーを羽織った。男性の前で肌を露出し過ぎるな、というルールが加わったために女性は上着を着る事が許されているのだ。
 まぁ、別にのほほんちゃんほどに大きくもないし、隣のラウラちゃんのように堂々としていればいいのだけれども、この灰色のパーカーは二年間程の愛着があるものなので着ていたいのだ。
 子供が幼い頃から使ってきたタオルケットに安心を求めるように、ぼくはこのパーカーに安息を求めているというわけだ。
 まぁ、くーちゃんからの唯一の贈り物だから、という点が一番大きいのかもしれないのだけれども。
 ラウラちゃんの手を取って第二グラウンドへ向かうと腕を組んだ千冬さんが凛々しく立っていた。
 整列した列に並び、鬼教官たる千冬さんの言葉を待つ。

「では、今日から実技訓練の指導に移行する。格闘及び射撃の実践訓練は危険が伴う。そのため、今日の戦闘訓練は専用機を持つ生徒に模範的行動を行ってもらう。そうだな……、織斑妹。やってみせろ」
「えー……、なんでぼくなんです?」
「お前が一番この中で実力があるからだ」

 ぐうの音も出なかった。まさか、そう切り返されるとは。「そうだよね」「確かに山猫様なら……」などと同意の声が聞こえてくる。
 ま、マジかぁ……。やだなぁ。めんどくさいし、そもそも武装がまだ整っていないんだけれども。
 対戦相手は……と目線をやれば、千冬さんは空に視線をやった。上?

「うわわわわわ!?」

 凄まじい速度でぐるんぐるんと回転しながら落ちてくる副担任が見えた。……どういうことだよ、まったく。

「……仕方が無いですね。精々見やがってくださいませーっとッ!」

 跳躍した瞬間に黒式という新しいデザインの装甲が展開される。
 上空から落ちてくる山田先生のラファール・リヴァイブというフランスの第二世代ISの腕を掴み、誰もいない方角へと放り投げる。
 空中でホバリング宙返りという中々の芸当を見せ付け、山田先生は地面に着地した。
 なぜ、空中で暴れていたのか分からないくらいに綺麗に着地した。えぇ……?

「……山田くん、またか。またなのか君は……」
「え、えへへへ……。すみません、またミスっちゃいました」
「山田先生、ちょいとよろしいです?」
「はい?」

 ぼくは山田先生に近づき、コンソールを勝手に開いて世間的に言うオプション的ウィンドウを開く。
 ……やっぱり、空中制御のシステムのいくつかがOFFになっており、むしろいらないものがONになっていた。
 溜息を吐き、設定を直してあげる。
 素人が手を出したらこんな感じになるって並びだったから勝手に触ったんだろう。この人のことだ、在り得る。

「これで大丈夫だと思いますよ。もしかして、コンソール開いて勝手に弄ったりしたんですか?」
「え、えっと…………だ、だめだった?」

 そう天然ボケをかましてくれた山田先生に呆れて声はでなかった。目の前の豊満な胸に目を奪われながら、ぼくは溜息を吐いた。
 千冬さんの溜息と共に、生徒たちから「やまやまなら仕方が無いね」という雰囲気が流れ始める。
 それを察したのか、千冬さんは「こほん」とわざとらしい咳払いをした。

「……それでは、模擬戦闘を行う。山田くん、織斑妹、構わんな?」
「はい!」
「……はーい」

 ぼくらは上空に飛翔し、十分に距離をとって対峙した。
 こちらの兵装は皆無。なので、山田先生のスタイルに合わせて装甲から削りだすか、はたまた徒手空拳で倒すか。
 その二択でぼくは、様子見を選ぶ。正直、どちらでも接近戦には変わりないため結局変わらないからだ。
 
「では、はじめ!」
「お手柔らかにお願いしますね♪」

 そう可愛らしく言いながら取り出したそれは五十一口径アサルトライフル――アメリカのクラウス社のメジャー商品たるレッドバレット。
 なるほど、山田先生は接近戦型ではなく中距離制圧型なのか。厄介だな、近づきたくない。きっとショットガンも持っているはずだ。
 牽制射撃を避けながらぼくは上空に上がる。こちらに遠距離戦を行える武装は無い。そして、速度ある銃器と戦うためにはそれ相応の速度が必要だ。なので、ある程度ぼくは無茶をすることにした。

「イグニッション、スタート」

 お馴染みPICによる初速度変化により人間が耐えられるギリギリのGが発生するくらいの速度に抑えて、上空から急転直下した。
 「うぇ!?」と超速度のぼくへ山田先生が射撃を行う。それを全て回避して、戦闘機のようなドッグファイト方法でぼくはライダーキック。
 辛うじて避けた山田先生の後ろ姿を見ながら、反転せずに今度は左方へ展開し、避けて、再びライダーキック。

「きゃっ!」

 凄まじい速度の飛び蹴りが掠る。
 ……さすが先生クラス、あの速度でも避けれんのか。あまり甘く見ていると撃墜されかれないな。
 再び旋回し、回避し、ライダーキック。同じような戦法ではあるが、これはとても利に適っているのだ。
 まず、移動速度がマッハを超えているために弾を弾き易い。そしてあちらから見ると点のように見えるため当たる範囲を狭める。
 それらは、ショットガンを構え難い理由になる。散弾の面を一点で突き刺すのだから、使う必要が無い。むしろ、不利だ。
 もっとも、装填されている弾丸の種類がバックショット弾であることが前提だが、山田先生の性格からしてスラグ弾やフラグ弾を使わないだろうし、そもそもそれらを使うのであればグレネードランチャーを使うだろう。
 アサルトライフルによる精密射撃をロールや回避行動で避けながらぼくは山田先生目掛けて空を切り裂く。
 言うなれば、ぼく自身が弾丸だ。当たった瞬間に三分の一は削れる程の大口径の一撃。千冬さんなら片腕で受け止めてカウンターを狙う可能性もあるが、山田先生にそこまでの度胸と技量は無いだろう。 
 カチンッと全段を撃ち切った音が聞こえた瞬間にぼくはキック体勢ではなく瞬時加速を用いて肉薄。片腕を掴む。

「あ、もしかして」

 地上で箒ちゃんが呟いた。その想像通りのことをぼくはしてやった。
 PICコントロールによる速度指定付加。
 ぶんぶんと山田先生の機体を振り回し、そのまま誰も居ないグラウンドの方へ放り投げる。
 そのままぼくはお馴染みライダーキックを決めて、そのままムーンサルト、浮き上がった体にヤクザ蹴りを喰らわす。
 無論、PICのコントロールは奪ったままの蹂躙状態で、だ。
 凄まじい速度で吹っ飛びながら悲鳴をあげながら山田先生はグラウンドを削り、近くの木に不時着して「くぴゃっ!?」と踏まれた蛙のような声を出してぐったりとした。
 華麗にぼくは千冬さんの前に凱旋し「終わりました!」と良い笑顔で言った。
 出席簿で叩かれた。
 何故に。

「遣り過ぎた馬鹿者! 山田君は一応元代表候補生で少しながらのプライドがある。雲泥の差があるとは言えもう少しスマートにやれ」
「つまり、もっと肉薄してボコボコにすればよかったと」
「んなわけあるかこの大馬鹿者ッ!!」

 グラウンドに乾いた出席簿の良い音が響き、その音で「ご、ごめんなさい! ……あれ?」と目をぱちくりして起き上がる山田先生の姿が横目で見えた。「そもそもだな……」と、素手で倒すのは屈辱的過ぎるから武器を使ってやれ、もう少し一般人でもできるような戦法をとれ、そもそもお前を選んだ私が馬鹿だった、などと色々と酷い言われ様だった。
 ……しまった、山田先生の顔を立てるのを忘れてた。その後、千冬さんを止めに山田先生が介入するまでぼくは説教をされていた。
 今回の件でぼくが学ぶべきは、時には人の顔を立てることも大切だ、ということだろう。
 千冬さんは若干口下手なところがあるから説教になってしまったが、確かに言われてみれば生徒が元代表候補生の先生をあっさりと倒すというのはよろしくない。もしも、ぼくではなく鈴ちゃんやセシリアちゃんだったなら圧勝する姿を見せ付けて教員の強さを誇示することができたはずだ。
 ……つまり、勝ってもいいが見せ場ぐらいは作ってやれ、という大人な説教だったわけだ。うーむ、人間関係は難しい。
 ちなみに、その後鈴ちゃん&セシリアちゃんペアVS山田先生で行ったのだが、案の定山田先生の作戦勝ちで圧勝した。
 
「えー、こいつが強過ぎるだけでこれが一般的な結果だ。以後、敬意を払って接するように。では、次だが――」

 ぺしぺしと軽くぼくの頭を叩きながら千冬さんは騒ぐ生徒たちに言い聞かせるように次の行動の説明していた。
 痛くないけど身長が縮むのでそろそろ叩くのを止めてください。そんなことを思ったら、優しく撫でてきた。
 …………う、嬉しいとは思ってないんだからな。













 翼を持たぬ人間は天国に行けず、地獄へ落ちるのだろうか。













 
「……疲れましたわ」
「……そうね」
「あはは……」
「大変だったな」
「いやでも、楽しかったけどな」
「ふん、軟弱者共め」
「まぁ、普通はこうなるよラウラちゃん」

  午前中はあれから起動テストを淡々と行い、昼休み開始ギリギリまでISをカートに載せて格納庫へ押していたために非力な女の子たちはぐったりモード。剣道という体力育成の場があった一夏くんと箒ちゃんは少々疲れ気味だがぴんぴんとしていた。
 そして、ラウラちゃんとぼくは鍛え方(身体が普通と)が違うために疲れ無し。
 現在は屋上でまったりとご飯タイムだった。それぞれ持ってきたお弁当を展開し、十人十色な光景を作り出していた。
 箒ちゃんの和風な唐揚げ弁当、鈴ちゃんの中華酢豚弁当、セシリアちゃんのサンドウィッチ弁当、ぼくの国産地鶏の焼き鳥弁当。
 残念ながらお弁当を持ち合わせていなかったデュノアの刺客もといシャルルちゃんは購買の菓子パンだった。
 ちなみにラウラちゃんは軍用レーションで、一夏くんはハンバーグ弁当。
 
「山猫さん、どうぞ召し上がってくださいまし」
「………………」

 比較的ダメージが無さそうなのは……どれだろう。
 そんなことを思いながら差し出されたバスケットから恐らく玉子だと思われるサンドウィッチを掴み、口に持っていき、噛み切る。
 最初の段階で歯に玉子の殻が当たることがなく一安心したが、……辛ッ。これは……マスタードか?
 また「色味が~」だなんて言って加えたんだろう。
 ぼくは首を傾げながらそわそわしているセシリアちゃんの口に玉子サンドを突っ込む。

「んぐっ!? …………~~~ッ! 辛いですわぁ……」
「なぜ玉子にマスタードを入れたのか問わないけど、また味見を忘れたねセシリアちゃん?」
「……申し訳ありません。少々浮かれていた節がありますので恐らく……」
「……まぁ、玉子の殻が入ってたりわさびが入ってた頃よりかはマシだから良い進歩だね。味見の習慣さえつければきっと色味よりも大切な何かを大事にできるだろうから、さ。見た目は大事だけど全てじゃないんだよ」

 しゅんとした様子でセシリアちゃんはバスケットを下ろす。ぼくはそこから二、三個拝借して一つを口に咥える。
 「もう、山猫さんったら」とセシリアちゃんは嬉しそうに、でも何処か悔しそうに微笑む。
 確かに多すぎるマスタードに苦しむが、これはこれで斬新な玉子サンドだ。折角作ってくれたのだから食べないと可哀想だしさ。
 最初の頃に「不味い。見た目を気にした事は評価するけど、味は最悪だ。星一つもやれないよ」とばっさり切り捨ててから、料理が何たるかを説教したのが懐かしい。
 
「お、漢前過ぎるわよアンタ……」
「一夏もこれぐらいの甲斐性があればな……」

 その乙女の呟きに「うっ」と胸を押さえる一夏くん。恐らく言葉の槍がその胸を貫いたのだろう。
 しかしまぁ、それが分かるようになっただけ朴念仁からは遠ざかりつつあるようだ。
 乙女地獄訓練の成果が出ているようだ、良かったね鈴ちゃん箒ちゃん。
 ぼくはラウラちゃんとセシリアちゃんにちょいちょい地鶏の良い所を「あーん」としてあげながら、ラウラちゃんから貰った軍用レーションで口をパサパサにしつつ、玉子サンドの辛味に耐えて、一足早く昼を終えた。ああ、缶珈琲が美味い。

「仲が良いんだね」
「まぁ、二人は一夏くんの彼女的存在だからね。いつもイチャこらしてるよ、あんな感じに」

 鈴ちゃんは酢豚を、箒ちゃんは唐揚げを、一夏くんの口元へ「あーん」と向かわせて乙女乙女していた。二人の料理の腕は良い方なので一夏くんも「美味い美味い」と言いながら自分のハンバーグを二人に「あーん」と返しているのでおかずには困らないようだ。
 それをとても羨ましそうに見るシャルルちゃんの瞳には影が見えた。まるで、眩しい光景を見ているような、そんな感じの瞳だった。
 だが、スパイの件は別件であるため断罪する際には少しだけ考慮を入れてやっても構わないが、ばっさりとやる予定だ。
 
「そういえば山猫さんのお慕いしているくーちゃんという方のお調子は如何ですの?」
「ああ、最近ようやく回復の目処が立ってね。嬉しい限りだよ」
「あら、それは良かったですわね。退院なさったらわたくしを紹介していただけます?」
「あー……、約束はできないかな。でも、"仲の良い友人"って紹介の場を設けたいとは思ってるよ」
「……ふふふ、あざといですわねぇ」

 セシリアちゃんは何処かにんまりと微笑みながらぼくの左肩に頭を乗せた。ふわりと香るぼくが好きだと言ったラベンダーの香水の匂いとセシリアちゃんの甘い香りが混ざって鼻腔を侵す。やれやれ、案外に良い気分だな。まったく、もう。
 
「……ねぇ、一夏。もしかして二人って……」
「あん? いや、山猫にはくーちゃんって言う彼女さんが居てだな。セシリアが山猫に惚れてNTRうとしてるだけだぜ」
「ええっ!? お、女の子同士なのに!?」
「まぁ、いいんじゃない? 男同士よりは見た目良いじゃない」
「そもそも、山猫の格好の良さは群を抜いているからな。あいつが男だったら今頃ハーレムが結成されているだろうよ」
「へ、へぇ……、そうなんだ……」
「……付け加えるのであれば、あいつほど――恐ろしい存在は居ないだろうな」
「へ?」

 ……ありゃ、もしかして昨日の戦闘バレてたりすんのかな。ぼくをちらりと一瞥してから箒ちゃんは続けた。

「恐らくながらこの学園で山猫に勝てる生物は居ないだろうな。それほどまでに、群を抜いている」
「そ、それはどうして分かるんだい?」
「……まぁ、いずれ分かる時が来るわよ。知らなくても良い話だけどもね」

 何かこの二人カックイイな。ミステリアスな雰囲気が何ともいえない威圧感を醸し出している。擬音で表すならドドドドド。
 
「え、いや……山猫に手を出したら同好会メンバーにフルボッコにされるから誰も手ぇ出せないってことだろ?」
「……まぁ、そうなんだがな」
「女性の本気は恐ろしいわよ?」

 あれ、まったく持って違った。もしかして、可愛らしさ的な意味での最強って意味か。嬉しいやら哀しい(元男として)やら微妙な気分だ。
 一夏くんの一言でそれっぽい雰囲気は霧散してしまった。何というか、ノリがよくなってきたなこの二人。
 そんなオチで昼休みが終わり、午後の授業を受けるために教室へ戻る際にぼくはシャルルちゃんにこう伝えた。
 「放課後、ここで待つ」と。
 IS整備室でIS工学科の生徒と共に履修し、全ての授業が終わる。

「僕は何のために呼ばれたのかな――山猫さん」

 ぼくは一足先に屋上の手すりに座って待っていた。手招きし、近づかせる。しかし、シャルルちゃんは、動かない。

「グッド。良い判断だよそれは」

 恐れなく愚かに近づいていたら組み伏せて真っ先に押し潰すつもりだったのだけれども、中々良い勘してるね。

「……そうかい」
「さて、本題に入ろうか。君は何をしにここに転入したんだい? ――わざわざ男装なんてしてさ」
「――ッ」
「瞳孔の開きに変化、及びに体温の上昇と心拍数の速度が上がったぜシャルルちゃん」

 シャルルちゃんは目を見開き、驚愕の色で顔を染める。

「……君は、いったい何者なんだ。織斑家に存在しない妹の名を語る君は」
「ほう、そこまで調べ上げていたんだ。つまり、君か。"君たち"か。ぼくの存在を亡国へ暴いたのは」
「…………そうだ、と言えば?」
「いや、君の度胸に免じて殺しはしないさ。ああ、殺しはしない」
「――クーヴェント・アジルスちゃんだっけ」

 今度はぼくが目を見開く番だった。
 その様子に「切り札」が有効であり、有利に立ったと過信したシャルルちゃんはにやりと笑みを浮かべて続ける。

「アメリカと日本のハーフ。高町大病院の708室の一人部屋に入院している少女、だったね」
「……なるほど、そこまで知ってたのかい」
「うん、そうだよ。僕に対して行動を行うのなら、それ相応の手段を用いて君の手を止める」
「……………………」
「僕は織斑一夏のデータと他国のIS技術が欲しいんだ。それに協力――してくれるよね?」

 勝ち誇った歓喜の笑み、といった様子で彼女は笑った。だから、ぼくも笑った。

「だが、断る。このぼくが最も好きな事の一つは、有利であると自惚れる愚者の提案に“NO”と断って遣る事だ……ッ!」

 ぼくが先に動いた。

「――ッ!?」
「おいおい、何処を見ているんだよ。さっきからここに居たじゃないか」
「何時の間に背後を!?」

 背中合わせに立つぼくに対し、恐怖感を煽られたシャルルちゃんの鼓動が加速する。
 振り返る一瞬でぼくは彼女の背中に張り付くように移動する。単純に、人の視線で追えない速度で動いているだけだ。
 何も、問題はない。焼き焦げるような床の匂いがさらに虫けらの嗅覚を奪い、感情を煽る。
 それが彼女のプライドに傷を、焦燥感が胸を焦がしたのだろう。シャルルちゃんは何故かバッと背中を床へと押し付けた。
 だから、ぼくはこれ幸いと彼女の首を上から右靴底で押さえた。潰さず、気道を辛うじて確保できるくらいの強さで、ゆっくりと。

「ぐっ!!」
「君たちが始めてだよ。ぼくを本当に怒らせたのはさ。びっくりだ。まさか、虫けら如きにぼくがキレるとはね。思っていなかった」
「…………僕をどうする気なんぐッ!?」
「ぼくが喋ってるんだ、黙れ。取り合えず、デュノアの全てを殺すつもりさ。家系、社員、ついでに生まれ故郷を消してやる」
「……………………」
「それだけじゃまだ足りない。死体全員の血液で君を悶絶するまで溺れさせてあげるよ。大丈夫、殺しはしないから。死にたくなるようになるまで何度も幾度も繰り返して遊んであげるさ。それに飽きたら君の手足を焼き捥いで、何処かのスラムにでも捨ててあげるよ。良かったじゃないか。君は女として生きて、女として快楽を得ながら死ねるんだ」
「いやだ……、そんなの、嫌だッ!」
「汚泥のような絶望を噛み締めて死ね――シャルル・デュノア。豚のような悲鳴をあげて、ゆっくりと快楽に溺れて死んで逝け」
「いやだいやだいやだいやだぁああああ!!」

 全力で靴底を押し返そうとするがISの展開無しにそのようなことはできず、逆にぼくに少しだけ強く踏まれることになる。
 目を見開き、苦しみに悶える姿を見て、ぼくは少しだけ満足した。
 そのままぼくは靴底の先を首から胸へと変え、そのまま腹部を通過して子宮の上部で足を止める。
 びくんとシャルルちゃんの身体が跳ねる。そのままぼくは力を入れ始める。じっくりと、ゆっくりと、いやらしくも、恐ろしく。
 
「――そこまでだ、山猫」

 声がした方向を見やれば、千冬さんが鷹の如く鋭い視線でぼくを見ていた。そんな、馬鹿な事があってたまるか。
 まさか、目の前の姉は自身の呼吸や鼓動を押し殺してぼくの背後を取ったというのか!? 気付かれないためにか!?
 そんな人間離れした芸当ができるわけが……、そこでぼくの思考は止まった。
 いや、この人なら。
 人類最強の請負人の友人たる世界最強のブリュンヒルデならば、可能なのか。
 虫けらを踏み潰して愉悦に浸っていたぼくの興奮は一気に冷めることになる。
 ぼくは目の前の最強に――恐れた。

「前に、お前は言ったよな。殺しは許容しないと。あれは嘘か」
「……そんなの狂言ですよ、千冬さん。そもそも、自然の摂理において生きる死ぬという現象は有象無象の概念でしかない。何のために生きて、何のために死んで、何のために何を成すのか。そんなことはどうだっていいんですよ。在るか、無いか。それだけで十分でしょう。逆に問いましょうか。貴方はどうして在るのか、と。答えられるのであれば、愚問であると分かるでしょう。許容するまでもない"当たり前な事"をどうして再度問う必要があるというのですか」
「……つまり、お前は人を殺せる人間だと言うことか」
「ええ、そうなりますね。ぼくは――人を殺せる兵器ですから」

 千冬さんは冷たい目で、何処か悲しみの色を浮かべながらぼくに近寄った。
 一歩ずつ。その一歩に込められた意思の重さが空気を粉砕し、ぼくを恐怖させる。
 ぼくは乗せていた右足を下ろし、対峙する。目の前の最強に。
 ゆっくりと手を広げ、千冬さんはぼくを――優しく抱きしめた。

「お前は頑張り過ぎだ。何を考えているのかは知らない。だがな――姉をあまり舐めるな。お前くらいの心の憂いくらいは見抜ける」
「……つくづくぼくは最強という単語に弱いですね。今の貴方に、人間であるはずの貴方に――勝てる気がしない」
「当たり前だ。私はお前の姉だ。姉に勝つ妹があってたまるものか」

 嗚呼、この人には敵わない。そうぼくは心の奥底から心底思った。
 
「……はぁ。分かりましたよ、皆殺しは止めます。そこのシャルルちゃんにちょいと性的なちょめちょめをする程度で許してあげますよ」
「いや、それはどうなんだ」
「ただの戯言ですよ」

 身長の低いぼくはするっとぼくは千冬さんの腕から下から抜けて、後ろに跳躍して倒れるシャルルちゃんをぼくらの間に挟ませた。
 ……やはり、くーちゃんはぼくの目に入る場所で護った方がいいな。
 束さんの特性ワクチン――治療特化型ナノマシンの影響でぼくの"異偽"のオリジナルである彼女の能力が失われつつあるからか、このような虫けらの羽音を聞くはめになってしまったようだし、これもまたぼくのミスの一つと言っていいだろう。
 それに、顔を立てることを学んだぼくはこの機会に姉の顔を立てることにしておくのだ。

「シャルルちゃん」
「は、はい!? な、何でしょうか!?」
「ああいや、そこまで卑屈にならなくていいよ。もう止めたから。取り合えず、君の件は保留に……はいはい、分かりました。流せばいいでしょ、流せば。千冬さんの計らいで流すことにしたから、脅えなくていいよ。でもね」

 ぼくは倒れるシャルルちゃんに手を差し出す。それを恐る恐るながら取ったシャルルちゃんの腕を引っ張り上げる。

「次は無い」

 そう目の前でにっこりと笑みを浮かべてあげた。シャルルちゃんの口元が恐怖か歓喜で引きつっていた。
 シャルルちゃんを立ち上がらせ、仲直りの証として握手をしておく。手出しはしない、という意味で千冬さんへ送るためにだ。

「うむ、それでいい。シャルル・デュノアはこれからのことで話があるから後で寮長室へ来るように」

 くるっと踵を返し、去る千冬さんの姿は歴戦の戦士の背格好で、何とも大きく見えた。
 かちゃんとドアが閉まる音がした瞬間、重々しい重圧からようやく開放された。そのまま膝が笑い始める。
 冗談きついぜ千冬さん、見えない威圧でぼくを本気で押し潰しやがったんだからさ……ッ。
 流石最強の名の片割れ、目の前に在っただけで恐れ多過ぎて過呼吸してしまう程に息苦しい程に、圧倒的だった。
 よくもまぁ家でだらだらする千冬さんに渇を入れられたものだな、二年前のぼくは。惚れ惚れするくらいに愚かに感じる。

「……と、言うことでシャルルちゃん」
「しゃ、シャルロット、だよ。僕の本当の名前は、シャルロット・デュノア。お母さんの残してくれた名前は、シャルロットなんだ……」
「……君の度胸を認めてあげるよシャルロットちゃん。ただし、ぼくは言ったからな。次は無い、と」
「うん、分かってる。僕じゃ山猫さんを抑えきれる自信も術も無いからね。在っても無駄に終わるだろうし……大人しくしておくよ。君の瞳の方が、父さんの瞳よりも怖いし、ね」

 ……憎さ余って可愛さ百倍って感じだ。もしかすると場数を踏んでいるだけでこの子……不幸だったりしないか?
 母の存在を過去形にする辺りとか、父に恐怖を覚えていたという点とか、さ。
 それに、目の濁り具合とか……さ。
 
「……僕は……、“私”はさ」

 そうシャルロットちゃんは芝生の方へ歩いて腰を下ろした。ぼくもそれに続いて隣に座る。
 夕焼けがやけに眩しく感じられ、広い空が自分の小ささを教えてくれるようだった。
 ぽつり、ぽつりと彼女は身の内を曝け出し始めた。

「妾の……子なんだ。父さんの愛人から生まれた娘。お母さんが死ぬまで私は父親という存在を知らずに生きた。お母さんが病気で死んでから、私は父さんの家に引き取られた。子を成せなかった今の本妻の人には殴られたこともあったよ。この泥棒猫の娘め!ってね。あの時からだったかな、私という存在が壊れ始めたのは。色んなことをやらされたよ。と、言ってもまだ処女だけどさ。危険な目にはあったけど、それはIS関連だったからまだ救いがあったんだ。もしも、父さんがお母さんのことを少しでも愛していなかったら、きっと私は穢れに犯されて狂ってしまっていただろうね。……さっきさ、君がデュノアの全てを殺すって言った時、ああ、それでもいいかな、って思っちゃったんだよ。私としては、それの方が良いんだ。デュノアにはお母さん以外の良い思い出は無い。むしろ、辛いことばかりだったよ。無くなるのなら、失くしたかったよ。でもさ、してくれないんだよね。うん、分かってる。そんなことをさせちゃいけないってことはさ。でもさ……、もう嫌なんだよ。友人に取り入って技術を奪って、第二世代を完成させて。経営危機に陥った今じゃこの学園に来て男の格好をして技術を盗め、ってさ。もう嫌、やりたくない。騙したくない。裏切りたく……無いんだ。嘘だと思うでしょ? うん、私もそう思う。私だってもう自分が信じられないんだ。いつから自分のことを父さんの操り人形だって思ってたんだろうね。もうさ、山猫さんに殺されて楽になりたいって思えてきた」

 彼女は、震えながらも淡々と本音を曝け出した。ぼくは何も言わずに、相槌ることもせずに、ただ、同じく淡々と聞いてあげた。
 誰よりも本音を口に出す楽かを知っているから、ぼくは耳を傾け続けた。
 嗚咽を漏らしながら泣きじゃくり始めたシャルロットちゃんがとても儚く、脆く見えた。
 
「こんなにも世界は広いのに、なんで私は不幸なんだろう、って思うことを止めたのは、いつだったかな……」
「終わりかい?」
「……うん。これで、終わり。悲しい哀しい妾の子の物語は終わり。ありがとね、山猫さん。ふふっ、殺されそうになった相手に向かって何を言ってるんだろうね私は。悲劇を語るヒロインじゃあるまいしさ、馬鹿馬鹿しい……よね」
「何を言って欲しいんだい?」
「……………………」
「可哀想だったね、同情するよ、大変だったんだね、これから頑張ろう、とでも友情ごっこでもやれば満足かい?」
「……………………たった一言だけ、言ってもらってもいいかな」
「ああ、構わないさ」

 ――甘えるなってさ。
 そう彼女は強い瞳で言った。先ほどの壊れてしまいそうな様子はもう面影も無いほどに、強く在った。

「彼は覚えてるかな。一度彼宛にメールを送ったんだ。脅迫まがいのそれを、さ」
「返ってきた言葉が、それだった」
「うん、よく分かったね。当時の私はそれを見て泣いちゃったんだ。初めて、誰かに叱られたから、さ。わざわざフランス語で書かれてあってね。律儀な人なんだなぁ、って思った後に涙が零れちゃったんだ。多分、彼は覚えてないと思うけどね」
「そりゃそうだ」

 だって、それはぼくだもの。一夏くんが覚えているわけがない、むしろ、やったことすらも知らないんだから。

「……そもそも、彼じゃなかったからね。分かるわけないよね――山猫さん?」
「そうだったね。君らはぼくの存在を知ってたから、それくらいは知ってるか。いいよ、もう一度言ってあげるさ」

 ――甘えるな、シャルロット・デュノア。
 ありがとう、と彼女は溢れる程の涙を零してからぼくに抱きついた。わんわんと何分くらい泣き続けただろうか。数える事はしなかった。
 夕暮れのように赤くなった瞳からはもう弱さは見えず、良い感じに吹っ切れたようだった。
 己の弱さを知った人間は強い。何事にも恐れを抱くことでそれらに対し強くなれるから。

「……分かるような気がするよ。君がモテる理由」
「やれやれ、またファンを増やしちゃったよ」
「ふふふっ、君は優しいね。……女の子同士なのにおかしいね、鼓動の高まりが止まらないよ」
「高ぶりを抑える魔法の言葉を唱えてあげるよシャルロットちゃん」
「うん?」
「千冬さんはいったい何時間待ってるんだろうね」
「――あ」

 体内時計はすでに六時を回っており、あれから二時間程経ってしまっていた。
 冷や汗がぶわぁとダムの決壊のように噴出したシャルロットちゃんは青い顔でぼくの顔を見た。
 ぼくはそっと優しく首を横に振るった。

「山猫さんの意地悪ぅっ!」

 そう切羽詰まった顔で笑みを浮かべて言うもんだから、ぼくもつられて笑ってしまった。

「くくくっ、早く行っておいでよ。ぼくはまだここに居るからさ」
「わ、分かった。約束だからね! そこに居てよ!!」
「はいはい、分かった分かった」

 ありがとね、と小さな声で呟いてからシャルロットちゃんは慌てた様子で屋上から出て行った。
 ……聞こえてないと思ってるのかね、まったく。随分と可愛らしい声で言ってくれるもんだから、少しだけときめいちゃったじゃないか。
 さてと、しかし、されど、やっぱり……償って貰わなきゃ困るんだよね、ぼくのくーちゃんに手ぇ出しやがったんだからさ。
 取り合えず、デュノア社のお得意先の企業に罪口商会を薦めるという嫌がらせから始めよう。


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