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No.34794の一覧
[0] 【壱捌話投稿】戯言なるままに生きるが候 (一夏改変IS・戯言&人間シリーズクロス)[不落八十八](2013/03/10 14:47)
[1] 壱話 出会いと別れ。[不落八十八](2012/09/04 16:46)
[2] 弐話 玩具な兵器。[不落八十八](2012/09/04 17:00)
[5] 参話 再びの再会。[不落八十八](2012/09/17 02:28)
[6] 肆話 出会うは最悪。[不落八十八](2012/09/17 02:28)
[7] 伍話 根源回帰。[不落八十八](2012/10/27 16:56)
[8] 陸話 誰がために道を歩む。 [不落八十八](2012/09/22 19:21)
[9] 外伝短編“柒飛ばし” 織斑千冬の人間関係[不落八十八](2012/12/18 23:24)
[10] 捌話 生まれ出でし混沌。[不落八十八](2012/09/17 11:19)
[11] 玖話 代替なる君へ。[不落八十八](2012/10/16 00:42)
[12] 壱零話 似た者同士。[不落八十八](2012/11/24 16:39)
[13] 壱壱話 嵐の渦中。[不落八十八](2012/10/06 01:16)
[14] 壱弐話 空が泣く日。[不落八十八](2012/10/13 23:00)
[15] 壱参話 壊れ始める世界の上で。[不落八十八](2012/10/27 11:27)
[16] 壱肆話 山猫さんの憂鬱日。[不落八十八](2012/10/27 14:16)
[17] 壱伍話 迷宮(冥求)[不落八十八](2012/11/24 13:34)
[18] 壱陸話 喪失(葬執)[不落八十八](2012/12/21 00:16)
[19] 外伝短編“壱柒飛ばし” 織斑千冬の人間関係② [不落八十八](2012/12/26 22:26)
[20] 壱捌話 戦争(線沿) NEW[不落八十八](2012/12/26 22:45)
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[34794] 壱陸話 喪失(葬執)
Name: 不落八十八◆2f350079 ID:c36b78e8 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/12/21 00:16


 一人殺して犯罪者、十人殺して猟奇殺人、百人殺して殺人鬼、千人殺してまだ足りぬ。
 汝、人狼なりや?













 終われぬ世界で果てるのであれ、終わる世界で朽ちるのであれ、終焉へ導くことは変わりない。
 ――今か、未来か。
 人は何れ死ぬ。その理由を求めるために生きるというのなら、人にとって死とは生きることだ。
 ――生きるか、死ぬか。
 解答と呼ばれる回答は解凍された快刀でしかない。
 過程とは下底にして仮定を重ねた課程でしかないのだ。
 ならば、何を望むか。
 されど、何を望めと言うのか。
 これこそが、人の命題。
 理由無く生きる本能に突き動かされ続ける思考する獣は自身の肯定にのみ世界を揺るがし動かし支配する。
 生きるために思考し、死ぬために思考し、止まることの無い終わりを目指して思考し続ける人間たる故に、思考が止まる瞬間を、死と呼ぶのだろう。思考が出来なくなる、その一瞬までを生きるからこそ、輝くのだと大人は言わずに背で語る。
 終焉とは終点であると決め付けたからこそ、人生のレールを歩み続けるのだろう。
 鈍行でも、急行でも、どんなにも変わらなくても、最後は終点へと辿り着く。
 故に、その過程を評価するのなら、一瞬のことを後悔して生きるよりも。
 ――独りでに呟いてしまった戯言のように生きた方が良いんだろう。
 炯々と鈍く輝く黒き世界の中で、少年は呟いた。
 彼の身体を赤き雨が侵していく。
 黒き世界で彼は、ただ独り。
 彼はようやく――異なることなく偽ることなく己の意義を見つけた。
 赤き雨は黒ずんでいく――。










 
 
 あれからぼくは身体の何処かにぽっかり空いた空間を埋めることなく、土曜日を迎えていた。
 隣には誰も居らず、朝日に陰るぼくの影しか存在しなかった。
 ぼくがこの身体になった日から、ぼくは彼女と会うことができなかった。
 診察日、面会拒絶、面会拒絶と来て、今日は四回目の土曜日。
 最初の一度目はタイミングが、そして後の二回はナノマシンにより急に回復した事による処置であるため文句は言えない。
 もしかすると、今日もまた面会できないのかもしれない、そう思ってしまう。
 
「ああ、708号室のアジルスさんですね。この前まで面会拒絶状態だったようですが、今は大丈夫ですよ」
「そうですか。ありがとうございます」
「ええ、もしかしてお友達かしら?」
「ええ、そんなとこですよ。では、失礼しますね」

 ナースステーションで尋ねてみれば面会は可能のようだ。
 ぼくは無意識に灰色のパーカーの裾を握っていた。今日こそは会えるのだから、寂しさを埋めなくても構わないというのに。
 浮かれるような足取りでエレベーターではなく健康的に階段を上り、彼女の病室まで辿り着いた。
 数度ノックし、返事を待つが、しばらくしても返事は返ってこなかった。
 もう一度ぼくはノックをする。すると、中から「誰ですか」と声が返ってきた。
 その声は四週間振りに聞くくーちゃんの声だった。これほどまでに愛焦がれているとは、思わなかった。
 ぼくさ、と微笑みながらドアを開ければそこには――銀髪の少女が立っていた。
 直立不動。そう形容するのが正しいと感じられるほどに、彼女は堂々と病室の中央に立ち尽くしていた。
 男子三日会わざれば刮目せよとでも言うが、男性の数倍は成長の早い女性はもっと注意深く見なきゃならないだろうけれども、これは変わり過ぎだろう。
 銀色の長い髪を振り払いながら、彼女は口を開いた。

「さて、始めましてだ。どちら様だね、君は。生憎、わたしは友人が少ない。できた友人は忘れるほどには多くない」

 ――だから問う、君は誰だ。そう彼女は獰猛な瞳で言った。
 これは、意外だった。
 箒ちゃんらを筆頭に、ラウラちゃんでさえぼくを見抜いてくれたというのに彼女は見抜いてくれなかった。
 いや、見抜いたのか。見抜いた結果が、これ、なのだろうか。

「もう一度問うよ――君は誰だい?」
「織斑山猫」
「ふうん、山猫って言うのかい。じゃ、帰りたまえ。入り口は後ろだ」
「いやいやいや!?」
「ああ、もしかするといーくんの妹さんかい? なるほど、それならば確かにそれっぽいな」
「それっぽいって……」

 若干くじけつつありながら、ぼくはくーちゃんにも状況を全て語った。
 ふうん、と何処かめんどくさそうにくーちゃんは髪を払った。
 もしかするとあの病弱な姿であったからこのような素が隠れていたのだろうか。
 こんなにも世界の頂点に胡坐をかいているかのような圧倒的な態度が彼女の素だったのだろうか。
 なるほど、確かにこんなにも芯の強い女性ならばあれほどまでに病弱でもオーラが滲み出るわけだ。

「まぁ、なるほど。そういうことだったのか。じゃあ、"山猫さん"。取り合えずそのパーカーを返して貰ってもいいかい?」
「うん? どうしてだい?」
「いやなに、これからちょいと会えなくなるからね。寂しさを埋めるために貸して欲しいのさ」
「……へぇ、珍しいね。くーちゃんが弱音を吐くだなんて」
「問題はあるまい?」
「いやまぁ、そうなんだけれども」

 ぼくは着ているパーカーを脱いで、くーちゃんに手渡す。くーちゃんはそれを抱きしめてからベッドの空いた場所へ置いた。
 ――くーちゃんがぼくに弱音を吐いた。この事実は、とても大きかった。
 雑談の中で知ったが、彼女の銀髪はナノマシンの副作用なのらしい。この前束さんが来てまたぺらぺらと喋ったそうだ。
 何処かくーちゃんは余所余所しい感じだったが、次第に今のぼくに慣れ初めてくれたのか口数が増えた。
 そして、何処か違和感を感じながらも診察の時間となってしまい、本題を切り出すことも忘れて病院から出てしまった。
 
「……何処か、おかしいな」

 直感という愚直かつ曖昧なものに心が動かされる。何処か、おかしい。
 けれども、何がおかしい。
 世界は……普遍で不変的で不偏だろう。変わりようが無い。そもそも、おかしいのはそんな大規模なレヴェルじゃない。
 それならば、くーちゃんか。ナノマシンの影響で銀髪になってしまったようだが、根本的な変わりは見えない。
 ならば、消去法を用いて弾き出される答えは。
 ぼく、か。
 織斑千冬の男性クローン体である織斑一夏。
 その二重人格の『裏』の『強さ』が白式によって黒式として追い出されたのが、ぼく。織斑山猫。
 黒式という新たな器を得たぼくが、おかしい、のか。
 ……分からない。ぼくを客観的に見てくれる人物だなんて数人居るか居ないかだ。
 そう、数人しか居ないのだ。
 西東天もとい狐さん、天災篠ノ之束、人類最強の請負人哀川潤、そして、人類最凶クーヴェルト・アジルス。
 四人の内すでに二人は顔を合わせているが狐さんは電話だし、潤さんは声すらも聞いていない。
 いやまぁ、あの人を忘れるだなんてことはできやしないのだけれども。
 病院からの帰り道、ぼくは思考に没し今までのことを考えていた。
 今から二年程度前にぼくは覚醒した。
 織斑一夏が組織に捕らわれ、数十人の民間人の犠牲により心を壊した際にぼくは生まれた。
 彼の罪悪感を全てぼくが引き受け、彼に、織斑一夏になろうと決意した。
 千冬さんとの生活で織斑一夏がどのような人間であったかの収集は容易だった。
 何せ、織斑一夏と違う行動を取れば千冬さんの瞳に現れるからだ。
 五反田弾という友人も収集には役に立った。今はさすがにやり取りは一夏くんに返しているが、良い友人だった。
 誰かのために熱くなり、友と楽しく盛り上がれる性格の良い奴だった。
 鈴ちゃんとは半年だけだったが弾と御手洗くんやらと一緒に楽しい学校生活を過ごした。
 一年前の夏にラウラちゃんが泊まりに来て仲良くなれた。
 そして、この学園に入学して箒ちゃんと出会い、セシリアちゃんと出会い、鈴ちゃんと再会した。
 彼女らの出会いは織斑一夏という人物を補足するには十分過ぎた。

「これが、織斑一夏を知る道導」
 
 くーちゃんと出会い、生きる意味を知った。
 罪口積雪さんに出会い、裏の世界を知った。
 零崎曲識さんに出会い、殺人鬼を知った。
 零崎双識さんに出会い、己の性癖を知った。
 零崎人識くんに出会い、零崎を知った。
 哀川潤さんに出会い、希望を知った
 更識簪ちゃんと出会い、期待を知った。
 篠ノ之束さんに出会い、全てを知ろうとしている。
 こんなにも少ないと言うのに、ぼくを構成する彼らとの出会いは濃過ぎる。
 これが、ぼくだ。
 そうだろう。そうだったはずだ。ぼくの記憶が間違っていないのであれば、これで正しいんだ。
 だけど、何故だろう。この記憶に確証を持てるはずなのに、なのに……おかしいと違和感を持ってしまう。
 何処かが、違う。おかしいと感じてしまう。
 嗚呼、この場所に潤さんが居たのならシニカルに笑って憂いを払ってくれるだろうに。
 希望的観測という期待をしてしまう。ああ、そうか、だから、ああ、ああ、ああ。
 何故こんなにもおかしいのか分かってしまった。
 そもそも、全てがおかしかったのか。

「よお、こんなところで会うなんてな。買い物か、山猫」
「うん。そうだね、ぼくも思ってなかったよ――"いーくん"」

 彼は学園の制服ではなく、少し使いくたびれたジーパンと灰色のシャツに身を包み、ポケットにキザっぽく手を入れていた。
 ぼくの言葉を聞いて、彼は――織斑一夏の姿である"いーくん"はニヤリと笑みを浮かべた。
 隠すつもりはもうないらしい。いやはや、すっかりと騙された。名演技だった。
 そうだった。そうだったんだ。考えれば当たり前のことだった。
 元に戻った織斑一夏が――異性にときめくわけが無いと言うのに、二人の恋人を侍らすだなんて、出来やしないというのに。
 好きと言わず、好かれ続ける。その在り方は確かにいーくんのそれだったというのに。
 
「……ああ、もう分かっちゃったか。案外俺も、いや、"ぼく"も中々の演技派だろう」
「そうだね。ぼく自身もすっかり騙された」
「おいおい、酷いな。騙したのは君じゃないか。乗っかったのは確かにぼくだけれども」
「君に答えを聞いても尋ねてもいいかい?」
「いんや、答えを教えるつもりはないよ。どうせならぺらぺらと語りたまえよ。君もまた、ある意味ぼくなのだからね」

 そう言って一夏くんの振りをしていた彼は「そこのカフェ」とぼくを連れて踵を返した。
 お互いに珈琲をチョイスし、これまた同様に何も入れずに一口飲む。
 
「違和感の正体は何だったんだい?」

 彼はぼくに向かって問いかける。そう、すでに自分は答えを知ってるかのような余裕ある態度で、珈琲を口に含んだ。

「その前に解答からじゃないのかい?」
「ああ、それもそうだね」
「ぼくは、織斑山猫は――黒式だ。君の記憶を共有したただのコピーロボットだ」
「正解だよ」

 彼は答える。

「ぼくの記憶は君の過去だ。しかし、それは未来までも含まれるわけじゃない。君が何をしようとしていたまでは分かるけど、それを実行し始めた後のことまでは全て新しい考えで、ぼくのものであって君のものじゃあない。おかしいだなんて当たり前だったんだ。なぜなら、そもそも根底がおかしいのだから」
「正解だよ」

 彼は答える。

「ぼくは白式に弾き飛ばされる君の意識と入れ替わった黒式なんだろう?」
「正解だよ」

 彼は答えた。
 「そうそう」と前置きして彼は言う。

「本来のシナリオだったなら、君がただのISだったはずなんだ。と、言っても君のアレは本当に助かった。あのままぼくが織斑一夏という器から出てしまっていたら前のぼくは確実に廃人として首を吊っただろうね。いや、すでにそうなんだけどね。彼は、前のぼくはすでに死んでしまっていた。壊れた心の中で彼は自問自答で愚かにも自殺した。自分を、自分で、殺した。ぼくという存在を隠れ蓑ではなく、後釜として作り出した彼はもう表には出られない。おかげでぼくは織斑一夏として生きるはめになってしまったけれども、これもまた良かったのかもしれないね」
「今、どんな気持ちだい?」
「死にてぇよ」

 彼は表情を変えることなく、そうきっぱりと言った。
 変わるってことは前の自分を殺すということだ。彼は、前の自分の代わりの代わりに変わってしまった。
 すでに彼の、"いーくん"としての場所は存在しない。その場所はぼくが奪ってしまったからだ。
 どちらかが、死ぬ以外に居場所は存在しない。
 どちらかが、織斑一夏として生きなければならない故に、死ななければならない。
 だが、すでに"いーくん"は死ぬことを選んでくれた。
 "いーくん"として生きるぼくは、織斑一夏として生きる"いーくん"の犠牲で成り立っている。
 
「まぁ、すでに死んでるようなもんだけどな。"俺"はもう織斑一夏だ。彼女らのお守りをして、幸せに死ぬさ」
「それで……いいのかい?」
「それしか……無いだろう」
「どうせなら、全てを終わらせたい。だけど、それは俺の役目じゃない」

 彼は立ち上がり、瞳を閉じて再び開いた。その瞳は寂しさでも悲しみでもなく、何もありやしなかった。
 ただ、そこに残るは『強さ』だけだった。瞳の奥に眠る『弱さ』すらも、彼は、全て引き受けた。
 威風堂々と立つ彼に凄みは感じない。しかし、そこに立つ彼へ恐怖した。
 笑みを浮かべ、やるべきことをやった、という表情で彼は立ち去り際に一言だけ言った。

「身代わり、ご苦労」
「――ッ!?」

 一瞬の隙に大口径の戦車砲で重装甲を一発で打ち抜かれたかのような衝撃が心を襲う。
 声をかけようにもすでに彼はカフェの伝票ごと姿を消していた。
 憤りをぶつける場所もなく、左拳をテーブルへ叩きつける。砕け散るテーブルの破片なんて気にしてはいられない。
 奴は、"いーくん"は、最初からこうするつもりだったのか。白式に黒式(ぼく)があることを初めから知っていたのか。
 いや、そんなはずは無い。それを知っていたらぼくも知っているはずだ。
 己の焦燥が汗というプロセスを経て実感してしまう。答えなんて彼にしか分かりやしない。
 ……表舞台に居る必要はもう、無いかな。
 冷めた黒珈琲はやけに苦かった。
 
 








 一人救って好青年、十人救って偽善者、百人救ってヒーロー、千人救ってまだ足りぬ。
 汝、羊なりや?











 あの日、あの場所、あの瞬間からIS学園から織斑山猫は失踪した。意図不明の行方不明。
 彼女を慕っていたラウラちゃんと溺死するくらいに愛していたシャルロットちゃんとセシリアちゃんは目に見える程に落胆していた。今もベッドでシャルロットちゃんだけ寝込んでしまっているらしい。緊張と焦りと心労から倒れてしまったそうだ。
 俺は"いーくん"という自己を捨て、"織斑一夏"と成り変わった。
 偽者が偽者で無くなり、本物が本物で亡くなった。
 たった、それだけだと言うのに二人の様子以外には何も変わりない。
 箒ちゃんと鈴ちゃんは俺にべったりのままで数日経った今も心配する素振りを見せるが他の生徒と同じく日常に戻りつつあり、千冬さんは色々なコネをフル活用して目下探している途中らしい。
 実は言うと俺も彼女の場所を把握しているわけではない。
 しかしながら、俺が"織斑一夏"となったことで譲った友人やコネなどを活用して生き延びているに違いない。
 こちらから"いーくん"であることを晒せば確実に尻尾は掴めるのだが、その代わりに皆に狸の尻尾を見せてしまう。
 どうしたことか。

「ねぇ、一夏。このアクセ買おうかなって思ってるんだけど……どうかな?」
「うーん、鈴にしちゃちょっとばかし背伸びし過ぎじゃねぇか? 鈴には……こっちかな」
「ふむ、確かにこちらの方が似合いそうだな」
「えへへ、そっかぁー、こっちかー。よーし! 今度の休日これ買いに行くわ!」
「おう、行ってらっしゃい」
「アンタも行くのよ!! あ、箒はこっちのページの……、これ! この髪飾りが合うと思うわ!」
「ほぅ、なるほど……。私はファッションに疎いからな。鈴のセンスには脱帽するものがあるぞ」

 こうして俺を挟んで一つのファッション雑誌を見るのが日課となり、休日には彼女たちに付き添って振り回され、所構わず甘えられたり照れられたり激怒されたり……、織斑一夏として生きる日々が俺にはあった。
 日常に流される毎日にスリルもサスペンスもドラマもなく、ただ、死人のように黙ってそれを興じるだけだ。
 非日常が恋しいわけじゃない。日常に慣れないだけだ。
 あんなにも殺伐とした世界はこんなにも穏やかな一面を見せている。ただ、それが俺にとって違和感として襲うのだ。
 彼女たちを失くしてしまうんじゃないかという恐れもまた、俺には恐怖を感じない。
 まるで、生きる人形と遊んでいるかのような、おままごとな関係で居るのがすでに苦痛だった。
 いっそのこと――世界が終わってしまえばいいのに。
 そう願うことは罪だろうか。悪なのだろうか。それとも――嘲りだろうか。
 死ねば楽になる、そうは分かっているというのに死ねない環境で俺は、ぼくは壊れていく。
 いいや、すでに壊れている。壊れ切っていた。請われて乞われて恋われて毀れて壊れている。
 後はもう崩れて朽ちるだけだ。
 死に往く体に鞭打って、非日常を日常として生きて、偽者を受け入れて――。

「もう! 一夏、聞いてるの!!」
「うぉ!? あ、ああ……。わりぃ、ちょっと考え事しててな」

 鈴ちゃんの怒声に渇を入れられ、思考をぶった切られてしまった。
 二人は何処か寂しそうに、でも何故か微笑ましそうに、俺を見つめていた。
 そう、"ぼく"ではなく"俺"を見つめていた。

「アイツが居なくなってもう一週間だもんね。心配するのは分かるわよ」
「ああ……、生き別れとは言え家族だからな。心配するのも仕方が無い」
「何やってるんだろうな俺は。こんな可愛い彼女が二人も居るってのに……。情けない」
「ううん、あたしたちは一夏のその優しいところが好きなんだもん」
「ああ、そうだ。そんなに悲観するな。きっと見つかるさ、あの千冬さんが探してるんだからな」
「……そうだな。正直に言えば俺も探しに行きたい。けど、待つしかないよな」

 見つかるわけが無い。そう分かっているからこそこんな戯言を吐くのにも徒労感がある。
 罪悪感だなんてありやしない。俺が"織斑一夏"として生きている時点で、全てを狂言で騙しているのだ。
 後悔だなんて、今更過ぎる。悔うことだなんてもう有り過ぎて懺悔するには口が足らない。
 
「さてと、そろそろ時間だ。寝ようか」
「あら、もうそんな時間? 早いわねぇ」
「ふふ、そうだな。もう時間だ。時が経つのが早く感じるな」
「あはは、そうだな。それじゃ、俺はちょっとやることがあるから先に戻るぞ」

 それじゃ、と別れを告げて俺は箒と鈴の部屋から出た。

 やることだなんてありやしないというのに、そんな嘘がぽんと出る自分を己でらしいと思うのは笑いもんだろう。
 食事時をとっくに過ぎて時計の針が上を指す頃だからか廊下にはもう誰も居やしなかった。
 時折聞こえてくるドア越しの笑い声や窓の外から聞こえてくる名も分からぬ蝉の声が廊下に静かに木霊して中心を歩く俺に跳ね返ってくる。真夜中に近いからか夏に近づく季節だとしても少し肌寒い。
 今はもう無い灰色のパーカー。少し寂しい。
 騒がしい山猫がいなくなったからか、だんだんと学園の熱が夏の熱へと移り変わっていた。

「……満月か」

 月が見たい。唐突に、本当にどうしようもなく突発的に、そう思った。
 足先を部屋ではなく階段の方へ向ける。二階程の階段を上るとドア越しの笑い声が遠ざかっていくのが感じた。
 屋上に脚を踏み入れると廊下よりも肌寒い風が冷えた頬をなぞった。
 満月に照らされ、シニカルに笑う人物が居た。その姿は見覚えがあった。
 いや、鮮血の如く赤き姿は見覚えだなんてチープなものでは括れなかった。
 これほどまでに鮮烈な再会があっただろうか。
 赤きスーツに身を纏う凛としたシニカルに笑う女性は三日月に口を作る。

「――久しぶりだな」
「ええと、確か……。食堂の赤いお姉さんでしたっけ?」
「おいおい……、そりゃあんまりだぜ"いーくん"。久しぶりの再会なんだ、出し惜しむなよ」
「貴方という人は――本当に食えない人ですね。お久しぶりです、潤ちゃん」
「ちゃん付けすんなっての……。まぁ、いいや。元気してたか?」
「ぼちぼちってとこですよ。ああ、それと今はぼくは織斑一夏です。お願いしますから皆の前でその名で呼ばないでくださいね」
「冷めてんなぁいーくん」

 シニカルに笑い飛ばす潤さんは何処吹く風と言ったようにいつも通り溌剌としているようだった。
 この人だけは心の何処かで腕を組んで仁王立ちしていた気がする。
 久しぶりなのに、久しぶりな気がしないんだよな、この人は。

「まだ、死にたいか?」
「ええ」

 屋上のベンチに二人して座って、満月を見ながら語る。懐かしいな、この感じ。
 "ぼく"がここに居るって、感じられる気がする。

「残念ながら、もう死ねませんけどね。真綿で首吊りしてるような気分ですよ。徐々に緩んでるのに首に食い込み続けるような、そんな気分なんですよ。首吊りながら宙ぶらりんって感じですよ。誰か、殺してくれませんかね」
「請け負えないぜ、んなことは」
「ええ、請け負わないでください。早く見限りをつけてくださいよ、まったく。長いったらありゃしない」
「……あたしはさ、いーくんに期待してんのかもしんねぇ」
「へ?」

 シニカルではなく、シリアスに。らしくもない笑みに俺は――いや、ぼくは不覚にもドキリとした。
 くーちゃんに溺愛しているのに、箒ちゃんと鈴ちゃんに愛されているのに――何でかなぁ、まったく。
 マイナスがプラスに惹かれているだけなのかもしれない。隣の格好良いお姉さんは続けた。

「柄でもないってのは分かってるんだけどよ……。愚痴、聞いてくれるか?」
「……ええ、構いませんよ」

 本心からの愚痴って訳じゃなさそうだ。雰囲気からしてまたぼくの説得だろう。どうせ戻っても暇だ、聞くだけ聞いておこう。

「請負人ってのは誰かの代わりにやるって仕事じゃない。誰かのためにやってやるって仕事だ。あたしはさ、この仕事を天職だと思ってる。そんなあたしがさ、戯言遣いのいーたんに、狂言遣いのいーくんに、期待しちまってんのはさ。似てる、からなんだよな」
「そう、なんですか?」
「ああ。いーたんは自分のことを棚に伸し上げて他人のために動いてきた。例え、それが誰かの災難になったとしても、いーたんは手を貸す相手を間違えずに蛇行しながら真直ぐに生きてる。自分を許さずに惚れた女に一途に生きてる。戯言吐いて必死に誤魔化してる姿を見てるとついちょっかいかけたくなっちまうくらいに可愛い奴だ。そんでもって、いーくんは、これでもかってぐらいに自分を溝に捨てて誰かのために生きてる。狂言だなんていう隠れ蓑が無いと恥ずかしくて何もできやしないシャイな奴だってことはお見通しだぜ」
「お恥ずかしい。んなこと口に出さないでくださいよ」
「だからこそ、いーくんも自分のために生きてほしいんだよ。いーたんみたく弱い自分を曝け出せる奴を見つけてさ、道を堂々と歩けるような奴になってほしい。あたしは誰かのために生きるって決めた。だから……」

 潤さんは決め顔で言った。

「自分だけの幸せを探せ、いーくん」
「――――」
「諦めはまだついてねぇんだろ? ああ、分かってる。そんな瞳してねぇもんな。泥沼で這いずろうが獣のような眼光で吼えてやるって瞳だ。まだ諦めんじゃねぇよ。終わりにはまだ早い。世界ってのはそんなに狭いわけでも広過ぎるわけでもない。自分だけの世界ってのを感じてくれよ。お前が死んでも世界は変わりやしねぇよ。ああ、断言してやる。変わりもせず、終わりもしない。人間の永遠の営みが他を連れ添って長く続いていくだけだ」

 だからよ、と潤さんは立ち上がって月を見上げた。

「早くここまで辿り着け、待っててやるからさ」
「待ってて、くれるんですか? ぼくが、変わるのを」
「変わる必要はないさ。あるもんを曝け出すだけだ。変わるのが自殺なら、晒すのは生まれ変わることなんじゃねぇかな」

 嗚呼――本当に敵わないなこの人には。まったくもって勝てる気がしない。
 こんなにも熱くて優しくて他人思いなこの人をどうしても嫌いになれやしない。
 自惚れでも憧れでも恋慕でも良い。ただ、一言だけ言いたかった。

「"ぼく"は貴方のこと結構好きですよ」
「そうかい、そりゃ大きな進歩だ」

 シニカルに笑って潤さんはぼくの唇を奪った。

「ちょ」 

 満面の笑みでしてやったりという顔をして、潤さんはウインクして何も言わずにクールに屋上から出て行った。
 ああもう、ファーストキスだっていうのにロマンチック過ぎやしないか、まったくもう。
 おかげで火照った頬が涼しい夜風で冷えやしない。
 本当に、いろんな意味で熱い人だよ貴方は。
 それから一人称の"ぼく"が"俺"に戻るまで少しだけの時間を要した。らしくないなぁ、まったく。
 呟けども冷たい夜風が攫うだけで返答はありやしなかった。













PS:
更新ペース大幅ダウンッ! 理由はリアル受験です、はい。
もしかすっと後二ヶ月は無理かもしれません。
ちっとばかし駆け足だったかな?と思ってしまいますが、これにて山猫編終了です。
次から最終章へと至りますが、柒ですし外伝にしましょうかねぇ。
しばらくかかるので気になる点あったら感想よろしくです。



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