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No.34794の一覧
[0] 【壱捌話投稿】戯言なるままに生きるが候 (一夏改変IS・戯言&人間シリーズクロス)[不落八十八](2013/03/10 14:47)
[1] 壱話 出会いと別れ。[不落八十八](2012/09/04 16:46)
[2] 弐話 玩具な兵器。[不落八十八](2012/09/04 17:00)
[5] 参話 再びの再会。[不落八十八](2012/09/17 02:28)
[6] 肆話 出会うは最悪。[不落八十八](2012/09/17 02:28)
[7] 伍話 根源回帰。[不落八十八](2012/10/27 16:56)
[8] 陸話 誰がために道を歩む。 [不落八十八](2012/09/22 19:21)
[9] 外伝短編“柒飛ばし” 織斑千冬の人間関係[不落八十八](2012/12/18 23:24)
[10] 捌話 生まれ出でし混沌。[不落八十八](2012/09/17 11:19)
[11] 玖話 代替なる君へ。[不落八十八](2012/10/16 00:42)
[12] 壱零話 似た者同士。[不落八十八](2012/11/24 16:39)
[13] 壱壱話 嵐の渦中。[不落八十八](2012/10/06 01:16)
[14] 壱弐話 空が泣く日。[不落八十八](2012/10/13 23:00)
[15] 壱参話 壊れ始める世界の上で。[不落八十八](2012/10/27 11:27)
[16] 壱肆話 山猫さんの憂鬱日。[不落八十八](2012/10/27 14:16)
[17] 壱伍話 迷宮(冥求)[不落八十八](2012/11/24 13:34)
[18] 壱陸話 喪失(葬執)[不落八十八](2012/12/21 00:16)
[19] 外伝短編“壱柒飛ばし” 織斑千冬の人間関係② [不落八十八](2012/12/26 22:26)
[20] 壱捌話 戦争(線沿) NEW[不落八十八](2012/12/26 22:45)
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[34794] 伍話 根源回帰。
Name: 不落八十八◆2f350079 ID:6f3b522c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/10/27 16:56


 誰かを救うってことは誰かを見捨てるってことだ。ならば、自分を見捨てて誰かを救えれば万々歳じゃないか。












 その場所は白かった。まるで焼き尽くした灰のようにその部屋は白で満ちていた。
 窓から見えるそれは赤い雨と延々と続く満月。
 少年はただ一人、部屋の真ん中で顔を隠して三角座りで自分を抱きしめていた。
 誰かに襲われることに恐怖しているのではなく、
 誰かに罵られることに恐怖しているのではなく、
 誰かに貶められることに恐怖しているのではなく、
 誰かに見捨てられることに恐怖しているのではなく、
 誰かが、自分のせいで傷付くことに、恐怖していた。
 延々と流れ出る赤き雨は濁流となって部屋の周りを浸食しているが、部屋には入れず壁に拒まれ防がれている。
 いつまでも続く雨が窓を叩く音は誰かの叫び声のようだった。
 お前のせいだ。お前が居たから。お前の存在があったから。お前が私の近くに居たから。お前が俺を――。
 泣き声はすでに枯れて、嗚咽すらもしゃっくりのように息苦しく感じ、溢れていた涙はすでに渇き切った。
 傷跡は見えなかった。外見には一切存在しなかった。無傷。
 少年は怖かった。誰かを自分のせいで傷つけてしまったことが。声が枯れるほどに謝罪を。誠意尽くして謝りたいのに、あの人たちはもう――。
 窓淵に滴る赤い雨は少年の傷跡から流れる血のように見えた。












 お前は優しい人間か、と問われればぼくは即答しよう。そんなわけがない、と。
 自分自身のために他人を見捨て、自分のために自分を捨てる。そんな存在であるぼくが優しいと形容されるべき人間ではない。
 そもそも、人間ですらない。ぼくは世界の中心から繋がれ噛み合う歯車の一つの代替に過ぎない所詮――偽者だ。
 言うなれば予備だ。メインの修理が終わるまでの間噛み合わされるただのスペアに過ぎない。
 偽であるが故に真のことを知り尽くし、真でないが故に偽として人生の秒針が進む。
 偽者であると断言しても、外見が歴史が声が言葉が、真者に近ければそれはもう本物(オリジナル)だ。
 だけど、例え誰かの代替でなかったとしてもぼくはオリジナルには成り得ない。この世の、この運命の輪の、因果の外へ葬り去られるからだ。
 在ったという証拠が消え、消え行く身であるのなら、残すものは捨てるか託すしかないのだろう。
 だから、ぼくは彼に全てを謙譲することを決めた。一切合財何もかも根こそぎに全て、彼へ成るためにぼくは置いていこう。
 故に、ぼくは残してはいけないのだ。それは分かっている。だけど、ぼくは――。

「思考を止めろ、ぼく。それから先は《ぼく》が言うべき言葉じゃあない。この前否定したが、今なら言える。ぼくは死人だ」

 生きている死人。居るはずのない人物。つまり、居てはならない存在だろう。
 消えよう。泡となって溶けて、深い深い海の奥底へと戻ろう。この身がある限り、《ぼく》は《俺》の代替品。偽者でなければならない。
 それゆえに、ぼくは残したい。外ではなく、内へ。《俺》が受け取ってくれるためにより良いものを仕入れておかねばならないのだ。
 この手で掴めるものを全て巻き込んで、全て全てこの身へ血肉として流さなければならない。
 偽者であるが故の罪を全て《ぼく》が被り、《俺》がそれらを紡いで生きていければ、《ぼく》はもう、イラナイ。

「………………………………見知らぬ天井だ」

 夢を見ていた気がする。起き上がろうとするけれど気だるさがそれを邪魔して動けない。
 ぼんやりと見える視界には明りが差しているために今が夜であることを否定していた。首を横へ転がせば、カーテンから光が漏れていた。
 ……そうだ。ぼくは哀川さんに、人類最強に喧嘩を売って、無様にも倒れ込んだのだった。
 恥ずかしい……っ。あんな啖呵切ったくせに助けられてるとかすげぇ馬鹿馬鹿しいじゃんか……。うわぁ……死にてぇ……。
 同窓会で皆で思い出話、ただし自分だけ黒歴史オンリーみたいなっ。……はぁ、少しだけ冷静になれた。すっげぇ死にたい。
 穴があれば埋まりたい気分だった。あまりにも衝撃的なメモリーバックだったもんだから、気だるさも吹っ飛んだ。
 起き上がり辺りを見回せばここがIS学園の保健室であることを知る。パンフで見たことがある風景と類似していたからだ。
 そして、今一番会いたくない人物がベッドの隣の丸椅子に座っていた。

「………………………………」
「……なんで居るんですか哀川さん」
「やっと気付いたか。それと、あたしのことは……ああ。そういえばお前はあたしの敵だったっけ。ならその呼び方で構わねぇよ」
「いえ、嫌いであって敵とは見てませんし。そもそも、ぼくが敵と認めた人物は誰も居ませんよ」
「そうかい。なら、あたしのことは名前で呼べ。苗字で呼ぶな。あたしのことを苗字で呼ぶ奴は敵だけだ」
「そうですか。なら、潤ちゃんと呼ばせてもらいましょう」
「止めろ。鳥肌の後に空へ羽ばたくぞ」
「あんたは鳥だったのか!?」

 椅子から立ち上がり、哀川さんはぼくを一瞥してから溜息を漏らした。

「……コントで場を流せれば万々歳ってか。お前、本当に可愛くないな。可愛いけど」
「……自分の身が可愛くない奴なんて居ませんよ。それが、ぼくであれば尚更です。"潤さん"、ぼくは貴方のことを鬼札の一つだとしか思ってません。それでも、《ぼく》を見捨てないつもりですか」
「見捨てれる奴ってのはかっこよく見捨てるんだよ。今のまま見捨てたらあたしの匙投げじゃねぇか。格好悪ぃ。なぁ、いーくん。その鬼札ってのは後何枚あんだよ。教えてくれよ」
「何故です?」
「順位決めすんだよ。鬼札のよ」
「圧倒的に貴方が最上位で君臨してるから心配しなくていいですよ。貴方は、唯一ぼくに巻き込まれなかった人ですし」

 ぼくの鬼札を公開すれば一枚目、人類最強。二枚目、天災。三枚目、零崎一賊。これにぼくの専用機を入れれば戦争できるんじゃないかこれ。
 鬼札とまではいかないが他にもコネなどでキングとエースくらいはあるし、負ける原因があるとすれば、ぼくの弱みを掴まれることだ。
 家族と《俺》の友人と――思い人。ぼくが、《ぼく》として成長できた恩人とも呼べる少女。成してはならぬ片思いのお相手。
 家族は知らぬ両親は除外、千冬さんのみ。《俺》の友人である五反田一家、篠ノ之一家、凰一家。数ある中で今手を出せる友人のみであるのが残念ではあるが、今は仕方が無いだろう。そして、IS学園の近くに存在する大型病院の一室を使用する金髪少女。
 全員に束さんに二つ貸しで護衛と敵影監視と防衛を頼んである。鬼札の一枚を、防衛に切っている。
 残りの二枚目は性質からして攻撃で遣う。正直に言えば、ここまでのカードを持っているぼくに喧嘩を売る奴は相当だと思う。
 
「なぁ、その巻き込むってのは何なんだ。普通の意味じゃねぇんだろ。鬼札のあたしくらいには教えてくれよ」
「……まぁ、そうですね。貴方になら言っても構わないでしょう。人識くんから聞いたんですが、戯言遣いと呼ばれる人物が居るとか」
「あん? なんであの坊やの名前が出んだよ」
「この前友人になりました」
「納得した。確かにいーくんはいーたんに似てるからな。不思議じゃねぇや」
「まず、そうですね。何から話しましょうか。ぼくが記憶喪失な二重人格であることは知ってますよね」
「ああ。脳波が少しブレちまって、記憶が混濁せずに二重人格状態になってるんだろ」
「ええ、その通りです。ぼくは中学二年生以前の記憶を受け継いでいません。しかし、経験などは残りました。失ったものは多いですが、手に入れたものもあります。ぼくの友人の一人、世界最強兵器たるISを開発した天災科学者篠ノ之束に言われた言葉を復唱しましょうか。

『いっくんの性質は異常過ぎるね。誰もが勝手に君へ誘い込まれて巻き込まれるみたいに狂わされる。《ままならない混沌(バッドエンドループ)》とでも名付けてあげようかな。性質が悪い理由を挙げれば、これは君の意識によって生成されるということだろうね。いつだって最後まで進まず、いつまでも変態ばかりが集まるのはそのせいだ。君に目的があり全てに意味を成すその性質は時には貪欲。《異偽(いぎ)》とでも呼ぼうか。この性質を文字に直すのであれば、不思議現象誘発体質並びに優秀変質者受愛体質といったどころだね。本質を異なる為にのみ偽装される為にのみ存在する公式だよ』

言わば、《織斑一夏》限定の迎撃公式。《ぼく》であるが故に全ての代替を成し偽るための狂言。誰かの在り方を代替化し自身へ添加する凶悪な性質。それが、《ぼく》の《異偽》であり存在する意義なんですよ。人は何か目的を考えなければ前に進めぬ生物ですから、拭森が如く目的を無くすのではなくぼくへ《巻き込んで》目的に"辿り着けなく"させる。だから、ぼくの目の前では誰もが失敗を犯す。しかし、まぁ、これにも条件が色々とありましてね。一番効く条件が《ぼく》の敵であることなんですよ。一度でも敵意を持てば最後、巻き込まれて混沌とした世界へ送り込まれるということです。中々愉快でしょう?」
「ならよ、なんであたしが巻き込まれないんだ?」
「そりゃ、貴方が《ぼく》を理解したのであって敵と認識しなかったからでしょう。正直辛いんですよ、今の関係は。それに別条件として貴方が人間離れし過ぎなんですよ。盗れるもんが人外レヴェルばっかりですからこの体でできやしないです」
「いっくんの複雑な関係はどうにかならんもんかね。お得意の漫画的要素でも出してみるか。とりあえず人体練成から始めよう」
「あなたが錬金術使えるようになったら史上最強の請負人になってしまうから止めてください。恐れ多くて遣えやしない」
「遣う遣わないで友人決めてんじゃねぇよ、まったく。いーたんはもう少し不器用で可愛いってのにお前って奴は……」
「まぁ、そのいーたんには苦労してもらうことにしましょうか」

 戯言遣いのいーたん、結構というかかなり壮絶に超絶に大変だな。もしかしてこの人のノリと攻めでされるがままにされてないよな。
 もしそうであったら同情したい。恐らくこの人は人間をベースに着せ替え遊びをするくらいに横暴に違いないだろうから。

「潤ちゃん、少しお時間よろしいですかね」
「だからその呼び方は止めろっての。まぁ、別に時間はあるが何するんだよ」
「護衛を頼みます。ついでに思い人でも紹介しましょうか。《ぼく》の唯一の弱みですよ」
「……ふうん。信用されてんな随分と」
「いやぁ、正直好き嫌いとかの関係よりもこっちの方が楽かなっと。ぼくを救おうと足掻いてくれている人を嫌うのは罪悪感がありますし」
「まぁ、あたしもいーくんのことを弄り倒せるから弱みを知るってのは好都合だ。それに嫌われるってのは結構傷付くんだぜ。ましてや気に入ってる相手からだとよぉ」
「それは重畳。まぁ、弱みになるかは勝手に決めてください。ぼくの中では最上級の弱みですから」

 ぼくはベッドから降りて、自分の格好が昨日のままであることを確認してから色々と点検。……やっぱり武器の類は没収されてた。畜生。
 恐らくそれらは千冬さんあたりが回収したんだろうから後で返してもらうとしよう。
 潤さんはふらふらと歩くぼくを担ぎ上げ、そのまま廊下を闊歩し、職員用駐車場に止められていた真っ赤な蛇の、なんだっけ、確か、ああ。赤いコブラの助手席にぼくを突っ込んだ。手荒に豪快に投げ込まれたともいう。
 というか今日が休日で朝早くでよかった。廊下で米俵のようにレッカーされる姿を誰かに見られなくて本当によかった。
 エンジンがかかり、コブラが躍動するように震えあがる。隣に座った潤さんがぼくへ声をかけた。

「お客さん――どちらまで?」

 シニカルな笑みで彼女は言った。

「近くの病院まで。あなたと一緒に」

 ぼくは苦笑気味に笑みを返した。
 走り出したコブラから見える光景はやはり見慣れぬ街通りで、一応地理を覚えるつもりで暇つぶしに見ていた。
 潤さんは何処か楽しそうに車を運転していて、好きな人はやはり好きなんだろうなぁと車を運転したい衝動に駆られる。
 車か。もしかして《ぼく》が免許取っておけば《俺》も運転できんのかな。しかし、家にはそんなスペースもお金も無いから止めておこうかな。
 まぁ、免許取るだけでもいいのだけれども、でも勉強たるいし後は《俺》に丸投げしておこうか。
 
「なあ、いーくん」
「なんです?」
「思い人ってのはどんな子なんだ」
「なんですかその修学旅行の夜のノリは」
「いいじゃんいいじゃん。ぶっちゃけろよ、いーくん。どうせこれから会うんだからよ、それなら知ってる奴に尋ねたほうがいいだろうがよ」
「まぁ、構いませんけどね。何が聞きたいですか」
「じゃあ、まずそうだな。馴れ初めから聞こうか」

 潤さんはシニカルに、でもニンマリと笑みを浮かべた。おいおい、本当に修学旅行のノリじゃないかこの人。まぁ、いっか。暇だし。
 ぼくが彼女、クーヴェント・アジルスに出会ったのは《ぼく》が生まれ、日本へ帰国してからのことだ。
 始めの頃、千冬さんはぼくに対する違和感を事件のショックだと誤認していた。
 そのため、圧倒的な違いを見せてしまった日の翌日。ぼくは病院へ、そう、今日の目的地に連れてかれた。
 よくあるパターンだけど、病院の中の出会いってのは強気で明るいナースの気遣いってのがほとんどだろう。
 まさか、現実で起こるとは思ってなかったけど。
 『幸薄そうな同年代の少女が居るんだけど会ってくれないかな』そう悪戯っ子のような笑みでそのナースはぼくに言った。
 正直、ぼくは自分が生まれてしまった事実に対して絶望していた。どうして《ぼく》が《俺》の代わりをしなくちゃならないのか、分からなかった。
 だから、ぼくは――彼の偽者であると、認めた。偽者であるが故に本物を真似ず、偽者の偽者であることを努めることにした。
 それが、ぼくの唯一の抵抗だった。それを認めたうえで、それを理解してくれた最初の人物が、初対面の彼女だった。たったそれだけだ。
 日本人の妻とアメリカ人の夫のハーフ、生まれながらにして心臓に病気を抱えた典型的な病弱な少女。
 だからだろうか。自分の痛みを知る者は他人の痛みを知れるように、ぼくらは何処か似ていたのだろう。
 心に傷を持つぼくと、心臓に病気を持つ彼女は、共通点としては及第点にも及ばない気まぐれ程度のそれで、笑い合ってしまった。
 神様が居たのならぼくはぶん殴りたいと言い、彼女はそれを苦笑気味にくすくすと笑う。
 傷の舐め合いだと自惚れてもいいのだろうか。しかし、あの時の、あの時間は、確実にそういう事だった。
 偽者が偽者でなくて何が偽者か。本物よりも本物らしい本物だってあるはずなんだ。
 偽者であるぼくを彼女は肯定してくれた。それだけで、十分だった。

「……おいおい、弱みっていうか惚気じゃねぇか」
「ぼくの虎の尾ってことですよ。握られたら困るし、踏まれればぶち切れる境界線ですから」
「なるほどねぇ。いーくんならすでに告白くらいはしたんだろ?」
「いいえ。できるわけがないでしょう」
「はぁ?」

 潤さんは運転途中だというのに気に入らないと言った顔でこちらを向いた。前を見てください、お願いだから。

「彼女は《ぼく》が恋したのであって、この体の持ち主である《俺》が恋したわけじゃないんです。いつか、ぼくはこの体の権利を譲渡しなきゃならんわけなのに、恋なんてできるわけがないでしょう。告白してから《俺》に戻った織斑一夏が付き合い続けるとしたら《ぼく》は自分を呪い殺します。ええ、絶対に殺します。一代で終わらせてあげます」
「お、おう。それくらいマジだっていうのになんで諦めちまうんだよ。どうにかなるんじゃねぇのか? ほら、いーくんの鬼札に天災ってのが居るんだろ」
「……潤さん、人は誰しも強くてニューゲームできるわけじゃないんですよ。ましてや人のパンドラとも呼べる魂の部分を何とかしようなんて、不可能の領域でしょう。やるかやらないかじゃなく、やれないから無理なんですよ」
「……何とかなんねぇかなぁ」
「……何とかできたら一生貴方を神として尊敬しますよ。できるもんなら救いやがってください」
「まぁ、諦めるつもりはないぜ。何せあたしは人類最強の請負人って肩書きがあるからな。これくらい請け負ってみせなきゃ名が廃るってもんだ」
「請け負えますかね?」
「請け負ってやるさ。だから、それまで足掻けよ狂言遣い」
「狂言遣い? なんですかそれ」
「ああ、いーたんが戯言遣いだからよ、似たようなお前は狂言遣いだろうがよ」
「まぁ、間違ってはいませんね。ある意味騙し続けているもんですし」
「だろう?」

 狂言遣い、ね。確かに狂言ってのはぼくの十八番だろう。目的のために騙し続けている人間の言葉なんて、全部狂言なはずだろうさ。
 ……一度、会ってみたいな。そのいーたんとかいう戯言の遣い手に。もしかしたら、何かが変われるかもしれないな。
 いや、甘えるべきではないな。ぼくは、ぼくなんだ。ぼくのことくらい、ぼくで終えるし終わらせる。
 あ、お花くらいは買っておかないといけないな。近くで潤さんに言ってみるか。
 ――昨日の約束守れなかったからいつもの倍は買っておかないと。彼女が終始頬を膨らませて不貞腐れてしまうのは勘弁だ。












 お前は金よりも大事なものがあるというが、金で生きているお前はその大事なもので生きるのか? 愛で生きる? ただのヒモじゃねぇか。















 クーヴェント・アジルスは一言で言えば病弱な少女だった。
 微笑むにしても何処か大人びた姿が見え、病気のせいか食欲が少なく痩せてしまっている。
 だが、彼女は絶対に泣き言を吐かなかった。ぼくの前で、他人の前で一度たりとも泣き言を吐かないのを信条としていた。
 だからだろうか、彼女の言葉には弱さが無い。独自に高められた強さが放たれる言葉の弾丸になる。それにぼくは貫かれた。
 ぼくが一番最初に知った強さは、彼女の在り方だ。独りで何事も進ませ、どうしても困難であればようやく渋々と言った様子で手を借りる。
 その強気な姿が、ぼくには眩しかった。傍から見れば鈍い鉛色の輝きだろうが、ぼくには一番星の如く高等な姿に見えた。
 ここまで言ってしまえば分かるだろうが、そう、ぼくは彼女にベタ惚れなのだ。ゾッコンなのだ。世界を敵にしちまうくらいに愛しちまってるのだ。
 例え、これが叶えられぬ夢語りであれ絵空事であれ、ぼくは自分の身よりも可愛い彼女を優先してしまうだろう。
 それが、《俺》との関係の縁切りに発展してしまっても、ぼくは全力を尽くす。有象無象の死なんて興味がない。
 彼女さえ、生きてくれれば、それでよかった。
 彼女は名匠の陶器の如く白さの肌を美しく黄金の長髪で飾り、ベッドの上に君臨していた。一週間と一日振り。この邂逅は長かった。

「お久しぶり。昨日は大変だったね」
「お久しぶり。昨日は大変だったよ。それは束さんからかな?」
「うん。あの人はいつもそう。勝手に来て勝手に喋って勝手に笑って勝手に帰ってく」
「くくくっ、ごめんね。くーちゃんを守るための処置だったりするんだよ。ほら、ぼくに一番近いからさ」
「くすっ、なるほどね。把握した。ありがとうと言うべきかな」
「いいや、言うまでも無いよ。むしろ、これはぼくが謝罪するべき事だ」
「そう、でもそれも言うまでもない。貴方の業はすでに許可内だから」
「すまないね、助かるよ」
「構わない。そちらの方は?」
「ぼくの護衛だよ。専用機が手に入るまでのね。そして、鬼札の最上位の一枚だったりするんだ」
「へぇ、貴方がそこまで言うのであればそれはさぞかし最強の鬼札なんだね」
「なんか、いーくんが二人居るような感じだな。似てるってレヴェルじゃないんだが」
「そりゃそうですよ。《ぼく》のオリジナルとも言える代替対象ですから」
「それはそうでしょう。彼のオリジナルはわたしです。例えそれが似せであろうとも」
「……なんか頭が痛くなってくるな。ちぃっとばかし外出てくるぜ」
「いってらっしゃい」
「構いませんよ」

 まぁ、無理もないだろう。ただでさえ潤さんは"本気"のぼくを見たことがないんだ。
 全てを狂わせるのが戯言であるのなら、全てを騙し尽くすのが狂言だ。
 そして、ここには狂言の覇者とも呼べる真と偽の存在が二人居る。
 原点たる彼女にぼくが回帰しているのだ。これほどまで混沌の場はない。全ての物語は始まらないから止まり堕ちて朽ちる程に混沌としている。
 例え人類最強であっても、彼女を倒すという物語が始まらない。偽者であるぼくの力でも半分も出せやしないくらいに、彼女のそれは凶悪である。
 
「さて、今日は何を話そうか」
「では、学園の様子でも話して欲しいかな」
「これと言って報告することはないけど、前のぼくの友人に出会ったよ」
「友人。女の子だったりするのかな」
「御名答。しかも、前のぼくはかなり鈍感だったみたいでね。漫画のハーレムの主人公を見てるくらいだった。彼女が可哀想だったよ」
「それは確かに。鈍感主人公は天然にハーレムへと進むけど、逆に鋭い主人公は線引きができるかできないかでルートが変わるから」
「ぼくはどちらなのかな」
「わたしに対して前者、他人に対して後者であると断言しよう」
「それはきついな。ぼくだってしたくてやっているわけじゃない。一度手を抜くときっとぼくは前のぼくをあっさりと見捨ててしまうだろうからさ」
「いいじゃない。偽者が偽者らしく偽者の王道を通って偽者として成れば」
「それは誰が得するんだい」
「わたしだけに決まっている」

 何処か大人びた印象の笑みを見せ、無表情めいたその感情無き顔に小さな三日月が生まれる。
 やれやれ、気が抜けない。抜いたらマジで底無し沼の底へ引き摺られそうだ。引き摺られたい気分にさせられるが、お断りしておくとしよう。

「それは重畳。だが、ぼくがそうなることは多分在り得ない。君が示してくれたように、ぼくは歩く橋を自分で作る派なんだ」
「これは壊しがいがある石橋だね。いつか叩き割ってみせるから覚悟しておくように」
「了解、気をつけておくよ」

 それからしばらく雑談に華を咲かせた。何気ない会話でありながら、ぼくがぼくであるための激励が混ざっていてかなり報われる。
 誰かに理解される喜びは麻薬のように中毒性を持っている。彼女との会話は昼休憩を除いた八時間でもまだまだぼくには足りないようだ。
 それは彼女もそうだったようで、何処か物足りない雰囲気で微笑んだ。

「そろそろ診察の時間だね」
「そうだね、貴方と話せて愉しかったよ」
「それはこちらこそ、だ」
「それもまたこちらこそ、だよ」
「くくくっ」
「くすっ」
「じゃ、また来るよ」
「うん、今度はちゃんと来てね」
「それは勿論」
「なら、構わない」

 名残惜しい気分を部屋に置き机の上の花瓶に入れてあげた花を一瞥してから、扉をスライドさせてぼくはすっかり忘れていた人物と邂逅する。
 やべぇ、めっちゃ紅くなってる。ギンギラギンに煌いてる。これは怒りのオーラだろうか。流石に九時間も放置してしまったのは堪えたのだろう。
 大変申し訳無いとは思うがまだ幸せに浸っていたいから説教やら愚痴は勘弁願いたい。

「よぉ……、いーくん」
「ありがとうございました。潤さんのおかげでぼくは久しぶりに幸せを感じられました。放置してしまったことに対しては謝罪します」
「……相変わらず卑怯だないーくん。狂言のレヴェルが昨日と段違いに感じるぜ」
「そりゃ、くーちゃん分を補給しましたからね。向こう一週間は敵無しですよ」
「ほぉ、じゃああたしとやりあうか」
「……潤さん、どんだけ溜まってるんですか? 残念ながらぼくの貞操は先約がありますんで、お断りしておきます」
「ああん?」

 凶暴龍の如く眼光が突き刺さるがぼくはふっと笑みを作って受け流す。くーちゃん分を補給したぼくは間違いなく最凶の仲間入りをしているんだぜ。
 しかし、アイアンクローには負ける。痛い痛い痛い! 胡桃みたいに割れちゃうから! 石榴みたいに砕けちゃうから!

「ごめんさないすみませんでした調子に乗りました物理攻撃は勘弁してください!」
「ふん。まったく、いーたんでもそこまであからさまな反撃しねぇぞ。度胸があるんだか無いんだか分からん奴だな」
「……ふぅ。片手で地獄万力なんて異常ですって」
「おう、あたしってば普通の奴以上のスペックだからよ。それくらいで勘弁してやったんだからむしろ褒め称えて跪け」
「ぼくが頭を垂れるのは謝る時かくーちゃんに永遠の忠誠を誓う時だけですんで、すみません」
「なぁ、お前本当に諦めてるのか。すっげぇ今にも前の自分見捨てて幸せライフに移行したいって感じがするんだがよ」

 その言葉にぼくは狂言を――吐けなかった。当たり前だ。本音なんて吐いたら笑われてしまう。いや、笑いはしないが、調子に乗るだろうこの人。
 消えたくない、戻りたくないさ。でも、方法が術が無いのだからやれることもできやしないんだ。
 人間というパンドラは本当に罪深い。科学的に実証されないシュレディンガーな魂の構造図が何千年経っても未だに手に入れていないのだから。
 あるのかすらも、ないのかすらも、分からない魂の場所ってのは何処にあるんだろうか。
 解剖してみれば答えが出るのだろうか。十二パターンの人を全てコンプリートすれば、答えが出るのだろうか。
 分かんないな、畜生。

「……人類最強の請負人に尋ねてもよろしいでしょうか」
「あん? なんだよ改まって」
「人の魂は何処に在られるのですか?」
「……そいつは、あの坊やに聞きやがれ。きっと答えを持ってるだろうさ」

 あの坊や、潤さんがそう呼ぶ人物は確か、人識くんか。なるほど、盲点だった。確かに殺人鬼たる彼ならば場所を垣間見ていても不思議ではない。
 しかし……連絡つかねぇなぁ。確か絶賛兄逃げ中だし、携帯のアドレスやら番号やら交換しておくべきだったかな。
 いや、むしろ束さんに頼んで徹底的に洗い出して場所を特定してやろうか。双識さんにリークして貸し一つ受け取って、確かなラインを繋ぐってのもありだな。うーん、一応友人だから止めておこう。

「そうですね、どうせいつかまた会いますからその時にでも尋ねておきますかね。それでは、車を出して貰えますか。帰りましょう」
「ん。そうだな。そうそう、いーくんや」
「はいはい、なんですか潤さんや」
「あの娘っ子……たぶん、あたしでも倒せねぇぞ」
「そりゃそうでしょう。だって、彼女は人類最凶ですよ? 邂逅して無事だっただけまだマシですよ」
「はぁ……。世界ってのは広い割りに狭いのな」
「まぁ、本来ならば関わること自体がないでしょうから仕方ありませんよ」

 コブラの助手席に腰かけ、ぼくは微笑む。ぼくの女神とも呼べるくーちゃんが人類最強に興味を持たれた。重畳である。
 つまり、今日。くーちゃんと潤さんの縁は《合った》のだ。これで少しだけ心配要素が減った。
 彼女の性質からして元々零に近いけれども、念に念押ししてごり押しする程度は過保護だろうか。
 ……まぁ、構わないだろう。あるだけ無駄にならないし。
 これで、《ぼく》が居なくなって彼女が不幸になる物語が一つだけに収束された。
 足掻くべきなんだろう。諦めることを否定するべきなんだろう。幸せを願っちまうべきなんだろう。
 だってさ、世界でいっとう愛している女性がぼくのせいで不幸になっちまうんだぜ? それって格好がつかないじゃないか。
 世界を守る正義の味方にはなれないけども、彼女だけを守る――ヒーローくらいにはならなくちゃならんだろうさ。
 明日来ると言われている専用機。ISという黒いパンドラに手を出すしかないじゃないか。少しくらい、希望があったりするもんだろうよ。
 紅いコブラの躍動に身を任せ、過ぎて行く景色を見送りながらぼくは考え事をしていた。
 ……いっそ、どっかのプリズマな魔法少女みたいに分裂できりゃいいのになぁ。まぁ、絵空事に期待するだけ無駄だ。現実を見よう。
 学園に帰ってから大変だった。
 取り敢えず校門に修羅が立っていた。遠くから見ても分かるくらいに激怒した姿の鬼が居たんだ。――それは実の姉だったけども。
 拳骨で済んだのは嬉しい限りだ。潤さんが気を利かせてくれたのか飲みに行ってくれたおかげで助かった。

「……はぁ。大変だった。千冬さんのブラコン度がまさかあそこまで跳ね上がっているだなんて思いやしなかった……」

 まぁ、疲労して気絶したぼくが紅い友人に俵抱きされて保健室入りされて、挙句の果てに了解も言い訳も無しで飛び出してしまったわけだから仕方ないかもしれない。今度ビールを三缶に増やす日を増やしてあげようか。きっとそれで手打ちになるはずだ。
 自室のベッドに倒れながら、ぼくは溜息を吐いた。剣道部の部活動から帰ってきた箒ちゃんのシャワーの音が耳に届く。
 取り敢えず明日の予習でもしておこうか。確かセシリアちゃんの機体の詳細が届いているはずだろうから。
 端末をスクロールし、該当のデータを開く。空中投影された資料を見ながら、戦力を分析していく。
 ぼくの零式と相性がいっとう悪い遠距離型の機体ブルー・ティアーズ。蒼い雫ねぇ、いい名前センスしてるなぁ。
 BT兵器と呼ばれるビット型空中兵装が売りで、理論上最大稼動時にはビーム軌道を操作できる性能を持っているらしい。
 つまり、最大稼動をさせない戦略を立てればいいということだ。意外と簡単、と高をくくることはできない。
 なぜなら、こちらの兵装は近距離オンリーだからだ。距離を取られる戦法を取られれば不利なのは間違いない。
 さて、どう切り崩そうか。
 まず、セシリアちゃんの精神的なランクは中の下、肉体的には上の下と言ったところだろうか。体力は中くらいはあるだろう。
 国家代表候補生と呼ばれる肩書きを持つ彼女の稼働時間はぼくの数十倍であると予想される。
 これに対しぼくはどう戦略を立てるべきか。実力が足りないのであれば同じ舞台に並ばせるくらいのことはしなくちゃならない。
 つまり、奇襲と妨害と慢心を突くことに専念すべきだ。敵が人である限り狂言は毒となれる。ISに乗るのは人間、さらに少女だ。実に容易い。
 彼女の武装の中にはレイピア型近距離武装インターセプターしか白兵戦に期待できる武装が無い。
 すなわち射撃による制圧を目的としたISの整備がされているはずだ。白兵戦に持ち込めれば勝機があるだろう。
 次に、ビット型空中兵装の数だ。BT兵器搭載のビットは四機、残り二つはミサイル搭載型の爆撃用のビット。
 彼女が何機のビットを一度に扱えるかで勝率は上下するだろう。メイン兵装であるスターライトmkⅡは光化学系のライフル兵器。これに四つ、二つと増えればこちらも不利だ。避けるのに精一杯になるだろう。実践データが入手できていないのが痛いが、仕方ない。
 ぶっつけ本番で対処するしかない。いざとなれば打鉄で中距離戦を行うことも想定しなくてはならないだろうが、まぁ、どうとにもなるだろう。
 負けてもいいが、その負けは後々ぼくの動きを阻害する可能性もある。ギリギリまで出力を落としてピーキーで初心者な戦い方をすべきか。
 この戦いで見ているのはクラスメイトだけじゃあない。何処かの衛星スパイから覗かれる可能性もあるんだ。
 ならば、ここは実力を隠すべきだろう。それに、ヒーローってのは隠し玉があるからこそ映えるのだ。言うなれば浪漫って奴だ。
 ここぞというときに実力を発揮したからこそ、評価されるのだ。うん、結構楽しみだ。

「いや、襲撃を前提に楽しみにしてどうすんだよ」
「む? どうした」
「いや、ちょっと考え事が口に出ただけだから気にしなくていいよ」
「ふむ。そうか」

 隣のベッドの箒ちゃんに心配されてしまった。うーん、まぁ、考えすぎてもアレだし。どうにでもなーれ。少し早めに寝てしまうことにしよう。


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