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自分を騙せない奴が他人を騙せるわけがないだろう。
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「どうしましょうか」
「どうしようかね~」
楽しく過ごしたパーティの後、ぼくは屋上に居た。隣には世界から絶賛追跡中の最重要人物たる束さんが居た。
何故かと尋ねられれば、今後の指針についてだ。今回の防衛網が突破されたのは防衛に割り振った鬼札だけでは足りなかったからだ。
とは言え、これ以上鬼札を使うつもりもない。というか割り振れない。どうするべきか。
……やはり、潰すしかないか。迎撃という生温い策を取ってしまったために起きてしまったんだ。
死なない程度に殲滅……、いや、恐怖を植えつけてトラウマにさせて……、いっそのこと全員に催眠でも……。
「ね、ねぇいっくん」
いや、しかし、それだとコストが……、やっぱり全員皆殺してしまうか。いや、それだと意味が無い。
ぼくは綺麗でなければならないんだ。ぼくが彼の偽者である故の境界線を踏み越えてはならないのだ。
目の前に死線があっても、それにどれだけ恋焦がれても、ぼくは――。
「いっくんッ!!」
「うぉわ!? な、なんですか束さん」
「さっきから話しかけてたんだよ。いっくんたら考え事に没頭してて無視するんだもん……」
ぷくぅと頬を膨らませる束さん。年齢よりも若過ぎる顔立ちをしているからとても似合っている。かなり可愛い。
何処か不機嫌そうに不貞腐れてしまっているのはきっとぼくの落ち度なのだろう。
一応申し訳なさそうな表情をチョイスして話を聞いてあげるとしようか。
「ええと、なんですか? ぼく的にはもう迎撃は無理だと思うんです。何か案が?」
「いや、そうじゃなくてね……。その……」
何処かもじもじと告白前の女子生徒のような素振りを見せる束さん。はて、なんだろう。愛の告白とかなら今は勘弁して欲しいのだけれど。
意を決したのだろう。キリッとした顔で束さんは言った。
「いっくん、自由になりたくない?」
「自由……ですか?」
「そう、自由。偽者とか贋作とか振り切って、思いっきり事をやりたくはない?」
そう言われれば、頷きたくもなる。
しかし、自由とは何だ? 自堕落に生きれるということか?
まぁ確かにそういうのならバッチ来いなんだけど。きっとこの人の発言からして普通ではないのだろう。
「前のいっくんに縛られることなく、人生を歩んでみたいとは思わない?」
「――ッ!?」
なんだ、それは。そんな道があるのか? あってくれちゃうのか? 嘘ですよね、嘘だと言ってくださいよ束さん。
そんなものがあるのならぼくのこれまでの努力は何処に行くというのですか。
必死に心を抑えて生きてきた二年間を全て泡にしろというのか? 自分のために? "ぼく"のために?
……それは、彼のためになるのだろうか。そもそも、ぼくは長く生きるはずが無い存在なのに、それが許されるのか?
結局の所は二重人格な不気味な泡なのだ。彼を守るだけの泡でしかないのだ。それが、人生を歩む。いや、歩めと?
「……馬鹿言わないでくださいよ。今更そんな甘い言葉欲しくはありませんよ」
「……じゃあ、私の都合で言わせて貰おうかな。自由になって十字架を背負ってくれない?」
「なんですかそれ、まるで束さんが何かの黒幕みたいな言い方じゃないですか」
「黒幕……、まぁ、そうだよね。独りよがりの正義なんてもんは結局のところ悪なんだよ。正義の味方なんて全員の敵じゃないか。誰かの正義と自分の正義をぶつけ合うのが戦いってもんだし。だから、いっそのこと唯我独尊な悪役になった方が楽なんだよね」
「要領を得ませんね。何と戦うおつもりなんです?」
「神」
束さんは月をバックに微笑んで即答した。まるで、長年の仇であるかのように、愛しくも怨みがましくその名を呟いた。
流石天災、喧嘩を売る人物がVIP級だ。恐れ多くて笑ってしまう。やべぇよ、この人。敵にしたくねぇな、マジで。鬼札にあってよかったよ。
「冗談じゃないんだよ、いっくん。君もまた、私の計画の一端なんだからさ」
「それはどういう……」
「前のいっくんも知らない君の出生を知りたくは無いかな?」
「は?」
一瞬狂言も戯言も忘れて意識を止めてしまった。
何だそれ、もしかしてアレか、実はぼくはショッカーに改造された人造人間だった、とかか。カックイイじゃんか、それ。
変身できんのかな。
んでもって悪役と戦うはめになるわけだ。……あれ、その悪役ってまさか……。束さんだったりするのか?
やだなぁ、戦いたくねぇなぁ。勝てる気しないんだよなチートの塊みたいな人だしさ。
「う、うーん……。なんか変な方向に勘違いしてるみたいな顔してるけど、やっぱりいっくんはいっくんだね。重なる点が多いってのに何で他人扱いできるんだろうね、分からないよ私には」
「そこまで人を見る機会なんて無いでしょうに。そもそもぼくとしても他人だと思ってるのに何で束さんだけが同一論を掲げてるのかがぼくには分かりませんよ」
「あはは、そりゃそうだよ。だって、いっくんは――私が創ったんだもん」
「お、お母さん!?」
「あー……、間違ってはいないけど私はまだヴァージンだからね。お腹痛めて産んで無いから。どちらかと言えば頭を痛めて生んだから。まぁ、でもさ。自分でも不思議に思ってたでしょ? 何で男性のいっくんが女性しか扱えないISを動かせるのかとかさ」
「えーと、ISに合うように調整されてる……とかですか?」
それはぼくが造られた人間であることが前提なんだけども。
うん? 今まで頭から螺子を落とした覚えはないんだけれども。何処に部品が?
「ううん。単純にいっくんがちーちゃんの遺伝子を弄った男性型クローンだからだよ? 異性に興味を感じないのは異性を異性と思ってないからだしね。鈍感じゃなくて、むしろ敏感過ぎたってことだね。笑っちゃうよね。今のいっくんは完全な男性だっていうのにね。みーんな他人にして前のいっくんを愛す。悲しいね。可哀想だね。同情したくなる。生みの親だからこそ思っちゃうんだよ」
ぼくは仮面ライダーではなく、クローン人間だったらしい。ちょっとだけ残念だ。
クローンってことはアレか。喋る斧槍を持って魔法で青い宝石を集めなきゃならんのか?
誰かの偽者で、でも誰かでもあって、偽者であって本物でもあるってことだよな。……正直ぶっ飛び過ぎてて頭がスパークしかけてんぜ。
「いやいやいや、んな馬鹿な。そんなことができるわけ――」
――そうですわね、気になる点だけですが……。まず七歳以下の記録が何者かによる改竄の後がありました――。
何故か、ふと脳裏にその言葉が出てきた。何処か、ぼくの求める答えを出すヒントになっているような。
確か、セシリアちゃんはそう言っていたはずだ。ぼくの記憶力が間違っていなければ、だけど。
ぼくの誕生日は九月二十七日だが、高校生的には十六で数えるべきだ。年齢から疑惑の歳を引いて、解は九。
……そして、千冬さんの年齢は二十三。そしてそれは同級生たる束さんの年齢と一致する。
つまり、二十三から九引いた数は十四。つまり、中学二年生だ。これは、どういうことだ。小学一年の織斑一夏の年齢は当時九歳となってしまう。
この二年間のラグはいったい、何だ? 織斑一夏は二年間も――何をしていたんだ? いや、“何もしていなかったのか”?
ぼくの謎を解く公式に対し、ある前提が必要とされる。そう、千冬さんと束さんの出会いが高校一年の時である、という前提だ。
――それは、本当に真実か?
千冬さんが出会っていないだけであって、すでに束さんは会っていたとしたら? ぼくがその話題を聞いたのは、千冬さんだけだ。
心臓が暴れ始める。まるで科学変化で瓶の中の物質たちが暴れまわるようにぼくの心をかき乱す。
「質問です、束さん。千冬さんとの出会いは高校一年生の頃――今から七年前ですか?」
「二年、足りないかな。正確には九年前の――今日だよ」
その言葉から導き出される答えはかなり、ショックなことだった。"俺"じゃなくて、"ぼく"で本当に良かったと思う。壊れてしまうに違いない。
中国のデータベースからハッキングした資料を即座にコピペし尚且つ大容量のメールを数十秒で行ってしまうくらい用意周到な束さんなら……。
最初に作る予定だったクローンのために戸籍を用意しておくに決まってるじゃないか……。
「あはっ♪ 分かった? 分かっちゃった? そうなんだよ。君らはちーちゃんを慰めるために造ってあげた擬似家族だったりするんだよ。まぁ、ちーちゃんが弟が欲しいって言ってたから妹の方は破棄しちゃったけどね。捨てる前に盗まれちゃったけど。まぁ、そんなことはどうだっていいかな。大事なのはいっくんがちーちゃんのクローン体であるってことの確認だしさ」
「……製造過程を尋ねても?」
「わぁお、意外と打たれ強いチャレンジャーだったんだね、いっくん。まぁ、平気に兵器で人を虐めちゃうくらいだから当たり前か。えっとねぇ、確かちーちゃんの両親が事故で天に召されちゃったんだったけかな。あの日、私に手を貸してくれたちーちゃんへの恩返しってことで開発し始めて、結果的に二年の製造期間が必要だったのは悔しかったね。自分の不甲斐無さを呪ったりもしたよ。でもね、私の“恩人”がグレちゃうくらい寂しい思いをしているのを見て、家族を作って寂しくないようにしてあげたいと思ったんだよ。最初は私のことを覚えてないようだったけど、今じゃ親友だよ。いやー、束さんマジで最高だね。恩人の親友のために人を造っちゃったんだからさ。ほら、笑いなよ。ここは笑いどころだからさ」
目の前の人物は狂っているようにしか見えなかった。
すでに、神への宣戦布告を済ませていて、その証拠がぼくだって言うんだから笑えない。
でも、束さんはきっと正気なのだろう。狂っているように見えるだけで、狂気沙汰を楽しんでいるだけで、無邪気に人で遊んでいるのだろう。
――故に、天災の名が彼女には似合う。
世界を混乱のどん底に突き落とし、尚且つ親友さえもその谷へ蹴り落とす頭の具合はきっと最高峰だろうさ。
「あー、はい。把握しました。それで?」
「へ?」
「だから、それでどうしたんですか。わざわざ語ってもらったのはご苦労様でしたが、本題に移ってもらわないと時間が勿体無いですよ」
呆れているというか在り得ないと唖然としているような、そんな複雑な顔で束さんは固まっていた。
ぼくが絶望に陥って泣き喚くとでも思っていたのか? 逆切れでもしてお涙頂戴な説教でも聞かせて欲しかったのか?
お望みなら狂言を交えて語り尽くして病まない程度に壊してあげようか。
ぼくは狂言遣いだ。目的のために世界を騙す愚かな偽者なんだ。その程度の評価でぼくに値すると思ってくれちゃ困るってもんだ。
「自由ってのは何ですか、十字架ってのは何ですか、ほら、早く話してくださいよ。遊んでいるのは一人だけだと思っては困りますよ。楽しませてくださいよ。遊んでくれているんでしょう? 悲しんでくれるんでしょう? 可哀想だと同情してくれるんでしょう? なら、さっさと言葉の続きを紡いでくださいよ。いつまで悦に浸って愉悦ってんですか貴方は」
「えー……? いっくんってそんなキャラだったっけ」
「笑っちゃうくらいに平常運行ですよ、束さん。狂言遣いのぼくがこれくらいを騙せないとでも?」
「ああ、そうだったね。ごめんごめん。忘れてた。いっくんは狂言で自分の世界を騙してるんだったね。この程度で崩れるような脆い狂言を吐いてるような軟弱さを孕んじゃいなかったね。ごめんね」
くそう、あっさりとバラしやがった。この場に誰も居なくて本当に良かった。……居ない、よな?
「分かってくれたなら重畳です。それで、ぼくは何をすればいいんですか」
暢気な兎は立ち上がる。カチューシャについた耳を張り詰めて、これでもかというぐらいの感情を込めてぼくへ言った。
「私のクローンとして人生やり直さない?」
笑わずにぼくはその言葉に言葉を返す。
「やり直すくらいなら死にたいですね」
「なら、造り直してあげるってことで」
「まぁ、それなら……考えるくらいはしてあげてもいいですよ」
「バージョンアップだとでも思ってよ、いっくん……いや、いーくんの精神の在り方は私にぴったりなんだよ。傍に置きたくなっちゃったんだ」
――理解ある友人として欲しくなっちゃったんだ。
壊れた笑みを浮かべながら硬骨そうな表情を浮かべながら、天災は偽者の代替に言った。
「私の夢はね、不老不死。老いず死なず生き続ける生物を造ることなんだ。西東先生のお零れを拾い続けて、彼が捨てても私は諦めなかった。私という人間を生み出した神への報復を。復讐を成すために私は人を創って、同じ舞台に立つんだ。世界誕生から生きているはずの神は不老不死な存在だってことは赤子でも分かる簡単なことなんだよ。だから、だから、だから! 私はこの目標を成功してやるのさ! お父さんが私の成功を待ち望んでいるんだ! あの程度の成功で止まるなって心で思ってくれているんだ! 何も言わずに私の邪魔にならないようにって離れてくれたお父さんに見せてやるんだ! 私の中の至上最高の作品の成功の瞬間を!!」
雄叫びのように、慟哭のように、束さんの口から吐き出されていく言葉を聞いて、ぼくは。
――目の前の人物に心から同情した。
ああ、そうだ。初めて本気で他人を可哀想だと思った。
そして、理解した。この人は狂ってるんじゃない、頑張り続けている無邪気な子供なんだ、と。
だから、全てがどうだっていいんだ。興味を感じずに触れずに見下すように興味対象として振り向かず知らん振りして生きてきたんだ。
純粋すぎるが故に毒となったんだこの人は。
一の成功を、十の成功を、百の成功を、千の成功を、万の成功を、繰り返して、成功し続けた故に――恐れられたんだ。
自分が見捨てられているとも分からずに我侭に一生懸命に必死に成功へ手を伸ばし続けたんだ。
褒められるために、自分を認めてくれるために、自分を、見てもらうために。
振り返って欲しかったんだ。別れを告げられて欲しくなかったんだ。愛して、欲しかったんだ。なんて純粋な人なんだろうって、思った。
ぼくにくーちゃんという愛す対象たる人物が居なければ、一生この人の隣を歩んであげたいと思ったんじゃないかと戯言を吐くくらいに。
目の前の兎に同情してしまった。
「ええと、束さん?」
「あー……。そうだよね、そう簡単に飛びつかないよね。うーん……、あ。じゃあ、くーちゃんを治してあげるよ」
「……え?」
「だから~、愛しの思い人であるくーちゃんの病気を治して、むしろ寿命を延ばすくらいに元気にさせてあげるって言ったんだよ」
最短距離で弱みを掴みにかかりやがった。流石だよ、天災。抑えるところをしっかりと潰してくれるな。心臓が潰れてしまいそうだ。
先ほどまでの暴走具合が嘘だったかのように、束さんはにっこりと笑っていた。マジな瞳だ、これ。純粋で曇り無い瞳だ、これ……。
んな傑作な脅し文句を吐かれちゃぼくは――。
「良いでしょう。束さんが、この"ぼく"を必要としてくれるのなら、永遠の愛は誓えなくても、永遠の忠義を誓います」
――狂言を吐くしか無いじゃないか。
「そっか、嬉しいな。本当に嬉しいよ、いーくん! 長い間お疲れ様だったね。束さんが褒めてあげるよ!」
わしゃわしゃと豪快に両手で頭を撫でられた。目の前にたわわに実るグレートサイズのトマトが揺れてて色んな意味でやばい。
落ち着けぼく。素数だ、素数を数えろ。二で割り切れる数が素数だったよな。あれ、零って表記だけなら二で割れるぞ。答えは出ないけど。
「……これからぼくはどうすればいいんですか?」
「そうだね、準備ができるまでは普通に学園生活を送ってていいよ。完璧にするために二ヶ月くらいは欲しいかな。あ、そうだ! いーくん専用のISも造ってあげちゃうね! 楽しみにしててよ!」
ばいばい♪、とまるで遊園地に連れて行ってくれた祖父に笑顔で手を振る無邪気な幼き子のように、束さんは手を振った。
んでもって、屋上の柵に手をかけて飛び降りた。
……飛び降りたッ!?
一瞬頭が真っ白になってからだが、慌ててぼくは起き上がり柵へ近寄れば、視界が暗いオレンジ色に染まった。
空を見上げてみれば、空飛ぶ人参があった。上空へと登っていく巨大な人参があそこにあった……。
「お、お茶目だなぁ……?」
正直、どっと疲れて呆れて現実逃避したかっただけだった。
そのまま空の彼方へと消えて行った人参を見送って、ぐったりとぼくは屋上に寝そべった。あー……、床が冷たいなー。
同時に、熱く火照ってしまっていた脳内回路が冷却されていく。そうかー……、ぼく、クローンだったのかー……。
泣いてもいいよね、これ。現実離れし過ぎててオーバーヒート気味な気がする。
頭が冷えていく実感がその事実をだんだんと否定したくなる気分へと何故か高揚していた気分を圧倒し始めていた。
「可哀想だなー、ぼくらは」
誰も居ない屋上で、ぼくは、心の奥に燻っていた何かを吐き出した。なぜだろう、スッキリしなかった。
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相手が壊れる程愛したら、そりゃ愛も伝わらないわけだ。
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久しぶりの休日。ようやく帰って来れた我が家でぼくはくつろいでいた。千冬さんは月初めだからか色々と仕事があるらしい。
ようやく卒業生が巣立って量部屋が一人部屋にランクアップし、尚且つISの授業に実技訓練が追加されたり、打鉄に乗った箒ちゃんと接近戦の訓練をしたり、本国からやっとこさ送られてきた突撃槍(ランス)を持ったセシリアちゃんと白兵戦の訓練をしたり、龍咆とかいう不可視の武装と青竜刀のコンビネーションによる中距離戦の訓練を鈴ちゃんとしたり、そんな感じで中々大変な毎日を送っていた。
対IS対策として一番効果がある戦い方は極論で二パターン。超遠距離で潰すか、超至近距離で墜とすか、の二択なのだ。
ISアリーナの全長は半径二百メートル、つまり遠距離戦にギリギリならないラインの設計がされている。そのため、遠距離系武器はあんまり優遇されず、タッグ戦や牽制射撃でも無い限りセシリアちゃんのスターライトmkⅡなどの長柄武器は使用に向かない。
むしろ、マシンガンやアサルトなどの突撃思考の武器が最優先される傾向であるため光科学系兵器の売れ行きはあんまりよろしくないらしい。起死回生のためのBTシステムだというのに、本人は恐らく何かの漫画の影響であると思われる騎士道精神から突撃槍しか使わなくなった。
正直、使わないならこっちが欲しい。ファンネ、げふんげふん。ビットで中距離制圧とか浪漫じゃないか。
ν零式とかって名前にしてみようか。いや、絶対に積雪さんに怒られそうだからやめておこう。
「……平和だなぁ」
ぼくが言うと嘘っぽく感じられるが本当に平和だった。嘘のように平和だった。
一週間程経っているというのに未だに束さん……いや、IS学園秘密裏襲撃の全貌が見えなかった。
ターゲットは恐らくぼくだったはずだ。断言できないのは、ぼくが勝手にブチ切れて半殺しにしてしまった後に潤さんの台詞でホームシックにかかって学園に帰ってしまって犯人に供述を脅迫するのを忘れていたからだ。再びぼくの痛恨のミス。
ただ、一番不思議だったのはあの束さんを一時でも押さえたという事実があったというのに、ISが二機や三機も出撃もせず、四人組みしかあの場所に居なかったという点だ。本当に、不可解だ。
考えられるのは二つ。一つはぼくのことを友情ある者として過大評価していてあの不意打ちに文字通り面喰らった結果なのか。
そして、ぼくの中で答えなのではないかと燻りつつあるもう一つは……。
飾り気の無いインターホンの音でぼくの集中が途切れる。
はて、確か受け付けのお姉さんくらいにしかぼくの外出を知る人物は居ないのだけれども、誰が来たんだろうか。
リビングのソファから起き上がり、午前中に綺麗に掃除して美しくなった床を素足で歩いて玄関へと向かう。
……むむ? 何やら姉が小さくなったような可愛らしいお嬢さんが覗き穴から見えるのだけれども。
まぁ、ISの絶対防御も常時稼動中の設定にしてあるし、万が一囮だったとしても被害は被らないだろう。
鍵を開けてドアを開いた。目の前には白いワンピースを着た中学生くらいの大きさの千冬さんっぽい雰囲気の少女が立っていた。
「えーっと、初めまして?」
「初めましてだな、織斑一夏。まず、先日の詫びとして……これを」
受け取った包みには翠屋と書かれた何やらケーキの有名店の名前が書かれてあり、お茶菓子としては最高峰なものをチョイスしてくれていた。
いや、そこじゃないだろぼく。
「先日の襲撃の件だがあれはこちらのエージェントの単独行動だ」
「やっぱりそうだったんだ」
「ああ、すまなかったな」
頭を下げる幼い千冬さん似のお嬢さん。そして、すかさず頭を上げて彼女は空いた右手でこちらを指差した。変わり身早いな、おい。
「お前は私だ、織村一夏」
ポーズを決めたまま固まるお嬢さん。擬音がつけば「キリッ」なんてついてそうだ。某ジャンプ漫画なら「ドドドドド」。
……もしかして、結構練習してきたのかな。羞恥心からか、頬染まってきてるし。
「え、ええとぼくは君なのかい?」
「そうだ。私はお前で、お前も私なのだ」
うん、なんだこの子。電波なのか。
取り合えず交戦する気は無いようだし、後可愛いし、それと愛くるしいし、中へ入れてあげることにした。
先ほどまでぼくが座っていたソファへ彼女を促し、ぼくはまるで宝石箱を開けるような緊張さを持って包みを広げた。
そこに鎮座していた王の名は……チーズケーキだった。お皿に取り分け、恐らく千冬さん用の三つ目を半分に切って二等分して乗せといた。確か週末の休みは取れないと言っていたはずだったからな。ここで無駄にするよりは食べてしまった方がいいだろう。
床が見えるガラス机へお茶会の準備を始める。彼女にはココアをぼくには珈琲を入れ、取り分けたお皿を前に置いてあげた。
「む? 私はねえさんの分も買っておいたはずだが」
「ああ、千冬さんはお休み返上でお仕事だってさ。だから、勿体無いからわけちゃったんだ」
「冷やしてお前が持っていけばよかったのではないのか?」
「……失念してた。いや、しかし……、うん」
ぼくは半分に切った方のチーズケーキをフォークで口へ放り込み、咀嚼。……美味い。やはり、残りは千冬さんに残しておこう。
ラップに包んで冷蔵庫へ入れさせて貰う。もしかしたら帰ってこれる……かも、知れないし。再び彼女の前へ戻る。
もきゅもきゅとチーズケーキをフォークで食べるプリティな姿に目を奪われつつ、ぼくも負けじと珈琲を口に含む。
「……ふぅ、それで君は誰なんだい?」
「まさか、お前私のことを知らないのにここまで上げたのか? 随分と余裕じゃないか。それとも馬鹿なのか?」
「いや、まぁ。少女に罵られることに快感を抱くような変態ではないとしてもだね、まずお名前を聞きたいなってぼくは思うんだよ」
「……ふん。私の名は織斑マドカだ」
「もしかして、君がぼくの妹さんかい?」
「――ッ!?」
彼女――マドカちゃんは手に持ったココアをしっかりと持ちながらも驚愕といった様子でこちらを見てくれた。
ああ、もしかして本当に今日は宣戦布告というかこちらのミスリードを謀るために来てたのかもしれないな、不味い手を切ったかもしれん。
「えっと……。おいで?」
「いや、これ見よがしに両腕を広げられてもだな……。抱きつかないからな。ココアが冷めるだろう」
「そっか、残念」
「お前、私を舐めてるだろ」
「舐めてもいいのかい?」
「待て、何で近づいてそっとティーカップをずらすんだ。ハッとした顔で机の横に移動するな! 馬鹿者ッ!!」
「……グッジョブだよマドカちゃん。これでぼくは数年戦える」
「微妙だな……。シビアというか現実的というか……。いや、なぜ私の横へ座った。そして頭を撫でるな微笑むなっ!!」
「……その割には抵抗しないんだね」
「…………………何の事だかさっぱりだな。人の温もりなんていつ振りかなぁとか思ってたりしないんだからな」
借りてきた猫のようにぼくの右胸に頭を乗せてくれるマドカちゃん。……やはり、妹って最高で最強だな。
さて、マドカちゃんが和んでいる隙にまとめておくか。
マドカちゃんの謝罪からして、先日のあの件が予期せぬことだったということが判明できた。
恐らく、単独で動いたエージェントの保護のために束さんを足止めしたのだろう。
邪魔をしないで、そいつ捕まえられない。みたいな感じで。
んでもって、そのエージェントから通信でも入って回収を断念したのか、こちら側が制圧してくれるのに任せたってとこだろうか。
……まぁ、悲惨な状況まで貶められるとは思ってなかっただろうとは思うけれども。
ぼくはマドカちゃんの頭を撫でつつその触り心地の良さに感動しつつも、次の事を考えていた。
さて、この後は確かに空いているので遊びに行ってもいいのだが……って、そこじゃないぼく。なんで休日のお兄ちゃんやってるんだ。
だが、まぁ。双識さんの言っていたようなシチュはいくつか消費できたから満足だとして……そろそろ本題に入ろうか。
「今日は泊まっていくかい?」
「んぁ…………、いや、それには及ばない」
「そっか、そりゃ残念」
「お前は……悔しくないのか?」
「それは、千冬さんのクローンだっていうことに、かな?」
「そうだ」
「いや、全然? そもそも、聞く相手を間違えてるんじゃないかな」
「……む? お前は織斑一夏なのだろう?」
「もしかして二年前の資料は手に入って無い感じだったり?」
「……詳しく聞かせてもらおうか」
「じゃあ、お兄ちゃん♪と可愛らしく呼んでくれたら教えようかな」
世界が止まった気がした。いや、マドカちゃんが口元を引きつらせて絶句していただけだった。
マドカちゃんはしばらく止まった後、ジト目になりながらも小声で「お、……おにぃちゃん」と囁いてくれた。危ない、これマジで危ない。
リアルな妹でありながら血の繋がっていないという最高のステータス。いや、流れてる血は同じなのか、元が同じらしいし。
それからぼくは二年前の詳細をきっちりかっちりねっちりしっとりさっぱりあっさりとと丁寧に懇切に絶妙に愛を込めて話してあげた。
「――とまぁ、そういうことでぼくは織斑一夏でありながら、千冬さんのクローンである一夏の代替である存在だってことだね」
「なるほど……。仕向けたプレイヤーが撃退されたのも頷ける。何せ、中身が違うのだからな。滑稽だな」
「囈言だね」
「うわごと?」
「ああ、いや。単なる言葉遊びだから気にしないで。別にちょっとフレーズが気に入ったとか思ってないからさ」
「ふ、ふむ……? まぁ、ともかく私の任務はほぼ終わってしまったと言ってもいいが……、一応だがこちら側に来るつもりはないか? にいさんなら亡国機業(ファントム・タスク)の頂点を狙えるやもしれん」
「亡国企業? なんだいそれは。滅亡した国の復興を支援するボランティア企業かい?」
「いや、そんな優しいものではないのだが……。まぁ、いい。どうせもう私は用済みになってしまったからな、話してやる」
それは第二次世界大戦中に生まれた軍の暗部が結束し秘密裏に発足された秘密結社であり、半世紀以上の長い歴史ある裏世界の一角を担う存在であるらしい。秘密結社故に表にも裏の表にも出やしないトップシークレット、暗殺から拉致まで何でもござれの請負屋。
もしかすると積雪さんや双識さんたちなら知っているかもしれないが、このぼくでも知らなかった隠蔽度……いや、間違えると知名度が低いだけで勝手に名乗ってるだけなのかもいしれないけども、とりあえず耳に入れておく必要はあるな。
「へぇ、それで今は何をやってるんだい?」
「……それは、教えられないな」
一瞬話そうという素振りが見えたが、何かを思い出したような表情でマドカちゃんは断った。
……くそぅ、年齢の割に場数の場所が裏の世界だから篭絡し辛いな。いっそのことデレデレになるまで落とすか。
ぼくらがクローンであるという接点が無ければ問答無用で殺し合いになってしまっていたかもしれないくらいに、彼女のそれはナイフのように鋭い瞳をしていた。と、言っても身長差からぼくからはジト目にしか見えないので萌えポイントになってしまっているから怖くないけど。
無理強いは、不可能かな。そこまで巻き込んだわけじゃないし、まだ無理だ。
「まぁ、無理して聞き出すようなことじゃないからね。それに唯一の肉親なんだ、嫌われたくも無い」
ぼくだけに関してなら他人という解釈でも問題ないのだけれど、生憎体はマドカちゃんの兄か弟に当たる織斑一夏の体だ。
それに、どこか寂しげな雰囲気を漂わすマドカちゃんと喧嘩離れはしたくないなぁ、とも思った。
やはり、ぼくは身内に弱いようだ。
他人だって分かっているのについお節介を出してしまう。やれやれだ。本当にやれやれだ。
「さて、本当に夕飯は食べていかないのかい?」
「待て、いつそんな話をした」
「いや、泊まらないって言ってたから」
「それは私にすぐ帰れと言いたいのか?」
「むしろ傍に居てほしいくらい」
「……なら、夕飯くらいは……食べる」
「そっか、ありがとう。ぼくも一人じゃ寂しくてね」
ぼくはソファから立ち上がり、マドカちゃんのサラサラとしたいつまでも撫でていたいような名残惜しさのある髪を撫でた。
「それじゃ、買い物にでも付き合ってくれるかな。何が食べたい?」
「! そうだな……、ハンバーグとやらがいい。この前スコールが美味い店を見つけたと自慢していたからな」
「オッケイ、そのスコールって人が誰かは知らないけどリミッターを外して美味しいものを作ってみせよう」
「早くなるのか?」
「やってみようか?」
「なら、私も手伝ってやらねばな」
「くくくっ、ありがと。楽しみにしておくよ」
財布をポケットに入れ、チーズケーキを冷蔵庫へ入れてから戸締りを確認して鍵を閉めて外へ出る。
左手には暖かくて細くて柔らかいマドカちゃんの右手が納まっていて、傍からみれば仲のいい兄妹に見えるのだろうか。
……まぁ、今は横の可愛いお姫様の舌を喜ばすような料理の事でも考えておこうかな。まったくもって、平和だなぁ。
「見てください人識くん! あそこの兄妹すっごく楽しそうですよ」
「はいはい、そーですねー」
「何ですかその投槍な態度! ……今思ったんですが投槍な態度って相手をキルって感じですよね」
「原始時代まで戻るたぁ遡り過ぎだろ。というか漢字が違うぜ伊織ちゃん。槍は遣りでも思い遣りのほうだ。相手を思い遣る心を投げ捨てたって意味だ……ったらいいよな」
「って、人識くんも分かってないんじゃないですか!」
「いや、漢字違いくらいは分かるぜ? ……伊織ちゃん高校行ってた時期もあったよな、でもすぐに辞めて……」
「ううっ。どーせわたしは馬鹿ですよーだ!」
「逆切れしてどうすんだよ」
「逆鱗をドロップしてやります!」
「落ちるのかよ逆鱗。そういや、猫みたいな奴がお供になるらしいけど確かあいつら溶岩の中に潜っていくよな」
「何をされても地中に潜って数分で帰ってきますし……、もしかして最強なんじゃないですか?」
「最強なんて言葉使うなよ俺の前でよ。未だに身構えちまうぜ」
「あらー、ならそんな人識くんをわたしが包んであげましょー」
「お、おい! 当たってんぞ」
「当たらせてるんですよ♪ 意外とウブですねぇ人識くん」
「違う! そっちじゃねぇよ! お前が兄貴から貰った鋏が開いてて刺さってんだよッ!」
「そういえば人識くんの隠しナイフもわたしに刺さりかけてます!」
「……アホか」
「ひーん。そりゃないですよ人識くん。わたしだって乙女なんですよー?」
「ほら、馬鹿言ってないでさっさと行くぞ。今日の飯はスーパーの弁当だ」
「はーい。そういえばなんでわたしたちいっつもお弁当を巡って争ってるんでしょうかね」
「さあな。安いからいいだろ」
「まぁ、それもそうですね。今日も元気に捻じ伏せましょー!」