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何事にも屈しない精神と負けを知らぬ力を持つ者を、強者と呼ぶのだ。
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終わりの無い物語なんて堕落極まりない愚作だ。
どれだけ時間を歴史を名声を重ねても綺麗に終わらぬ世界に救いは無い。
主人公よりも強い強敵を打ち倒し続けて主人公の強さがインフレしていく物語や二次元並みの可愛く美しいヒロインが集まりハーレムを形成していく物語に終止符を打つとすれば、作者の死かヒーローの死だけだ。
死ぬことでしか終われない物語をハッピーエンドだなんて打ち切りの理由をつけて終わらすのは、どうなんだろうか。
確かに主人公が敵を倒して救われた者たちが居たかもしれない。
だが、敵側には失った者たちが確かに存在するのだ。
得た者でしか書かれぬ物語は、失った者たちにとっては不都合と理不尽極まりない物語だろう。
だからといって、主人公が強敵と戦い死んでしまって、主人公が鋭く観察できて迫る彼女たちをきちんと諭すことができたとしても、物語が面白くなるわけではない。
何が足りないのか。
愛、だ。
幸せに終わるヒーローの物語の裏で、愛する者を失う悲劇のヒールの物語があっていいのだ。
皆が笑う主人公の物語の裏で、愛焦がれた想いを押し殺して主人公を祝福するモブの物語でもいいだろう。
物事に裏表があるように、物語にも裏表があったほうが良い、という個人的な見解だった。
物語に愛が無ければそれは成り立たないのだ。
愛があるから物語は紡がれ、愛があるから感情が美しく映えるのだ。
愛の無い戦いに、愛の無い恋愛に、何も感じやしないだろう。
そう、俺が欲しいのは――愛だ。
一心不乱の愛だ。
終わり往く世界で唯一煌めき輝くのは、愛、だけだ。
だからこそ、俺はこの計画を進めていた。
この、終わりの無いくだらない物語を終わらせるために。
しかし、イレギュラーも多かった。
「それでは、今月初めての転入生です!」
例えば、予定はしていたがあんまりにも早すぎる計画の進みだったり、とか。
「初めまして皆さん。アメリカ代表候補生の――」
一番最悪なタイミングでの再会とか、ね。
「クーヴェント・アジルスです。病院育ちでしたのであまり世間のことは知りませんし、興味もありません。ですので、無難で他愛の無いお話は結構です。仲良くするつもりは――ありません」
銀一点。
ラウラちゃんの銀髪よりも煌めく美しい長髪が首振りによってふわりとなびく。
圧倒的な存在感。目の前に皇帝が君臨しているかの如く威圧感。手も届かぬ絶望感。
入り混じる感情は恐らく、困惑。
銀翼の大天使の如くこの教室に降り立った彼女はとても――美しかった。
「しかし、盟友たる織斑一夏くん以外は、です。どうぞ、よろしく」
にっこりと笑みを浮かべるくーちゃん。全員が背筋を凍らせたに違いない。後ろを振り向くのが少し、怖い。
相変わらずの不動っぷりに目の前の俺は一瞬素になってしまいそうになった。
千冬さんは……何処か心ここにあらずと言った様子で俺を見つめていた。何かあったのだろうか。
いつも気楽そうにぽやぽやと笑う山田先生も苦笑を漏らしていて普通そうに見えるが、若干顔が青ざめている。
それほどまでに彼女のインパクトは大きかった。
「ッ!!」
「ッ!?」
現織斑一夏の彼女たちもまた、その圧倒的な言葉に反応したらしい。
あー……、なるほど、これが、修羅場か。
俺の学校生活がとにかく大変になることだけは分かった。
しかし、しかしだ。どうしてこんなにも早い転入が可能になったのだろうか。
本来ならば、秘密裏に掴んでいたアメリカ軍の極秘開発兵器"シルバー・ゴスペル"の初期実験時に暴走を起こさせ、彼女を上手いこと巻き込み、その機体と共にアメリカ代表候補生の名を頂戴するつもりだったのだ。
だが、彼女はアメリカ代表候補生と言った。
恐らくながら、束さんのサポートと山猫の陰謀が噛んでいるはずなので専用機も持っているはずだ。
「……では、席は織斑の横の席だな。座れ」
「はい」
千冬さんですら彼女を出席簿で叩くこともできぬ程の精神掌握術こそが、彼女が人類最凶と謳われる所以だ。
どんなに彼女が難解な行動に出たとしても、それが普通のように見えてしまう程に凶悪な力だった。
彼女の場合、心理的云々科学的云々とつらつらと文字を並べることをせずとも、何とも安易にそれを行える。
だからこそ、その異名が付けられたのは必然だった。
と、言っても今の彼女はすでにその力を別のベクトルへ変えてしまっている。
彼女が入院している際には自分に悪影響を与える全てのモノを拒絶していた。
もっとも、生前から持ってしまっていた病気の侵攻を止めることはできても治すことはできやしなかったが、その点を除いてもその力は本当に絶大的なものだったのだ。
特に裏の世界の住人たるプレイヤーたちが迷惑を被った。
ターゲットがその病院付近に逃げ込まれたら最後、その病院から離れるまで見つかりはせず、病院内であれば異常なる怖気が走り目の前に赤き制裁が笑っているかのような威圧感が心を押し潰し逃げざる得ない程に、彼女の力は絶大的だった。
それ故に、裏の世界の住人からは病院関係者ですらその存在を深く知りえない人物――くーちゃんに目星をつけた。
人類最強に並ぶ程の威圧感から、その病院から、そしてこの街からプレイヤーは近づくことをしなくなった。
と、言っても俺との接触からして特別に異常な者へは効果が無かったようだが。
いや、違うな。
悪影響に至らぬ者だと認識されたからか。
狐の友人にこの事を言おうものなら運命論をまた一から長々と説明されてしまいそうだな。
今の彼女はまさに要塞だった。
病院周辺までから一教室程までに範囲が狭まって弱体化しているが、それを後押しするかのように彼女本来の才能がそれをきちんと使役し、まるで護衛に西洋騎士を侍らせているかのような気品と威圧感を生み出している。
つまりは、彼女は今、その力を完全にコントロールしているということだ。
先ほど鈴ちゃんと箒ちゃんだけが反応したように、くーちゃんはその二人だけを"あえて"力の範囲外へと押しやったのだ。
宣戦布告、ということだろう。
いやはや、これほどまでに愛されていると知ると脱帽してしまいたくなる。十円ハゲを作ってしまいそうだ。
「お久しぶりだね」
「ああ、そうだな。二年振り、ってとこだな」
「……ああ、そうだね。随分と楽しく過ごしているようじゃないか」
冷や汗が止まらない。
怒らせた女性程怖いものはない、そんな気分だった。
恐らく俺の中で一番恐ろしいのは――ぶち切れた姉とその姉と張り合う赤と目の前の少女だけだろう。
一人じゃ、収まらない。
恐らく、いや、確実に俺の今の環境を知っていての所業だろう。
お叱りと言えどもこれは堪える。
そもそも、世界でいっとう愛しいくーちゃんとお遊び以下で付き合っている幼馴染sがこの場に介している時点で拷問だ。
しかしながら、それほどまでに辛い思いをさせてしまっているのは居た堪れない。甘んじてこの拷問を受けよう。
「………………ふぅん」
「………………へぇ」
突き刺さる二つの視線を身体に感じながら、織斑一夏としての振る舞いで授業に出る。
正直に言えば零点を取れるほどまでに俺は勉強ができるのだ。
百点を取れる者は裏返して見れば零点に意図的に取れる。それほどまでに勉強をしていた。
それは、身の振る舞い方もあるが本来の織斑一夏を貶めることをしないためだ。
ぬるい友情と、無駄な努力と、空しい勝利の三大法則を用いて俺はそこそこにやることにしているのだ。
浅い友情なのに親しく、すでに知っていることを学ぶ無駄な努力、空しくなるくらいに気持ちが悪い勝利をくれてやった。
それだけで"俺"が"ぼく"であるというのに誰も気付かぬ程、人間というのは他人を見ていないものだ。
「すいません、気分が悪いので保健室へ行って来ます」
「え? ああ、はい。分かりました、ゆっくりでいいですよー」
気持ち悪い。
吐き出してしまいたいくらいに、気持ちが悪い。
――壊したくなった。
今あるこの状況を壊したくなってしまった。
クラスメイト全員を殺して解して並べて揃えて晒せば、あるいはこの身をずたずたになるほどに引き裂いてしまえば。
楽になれるだろうに。
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幸福と不幸の天秤は常に水平だろう。
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「……死にてぇ」
一人零した愚痴は誰にも届かず廊下に響くこともなく霧散した。
いつもであればこのタイミングで誰かしら来ると思うが、今日はどうやら誰も居ないようだ。
ピンポンパンポーン、と全校生徒へ呼びかける合図の音が近くのスピーカーから聞こえてきた。
『緊急集会を行います。生徒は各先生の指示に従って体育館へ向かってください』
繰り返します――と、続けて二回放送してスピーカーの音は切れた。
どうやら、何かあったようだ。この場合、保健室に行くべきではないだろう。
仕方が無いので回れ右した。
そこには慌てて教室から出ていく生徒たちの後ろ姿を見る女性二人の後ろ姿があった。
一人は何処かの軍服で、もう一人はアキバやらでしか見れないであろうメイド服だった。
向かおうにも、その二人がどうも怪しくて、動けやしなかった。
"誰一人"もこちらを向かずに体育館へと向かって行ってしまったのを見て、悟る。
すでに始まっているのだと。
「申し遅れました、私の名はチェルシー・ブランケット。"十三騎士"が一人、九の席を預かっております」
「同じく十三騎士が一人、クラリッサ・ハルフォーフ大尉、席は八だ」
ぺこりとお辞儀をした落ち着いた雰囲気のチェルシーさん。
胸を張った鋭い瞳をした隻眼のクラリッサさん。
何処かで聞いた名だった。
そして――十三騎士とは何だ。俺が考えていた計画とは違う、別のそれだ。
そもそも、俺自身が世界の敵になる予定だった。
全ての原因たる白騎士に成りすまし、世界中のISを全て奪い尽くし、最終的に白騎士のオートモードで自爆させてISの存在自体を消してしまう予定だったのだ。
本来ならば――"ぼく"ごと死ぬ予定だったのだ。
だが、目の前の二人は何て言った。十三騎士だと? 目の前に二人居るから残り十一人だと?
「ブリーチの髪……イギリス女性、ああ、セシリアの幼馴染のメイドさんか。んでもってそちらはラウラの所属している隊の副隊長の人か。ああ、なるほど。二人とも自室で落ち込んでるから本国からお見舞いに来たんですね?」
「いいや、違う。我らに課せられた任務は織斑一夏――いや、"いーくん"。貴様の処理だ」
「ええ、そうですね。私の大事なお嬢様によくもまぁ――万死に値しますわ」
穏やかな瞳は氷の如く鋭い視線をもって憎悪の色を見せた。
ああ、なるほど。そういうことか、山猫。本格的に俺の邪魔をしに来たのかお前は。
世界を終わらせるための補助としての動きを見せるわけでもなく、ただ、私怨で俺を狙うか。
そうかそうか。へぇ、面白いことをしてくれるな。
「――舐めてんのか」
苛立ちが止まらない。俺の、いや、"ぼく"を中心にして逆巻くように最凶が君臨する。
人類最凶たる彼女の偽たる存在であるぼくによくもまぁ、こんなくだらない前戯にもなりやしない児戯をかましたものだ。
ドヤ顔でこの様子を見ているのなら良いだろう、答えてやるさ。
「あ、貴方は何者ですか? 先ほどとは"性質"が一変しましたわ」
「そ、そんなことはどうだっていい。我が隊の隊長を侮辱した罪、ここで払ってもらうぞ――貴様の命を持ってな!」
クラリッサさんは猛るように吠え、ラウラちゃんの専用ISシュヴァルツェア・レーゲンによくにた型番のISを展開した。
それに合わせてくると思いや、チェルシーさんは展開せずにこちらの観察に徹底するようだった。
しかしまぁ、無駄なことだ。
「ぬぁ!?」
クラリッサさんは"不幸"にも一歩踏み出した床が割れてしまい足先が埋まり、"偶然"にもスラスターが壊れて止まり、勢いがつんのめって前へ転んでしまった。
オンボロのロボットのように無様に倒れ込んだISを必死に動かした結果、"最悪"にも何処かの部品であろうボルトが落ち、そこからドミノのようにISが独りでに壊れていく。
その重すぎる部品らに挟まれてクラリッサさんは動けないようだった。
「ど、どういうことだ!? 最終チェックまでトントンだったはずだ。貴様、何をした!」
「いんや、何にも? 勝手に貴方が"巻き込まれた"だけですよ。無様にも、馬鹿馬鹿しくも、あっさりと」
「……なるほど、これが狂言遣いたる貴方の手法ですか。ならば、これならどうでしょう――かっ!」
まるでクラリッサさんの出来事を必然であると結果付けたチェルシーさんは何処からともなく出した大型のランスを構え、一切の助走をせず飛んだ。その尋常じゃない足腰の強さは恐らくこの人もISを持っているからであると推測できる。
だが、それもまた無駄なことだ。
"残念"なことに天井の高さを見誤ってしまったのか、高く飛び上がったチェルシーさんはランスの柄尻を天井に当ててしまい空中でバランスを崩し、こちらに辿り着く前に着地するが、先ほどのクラリッサさんのISから落ちたボルトに"運悪く"踏んでしまったようで着地を誤り足を捻ってしまった。
「うぐっ!?」
"偶然"にもぼくは何もしないまま二人共動けなくなってしまったようだった。
チェルシーさんは諦めが悪いようで、もう片方の足で踏ん張ってこちらへ跳ぶつもりだったのだろう。足元に流れるISから漏れ出たオイルに気がつくことなく、滑る羽目になり、ずてんと転ぶ。
ドジっ子メイドってのも捨てがたいが、今はノーサンキューだ。
「……はん。その程度でぼくに一矢報えるとでも思ってたんですか?」
「貴方は何をしたんですか!?」
そう悲痛に悔しそうな顔で、答えがわからなくなったジクソーパズルを抱えた子供のように叫ぶチェルシーさんを見て、ぼくは笑みが止まらなかった。
馬鹿馬鹿しくて構ってられやしなかった。
人類最凶の力を少し借りただけだというのに、彼女らの力ではそれを受け止めるどころか飲み込まれるだけだった。
たった、それだけのことだ。
ぼくの"異偽"に"巻き込まれた"。説明文はたったそれだけだというのに、どう説明しろというのか。
構ってやるにも時間は惜しい。ぼくは二人を無視して体育館へと向かった。
恐らく残り十一人は相手しなくてはならないのだ。構ってる暇はない。
確か、戯言遣いたるいーたんは言葉が通じればいいんだっけ。
いいなぁ、楽で。ぼくの場合は敵視されないと、"視られない"と発動できないから困るんだよね。
まぁ、例えそれが仮想のぼくであっても視てしまったら最後、敵意を持った瞬間に絶望する羽目になる。
どれだけしっかりと視たかでぼくに巻き込まれる深度が変わるからこちらからすることは挑発とかしかないんだけれども、こうやって多人数を相手取れるのは楽でいい。
のらりくらりと行きましょうかね。
IS学園は一足制であるために窓から出ても問題は無かった。
と言っても精々四階程度の高さだから着地も悠々だ。白式のアシスト使ったけども。
中庭に降り立って体育館はどちらにあったかを思い出す。確か食堂とは反対側にあったような気がする。
食堂は食料の搬入がしやすいように正門側に位置するのでそれの逆を行けばよいのだ。
となると、あっちか。すでに行動は起こされているようなので迅速に向かおう。
恐らく山猫もあの二人がぼくを殺せるとは思っていないはずだ。
あんな役不足の役者をよくもまぁ舞台に出せたものだ。脚本家として売り出したら二日でさよならだな。
そんなことを考えながら中庭を出てグラウンドの脇を通って体育館へ辿り着く。
が、その体育館が無かった。いや、崩壊していた。違う、これは――分解されていた。
そこらじゅうに広がる部品の川がそれを物語っていた。
となると、全校生徒は何処へ行ったんだ。体育館よりも大きいスペースだとアリーナか。
あれ、なんだ。体育館のあそこに居るあのオレンジ色のちっこいの。目を凝らして――、
「"いーくん"ダナ?」
ぞくり、と唐突に背筋が凍った。
瞬時にその場を離れるとそこに突き刺さるは蜘蛛の足。それも巨大な金属の塊だった。
避け様に進攻方向を見やればそこには巨大な蜘蛛を模したISに乗った女性が居た。
何処かで見たことがあるような気がするが、分からなかった。
ガチガチと歯を打ち鳴らしながらぼくを異形の身で睨みつける化物のようなISに、若干引いた。
やばい、この手の狂ってる輩には最凶は意味を成さない。
くーちゃんのその最凶は悪影響を及ぼすものを拒絶する力だ。
だが、悪影響を及ぼすかの判断ができない輩は当然ながらエラーで特例で入りこんでしまう。つまり、ぼくだ。
そして、目の前のこいつだった。
「……白式、展開」
一瞬の光に包まれて展開された白式の装甲で身を包む。その瞬間にすでに目の前から巨大な前脚が襲いかかっていた。
受け止めれば恐らく腕が貫通するだろう、そう考えたために後ろへ下がって距離を取った。
この手の輩には手加減する程の余裕はない。無行動で曲鳴を呼びだし、伸び切って宙に残っていた脚を横合いから叩きつけ粉砕させる。
「ギャハッ、コロス、コロス殺ス! ギャハハハハッ!!」
麻薬でもかましているのか、目の前の蜘蛛は恐れることなく考える素振りも見せずに特攻をしかけてくる。
しかも、それがベテランのIS乗りの動きであるから恐怖が三割増し、それに加え搭乗者の恐ろしさで激怖かった。
まるで狂戦士だ。二本、三本と脚を砕いているというのにそれすらも無視して特攻をかます蜘蛛の執念深さに恐れ入る。
しかし、大振りであることと冷静じゃない動きから避けることは簡単だった。
段々と体を支える脚が無くなり始め、ついに三本まで砕き切った。
「――セカンドゲイン」
「な!?」
突然冷静な無機質な声で蜘蛛が宣言した瞬間、蜘蛛は姿を変えて蠍のような形へと変貌する。
無くなった脚が増えているため、別のISに切り替わったような感じ。
はしゃぎ回る子供のような様子は無く、今度は操り人形のような冷静沈着な声だった。
いや、声が変わっているということは別人か。
ぐるんとISの体が回転し、ファラオのように両腕を胸前で交差し拘束された見知らぬ金髪の女性に変わった。
一つのISに二人が搭乗しているのか。いや、違う。そんなわけがない。
「十三騎士が二人、十と十一、の席に座る、貴様のせいで、私たちは離れ、られなくなった、礼を言う、だが、貴様のせいで、私たちは触れ合え、なくなった、死を持って、償え」
先ほどの蜘蛛女と今の蠍女。二人組で二つで一つのISを動かしているのか。
石像のような虚ろな瞳で彼女は途切れ途切れに言葉を繋げる。
ぼくは背中の影から突然現れた尖る尾に不意打ちの一撃をもらってしまった。
突然なことだったので防御すらできずに、腹部に発動した絶対防御の上からドキツイ一撃を受け、嘔吐感が膨れ上がる。
吹っ飛ばされるかたちで校舎へと突っ込み、壁を貫通して反対側へ飛び出す。
白式は元々罪口製のスポーツ用調整に見せかけたリミッター付きの機体。
そう、プレイヤー向けのセッティングがされてあるため、今のリミッターを解除した白式にはシールドエネルギーというデメリットは無く、存分にISエネルギーを使える状態だった。そのため絶対防御はより強固のものとなり、通常であれば貫かれるような先ほどの一撃でも打撲で済ませるほどの頑丈さがある。
つまり何が言いたいかというと助かった、ということだ。
打鉄のようなスポーツ機体だったら搭乗者ごと貫通して大変なことになっていただろう。
無言で移動する蠍を一瞥し、ぼくは上空へ上がった。
あの性能からして空戦仕様ではなく陸戦仕様のISだとぼくは解釈したからだ。
案の定蠍は飛ぶことはせず、跳んで壁を伝って屋上へ上がってきた。
――だが、それだけだった。
正直に言おう。今の白式には遠距離武装は装備されていない。
そのため、戦うには結局近付かなくてはならない。
どうしよう。
「その役目私に譲ってもらおうか!」
蒼が駆けた。
視界の外れから放たれた蒼い閃光が確実に蠍の脚部を焼き抜く。
ハイパーセンサーで意識を向けてみれば、そこにはドヤっとした見慣れた顔があった。
「やぁ、マドカちゃん。息災で何より」
「いや、にいさん。挨拶もいいが、一先ずアレの処理構わないか?」
「うん、いいよ。生憎ぼくの装備は未だに近接オンリーでね。蜂の巣にして構わないよ」
「了解した。妹の働き――見ておけ!」
駆ける六つの見たことのある空中砲台――ブルー・ティアーズを完全に使いこなしてまるでマシンガンのような精密射撃を繰り広げるマドカちゃんの姿につい口笛を吹きたくなる。
上空から獲物を狙う鷹のように蠍を翻弄し一切の反撃の隙を見せぬままさらに展開したアメリカ製らしきガトリング砲を打っ放し始めたマドカちゃんに負けの二文字は見えやしなかった。
「ごめんな、さいね、オータム、敵、討てな、かった」
「スコール、スコール! ギャハハハハッ!! スコール!!」
完全に沈黙し地へ伏せたISから這いずるように搭乗していた二人は涙を流しながら、抱きしめ合って――。
タタンッとマドカちゃんが展開した拳銃に頭を打ち抜かれて絶命した。
それはちょっとやりすぎじゃないのか、とマドカちゃんを見やれば悲しそうな顔で「さよなら」と呟いているのを見てしまう。
「知り合いかい?」
「うん。組織のエージェントだった。オータムが独断専行して独房に入れられ、脱走してからスコールも行方不明になった」
「そうだったのか……」
ああ、独断専行というと鈴ちゃんの件か。マドカちゃんは悲痛な面持ちで続けた。
「それに命令だったから。……あの二人はもう駄目だったと思う。薬と洗脳を受けてボロボロだったからきっと戻れなかった」
――だから、私が殺した。
そうマドカちゃんは降り立って、二人の体に量子化して持ち運んでいたのであろう毛布をかけてやっていた。
ぼくも降り立って、冥福を祈る。マドカちゃんも真似をして手を合わせる。
彼女たちは人間としての本能――愛を見せた。最期であっても、変わらぬ愛。なんと美しいことか。
マドカちゃんはそれを見抜いたからこそ、同僚の嘉で彼女たちを介錯したのだろう。
愛を忘れるほどに狂う前に、最高の最期を送ったのだ。
それから一分ほど黙祷を捧げた後、ぼくらは情報を交換しあう。
どうも一時間前に十三騎士の長、"黒騎士"を名乗る者が世界に向かって宣戦布告をしたそうだ。
内容はシンプル。ISの開放と人類への復讐だそうだ。その内容以外には特に何もなかったらしい。
――インフィニット・ストラトスの宿命を成就するための、布石。第一歩だった。
IS発展都市を中心にISコア強奪を成功させ、最終目標であるこの学園に集結し始めているとのことだった。
それに合わせてマドカちゃんが所属していたらしい亡国機業が動き出すことになり、上部からの命令でぼくを保護するようにと命令されたそうだ。そして、その際にオータムとスコールという同僚に出逢えば、始末するように言われていたらしい。
正直に言うがこのまま保護されるつもりはない。マドカちゃんに伝えると「分かっている」と返ってきた。
マドカちゃん曰く任務ボイコットしてでもぼくを助けに行きたかったのだと告白されたので、頭を反射的に撫でてしまった。
束の間の安息を手にしたぼくらは先ほどよりも少しだけ冷静に戻れた。
ともかく、消えた全校生徒の中に先生も含まれる事態になったことを再確認し、最優先でくーちゃん、次点に箒ちゃんと鈴ちゃんを救出しなければならない。……まぁ、正直に言えばくーちゃんだけ無事ならそれで構わない。
ぶっちゃければ千冬さん辺りは自分で何とかしてくれそうな気がするしね。
そんなことを思いながらもぼくはマドカちゃんとアリーナへ向かうことにした。
ここに居なければ後は虱潰しに校舎を歩き回るしかない。
携帯や端末を使って連絡を取ってもいいが、傍受されていたりすると困るのでなるべく自分の脚で探すことにする。
今の状況でISを使って迅速に移動するべきだが、ぼくが山猫の立場であれば、そして、ぼくを本当に処分するのであれば、ISの反応感知型の何かを仕掛けておく。
恐らくぼくの分身のような彼女なら、確実に仕掛けてあるだろう。
少々面倒だが、無駄なイレギュラーの対処を考えるよりかは楽だ。
先ほどぶち抜いてしまった校舎の内側からアリーナへ一直線で向かう。
アリーナの入口を示す看板を通り過ぎ、ようやくぼくらはアリーナへ辿りついた。
「……にいさん、これは……」
途轍もない異臭がぼくらの鼻を麻痺させる。この酸っぱい匂いは……嘔吐物か。
アリーナの観客席から入場したぼくらの視界に埋まるは嘔吐の異臭と沈黙する生徒たちの姿だった。
階段を下りながら白式のハイパーセンサーを起動し、辺りを見回す。
くーちゃん……、くーちゃんはっと……。
「居ないなぁ」
「いや、にいさん。たくさん居ますけど」
「ああ、ちょっとぼくの愛しの人をね」
そうですか……、とマドカちゃんは何処か冷めた目でぼくを見たが、ぼくとしては特に何も感じなかった。
結局の所、くーちゃんは居なかった。
代わりにもならないが、崩れ落ちて泣き叫ぶセシリアちゃんとラウラちゃんをそれぞれ抱きしめる箒ちゃんと鈴ちゃんの姿があった。
こちらに気づいていないようだから、マドカちゃんにはそこらで待ってもらう。
口止めもきちんとしたし問題あるまい。
「おい! 大丈夫か!?」
「い、いちかぁ……」
「いちかさぁぁん……」
「うおぁ!?」
いきなり飛びついたのは悲痛な声で迎えたラウラちゃんとセシリアちゃん――ではなく箒ちゃんと鈴ちゃんだった。
ぽいっと捨てるような感じで二人を置き去りにして怒涛の勢いでこちらの身を案じてくれたが、正直うっとおしい。
やかましい! うっおとしいぜッ!! おまえらッ! とでも叫びたかったが、状況が状況なので自重しておく。
取り敢えず慰めてから事の次第を聞き出す。
彼女らはお互いに自分がどれだけ大変だったかをぼくに伝えるが要領を得ない。
「――で、くー……クーヴェントはどうしたんだ?」
「ああ、彼女なら……あれ?」
「さっき大画面で映った放送を漢らしい仁王立ちで見てたんだけど……」
お互いに泣き崩れた二人を慰めていたために見失ったようだった。全く使えない彼女たちだ、やれやれ。
本題ではあるが、大画面で映し出されたらしい放送――山猫が率いる十三騎士の宣戦布告の内容について尋ねた。
――尋ねてしまったのだ。
か細い声で、ラウラちゃんが蒼白な顔で、言った。
「山猫が――殺された」
一時間前の宣戦布告は世界へ。そして、本命は――数分前のそれだった、ということか。
そうか、マドカちゃんの言っていた宣戦布告は録画されたもので――本当に布石だったのか。
チェルシーさんとクラリッサさんとの数分の時間、そしてあの愛ある二人の数分の時間。
あの数分がこれだけの大爆撃を行うための時間稼ぎだった、ということか。
良いだろう、その宣戦布告。受けて立ってやろうじゃないか。
十三騎士
一席 ?????
二席 ?????
三席 ?????
四席 ?????
五席 ?????
六席 ?????
七席 ?????
八席 クラリッサ・ハルフォーフ(黒兎)
九席 チェルシー・ブランケット(土竜)
十席 オータム(蜘蛛)
十一席 スコール(蠍)
十二席 ?????
十三席 ?????