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No.34794の一覧
[0] 【壱捌話投稿】戯言なるままに生きるが候 (一夏改変IS・戯言&人間シリーズクロス)[不落八十八](2013/03/10 14:47)
[1] 壱話 出会いと別れ。[不落八十八](2012/09/04 16:46)
[2] 弐話 玩具な兵器。[不落八十八](2012/09/04 17:00)
[5] 参話 再びの再会。[不落八十八](2012/09/17 02:28)
[6] 肆話 出会うは最悪。[不落八十八](2012/09/17 02:28)
[7] 伍話 根源回帰。[不落八十八](2012/10/27 16:56)
[8] 陸話 誰がために道を歩む。 [不落八十八](2012/09/22 19:21)
[9] 外伝短編“柒飛ばし” 織斑千冬の人間関係[不落八十八](2012/12/18 23:24)
[10] 捌話 生まれ出でし混沌。[不落八十八](2012/09/17 11:19)
[11] 玖話 代替なる君へ。[不落八十八](2012/10/16 00:42)
[12] 壱零話 似た者同士。[不落八十八](2012/11/24 16:39)
[13] 壱壱話 嵐の渦中。[不落八十八](2012/10/06 01:16)
[14] 壱弐話 空が泣く日。[不落八十八](2012/10/13 23:00)
[15] 壱参話 壊れ始める世界の上で。[不落八十八](2012/10/27 11:27)
[16] 壱肆話 山猫さんの憂鬱日。[不落八十八](2012/10/27 14:16)
[17] 壱伍話 迷宮(冥求)[不落八十八](2012/11/24 13:34)
[18] 壱陸話 喪失(葬執)[不落八十八](2012/12/21 00:16)
[19] 外伝短編“壱柒飛ばし” 織斑千冬の人間関係② [不落八十八](2012/12/26 22:26)
[20] 壱捌話 戦争(線沿) NEW[不落八十八](2012/12/26 22:45)
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[34794] 肆話 出会うは最悪。
Name: 不落八十八◆2f350079 ID:6f3b522c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/09/17 02:28


 上を向いて生きている奴ほど足元がお留守。











 凄惨たる教室の出来事から早三日経って休日の土曜日。
 IS学園は週二日のお休みがあるので、大体の生徒はこの土日を利用して外出許可や自主練習に励んだりしているそうだ。
 ぼくもまた、箒ちゃんに訓練を休むとの謝りを一つ入れて受付で外出許可証を受け取っていた。
 IS学園でも外でもどうせ狙われることが発覚してしまったのだから、今更外へ出ても変わりは無いだろう。
 それに、人識くんの存在のせいかアレから襲撃は無くなり、極稀に殺意が乗った視線を感じる程度に警戒が下がった。
 流石に零崎一賊の名は普通のプレイヤーにとって重過ぎる名前であるようで、その零崎と出会っておきながら生き長らえているぼくに対し、今まで考えていなかった恐怖を味わってくれているのだろう。
 そりゃ、殺人鬼と出会ってるのに生きてるのだから、それなりの生存技術があると錯覚し誤認するには十分な資料だろう。
 モノレールには乗らず、IS学園から少しだけ離れた場所に存在する大型な病院にぼくは足先を向けていた。
 ぼくが目覚めた後、千冬さんに連れてこられて一ヶ月程入院させられた思い出のある場所だ。感慨深くなるのも仕方ないと思ってくれ。
 何せ、《ぼく》の想い人が居たりするのだから。
 若干寂れつつある見知らぬ商店街を通り、横断歩道の信号待ちをしているときだった。
 トラックが過ぎ去り、ぼくと反対側の位置に立っている奇妙な人物を見つけた。
 家屋の境の壁を背にしてこちらを見る男性。何処か浮世離れしているかのようなあやふやさを彷彿させる白い死に装束。そう、和服姿。
 京都や関西の場所であれば映えるかもしれないが、都心に近いここではやや浮いている存在だった。
 そして、一番の違和感というか「こいつはやばい」と感じてしまう一点があった。

「……なんで狐面を被ってるんだ?」

 縁日を開くにはまだ四ヶ月早い。顔を隠したいから若干妖気なそれを選んだのかもしれない。他人の事情を知る由もない。スルーしておこう。
 信号が変わり、進むことを強要する。それに従い歩くたびに、狐面の男性が先ほどから動いていないことに気付いた。
 ――まるで、誰かを待っているかのように。
 
「よお、初めまして」

 二メートル程だろうか、それくらい離れた距離でぼくらは視線を……いや、ぼくは狐の面に対し交わすことになっているが、恐らくあちらも見ている。
 近くで見ればぼくよりも身長が高く、百九十くらいだろうか。そして声の貫禄ある雰囲気からして、大分年上であることが感じ取れた。
 日本人は見知らぬ人から声をかけられたとしても愛想笑いか軽く付き合ってやるか完全に無視するかの三パターンだろう。

「……初めまして」

 だから、挨拶を返しておくことにする。無視するには少し勿体無い人物だったから。面白そうだし。

「ふん。『初めまして』」彼はぼくの言葉を復唱し、壁から背を離した。「何処か浮かれているが良いことでもあったか」
「これからあるんですよ。想い人に会うんです」
「『想い人に会うんです』。ふん。中々青春してるようじゃないか。その制服はIS学園とかいうからくりの玩具があるところだろう。なぜ、男性であるお兄ちゃんがそこの制服を着ているか気になるな」
「そりゃ、ぼくだって知り得ませんよ」
「『知り得ませんよ』。ふん。確かにな。だが、俺にとってはあんな図体のからくりが空を飛ぶ時点で驚きものだ。何処に推進力がついてるんだアレは」
「見えない部分にスラスターやらがあるんですよ。重力力場を生成するような装置もありますけどね」
「ほう、そうだったのか。ところでどうだいお兄ちゃん。実は俺は待ちぼうけを喰らっていてな、暇だったらどこかでお話したりするつもりはないかな」
「はぁ……、まぁ、構いませんよ。急ぎの用ではありませんし」
「『急ぎの用ではありませんし』。ふん。――縁が《合った》な」

 笑みを、浮かべた。
 一瞬、刹那ながら、ぼくの瞳に映る狐の面がにやりと笑ったように錯覚した。これは、なんだ。今まで受けた覚えのない不可視のそれに、ぼくは。
 ぞっとした。背骨に液体窒素を入れたかのように極端に背筋が凍りついた。
 もしかすると、もしかして、ぼくは大変な人物と出会ってしまったのかもしれないな。

「ついて来いよ。俺が奢ってやろう。大人の貫禄というもんを見せてやる」

 くるりと踵を返した狐面の男性に何処か、運命を感じさせた。絶対に逃げることのできない偶然。ロマンチックというよりも、シリアスな気分だ。
 ぼくはその背についていき、近くにあったファミレスの椅子に腰を下ろすことになった。
 店内にはこの時間からか、人が少なく。襲うのであれば十分な配慮ができるくらいの絶好のポイントだった。
 だからか、ぼくはこの場を離れたかった。狙われることよりも、目の前の男のことが、怖いと感じてしまっているのかもしれない。

「……どうした。ぼおっとしてないで食ってくれよ。やはり手近な場所でなく料亭とかにしておくべきだったか。最近の子供は無駄に舌が肥えて困る」
「その、いや、はい」

 正直、ぼくとしてはファミレスに入った瞬間に仮面を外して懐に入れて、凛々しくも年季の入った男前が着物と相まってさらにカックイイ顔を見せてくれたことに対しての驚愕の余韻を味わっていたのだ。
 ……何で仮面つけてんだこの人。思い出の品だったりすんのかね。初恋の彼女のとの縁日での初デートの思い出、みたいな。
 そういうことを食事の場で聞くのは野暮なことだろう。彼もまたぼくと同じように食事は黙々ともぐもぐするタイプであるようで、話題が無い。
 彼はやや豪華めなハンバーグを、ぼくは少し控えめな値段のペペロンチーノにした。のだが、注文するさいに「肉食え肉」と言われて同じハンバーグセットにされてしまったので、目の前にはハンバーグがそこにあった。
 何処か理不尽な思いやりをぶつけられた気分だが、まぁ、久しぶりの外食というものは中々新鮮で良い。
 肉汁がジューシーでファミレスにしては良い肉を使っているように感じる。うん、美味い。庶民万歳。
 
「ご馳走様でした」
「ふん。どうってことない」

 食事を終え、彼は懐に手を入れて面を被り直した。食事するためにだけ取ったのかあんたは。
 その怪訝そうな顔色が出ていたのか、狐面の男性は言った。

「他に綺麗に食べる方法が見つからんかったからな」
「なるほど、そりゃそうですね」
「さて、何か話をしようか。そうそう、そうだった。一つだけ尋ねてもいいだろうか」
「はい、なんでしょうか」
「『はい、なんでしょうか』。ふん。お前、プレイヤーだろう。それもかなり陰惨な」
「いやいや、いやいやいやいや、いや。んなわけないじゃないですか。人を勝手に何処ぞの殺人鬼と一緒にしないでくださいよ。ぼくは人殺しは許容してませんし、これからもするつもりはないですし。何を証拠にぼくがプレイヤーだなんて物騒なこと請け負ってると思ってるんですか。やだなぁもう」
「……………………」

 語るに落ちたかもしれない。沈黙からして怪しまれている感がビンビンだ。敏感サラリーマンくらい。

「……お前、零崎人識を知っているのか」

 声のトーンが、変わった。若干低い声。彼の裏の顔があるというのなら、今のそれだろう。
 本当のことを話すべきだろうか。いや、初対面でさらに怪しい彼にこれ以上手札を切るのも勿体無い。
 ぼくの中である意味鬼札(ジョーカー)化している彼を切るには状況とメリットがよろしくない。

「え? 知りませんよ。誰ですかそれは。面白い名前ですね、零崎って。それに人識ってのもあんまり耳に入らない傑作な名前ですし、そんなインパクトある名前を持つ殺人鬼なんてそうそう出会えるもんじゃないでしょう?」
「…………ふん」
「その零崎っていう人に何か用があったんですか?」
「『何か用があったんですか』。ふん。ちらっと話を小耳に挟んでみればちっと面白そうな《運命》を持ってる奴だったんでな、かかわってみようかと思っただけだ。それに……もっと面白い《運命》を持っているようだ。しかし……何処か足りない気がするが、まぁ、いいだろう。お前は運命の出会いとか、運命だと感じたことがあるか」
「……あなたと会うことに対してなら、恋愛的な意味合いで無い方で」
「ふん。それはいつかは会う予定だったってことだ。つまりは、バックノズルだ。どんな筋書きであれ、全て運命に流されて同じ場所に辿りつく。この世に意味のないことは一つたりともありやしねぇ。全てが世界に対して重要な意味を持っている――この世を構成するピースの一つである限り、因果から追放された身で無い限り、運命の呪縛からは決して逃げられない。俺の持論だ。どうだ、凄いだろう」
「人は世界の歯車であり、歯車は錆びて朽ちるまでは噛み合い続けるってことですか。確かに、それは愉快な持論ですね。運命、ですか。奇跡を偶然に必然に行わせる絶対公式といったところでしょうかね。歯車として噛み合い続ける間は、それがどんな環境であろうとも運命に沿わされ、場所を変えても運命に噛み合わされ、絶対に抜け出すことができない運命の呪縛に噛み合わされられる。ぼくの持論もそんなもんです」
「『ぼくの持論もそんなもんです』。ふん。これまた俺は愉快な《運命》に出会ったようだな。お前もまた、因果を追放された身か。いや、違うな。お前は元々因果の外に存在したのだろう。だが、何かの縁が《合って》歯車として噛み合わされた。お前風に言うのならば、そういうことだろう」
「少し、惜しいですね。でもまぁ、似たようなものです」

 ぼくの言葉に、狐面の彼は押し黙った。何かを探るように、いや、彼風に言うのであれば運命に流されるのを待っているのだろう。

「そうか、お前は……。……お前風に言えば、“錆びて朽ちた歯車のジェイルオルタナティブ”なのか。本当に在り得るのだな、関心を持ったぞ。他人が他人の代替でなく、自分が自分の代替とはな。恐れ入る」
「――ッ。あんた、本当に何者だよ。初対面の相手の全部看破するとかありえねぇよ」
「なに、ただの狐さ。人からは――人類最悪と呼ばれているけどな」

 人類最悪。そのフレーズは何処かで聞いたことがある。そうか、人類最強だ。同類、なのか?
 こいつは、不味い。かなり、不味い。もしかするとぼくの《裏》まで全て看破されかねない。それは、かなり不味い。お暇させてもらうか。

「……あなたの名を教えてください」
「『あなたの名を教えてください』。ふん。だから言っただろう、狐だと。お前に俺の名を語るにはまだ物語が幼過ぎる。幼稚過ぎる。まだまだ先だということだ」
「そうですか、ならばぼくはあなたを狐さんと呼ぶことにします。ぼくの名は、語らずとも分かるでしょう」
「人類唯一、男性でISを動かせたラッキーボーイ――織斑一夏だろう。この前電気屋のニュースでやっていたぞ。そういえば、刺青を入れたガキも居たな。最近の子供は耳に穴開けたり体に彫ったり、親に貰った体を大切にするつもりはないのか」
「さぁ。確かにぼくもそういうことはしたいとは思いませんね。痛いし」
「だな。俺もそう思う。さて、お前は先ほど全てを看破した、と言っていたがそれは嘘だな」
「……どういうことです?」
「『どういうことです』。ふん。惚けたって無駄だ。お前は俺と違い運命に流されている。それなのに俺が分からないとでも思ったか。何処かデジャヴを感じていたと思ったら、俺を待ちぼうけにしやがった知り合いと同じだったとはな。そうだな、お前は……《強さ》を担っているのか」
「それ以上は勘弁願います。――それから先は《ぼく》があなたを赦すことができない領域ですから。それでも、語るというのなら」

 ぼくは左手にブラックジャックを、右手に――切っ先が付いた伸縮式鉄鞭を握り締めた。ぼくの鬼札である武装アンフォーギヴン。
 ぼくのために、《ぼく》のためだけに作られた罪口積雪さんお手製のプレイヤー向けの武装。これを使用したことは今までない。
 だが、目の前の狐を狩るには十分な代物だろう。ぼくのそのブチ切れ具合を察したのか、狐さんは嘆息してから背もたれに深くもたれた。

「分かった。これ以上は止めておこう。俺は痛いのとか嫌いでな。もっぱら戦闘行為は別の奴にやらせてんだ。物騒なもんを仕舞ってくれ」
「……いいでしょう。さて、初めてこれを出したのですが何か決め台詞とかあった方がいいですかね。脅し文句みたいな」
「『脅し文句みたいな』。ふん。そうだな、それじゃあ俺がつけてやろう。『汝、人狼なりや?』なんてどうだ。お前の気性からして似合った台詞だろう」
「良いですね、それ。初対面でぼくを看破したあなたに敬意と警告の意味で、それを受け取っておきます。言わせないでくださいね、あなたへ」
「ああ、流石に同じ鉄は踏まん。それに、《巻き込まれる》のは勘弁だ。お前の性質は少しばかり、俺には厄介だからな」
「でもまぁ、友人くらいにはなれますよね?」
「『友人くらいにはなれますよね』。ふん。まぁ、そうだな。……ほら、これが俺の番号だ」
「あ、……これがぼくの番号です」

 お互いに携帯の番号とアドレスを交換してから直後に狐さんの携帯が鳴った。ぼくの方を見やったので、どうぞと言っておいた。
 すまない、と一言残してから携帯を持って外へ出て行った狐さんを見送って、ぼくは大きな溜息をついた。
 何だあの人。まるでぼくの人生の縮図を持っているかのような看破力だった。正直、今も動悸が焦り続けている。
 正直、ぼくのことを理解してくれた人物が居て嬉しくも思う、喜んでいいのだろうか。ぼくは、《ぼく》は、居て、いいのだろうか。
 時々不安になるけど、今日の出会いは、いや、縁が《合った》ことにぼくは感謝せざるを得ないだろう。
 それにしても、長いな。そう思い、携帯で時間を見ようと見やれば、メールが来ていた。そういえばサイレントにしていたんだった。
 携帯を開き、文面を見て――戦慄する。ああ、やっぱりこの人は、狐さんは、ぼくの、《ぼく》のことを――理解し過ぎている。

『残念ながら、俺のツレが警察に補導されたようでな。回収しなくちゃならん。代金はすでに払っておいたから心配するな。追加の分は知らん。さて、俺の決めたカッコイイ台詞を言われてしまうかも知れなかったのでメールに書かせてもらうが、お前、我慢し過ぎじゃないか。お前の前のお前がどんなのだったかは俺は知らない。知るつもりも興味も関心も無い。だがな、興味を持ったお前が窮屈しているのはあまり面白くない。面白無き世を面白く生きてみろ。誰かの代替でなく、自分の代替であるなら尚更だ。ではな、俺の友人。また、縁が《合った》ら会おう』

 ……我慢のし過ぎ、ね。分かってるさ、それくらい。でも、そうしなくちゃならないんだ。
 あんたは今が、いや、見ている何かが楽しければそれでいいのかもしれないけれど、ぼくだって、《ぼく》だって時間切れというものがあるんだ。
 でも、まぁ、確かに、その忠告は受け取っておくことにしよう。面白無き世を面白く生きるために、ね。
 一人残されたファミレスの椅子から立ち、一応受け付けで確認してから外へ出る。《ぼく》に兄が居たのなら、あんな性格が良いな。楽しそうだ。
 ファミレスから出て、すこしだけスッキリするために伸びをしてみる。うん、何故だろう。心の奥が少しだけ軽くなった気分だった。
 来た道を戻るように、先ほどの大通りへと足を戻していく。ついでに返信もしておくか。《ぼく》の友人に。
 文面は、そうだな。感謝と自愛を。それで、十分だろう。人類最悪の狐たる《ぼく》の友人に対しては。
 少しだけ、少しだけぼくは迂闊だった。
 メールの文面を敬語にするか丁寧語にするか武士語にするか迷いながらふと、路地裏に入ってしまったことに気付いてしまった。
 そして、目の前で行われたトドメ。生殺のトドメ。つまり、人生のピリオド。首を落とされた名も知らぬ誰かのそれと瞳が合う。

「全員不合格といったところか……。やれやれ。……おや、君は……」
「また縁が《合い》ましたね、というべきでしょうか。お久しぶりですね、双識さん」

 人類最悪の次が、零崎。《自殺志願(マインドレンデル)》の異名を持つ零崎双識さんに会うだなんて、ぼくは、死神に好かれているのかもしれない。
 双識さんは手に持った異名の名を持つ巨大な鋏を血払いして、針金を彷彿させる細い線の身体を持って、ぼくへ歩んだ。

「ああ! この前に妹について語り合った織斑一夏くんじゃないか。この現場に対して何も言わないということは、少なからずとも君は此方側の世界に近いということだけど、間違ってるかい?」
「いえ、あってますよ」
「そうかい。うーん、不思議だね。どうにもそういう風には見えないのだけども」
「それは重畳です。そういう風にしてますから」
「うふふ。なるほどね。いいよね普通ってのは。こんな殺人鬼でも誰かと普通を共にしているのだから、世界は狭いもんだ」
「ええ、痛い程に苦しい程に理解してますよ。そうそう、弟さんに会いました」
「本当かい? まったく迷惑をかける弟だ。何処に居たんだい? 何と無く近くに居ることは分かっているのだけども、完全に避けられているようでね」
「IS学園の教室で一人プレイヤーを殺して並べて揃えて晒してましたよ」
「なんだと!? IS学園は花園の中の花園じゃないか! くぅぅっ、あいつは何て勿体無いことをしてるんだ!」
「怒るとこそこですか」
「他にどこを叱ると言うんだい! ……はて、私の勘違いだと良いのだけれども、君の着ている制服は……IS学園のモノじゃないかい?」
「……何の因果かは知りませんが、そういうことです」
「忍び込んだのかい?」
「違います。IS学園の生徒ってことですよ。何が何やらですが、世界中に狙われながらISに乗れてるってことですよ」
「ふむ……、そんな偶然もあるのだね。さて、そんなことは捨て置いて、本題に入ろうじゃないか」
「あのむっちり感は最高です」
「ちくしょうっ!! 私もISに乗れたら……ッ!」
「女子用のISスーツって何処か旧スク水を彷彿させますよね、つまり、太腿や脇周りや胸が強調されてとても眼福です。ところで、双識さん。携帯持ってます?」
「うん? 一応嗜んではいるけどもどうかしたのかい」
「いえ、データフォルダの画像を一部流出しようかと」
「さあ、これが私の携帯だ」
「いきなりプロフィール画面ですか。これからも貰う気満々じゃないですか」
「そう言いながら登録してガンガン送ってくれている君には感謝したりないな!」
「はっはっはっはっは!」
「うふうふふふふふ!」

 路地裏の首無し死体の近くで笑い合う変態二人が居た。というか、ぼくらだった。
 取り合えず知り合い以外のフォトを全て送ってあげた。まぁ、双識さんのメルアドと番号を知れたのだから安いものだろう。
 盗撮? いや、どちらかと言えば頼まれて撮ったものばかりだ。恐らく、ぼくの携帯に入れておくことで印象強くさせたいのだろう。
 ……まさか取引に使われているとは思いもしていないだろう。
 恍惚とした表情で大鋏をくるくると回しながら携帯を弄る双識さんは結構やばかった。まぁ、いろんな意味で。
 
「それで、今度は誰を殺してたんです?」
「ああ、それなんだがね。私にもさっぱりなんだ」
「はぁ?」
「『零崎一賊の者だな』って、虚ろな顔で襲い掛かってくるから大量の不合格者が量産されていくのだよ。困ったもんだ。操り人形ながら可哀想に」
「どっちにしてもあなたは殺すでしょうに、呼吸をするように」
「うふふ、それもそうだね。……そういえば、君は私の試験を受ける気はあるかい? 少し昂ぶったから零崎を始めてもいいかな」
「勘弁してください。ぼくじゃ爆撃機と狙撃主と囮を指揮してこの場所ごとあなたを塵芥にする程度にしかできませんって」
「……え? というか、それ、人類最強ぐらいじゃないと逃げれない気がするんだけど……」
「殺すなら今のうちですよ。そろそろISという最強兵器な玩具も手に入りますし」
「うーん、悩むね。どっちしにろ、楽しそうだ。まぁ、今日はやっぱり止めておくよ。いや、今日も、だね。あの時も結局君を殺すことはできなかったし」
「まぁ、それでいいんですよ。むしろ、そうでなければ意味がありませんから。それに、双識さん。ぼくを殺したら次にあなたがIS学園の少女たちの姿を見るのは携帯に残ったものか実物ですから」
「……そう、だったね。私としたことが少し興奮し過ぎてしまったよ。危うく私の趣味が分かる友人を殺してしまうところだった。ごめんね」
「いえいえ、問題ありませんよ。例え、神であっても《ぼく》は殺せませんし、殺されるつもりもありませんから」
「うふふ、それは楽しみだ。では、そろそろお暇しようか。君に刺客が来ては元も子もないからね」
「お気遣い感謝しますが、すでに世界中のプレイヤーに狙われているようなもんですから差ほど変わりませんよ」
「ああ、そうだったね。いざとなったら呼んでくれて構わないよ。その時は零崎一賊全員で遊びに来るから」
「へぇ、そりゃ楽しそうですね。では、息災で」
「うん、元気でね」

 瞬間、鋭い殺気が通り過ぎる。アンフォーギヴンでそれを払い、ブラックジャックを叩きつける。できるだけ鼓膜に近い場所へ。
 しかし、避けられる。それくらい分かっている。だから、数歩下がって死体の落ちた頭を蹴り飛ばす。
 それを掴むように刃で受け止めて――双識さんはそれを真っ二つに切り裂いた。

「うん、心配ないようだね。少しだけ試験させてもらったよ」
「及第点はもらえていますかね」
「まぁ、そうだね。私が相手だとしてもそちらの武器を向けるくらいだから。君にはそのまま歩んでほしいものだよ」
「……そうそう、ぼくも双識さんみたく、戦う前に台詞を吐くことにしたんですよ」
「そうなのかい?」
「ええ。だから、言わせてくれないでくださいね。友人は大切にする主義ですので」
「……うふ。君は本当に愉しい人だね」
「面白き無き世を面白く生きようかと思いましてね」
「なるほど、私の心配は杞憂だったようだ。もう襲い掛からないから行って構わないよ」

 そう言って双識さんは自殺志願を背広の懐に仕舞い込み、踵を返して手を振って去っていった。……やれやれ。本当に扱いが危ない人たちだ。
 これもまた、積雪さんの指導の賜物かな。互角とまではいかないが、初手で死ぬことは無くなった。本当に……やれやれだ。
 出発してからもう昼過ぎて三時。……花でも買っていこうか。スタンダードに。
 予定時間から二時間も遅刻してしまったのは悪いとは思う。しかし、二人もビッグなお客と縁が《合って》しまったのだから、仕方ないよね。

「零崎一賊の者だな」

 ああ、どうやらぼくは――運命に流され続けているらしい。振り返りたく……ないなぁ。










 足掻くってことは傷付くことだろう? 無傷で済む底無し沼じゃあるまいし。










 ぼくは、逃げた。
 ただでさえ今日は縁が《合い》過ぎているんだ。いや、むしろ、だから、なのかもしれない。
 小指の赤い糸のように、この縁もまた因果という糸で繋がっているのかもしれない。
 歩いたから、縁が《合い》。縁が《合った》から、こうして遭っているのだ。その糸が雁字搦めに絡んでいても、不思議ではないだろう。
 虚ろな瞳の視線がぼくを取り囲む。まるで、何処かに誘うように、獲物を罠へ追い込むように、漁に似た今の状況を打開しなくてはならないとは分かっているのだが、解決策が、いや、解決するための材料が足りていない。不足し過ぎている。
 最初の一人を放っておくべきだったんだ。路地裏に誘い込んで首を狩って気絶させようと思わなければよかった。
 誘っていたのではなく、誘うように誘われていた。言うなれば、遊ばれていたのだ。この状況を作り出した人物に。
 心当たりは、一応ある。呪い名第一位。恐怖を司る操想術を専門とする集団。でも、心当たりがあっても意味が無かった。
 路地裏が黒く染まっていたのは影ではなく、操り人形と化した人間の山だった。咄嗟にアンフォーギヴンを取り出さなかっただけ、マシだと思う。
 かといって、スタングレネードを取り出す高校生が居てもおかしいが。
 数発隠し持っていたそれの一つを使い、追っていた一人の横を通り過ぎて九死に一生を得た、はずなのだ。
 なんなんだこの統率力は。忍びの本領発揮といった具合に、数メートル感覚で網が形成されつつある。……いったい何人操っているんだか。
 当初の目的地である病院は持っての他、むしろそこから遠ざかりIS学園へ戻るルートを選択し続けているのだが、全く持って振り切れない。
 こちらはすでに疲労困憊といったところで、サライが流れたら泣いてしまうくらい走り続けているというのに、網が破れる気配はなく、むしろ拡大化している状態で、ジリ貧というか追い込み漁をされている気分だった。
 脳内に酸素がやや足りなくなりつつあるのか、正常な思考が保てない。何処か穴が開いているような案ばかりが漏れ出てくる。
 ……待てよ、もしかしてぼくを追い立てているのは、一人じゃないのか?
 そうすると、憶測が整理しやすくなった。つまり、複数人の時宮がぼくを殺す、いや、狙っていると仮定しよう。
 ならば、最終目標は何だ。ぼくか。いや、ぼくしかねぇだろ。そんなことは分かっている。そっちじゃない。場所だ。
 沿岸の方へ走らされている現状をどう見る。ますます追い込み漁だ、むしろ本番だろう。ただし、追い込みの。

「さぁて、足掻くか」

 さて、取り合えず休憩を入れたい。数時間くらいは走ってるから、すでに死にかけだし、何処か隠れるところはあっただろうか。
 いや、ぼくここら辺の地理しらねぇし。立ち止まれるとしたら、最終地点だけだろう。だから、勝手に場所を作り出させてもらう。
 端末を取り出し、地図を表示。この辺の地理で、囲まれながら、さらに遣い易い場所は、ここか。
 ここから数十メートルの廃倉庫。そこで、迎撃の反撃をぶちかます。なら、最短距離は――、ここの路地裏から公園を突っ切るルート。

「あら、一夏さん?」
「うへ?」

 あんまりにも走りすぎてか、幻聴が聞こえてしまったらしい。変な声が出てしまい、脚が止まってしまった。
 そちらを見やれば、何処か不思議そうに首を傾げるクラスメイト。今、この、状況で、会いたくなかった!
 見るからに西洋貴族なフリルが特徴的な白いドレスと白い綺麗な肌を気にして持っているのであろう西洋風の日傘。どれもこれも高そうだ。
 
「……ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、はぁ。……有り得ん、だろ」
「あらまあ、喉が枯れてしまうほど走っていらっしゃったのですか? 仕方ありませんね……、はい。水分でも補給したらいかが?」
「あり……が、とう。――ぷはぁ! 生き返った! うっし、逃げるぞセシリアちゃん!」
「はい。……はい!?」

 ぼくは問答無用でセシリアちゃんの日傘を閉じ、片手に日傘片手に白い手を掴んで走り出す。たかが数メートルだ、問題無い。……といいなぁ。
 そんな思いを空に飛ばしつつ、ぼくらは路地裏を走り抜く。視界が広がった瞬間、絶望する。人、人、人。圧倒的な、人の山。
 何てこった、ここまで策士かよあんたら。誘き寄せて勝手に考えさせて走らせて追い詰めて逃げさせた場所が、本当の目的地か。
 追い込まれた先は公園の広場の真ん中。じりじりと人海戦術によって追い詰められる。操り人形の数がはっきりした。
 
「四十人か、ちょいと辛いな」
「どういうことですの……?」
「ごめんね、セシリアちゃん。ぼくとしても君を巻き込むつもりは無かったんだ。君がぼくに声をかけなければ、それでよかったんだ」
「それは、どういう……」
「いや、ごめん。ぼくが言うべき言葉は君への嫌味じゃない。謝罪だけだ。ごめん」
「一夏……さん?」
「零崎一賊の者だな」

 複数から、四方から、八方から、ぼくらを中心に三百六十度から、言葉が重なった。操り人形を操る人間が居るはずだ。
 ここまで逃げたのは、その確認もある。最初の地点からどれだけ離れても追ってきた、むしろ増えた。と、なれば。必然、術者も追っているだろう。
 遠隔リモコンのラジコンじゃあるまいし、人間がそこまで従順に遠くまで操れるわけがないだろう。

「ぼくは、いや、ぼくらは零崎じゃない。この子は無関係だし、関係者はぼくだけだ。言うなれば、ぼくは零崎の友人だ。なんなら、呼んであげようか」

 ぼくは携帯を取り出し、アドレスを開いてボタンを押し、耳に当てる。死人のような人形以外の視線を感じた。一、二、三。三方向か。多いな。
 数度のコールの後、音が繋がり陽気な声が聞こえてきた。

『おや、どうしたんだい。先ほど会った時に言うことを忘れていたのかい?』
「いえ、あなたたちを追う奴らに追われて近くのでかい公園の広場で囲まれてます。人が居ないのでかなり分かりやすいかと」
『うふふ、それはすまなかった。あの場を見られていたのかもしれないね。いや、十割百中で見られていたんだろうさ。さて、私はどうするべきかね』
「どうするって、決まっているでしょう?」
『そうだね、君がこんなにもお膳立てしてくれているんだもんね。従うさ』
「さっさと逃げてくださいよ」
『さっさと逃げさせてもらうよ』

 電話を切り、携帯を仕舞う。さて、彼女ら、いや、もしくは彼らはどういう反応を取るだろうか。
 答えは、ざわめきで返ってきた。
 
「それは」
「とても」
「不味い」
「逃がすものか」
「逃がしてやるものか」
「逃がしてたまるものか」
「お前は去るな」
「お前は居ろ」
「お前は残れ」
「分かった」
「分かった」
「分かった」

 森のざわめきのように四方八方から話し声が聞こえる。こいつら、むかつくことに自分たちの会話を操り人形に言わせてやがる。
 おかげで場所が把握できない。しかし、これで勢力が分担されて……あれ。減る気配がないんだけど。むしろ、増えてるんだけど。

「お前のことは」
「見切っている」
「悟りきっている」
「だから」
「なので」
「しかし」
「ここで殺す」

 再び重なる声。いやぁ、正直震えが止まらないね。なにこれ、人海戦術っていうか、塵芥戦術ってくらい人数が増えてる。鼠算くらい圧倒的に。
 ルートを探すとか、そういう問題じゃない。何だこれ、人間で巨大迷路を作ってやがる。しかも、入り口と出口が存在しない包囲網で。

「……マジかぁ。これは予想外だったなー。じゃ、セシリアちゃん」
「は、はい!?」
「ISで離脱よろしく」
「……………………無理、ですわ。今、わたくしのブルー・ティアーズは最終点検に出しておりますので……」
「……………………」
「……………………」
「……詰んだぁ」

 投了ってレヴェルじゃないよこれ、オセロで一面真っ黒にされてるくらい絶望的で、将棋で王一つに蹂躙されて王手喰らってるくらいに絶望的で、チェスでキング以外全て殲滅されたくらい絶望的じゃないか。どうするんだ、これ。終わっちまうよ。ここでぼくの冒険終わっちまうよ。おい。
 もう、我慢とか、安全策とか、体裁とか、気にしてる場合じゃないのかもしれない。
 今も尚、この街に潜伏させていた操り人形が増えていく、そんな絶望的な気分で、ぼくは――どうすりゃいい。
 ぶち壊してしまうか。粉砕して粉壊して残虐して凄惨して熾烈して炸裂して爆砕して殲滅して蹂躙して――ネコソギ殺シテシマオウカ。
 言いたくない。言ってしまいたくない。言ってしまったら、言っちまったなら、ぼくはもう、《俺》に後を任せられない。
 でも、これは《ぼく》の責任だ。傍から見ても、これは、《ぼく》の責任だ。セシリアちゃんは遣えない。遣える余地も余裕も期待もできない。
 ならば、《ぼく》が動くしかない。言ってしまえ、言ってしまえよ、《ぼく》。言ってしまえば、楽になれるのに……ッ。
 繰り広げられる脳裏のパレードは、楽しい思い出ばかりだった。
 代替として生まれ、思い人に恋し、運命に流され、友人が出来て、喧嘩をして、泣いて、笑って、悔しくて、決意して、悩んだ。
 足掻いた。《ぼく》は、十分と足掻いた。きっと、《ぼく》は足掻き終えたんだ。だから、言っちゃえよ。口を開けよ……ッ。ガキじゃあるまいし!

「……汝、人狼な――」

 ぼくの決意は、高速で飛来する赤き稲妻によってかき消された。暴れ吹き回す荒風が着地してできたクレーターの質量を撒き散らす。
 吹き荒れる土砂にぼくらの視界は隠される。止んだ先に見えたそれは、赤、だった。

「……スカイダイビングってのはこうじゃねぇとつまんないよな。あの風になった気分が最高なんだよ。別にパラシュートが使えなくなって途中で切り捨ててきたんじゃねえからな。パラシュートなんて余計なんだよ邪道だ、うん。人はほら、鳥になるべきだろ? だから、あたしの行動に問題は無い」

 その何処か漫画めいた説明口調の持ち主は、赤いスーツを着た女性だった。
 何処かで会ったような気分になるが、こんな鮮烈な人を忘れるほどぼくは頭がやられちゃいない。
 邪魔だな、と腕を振るえば強烈な風が舞い散る砂埃を粉砕した。擬音を使ってしまうほどに鮮明に嵐が生まれた瞬間だった。
 そして、その赤き稲妻はこちらに少し振り向いて、ニヤリと笑みを浮かべた。

「よぉ、初めまして。あたしが世界最強の友人の――人類最強の請負人だ。さっそく掃除しとくが、これはサービスだぜ。お兄ちゃん」

 人類最強――ッ。そうか、何処かで感じたと思えば、人類最悪の狐と似ているフレーズで何処か似ている雰囲気を持っているんだこの人。
 根本、というか、血筋、というか、なんだろう。性格は全く違うベクトルを向いているようなのに何処か繋がりを持っているような雰囲気だった。
 再び赤い稲妻と化した人類最強の請負人は、例外無く全て一切合財を、蹂躙し尽した。
 怯え逃げる者を追わず、向かって来る有象無象を蹴散らし、時々何処かに石を投擲したり、人間ボーリングしたり、人間バットで人間ホームラン大会を始めたり、暴虐の限りを尽くして、止まった。
 立ち上がる者は居ない。ただ、直立不動で立ち尽くす百獣の王の如く威圧感を撒き散らす人類最強だけだ。
 人類最強がこちらを向いたので、ぼくは後ろを向いた。セシリアちゃん落ちてた。つまり、気絶してた。いいなぁ、どうせならぼくもしたかった。
 刺激が強すぎるってもんじゃない。舌が燃え尽きるくらいに刺激的だった。これが、人類最強。
 目線を戻し、再び、その姿を見る。
 目を見開くようなワインレッドのスーツに咲いた白いカッターが色っぽく胸を強調し、髪は真っ赤に燃えて今も尚煌くような印象を見せる。
 美人なのだが、何処か人類を捨て去ったような、置き去ったような雰囲気が威圧感と相まって近づきがたい空間を作り出していた。
 ドストレートの直角フォーク、みたいな感じだった。

「なぁ、いつまで黙ってんだよお兄ちゃん。こちとら上空三千メートルのダイブして掃除までしてやったんだ。言うことあんだろ」
「パラシュートは普通使い捨てるもんじゃありません」
「まぁ、そうだよな。でもよ、上空で気持ち良くなってたら開かないわ出ても絡まるわ、ならよ、捨てるだろ普通」
「もしかしてパラシュートには予備のがついていることを知らなかったりします?」
「……それは置いといてだな」

 置かれてしまった。意外とこの人打たれ弱いのかもしれない。精神的なアドバンテージを取りたがっているようだし、ここは合わせておこう。

「お前がいーくんで合ってるよな? その服とその口調と雰囲気……。ふうん……確かに似てるな。いーたんに」
「そのいーたんって人は知りませんが、まず、礼を言っておきます。ありがとうございました、助かりました」
「ま、及第点ってとこだな。いーたんは初対面の時合わせようともしなかったし、まぁ、許してやるよ」
「お名前を聞いてもよろしいですか?」
「うん? ああ、あたしの名は哀川潤だ」
「ぼくは織斑一夏です。後ろに伸びてる子はクラスメイトのセシリア・オルコットちゃんです」
「はぁ……、あっそ。青春かましてんじゃねぇよ、少女コミックだったらあたしはその子連れてくぽっと出のライバルだぞおい」
「あー……、別に持っていても構いませんよ。クラスメイトであってまだ他人ですし」
「お前、クラスメイト=知り合いとかって形容するタイプだろ」
「ええ」
「かーっ、お前友達少ないだろ。今時そんな捻くれた考え捨てておけよ。友人は大切だぞ、衣食住くらい」
「まぁ、そうですね。大事にはしますよ、友人は」
「……………………お前、猫被ってんだろ」
「…………やだなー」
「明後日の方向はそっちじゃねぇよ。真正面だ。こっち見ろ」

 ぐいっと顔を曲げさせられ、頬を舐められた。舐められた!? 初対面だったよなこの人。

「嘘の味がするな」
「あなたは歩く嘘発見器ですか!?」
「いや、そこはジョジョファンとして……、まさか、お前……読んだこと無いのか。あの傑作を……、お前、人生の十割損してるぞ」
「全否定ですか。勘弁してくださいよ、ぼくとしちゃそういう時間無いくらい切羽詰まってるんですから」
「あん? どういうことだよ、そりゃ。お前の人生はまだまだ長いだろうが。後何十年も――」
「ありませんよ」

 ぼくは、いや、《ぼく》は哀川さんのその言葉を遮った。遮らせてもらうしかなかった。それは、在り得ない《運命》なのだから。
 元々《ぼく》は《俺》専用の不気味な泡であり、彼の世界を守る以外の使命も指名も無いのだ。
 《ぼく》がここに居る理由は一つだけだ。だから、《ぼく》を殺すのは《俺》でしかなく、他の誰にも触らせることのできない神域だ。
 怪訝そうな顔で哀川さんは三白眼でぼくを、《ぼく》を舐め回すような視線で観察する。

「ぼくとしての時間はもう残り少ないんですよ。だから、ぼくはもうすぐ――」

――泡のように消えてしまうのですから、やれることなんて限られてるんですよ。
哀川さんはその消え行く呟きを聞いて、ぼくの胸倉を掴みあげる。

「諦めてんじゃねぇよ。もうすぐ消えるだとか、これから終わりだとか……泣き言喚いてんじゃねぇよガキが! 最後まで聞かないでも分かっちまうくらいに言葉に絶望込めてんじゃねぇよ! 馬鹿かてめぇは! 自分独りで悟って哀愁を振舞ってんじゃねぇぞ! 胸を――」
「奇麗事は喰い飽きました、哀川さん。メインディッシュはまだですか?」
「なッ」
「初対面の相手に何を熱くなってるんですか? 絶望? 希望? 望んでいるわけないでしょう。それくらいも分からないんですか? 誰かに頼って万事解決皆ハッピー? 笑わせないでくださいよ。押し付けないでくださいよ。誰があんたに頼んだんだよ、んなことをさ。ぼくだって分かってるさ。あんたがどれだけぼくのことを考えて言葉並べてくれたくらいはさ。泣き喚いても終わりは来るんですよ。世界の終わり、貴方は見たことありますか? ぼくはチラリとだけありますよ、ええ。最初から希望も夢もありゃしない走馬灯で自分のために代わりにダービーさせられる身になったことがあるんですか? 死にたくない、消えたくない、残っていたい、って足掻き続けてるつもりなんですよ。足掻けば足掻くほど《ぼく》と《俺》は成長しちまうんですよ。これ以上どう変われっていうんだよ! 後は外道よりも鬼道しか残ってねぇんだよ! 《ぼく》が最後じゃないんだよ、完走らなきゃいけないのは《俺》なんだよ! ふざけるな! 馬鹿にするな! 同情するな! 考えてくれるな! なぁ、人類最強。弱者の気持ちが最強に分かるとでも思ったのか。わからねぇよな、だから漫画理論なんてもんを、漫画みたいな夢を語りだす人を見下す位置に成り上がったんだろうよ。壁にぶつかったら修行して再び戦えば順風満帆でクリアできるってか? 誰もができるわけねぇだろうが、勝手にぼくらを引き上げんじゃねぇよ、舞台が違うんだよ! 虐められっ子が可哀想だからシンデレラ役に抜擢ってか? 余計なお世話なんだよ! 勝手に見下すんじゃねぇよ人類最強。自分のことくらい――他人よりも分かってるに決まってんだろうがッ!!」

 全力で全てぶつけてやった。分かってんだよ。ぼくだってさ。諦めたくねぇよ見限りたくねぇよ終わらせたくねぇよ――消えたくねぇよ。
 でもさ、《ぼく》は永遠に存在していいわけじゃないんだよ。時間切れまで、彼の成長を見届けて静かに眠りにつかなきゃならねぇんだよ。
 初対面のあんたに言われたくねぇんだよ。ぼくを天秤の片方に乗せようとしてくれるなよ。《ぼく》を救おうとしてくれんなよ。
 飽き飽きなんだよ、そういう戯言。傑作なんだよ、そんなもんはさ。救えない夢を見せてくれないでよ。勘違いしちまうだろうが。
 手を伸ばしたら掴んでくれて、救い出してくれるハッピーエンドもあるけどさ。静かに消えて涙を流すハッピーエンドってのもあんだよ。
 それを、なんで、《ぼく》を思って叱ってくれたあんたが否定しちまうんだよ。勘弁してくれよ、泣いちまうだろ。
 ぼくが《ぼく》を終わらせるのは後数ヶ月くらいだって分かってんだよ。だから、泣いてんだろうが。泣き喚いてんだよ。
 断崖絶壁で四面楚歌なんだよ。《ぼく》は居ちゃならないんだよ、この世界から、この運命の渦から、世界の一部から、外れなきゃいけねぇんだよ。

「ぼくは――あなたが大嫌いだ。人類最強さん」

 七面相もびっくりするくらいのレパートリーが混ざった、哀しい顔をしていた。いや、《ぼく》のためにしてくれていた。
 分かってください。《ぼく》に、道を、示してくれないでください。
 《ぼく》なんて、この世に居ない存在なんだから。居てはならないんです。泡として消えるべきなんですよ。
 沈黙を先に殺したのは――人類最強だった。

「……そっか。そうかよ。それじゃ、仕方が無い――とでも思ったかッ!!」
「あたぁっ!?」
「不満を誤魔化すことなく叫んでくれんなよ! 哀しいじゃねぇかよ! 方法なんてもんはよ、探すんじゃねぇよ、造り出すもんだ! お前はそれで、いいのかよ。終わって、諦めて、泣いて、消えちまっていいのかよ……」

 この人は、ずるい。女の人ってずるい。泣きながら諭してくれるなよ。釣られてしまうじゃないか。夢を持ちたくなっちゃうじゃないか。
 ――諦めることを諦めたくなるじゃないか。
 哀川さんは手加減した拳骨を落としたぼくの頭を撫でながら、ぼくを抱きしめた。そして、諭し続けた。だから、ぼくは。

 その優しさを――態度と行動で押し返した。

「……言ったでしょう。《ぼく》はあなたが嫌いだと。探しません。造り出しません。それは、《ぼく》にとって最悪の末路です」

 ぼくは、セシリアちゃんの方へ向いてその体を抱き上げた。所謂お姫様抱っこ。彼女の柔らかくて良い匂いな暖かい体。ぼくは、楽しめない。
 人類最強の御人好しに背を向けて、ぼくは学園への道を――。意識が落ちる、混濁する、濁流に流さていく。
 あー……、数時間の全力ダッシュとお姫様抱っこの数歩でぼくの中の体力という電池は切れかけていたらしい。
 ふんわりと包まれる感触。あーもう、止めてくれよ。ぼくに生とやらを感じさせないでくれ。頼むからさ。
 ――なぁ、早く起きてくれよ。《ぼく》も優しさで壊れちまいそうだよ。早く終わらしてくれよこの短すぎる物語をさ。









「……まったくよ。子供がんな哀しい顔してんじゃねぇよ。諦めたく無くなってきたじゃねぇか。嫌よ嫌よも好きのうちってことだよな。ってことはよ。大嫌いよ大嫌いよも大好きのうちってことだろ? はぁ、なんでこんなことしてんだろうなあたしは。今頃北海道で優雅に蟹食い散らかしてるつもりだったってのによぉ。……はぁ、いーたんには悪いがこいつも見捨てれないな。まぁ、いーたんなら自力で何とかしてくれんだろ。たぶん」



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「……やれやれ。彼に迷惑をかけるつもりはなかったんですが……。これもまた零崎の宿命ってことでしょうかね。さて、彼のために後処理はしましたし。何故か妹も私のホテルから逃げ出してるようなので、探索範囲を広げないといけませんね。……はぁ、弟と三年も付き合ってますからもしかすると計画的な駆け落ちだったりするのかな。……お兄ちゃんはとても寂しいです。後でトキの店で久しぶりに飲み明かしましょうかね」


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