『そりゃあ、エラーで弾かれるでしょうね』
以前の報告以降、すっぽかしっぱなしの連絡を入れたとき、戴宗にしたのと同じ質問をしたら、こんな答えが返ってきた。
『GR1の声紋認証システムに、声変わりする前の少年がインプットされるなど、想定されていたとは思えません』
『そうだよねぇ。早く取り返さないと、GR計画にも支障が出るかもしれないね』
『そんなことより! 今度は何です? 敵対組織の女の子? 節操無くあちこち飛び移らないでください!』
『あうあう、すいません』
コロコロ変わる状況に、ついていけないのはビッグファイアも同じだったのだが、とりあえず謝っておく。
『大体、女の子の身体にとまどうなんて、その時点で間違ってます』
『え、どういうこと?』
少年にはさっぱり意味がわからなかった。
『あなた、変身能力を持ってるでしょうが! 女の子の身体がそんなに嫌なら、変身すればいいんです!』
『ああ、忘れてた……』
身体の体組織を移動させて別人になりすます。ビッグファイアの超能力にはそういうものもあった。
『つくづく、あなたを前線に送り出したことを、後悔させてくれますね』
『うう、すいません』
少年は縮こまるしかなかった。
(変身能力か……とにかくやってみよう。胸の脂肪を散らして、筋肉を動かして……あ、ついでに骨折とか怪我も治してしまおう)
数分後、そこには少女ではなく少年がいた。肌と髪は白いままだったが。
(さすがに、存在しない色素を作り出すってわけには、いかないな)
少年はチラリと股間を覗く。
(ほっ、これだけでも、やって良かったよ)
そこも男の子になっているようだった。
「ちいーっす! シンちゃん元気!? ……って、シンちゃんがシンちゃんになってる!?」
「ちょっとミサト、あなた何わけのわからないことを……あら?」
すっかりおなじみになったネルフの大人二人、葛城ミサトと赤木リツコがやってくる。
「はあー、変身能力……超能力者って、本当に何でもありなのね」
「……死んだら解剖させてくれないかしら」
リツコの目が真剣になっていた。
「何サラっと怖いこと言ってんです。嫌ですよ」
「あはは、冗談よ、冗談。ね、リツコ?」
「……」
「え、えーと。シンちゃん覚悟だけは、しといたほうがいいかも……」
「だから、嫌ですってば!」
ヘタをすると、生きたままでも解剖されそうだ。少年は恐れおののく。
「怪我もすっかり治ってる……体の構造を変化させるくらいだから、この程度は治せるということ?」
解剖こそされなかったが、レントゲンやらCTやらMRなど、ひと通り検査を受けさせられた後、リツコが言う。
「大体そんなかんじです。厳密に言うと変身能力と治癒能力は、ちょっと違うらしいですけど」
骨折していた右腕をコキコキ動かしながら、少年は答えた。
「ふーん。怪我が治ったなら、退院考えないといけないかしら」
「でも、あなたの処遇をどうするか、まだ決まってないのよ」
「BF団だけど、今の所本部で唯一エヴァを動かせるパイロット……叩き出すってわけにはいかないのよね」
「ドイツ支部の弐号機パイロットが本部にいれば、また話は変わったんでしょうけど」
「今ヨーロッパはごたついてるから……あれ、それってBF団のせいだっけ?」
「僕に言われても。ノーコメントとしか言えないですよ」
少年はちょっと困った顔で言う。ゼーレのお膝元、ヨーロッパでは十傑集を始め多くのBF団員が活動していたが、それをここでしゃべることはできなかった。
「そっか。そりゃBF団にも守秘義務があるわよね」
「それで納得してくれるなら、こんなに楽なことはないですけどね」
今まで、尋問や拷問がなかったのが不思議なくらいだ。
「単なるBF団なら、拷問してでも聞くわ。けど、それで初号機に乗せて、反乱でもされたら洒落にならないの」
「ん~、だから本当に、どう処遇するか悩みの種なわけ」
ミサトが頭を抱えながら言う。本当に、厄介ごとになっているらしい。
「しばらくは、病院にいてちょうだい。監視はつくけどそれくらいは勘弁してね」
「いいですよ。まだ、病院でやり残したことが、ありますし」
「……な、何!?」
大人二人が身を乗り出してくる。よほど警戒されているようだ。
「お見舞い、ですよ。例の民間人三人の」
まず最初に少年が向かったのは、二度目の使徒迎撃戦でシェルターから脱走して、戦場に現れたという男子学生二人だった。
二人共、ベッドで手足を吊った状態で、体中包帯だらけになっている。
「やあ、お二人ともご苦労さん。僕がエヴァのパイロット、碇シンジだよ。お見舞いの品がないのは勘弁してね。僕もここに入院中の身なもんで」
モガモガと、二人の包帯だらけの顔が歪む。お前のせいだ! という心の声が少年にははっきり聞こえていた。
「戦場に自分から顔を突っ込んで、怪我したのを他人のせいにできるのは、セカンドインパクトを覚えてない世代だからかな……まあ、そんなことはどうでもいい。恨むなら恨んでもらって結構」
BF団の首領になった時から、憎まれるのは覚悟の上だ。
少年もこの二人と同世代のはずだが、自分のことは遠く心の棚に上げていた。BF団に誘拐されて以来まわりに同世代の人間がいなかったこともあって、少年には二人の気持ちがさっぱり理解できない。
少年は、透明な笑みを浮かべて二人を見る。
「今から、君たちには生きたまま地獄を見てもらおう」
「ありゃ、やりすぎた」
骨折した腕が少年の念動力を受けて、逆方向に曲がった。
「ん~? 間違えたかな?」
どこかの世紀末救世主伝説にでてくるヤラレ役のようなセリフをはいて、更に念動力で修正をかける。
そのたびに、フガフガ、モゴモゴと呻く声と共に、少年を非難する思念を感じるが、少年はそれを完全に無視した。
「よし、骨折はこんなもんか。次が本番だな、全身打撲か、皮下組織に筋肉の損傷と炎症……」
そう言いながら、二人に手をかざす。二人はのたうち回ることになった。
「そんなに痛いかな? え、痒い。そうか、痛覚神経が中途半端に刺激されて、そう感じるんだ」
手足を吊るされている二人は、体中を掻き毟りたくなる衝動に、必死に耐えることになる。
二人にとって地獄のような数十分が過ぎた。もう指一本動かす気力もない。
「よし、これで完治したはず。リツコさんにたっぷり検査されるだろうけど、それは勘弁してね。実験台ご苦労様。それじゃ、本命に行ってみるか」
再び、フゴフゴ言う声が聞こえるが、少年はもう聞いてはいなかった。
未だ集中治療室にいる少女のもとに、少年は訪れる。酸素マスクをつけた口元は苦しそうに歪んでいた。
「この子の場合、責任は僕にあるからなあ」
男子学生二人にしたのとは、比べ物にならない慎重さで超能力を発現させる。
「再生したばかりの皮膚を、かきむしられたらいけないから、神経遮断をさせてもらうよ」
超能力で痛覚を麻痺させた。少女の呼吸が急に楽になる。
少年はそれから、火傷を追った全身の皮膚を再生させた。傷跡ひとつ残さないよう十分注意する。
「女の子の身体に傷跡つけるわけには、いかないよね」
全身の皮膚の再生が終わったとき、少女が目覚めた。
「んん? にいちゃん、なんで白くなっとんや?」
酸素マスク越しに問いかけてくる。少女から見れば、少年が突然白くなったように見えたのだろう。
「いやあ、僕にもいろいろあって……あれから結構な時間が立ってるんだよ。自覚ないかもしれないけど」
「そっか……」
少女は再び眠りについた。少年はほっと一息つく。
「大丈夫、みたいだね。よかった、やっと安心できるよ」
そう言って、少年は集中治療室を去った。
このあと、いきなり完治した民間人三人は、赤木リツコに徹底的に検査を受けるハメになる。
この三人を治癒したことが、のちのち禍根を残すことになるとは、まだ少年は知る由もなかった。