ここは世界のどこか。誰も知ることのない暗闇の中で、
「これがそうですか」
少女、朱里の声が響く。
「注文通りの品、だぜ」
どこかおどけたような男の声が答えた。
「感謝します、ザ・サード。これで我々BF団の闘争にも、勝機が見えてきました……報酬はいつも通り、スイス銀行に収めますので」
「よせやい、俺は面白そうな獲物があれば、それでいいのさ。また歯ごたえのありそうな仕事を、持ってきてくれや」
男の言葉に、少女は苦笑する。
「そうですね。しかしこれ以上の獲物となると、そうはありません」
「ふーん、たしかに厳重な警備されてたけど、それはそんなに大変なもんか?」
「何か、気になることでもありましたか?」
男がそんなことを聞いてくることは、滅多にない。仕事が終われば、後のことはどうでもいい、が男のいつものスタンスだった。
「いや、本物と偽物をすり替えるって依頼だったろ。けど、俺の目にも本物と偽物の区別がつかなかったんでな」
「『真の継承者』すら欺かなくてはならない偽物なんです。本物とほとんど同じ力を持っているんですよ」
「へえ、いやこれ以上は聞かないほうが良さそうだな」
少女が少し首をかしげる。
「……ええ、国際警察機構がここを嗅ぎつけたようです」
「げえっ! それってまさか……」
男の顔色が変わる。
「例の七代目が先頭切ってやってきてるそうですよ」
「とっつあん、どこから嗅ぎつけてきやがるんだか……」
男が顔を手で抑える。心底うんざりした、という様子だ。
「この場所も使えなくなりましたね。新しい待ち合わせ場所が決まれば、連絡します」
「おう、そいじゃ俺もトンズラすっとするか」
そして、二人の声が途絶える。
その後国際警察機構が乗り込んできたとき、そこには誰もいなかった。
「シンクロテスト、開始するわ……シンジ君! 何ぼーっとしてるの!」
「あ、すいません。ちょっと考え事していて……」
ようやく送電システムが復旧し、初号機を使ったテストも可能になった頃、ビッグファイアは物思いに沈むことが多くなった。
「シンクロ率41.2%。同化していた時とは比べ物になりませんね」
「こればかりはしょうがないわ。また同化してくれなんて言えないし、テストに付き合ってくれるだけでも、よしとしないと」
赤木リツコがため息をつきながら言う。
「あれ? 言わないんですか?」
少年が不思議そうに聞いた。
「同化して戻れなくなったら、どうするつもり? そんな無茶は言えないわよ」
「そうですか……(リツコさんは、シロだな)」
少年はまた考え事をしている。
(ミサトさんも、こういうことを隠したりできるような人じゃないし、戴宗さんもたぶん知らないな)
「それよりテスト中よ、集中して!」
「ああ、そうでしたね。すいません」
シンクロテストが進行していたとき、突然アラーム音がなり、ディスプレイが真っ赤に染まった。
「えーとこれって、なんか嫌な予感しかしないんですが」
「パターン青確認しました!」
オペレータの日向マコトが報告する。
「使徒よ!」
葛城ミサトが勢い込んで言った。
「……嬉しそうに言わないでください」
張り切るミサトに対して、少年のテンションはいつも通り低い。
今度現れた使徒は、青い正八面体をしていた。芦ノ湖上空に突然出現し、兵装ビルによる迎撃に対して、荷電粒子と思われるビームを発射する。防御機構の殆ど無い兵装ビルは、次々と爆発していった。
シンクロテストは中止、急遽初号機は発進することになる。
「装甲は最低限しかないわ。初号機はATフィールドを中和することだけ考えて」
今の初号機は顔はむき出し、胸と手足の一部に申し訳程度に装甲がついた状態だった。
「なんとも心強いお言葉で……はあ」
少年はため息しか出ない。
「しっかりして、シンジ君! 発進するわよ!」
「はあーい、あだっ!」
LCLでも吸収し切れないGで、少年は舌を噛んだ。
こうして初号機が地上に出ようとした寸前、
「目標に高エネルギー反応!」
「なんですって!?」
使徒から、今までの兵装ビルへの攻撃とは桁が違う威力の、荷電粒子ビームが初号機に向けて放たれた。
「うわああああぁぁっ! 痛い熱い痛いっ!」
初号機の胸の装甲が融解する。エントリープラグのLCLが沸騰して激しく泡立ち始めた。
「初号機をすぐ下げて!」
「無理です、カタパルト融解! 動きません!」
「エントリープラグの排出を!」
「ダメよ! 今ATフィールドが無くなれば、初号機もシンジ君も一瞬で蒸発するわ!」
騒然となる発令所、だが初号機では少年の様子がおかしくなっていく。
「く、くはは、あははははは!」
苦痛に顔を歪ませながら、少年は笑い出したのだ。
「そうか、そういうことか! あははははは、いいのかい? これじゃこの娘の身体も死んじゃうよ……はははは!」
「シンジ君!? しっかりして!」
ミサトが少年を叱咤するが、少年の哄笑は止まらない。
「はははあ……痛い痛い、あははははっ!」
「ジャイアントロボ、リフトアップします!」
「この状況で!? 的にしかならないわよ!」
地上に現れたジャイアントロボにも、荷電粒子が放たれた。ロボのバリアがそれを防ぐが、装甲が徐々に赤くなっていく。
「あははは……あれ? ちょっと楽になった? 標的を二つにしたせいかな」
だが、それでもビームの威力は、ATフィールドを軽く超えていた。状況は大して変わらない。
このまま、2体ともやられてしまうのかと思われたその時、
「今だ! 鉄人!」
少年探偵、金田一正太郎の声が響いた。
芦ノ湖の水面下から、鉄人28号が飛び出してくる。
――GAOOOON!
鉄人の身体から、あふれるエネルギーが電気となって放電現象を起こした。
「鉄人は、海であろうが! 空であろうが! 戦う場所を選ばない!」
鉄人の完全な不意打ちは、使徒のATフィールドに阻まれるが、ビームの射角をずらすことができた。初号機とジャイアントロボに対する攻撃が一時的に止む。
鉄人はそのまま空を飛び続けた。使徒の荷電粒子ビームがそれを追うが、鉄人の機動性についていけない。
「使徒のビームの反応速度は計算済み。鉄人の機動力ならば十分に対応可能だ」
金田一正太郎の後ろで、人間コンピュータの敷島博士がつぶやいた。
「さあ、今だ。エヴァンゲリオン! ジャイアントロボ!」
「そう言われても、どうやって、あいつに近づこうか……うおっ!?」
思案する少年を突然強いGが襲う。ジャイアントロボが初号機を抱えて、使徒に突進したのだ。
「機動力は鉄人に負けても、突進力ならロボが上だ!」
「いや、張り合うのはいいけど、僕を巻き込まないでほしいな」
ジャイアントロボと初号機は、使徒の荷電粒子ビームを受けながら、みるみる使徒に近づいていく。
「ああ、僕はさながら、ATフィールド中和装置なわけだ。頑張れ~、鉄人、GR1……」
少年のやる気はほとんどゼロに近かった。
少年にやる気がなくても、ATフィールドはとりあえず中和できるらしい。鉄人28号とジャイアントロボの拳が使徒を貫いた。
内部にあった赤いコアを破壊され、使徒は沈黙することになった。
『あ、そうだ。戴宗さん、もしもし』
『なんだ? テレパシー? シンジか』
『ちょっと裏取引しませんか』
『はあ? 俺がBF団と取引すると思ってんのか』
『まあ、話ぐらいは聞いてくださいよ。実は……』
『……マジか、そりゃあ!』
『そこで、戴宗さんには……』
『……わかった。俺は大作の護衛に専念する。後のことは知らん』
『ありがとうございます。助かります』
『礼なんか言うんじゃねえよ。胸糞悪い!』
『あはは……それじゃ、そういうことで』