「はあ、弐号機とそのパイロットが来る。それが僕に何か関係が?」
「顔合わせするためにね。一緒に来てほしいのよ」
本人も当惑した顔でミサトが言う。
「へ? なんですかそれは」
敵対組織の工作員と顔合わせなどして、どうするというのか。
「私も変だと思うんだけど、司令からの命令なの」
「はあ、それじゃ、僕に拒否権はありませんね。行きますよ」
(なんだろ、僕が本部にいると、困ることでもあるのかな?)
ミサトはあからさまに、ほっとした表情をした。
こうして、ミサトとビッグファイアは、ヘリでエヴァンゲリオン弐号機を運んでいる空母に向かうことになった。
「あんたが、サードチルドレン? なんで真っ白なのよ」
空母にいた弐号機パイロット、惣流・アスカ・ラングレーが不審そうに問う。少年は事前に知らされていたプロフィールと違っていたからだ。
「いや、僕は碇シンジの残留思念……幽霊か何かと思ってくれればいいよ」
「何よそれ!?」
アスカには意味がわからないらしい。当然だが。
「んん~、シンジ君は最初の使徒迎撃戦で死んじゃってるのよ。だから幽霊ってわけ」
「はあ? じゃあここにいるのは何なのよ……きゃあ! その顔、ファースト?」
少年は変身能力を解除して、レイという少女に戻った。
「この身体は綾波レイのもの。僕は間借りしてるだけなんだ」
「何がなんだか……」
アスカの混乱は深まるばかり。
「ああ、それに僕はBF団だから、仲良くしないほうがいいかもね」
「な、な、な、何なのよ、それはあっ!?」
ついにアスカは絶叫してしまった。
「つまり、幽霊でBF団でも、エヴァに乗れるから使うしかない、と」
アスカはミサトとふたりきりになって、シンジについて聞いた。
「そういうこと。今本部にいるパイロットはシンジ君しかいないから。まあ、シンジ君はそれなりに協力してくれるから、何とかなってるんだけど」
「BF団なんでしょ、そんなことでいいの?」
「良くはないんだけど、シンジ君特にスパイ活動やってるふうにも見えないのよね」
何もなければ病室でぼーっとしているのが少年のいつもの様子だった。実はBF団の事務仕事をテレパシーでやっていたのだが、ミサトにはわからない。
「いい加減ねえ」
アスカの言葉に、ミサトは頭を抱えた。
「言わないで。本当なら国際警察機構に引き渡して、カナーリの牢獄にでも入ってもらうところよ」
「カナーリ? 何それ」
「能力者を閉じ込める牢獄。シンジ君なら、普通の牢屋なんて簡単に脱獄できちゃうもの」
アスカとミサトが深刻なのか呑気なのかわからない会話をしていたころ、少年は海をぼーっと眺めていた。
「多分、本部で何かやらかしてるんだろうけど。うーん今はまだ、逆らえないからなあ」
少年の行動には、現在制約がかかっている。好き放題に動くわけには行かなかった。
「それにしても、嫌な予感がするんだよな。超能力に目覚めてから、悪い予感だけはよく当たる」
少年がそう呟いたとき、船に衝撃が走った。隣にいた戦艦が沈んでしまう。
「ほら、やっぱり」
アスカとミサトが慌てて外に出てきた。少年のところに詰め寄ってくる。
「状況は!?」
「使徒です。鯨より大きい奴が海の中にいます」
「使徒! それじゃエヴァの発進を……」
「あ~、一歩遅かったです」
「へ? あ、あたしの弐号機は!?」
弐号機を運搬していたはずの、空母の姿がない。
「沈められちゃいましたよ」
「そ、そんなあ」
「エヴァ無しじゃあ、どうしようも……二人共、急いで逃げましょう。ここでパイロットまで失うわけには、いかないわ」
ミサトが撤退を決心した。使徒を相手に、通常兵器だけでは相手にならない。
「いや、それも少し遅いです。二人共僕に捕まって!」
今までとは比べ物にならない衝撃が、船を襲う。少年はアスカとミサトをかかえて海に飛び降りた。
「きゃー! あ、あれ息ができる?」
「これもシンジ君の超能力なの?」
三人は巨大な泡の中にいる。さっきまで乗っていた戦艦が沈んでいくのを見ることができた。
「念動力の応用で。けど長時間は持ちません、弐号機に向かいます」
「弐号機って、もう沈んじゃってるんじゃ?」
「知りませんか? エヴァンゲリオンって、装甲がなければ水に浮くくらい軽いんです。まだ近くにいますよ」
念動力で支えられた泡は、どんどん深海へと潜っていく。
「……まずいな」
「ど、どうしたの?」
少年のつぶやきにミサトが反応した。
「弐号機にたどり着く前に、使徒が来そうです」
三人の目の前に、弐号機の姿がぼんやりと浮かんできたとき、使徒が素早い動きで迫ってきた。
「くちーっ! 口が開いた!」
「あー、ダメだ。避けるような機動性はない……」
「シンジ君てすごい超能力持ってるくせに、なんでいつもテンション低いのよおっ!」
三人三様の文句を言って、そのまま使徒に食べられてしまう。
「大丈夫……なの?」
「すごい圧力がかかってます。短時間しか持ちません」
「いやー! なんか臭いーっ!」
食べられても、少年は泡を維持し続けていた。だが四方から圧迫され、今にも破れそうだ。
そのまま、グイグイと使徒の体の奥へ押し込まれていく。そして、空洞になっている場所に出た。
「あれ、あそこにあるのは、コア?」
空洞の中心に赤い球体がある。
「それじゃ、あれを壊せば使徒に勝てる?」
「多分……けどこれ以上超能力を使うとコアは破壊できてもその後、お二人を無事に助けることはできなくなります。エヴァンゲリオンでないと」
少年がため息をついた。
「そんな事言っても弐号機は海の中だし、私たちが生き残るには、これを破壊するしかないと思うけど」
「……仕方ない。これだけは使いたくなかったけど」
「シンジ君からそういうセリフ聞くと、とんでもなく悪い予感がするのよね」
「超能力ってのは術者の生命と魂を削るんです。特にこれは消耗がひどくて」
「便利なだけじゃないんだ」
「代償のない力なんてありませんよ。二人共、しっかり捕まってください」
少年は、二人を抱きかかえる。
「また? 今度は何?」
「テレポートです。行きますよ」
少年の身体から白い光が溢れてきた。三人はその光りに包まれる。
次の瞬間、三人は水中にいた。
「ごぼぼっ、溺れちゃうじゃない!」
「落ち着いてください。これはLCLですよ」
「あ、ホントだ。息ができる」
三人はエントリープラグの中にいる。弐号機に間違いなかった。
「あれ? 沈んでない……なんで?」
弐号機は大空の下、空母の上に横たわっている。海の中ではない。
「? 確かに弐号機は空母ごと沈んだはず……うわっ!」
衝撃が走り、空母は斜めに傾いて沈み始めた。
「なんで? なんで今になって?」
「僕にもわかりません。それより使徒を……さあ、弐号機を動かすのは、惣流さんでないと……頼みましたよ」
少年が弱々しい声で言った。
「シンジ君大丈夫?」
「消耗するって言ったでしょう。僕のことより、使徒に集中してください」
(テレポートがこれほど消耗するなんて、今起こったのはただの空間移動じゃない……)
「まっかせなさい。本物のエヴァの力を見せてやるわ!」
アスカは俄然張り切った。
「うーん、頼もしい。シンジ君もこれくらい、やる気出してくれたら……」
ついミサトが愚痴ってしまう。少年のテンションの低さには、常々苦い思いをしていたのだ。
「敵対組織の人間に何期待してるんですか。それより、使徒が来ますよ」
「武器はプログナイフ一本か。上等じゃない、やってやるわよ」
そう言って、弐号機は肩からプログレッシブナイフを引きぬいた。
「……一度食べられたほうが、話が早いかも」
「はあ!?」
予想外の言葉に、弐号機、アスカの動きが一瞬止まる。使徒が大きな口を開けて、弐号機を丸呑みにした。
「ちょ、ちょっと、ホントに食べられちゃったじゃない!」
「あんたが、馬鹿なこと言うから! どうするのよ!?」
「んー、このままほふく前進して、奥まで行ってコアを破壊。死んだ使徒が浮くか沈むかわからないので、お腹をナイフで裂いて脱出。装甲を外して海面に浮かんで救助を待つ、って感じで」
少年は迫ってくる二人に、作戦らしいことを言う。
「あら、意外とまとも」
「うう、何かカッコ悪いけど、それしかないか。せっかくの初実戦、もっとスマートにいきたかったのにい!」
数十分後、装甲を取り外して素体となった弐号機が、海面にプカプカ浮いていた。
「弐号機の引き上げ、どうしようかしら」
また空母を使わないといけないかもしれない。手間と費用を考えて、ミサトは頭が痛くなった。
「やっぱり、カッコ悪い! あんたのせいよ!」
アスカは現状が大いに不満らしい。
「こうして生きてるんだから、それでいいよ」
やっぱり少年にやる気は見られなかった。