「抵抗したから殺したって、誰がシンジ君を殺せるっていうのよ」
「可能性があるとしたら、あなたしかいないわ」
「俺じゃねえよ」
問い詰めるネルフの二人に対して、戴宗はあっさり答える。
「シンジの奴から、今回の事情は聞いてたからな。子供を人質に取るようなやつを、なんで俺が守らなきゃいけねえんだ」
「けど、それじゃ一体誰が……」
ミサトが言葉に詰まった。碇シンジの超能力を間近で見ていた彼女からすれば、殺されたなどそう簡単に信じられない。
「確かにな。なにやらきな臭いかんじだが、BF団の連中と同じで俺も動けん。今度は大作の命を狙われたら、たまったものじゃないからな」
民間人三人を守っているBF団も表向きは何もせず、護衛だけを続けていた。ネルフ側からすれば、碇シンジが死んだ今、この三人の価値など無くなっているのだろうが。
「これじゃあ、まるで……」
「ネルフが悪の組織、見てえだな。俺だって中条長官の命令がなけりゃ、大作を連れて北京支部に帰ってるところだぜ」
「でも、相手はBF団なんでしょう?」
それまで黙っていた草間大作が口を挟む。
「大作、BF団相手だからって、何をやってもいいわけじゃねえ。人には越えちゃならねえ一線てのがある。それを越えたら、相手と同じになっちまうんだ」
その一線を軽く越えているのがネルフ司令だった。ネルフの二人はおとなしく引き下がるしかない。
「あーあ、何かさあ」
「うん?」
帰り道、ミサトのつぶやきにリツコが答える。
「ネルフって、人類を守る最前線! ってつもりだったのよね」
「そう」
「それが、実際は十四の子供を脅迫して、戦わせてる……私たち一体何やってるんだろ」
「本当にそうね……」
それは答えの出せない問いだった。これからも使徒がやってくれば、ネルフの一員として戦わなければいけない。この矛盾から二人は抜け出せそうになかった。
一方その頃BF団本部では、
「何考えてるんですか、一体!?」
「す、すいません」
ビッグファイアが少女に怒られていた。
「エヴァとやらに乗り移ったかと思えば、次は女の子に。禁断のテレポートを使ったかと思えば、心臓を潰される。どうやったら、ここまで無能になれるんですか!」
「いや、全部不可抗力というか、望んでやったわけじゃ……」
「当たり前です! 緊急事態でフォーグラー兄妹にテレポートまで使わせたんですから、後でちゃんと謝っておいてくださいよ」
「はい……」
少年はどうやって生き延びたのか。
生物にとって心臓が弱点になっているのは、血液の流れが生命活動に不可欠だからだ。逆に言えば、血流を確保できさえすれば、心臓というポンプが無くても生きていける。
少年は心臓を潰された瞬間、大動脈と肺静脈を、大静脈と肺動脈を直結し、念動力で血流を維持したのだ。
後は黒服たちを催眠能力で洗脳し、少年を処分したと錯覚させ、十傑集《激動たるカワラザキ》に見守られながら、フォーグラー兄妹のテレポートでBF団本部まで帰ってきたのだった。
「……まあ、このぐらいにしておきましょう。アダムが日本に移送されていたというのは、重要な情報です」
「うん、ゼーレの老人たちは、ヨーロッパじゃなくて日本でことを進めるつもりかも」
碇ゲンドウは超能力に慣れていなかったのか、少年に念動力を使ったとき、思考をかなり漏らしていた。人類補完計画や、綾波レイの秘密もほとんど少年の知るところとなっていた。
「ええ。とりあえず今は、心臓の再生に全力を尽くしてください。完調になり次第、継承の儀を受けてもらいます」
少年は少女の言葉に、あまりいい顔をしない。
「ああ、あれか……何かやだなぁ」
「馬鹿なこと言わないでください。あなたの存在意義は、そこにあるんですから。ちゃんと心の準備しておいてくださいよ」
「はーい」
返事だけはいい、少年だった。
少年が治療に励んでいる間にも、使徒は第3新東京市を襲撃しており、分裂する使徒に苦戦、ジャイアントロボと鉄人28号の同時荷重攻撃で、かろうじて勝利を収めていた。
エヴァンゲリオン弐号機とパイロット惣流・アスカ・ラングレー、エヴァンゲリオン零号機とパイロット綾波レイの参戦により、碇シンジなしでも十分に戦えている。
エヴァでATフィールドを中和し、通常兵器でタコ殴りするというネルフお得意の戦法は、弐号機パイロットなどには不評だったが。
「いや、本当にすいません。僕が不甲斐ないばっかりに」
少年は、少女にこってり絞られた後、きちんとフォーグラー兄妹のところに謝りに行っていた。
「お気になさらず。我らはこのような時のために、いるのですから」
兄のエマニエル・フォーグラーが静かに答える。テレポートは術者の生命と魂を大きく消耗するのだが、そんな素振りは全く見せなかった。
「ビッグファイア様の危機とあらば、命をかけてでも私たちは駆けつけます」
妹のファルメール・フォーグラーがキッパリと言う。
「あうう、そう言われると……いや、そもそも危機に陥る僕が情けないのが問題で……フォーグラーさんたちをBF団に呼んだのもテレポート能力を当てにしたわけじゃないですし……」
少年はブツブツと言い訳した。
「もちろん、父も喜んで研究に励んでいますよ」
「『超科学などわしが打ち破ってくれるわ』って、いつも言ってますわ」
兄妹が笑って言う。
BF団の真の敵は、人類の科学をはるかに超える超科学の産物である。フランケン・フォーグラー博士には、それを無力化する研究をしてもらっていたのだ。
本来なら、ここに草間博士もいたのだが、考えの違いが二人の道を別けてしまった。フォーグラー博士は超科学を打ち破ることを望み、草間博士はその超科学を手に入れようとしたのだ。
「あ! そうだ、お二人とも、テレポートについて気をつけて欲しいことが」
「は? テレポートが何か?」
テレポート能力が危険なのは今更言うまでもないはずだ。だが、少年はそれ以上のことを実感していた。
「おそらくテレポート能力は、ただの空間移動ではなく……」
「なんと! そんなことが」
「本当ですか!?」
「これからは、能力を使うときは十分注意してください」
「……わかりました」
「ビッグファイア様も、あまり無理をなさらないでくださいね」
「あはは、いやこれからが正念場なもんで、引っ込んでるわけにもいかないんですよ」
そう言って、少年はフォーグラー家から立ち去った。
少年の心臓が再生し、血管を繋ぎ直した頃、少女の言っていった継承の儀式を行うことになる。
「うーん、元の僕の身体ならともかく、この綾波レイの身体じゃ、完全に喰われてしまうんじゃないかな」
少年が少女に問う。あまり乗り気ではないのがよくわかる。
「そうですね。ビッグファイア様のクローンの作成も始まっていますが、意識を移せるようになるには数年かかります。代替え案として、クローンの細胞の一部を用意しました」
そう言って少女がカプセルを取り出す。そこには脈打つ肉塊が入っていた。
「あ~、悪趣味、って言ったら怒られちゃうかな」
「……怒りませんから、早く融合してください」
こめかみに青筋を浮かべながら、少女が言う。
「やっぱり、怒ってる……イエ、ナンデモアリマセン」
諦めて少年は左手を差し出す。少女はそこに、カプセル内の肉塊をのせた。
脈打つ肉塊は、左手に溶け込んだかと思うと、真っ白な皮膚を肌色に染める。侵食は、左手から腕、肩と登っていった。
「うう、喰われる……」
「存分に侵食されてください。これはまだ前座に過ぎないんですよ」
左半身が肌色に染まったところで、侵食は終わったようだ。少年はとりあえず手足を動かしてみる。
「うん、制御はまだできるね」
少年の言葉に、少女は安堵の息をついた。
「これからが本番ですからね。こんなところで立ち止まっているわけには、いきません」
「顔、マダラになっちゃったな」
少年が鏡を見て言う。少年の顔は、白と肌色がシマウマのような模様を作っていた。
少女が、黒いアタッシュケースを持ってくる。ケースの鍵が外され、蓋が開いた。
「これが……」
「ええ、これが、真のアダム。バビルのクローン体です」
「これが本物だという保証は?」
少年が訝しげに聞く。BF団が用意した偽物と、それはまるで変わらないように見えたからだ。
「黄帝ライセが偽物を作っていた可能性はありますが、これが本物でないならば、BF団に本物を手に入れるすべは無いことになります……ここは、ザ・サードの仕事を信じるしかありません」
「そうだね……覚悟決めるしかないか、うーむ」
そう言いながら思い切りためらって、少年はアダムに右手を伸ばした。