「うううっ、あああぁぁぁぁっ!」
ビッグファイアの右手に宿ったアダムは、容赦なく少年の身体を侵食していく。
「ああっ! け、桁が違うぅぅっ!」
クローン細胞の侵食が、コップの水に墨を垂らして黒く染めるようなものだとすると、アダムの侵食は、トロッコ一杯の石炭をコップに無理やり押し込もうとするようなものだった。
「朱里、僕から離れて! 制御できないっ!」
暴走する超能力が、部屋の壁や天井、床にデタラメに穴を開けていく。
「そんな、超能力を封じるこの部屋が、もたないなんて」
少女の顔が驚愕に歪んだ。
そこに十傑集《激動たるカワラザキ》が現れる。
「諸葛亮殿は、ワシが守ります。ビッグファイア様は融合を果たしてくださいませ」
カワラザキのバリアが少女を包んだ。だが、少年の右腕の力は更に増大する。
「ダ、ダメだ……弾け、るっ!!」
部屋を超能力の白い光が満たしていった。次の瞬間、部屋は大爆発を起こして跡形もなくなった。
「……どうやら、融合は成功したようですね」
カワラザキのバリアに守られて無事だった少女がつぶやく。
少年は、元は部屋だった瓦礫の真ん中で、気を失っていた。その右腕と顔の右半分が、生体とも金属とも思えないようなものに変質している。
「これがBF団の悲願への第一歩」
「……はい」
カワラザキの言葉に、少女が頷いた。
「緊急事態です! ビッグファイア様、諸葛亮殿! ……こ、これは一体!?」
そこにB級エージェントのオロシャのイワンが、飛び込んでくる。部屋の惨状に驚いているようだ。
「何事です」
少女が静かに聞く。イワンは我を取り戻した。
「は、はっ。《夢見るアロンソ・キハーナ》が目覚めたという報告が……」
「なんですって!?」
「まさか、奴が目覚めるのは百年以上後のはず」
少女とカワラザキが驚く。コードネーム《夢見るアロンソ・キハーナ》、世界に破滅をもたらすその存在は、まだ眠りについているはずだった。
「彼の近くで海底火山の噴火を確認しました。そのショックで目覚めてしまったものと……」
「……何ということだ」
「さすがに今、ビッグファイア様は動けない。このままでは、世界が滅ぶ……」
少女が絶望的な声で言う。最悪のタイミングだった。
「……行くよ」
「ビッグファイア様!?」
気絶していたはずの少年が、いつの間にか少女のそばに立っている。
「いけません! ビッグファイア様は融合を果たしたばかり、いくら何でもこの状態で動くことは無理です!」
「そうも言っていられない。世界の破滅を座して待つわけにはね……」
そう言って、少年からはテレポート特有の光の粒子が放出され始めた。
「……一気に飛ぶよ、気をつけて」
「お待ちください、ビッグファイア様! タイタンもガイアーも起動しておりません。また、現地には国際警察機構の九大天王が向かっているという情報も。まだ時間はあります!」
急ぎテレポートしようとする少年を、イワンが制止する。
「……わかった。それじゃ、動ける十傑集を集めて、急いで足を用意して」
「は、はいっ!」
イワンは慌てて出ていった。
「無茶をしないでください。いくら何でも、今超能力を使うのは無謀です」
少女がため息をつきながら言う。少年にもそれはわかっていた。
「うん。でもこれは本当に異常事態だよ。タイタンが起動する前に、彼が目覚めるなんて」
「はい……」
結局、十傑集《激動たるカワラザキ》《暮れなずむ幽鬼》《直系の怒鬼》を連れて出発することになる。
「それにしても、足が大怪球なんて」
少年が呆れたように言う。
「しょうがありません。今のフォーグラー博士を、止めることはできませんから」
「わははは、タイタン、六神体、ガイアー何するものぞ! わしのアンチエネルギーシステムで、すべて停止させてくれよう!」
制御席のフォーグラー博士はすっかりハイになっていた。
タイタン、六神体、ガイアーの話を聞いたフォーグラー博士が、強行に大怪球での出動を求めたのだ。
超科学の克服を研究テーマとするフォーグラー博士にとって、今回の事件は待ちに待った出番だった。
「いや、まあ頼もしいといえば、頼もしいんだけどね」
少年がため息をつきながら言う。《夢見るアロンソ・キハーナ》の覚醒に加えて、もしタイタンやガイアーが動き始めれば、ビッグファイアといえども事態を納めるのは難しいからだ。
「この右腕に顔。シェルブリット第二形態?」
アダムによって変質した自分の身体を鏡で見ながら、少年はつぶやく。
「異界の扉を開く、という意味ではそう言ってもいいでしょうね」
少年のつぶやきに、少女が答える。少年は少し驚いた。
「あれ、知ってるんだ」
「ブルーレイボックスを、この間買いました」
少女がVサインをする。
「あ、いいなあ。オリジナル2chの音声も入ってるんでしょ、あれ」
「はい」
ヲタクな会話だった。
海底火山の活動により隆起した島の上、《夢見るアロンソ・キハーナ》の周りには、すでに国際警察機構の九大天王たちがいる。
「サイキック重力牢!」
《ディック牧》の超能力が《夢見るアロンソ・キハーナ》に高重力場を発生させ、動きを封じた。
「緊急出動、非常線!」
《大塚署長》から無数に飛び出した「Don't touch」と書かれたテープが《夢見るアロンソ・キハーナ》の体を幾重にも巻いていく。
そして、《夢見るアロンソ・キハーナ》の正面に立つ《静かなる中条》が攻撃の構えを見せていた。
「君に恨みはない。だが地球を破壊させるわけにはいかん。我が拳で微塵と化せ! ビッグバン・パン……」
「そこまで!」
人間爆弾・静かなる中条の拳を止めたのは、黒、赤、黄色の三色のマスクを被った少年だった。
「私の拳を止めるとは。何者だ?」
「私の名はシュバルツ……いや、《伝説の少年A》とでも呼んでください」
少年は、飛び出す前に顔を隠すように、少女からマスクを渡されていた。国際警察機構に顔を知られるのはまずいという判断からだ。ドイツカラーなのは、少女の純粋な趣味。
まだ融合したてで、超能力をうまく使えない少年は、マスクを素直に受け取った。本来なら、変身能力で顔を変えるだけで済むのだが。
ビッグバンパンチを受け止めた少年の右腕が、軋む音を立てる。地上最大の爆発力、ビッグバンパンチを止めるのは、少年にとっても容易いことではなかった。
「では聞く、《伝説の少年A》とやら、なぜ奴を倒すのを止める? このままでは世界が滅びるぞ」
「あ~、九大天王って結構ノリがいい……じゃないや、地球破壊プログラムは彼の死もトリガーとしているんです」
「何!?」
少年の言葉に、九大天王たちが驚く。
「それでは、どうすればいいというのだ」
「このまま、世界の滅亡を黙って待てと?」
「そうは言ってません……よ?」
説明しようとした少年の背後で、大きな水音と共に巨大な顔が現れた。
『タイタンです!』
少女からテレパシーが送られてくる。国際警察機構に正体を知られないように、BF団同士の会話は、すべてテレパシーを使うことになっていた。
『地球破壊プログラムが動き出したのか!? フォーグラー博士! お願いします』
「まかせておけい!」
空に浮かんだ大怪球から、アンチエネルギーフィールドが放出される。その波動を受けて、タイタンが動きを止めた。
「ふはは、どうじゃ、わしにかかれば地球監視者の超科学など、赤子の手をひねるも同然!」
『おお! すごい』
少年は素直に感心する。今の人類の科学をはるかに超えた、超科学の産物を容易く無力化してのけたのだ。
『ガイアーの起動は確認できません。タイタンの停止に成功したものと思われます。』
『……助かったのか』
テレパシーでそれを聞いて、少年は安堵した。とりあえず、地球破壊プログラムの進行は止まったらしい。
その時地響きが起こり、海底から巨大な爆発音が響いた。
「海底火山の噴火!? まずい、タイタンを破壊されたら、ガイアーが目覚める!」
そこに突然、巨大な影が海面下から躍り出る。タイタンに迫るほどの巨体だが、二つの触手を持った甲殻類のように見えた。
「メガノマロカリス・ギガンテウス!?」
『どこのカンブリア紀生物ですか?』
『ご注意ください! ブラッドパターン・ブルーを検知! あれは、使徒です!』
マニアックすぎるボケとツッコミに、イワンが警告する。
「使徒か、それなら手加減の必要はないよね」
少年は、変質した右腕を使徒に突き出した。