「さて、この後始末、というかまだ問題が残ってる」
「そうですね」
ビッグファイアと少女は、大怪球に帰ってイワン、フォーグラー博士とともに会議を始めた。
「フォーグラー博士にはアンチエネルギーシステムの修理をしていただきます」
「うむ」
少女の言葉にフォーグラー博士が頷く。大怪球はガイアーの光球によって大きなダメージを受けていた。アンチエネルギーシステムを再起動するにはどうしてもフォーグラー博士が必要だった。
「そして、イワン」
「はっ」
少年の声に、イワンは直立不動で応える。
「今回の手配の手際のよさと今後の任務に備えるために、君をA級エージェントに昇格する」
「は、はいっ! ありがたき幸せ!」
予想外の言葉に驚きつつも、イワンは喜び深く頭を下げた。
「喜んでばかりもいられないよ。偉くなるって事は仕事も増えるってことだし……」
「何なりとおっしゃってください!」
いつも通りテンションの低い少年に対して、イワンはやる気満々だ。
「それじゃ、さしあたっての任務なんだけど、ここの監視を任せたい」
「……と、言われますと?」
「停滞空間に封印されたガイアー、眠りについた《夢見るアロンソ・キハーナ》の監視だよ」
「……それが任務とあらば従いますが。しかし?」
わざわざ昇格させてまでやらせる任務がただの監視。イワンは窓際に回されたのかと思った。
「閑職にはならないよ。多分かなり大変な事になる」
イワンの疑惑を少年は否定する。
「国際警察機構がこの場所を知っている事と、なにより……六神体と地球監視者が残ってる」
「!」
イワンの顔に緊張が走った。地球破壊プログラムの重要なファクターがまだ残っていたのだ。
「彼らがここの現状を知れば、必ず六神体を持って封印を解こうとするはず。それだけは絶対に阻止しなければいけない」
「アンチエネルギーシステムがあれば、六神体を停止させることは可能でしょうが、地球監視者は確実に仕留める必要があります。エージェントを何人使っても構いません。ロボットの手配も必要ならばいたします。彼らを迎撃する体制を作ってください」
「はっ、承知しました!」
少女の言葉にイワンは即答した。これは閑職などではない。まさに最前線の任務だった。
大怪球、試作型アンチエネルギーシステムの修理が完了したところで、少年と少女、フォーグラー博士はBF団本部に帰った。
「それでフォーグラー博士には、新しいアンチエネルギーシステムの構築をお願いしたいんですが……」
「ふっふっふ、任せておけい!」
少年の要望に博士が不敵に答える。
「タイタンにガイアー、その上バベルの塔の顕現! これだけの観測データが得られたのだ。これから完成するアンチエネルギーシステムは、地球すべてを、いや! 宇宙そのものを静止させて見せようぞ!」
「……えーと、そこまでする必要はないんですけど」
「草間よ! 草葉の陰で嘆くがいい! わしの完璧な理論の前に、GR計画もバベルの塔もすべて屈するのだ! 今渡こそ美しい夜を! それは幻ではないっ!」
少年の声は博士に届いていないようだ。
「まあ、やる気のあることはいいことです」
「そんな、良かった探しみたいな結論でいいのかなあ」
少年はいまいち納得できなかったが、どちらにせよ今の博士を止めることはできないので諦める。
「それよりも、ビッグファイア様ご自身の方が問題です」
「超能力、『真のアダム』の制御だね。なんだか毎回おんなじことやってるような気もするけど」
ビミョーにうんざりした顔で少年が言う。
「下手をすると地球を簡単に破壊してしまう能力です。制御不能では話になりません」
「そうなんだけど、そんなことしてる時間あるのかな?」
「ありません。ですので、訓練は思いっきりハードにします」
「……おーのー、俺の一番嫌いな言葉は『努力』で二番目は『ガンバル』なんだぜー……いえ、すみません。頑張らせていただきます……」
ネタに走ってみたものの、少女の容赦ない視線に少年は降参した。
「でも、訓練てどこでするの? 『真のアダム』の力を使っても大丈夫な所なんて思いつかないんだけど」
「可能な限り遠く、かつ誰にもバレない場所に行っていただきます」
で、何処かというと、
『ふらい、みぃ、とぅ、ざ、む~ん♪ はるばる来たぜ月面~ときたもんだ』
少年は月にやってきた。それも地球から見て月の裏側である。再建中の月面基地への、物資輸送に相乗りしたのだ。
『そこならどれほど大きな力を使っても、大丈夫です。バレる心配もほとんどありません』
テレパシーで少女が答える。
『そりゃそうだよね~。ところで酸素の残りがほとんど無いんだけど、補給はどうなってるのかな?』
月の裏側にまわるのに、酸素をほとんど使い果たしていたのだ。
『補給はありません。自力で何とかしてください』
『は? 自力って何とか、なるの?』
根性で光合成でもしろというのだろうか。
『ビッグファイア様の体は、元々は綾波レイのもの。使徒とのハイブリッドです。その上、『真のアダム』の侵食によって構成要素の八割が変質してしまっています……『真のアダム』からエネルギーの供給を受ければ真空被爆くらいどうってことありません。カズマさんを見習って、生身でゴー! です』
少女がかなり無責任に言い放つ。
『いや、あれって最終形態……そういや第二形態でも衛星軌道まで行ってたっけ。けど真空被爆って完全生物のカーズさんだってただじゃ済まなかったんだけどなあ』
『どちらにせよ、もう遅いです。宇宙服から空気抜けてますから』
『ええっ!? いつの間に?』
少年は自分が空気を呼吸していないことに、今まで気づいていなかった。
『まあ、最悪生命の危機を感じたなら、地球にテレポートすればいいんです。難しく考えずにやっちゃってくださいね』
『そういやそうか。それじゃこの宇宙服もいらないね』
少年は宇宙服を脱ぎ捨てた。アポロのころに比べて改良されているとはいえ、動き辛かったからだ。
『うわっ、太陽の光が眩しっ!』
『宇宙線に、直の太陽光、太陽風。宇宙ってただの真空だけじゃありませんから』
『そうだった。人類の宇宙進出って大変なんだなあ』
生身で来ちゃってる自分が、何だか悪いことをしている様な気分になる。
『とにかく、なんとかなったなら訓練始めてください。時間ないんですよ!』
『は~い。えーと……』
少年は超能力を使うために右腕を構えた。
『言っておきますが、能力を横や下に向けないでくださいね』
『うっ!?』
今まさに横に向かって超能力を使おうとした少年は、そのまま固まってしまう。
『わざわざ月の裏側まで行ってるんですから、地球から観察されるようなマネをしないように。基本的に超能力は上に向かって出してください』
『わ、わかりました……』
こうして少年は、人類のなかでも最遠の場所で一人修行に励むのだった。
『振~り向けば~ロンリネス、振り向かなくてもロンリネス~♪』
『歌うほど暇なら、こちらの事務仕事手伝ってくれませんか!?』
『……イイエ、遠慮します。修行頑張ります……はい』
少年が人知れず月面に新しいクレーターをいくつも作っていたころ、第3新東京市は平和だった。
来るはずの使徒が来ないのだ。シナリオ通りに進まないことに、ネルフ上層部やゼーレの老人たちは慌てていたが、どれほど待とうと『胎児』を意味する使徒が来ることはなかった。
少年がタイタンもろとも吹き飛ばしてしまったからだが、国際警察機構からも特に報告されてもいなかったので誰も真相にたどり着くことはなかった。
裏の事情を知らないネルフの職員たちは、つかの間の平和を楽しんでいる……訳ではない。
いつ来るかもわからないはずの、使徒の迎撃体制を延々と行なっていたのだ。
シナリオ通りならば、使徒を発見できるはず。その思い込みがネルフの組織全体を動かしている。
「ったく、待機、待機っていつまでやってればいいのよ!」
弐号機パイロット、惣流・アスカ・ラングレーが悲鳴を上げる。この数週間、零号機パイロット綾波レイとともに、ネルフ本部に篭りっきりになっていたのだ。
「まあまあ、MAGIの非常事態宣言が止まらないんじゃ、しょうがないじゃない」
「なぁにがMAGIよ! 第七世代有機コンピュータっていっても神様じゃないんだから、なんでも鵜呑みにしてたらいつか痛い目見るわよ!」
ミサトの仲裁の言葉もアスカには通用しない。通っている中学の修学旅行に行くことも出来ず、アスカのストレスは限界に達していた。
「……確かにね」
リツコが額に青筋を浮かべながら、それでも冷静に答える。
「リ……赤木博士……」
ミサトが恐る恐る声をかけるが、聞いているようには見えなかった。今回の非常事態宣言によって、MAGIの関係者は全員泊まりこみで調査を続けている。リツコにも濃い疲労の痕が覗えた。
「どれほど高度になったとしても、コンピュータというのは入力されたデータを加工して出力する、それだけの代物。出力されたデータに問題があるとすれば、入力されたデータか加工するプログラムに問題があるという事。結局は扱う人間次第という事よ」
「それ見なさい。それで、対策は?」
アスカの追求にリツコはため息をつく。
「担当所員総出で、データの洗いなおしとプログラムのチェックを続けているわ。MAGIが私達に見つけられない何かの要素に反応しているのは間違いないんだけれど」
真相は異なっている。裏死海文書の記述という、ゼーレ及びネルフ上層部にとって重要な要素があったのだが、機密情報に当たるそれをリツコは口に出すことは出来なかった。
「それじゃ、何にもわかってないってことじゃない。そんなのに付き合わされる方の身にもなって……」
アスカが更に詰め寄ろうとした時、ブザーの鳴り響く音がアスカの声をかき消した。
「っ! 使徒なの!?」
ミサトがいの一番に反応する。
「いえ、これは『その他の重要事項』に関連する警報だわ!……ってミサト、あなたまだ警報の聞き分けができないの?」
同じく顔を上げたリツコが半眼になってミサトを睨んだ。
「う……ゴミン……」
「現場指揮をとる人が、正確な情報を識別できなくてどうするの」
リツコは更にミサトに説教しようとしたが、オペレータのマヤの声に遮られる。
「先輩、いえ赤木博士! 大変です! ネルフのフランス支部が壊滅したという情報が!」