(無明幻妖斉っていったら、梁山泊の守りについてるんじゃなかったの? 反則だ、やり直しを要求するっ!)
そういっても、目の前の現実は変わらない。
(九大天王クラスだと、読心能力なんて軽く使えるのだろうな。擬似人格用意しておいてよかった。
――精神障壁を展開して、ビッグファイアと碇シンジの人格を分離、碇シンジの人格を表に出して、と。これでいいかな?)
今回の潜入作戦にあたって、ビッグファイアはダミーの情報を基にした碇シンジの擬似人格を用意していた。
いざという時のための保険だったが、少年はここで使う決心をする。
正直、無明幻妖斉相手にはこれでも心もとないのだが、今のビッグファイアの力ではこれが精一杯だった。
おぼれて意識がなくなったふりをして、精神の深いところでビッグファイアは周囲を観察する。
少年はほどなくして、ミサトとリツコの手で助け出された。
「もう時間がないわ。すぐに初号機に乗ってもらわないと」
「そんな! 意識もないのよ!?」
そのとき地響きがおきて、格納庫が震えた。
「ぐずぐずしてたら、使徒がここまでやってくるわよ。とにかくシンクロさえできれば、どうとでもなる。ミサト、今は手段を選ぶ余裕はないわ」
「でも! うーん……わかったわよ。シンジくん、ごめんなさいっ!」
そういって、二人は少年を運んでいく。
(やさしい人だね。ミサトさんが謝ることないのに)
少年の意志を無視されるのは、BF団でも同じなのでそれほど腹は立たない。
(それにしても、いきなり碇シンジを乗せるしかないなんて、正規のパイロットはどうしたのかな?)
正規のパイロットは、大怪我をして病院行きになっていたのだが、今の少年にはわからない。
やがてエントリープラグと呼ばれる筒に放り込まれ、少年は初号機とやらにセットされた。
(部外者をこんなものに乗せていいのかなあ? 対策はありそうだけど)
反抗されたらどうするんだろ? そんなことを思いながら、ビッグファイアは碇シンジの意識を回復させる。
「ん、んん?……ここは?」
碇シンジが目を覚ますと、そこは土管のような筒の中、操縦席のようなものに座らされていた。
「シンジくん! 目が覚めたのね」
「ミサトさん? これはいったい……」
シンジからは、ミサトの姿は見えず声だけが聞こえる。
「落ち着いて。今あなたは初号機のエントリープラグの中にいるの」
今度はリツコの声がした。
「初号機って……? ええと、あの紫の大きな顔してた?」
「そうよ。これからエヴァンゲリオン初号機で、使徒を迎え撃ってもらいます」
「使徒って何ですか? なんで僕がそんなことを!?」
碇シンジはパニックを起こす。
「落ち着いて! これが私たちにできる唯一の手段なの」
「使徒って、シンジくんも見たあの怪獣のことよ」
それを聞いても、パニックは収まらなかった。
「そんな! 僕にそんなことできるわけないよ!」
「座っていればいいわ。それ以上は望みません」
「僕には無理だよ! なんで僕なんだよ!!」
「お前がやれ。でなければ帰れ」
パニックを起こしていたシンジだが、ゲンドウの声が聞こえた瞬間、顔色が一変する。
「……わかった。やるよ」
「シンジくん?」
「役立たずに用はない。そういうことでしょ。いいよ、いけにえの羊でも使い捨ての盾でも、何だってやってやるから」
発令所では皆、シンジの暗い声と言葉に父親、碇ゲンドウとの深い溝を感じた。
(碇シンジって屈折してるなー。まあ、他人事じゃないか。ビッグファイアだって、バビルの後継者っていう肩書きだけの存在だし、しかも仮免ときてる)
碇シンジとビッグファイア。誰からも自分を認めてもらえない、同じ業を背負うカードの表と裏。超能力を得ても、本質は変わらない。
シンジが納得したことで、初号機の起動シーケンスが進められた。
だが、ある手順まで進んだところで、エラーが発生する。
「A10神経接続、失敗!?」
「そんな、どうして?」
発令所内は騒然となった。それだけではなく、シンジのほうも無事ではない。
「ぐ、ぐぐっ、うああぁぁっっ!」
シンジは頭をかかえて、苦痛にのたうちまわった後、意識を失う。
(なっなに? 神経接続だって? 精神障壁がなかったら、脳が黒焦げになってたよ!)
超能力を持たない一般人であれば、問題はなかっただろう。しかし超能力者にとって、神経接続は鼓膜が破れるような轟音に等しかった。
気絶したシンジが目覚めたところで、再接続が行われた。
最初は不意を食らってしまったが、来るとわかっていれば耐えられる。少年は神経接続をなんとか乗り切った。
「A10神経、再接続。成功です。数値に異常なし」
「そう、起動シーケンス再開! もう使徒は、そこまで来てるわ。急いでね」
「なんだったの、今のは?」
状況がわからず、ミサトがリツコにたずねる。
「……わからないわ。初号機が起動するのは、これがはじめて。何が起きても不思議じゃない」
皆の不安をよそに、起動シーケンスは問題なく進む。
「シンクロ率20.6%」
「プラグスーツの補助が欲しいところだけど、贅沢言っても始まらないわ。これならなんとか起動はできるわね……いけるわ」
リツコはミサトのほうを振り返って、パイロットの準備ができたことを伝えた。
「初号機、発進準備!」
タラップが移動し、初号機を固定していた拘束具が次々解除されていく。
初号機は射出口へ移動し、発進準備が完了した。
「よろしいですね」
ミサトがゲンドウに問う。
「無論だ。使徒を倒さぬ限り、我々に未来はない」
「……まこと、それで良いかな? あの小僧、おぬしの息子らしいが、超能力を持っておるぞ。BF団のエージェントやもしれぬ」
背後にいた無明幻妖斉が、ゲンドウに問う。
「ふっ、問題ない」
無明幻妖斉の問いをゲンドウは一笑に付す。
「なんじゃと?」
「エヴァを起動できるなら、超能力者だろうとスパイだろうと、かまいはしない」
「ほう、おぬしがそういうなら、これ以上は問うまい……そうやって切り捨てたものに、足をすくわれぬよう用心することじゃ」
そういって無明幻妖斉は後ろに下がる。
「使徒とやらが、この地下都市に侵入するようなら、ワシを呼べ。呪いの力を見せてやろう」
その言葉を残して、無明幻妖斉は発令所から立ち去った。
「発進!」
ミサトの掛け声とともに、初号機が地上へと射出される。設定されたルートを通って、初号機は使徒の目の前に姿を現した。
「シンジくん、死なないで……」