『国際警察機構の七代目! 捜査能力なら九大天王の《大塚署長》にも匹敵するって噂の凄腕がなんでネルフに!?』
『ザ・サードに仕事を依頼したのですが、どうやら国際警察機構に情報を流したようですね』
BF団本部の少女朱里がビッグファイアに答えた。
『ああ、あの人はほんとに趣味に生きてるんだなあ』
少年は頭を抱える。ザ・サード、BF団の依頼を受けて仕事をこなすエキスパートだが、仕事の遂行に関してBF団は一切干渉しないというのが、彼との契約条件だった。
今回もザ・サードがお膳立てしたのだろう。よりスリリングな展開にするためだけに。
『それでも依頼の達成率は100%。文句をつけることはできません』
『……厄介な人だね、今更だけど』
少年は諦めてため息をついた。どうもBF団には何かしら問題のある人物ばかりが集まっているようだ。
『ネルフ関連で作戦行動中のBF団員に通達。ザ・サードの依頼が完了するまで全ての活動を停止せよ。特に超能力の使用は厳禁する』
少年はテレパシーでBF団員に連絡した。ザ・サードはBF団の干渉、特に超能力を嫌っている。超能力なしで国際警察機構を出し抜き、依頼を達成することに最大の価値を見出しているのだ。
『リツコさんもBF団のことは忘れて、ネルフの一員として行動してください。ザ・サードの機嫌を損ねることになりますので』
『国際警察機構に協力すればいいのね。噂のザ・サードがどうやってMAGIを出し抜くのか、私も興味があるわ』
リツコも興味津々らしい。お手並み拝見といったところか。
だが、国際警察機構の介入は思ったようには行かなかった。秘密主義のネルフは当初、国際警察機構を門前払いしようとしたからだ。
銭形警部と何故か同行している埼玉県警の部隊が、ネルフ保安部と揉みあう場面すらあった。
機密を盾に介入を拒み続けるネルフと、ルパン逮捕のためならば何をしても構わないと考えている銭形、そりが合うはずがない。
大揉めに揉めた挙句、銭形警部が国連の白紙委任状を持ちだしたことで、ネルフ側はしぶしぶ引き下がった。
ジオフロントに、銭形のルパン対策本部が設置される。問題はここからだった。
「ネルフ司令の右手にあるものを頂戴します。ルパン三世」
『ってー!? ちょっと、核心突きすぎじゃあ?』
ザ・サードの犯行予告の内容を知った少年が悲鳴を上げる。状況によっては国際警察機構にアダムの存在がバレてしまうだろう。それはBF団にとってもあまりありがたくないことだった。
『真のアダムを持つのがどちらなのか、真の継承者を発見する前にはっきりさせておく必要があります。ネルフの占拠に乗り出す前にそれを確認するには、ザ・サードを頼るしかありません』
『他の手段は……梁山泊に行って黄帝ライセの遺伝子(オリジナルジーン)を確認するとか……梁山泊は今九大天王が集結してるから無理があるか。ああ、確かに他に手はないや』
少年は降参した。もうあとはザ・サードの仕事ぶりを見ているしかない。
これで、少年は静観することになるかと思われたが、そうはいかなかった。
「むむ、お前か、フランス支部よりやってきた少年とは。念の為身柄を拘束させてもらうぞ」
最近ネルフ本部にやってきた怪しい人物、という事で銭形警部に逮捕されてしまう。正体がバレるのを恐れた少年はおとなしく従うしかなかった。
少年がルパン対策本部に連行されると、同じように逮捕されている人たちがいた。
「ええと、あなたは確か、ドイツ支部の天才パイロット、ラングレーさん? それに隣の人は?」
そこにいたのは、セカンドチルドレンともうひとり、中年というにはまだ若い無精髭の男だった。
「アスカよ。惣流・アスカ・ラングレー。フォースチルドレンでしょあんた。お互い災難ね」
アスカは不機嫌そうだ。まあ逮捕、連行されて気分のいい人間などそうはいないだろう。
「ドイツ支部から転属してきた、加持リョウジだ。君が噂の実験体か、凄い有様だな」
加持と名乗った男は、平然としている。余裕なのか、諦めているのかはわからなかった。
「名無しのフォースチルドレンです……僕や加持さんならともかく、ルパンがセカンドチルドレンに変装するのは無理があると思いますが」
少年は加持の名前を聞いて納得した。おそらくはアダムをヨーロッパから日本に持ち込んだと思われる三重スパイの男。銭形が怪しむのも無理はない。
「甘~いっ! ルパンは誰に変装しどこに潜んでいるのかわからんのだ! たとえ女子供病人になりすましても、わしの目を誤魔化すことはできんぞ!」
銭形のテンションは高い。傍若無人なザ・サードの犯行予告によほど腹を立てているようだ。
「ビミョーに矛盾した言葉ですが、やる気だけは感じますねえ……捜査に協力するのはやぶさかでは無いですが、治療なしでは3日持つかどうかわからない半死人なもんで、取り調べとか拘留とかは短めで頼みます」
実際に少年を3日放置したら死ぬ、というわけではないのだが、ネルフの医学では継続的な治療が不可欠と診断されている。あまり長居をして疑われるのも困るのだった。
「あんた、そこまで病弱なの? よくそれでエヴァに乗るなんて言えたものね」
アスカが驚いて少年を問い詰める。
「別に志願したわけじゃないですよ」
「あのね、エヴァに乗るってことは戦場に出るってことよ。あんたみたいな半死人連れて行っても足手まといにしかならないでしょうが!」
アスカが断言する。まあ、そのとおりなので少年にもわからないではない。
「うーん、そうなんですけど、戦場じゃ何が起こるかわかりません。猫の手でも半死人でも借りたい場合もあるかもしれないでしょ?」
「む、だからって、あんたを連れて行ってなんの役に立つのよ」
「近接格闘戦は無理でも、ATフィールドの中和ぐらいなら多分出来るんじゃないかと」
「なによそれ……あんたとコンビ組むなんてこと、考えたくないわね」
「そのへんは葛城さんが考えてくれるでしょう。僕に言われても知りませんよ」
「……ふう、そのやる気のなさ、あんたまるでシンジみたいね」
「ぐはっ!? え、えええ? えーと、処分されたっていうサードチルドレンでしたっけ? そそそ、そんなに似てますかあ?」
少年は思いっきり吹き出した。ここでシンジの名を聞くことになるとは予想もしていなかったから。
「ん? なに動揺してるのよ」
「貴様ら! 容疑者同士でくっちゃべっとらんで、捜査に協力せんか!」
銭形警部が切れた。都合がいいので少年は黙りこむことにする。
尋問が開始されるかと思われたのだが、逮捕された者の前にどんぶりと割り箸が並べられた。
「……えー、これは、何でしょうか?」
少年は思い切り嫌な予感がして、おそるおそる聞く。まさかこれは……
「大塚式ウソ発見機、カツ丼だっ!」
悪い予感は当たった。九大天王《大塚署長》の必殺技、嘘をつけばたちまち巨大手錠で身体をバラバラにされるという噂のあれだ。
「大塚署長に胡麻を擦り倒して、賄賂まで送って手に入れたレシピだ。ふふふ、これの前で隠しごとは不可能と思え!」
(や、やばい。こうなったら、真のアダムを使って力ずくで脱出するか? いや、それだとジオフロントどころか第3新東京市がまるごと吹き飛びそうだ……ううむ)
悩む少年の前で、どんぶりの蓋が開けられる。絶品という噂のカツ丼が湯気を立てていた。
(おおっ、うまそうだ……バレるのはもう諦めて、とりあえず味見させてもらおうかな?)
少年の思考がダメな方に傾いていく。一口食べたら口から怪光線が出て踊り狂うほどうまい、というのは本当だろうか?
銭形警部の尋問の内容によっては、BF団の機密情報が明らかにされてしまう可能性もあるのだが、少年はもう目の前のカツ丼を食べることしか頭になかった。
他の二人もカツ丼から目を離せなくなっているようだ。震える手が割り箸を割る。
大きな期待とわずかな怖れを持ったまま、三人はカツ丼を口にする。
「……こ、これはっ!」
「うそお……」
「……うむむ」
三人が揃って感嘆の声を上げる。さすがに怪光線こそ出ないものの、その場で踊りだしてもおかしくないほどのうまさだ。
だが、三人とも踊るよりも、続きを食べて味わうことに集中する。右手でうまく箸を持てない少年と、ドイツ育ちのアスカは握り箸で行儀が悪かったが、普通に箸を使う加持とかわらない速さでどんぶりの中身を平らげていった。
やがて、三人ともカツ丼を食べ終える。満足のため息が同時に漏れた。
「……さて、それでは、質問に答えてもらうぞ」
少年と加持が無意識に身構える。後暗いところのないアスカと違って、二人は隠し事がたくさんあったから。
緊張の一瞬。銭形警部が口を開く。
「……貴様ら、誰がルパンだっ?」
「いえ、僕は(私は)ルパンじゃありません!」
三人が同時に答えた。銭形の肩ががっくりと下がる。
(え、あれ? これでお終い?)
何を聞かれることになるのか、最悪ここにいる人たち全てを皆殺しにする覚悟まで考えていた少年は、思い切り気が抜けた。
「おのれえっ、ルパンめ、いったいどこにいるのだ!?」
《大塚署長》のカツ丼はそう簡単に作れるものではない。ネルフ職員全てに同じ方法で尋問することは不可能だった。
「仕方ない。このあとでルパンに入れ替わられても面倒だ。三人とも身柄は拘束させてもらうぞ……病人には医者と医療機器を持ち込ませる。ルパンを逮捕するまでのことだ」
多分、ザ・サードが任務を達成して逃げおおせるまで、なんだろうなと少年は失礼なことを思う。
この件以外でも、銭形警部の捜査は困難を極めた。とにかくネルフが非協力的なのだ。
肝心のネルフ司令は国際警察機構に姿をあらわすことすらなく、セントラルドグマに篭りっきりになり、右手に何があるのかも決して口外しようとしなかった。
銭形警部はセントラルドグマに出向いて護衛しようとしたが、ネルフは断固としてそれを拒否する。
ルパンの逮捕以前に、国際警察機構とネルフとで抗争が始まりそうな状況であった。
『ネルフ司令も頑固だね。まあ、べらべら喋られても困るんだけど』
『BF団に敵対する組織同士が角を突き合わせている。我々としてはここで漁夫の利を狙いたいところなんですが』
BF団本部で少女がため息をつく。
『ザ・サードの仕事が終わるまで、BF団のターンは回ってこない、と。まあ、いいんじゃないかな? ザ・サードの依頼がどんな形でおわったとしても、ネルフと国際警察機構の溝は深まりこそすれ縮まることはないでしょ』
少年が呑気に答える。完全に観客モードだった。
『そうですね。これから先に予定されているネルフ占拠を考えるに、この状況は悪くありません』
そんな中で、ネルフ技術部だけは国際警察機構に情報を提供していた。
MAGIの監視システムで収集されたデータをまとめ、銭形警部に渡していく。
そのデータをチェックする赤木リツコは、不審な情報を手に入れていた。
不自然に高い権限を得たパスを持つ職員がいるのだ。本来入ることが許されないはずの機密エリアにも、平然と入り込んでいる。
「これがザ・サードなの? 効果的だけど、手口としては単純すぎるわ。こんな手でMAGIの目をかいくぐれると本気で思っているのかしら」
疑念を抱くリツコだったが、無視することもできない。結局そのデータを国際警察機構に渡した。どうなることか、リツコにもその結果はわからない。
だが、銭形警部はその情報に飛びついた。警官隊を率いてその職員を逮捕しようとする。
無論銭形警部もこれが囮、あるいは罠だと承知していた。それでもルパンの挑発にあえて乗ったのは、ネルフの中枢に入り込むいい口実になると考えたからだ。
制止しようとするネルフ職員を力ずくで突破し、数の力で強引にネルフ本部に侵入していく。
「ルパーンっ! 御用だあーっ!!」
銭形警部と警官隊がその職員に殺到したその瞬間、それは起きた。
何かを断ち切る大きな音と共に、ネルフ本部全体が闇に包まれる。かつて初号機が起こしたのと同じ、大規模停電だった。