「やられた! これが狙いだったのね」
赤木リツコが呆然とつぶやく。本来ネルフ本部は正・副・予備の三系統の送電システムを持ち、たとえ工作活動だとしてもそう簡単に電源を落とすことはないはずだった。
だが、初号機が起こした大規模停電によって大きなダメージを受けた送電システムは完全には復旧しておらず、一系統のみでネルフ本部は運営されていたのだ。
非常電源を使うことでMAGIだけは稼働を続けているが、ネルフ本部の監視システムはダウンしている。今ならばセントラルドグマへの侵入も容易いだろう。
「……いえ、まだ終わりと決まったわけじゃないわ」
リツコはコンソールから顔を上げて、発令所の皆を見渡した。
「司令、副司令は不在。よって、私が現場の指揮を取ります! 技術部、いえネルフ職員で手の空いているものは全員、予備の送電システムを格納庫まで繋がるように敷設作業を行なってください。恒久的なものではないから無理に固定する必要はないわ。時間優先で作業を開始するように!」
司令、副司令がおらず、使徒がやってきているわけでもない現在、赤木リツコが最先任に違いなかった。
「格納庫? 送電システムを繋いでも電源が確保できなきゃ何もできないんじゃあ?」
葛城ミサトがリツコに問う。この作業に何の意味があるのかわからなかったから。
「たしかにネルフ本部は電源を外部の発電所に依存しているわ。けれど今、強力な電源が格納庫にはあるのよ」
「え? それって……あ! まさか!」
ミサトもリツコと同じ結論に達した。
「そう、ジャイアントロボ。あれは原子力で動いている!」
ネルフ職員が総出で送電システムの敷設作業に当たる。リツコは格納庫にいる草間大作のもとに直接出向いて、ジャイアントロボを電源として利用する許可を得た。
「状況が状況ですからね。わかりました」
「ごめんなさいね。このままルパンの思惑通りにさせるわけにはいかないの」
「はい……あれ? そういえば鉄人の動力源てなんなんでしょうか?」
草間大作が首をかしげる。ジャイアントロボと互角に戦えるほどの出力を持つ鉄人28号、動力源はそこにいる誰も知らなかった。
「聞いたことはなかったわ……あら、金田一君はここにはいないの?」
鉄人28号の操縦者、少年探偵金田一正太郎の姿は格納庫にない。
「正太郎さんは、ルパンの捜査に出向いています。あの人は、鉄人の操縦者である以前に探偵だそうですから」
「大作君、同い年なんだから別に敬語を使わなくても」
「比べ物にならないですよ。鉄人を自由自在に操って、そのうえ車の運転もできて銃の腕前も捜査能力も大人顔負けどころか達人クラス。どうやったらあんな超人になれるんですかね」
草間大作のため息に、リツコもつい苦笑する。
「世の中にはシンジ君や十傑集、九大天王みたいな超人どころか怪獣レベルの人もいるんですもの。無い物ねだりをするよりも、勉強したり運動したり自分を鍛えることを考えたほうがいいわよ……私から見れば、大作君も相当なものだわ」
「そうだぞ大作、たしかに世間にゃすげえ奴がたくさんいる。だからって、自分を卑下することはねえ。自分にできることをやって、それを少しずつ広げていくんだ。お前さんにはまだまだ、将来があるんだからな」
草間大作の傍らにいた戴宗もリツコに同調した。
「そう、ですかね」
そう言って草間大作は頷く。納得しきれているわけではないようだが。
草間大作の許可を得て、ジャイアントロボに送電システムの巨大なケーブルが接続される。ジャイアントロボの原子力機関が稼働を始めた。
「出力が最大になったタイミングで、送電システムを正から予備へ切り替えを! ルパンがセントラルドグマに到達する前に監視システムを復旧させるのよ!」
ネルフ本部がザ・サードに対抗するために一丸となって活動しているその頃、BF団では新米団員ナツミの講習が行われていた。
『ビッグファイア様はあの調子ですし、肝心なことがまるっきり説明されていませんでしたので、ここではっきりさせておきます。我々BF団の目的は!』
『あの~、その前に、質問ええか?』
『いいでしょう、何なりと聞いてください』
『なんでウチ、こないな所におるんやろ』
ナツミはいつぞやの少年のごとく、月面に立っていた。さすがに宇宙服を着て酸素も十分に供給されていたが。
BF団本部に缶詰状態の朱里とはテレパシーで会話している。
『それもおって説明します。BF団の目的は世界征服! ですが、そのために必要なことはただひとつ……』
『ひとつ?』
『バベルの塔の占拠です』
『バベルの塔って、このまえにいちゃんが呼び出したっていうアレか?』
『にい……本人にならかまいませんが、他の団員の前でその呼び方は慎むように。それはともかくバベルの塔、あの惑星管理システムを掌握することが、この地球を手にすることと同意になるのです。過去のBF団と国際警察機構との幾多の戦い、あのセカンドインパクトもバベルの塔をめぐる抗争の一つに過ぎません』
朱里の言葉にナツミは首をかしげた。
『それやったら、に……ええとビッグファイア様にもういっぺん呼び出してもろたらええんとちゃうんか?』
『それでは呼び出せるだけで、塔を手に入れることはできないのです。ビッグファイア様はコンピュータに選ばれたバビルの継承者ではありますが、真の継承者いわばバビル2世と呼ぶべき存在がこの地球のどこかにいるのです』
『むむ、ややこしいな』
『我々の当面の目標は、バビル2世を発見し抹殺すること。ビッグファイア様も十傑集も、いいえBF団全てがこのためだけに活動していると言っても、過言ではありません』
『抹殺……んん~と、事情を知らん素人考えやけど、話しあう余地はないんか?』
『発想は悪くありませんよ。交渉の余地があるならば、それもいいでしょうが……おそらく不可能です。もし我々人類が牛や豚と会話できたとして、牛や豚の待遇が改善されると思いますか?』
『……それは、ちょおっと難しい、やろな』
さすがのナツミも首をかしげた。
『バビル2世と人類の関係も似たようなもので、バビル2世にとって人類、いえ地球生命とは兵器であり、弾薬であり、燃料に過ぎないのです。そんなものとまともに交渉が成立するとは思われません』
『そらどうしようもないな。それにしてもなんや、物騒な話やな』
『この話はBF団でもA級エージェントより上にしか伝えられないものです。光栄に思えという訳ではありませんが、BF団とビッグファイア様があなたにそれだけ期待しているという事でもあります。真贋を見ぬく能力を持つナツミさんには全てを知ってもらう必要がありますから』
『……ウチは、に……ビッグファイア様を助けよう思てBF団に入ったんや。足引っ張るつもりはない、役に立って見せるで』
『よい気概です。あなたの爪の垢を煎じてビッグファイア様に飲ませたいほどに。ただし、此処から先は本当に洒落にならない事になります。ここが帰還不能限界点のギリギリ一歩手前だと思ってください。今ならまだ引き返せます』
朱里の声が深刻さを増す。だがナツミの心を折ることは出来なかった。
『覚悟やったらできとる。何でも来いや』
『……この先に進めば、一般社会に戻ることも人並みの幸せを手にすることもできなくなります。人の枠を超え超人に……いいえ言葉を飾っても仕方ありません。怪物に、化物になるんですよ。そしてそれだけの代償を払ってもあなたの望みはかなわない』
『なっ!? それはどういう意味や!』
ナツミの声が険しくなる。ここまできて望みがかなわないとはどういうことか。
『ビッグファイア様は今の闘争を戦い抜けるかどうかもわからないお身体。あなたがビッグファイア様を支えたいと願っても、その時には亡くなっておられるかもしれないのです。後に残るのは化物になった自分と、残りの永い後悔の日々だけ……』
『……』
ナツミはわずかに躊躇したが、やがて決意を込めて顔を上げる。
『それやったらなおさらや。ビッグ……にいちゃんの命があと少しなら、それを全力で支える。もし死んだら蘇らせる。あの世に行って帰ってこんのやったら、あの世の果てまで一緒に行くだけや』
『……いいでしょう。そこまでの覚悟があるならば、これ以上言うべきことはありません。そこから先へ進めばあなたは塔の呪いから解き放たれる最初の人類、覚醒者となります。BF団の、いえビッグファイア様の力に必ずなれるでしょう』
『……』
ナツミは無言で頷き、一歩踏み出す。普通の暮らし、平凡な未来、家族、友人、あらゆるものを振りきって少女は未知の扉を開いた。
「送電システム、正から予備に切り替え!」
リツコの掛け声と共に、ネルフ本部に明かりが戻った。停電によってダウンしていた本部施設のシステムが次々に再起動していく。ジャイアントロボの原子力機関は、ネルフ本部の電源を賄ってなお余裕があった。発電所に匹敵するほどの出力を十分に引き出している。
「監視システムの起動を確認。侵入者は……!」
オペレータ伊吹マヤの声を大きな警告音が塞いだ。ディスプレイにALERTの文字がいくつも浮かび上がる。
「……まさか!? こんな時に!」
リツコがうめき声を上げた。コンソールにはALERTとともにANGELの文字が表示されている。
「ブラッドパターン・ブルーを感知! すでにジオフロント内に侵入しています!」
ジオフロントの天井、屋根に当たる部分の装甲に大きな穴が空いていた。蜘蛛のような姿をした使徒がネルフ本部に接近している。
「……ジャイアントロボは動かせない、鉄人も操縦者がいない。セカンドチルドレンとフォースチルドレンを呼び戻している時間はないわ。ファーストチルドレンと初号機しか出動できない。最悪のタイミングだわ!」
「待ってください! 監視システムに反応有り! ネルフ本部屋上に誰かいます」
ピラミッドの形をしたネルフ本部の頂に二人の男がいた。
「今、ザ・サードが取り込み中でね。邪魔をされるわけにはいかんのだ。お引取り願おうか」
「ATフィールドとやらで無敵を謳っているらしいが、我ら十傑集にかかれば虫けらも同然よ」
そこに立っていたのは《眩惑のセルバンテス》と《衝撃のアルベルト》。BF団最強の十傑集が二人揃い踏みしていた。