使徒が十傑集によって殲滅された後、未だ名前のないフォースチルドレンは昏睡状態に陥った。元々半死半生の身、ネルフでもそれほど騒がれるという事はない。
実際はビッグファイアはBF団本部に帰っており、ダミーが入れ替わっていただけだった。『半死人の実験体』という設定から擬似人格などを用意する必要を認めなかったのだ。BF団に密かに寝返っている赤木リツコのフォローもあって、ダミーの身体は病院のベットに縛り付けられることとなる。
「あああ……」
「団員死者115名、重軽傷者608名、一般市民死者599名、重軽傷者1857名。なお、一般市民に関しては今までの集計の数字で今後増える見通しです」
「……なんということだ」
朱里のどこまでも事務的な声を聞いて、《混世魔王・樊瑞》が言葉を詰まらせる。BF団本部では、十傑集とビッグファイア、朱里が一堂に会して《マスク・ザ・レッド》の審問を行っていた。
「えー……」
「ネルフ・フランス支部襲撃。作戦では支部への攻撃はバランと巨大ロボットを使い、N2到達予想範囲の住人には事前に避難勧告がなされるはずだったが」
《白昼の残月》がキセルを吹かしながらつぶやく。
「うう~」
「只這個受害發放是到BF團員和普通市民、怎樣的事?」
《命の鐘の十常寺》が問い詰めた。その言葉は難解であったが意味は十分に伝わる。
「そのお……」
「これほどの被害を出しておいて、隠し通せるわけがあるまい」
《衝撃のアルベルト》は言いながら葉巻をくわえなおす。その煙はゆらゆらと立ち上り消えていった。
「だから……」
「『仲間を決して見捨てないこと』『一般人に被害を出さないこと』」
《眩惑のセルバンテス》がかつて少年が命じた言葉を繰り返す。
「えーと……」
「ビッグファイア様のお言葉、忘れてしまったのか? レッドよ」
《素晴らしきヒィッツカラルド》の言葉に、皆の中央で黙したままだった《マスク・ザ・レッド》が唇をゆがめる。
「……甘い、ですな」
「うむむ……」
「何だと!?」
十傑集達が顔色を一変させた。レッドの言葉は決して口にしてはならないはずだったからだ。
「我々の目的は世界征服。そのために犠牲を恐れては永久に成就することはかなわない!……何度でも言おう、甘いのだよ!」
レッドの言葉は止まらない。ビッグファイアへの不満をはっきりと口に出した。
「あうあう……」
「……貴様、何を言っているのかわかっているのだろうな」
樊瑞がうめくようにつぶやく。これはれっきとしたボスへの反逆だった。
「周辺住民に避難勧告など出しては相手に悟られてしまう。フランス支部襲撃も、団員を向かわせなければネルフ関係者を一人残らず一掃するなど不可能。作戦リーダーとして、私は必要な手を打っただけだ」
「馬鹿め、それが言い訳になると思っているのか?」
「大炎的言詞就一絕對」
「そうだな。甘いかどうかというなら、確かに甘いんだろうさ」
「ヒィッツ!」
ヒィッツカラルドの予想外の言葉にセルバンテスが鋭く反応する。この状況を見過ごすわけにはいかなかった。
「……だがな、甘かろうが温かろうがそんなことは関係ない。どれほど理不尽であろうとも、それがビッグファイア様のお言葉であるならば、絶対なんだよ。例外は無い」
「……驚かせるなヒィッツ、お前まで十傑集裁判にかかるところだったぞ」
ヒィッツカラルドの言葉に樊瑞は心底安堵した。このままビッグファイアへの不満が高まれば、BF団の存続にかかわる可能性があったからだ。
「もはや、貴様を許しておくわけにはいかぬ……おのおの方!」
「うむ」「ああ」
樊瑞の声に十傑集達が応えた。レッドを取り囲み、各人の指先から光があふれ出す。
「ふん、十傑集裁判か、それもいいだろう。ボスの言葉を真正直に受け入れて、任務失敗で粛清されるのも変わりはしない」
「まだ言うか!」
「ねえ……ねえってば!」
「何ですか!? さっきからブツブツと。ビッグファイア様が何をおっしゃろうと《マスク・ザ・レッド》の処罰は変わりません。ここは黙って見ていてください!」
冒頭から口をはさもうと何事かつぶやいていた少年を、朱里はばっさりと切って捨てる。ことはBF団の組織そのものに関わる重大事だ。ヘタレ少年の事なかれ主義など入り込む余地はない。
「いや、そうじゃなくて……」
「そうもこうもありません! 十傑集の皆さん、急いで処置を。ビッグファイア様に付き合っていては話が進みません!」
少女が十傑集に決断を促す。十傑集が気を取り直したそのとき、
「……だから、待てって言ってるじゃないか!」
少年の声とともに部屋に衝撃が走る。壁や床に亀裂ができ、皆の足元がグラグラと揺れた。
少年の右手にあるアダムが微かに光を放っている。
「あああ、落ち着け、落ち着け……ええと、その、話を聞いてくれないかな……?」
アダムが光を失うと同時に揺れが収まった。振動で倒れそうになっていた者たちが立ち上がる。
少女がしゃがんだ姿勢のまま、少年を鋭く見上げた。
「……ここまでするからには、相応の覚悟がお有りでしょうね! ビッグファイア様のお言葉は絶対。それはビッグファイア様本人も例外ではありません。ここで腑抜けたことを言うつもりならば、ボスの代替わりもありえると思ってください!」
「……はあ~」
少女の冷たい言葉に怯むかと思われた少年は、大きなため息をついた。
「そのほうがむしろ楽かもしれないなあ。けどそうもいかない……《マスク・ザ・レッド》に下されるのは、裁判による判決じゃない」
「……」
レッドを含む十傑集全員が、少年の言葉に耳を傾ける。
「BF団において僕の、ビッグファイアの言葉に逆らうものには『死』あるのみ。そして背いた者が他ならぬ十傑集ならば、罰を下すのは……ビッグファイア自身でなければいけない」
「! できるのですか!?」
少女が主への配慮も忘れて声を上げた。
「できるできないじゃない。これはもう決まっていることなんだ。僕が命令を出したとき、いや僕がビッグファイアになったときに」
少年の右手が輝き始める。先ほどとは比べ物にならない光が部屋を明るく照らし出した。
「《マスク・ザ・レッド》の実体は影。一切の物理攻撃を無効にする。だけど、心を持つ限りこれをかわすことはできない。『精神衝撃』最大出力!」
少年が輝く右手を振り上げる。
「いかん! 皆、バリアを張れ!」
樊瑞がそう叫んで、少女を自分のマントの中に覆い隠す。
十傑集たちがバリアを張った瞬間、閃光が部屋中を白く染めた。目には見えない魂に映る輝きが、その場にいた者たちの意識を吹き飛ばそうとする。
数秒後、意識を取り戻した十傑集の真ん中に少年がうずくまっていた。
『お見事です、ビッグファイア様。それでこそ我らのボス……』
《マスク・ザ・レッド》の残留思念がそうつぶやいて、虚空に消えていった。
「レッド、バリアを使わず、あえてビッグファイア様の裁きをその身に受けたか」
残月が落としたキセルをくわえ直して言う。
「奴はその命をもって、ビッグファイア様にボスの資格があることを証しだてた。これでBF団は磐石のものとなろう」
樊瑞はそう言って、マントの中から少女を解放した。
碇シンジが初代ビッグファイアの跡を継いでボスになったとき、BF団の中でもそれを疑問に思うものは少なくなかった。
直接ビッグファイアと顔を合わせるものは、朱里や十傑集以外にはほとんどいなかったが、たとえ姿を現さなくとも後継者はどうしても偉大な先代と比べられてしまう。
たった一人からBF団を設立し、数百年の時を絶対者として君臨し続けた初代ビッグファイアからは見劣りする、というのが大方の団員の本音だった。
「よくご決断なさいました……ビッグファイア様?」
「……」
少女の珍しく労わるような声に、俯いたままの少年は答えない。
「……ヒッ、ハハハ……なんだよ、とうとう人殺しだって? どこまで堕ちればいいんだ、僕は……」
少年の肩が震える。引きつったような独り言が口から漏れ出した。
――ドクン!
そのとき、部屋全体が巨大な脈動に打たれる。
鼓動と共に少年の右腕の袖が千切れとび、金属質の巨大な刺が無数に飛び出し始めた。
「ビッグファイア様!?」
少年は床に倒れるが、異変は止まらない。のた打ち回る右半身からは、明滅するアダムの光が輝き部屋をまだらに照らしていく。
「いけない! 精神にダメージを受けて、アダムを制する力が弱く……!」
刺は次々と数を増やし、まるで少年の半身がハリネズミのように膨れ上がった。飛び出す刺は枝分かれして部屋の天井、壁、床に突き刺さっていく。
再びバリアを張った十傑集達にも、刺は容赦なく襲い掛かってきた。バリアによって刺の攻撃は防がれているが、十傑集も身動きが取れなくなる。
「くっ、このままでは……!」
「しっかりしてください、ビッグファイア様! あなたは今、BF団のボス足りえることを証明したんですよ! ここで終わりになるなんて、許され……」
だが、少年の意識はそこで途絶えてしまう。もう見ることも聞くことも、何もできなくなってしまった。