「冬月、あれはどういうことだ」
碇ゲンドウが押し殺した声で、冬月に問う。
「今話した通りだよ。初号機の覚醒が狙いとはいえ、使徒にサードインパクトを起こさせては本末転倒だろう」
「……」
「それに、いくら地上最強のジャイアントロボとはいえ、単独で使徒を倒すのは不可能だ。援軍としてちょうどいいと思わんか?」
「ジャイアントロボ、使徒に向かっていきます」
「シンジ君! 早くエヴァに戻って!」
ミサトがシンジに呼びかける。
「無駄よ。こちらの声はシンジ君には聞こえないわ。プラグスーツでも着てれば話は別だけど」
発令所から初号機への通信は、エントリープラグに送られる。降りてしまったシンジ(ビッグファイア)に聞こえるはずはなかった。
「お、落ち着け、僕……使徒がジャイアントロボを相手にしているうちに、逃げだすんだ!」
そのころ少年は、やっぱり逃げる算段をしていた。
「……う、ううん」
抱きかかえていた女の子が目を覚ます。
「あ、気がついた?」
「え……ええっ!? ここどこ? あんた誰や?」
女の子は混乱しているようだ。
「うーん、ここは戦場、かな。僕は碇シンジ。よろしくね」
少年は女の子の問いに、律儀に答えた。
「戦場て……な、なんやあれ!?」
女の子が、使徒たちを見つけて絶句する。
「そこに倒れてるのが、ネルフの秘密兵器。立ってるのはジャイアントロボと使徒……怪獣だね。まあ、怪獣大決戦と思っていればいいよ」
「わけわからんわ……」
女の子は頭を抱えた。無理もないけど。
少年と女の子が、どこか間の抜けた会話をしていたころ、
「行け、ロボ! そいつを捕まえろ!」
ジャイアントロボは行動を開始していた。
戴宗が大作を抱えて、近くのビルの屋上に飛び移る。
両手が自由になったジャイアントロボは、全力で使徒を押さえ込もうとした。
だが、ロボの腕は使徒に近づいたところで、見えない壁に当たったように弾かれる。
「これが! ATフィールド!?」
「使徒のATフィールドです!」
「やっぱり。ジャイアントロボだけでは、使徒を倒せない!」
発令所で失望の声が上がる。
だがジャイアントロボは、草間大作は、あきらめはしなかった。
「まだだっ、ひるむなロボ!」
――Goooo!
大作の声にジャイアントロボが応える。
再びロボが挑みかかる。
ロボの腕はやはり使徒のATフィールドに阻まれるが、今度は弾かれなかった。
ロボの両手とATフィールドが激しくせめぎあう。ATフィールドが光る壁となって、目にもはっきり見えるようになった。
「なんだ? ロボが歪んで見える?」
少年からは、ジャイアントロボの姿が崩れたように見えた。
「これは、まさか!」
「使徒のATフィールドが湾曲しています! 信じられない……」
「ATフィールドが歪むなんて、なんてパワーなの!」
だが、さすがのジャイアントロボでもATフィールドを破ることはできなかった。
「パワーだけじゃ押し切れないか。それならっ、ロボ! 全砲塔、全ミサイル発……」
「こらっ」
ゴンッ! と戴宗が大作の頭を叩く。
「な、何するんですか、戴宗さん」
「あわてるんじゃねえよ。向こうを見てみな」
戴宗が指差した先には、少年と抱えられた女の子がいた。
「ええっ! 避難は完了してるんじゃ……」
「逃げ遅れたか、物見遊山か……大作! あの二人は俺が安全なところまで運んでやる。使徒とやらに飽和攻撃を仕掛けるのはその後だ」
噴射拳の使い手、人間ロケットの戴宗ならば、それも難しいことではないのだろう。
「わかりました。戴宗さん!」
「おう! そいじゃいっちょ……おんやぁ?」
戴宗が飛び出そうとしたとき、立ったまま動かなかった使徒が突如歩き始めた。
「なんや、あの怪獣こっち来よんで」
使徒は、ジャイアントロボに背を向けて、少年とエヴァのいる方向に向けて歩き出す。
「だ、大丈夫。怪獣は倒れてるロボットに用があるんだよ。きっと」
だが、そう言ってる間にも使徒はエヴァをまたいで、少年たちにその虚ろな眼を向けた。
「うわあ、こっち! こっち見てるがな!」
「僕たちを標的に? どうして!?」
少年が使徒の眼を見上げたその瞬間、使徒の眼に光が灯る。
「わああああぁぁっ!」
「まずい!」
少年が、バリアを展開したのと同時に、使徒の光線が放たれる。
光線はかろうじて、バリアによって防がれていた。
「くっ、どうして? 力が出ない!?」
ビッグファイアの作り出したバリアならば、この程度の光線は防ぐことが出きるはずだった。
しかし、今バリアは二人を包んでいるが、光線の熱を完全に遮断してくれない。バリアの中で二人は蒸し焼きになろうとしていた。
「ああ、熱い……ウチ、ここで死ぬんやろか……?」
「そんなこと言わないで! がんばって!」
「ごめん……もう熱うておかしなる……」
そういって、女の子は再び意識を失う。
「だめだ! このまま死なせるなんて、絶対にいやだ!!」
少年が叫んだ瞬間、倒れたままの初号機の目が再び光を宿す。
振り上げた腕が使徒の足首を掴み、引きずった。
完全な不意打ちに、使徒は転倒してしまう。
「エヴァが再起動を?」
「そんな、誰も乗っていないのに」
「まさか、暴走?」
「いえっ、これは……初号機とパイロットのシンクロが切れていません! シンクロ率30.9%!」
「あの状態でシンクロしたままだというの!?」
「助かった、のか?」
少年は呆然と倒れた使徒を見ていた。
「ほう、お前さん超能力者だったのか。あいつの光線に耐えるなんて、ずいぶんと強力なバリアを持ってるじゃねえか」
いつの間にか、戴宗が二人のそばにいる。
「……! ええと、あ、あなたは?」
少年は白々しく聞いた。もしここで正体がばれたら、瞬殺される。背中にダラダラと冷や汗が流れた。
「国際警察機構のエキスパート、戴宗だ。以後よろしくお見知りおきを、ってな」
「は、ははははいっ! ぼ、僕は碇シンジです……それ以外の何者でもありませんっ!」
少年は緊張しすぎて、自分が妙なことを口走ってるのにも気づかない。
「ああ? お前さんたち、どういうつもりか知らねえが、ここは戦場だ。丸腰の一般市民には、退場してもらわないとな」
「……そっそれなら、この子をお願いします」
そういって、少年は気を失った女の子を戴宗に預けた。
「おおっと、お前さんはいいのかい?」
「う、えーと、僕も本当は逃げたいんですけど。あの使徒、僕を狙っているみたいで……」
少年は倒れている使徒を指差した。使徒はいまだに少年たちのほうに顔を向けている。
「みてえだな。使徒に恨まれる覚えはあるのかい?」
「いや、ありませんよ、そんな覚え」
あるとすれば、初号機に乗って使徒と向き合ったぐらいか。戦った、とはとても言えないが。
そうやって、どこか間の抜けた会話していると、それを見ていた使徒の眼が光る。
「おっと、こいつはまずい」
「やっぱり、来たぁ!」
少年と戴宗が、左右に分かれて跳躍する。使徒の光線で道路に巨大な穴が開いた。
「おーい、シンジィー! この子の事は俺に任せろ。お前はお前のできることをするんだ!」
「わかってます!」
前にも後ろにも逃げ道なんてないんだ。いつものことじゃないか。
「戦う、しかない」
少年はこのとき初めて、戦う決心をした。