戦う決意をしたビッグファイアだが、
「とはいっても生身じゃ無理があるよな。やっぱり初号機に乗るしかないか」
少年から見て初号機は使徒の後ろにいた。簡単にはたどり着けそうにない。
「こういうときは、ええっと……な、何も思いつかないよ!?」
強力な超能力を持っていても、使い方を知らない。ビッグファイアの弱点が、少年を窮地に立たせていた。
少年がまごまごしているうちに、使徒は初号機の手を振り解いて立ち上がる。
立ち上がった使徒が初号機の頭を踏みつけた。その瞬間、少年の頭に衝撃が走り思わず倒れてしまった。
「いたた!? これって初号機の感覚?」
少年に向かって、使徒の腕が伸びる。
「くっ、集中できない!」
少年は大きく跳躍した。かろうじて、使徒の腕から逃れる。
超能力を使おうにも、初号機と感覚を同調しているせいで、精神が集中できない。
バリアが完全じゃなかったのも、このせいだろう。
超能力を使えない少年は、並外れた身体能力だけで、使徒の手から逃れ続けていた。
「このままじゃジリ貧だよ。どうしようか……」
そのとき、使徒の背中で何かが爆発した。
「お前の相手はロボだ!」
草間大作の声とともに、ジャイアントロボの肩からミサイルが次々と発射される。
「ええ!? ちょっと、ちょっと待って!」
少年が慌てて使徒から離れようとした。
使徒はダメージを受けたようには見えなかったが、ゆっくりとジャイアントロボの方に向きを変える。
「かまうことはねえ。どんどんぶっ放せ!」
「本当にいいんですか?」
草間大作はロボに攻撃を指示しながらも、女の子を抱えた戴宗に問いただす。
「ああ、あいつは使徒の光線喰らっても平気な顔をしてる超能力者だ。気にすることはねえ」
「僕が超能力者とわかったからって、無茶するなあ」
少年は使徒から遠ざかって、ようやく一息つけるようになった。
しかしそれは、初号機からも遠ざかったということだ。事態が好転しているとは言い難い。
「うーん、今のままじゃ超能力が使えないし、初号機と同調してるのをどうにかしないと……ん? まてよ」
何か閃いたのか、少年は地面にひざをついて、のばした両腕を交差させた。目を閉じて精神を集中させる。
「くっ、私たちここで見ていることしか、できないっていうの?」
「仕方ないわ。初号機があの状態じゃどうしようも……」
発令所からは絶望的な声が上がる。
「だからって、このままでいいわけないじゃない! ジャイアントロボの攻撃に合わせて、兵装ビルでの攻撃を開始して! 飽和攻撃で使徒のATフィールドを突破します!」
初号機での使徒殲滅は無理と判断したミサトが指示を出す。N2爆雷ですら倒しきれなかった使徒にたいして、それがどの程度通用するか分からないのだが、ミサトたちはジャイアントロボのパワーに賭けてみるしかなかった。
「待ってください! 初号機のシンクロ率が上がっていきます……40、50、今60%を超えました! 止まりません!」
「何ですって!?」
「こちらからの遠隔操作でシンクロカットを!」
リツコが急ぎ指示を出す。
「はっはいっ……ダメです! コマンド受け付けません!」
「そんな、一体何が起きているの?」
(初号機の感覚が僕に届くなら、僕の意識を向こうに送ることも……さあ、起きろ初号機!)
少年の意志を受けて、初号機の目が光を宿す。初号機はゆっくりと立ち上がった。
(うわあ、目線が高い)
少年には初号機が自分の手足になったように感じられる。自分の手元を確認すると目に見えるのは初号機の紫の手だ。何となく握ったり開いたりしてみる。先刻操縦していたときのような鈍さは感じられない。
(よし、これなら戦える)
そう考えて少年、初号機は使徒の方へ向かった。
「シンクロ率92.7%で安定しました。初号機再起動」
「……暴走、ではないの?」
ミサトの問いに、リツコは首を横に振った。
「遠隔シンクロ……信じられないけど、そう考えるしかないわ」
「じゃあ、今初号機を動かしているのは、シンジくんなの?」
驚いたミサトがリツコに問い詰める。
「碇シンジとしての意識がどのくらい残っているかわからないけど、多分間違いないでしょうね」
再起動した初号機は背後から使徒に掴みかかろうとする。しかし、ATフィールドに阻まれた。
(ATフィールド! でも同じ力で中和できるはず。さっきの感覚を思い出せば……)
掴みかかる初号機の指先から、かすかな光の渦が出てくる。使徒のATフィールドにゆらぎが生じた。
「初号機のATフィールドが使徒のATフィールドを中和して行きます」
「うまいわシンジ君!」
「初号機との通信は回復したの?」
事態の好転を感じてミサトはマヤに問う。
「いえ、こちらからのシグナルに応答はありません」
「そう、やっぱり見ているしかないのね……」
ミサトはがっくりと肩を落とした。
「いえ、そうでもないわ。兵装ビルの攻撃準備を! 草間大作君とも連絡をとって!」
「リツコ?」
次々に指示を出したリツコがミサトに向き直る。
「ATフィールドさえ中和できれば、通常兵器が通用するようになる。ジャイアントロボのパワーと兵装ビルの火力があれば、使徒の殲滅が可能になるはずよ」
「!」
落ち込んでいたミサトの目に輝きが戻った。
使徒のATフィールドを中和した初号機の腕が背後から、使徒の両腕をつかんだ。
もがく使徒を力ずくで強引に抑えこむ。
(よし、これでパイルバンカーは抑えた)
使徒には両目からの光線もあるのだが、
(そっちは、正面のGR1に任せちゃおう。たしかGR1はバリアも持ってたはずだし)
少年はかなり適当に考えていた。
ジャイアントロボも、使徒のATフィールドが消失したタイミングで、使徒に掴みかかる。
『草間大作くん、ATフィールドが中和されてる今なら、攻撃が通じるわ。ジャイアントロボのパワーを見せて!』
「はいっ! 行け、ロボ!」
――Goooo!
ジャイアントロボの手が使徒の仮面のような顔を掴んだ。ビシリ! と大きな音がして、使徒の顔が握り潰される。
「なんてパワー!」
「地上最強と言われるだけはあるわね」
発令所から感嘆の声が上がった。
これで使徒の光線と、光の槍は封じられた。ビッグファイア、草間大作、発令所の皆が勝利を確信する。
兵装ビルからも、次々と攻撃が加えられた。
これで使徒は殲滅されるかと思ったとき、事態は一変する。
使徒の肘が突然逆方向に曲がった。背後にいた初号機の腕をつかんで、光の槍を突き立てる。
(ぐわああああっ! こんな無茶苦茶な!?)
少年が声にならない悲鳴を上げる。高いシンクロ率は、初号機のダメージをそのまま少年に伝えていた。
だが、それだけでは済まない。使徒の背中が膨れ上がったかと思うと、潰されたはずの仮面のような顔が現れた。
眼孔から発射される光線が初号機を灼く。そればかりか初号機の背後のビルが次々と破壊されていった。
(あああああぁぁぁっ! 痛い痛い痛いっ!!)
初号機は痛みにのたうちまわる。ATフィールドが中和されていたことで、使徒からの攻撃をまともに受けることになってしまっていた。
「なんてインチキ!」
「ここまででたらめとはね」
発令所からは半ば呆れたような声が上がる。正体不明の存在とはいえ、ここまでとは誰も思わなかった。
(い、痛いけど、今はそれどころじゃ……え?)
痛みをこらえて、初号機が起き上がり使徒の顔を再び見たとき、少年の心に異変が起こった。
(……コロス、タオス……)
どこからか沸き上がってくる、強烈な憎悪と殺意。
初号機の顎の装甲が外れて、大きく口を開ける。巨大な咆哮が初号機の口から吐き出された。
初号機は光の槍に貫かれたままの腕で、使徒の顔を殴りつける。腕の傷口から大量の血が飛び散るが、まるで意に介さず殴り続けた。
(な、なんだよこれ!? 自分をコントロールできない!)
少年の意識の冷静な部分が悲鳴を上げる。それでも自分の心を取り戻すことは出来なかった。
「これって暴走じゃ?」
「シンクロ率、ハーモニクス共に正常です。どうしてこんなこと……」
「初号機というより、シンジ君の意識が暴走しているのではないかしら……遠隔シンクロの影響か何か、理由はわからないけれど」
「ジャイアントロボを下がらせて! 巻き添えを食うわよ!」
ミサトが草間大作に連絡を取る間にも、初号機は使徒を蹂躙していく。
初号機の拳が使徒の背中を貫いて、使徒の赤いコアを直撃した。
(GYAOOOooo!!)
使徒が声にならない悲鳴を上げる。
度重なる初号機の攻撃でコアにヒビが入った。すると使徒が突然、手足すべてを使って初号機に抱きつく。
「! まさか、自爆する気!?」
使徒が一回り大きく膨れ上がる。赤いコアが砕けた瞬間、大爆発を起こした。
「うわあああっ!」
「大丈夫か、大作!」
草間大作と戴宗と少女は、戴宗のバリアと後退したジャイアントロボのバリアの二重の守りで、無傷で済む。
「初号機は……?」
爆発のノイズから回復したモニタには、焼かれながらも無事な初号機のシルエットが映っていた。
(い、今のは本当にやばかった)
コアが砕けた瞬間使徒のATフィールドが消失したのだ。互いのATフィールドを中和したままだったら、初号機も無事では済まなかったろう。
(あれ、さっきまでの衝動が消えてる。使徒を倒したからかな?)
正気を取り戻した少年は、ふと後ろを振り返った。
(……え?)
そこにはビルの瓦礫に潰されて、血の水たまりを作って死んでいる少年の姿があった。
(え?……ええーっ!?)
そこで、少年の意識は暗転し、何もわからなくなった。