(2015年8月某日夜、僕は死んだ……)
……なんて言って始まる劇場アニメがあったっけ。楽しい劇場アニメ「となりのト□□」を見に行ったはずの子供たちを、恐怖のどん底にたたき落としたっていう伝説の。
あの主人公も14歳だったよな。同じ年で死んだのか……
(というか、意識がある? どうして?)
死んでしまったはずなのに、まだ意識が残っていることを自覚したビッグファイアは、ゆっくりと目を開く。
すると、目の前に真っ赤な球体があった。
(!?)
気がつくと、少年はまだ初号機のまま、赤い球体を持った何かに押し倒された状態になっている。
(な、何がなんだか……とにかく、気持ち悪いっ!)
少年は初号機の足を使って、のしかかっているものを蹴り飛ばした。
(……どうなってるの?)
ゆっくりと体を起こして、あたりを見渡す。
場所は同じ第3新東京市のようだ。だが、夜だったはずが青空になっている。
蹴り飛ばしたものを見ると、さっきまで戦っていた使徒とは似ても似つかない、イカのような形をしていた。
(新しい使徒……かな? 赤いコアがあるし)
共通点は体の中央に赤い球体を持っていることだが、敵と思えばいいのか、少年にはその点からわからない。
(話が見えないけど、戦う……でいいのかな?)
少年が躊躇していると、使徒が二本の光る紐をムチのようにしならせて、襲いかかってきた。
(!)
少年は反射的に防御しようと手をかざす。光るムチはその手に届く寸前で見えない壁、初号機のATフィールドに弾かれた。
(た、助かった……やっぱり敵か。敵……?)
ドクン、と少年の心が大きく波打つ。
(まずい! この感覚は!)
さっきと同じ、強烈な憎悪と殺意が沸き上がってきた。いつの間にか閉じられていた顎の装甲が再び外れて、またも巨大な咆哮を上げる。
暴走する心は、初号機を使徒に向かってダッシュさせた。
(わあああ! 止まれ、止まれっ!)
少年は必死に念じる。
すると、初号機はダッシュしたまま突然動きを止めた。走りだした勢いが止まらず、そのまま使徒に衝突する。
そして使徒もろとも、ゴロゴロと転がり始めた。
(め、目が回る~!?)
そのまま1キロ近く転がり続けて、ようやく停止する。今度は初号機が使徒を押し倒す形になった。
(よかった。なんとか制御できたか)
我にかえった少年は、ようやくこの憎悪の正体を知る。
(葛城ミサトの深層意識。サイコメトリで、使徒への憎悪まで取り込んでしまったのか)
テレパシーやサイコメトリなど、精神感応能力が諸刃の刃であることを、少年は思い知った。
(一種の精神汚染だ、気を付けないと。使い方を知らないのに、一つ一つの能力はレベル高いからなあ)
BF団本部で超能力を訓練していた時も、能力に振り回されっぱなしだったのだ。
(とにかく、落ち着いて状況把握……って、またあっ!?)
少年があたりを見渡すと、ちょうど手元に学生らしい二人組が腰を抜かしているのが見える。
(また民間人! どうなってるの第3新東京市(ここ)の避難体制は!? いや、人のことは言えないか)
この街に到着したとき、非常事態宣言を無視して、使徒に踏んづけられそうになったのは自分だ。ちょっと反省。
少年が身動きを取れずにいると、使徒の光るムチが唸りをあげ、初号機の腹部を貫く。
(ぐうっ! 痛っ! ……しょうがない、覚悟を決めろ、僕。後方に人の気配なし! どぉっせいっ!!)
初号機は腹を貫かれているのを無視し、使徒の赤いコアを両手でつかんで、思いっきり後方に投げ飛ばした。
(とにかく戦場を移さないと。無事かなあの二人)
見ると、使徒を投げ飛ばした時の衝撃で、二人共吹き飛ばされていた。手足がぴくぴく痙攣しているところを見ると、とりあえず生きてはいるのだろう。
(まあ、骨折ぐらいは勘弁してもらおう、そこまで責任持てないから)
二度目だからか、対象が男だからなのか、少年は薄情なことを考えていた。
(『戦場に観覧席はない』ってグリフィスも言ってたし)
何かマニアックなマンガのセリフを思い出しながら、少年は初号機をその場所から投げ飛ばした使徒の方へと向かわせた。
ひっくり返った民間人二人を置いて、初号機と使徒が対峙する。
(え~と、このまま逃げる、ってわけにはいかないよね、多分)
しかし、少年に戦う意志はあまりなかった。出来る事なら逃げてしまいたいのだが、
(逃げるって言っても僕の身体は死んじゃったし、初号機のままじゃBF団に帰るわけにもいかないよ、トホホ……)
実戦(殺し合い)を目の前にして、少年は現実逃避していた。
そんなやる気のない初号機に、使徒は遠慮なく攻撃を仕掛けてくる。光るムチを初号機の腹部から引きぬいて、首と腕に巻きつけた。初号機がズルズルと引きずられていく。
(くそっ、放せってば!)
初号機がATフィールドを展開した。光るムチの動きが止まる。
しかし次の瞬間、使徒のATフィールドがそれを打ち消した。
(使徒が、初号機のバリアを中和した!?)
再び引きずられて、使徒の赤いコアと初号機の胸が触れ合いそうなくらい接近する。
(これはまずい、まずいよ!)
何をされるかわからないが、使徒が初号機をここまで接近させたのは、何らかの攻撃をするためとしか考えられない。
少年の悪い予感は当たった。使徒の光るムチに幾筋もの黒い線が走ったかと思うと、ムチがほどけて無数の触手になった。またたく間に初号機が触手に覆われる。
(い、息が苦しいっ!)
エヴァンゲリオンが呼吸するのかどうかはわからないが、少年が最初に感じたのは窒息のイメージだった。
だが、呼吸だけでは済まない。顔や喉だけでなく、触手が体中を締め上げる。装甲が歪み、骨格が軋んだ。
(くあああぁぁっ! このままじゃ、もうダメか……)
「いや! それでいいっ!!」
少年が諦めかけたその時、それを遮る声が上がった。
初号機に衝撃が走り、触手がすべて切断される。初号機と使徒は左右に分かれてゆっくりと倒れこんだ。
(これは、衝撃波! でもこのしびれるような感覚は、電撃か。するとこの人は)
噴射拳の使い手、人間発電機、神行太保・戴宗がそこにいた。
「よおしっ! そのままバリアを中和してろ……出番だぞ、大作!」
「はいっ!」
掛け声と共に、ジャイアントロボがリフトから地上に現れる。
(あれ? GR1傷だらけじゃないか。何があったんだろ)
ジャイアントロボは、左腕がなくなっており、体中にへこみや傷がいくつも付いている。関節などに巨大な包帯が巻かれているのは、人工筋肉の修復のためだろうか。
「ロボ、辛いだろうけど、今は動かなきゃいけない時なんだ……行くんだ! ロボ!!」
――Goooo!
草間大作の悲痛な声を受けて、ジャイアントロボが動き出す。
肩や胴体からミサイルを次々発射しながら、使徒に向かって前進していく。それと同時に、第3新東京市の兵装ビルからも攻撃が加えられた。
(わわ、怖っ!)
ミサイルの爆発による衝撃波と爆風にさらされた初号機は、思わず後ずさりしようとしたが、
「逃げるなっ! バリアを中和しろって言っただろ!」
戴宗に引き止められた。
(そんな、殺生なぁ~)
豆粒のような人間(戴宗)に叱咤される巨人(初号機)。かなり情けない構図だ。
やがて、ミサイルの爆発音と銃撃が止む。ATフィールドを中和され一斉攻撃を受けた使徒はボロボロになっていた。
使徒の目の前まで迫ったジャイアントロボの右腕が振り上がり、そして振り下ろす。使徒の赤いコアが粉々に砕け散った。
こうして二度目の使徒迎撃戦は終了した。
(さて、これからどうしよう?)
少年の頭には何も名案は思いつかない。途方にくれるしかなかった。