(う~ん、う~ん。あ、そうだ!)
悩み続けるビッグファイアだが、なにか思いついたようだ。
(BF団に連絡、全然入れてなかった……)
くれぐれも定時連絡を欠かさないように、と釘を刺されていたはずが、ドタバタしていてさっぱり忘れていた。
意識のなかった間、どれくらい時間が経ったかもわからない。少女に叱責されること間違いないと考えて、少年は心底うんざりした。
(とはいえ知らんぷりもできないし、しょうがない、覚悟を決めよう……朱里さ~ん、もしもし?)
覚悟を決めた少年はテレパシーで少女の名を呼んだ。
『ビッグファイア様!? なんで生きてるんですか!?』
テレパシーがつながって、第一声がこれだ。少年は思い切り落ち込んだ。
『あうう、生きててすいません……』
『そうじゃなくて、ビッグファイア様は最初の使徒の攻撃で亡くなったって報告が。瓦礫の下敷きになってる画像まであるんですよ。何がどうなってるんですか!?』
少女が詰め寄ってくる心象風景が浮かぶ。テレパシーは言葉を交わすだけではなく、精神を触れ合わせるものなので実際に詰め寄られているのとかわらない。
『え、ええと、話せば長いことながら……』
逃げ腰になりながら、少年は起こった出来事を報告した。
『は~、つまり、カッコつけて民間人を助けて、カッコつけて使徒と戦って、あげく本体である身体を潰されてしまったと』
『うっ、ええ、おおむねその通りです……』
テレパシーでため息までつかれて、少年は精神的に身を縮める。
『何考えてんですか!? そもそも使徒が現れた時点で逃げれば良かったんです! いちいち敵対組織のやることに合わせる必要がどこにあるんですか!』
『す、すみません……』
『謝って済む問題じゃありません! 大体、あなたは自分の価値をわかっておられない!』
『へ? 僕の価値って?』
そんなものあったっけ。少年は本気でそう考えていた。
『……黄帝ライセ亡き今、人類側の継承者(サクセサー)はあなた一人なんです。そこの所きちんと自覚してください!』
『そうでした……』
真の「塔の継承者」を除けば、継承者はもう自分しか居ない。自分に価値などないと思っていた少年はそのことをすっかり忘れていた。
『それにしてもGR1に九大天王が二人もいて、加勢なんてする必要がどこにあるんです?』
『そ、それはその、使徒は僕を標的にしてたし、超能力も使えなくなったんで仕方なく……』
少年はブツブツと言い訳するが、
『全力で逃走すれば、戦域を離脱するくらいはできたはずでしょう? 使徒が追いかけてくるなら、それでも結構。BF団が本気になれば、使徒の一匹や二匹どうとでもなります!』
『……』
少女にバッサリと断言される。少年は頷くしかなかった。
『あ、そうだ。十傑集の皆さん、一時中断してください』
『ん? 何をしてるの?』
十傑集の大半は今、ヨーロッパで作戦行動をしているはずなのに、なぜか本部に集合しているらしい。
『ビッグファイア様がお亡くなりになったので、次期首領を決めるためにジャンケンしてもらってました』
『じゃ……なんでジャンケンなの?』
集まってジャンケンをする十傑集……シュールすぎる光景に、少年はめまいがした。
『力比べなんかされた日には、本部が壊滅しちゃいますから。私の権限でジャンケンで勝負してもらうことにしました』
『そ、そうですか』
少年は無理やりでも納得するしかない。
『まあ、念動力で相手の手を操ろうとしたり、真空波でグーを真っ二つにしてチョキだと言い張ったり。かなり大人げない争いに発展してますが』
『何事だ、諸葛亮殿。たとえ貴殿でもこの勝負に水をさすことは許さ……む、この波動は!?』
『……まさか』
『生きておられたか』
十傑集が次々とビッグファイアのテレパシーを感じて、その手を止めた。
『あ~あ』
『うわ、すごいガッカリしたってイメージが……いいんだいいんだ、どうせ僕なんて……』
『そ、そのようなことはありませんぞ』
『ご、ご無事で何より』
『いいよ、テレパシーでおべっかなんて、意味ないんだから』
十傑集の本音を覗いて、少年はすっかりいじけてしまう。
『いじけてる場合じゃありません。立ち直ってもらわなければ困ります。たとえ身体をなくして、エヴァンゲリオンとやらに残された残留思念だけしかないとしても、我々はあなたを首領(ボス)と仰ぐしかないんです』
『う、ううん……そうなんだけど』
あんまり励まされてるような気がしない。少年のやる気はそれほど引き出せなかった。
『とりあえず、そうですね、超能力は使えますか?』
『ん、どうだろ? テレパシーはこうして使えてるよね』
『発火能力(パイロキネシス)はどうです?』
『えーと』
初号機のそばにあるビルを睨む。しばらくすると、天をつくような巨大な火柱が上がった。
『う、うわっ! っちょっと、制御に問題有り!』
『こちらの偵察衛星からも見えました。やりすぎです』
突然の怪現象にネルフの発令所は大騒ぎになっている。このとき、ジャイアントロボと戴宗が戦闘態勢に入ったのだが、少年は目の前の火をどうにかすることに意識を取られていた。
『ふう、なんとか収まったか。次はどうしよう……って、GR1が向かってくる!』
『ネルフと草間大作の間に盛んに通信が行われています。エヴァンゲリオンが暴走してると判断されたようですね』
『冷静になってないで、何とかしてよ!』
どこまでも沈着冷静な軍師に、少年はついに泣きついてしまう。
『その程度自分で何とかしてください。念動力(サイコキネシス)はどうです?』
『そ、そっか。うーむ』
少年は意識を集中する。初号機に向かってくるジャイアントロボの足が滑り始めた。ゆっくりと巨体が宙に浮いていく。
『これも、力の加減が難しいな……ああっ、やりすぎ!』
ジャイアントロボの装甲にベコベコとへこみができる。巨大な手足をばたつかせながら、上下に激しく揺れて全く安定しなかった。
『GR1は重量1500トン、今片腕がないとはいえ、1000トンをはるかに超える重量を持ち上げるなんて……むしろパワーアップしてませんか?』
『かもしれない。よっぽど気を付けないと、って今度は戴宗さんが来た!』
人間ロケットの二つ名の通り、足から衝撃波を出してあっという間に初号機に接近した戴宗は、初号機に電撃を加えた。
『うわっ、やられ……あれ? 大したことないな』
軽くしびれるくらいで感電死には遠いように感じられる。
『サイズの差ですね。試しに吸収してみてはどうでしょう』
『うん、えーと……うおっ! なんだかものすごい力が溢れてくるよ!?』
電撃を吸収しようとエネルギー吸収能力を発現させると、初号機にとてつもない力が宿った。溢れかえるエネルギーで初号機が輝きはじめる。
『ちょっ、何をしたんですか、一体!? そのエヴァンゲリオンからそれまでの数百倍のパワーを観測してます!』
『僕にも何が何やら……止まらないよ、どうしよう?』
『このままじゃN2どころじゃありません! 力を上に逃せませんか?』
『上……』
少年が空を見上げると、そこには白昼の残月が映っていた。なんとなく、その月に向かって手を伸ばす。
『も、もう、限界だ……っ!』
『あっ! 原因がわかりました。そのエヴァンゲリオンは有線で……』
『爆発するっ!』
閃光が周囲数キロを真っ白にそめ、衝撃波と共に巨大なイカズチが月へと昇っていく。
強すぎる光に目がくらみ、元に戻るまで数分かかった。見渡すと戴宗や草間大作の姿はなく、ジャイアントロボは装甲が焦げ付いてしまっている。
『あああ、まさか殺しちゃった?』
『これで九大天王のひとりと、草間大作が本当に死んでいれば、BF団としてはむしろ万々歳なんですが』
もう一度あたりを注意深く見渡すと、兵装ビルの影に戴宗と草間大作がいた。ビルの影に隠れたのと戴宗のバリアのおかげで、即死はしないですんだようだ。
『良かった、っていうのも何だけど……今の原因って結局何だったの?』
『背中を見てください』
『うん?』
後ろを見ると、背中からケーブルが垂れ下がっている。今の衝撃を受けたせいか、途中で切れていたが。
『エヴァンゲリオンは、有線で電気の供給を受けていたようです。戴宗の電撃を吸収しようとして、その電気を無制限に取り込んだものと思われます。ああ、周辺地域に大規模な停電と、発電所が火災を起こしていますね』
『うわあ、メチャクチャだ。やりすぎた……』
災害クラスの事故を起こしたと知って、少年は恐れおののく。だが、ことはこれだけでは済まなかった。
『え? 緊急入電? 月面基地から……ちょっと待ってください』
月面基地、なんだかすごく嫌な予感がする。少年が月を見上げると、巨大なクレーターができているような。とりあえず少年は、少女からのテレパシーを待つことにした。
『……状況はわかりました』
再度テレパシーがつながったとき、少女が怒りを必死に抑えているのがわかる。少年は縮こまるしかなかった。
『月面に巨大な爆発を確認。震度7クラスの地震が起きて、月面基地の生命維持装置に重大な障害が発生。基地の職員は基地からの脱出を決定しました』
少女は淡々と事実だけを述べる。それが何よりも恐ろしかった。
『職員全員の月面からの脱出、地球への帰還。いくらかかると思いますか?』
『……空中要塞を10個作ってもおつりがでそうだね』
『概ねその通りです……更に月面基地の再構築することを考えると、最終的な被害額がどれだけになるか想像もつきません』
『やっぱり、僕のせい?』
少年のとぼけたセリフに、ついに少女が切れた。
『ええ、そうです。そうですとも! 空と言っても全天360度いくらでもあるのに、なんで月をピンポイントで狙うんですか!?』
『うう、すみません』
空を見上げたら、月が浮かんでたのでなんとなくそっちを向いた。などとはとても言える雰囲気ではなかった。
『月面基地は、これから始まるサードインパクトにおいて重要な要となる部署です。こうなれば採算度外視で急ぎ再構築するしかありません』
『ウチにそんな予算あったっけ』
『ありませんよ! 月面基地を維持するだけでもどれほどの経費がかかったか、詳しく説明しましょうか?』
『いえ、結構で……』
『BF団の超科学を持ってしても、地球から月に物資や人を運ぶのは並大抵のことじゃないんです。食料、消耗品、交代要員。ただでさえ金喰い虫だったのに、この上基地の作りなおしなんて……BF団が破産しても会社更生法なんて受けられないんですよ!』
嫌がる少年を無視して、少女はまくし立てる。少年は黙って聞いていることしか出来なかった。
『はあ、はあ……とにかくこれ以上超能力を試すのは止めましょう。エネルギー衝撃波なんか使った日には、その都市そのものが吹っ飛びかねません』
『そ、そうだね』
ようやく少女の攻撃が止んで、少年はほっとした。
その時突然、少年の視界が暗くなる。意識が遠くなっていくのを感じた。
『あ、あれ? ……どうしたんだろ……』
『ビッグファイア様? どうなさいました?』
『……』
初号機の内蔵電源が切れたためなのだが、少年には理由がわからない。そのまま少年は意識を失った。