目覚めるとそこは病室のようだった。白いシーツに白い壁、ベッドに寝かされている。
「あら、目覚めたの」
声のする方を向くと、ベッドの傍らに赤木リツコがいた。
「あ、赤木さん。僕助かったんですか?」
瓦礫に潰されて確実に死んだと思ったのに、救助されたのだろうか。
だが、ビッグファイアの声に、赤木リツコは大きく目を見開いた。
「ちょっと、レイ、どうしたの!?」
「れい? サードチルドレンみたいな、何かの符号ですか?」
どうにも要領を得ない。問い詰めようと身体を起こすと、身体のあちこちから痛みが走った。
「痛たた。右腕骨折に、右目に損傷、背中に裂傷、後は内臓にダメージか。こんな程度で済むわけないのに」
「ま、まさか、あなた……」
「ん、なんか声が変だな」
妙に自分の声がかん高い。無事な方の左手を喉に当てようとして、少年は気づいた。
「こ、これ、僕の手じゃない!?」
自分の手というのは、顔よりも頻繁に目にするものだ。似ても似つかない細くて白い指に、少年は驚愕した。
「落ち着いて、これを見てちょうだい」
リツコが手鏡を出して、少年の顔に向けた。そこに映るのは真っ白な短い髪と、同じように真っ白な顔だ。少年は更に驚く。
「お、おおお、女の子~!?」
「ちわーっす。なんか騒がしいけど、レイは大丈夫?」
葛城ミサトが病室に入ってきた。
「み、ミサトさん、僕……」
「ミサト? ぼく? ちょっとレイどうしたのよ」
「何がどうしたのか、僕が聞きたいですよ……うわっ」
突然、ベッドの横に置いてあった花瓶が少年の前を通り過ぎる。液晶テレビ、棚などが室内を飛び回り始めた。床に据え付けられているベッドまでガタガタと軋む。
「きゃあっ!」
「な、何よこれ!?」
「ポ、ポルターガイスト現象!? お、落ち着け、僕」
混乱したままの少年は、BF団本部のコンピュータに教育された通り、精神を落ち着けようとする。
しばらくすると、飛び回っていたものがボトボトと落ちてくる。病室に静寂が戻った。
「念のために聞くわ。あなたの名前は?」
とりあえず混乱から回復したリツコが少年に問う。
「び……碇シンジです。少なくとも僕は自分で自分をそう定義しています」
いまいち混乱から復帰していない少年は、思わずビッグファイアと答えそうになった。
(こんな事ってあり得るの?)
(精神汚染かもしれないわね)
「いや、目の前で内緒話されても、丸聞こえなんですが」
「あ、あらごめんなさい」
「あははー」
笑ってごまかされた。
少年が状況を聞くと、リツコが意外とあっさり話してくれた。
最初の使徒迎撃戦では、使徒を倒した後、初号機が暴走したそうだ。その時ジャイアントロボは、初号機を取り押さえようとして、片腕を失い体中傷だらけになったらしい。
そして二週間後、無明幻妖斉が梁山泊に帰った後二度目の使徒迎撃戦では、レイという少女をパイロットに初号機を発進させたが、レイが気を失ったときにパーソナルパターンが碇シンジに書き換えられ、暴走状態と判断されたという。
「そういえば、逃げ遅れた民間人はどうなりましたか?」
「ああ、最初の使徒迎撃戦のときの女の子は、全身を中度の火傷を負って今も入院中よ」
「二度目の二人の中学生は、シェルターから脱走したらしいわ。手足の骨折と、全身打撲で済んだのはラッキーね」
「そうですか……」
ヤローはどうでもいいが、女の子は気になる。少年は平然と男女差別していた。
「それにしても面倒なことになりましたね。碇シンジがレイという少女に取り憑いたのか、レイという少女が碇シンジのつもりになっているのか……」
「思ったより冷静ね。それだけ自己判断できるなら、大丈夫かも」
「開き直っているだけですよ」
少年はため息をつく。初号機になったあとでは、人間に乗り移るなど大したことではないような気がした。
「む? さっきポルターガイスト現象が起きたということは……赤木さん、ミサトさん、レイという少女は超能力者なんですか?」
「まさか」
「んー、あたしはレイのこと、よく知らないのよ」
「そもそも超能力なんて、非科学的なこと……」
「ありますよ」
そう言って、少年は人差し指を立て、そこに発火能力で火を灯した。
「う、嘘!? ありえないわ!」
「おおー、すごーい」
リツコは信じなかったが、ミサトは素直に驚く。まあ、この程度マジックと変わらないノリなのかもしれない。
「お二人の反応からして、レイという少女は超能力を持ってない、あるいは隠していた、と。しかしそうすると……うーん」
少年が考えこむと、指先の火がドンと一回り大きくなった。天井が焦げ始める。
「うおおっ! 制御、制御ーっ!」
少年は慌てて精神を集中する。指先の火が徐々に小さくなり、やがて消えた。
「反応が過敏すぎる。こりゃ、うかつに超能力を試せないな」
壊滅した月面基地のことが思い出される。少年は慎重にならざるを得なかった。
「あれ? そもそも、戴宗さんが戦場で暴れまわってるのを見たはずですよね。それなのに超能力を信じないんですか?」
「いやー、あれ見たときリツコは、『非常識よ!』って叫んで、床にうずくまって頭抱えてたし」
「あー、学者さんにはそういう人が居ますね」
「あ、あんなもの私は認めないわ!」
リツコがひとり気炎をあげる。それが虚しいことに気づくのは少し後のことだった。超能力者はリツコが想像するよりたくさんいる。
「それにしても、見ず知らずの男に身体を好きなように操られるなんて、レイって少女が知ったら泣きそうですね」
「んー、レイはそういうこと、あんまり気にしないと思うわ」
「そうね」
二人はやたらと冷めた反応だ。少年は納得できない。
「いや、気にしなきゃおかしいでしょう! お二人とも自分に置き換えてみたらどうです。知らない男に身体を操られて、身体の隅から隅まで見られるんですよ!」
「うっ、たしかにそれは嫌かも」
「言われて見ればそうだけど……」
二人の顔に冷や汗が流れる。
「だいたい……あ、ちょっとすいません。トイレに行かせてください」
少年はそう言ってベッドの上で身体をずらして、床に置いてあるスリッパを履いた。そしてそこで固まってしまう。
「えっ!? ひょっとして……女子トイレに行かなきゃいけないんでしょうか」
「それはそうでしょうね」
「そりゃあ、その格好で男子トイレってわけには、いかないわよ」
「じょ、女子トイレ……ああっ!?」
少年の顔が真っ赤に染まったかと思うと、次の瞬間真っ青になった。
「そ、そんな、まずいですよ。お、女の子の大事なところを……」
「おお、それも問題ね。でもレイなら『そう』の一言で済ませそうだけど」
「とりあえず、あなたは気にしなくても大丈夫だわ」
どうでもいい、という二人の反応に少年は逆上してしまう。
「気にしますよ! あ、あんな所を男に見られるなんて、自殺ものでしょう!?」
「レイが羞恥で自殺……それはないと思うわ」
「ありえないわね。気にせず行ってきなさい」
「あんたら薄情だ、薄情すぎる……」
結局、看護師さんに付き添ってもらって、目隠しをしてトイレに行くことになった。
「今はそれでいいけど、退院したらひとりで行きなさいよ」
「頑張れ、少年! いや、少女かな?」
「鬼ーっ! 悪魔ーっ!」
こうして、少年(少女?)の苦難多き生活が始まった。