ざっくりとナイフが奥深くに突き刺さった。
「あ゛」
呆然とした声が上がる。
「また、失敗ね」
「これで10個目になるかしら」
宙に浮いていたリンゴと果物ナイフが皿の上に落ちてきた。
「これって、本当に訓練になるの?」
ミサトが不思議そうに聞いてくる。
「なりますよ。どんな力でも、制御できてナンボ。エヴァンゲリオンだって暴走するだけじゃ、何の意味もないでしょう?」
ビッグファイアはBF団本部でも、似たような訓練を行っていた。とにかく加減を知らないと、危なすぎて使えないのだ、超能力というのは。
「うーん、言ってることはわかるんだけどね」
「念動力(サイコキネシス)でリンゴの皮むき……超能力の無駄遣いというか、ありがたみがないというか」
呆れたようにリツコが言う。
どうも前の面会の後、スーパーコンピュータのMAGIに超能力の可能性について、調査をしたらしい。
そうしたら、出てくるわ出てくるわ、国際警察機構とBF団の非常識極まりない戦いの記録があふれかえったそうだ。
さすがのリツコも改ざんの余地のないそれらの記録と、実際に超能力を平然と見せる戴宗や少年を見て、宗旨を変えざるを得なかった。
それから少年は、失敗して切ってしまったところはそのままにして、とりあえず皮と芯を念動力で取り除き、食べられるところだけをフライパンに乗せ砂糖をふりかける。
発火能力(パイロキネシス)でフライパンの下に炎を起こした。
「ちょ、ちょっと強すぎじゃないかな~?」
「弱火って、わかってるんですが、調整が難しくて……うーん」
炎は強すぎたり消えかけたりを繰り返し、数分後焦げ目のついた焼きリンゴが大量に出来上がる。
「それじゃ、一緒に片付けてください。僕一人じゃ食べ切れないんで」
「そう、じゃあ遠慮無く。んん、ちょっと焦げてるけど甘~い」
「あら、結構おいしいわね。砂糖をつけて焼いただけなのに」
「念動力も発火能力も、まだまだ調整が足りないなあ」
こうして、表面上はほのぼのとした日々が過ぎていった。
リンゴ、みかん、パイナップル、バナナ、梨、グレープフルーツ、様々な見舞いの品を念動力でバラバラにした少年は、ようやく納得の行くところまで超能力を制御できるようになる。
練習に使うので果物ありったけ持ってきてください、という少年のリクエストに大人二人が答えたためだが、実は二人共結構ヒマを持て余していたのだ。
月面に巨大なクレーターを残した最後の大爆発は、発電所をパンクさせただけでなく、正・副・予備の三系統あるネルフの送電システムを丸ごと吹き飛ばしてしまった。現在も復旧は出来ておらず、かろうじてMAGIを稼働させているのみ。エヴァンゲリオン関連のテストなどは完全に停止したままなのである。
「今、使徒にやって来られたらお終いね」
「言わないで。こればかりはどうにもならないわ」
エヴァンゲリオンが使えないということで、ジャイアントロボの修理は優先的に行われていた。装甲は新しくなり、失われた左腕も復元している。
「といっても、使徒相手にはエヴァでないと……」
「二度目の使徒迎撃戦で、装甲が歪んだでしょう? あれ、ほとんど一からあつらえないといけなくて。本当に今使徒がやってきたら、最悪初号機には素体のまま出撃してもらって、ATフィールドの中和だけやってもらうことになりそうよ」
「そんな! 死にに行けって言ってるようなものじゃない!」
「一応助っ人も頼んでいるそうよ。この前神戸に帰ってきたらしいわ」
「え? それって、まさか28……」
「まだ極秘事項だから、口外はしないでね」
病院の庭で二人が交わしている会話を、少年は超感覚で全て聞き取っていた。
「あああ、GR1の次は鉄人? 人間コンピュータの敷島に少年探偵金田一正太郎がやってきたりしたら、僕の正体なんてすぐバレちゃうよ。どうしよう……まさか《大塚署長》が来るとか、そんなことになったら……」
だが、そんなことはとっくにバレていたことを、少年はすぐに思い知ることになる。
「いよう、シンジーっ! 女の子になったってえっ!」
《神行太保・戴宗》が病室に殴りこみをかけてきた(少年主観)。
「た、戴宗さん!? いやこれは、事故というか何というか」
「わはは、わーってるって。それよりお前さん、BF団だって?」
戴宗は豪快に笑ったかと思うと、次の瞬間真剣な顔で問う。
「……は? いや、ワタシはただの野良超能力者デスヨ。エエモチロン……」
野良超能力者、国際警察機構にもBF団にも属さない能力者と言いはった(つもり)だったが、
「隠さなくていいって。幻妖斉のじいさまがひと目で見破ったぜ」
「……うっ」
ここで詰まっちゃダメだ! とわかっていても、少年は声を出すことが出来なかった。
「ははは、まあ今のところは心配すんな。ここの司令からは手出し無用と言われてるし、俺はお前さんのこと気に入ってるしな」
戴宗は少年の背中をバンバン叩きながら言う。少年は二重の意味で咳き込んだ。
「げほげほ……え? 気に入るって?」
「お前さん、最初の使徒との戦いの時、正体がバレるのを承知で女の子を助けに行っただろ」
「あ……いやあれは、別に正義感とかじゃなくて、見るに見かねたというか……」
「国際警察機構にも、民間人を見捨てるような非道な奴が増えてなあ……俺ぁ、本気(マジ)で感動したんだぜ」
少年の必死の弁明(?)も戴宗の耳には届いていない。
「たとえBF団だろうと、おめえみたいな奴は尊敬に値するっ! 大作のいい手本になってくれや」
「だ、大作? 草間大作も来てるんですか?」
病室のドアの前に10歳くらいの少年、草間大作がいた。
「……」
「あー、ええと、く、草間博士のことは大変申し訳ないと思って……ああ! 逃げないで!?」
草間博士の名前を効いた途端、草間大作は踵を返して走りさってしまった。
「なーにしょげてんだ? BF団のやること全部に、お前さんが責任感じることはないだろう?」
「いや、BF団の名のもとに行われたことは、全て僕に責任が……イエ、ナンデモアリマセン」
のんきに戴宗が聞いてくるが、少年にとっては冗談では済まない。
たとえ裏切ろうとしたのであれ、草間博士の死因は確実にBF団にあった。ならば首領であるビッグファイアが責任を感じずにはいられない。
「……草間博士は、なぜBF団を裏切ったんでしょう」
「ん?」
「BF団の目的は世界征服。そんなことは、GR計画が始まる前からわかっていたはずなのに……」
GR計画と草間博士の裏切り、それは少年がビッグファイアとして君臨する数年前の話になる。少年は書類上でしかそのことを知ることはできなかった。
「さて、な、真相は死んじまった博士本人にしかわからんのかもしれん。それをどう受け止めるかは、大作自身が決めることだ」
「うーん、真実の意味か……あれ? そういえば」
「何だ?」
「GR1の声紋認証システムって、草間大作が声変わりしても、ちゃんと認識できるんでしょうか?」
「……知らねえよ! んなこたあ、それこそ草間博士に聞け!」
少年は戴宗に思いっきり頭をはたかれた。