俺には幼馴染がいる。
俺と同い年で朝起こしにきてくれて飯も作ってくれて、俺が見る限り結構可愛くて俺に惚れてて嫉妬深くて日常的に暴力を振るってくる幼馴染が。
うん、マンガとかでよくある話だ。
そんな奴が現実で身近にいたらたまったもんじゃないが、俺としてはそうでもない。
別にマゾってわけじゃない。
でもそうなんだ。
朝、俺は当たり前のように自分で起きる。
鳴る前の目覚まし時計を切って着替えをすませ、忘れ物がないか鞄の中身を確認する。
おいおい起こしにきてくれる幼馴染の姿が一向に見えないけどどこにいるんだって? それはもうすぐわかるさ。
特に問題もなかったので鞄を携えそのまま階段に向かうと、
ゼェゼェ
階段の方から荒い声がする。
おお、今日は半分まで上れたのか。
階下を覗き込んで俺は感心する。
丁度階段のど真ん中で、俺と同じ高校の制服を着込んだ少女が行き倒れていた。
俺の幼馴染、柳比奈子だ。
渾名はひよ。
名付けたのは俺だ。
俺的にグッドな黒髪セミロング(黒髪が好きなんだよ俺)のひよは、砂漠で水を求めるような体勢で突っ伏している。
「おはようひよ」
階段を降りながら呼びかけると、息も絶え絶えな声がひよから返ってきた。
「おおお、おはよぉ、アサくん」
俺の名前は浅葱知哉。
苗字の浅葱からアサくんというわけだ。
昔は俺のことをとーやくんと呼んでいたのにな。
ともやが発音できなくてとーや、それが気付いたらアサくんだ、世の中は世知辛いぜ。
「頑張ったな、丁度階段のど真ん中だぞ」
普段なら朝飯の支度で全ての力を使い果たし階段の二段か三段辺りで突っ伏しているのにと思いながら、俺は鞄を持ったままひよの腕を引っ張って背中に担ぎ上げた。
そしてひよごと階段を降りていく。
「うう、リズミカルに階段を駆け上ってアサくんの部屋に突入してアサくんを叩き起こすのがひよの夢なのに」
俺としては久々の快挙だと思うのだが、本人としてはそうでもないようだ。
背中でひよが呻いている。
俺の部屋を一階にしてしまえば階段は無理でも朝の叩き起こしは可能なのだが、それはこうやってひよが女らしく育っていくのを背中で確認するという俺の大事な日課が終わる日がやってくるということなので、黙っている俺である。
てか、一人称がわたしじゃなくてひよになってんぞ、ひよ。
ひよをリビングのソファーに置いて朝飯を食いに行く俺。
今日の朝飯は和食だった。
しじみの味噌汁に魚の照り焼きか、なんの魚だろう美味いけど。
漬物は胡瓜と茄子、定番だな。
ものの五分で食い終えて片付けに行く俺。
それから顔を洗って歯を磨いて髪を軽く梳かして戻ってくる。
所要時間は計十五分だ。
着替えてからの洗顔はおかしいとか言うなかれ。
パジャマ姿でひよと遭遇するとひよが悲鳴を上げて叩いてくるのだ。
「すまん待たせたか」
「ううん」
ひよの所に戻ってくると、ひよは倒れていたことなんてなかったみたいな顔でテレビをつけて今日の占いコーナーなんぞを見ていた。
こんなもののなにが楽しいのか俺にはわからないが、ひよはいつもこういうのを見て一喜一憂している。
丁度今週の第一位とかなんとか言っているので即効リモコンで電源を切る。
「ひゃあう!」
突然の蛮行にひよが悲鳴をあげた。
立ち上がると状況が掴めないといった顔でテレビの画面を眺めて、主電源のランプがついているかどうか確認している。
その辺りでようやく俺が何かをしたと悟ったらしい。
勢いよく振り返って俺の方を見てくる。
「アサくん!?」
ぽちっとな。
電源をつけると今日の占いコーナーは終わっていた。
「いやああああ!」
その現実にひよは悲鳴をあげて落胆する。
「今週の第一位がぁ、恋愛運・・・・・・ひどいよアサくん」
「悪い、天気予報が見たかったんだ」
「・・・・・・」
ひよはくちびるを尖らせていたが俺が謝ると渋々頷いた。
「ボタンを押し間違えたんならしかたないし、いいよ許してあげる」
そんなひよに向かって俺は言う。
「ああ、すまない」
大嘘だ。
◇◇◇◇◇
そろそろ学校に行く時間だ。
俺が玄関を出ると後ろからひよがひよひよと着いてくる。
向かう高校は俺の地元だ。
地元とはいっても歩きだと随分遠いので俺はチャリ通学をしている。
愛車二十六代目風切号を引っ張り出すと、俺とひよの鞄を前の篭に後ろにひよを乗せて俺も座る。
ベルトで俺とひよの胴体を固定。
これで準備はOKだ。
「じゃ行くぞ」
呼びかけるとひよもOKらしい。
後ろからぎゅっと抱き着いてきた。
そのふよふよの感触に心震わせながら、いざゆかん愛車ニ十六代目風切号よ。
愛車ニ十六代目風切号は名前そのままに風を切る。
その素早さは正しく疾風、信号機が青から赤に変わる瞬間横断歩道を渡りきる。
横を走る車と速さを競い合うのは常、正しくデッドヒート、死と隣り合わせの世界で俺は更なる高みへと上り詰めていくのだ。
そして俺は今日も無事学校に辿り着く。
「ひよ、着いたぞひよー」
呼びかけても返事がないので後ろを見ると、ひよは両手をだらりと下げて口から泡を吐き白目をむいていた。
「・・・・・・」
何これ可愛い。
気絶しているっぽいのでそのままの状態で駐輪場に行く。
自転車を止めてもう一度呼びかけると、
「おいひよ、ひよ、寝てるのか?」
「おおお起きてるよ」
後ろからそんな声がした。
そういうことを言うのは気絶してた証拠だ。
ベルトを外すとひよが自転車の後ろから飛び降りた。
急いで手鏡を取り出して自分の顔を確認、ぼさぼさになった髪と口からたれた涎の痕跡に驚愕している姿には知らぬふりをして自転車を止める場所を探す。
自転車に鍵をかけて戻ると、髪をセットし終わったひよが何事もなかったような顔で口笛を吹いていた。
うん、髪の後ろの方が跳ねているのは言わないでおいてやろう。
「ほら、ひよ」
ひよの分の鞄を差し出すと受け取ったひよがよろめいた。
「ありがと」
けれど両手で抱えて何もなかったそぶり。
だから俺も何も言わない。
ひよの鞄とは比べ物にならないほど重い鞄を持って一緒に昇降口へと向かうのだ。
ここまでくればわかるだろうが、ひよは過度の虚弱体質だ。
異常なほど体力がなく疲れやすい。
普通の虚弱体質のように体調を崩すことがないのが幸いだが、それでもこれは酷い。
家に来て朝飯を作って俺の部屋にさあ行こうと階段に足をかけて力尽きるのだから、ひよが初めて階段に突っ伏しているのを見た日、救急車を呼んだことを覚えている。
『ひよは病気なんですか、助かるんですか!』
そう詰め寄る俺に医者は一言。
『重度の過労です』
『・・・・・・えっ?』
うん、聞いた俺は耳を疑ったよ。
「どうしたのアサくん」
俺が昔を懐かしんでいるとひよが声をかけてきた。
「いや何でもないよ」
「・・・・・・ふうん」
本当かよみたいな眼差しで俺の横を歩くひよ。
ひよ曰く普通に歩くのと階段を上り下りするのとでは天と地ほど疲労の蓄積具合が違うらしい。
俺はひよではないからその辺よくわからないが、それでも歩いていて突然倒れたりする可能性が少ないのはよいことだ。
今の所一緒に歩いていてひよが倒れたことなんて一度もないけどな!
ん。家の階段で力尽きる奴に昇降口にある段差は上がれるのかって?
馬鹿にすんな!
ひよはな、家の階段ぐらいのきつい段差でなけりゃあ十五段は登れるんだよ!!
冬のエベレスト山を頂上まで登りきるようにな!!
「まあいいや。じゃあね、アサくん」
「おう、また昼にな」
昇降口に入ったのでひよと別れた。
◇◇◇◇◇
滞りなく午前の授業を終えてから俺はひよの所に向かう。
俺のクラスは学年が変わる度に階が移動するが、ひよのクラスはいつも一階の同じ部屋だ。
「いるか、ひよ」
グラウンドが見渡せて他のクラスからは遠い、一つだけ隔離されたみたいな部屋にひよはいた。
自習と書かれた黒板の横には俺とは違う時間割。
おざなりに並べられた机と椅子、そのほとんどが使われていないことを俺は知ってる。
「ひよ」
返事がないのでもう一度呼びかけると、窓際に立つひよはむーっとした表情で言った。
「アサくん浮気」
「浮気って」
三時限目の体育はグラウンドで行われた。
その時同じクラスの女子と話をしたのを思い出す。
話した内容はグラウンドの片付けについてだったか、確か男連中の片付け方が雑で汚いからなんとかしろと。
要するに苦情だな。
「わたしというものがありながら浮気した!」
それをひよはここから見ていたのだろう。
浮気だと責めてくる。
念の為に言っておくが俺とひよは付き合っていない。
お互い告白だってしていない。
告白していないのにいつも一緒なだけで俺の私のものなのという考えは、俺はどうかと思う。
他の女子と話しただけで浮気認定も酷い。
「アサくんのばかぁ!」
俺が黙っているとひよが俺の所まで勢いよく走ってきた。
そして俺に弁解も許さずその手を振り上げた。
鋭い痛みが俺の頬に走る。
残されるのは紅葉の形をした赤い跡。
ひよにこんな力があったのかと驚く俺に、再びの痛みが襲う。
「これは浮気したお仕置きなんだよ!」
ひよが泣きそうな顔で言った。
その表情に俺は口から吐き出そうとした言葉を噤んでしまう。
俺が、俺が悪かったのか。
項垂れる俺に再び襲う痛み。
ひよだ。
ひよは必死の表情で何度も何度も強く叩いてくる。
まるで傷つければ傷つけるほど俺が悪いことをしなくなるかのように。
「お仕置きなの!」
ひよが手を振り上げる。
走る痛みに縮こまりながらも黙って耐える俺。
「ばかっ、アサくんのばかっ!」
何度も何度も叩いてくるひよ。
そして黙ってそれを受ける俺。
・・・・・・。
うん、最初にも言ったが俺はマゾじゃない。
マゾじゃないよ。
「ばかばかっ、この浮気者!」
ちょっと必死のひよを見て、ひよ視点で話してみたくなっただけだ。
多分ひよはこんな感じで俺を叩いてるんだろうなーみたいな。
よし、現実を語る。
ひよが俺の所まで駆けてくるところからだ。
まず状況確認。
今俺の居る場所、教室入り口。
ひよ、窓際。
確認終了。
さあひよが走るっ。
「アサくんのばかぁ!」
俺が黙っているとひよが俺の所まで、
ぺしょぺしょぺしょ
これはひよが走っている音だ。
つか俺にとってはこうしか聞こえなかった。
ハァハァ
叫びながら走るからだ。
息が上がったひよは途中で一休憩。
きっと俺の方を睨んでからもう一回走る。
頑張れひよ。
俺心の中で応援。
ぺしょぽしょぽしょ
頑張って俺の所まで走りきったひよはやりきったという表情を見せる。
俺心の中で超拍手。
が、ひよは俺の顔を見てはっとする。
自分の役目を思い出したかのように俺をきっと睨みつけてその小さな手を振り上げた。
ぺちっ
擬音としてはこれだと思う。
俺としてはこれしかありえない。
小さい娘がおとーさんおかたたたいてあげゆーって拳を振り下ろすみたいな、その時間違ってぐーがぱーになってたみたいな。
いや本当にそうとしか表現できないんだって。
「これは浮気したお仕置きなんだよ!」
ひよが泣きそうな顔で言った。
その表情に俺は口から吐き出そうとした言葉を噤んでしまう。
これがお仕置きって・・・・・・その・・・・・・うん、頑張ってるんだなひよ。
一回叩いて調子付いたのか、頑張って俺の身体をぺちぽち叩くひよ、きっと心の中では俺の事をめっきょめきょに叩いているつもりなんだろう。
こいつの愛読書にでてくるのはいつも主人公を殴り飛ばす女キャラばかりだからな。
あんな風になりたいんだろう。
一生無理だと思うけど。
「お仕置きなの!」
なんかぺちぽちがぽひょぽひょとかいう音に変わってきたこの頃。
頬や身体に当たるやわやわな感触に、居た堪れない気持ちになって縮こまりたくなる俺。
・・・・・・ひよは俺に折檻しているつもりなんだよな。
ぜぃぜぃ
きっ
「ばかっ、アサくんのばかっ!」
ぽひょぽひょぽひょぽひゅ
頑張るひよがあんまりにも可愛いので抱き締めて頭ぐりぐりしたいとか思う俺。
でも付き合っているわけではないので超自重。
「ばかばかっ、この浮気者!」
「ばかぁ・・・・・・」
そうこうしているうちにひよの目から涙がぼろぼろこぼれてきた。
必死で殴っているのに俺が何の反応も見せないから悲しくなってきたのだろう。
ひよ可愛いと思ってたからすっかり忘れてたぜ。
「もう止めてくれ!」
さあここが演劇部に勧誘されたことのあるこの俺の腕の見せ所だ!
俺は堪え兼ねないといったふうに声を上げて後ずさり、いかにも殴られて苦しんでいますという顔をする。
「俺が、悪かった・・・・・・許してくれ、ひよ」
「・・・・・・アサくん」
膝をついて項垂れる俺に対してひよの声はやや満足気。
わたしの気持ちが通じたんだね、みたいなことでも考えてるんだろうか。
気になったのでちらっと顔を上げて様子を窺ってみる。
ひよは涙目ながらも赤くなった顔を嬉しそうに綻ばせてぜぃぜぃ言っていた。
体力ないのにあんなにぽひゅぽひゅするからだよ可愛いなあ。
「・・・・・・アサくん」
俺と同じ様に膝をつくひよ。
ふよふよな膨らみがすげー近い。
呼吸する度に大きく上下してその存在を強調しているのがすげーわかる。
恋人同士だったならここでぎゅーっと抱き締めてそのやわやわでふよふよを堪能できるのにと全力で悔しがる俺。
ガッデム俺。
畜生俺。
いやまて普段から俺の背中はそのふよやわを堪能しているだろ――――憎い、俺は俺の背中が超憎いっ!!
「アサくん、どうしたの」
怒りで震える俺を見て不安げな声を出すひよ。
違うんだひよ。
お前に対して怒ってるんじゃない。
「ごめんね、いきなり殴ったりして。
痛かったよね」
そう思っているとひよが俺を抱き締めてきた。
涙をぼろぼろ流しながら。
くそっ、これが暴力を振るっておいて後で泣きながら謝ると、殴られた方は殴られた自分が悪いとか、この人には自分がいなけりゃ駄目なんだと思い込んでしまうアレか。
DVか。
・・・・・・っ!
俺はこの現実に憤る。
くそっ、この上着が、上着が邪魔だっ。
虚弱体質だからひよはこの季節でも上着を着ている。
普通の虚弱体質みたいに身体を壊したりしないんだからブラウスとベストでいろよと思ってしまう俺。
せっかくのチャンスなのにと身体を震わせ悔しがる俺を更に抱き締めてくるひよ。
・・・・・・おっぱい。
「ごめんね、ごめんねアサくん」
はっ。
身体を離して謝ってくるひよの姿に我に返る。
一瞬桃源郷が見えた気がしたのだが・・・・・・気のせいだったようだ。
「ごめんね」
ひよの謝罪を黙って聞いている俺はちょっと罪悪感だ。
全然痛くなかったんだが、というかひよが振るう暴力が痛かったことなんて今まで一度もなかったんだが黙ってる俺。
俺は空気を読む男だ。
自重もする。
「いいんだ、ひよ」
ひよは可愛い。
「・・・・・・アサくん」
ひよが涙を拭いながら俺を見上げてくる。
その目から嫉妬は拭い去られていた。
なんかひよが勝手に納得したので、二人でごめんなさいして一緒にご飯を食べることにした。
俺の昼食は購買で買ったパンでひよは弁当だ。
流石に俺のぶんの弁当を作ってくれるということはない。
小学校の時に一度作ってくれたことがあったのだが、二人分の弁当を持ったひよが玄関で転んで救急車で運ばれて以来、弁当を作るという話はお互い出さないことになっている。
「ひよー、ひよー、俺のパン半分やるからお前の弁当」
「うん、半分あげるね」
ひよのミートボールぱくーっ。
食べた触感からして既製品ではないようだうまうま。
ひよは自宅で弁当を作ってくるので、中に俺の家の朝飯の残りが入っているということはないのだ。
「アサくん、この肉巻きは?」
「いる」
ひよが摘んだ肉巻きを俺は釣り上げられる魚のように口に入れるぱくーっ。
それを見てひよが嬉しそうな顔をする。
うむ、こんな表情をしてくれるなら釣り上げられたかいがあったというものだもしゃもしゃ。
◇◇◇◇◇
午後の授業が終わったら昇降口で待っているひよと合流する。
ひよは自転車の後部に乗せて俺は自転車を押しながらてくてく歩く。
向かう先は学校近くのスーパーだ。
俺の家の朝食と夕食の材料を買って帰るのだ。
朝食はひよが作るので当然ひよが選ぶ。
夕飯は・・・・・・何にしようか、面倒だから鍋でいいな。
鍋・・・・・・鍋料理・・・・・・うむ、カレーかシチューだな。
カレーやシチューは一回作ると暫くそれで済むので楽でいい。やりすぎると親父が拗ねるが親父だからいいや。
「アサくん・・・・・・」
カレールーを手に取る俺をひよがなんともいえない表情で見つめてくる。
「昨日もカレーだったよね、確かその前も、その前の日も・・・・・・というか一週間ぐらい」
「大丈夫だひよ」
俺はにこやかに笑った。
「先週は甘口だったけど今週は辛口だ」
「カゴの中には人参ジャガイモ、・・・・・・冷蔵庫に卵が残ってたから炒飯かオムライス」
あれっ?
俺の手にあったカレールーがいつのまにかカレーコーナーに戻されていた。
「牛肉買って肉じゃが・・・・・・それともポトフ」
悩むひよ。
「ねえアサくん」
「おう」
「今晩のご飯何にする?」
「そりゃカレー」
「却下」
「じゃあビーフシチューで」
「肉じゃがにしようよ、アサくん」
笑顔で言われたので頷く俺。
でも作るのは俺。
・・・・・・俺なんだよ。
「余ったらわたしにも食べさせてね」
笑顔で言われたので頷くしかなかった俺。
後ろ手に掴んだカレールーよ、さよならだ。
俺は飯を作る時はいつも大量に作るので、余らなかったなんて言い訳は使えないのだ。
朝夕の食材を篭に、鞄を二つ俺の身体に引っ掛けて自宅までGO。
無事帰宅するとひよが背中で痙攣していた。
「大丈夫かひよ」
「光が・・・・・・光が見えたよアサくん」
よくわからないが意識があるのだし大丈夫だろう。
よたよたしながら自宅へと戻っていくひよを見送ってから俺も家へと入った。
買ってきた材料を冷蔵庫に叩き込むとソファーに座ってテレビでもつける。
時刻は五時。
夕食を作るのももう少し後でいいだろう、どうせ親父が帰ってくるのは遅いんだし。
テレビの騒音を聞き流しながら俺はキッチンへと顔を向ける。
今が朝なら、キッチンではひよが忙しく動き回っていることだろう。
ひよの料理は美味いので親父には好評だ。
親父はいつもひよが作る朝飯を食って仕事に行きやがる。
親父が『おじさんのことお義父さんって呼んでいいんだぞー、ははは』みたいなことをひよに言っていたことも俺は知っている。
俺は知ってる。
あの親父の発言はかなり本気だ。
まあそうでなけりゃ幼馴染とはいえ他人のひよが我が家の朝飯を作ることを許容したりはしないんだろうけど、・・・・・・俺の気持ちを考えろと言いたい。
このことを数少ない友人達にぼやくと、嫁までいかなくても付き合っちまえよというありがたくない助言を貰うこともしばしばだ。
そしてそんな奴等に対し、お前ら全然分かってないと俺は思う。
ひよはすげー身体弱くて何してもすぐばてるし学校の階段も全部上がりきらなくて居るだけで周りに迷惑ばかりかけるから小学校から高校まで一人別教室なんてことになってる奴だ。
軽く付き合えるような相手じゃないんだ。
ひよ自身もそれをよくわかってるから、よく一緒にいる俺を離したくないあまり嫉妬深くなって俺がどっか行かないようにと暴力を振るって繋ぎとめようとしてくる、そんな歪んだ愛情表現をする人間に育ってしまった。
付き合ってない今ですらこれなんだから、こんなのと付き合ったらすげー大変ですげー面倒ってことはわかるだろ。
付き合えねえよこんなんと。
・・・・・・。
じゃあなんで朝飯作ってもらったり一緒に登下校したり飯食ったりしてるのかって?
そりゃあ・・・・・・。
・・・・・・。
だからさ、言ったろ。
くそ重たいんだよひよは。
飯は美味いけど嫉妬深くて日常的に暴力(痛くないけど)を振るってくるしヤンデレっぽい要素もあるし、何より虚弱だし。
今の俺はそんなあいつを背負うのがやっとで、だけどあいつはそれ以上を求めてる。
付き合うことなんてできないさ。
ひよの気持ちに応えるには俺って存在はまだ足りないんだ。
せめてもっとでかくなって、人一人ぐらい養える人間になってからじゃないとな。
・・・・・・知られたら恥ずかしいから黙っておけよ。