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No.35117の一覧
[0] ヴァルキリーがホームステイに来たんだけど(魔術バトルもの)[天体観測](2013/03/21 05:10)
[1] 第一章 ヴァルキリー? がやって来た[天体観測](2013/01/05 23:44)
[45] 第二章 死刑宣告を受けたヴァルキリーの友達[天体観測](2013/01/17 16:50)
[46] 悩みは多くて問題も多い[天体観測](2013/01/09 07:11)
[47] 買い物のが終わったら……[天体観測](2013/01/17 16:57)
[48] 情報収集と魔術の特訓は計画的に[天体観測](2013/01/17 17:03)
[49] 戦う理由はシンプルに[天体観測](2013/01/14 16:21)
[50] チョロイ男[天体観測](2013/01/14 16:14)
[51] 第三章 帰ってきたヴァルキリー[天体観測](2013/01/18 08:48)
[52] あ、ありのまま……[天体観測](2013/01/18 17:47)
[53] テストへの意気込み[天体観測](2013/01/26 21:23)
[54] ヒルドの意外な一面[天体観測](2013/01/22 12:09)
[55] 目標に向けて[天体観測](2013/01/25 20:36)
[56] その頃ヒルドとクマは?[天体観測](2013/01/27 05:44)
[57] 《神器》の持ち主大集合?[天体観測](2013/01/28 06:04)
[58] ジャスティス、ジャスティス、ジャスティス![天体観測](2013/02/17 06:54)
[59] 設定がメチャクチャな中二病[天体観測](2013/02/20 17:43)
[60] 中二病の本名[天体観測](2013/02/26 06:44)
[61] そして、一週間[天体観測](2013/02/26 06:46)
[62] 本音をぶちまけろ[天体観測](2013/02/26 06:49)
[63] VS漆黒[天体観測](2013/02/26 17:06)
[64] 中二病というよりは……[天体観測](2013/02/28 06:34)
[65] 理不尽な現実[天体観測](2013/03/04 00:38)
[66] [天体観測](2013/03/08 05:26)
[67] 特別でいたい[天体観測](2013/03/12 16:57)
[68] テスト結果。そしておっぱいの行方[天体観測](2013/03/16 05:21)
[69] 世界観および用語集(ネタバレ少し有りに付き、回覧注意)[天体観測](2013/03/17 05:51)
[70] 第四章 夏休みの始まり[天体観測](2013/03/21 05:11)
[71] 補習が終わって[天体観測](2013/03/24 06:39)
[72] 危険なメイド[天体観測](2013/03/30 23:34)
[73] ご招待[天体観測](2013/04/04 01:32)
[74] わけのわからない行動[天体観測](2013/04/05 23:33)
[75] 戦女神様からのお言葉[天体観測](2013/04/13 06:27)
[76] 人の気持ち[天体観測](2013/04/26 00:21)
[77] 彼女の秘密[天体観測](2013/05/04 05:30)
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[35117] 悩みは多くて問題も多い
Name: 天体観測◆9889cf2d ID:dfaff5c1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/01/09 07:11
 寮を出る時、高貴とエイルは別々に出るようにしている。
 最初に誰も見ていない事を確認したエイルが登校し、その10分後に高貴が登校をする。これはもちろんエイルが高貴の部屋に住んでいることを悟られないようにするためであり、一緒に登校するという事はまずない様にしている。

「おはよう高貴」
「……おはよう」

 しかし、エイルはいつも校舎の昇降口で、高貴のことを待っているのだ。先に教室に行けばいいものの、決まって高貴を待っている。しかも昇降口でだ。登校時間の昇降口は、学園の中でもトップクラスに生徒の視線が集まる所であり、多くの生徒にその光景を目撃されている。
 故に、一週間前に転校してきた美少女を、たった一日で口説いてものにした男がいるなどという噂が、四之宮高校には広がっているのだ。当然高貴の事である。今までは何の変哲もない生徒だった高貴だが、エイルによっていちやく有名人になってしまった。

「……あのさ、別に校門のとこで待ってなくても良いんだけど。教室で席が隣なんだし」

 靴を下駄箱にしまいながら高貴が言う。

「どうしてだ? 校門で待ってるくらい別にいいじゃないか。一緒に登校してはいけないという言いつけは守っているぞ」

 内履きを下において、それに足を入れながらエイルがそう答えた。つま先で床をトントンと叩いて靴を履き、二人で教室へと歩き始める。

「そもそも私は君のところに住んでいるという事を隠す必要はないと思うんだよ。昨日も話した事だが、ホームステイしていると言えばいいだけじゃないか」
「昨日話したとおりだよ。絶対に変な目で見られる。下手すれば俺の人生が終わる」
「ふむ、君とはなかなか意見が合わないようだ。悲しい限りだよ。でもどうして校門で待っててはいけないんだ?」
「校門の前で待ってるなんて、誤解でもされたらどうするんだよ」

 実際はもうされているが。こうして廊下を歩いているだけで、時折ひそひそと話し声が聞こえてくる。

「誤解……ああ、そういうことか。そこまでは気がまわらなかったよ。その……なんだ。君はやはり、私とそういう風に勘違いされるのは迷惑なのか?」
「……え?」

 なんてことを質問してくるんだこのヴァルキリーは。しかもどうして普段は滅茶苦茶なのに、こういうときだけ普通の女の子みたいな表情になるんだこの女の子は。
 不安そうな顔で自分を見ているエイルにたいして、高貴はここでお約束の反応を返さなければいけないかどうか本気で悩んだ。しかし、そう言ってしまえば、エイルはこれからも校門で自分を待ち続けるだろう。そのうち一緒に登校するなどと言い出すかもしれない。そうなってしまえばお互いが困るだけだ。
 故に、ここは心を鬼にしてでも、多少冷たい言葉を返しておいたほうが良いだろう。それがきっとお互いの為になる。よって高貴は、

「……別に、嫌ってわけじゃないけどさ」

 お約束の言葉をエイルに返した。
 エイルの悲しそうな顔を見ると、どうやら自分は心を鬼になど出来ないという事を理解できた瞬間だった。

「そ、そうか。……まぁ、その、……私も同じだが……」
「ん、なんか言ったか?」
「い、いや、なんでもない! 今日も一日頑張ろうと思っていたところだよ!」

 何故か顔を真っ赤にしたエイルがわたわたと両手を振りながら言った。よくわからないが、きっと気にしてもしょうがない事だろうと思い、高貴はその話を打ち切った。

「それより高貴、そろそろ《神器》を本格的に探したほうがいいと思うんだ」
「おい、こんなとこでそんなこと言って良いのかよ?」
「別にかまわないさ。誰かに聞かれてもゲームの事について話しているといえばごまかせるだろうし、もしかすると生徒の中に《神器》を持つものがいるかもしれないから、反応が見れるかもしれない。昨日のヒルドの事は冗談だったとしても、私もこの世界になれてきたところだし、行動を開始してもいいと思うんだ」

 本当は冗談ではなく、本当に死刑されてしまうのだが、口が裂けてもそんなことは言えなかった。大いに取り乱してしまうエイルがやすやすと想像できるからだ。

「まぁそれは俺も賛成だよ。ところで今まで聞いてなかったけど、《神器》って全部でいくつあるんだ?」
「ふむ、わからない」
「は?」
「ヴァルハラで確認されている無くなった《神器》は3つと知らされてはいるが、それ以上の数がこの世界に来たと考えてもいいだろう。ケルトとギリシャの《神器》はいくつ飛び散ったのかは完全に不明だ」
「ちょ、ちょっと待てよ。なんでそれを教えられてないんだよ? それかなり重要な事だろ」
「ふむ、《神器》というのは、それぞれの国の国家機密のようなものなのだよ。だから本来は私たちヴァルキリーに対しても名前すら知らされていないんだ。せいぜい巨大な魔力を持った武器ぐらいにしか教えてもらえない。レーヴァテインすらヒルドが回収したと聞いて、初めて名前と能力を知ったくらいだからね。もしも私が《神器》を集め終わって、ヴァルハラに戻ったら、《神器》に関する記憶は全て消されてしまうだろうな」
「……じゃあさ、この町にある《神器》の名前とか、特徴とか、そういうのは……」
「ふむ、まったくわからない」

 目の前が真っ暗になっていくのを感じた。そんな行き当たりばったりかつとても少ない情報で、この町にはあるがどこにあるかもわからないという物を探さなければいけないとは。いくらなんでも無理だろう。これはヒルドの事は諦めるしかないのかもしれないなどとも考えてしまう。

「《神器》の詳細を知るとなると、《戦女神ヴァルキュリア》クラスの権限がないと無理だろうな」
「ヴァルキュリア? ヴァルキリーと名前が似てるけど、なんなんだそれ」
「私達ヴァルキリーの上司のようなものだよ。しかしわけあってこの世界に来る事は出来ないし、《エオー》で聞いても教えてもらえないだろうから期待しないでくれ」
「ふーん、来ると天変地異が起きるとか?」

 昨日クマに、すごい結界を張ると天変地異が起きると言われた事を思い出して、何となく高貴はそう言った。しかし、そんな軽い気持ちで言った一言に対し、エイルはなぜか遠い目をしている。それはまるで何かを思い出すような、何かを懐かしむような、完全に目の前ではなく違うどこかを見ていた。

「ふむ……天変地異で、済めばいいな」
「いやそれ以上のことってなんだよ!?」
「……聞きたいのか?」
「言わなくていいですごめんなさいもう聞きません!」

 気にしないことにしよう。そして何が何でもそんな危ない奴らが来ないように頑張ろう。そう固く誓った瞬間だった。なんにせよ困難は多く、悩みもそれに負けないくらい多くなりそうだ。



 教室のドアを高貴が開くと、すでに真澄が登校して来ていた。いつも通りスマホを弄って遊んでいる。俊樹はまだ登校してきておらず、隣の席の静音もまだ来ていないようだ。

「おはよう真澄」
「あ、おはようエイルさん」

 席に着くと、高貴よりも先にエイルが真澄に声をかけた。真澄はスマホから視線を離し、エイルのほうを向くと挨拶を返す。

「おはよう」
「……おはよ」

 高貴も同じように挨拶をしたが、何故か返って来たのはムスッとした空返事。そっけない挨拶は前からだったが最近はますます酷い。なぜだかはわからないが、真澄の機嫌がここ最近悪いような気がするのだ。とりわけ心当たりがあるというわけでもないのだが、かといって自分のせいではないと言い切る自信もない。

「……なんだか最近……てゆーかエイルさんが転校してきてから、二人はほとんど一緒だよね。今だって一緒に教室に入ってきたし」
「ああ、それは―――」
「せ、席が隣だからいろいろと面倒見てやれって言われたんだよ! あと登校時間が重なって、たまたま一緒になるだけだって!」

 エイルの言葉を遮って慌てて高貴が話す。エイルに話させるとなにを言うかわからないからだろう。

「ふーん、……それにしても仲いいよねー」
「ふむ、高貴は大切な友人だよ」
「……へー、大切な……友人ね」

 真澄に思い切りにらまれる。なぜ睨まれるのかはまったく理解できないが、自分は多分悪い事はしていないはずだ。

「そういえば二人とも、今日は委員会を決めるって先生が言ってたけど、入りたい委員会は決めてきた?」
「え、そんなこと言ってたっけ?」

 真澄が頷く。最近はエイルに気を取られて、担任の話など聞き流していたツケがまわってきたようだ。

「言ってたよ。エイルさんは決めてきた?」
「ふむ、そもそもどんな委員会があるのか私は知らないからな……高貴はどんな委員会に入るんだ?」
「俺か? 前は図書委員だったから、今回もそれで良いかな」
「図書委員……君は本が好きなのか?」

 エイルが意外そうな表情でそう聞き返してきた。高貴の部屋には漫画はあれど、小説の類がまったくなかったため疑問に思ったようだ。

「いや、好きじゃないよ。でも図書委員って楽なんだよ。図書当番のときは宿題とか課題とかやって時間潰せるし、それに急な仕事が入る事も少ないからバイトのシフトも組みやすい。何よりやっぱり楽だ」
「なるほど……納得だよ。真澄は何に入るんだ?」
「わたしも前と同じで保健委員かな。やる事もあまりないし」

 高貴が覚えている限り、真澄は中学生の頃から保健委員だったはずだ。保健の教師がいなくとも、応急処置くらいなら出来るレベルになっている。

「保健委員があるのか。それなら私もやった事があるから一応出来ると思う」
「へぇ、エイルさんって前の学校で保健委員だったんだ」
「ああ、よく友人がルーンを失敗してケガをしたとき―――い、いや、なんでもない。とにかく私にも出来るだろう」
「るーん? 何それ?」
「ききき気にすんなって! きっとあれだよ、外国の遊びとかだよ!」

 高貴が二人の会話を慌てて止めた。エイルが視線だけで「助かったよ」とアイコンタクトを送ってくる。通じるのかはわからないが、「気をつけろよ」とだけ高貴もアイコンタクトを送る。その様子を真澄がなにやら詰まらなさそうに見ていた。

「なんかあったのか真澄?」
「べっつにー……じゃあエイルさん、一緒に保健委員やろっか。人数三人だからあと一人誰か入ると思うけど」
「ああ、よろしく頼むよ」

 笑いながらそう言うエイルに対しても、やはり真澄はどことなく暗い雰囲気だった。もしかすると、エイルと一緒に保健委員をするのが嫌なのかもしれないとも一瞬だけ高貴は考えたが、それは何となく違うようにも思える。結局真澄が不機嫌な理由はわからないままだ。
 もう一度真澄に理由を聞いてみようと思った矢先に、ホームルーム開始のチャイムが鳴り響き、教室のドアが開いた。それも前と後ろの両方が同時にだ。前の扉からは担任が、後ろの扉からは俊樹がそれぞれ入ってくる。担任が教卓につくよりも一瞬早く俊樹が席についた。

「よう俊樹、今日はかなりギリギリだったな」
「あ、ああ。……やっぱり早起きを心がけたほうがいいのかもしんない」
「ふむ、私も朝が苦手だからその気持ちはわかるよ」

 確かに、エイルの寝起きの悪さは高貴の最大の悩みの一つだ。今日も朝起きたことを思い出すと顔がにやけて、もとい、頭が痛くなってくる。

「それじゃあ日直、号令」
「きりーつ、礼」
「おはようございます」

 日直の生徒が挨拶の号令をかける。そういえば今日はまだ静音の姿を見ていない。もしかしたら遅刻でもしたのか、はたまた欠席なのか。そんなことを思いながら、ふと隣を見ると、そこには普通に静音が立っていた。いつの間に来たのかと思わず高貴は唖然としてしまう。それはエイルも同じのようで、静音のほうを見たままポカンとした表情になっている。

「着席」

 静音が二人の視線に気がついたき、その眼鏡の奥の目と高貴の目が合ったが、一度視線を交わしただけで静音は何も言うことなく席に座った。

「な、なぁエイル、音無っていつ来たっけ?」
「い、いや、私にもわからない。まさに名前の如く音も無く登校してきたようだ」

 音無静音はエイルと同じ日に転校して来てから、人をまったく寄せ付けず常に一人で過ごしている。イヤホンを付けて音楽を聴いたり、カバーのついた本を読んだりしてだ。交わす言葉は必要事項の最小限のもののみで、その強固な壁っぷりにより、たった一週間で《峡谷の音無》というあだ名や《音無バリアー》という言葉が生まれてしまっているほどだ。それでも見た目は知的な美人なので、エイルとは違う方面で人気もあるようだ。
 まぁ深田君のようにいきなり消えて、隣にヴァルキリーが転校してくるよりはましか。
 そんなことを思いながら高貴は一時限目の授業の準備を始めた。



「じゃあ希望する委員会に手を上げてくれ。各委員会は基本的に二人ずつ、それ以上の人数だった場合はあとでジャンケンなり話し合いなりで決める。それではまず生徒会から」

 今日は金曜日であり、その曜日の最後の時間割はロングホームルームとなっている。この日が終わると休みを2日間挟むため、連絡事項や、行事が近ければその事についての説明があったりするのだが、今日は朝真澄が言っていたように委員会を決めるようだ。
 黒板には全ての委員会の名前が書かれており、希望者の名前をそこに書いていくという決め方だ。しかし生徒会は誰もやりたくないのか、誰一人として手を上げなかった。幸先悪いスタートをごまかすように、担任がそれを飛ばして美化委員会に移る。

「で、結局エイルは真澄と二人で保健委員なんだっけか?」

 あまり大きな声を出せはしないものの、ひそひそとエイルに話しかける。

「ああ……そう……だな……うん。黒板を見たところ、私がやった事のある委員会は保健委員会だけみたいだ」

 黒板に書いてある委員会を確認しながらエイルが答えた。

「ふーん、てゆーか前の学校にも委員会ってあったんだな」
「それはもちろんあるさ。それにもっと沢山種類があったぞ。武器管理委員会や魔術管理委員会。ネコ耳委員会にウサ耳委員会というのもあったな」
「うん、取り合えずお前らがバカだってのはよくわかった」
「こら、バカとはなんだ。彼女たちも本気だったんだぞ。ヴァルキリーの鎧の髪飾りをネコ耳やウサ耳にしようと毎日講義していたんだ。その甲斐あって、ネコ耳とウサ耳どころかイヌ耳まで許可されたんだ。あれには本当に驚かされたよ。もっとも私は恥ずかしかったので、そうはしなかったけどね」
「それは委員会じゃねーよ、バカの集まりだよ」

 前々から思っていたことだが、ヴァルキリーとはバカの集まりなのかもしれない。エイルが鎧姿のとき、頭に付けていたティアラのような髪飾りは、確か翼のような装飾がついていた。つまりはあれが猫や兎の耳になるという事だろう。
 ネコ耳ヴァルキリー。うん、笑えない。それならよく聞くネコ耳メイド等のほうがまだ自然に思える。

「……」
「高貴、なにやらボーっとしているような気がするがどうかしたのか?」
「い、いや、なんでもない」

 思わずネコ耳でメイド服を着ているエイルの姿を想像してしまった事は本人には黙っておいた。

「じゃ、次は保健委員会」

 担任がそう言いながらチョークで保健委員会の文字を指す。エイルが右手をすぐに上げ、高貴の前に座っている真澄も右手を上げた。それだけではなく、真澄の隣の俊樹も高く手を上げている。ほかの生徒は誰も手を上げておらず、これで保健委員会は決定という事となる。担任が三人の名前を書き込んでいった。

「俊樹、お前も保健委員やりたかったのか?」

 手をおろした俊樹に高貴が話しかける。俊樹は振り向くと、なにやら嬉しそう顔になっていた。

「ああ、保健委員って良いよな! 男のロマンだよな!」
「ふむ、すまないが意味がわからない。どういうことだ俊樹?」
「去年思ったんだよ。保健委員って具合が悪い生徒をおぶって運ぶだろ。つまりは合法的に女子を―――」
「エイルさん、二人で頑張ろうね」
「ふむ、私はこう見えても力には自身がある。おぶることも容易いだろう」
「そんなバカな!?」

 ここで言わなきゃ良かったのに。そう思ったが口には出さないでおいた。

「よし、次は図書委員会」

 担任がそう言ったのを聞いて、慌てて高貴は右手を上げた。クラスでほかに手を上げている人物は……一人だけいた。高貴の隣に座っている音無静音が左手を上げていた。

「月館と……音無っと……よし、後はいないか? いないなら決定だ」

 その言葉を聞いた二人が手を下ろす。
 静音はよく本を読んでいるので、もしかしたら本がすきなのかもしれない。それならば図書委員会を希望するのも納得がいく。高貴とは正反対の理由なわけだが。

「よかったじゃないか高貴、これをきっかけに静音と仲良くなれるかもしれない」
「うーん……」

 ひそひそと話しかけてくるエイルにたいして、高貴は煮え切らない返事を返した。正直な所、高貴自身はあまり静音と親しくなりたいとは思っていないからだ。本人から歩み寄ってくるのならばともかく、明らかに静音は他人とのかかわりを避けている。しかし、高貴はそれを悪い事だとは思っていない。世の中にはいろんな人と仲良くなりたいと思っているエイルのような人がいれば、一人でいたいと思う人間だって当然いるだろうというのが高貴の考えだからだ。
だが、静音は人当たりの悪さを除けばかなり真面目な生徒であり、必要最小限とはいえ委員会の仕事の内容ならば会話も出来るという事は、かなり頼りになる存在かもしれない。取り合えず挨拶でもしておこうと、高貴は静音のほうに向き直る。

「あー、よろしくな音無」
「…………」

 静音は高貴のほうに軽く視線を向けただけで何も言わなかった。机の中から本を取り出すとそれを読み始める。カバーがかけてありなんの本かはわからない。この委員会決めが終われば後は自由時間なので決まった彼女にとってはもう授業はどうでもいいのだろう。
 「前途多難だな」というエイルの声が聞こえた気がした。



「ふーん、じゃあ真澄ちゃんと俊樹君は保健委員で、高貴君が図書委員になったわけなのね。三人ともしっかり青春してるようでなによりよ」

 ブラックコーヒーを飲みながらしみじみと詩織が言った。学校が終わり、今日はバイトだった為、高貴は一度帰宅することなくマイペースに向かった。今日は真澄と一緒のシフト、というよりも高貴がバイトのときはいつも真澄と一緒だ。それと詩織に会いにきた俊樹も一緒にいる。今マイペースにいる客は俊樹一人だけなので、若者三人がカウンターに座っている。

「青春って……ただ単に委員会決めただけですよ。それに詩織さんだってまだまだ青春出来ると思いますけど」
「そうですよ、詩織さん。いやー今日も美人だしスタイルもいいし、彼氏の一人や二人いないんですか?」
「ふふ、俊樹君上手ね。でも私は恋人なんていないわよ」
「はぁ、世の中の男って見る目ないですよね。わたしが男ならすぐに惚れちゃうと思います。料理も出来てケーキも作れて家事も完璧で美人で胸も大きくて」
「真澄小さいからな戦闘力B……」

 俊樹のみぞおちに真澄の容赦ない一撃が叩き込まれた。うめき声すら上げることも出来ずに彼はうずくま―――れなかった。真澄がすかさず首根っこを掴んで俊樹をにらみつける。

「おい、今なんつった」
「は、破壊力はSクラス……」

 真澄は高貴と俊樹の間に座っており、高貴から真澄の顔を見る事ができなかったが、俊樹の表情から見るにこの世のものとは思えない顔になっているのだろうとたやすく理解できる。ゆがんでいるのそ表情は痛みによるものか、恐怖によるものか、もしくは両方か。
 平和だ。まったくもって平穏で平穏だ。
 そう感じる一番の理由はやはりエイルがそばにいないからだろう。別に彼女の事を嫌っているわけではないが、やはりこういう普通の日常も大切にしたいと思うのは高貴の本心である。エイルは今ごろ家で大人しくテレビでも見ている頃だろう。きっと録画した昼ドラをクマあたりと。
 エイルとクマにはマイペースには決して来ないように釘を刺してある。つまりはここが高貴にとっての最終防衛ライン。最後の安息の地。犯されることない平穏。

「高貴君、どうかしたの? なんだかボーっとしてるみたいだけど」
「あ、いえ、なんでもありません」

 そう返事を返してコーヒーを飲もうとしたとき、カップの中が空になっていることに気がついた。すると詩織が「おかわりはいる?」と聞いてきたのでお言葉に甘えてカップを差し出す。詩織はカップを持つと、後ろで結われてある髪を揺らしながらカウンターの奥へと向かっていく。
 やっぱり詩織さんは癒し系のお姉さんだな。どっかの自称お姉さんのぬいぐるみとは大違いだ。
 そんなことを考えていると、いつの間にか真澄に見られていたらしく、なにやら不機嫌な様子になっている。その後ろでは俊樹が死んでいるが、見なかった事にしよう。

「な、なんでしょうか?」
「べっつにー……詩織さんの事いやらしー目で見てるなって思っただけ」
「い、いやらしい目でなんて見てねーよ。癒されてはいたけどさ」
「どうだか、どうせエイルさんや音無さんと同じで詩織さんは胸が大きいから見てたんじゃないの。詩織さんはFらしいけど、前に俊樹が言ってた」
「えふ……」
「こら、二人とも。お姉さんの体のことを気安く話題にしちゃだめよ」

 高貴のおかわりのコーヒーを持ち笑いながら二人に話しかける。視線が差し出されたコーヒーではなくF……もとい胸に言ってしまうのは男の悲しいサガか。

「ところで今話に出てきた人って、三人の友達? なんだか外国の人みたいな名前だったけど」
「エイルさんは友達ですけど、音無さんはそうは思ってくれてないと思います。二人とも同じ日に同じクラスに転校してきたんです。エイルさんのほうは海外留学生なんですよ」
「へぇ、四之宮高校って海外留学生の受け入れなんてしてるのね」

 正確には界外留学生だ。

「そーなんすよ。しかも二人ともスゲー美人で、エイルさんのほうは最近妙に高貴と仲がいいんすよね。クラスで高貴だけエイルさんの名前呼び捨てだし。高貴、やっぱり付き合ってんのか?」

 詩織の声で復活したらしい俊樹が唐突に会話に入ってきた。そのまま死ねばよかったのに。

「付き合ってないって。エイルとは席が隣だから仲良く見えるだけだよ。名前の呼び捨てだって二人も頼まれたろ?」
「うーん、でもエイルさんってすごく良い人で、同性のわたしから見てもかっこよくて憧れちゃうんだよね。だから呼び捨てはなんかしにくいってゆうか」

 本気で言ってるんだろうか? 少なくとも良い人だということは認めるにしても、かっこいいだの憧れるという要素はどこにも存在していないと思うのだが。人によって見る目が違うのは仕方がないとはいえ、ここまではっきりと違うとは驚きだ。

「そうなんだ、今度よかったらここにつれてきて。なんだか私も話してみたくなっちゃったから」
「いえ、それだけは勘弁してください」

 思わず反射的に、しかも間髪要れずに詩織の言葉に小声で反応してしまった。この最後のオアシスだけは侵略されるわけにはいかない。
 その時、マイペースの入り口についているドアが開き、カランカランとベルの音が響いた。珍しく、もといようやくお客が来たらしい。高貴が反射的に立ち上がると、席に案内する為、もしくはケーキの注文をとるために入り口へと歩き出す。
 そして、その足が止まった。その客は長い銀の髪を持ち、四之宮高校の学生服を着た少女だった。というよりもどこから見ても高貴のよく知るヴァルキリー。
 平穏クラッシャーにしてデンジャラスメイカーのエイルだった。
 エイルはなにやらしょんぼりとした表情で、いささかオドオドとしながら店に入ってくる。

「なんで……ここにいるんですか?」

 なんとか思考を働かせてエイルに話しかける。敬語になってしまったのは、自分は今バイト中だからか、もしくはあまりの出来事に敬語になってしまったのか。高貴の姿を見つけたエイルは一気に表情が晴れ渡り、早足で高貴の元に近づいてくる。

「高貴……会いたかったよ……君を探していた」

 そしていきなり爆弾発言を投下した。マイペースの中の空気が一気に凍りつく。高貴はすぐさまエイルの手を引いて入り口に戻り、エイルをしゃがませて自分もしゃがむ。いわゆるヒソヒソ話だ。

「おい! 何でお前ここに来てんだよ! 家で昼ドラ見てるんじゃねーのかよ!」
「もう見終わったよ。結局旦那さんにばれて二人は離婚、新婚二ヶ月にもかかわらずね。しかし奥さんのおなかにはその旦那さんの子供が―――」
「別にそこまで言わなくていい! 何でここに来たんだよ!?」
「一人で寂しかったんだ。私は寂しいのが苦手だと行ったじゃないか。気がついたらクマもいないし、昼ドラも見終わってしまい、まだ九時じゃないから次のドラマも始まらない。だから高貴の所に行こうと思って歩いてきたんだよ」
「来るなって言ったろ! 俺ここでバイトしてるってお前に言ってねーけど!?」
「前にクマにお店の名前だけは聞いた。それに私と君は深く繋がっている。魔力をオンにしていれば君のそばに来る事は出来る。本当に寂しくて寂しくて、もう誰でもいいから会いたかったんだよ……」

 再びしょんぼりとした表情でそう言われてしまっては、なんだかこっちが悪い事をしているような気にさえなってくる。一人でいると寂しいから留守番すら出来ないのかこのヴァルキリーは。音無静音とは正反対の存在である。
 と言うよりも、前からずっと思っていた事だが。この《神器》を探すと言う任務にエイルを選んだのは、確実にヴァルハラの人選ミスにも思えた。これなら天変地異以上のことが起きても《戦女神ヴァルキュリア》とか言う人たちを連れてきでもしないと、絶対に見つからないのではないかとさえ思えてくる。

「わ、わかったよ。来ちまったもんはしょうがないから、取り合えず―――」
「取り合えず……なに?」

 殺気、そして圧倒的なまでの怒気。背後を見上げればそこには鬼の形相をした幼馴染が立っている。

「ま、真澄さん? 何をそんなに怒ってるんですか?」
「……エイルさんが来てくれたのは別にいいの。お客さんとしてきてくれるのなら大歓迎だから。でもなんでいきなりあんたに向かって会いたかったなんて言ったの?」
「そ、それは……」

 何も言い訳が思いつかない。絶体絶命の状況の中、なんと高貴よりも先にエイルのほうが動いた。真澄がいる事に今まで気がつかなかったのだろうエイルは、真澄の姿を見るやすぐさま立ちあがりその手を取った。

「真澄……君もいてくれたのか……本当に会いたかったよ」
「え? ど、どうして?」
「家に一人きりですごく寂しかったんだ。だから誰でもいいから友人に会いたかったよ」
「あ、そうなんだ……」
「そ、そうそう! それで俺に対してもややこしい事言っちゃったんだってさ。それを注意してたんだよ!」

 エイルの言葉に乗って高貴も真澄に話しかける。それでようやく真澄も納得したらしく、その顔から怒りが段々と消えていった。

「エイルさーん、寂しいなら一緒にコーヒーでも飲もうぜ。今んとこ客は俺だけだから、二人も暇だろうし。」

 俊樹もエイルの元に近づいてくる。その表情には下心が丸見えだ。あわよくばエイルに手を握ってもらおうなどと考えているのだろう。

「俊樹……君もいたのか……もう寂しくはなくなったから、特に会いたいとは思っていなかったよ」

 俊樹がその場に崩れ落ちた。



「ああ……一人じゃないと言うのは素晴らしいな。やはりヴァ……人は一人では生きていくことなどできないんだ。大切な友を作り、共に支えあって生きていく事こそもっとも幸せな人生と言えるのかもしれない」
「悟ったような事言ってるけど、結局お前寂しかっただけなんだろ。ガキじゃないんだから一人で留守番くらいしとけっての」
「む、高貴。君は今この喫茶店の店員ではないのか? そして私はお客だ。にもかかわらずそのような態度をとるのはどうかと思うのだが」

 この野郎……すっかり調子を取り戻してやがる。むしろ調子に乗ってやがる。
 エイルは右隣に高貴を、左隣に真澄を座らせご満悦の表情だ。ちなみに入り口付近で俊樹が撃沈していたが、入ってくる客の邪魔だったため、テーブル席に高貴が捨てておいた。

「あはは、とにかくエイルさんが来てくれてうれしいよ。これメニューだけど何か注文する?」
「ふむ、ではそうさせて貰うよ。ありがとう真澄」

 真澄からメニュー表を受け取ると、エイルはそれに目を走らせる。その様子を微笑ましそうに詩織が見ていた。

「ちょうどあなたのことを話してたのよエイルちゃん。私は加賀美詩織よ。この喫茶店マイペースの店長をしてるの」
「挨拶が遅れて申し訳ない。私はエイル・エルルーンというものだ。よろしく頼む」
「ええ、よろしくね。海外留学生なんですってね、どこの国から来たの?」
「ふむ、それは秘密だ。ヴァル、女は秘密が多いほうが良いらしいから、どこから来たのかは内緒にしておいたほうがいいとクマに言われた」
「くま?」

 どうしてヴァルキリーと言うのは途中でやめることが出来たにもかかわらず、クマのことを言ってしまったのだろう? やはり彼女は隠し事が苦手のようだ。

「あ、ああ。故郷の友人だよ。あだ名なんだ」
「へぇ、そうなんだ。じゃあエイルさんは今どこに住んでるの?」
「とある家にホームステイしている。私としては場所を教えても構わないのだが、家主の希望で詳細は伏せさせてもらうよ」
「じゃあ聞かないほうが良いな。さ、エイル注文はなんだ?」

 会話を打ち切って強引に高貴が注文をとる。これ以上エイルに喋らせてしまえば、何を口走るかわかったものではないからだ。しかしエイルはいつまでたっても注文をする気配はない。メニュー表を見てなにやら唸るばかりだ。何を食べたいのか迷っているのかとも思ったが、むしろ戸惑っているようにも思える。
 そこで高貴は気がついた。もしかするとエイルはメニューの中身がわからないのではないかと言う事に。マイペースのメニューはコーヒーとケーキのみで軽食すら出していない。高貴がエイルと暮らした期間中に、エイルがその二つのものを口にしたことを高貴は見た事がない。ヴァルハラにケーキやコーヒーがないとするなら、どんなものなのかわからないと言う可能性も十分にある。

「悩むようならさ、無難にショートケーキでいいんじゃないか?」
「君はなにを言っているんだ? ケーキを選ぶのにたいして無難に選ぶなどと言う選択肢が存在するわけがないじゃないか。シンプルながらも奥が深いイチゴのショートケーキ。黒という大人びた色の中で、優しい甘さのチョコレートケーキ。どんな季節でも秋の香りと味を思う存分に味わう事のできるモンブラン。どれもおいしそうでなかなか選べないよ。君は少し、いや、かなりケーキというものをなめているようだね。ヴァ……女にとってケーキとはそれほどまでに特別なものだと言う事を覚えておくといい」

 本当にただ悩んでいただけだった。しかも妙に食い意地が張っている。へたをすれば「全部持ってきてくれ」などとでも言い出しそうな感じでもある。そもそもエイルは金を持ってきているのだろうか?

「それわたしもわかるよエイルさん。ケーキってどれにするかすっごく悩むよね。沢山食べたいけどそれじゃ太っちゃうし、かといってどれか一つだけじゃ満足できないし」
「さすが真澄はわかっているな。とはいっても頼まない事には始まらないから、ここはショートケーキにしよう」
「結局俺がすすめたやつじゃねーかよ」
「残りはまた今度食べるよ」

 こいつまた来る気だ。しかも入り浸る気だ。
 詩織が注文のケーキの用意を始める。こうして高貴の最後の安息の地も完全に消え去る事となった。しかし、ここでは真澄や詩織が相手をしてくれる分、いささか落ち着いてすごせるようだ。

「そういえばエイルさん、一度家に帰ったんだよね? 制服から着替えなかったの?」

 エイルは四之宮高校の学生服を着たままだ。高貴と真澄は学校から真っ直ぐ来たためまだ制服を着ているが、一度帰ったエイルがまだ制服を着ていることを真澄は疑問に思ったのだろう。

「ああ、私は制服以外の服を持っていないんだ」
「「……え?」」
「しかし心配しないでいい。制服は余分に持っているから毎日洗濯しているし、下着なども代えがあるからちゃんと洗っている。当然の事だがね」
「いやいやいやいやちょっと待って! 制服以外の服がないって事自体が当然じゃないから! ほ、本当に持ってないの!?」
「ああ、持っていない。あ、パジャマは持っているよ」

 高貴と真澄は思わず絶句してしまった。
 というよりも、今まで一緒に暮らしていて気がつかなかった自分をバカに思った。そういえばエイルの洗濯物は、学生服、下着、パジャマの三つのみで、私服の類はなかった。そもそもエイルが学生服かパジャマ、そして鎧以外の服を着ているところを高貴は見た事がない。
 バスタオルは服には含まないからだ。

「で、でもそれじゃ出かけるときとか困らないの?」
「困る事はない。私はヴァるきり……私は服は着られればいいと思っているからね。学生服があれば何も問題ないよ」
「そんな、もったいないよ。せっかくエイルさん美人なのに。何なら一緒に買いに行く? ほら、明日は土曜日で学校休みだし、都心のほうなら店とか沢山あるから」
「それは……」

 なんとかヴァルキリーだとは言わないようにしたらしい。真澄の誘いにエイルは困ったような表情になった。そしてちらりと高貴のほうを見る。視線がどうしたらいいのかと聞いているようだ。
 高貴からしてみれば、この誘いを断る必要はないと思っている。エイルはおそらく土日を使って《神器》を探すつもりだっただろうが、高貴はまだエイルを都心のほうへ連れて行った事はない。《神器》を探す事において高貴たちが出来る事は少なく、せいぜい他の《神器》の持ち主に気がついてもらうくらいしか出来ない為、行った事のない場所にエイルを連れて行くということは決して悪い事ではない。とにかく四之宮を歩き回る事が探す事にもつながるからだ。
 何より、真澄の親切心を無駄したくはないし、エイルの服を買うというのも助かる話だ。彼女は好奇心旺盛な性格なので、ヒルドのことでも言わない限りは、高貴がすすめればエイルが断る事はないだろう。

「せっかくだから行ってきたらどうだ? 服を買っておいたほうがいいとも思うし」
「そうか……では頼めるかな真澄」
「うん、もちろんだよ」
「よかったなエイル。まぁ楽しんで来いよ」
「何を言っているんだ高貴、もちろん君も来るんだろう?」
「は?」
「こ、高貴も!?」

 どうして自分まで行くことになるのだろう。自慢ではないが、彼は女性と一緒に服を買いに行ったことなどないし、どんな服がいいかなどのアドバイスも出来そうにない。真澄がついていってくれるのなら十分のはずだ。
 いや、待て。もしも本当にエイルが《神器》の持ち主に見つかったらどうなる。最悪の場合はその場で闘いが起きてしまうかも知れない。その場合はエイル一人で戦うということになってしまい、正直言ってかなり危険だ。日中ならば大丈夫かもしれないが、以前は昼間にも出てきたので確実とはいえないからだ。
 そしてさらに悪いケースは、真澄と一緒に襲われてしまうというケースだ。正直な所、真澄は《神器》の件には係わらせたくないし、相手が《神器》を持っていたら、エイル一人で真澄をかばいながら戦うというのも限界があるだろう。エイルが迷っていた本当の理由はこの事かもしれない。

「……わかったよ、俺も行く。まぁ荷物持ちくらいは出来るだろうしな」

 手伝うと決めたにもかかわらず、もしものときに力になれないというのは、高貴にとって納得できる事ではなく、結局首を縦に振るしかなかった。

「別に荷物持ちなどさせるつもりはない。どうせなら一緒のほうが楽しいと思っただけだよ。真澄だってそうだろう?」
「わ、わたしは別に……どうしても来たいって言うのなら来てもいいけど」
「なんでそんなにえらそうなんだよ……」
「ふむ、せっかくなら俊樹も誘おうか」

 そう言うなりエイルはテーブル席にいる俊樹に視線を向けた。しかし、俊樹は相変わらず動くことなく撃沈している。

「あいつはいいよエイルさん、来たらうるさそうだし」
「そうか、なら三人で行こう」

 エイルと真澄が明日のことについていろいろと話し始める。それを高貴は黙って聞いていた。高貴はヒルドの死刑宣告が本当のことだと知っており、エイルはそれを知らない。知らせてしまえばエイルは再び取り乱してしまうだろうから言う事はないが、高貴もヒルドを見捨てるつもりなどなく、真澄が買い物に誘わなければ、高貴のほうからまだエイルの言った事のない都心方面などに連れて行こうと思っていたところだった。
 誘う手間が省けて真澄には感謝だが、万が一の際には決して傷つかないようにしなければいけない。幼馴染を危険な事に巻き込みたくはないからだ。
 明日は特に注意してすごす事にしようと高貴は固く心に誓う。

「あ、そういえばお金を持ってくるのを忘れてしまった。どうしよう高貴」
「おーい」
 
 再び困った顔に戻ったエイルにそう言われて、高貴はケーキを持ってきた詩織にたいして「俺のおごりです」と伝え、明日は自分が払う必要のないことを祈ることにした。



「つーわけで、明日エイルの服を買いに都心のほうに行く事になったから」

 ソファーに座ってテレビを見ながら、ベットの上にうつ伏せに倒れてピクリとも動かないクマに向かって高貴は声をかけた。
 バイトが終わって、高貴とエイルは寄り道することなく帰宅した。しかし、真澄は男子寮の向かいにある女子寮に住んでいるため、エイルをバイトが終わる少しだけ早く一人で帰らせたため、少し文句を言われたがそれはしょうがないことだろう。
 エイルは今お風呂に入っている。一緒に暮らすようになって初めてわかった事だが、シャワーの水音などは結構聞こえてくるらしく、いまだに高貴はエイルの入浴中でも緊張してしまう。しかし、エイルのいない今は、クマとヒルドのことについてなどを話すチャンスでもある。が、クマは先ほどからピクリとも動かない。今日はまだ踏んではいないが、壊れてしまったのだろうか?

「おい、聞いてんのかよクマ」
「……きいてるわよ~……お姉さんちゃ~んと聞いてるわよ~」

 なんだか今にも死にそうな声色で返事が返ってきた。

「ど、どうかしたのか? なんか死にそうな感じだけど」
「疲れてるのよ~。それに引き換え人間君もエイルもずいぶん楽しそうね。エイルは詩織さんのケーキがおいしかったなんて言ってたし」
「い、いや……でも服は必要だろ?」
「お姉さんも服買いに行きたいわよ。お姉さんこう見えて忙しいの。それにヒルドのことを上に掛け合ってるから、いろいろと愚痴も聞かされるしストレスも溜まるし。さっきもヒルドの死刑を取り消すように申請してたんだから」
「え、マジで!? じゃああいつ助かるのか?」
「正直、期限を延ばすだけで精一杯ね。とっととヒルドの紛失した《神器》……最悪他のギリシャの《神器》でもいいから回収しないとまずいわ。それと、お姉さん明日からしばらくいなくなるから。ヒルドのことと、今後の《神器》の回収のプランの再検討とかあるの。だから魔術を見られないように気をつけてね」
「そうか……気をつけるよ。にしてもお前も頑張ってんだな」

 クマが起き上がって「当たり前よ」と胸を張った。クマがいないということは、魔術を見られても記憶を消す事ができないというわけだ。特にエイルには注意するように言って置いた方がいいだろう。普段は何もしていないように見えるが、ひょっとすると一番働いているのはこのクマかもしれない。だからこそ、高貴はクマにかけるべき言葉をかけた。

「じゃあさ、しっかりとエイルに金もたせといてくれよな」
「いやそこはねぎらう言葉じゃないの!?」


                                                        ――――――ヒルド・スケグルの処刑まであと六日


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