「あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ! 「俺の家にヴァルキリーがホームステイしていたと思ったらいつの間にか俺がヴァルキリーの家にホームステイしていた」 な…何を言ってるのかわからねーと思うがおれも何をされたのかわからなかった…頭がどうにかなりそうだった…魔術だとか《神器》だとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえもっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…」
「……なにそのポルポル現象?」
残念ながら幼馴染は冷たかった。ネタが通じただけでもよかったのかもしれないが。ヒルドに権利書を突きつけられて土下座した後高貴が取った行動は、スマホを取り出し幼馴染に電話をすることだった。とにかく誰でもいいのでこのふざけた状況を報告したかったのだ。といってもほうこくできそうなのは真澄しかいないのだが。そんな高貴のことを、ヒルドはベットに座り、権利書をヒラヒラとさせながら見ている。
「ヴァルキリーの家にホームステイって、高貴エイルさんの世界にいるの?」
「いや、違う。いつの間にか俺んちがヴァルキリーのものになってたんだ。やつは今も俺に現実を突きつけて薄ら笑いを浮かべている」
「……なにそれ、ほんとにわけわかんないんですけど。てゆーかなんかウザイ」
「だからポルポル現象なんだよ。取り合えずエイルに代わってくれ」
「残念、ちょうど今帰ったよ。目の前だからすぐ着くでしょ」
エイルは携帯やスマホを持っていないため、高貴は真澄に電話をした。本来ならば《ᛖ》を使えば問題ないのだが、高貴はまだ使うことが出来ないので、エイルからの受信はともかく高貴からの送信はできないのだ。とはいえ今真澄が言ったように、四之宮高校の男子寮と女子寮は目と鼻の先なので、数分と待たないうちに帰って来るだろう。
「わかった、あんがとな」
「うん、よくわかんないけどこれからバイトなんだし遅刻しないでよ。てゆーか、制服から着替えて少ししたらわたしもそっち行くから。エイルと一緒に行く約束してるし」
気のせいかもしれないが、スマホから布のこすれる音が微かに聞こえてきている。もしかしたら今まさに着替えている最中なのかもしれない。しかしそんなことを当然真澄に言えるはずはなかった。
「……なんだかお前ら、最近仲いいな。つーかあいつ今日もバイトについてくるのな」
「当たり前じゃん、じゃあね」
その会話を最後に通話が切れる。ヒルドはまだ高貴のほうを見ていた。それはまるで電話の内容を言えといっているかのような目だ。
「あー、エイルすぐに帰って来るってさ」
「聞いてないわよ」
「そうっすか……」
「けどあんた、プライドってものがないの? あんなにあっさり土下座するなんてさすがに思ってなかったんだけど。本気の土下座なんて正直ドン引きだったわ」
「だって俺子供だし。住むとこなくなったら生きていけねーし。プライドなんていくらでも捨てられるけど、命は捨てられねーだろ」
「ふぅん、身の程ってのをわかってるのね。でもあたしならプライド捨てて生き恥をさらすなんて耐えられないけど」
「プライドなんて気にしてたら平穏に生きれない」
「何が平穏よ。てゆーかここ学生寮なんだから、実家に帰ればいいじゃない。地元はどこよ?」
「結構前に親は死んだよ。だから地元は四之宮だけど、実家なんてない。まぁ四之宮じゃないとこに親戚とかならいるけど、あんまり頼りたくねーし」
高貴の言葉に僅かながらヒルドの表情が変わった。「ふぅん」などと特に気にしてなさそうな振りをしてはいるものの、自分の質問で高貴が気を悪くしてしまったのではないかと明らかに悪びれている様子だ。高貴からしてみれば、両親の事は完全に割り切れているのでまったく気にしていない。だからこそ今のようにすんなりと話せることなのだが、なんだか逆にこちらが悪い事をした気分にもなってくる。何か別の話題を振ったほうがよさそうだ。
「つーかさ、そんなに金あるんならほかの部屋に住めばいいだろ。どうしてわざわざここなんだよ」
「そ、それは……なんとなくよなんとなく。ばらけてるより固まってたほうが何かと都合がいいでしょうし」
あ、目をそらした。なんだかあからさまにあやしい。しかし理由は本当に気になっていた。この部屋は二人(とぬいぐるみ一匹)で住むならともかく、三人(とぬいぐるみ一匹)で住むには明らかにスペースが狭い。にもかかわらず彼女がここに住みたがる理由というのは―――高貴にはさっぱりわからなかった。もしかしたらクマならば何か知っているかと思ったが、いつの間にかクマは部屋から消えている。高貴が電話をしているうちにどこかに消えてしまったらしい。
そして、
「ただいま!!」
玄関のほうから大きな少女の声が聞こえてきた。勢いよく玄関のドアを開けたのか、そのドアの開く音も聞こえてくる。バタバタとした足音が響き、リビングのドアが勢いよく開かれた。入ってきたのは腰まである長い銀の髪をもち、空のように青い瞳を持つ少女。四之宮高校の制服を着て、よほど急いできたのか息は切らせている。今年の春ごろから高貴の部屋にホームステイしているエイルだ。
エイルは部屋の中を見回し、すぐさまベットの上に座っているヒルドの姿を見つけ、直後。
「ヒルドっ!!」
鞄をその場に捨て、勢いよくヒルド目掛けて飛びついた。あまりにも突然の事に、ヒルドもかわすことができずに、ベットの上に押し倒されてしまう。
「こ、こらっ! いきなりなにすんのよ!? さっさと離れなさい!」
「良かった……お仕置きがきついものではないかとずっと心配していたぞ!」
「いいから離れろっての! 暑苦しいのよこのド天然!」
「ああ、今日はそう呼ばれても我慢しよう。本当によかった」
美少女二人がベットの上でむつみあっている光景を、なんともいえない表情で高貴はだた見ていた。しかしエイルがこんな行動に出るとは予想外だ。死刑判決の件は冗談ということにしておいたのだが、それでもよほどヒルドのことが心配だったに違いない。ヒルドのほうも、口では嫌がっているように聞こえるが、そのエイルを引き離さない所を見ると、特別に嫌がっているというわけでもなさそうだ。
しかしヒルドは高貴のその視線に気づくや否や「い、いい加減にしなさい!」とすぐさまエイルを引き剥がしてしまった。仕方がなくエイルがヒルドの隣に座る。
「まったく、いちいち大げさなのよあんたは。っていうかなんであたしが来たこと知っているわけ? こいつが誰かに電話した時には、あんたもういなかったんでしょ?」
「女子寮の入り口でクマが教えてくれたんだ。それで思わず走ってきてしまったよ」
「クマが? ふーん、そうだったのね。いつの間にか消えてると思ったら―――って今もいないじゃない、一緒に来なかったの?」
「ふむ、玄関あたりでは居たような気がするのだが……まぁきっとおやつでも買っているのではないか?」
「んなわけないでしょ」
もしも本当だったらゾッとする話だ。クマのぬいぐるみが買い物など明らかに異常すぎる。
「それはそうとヒルド、お前は《神器》を集める任務に戻るのだろう? ヒルドが一緒だと心強いから助かる、これからよろしく頼むよ」
「べ、別に……あんたの為じゃないし」
「あ、そういえばエイル。こいつ―――」
「こいつって言うな!」
「……ヒルドがここに一緒に住むって言ってるんだけどお前はどう思う?」
「別に問題ないだろう」
ですよねー。
エイルは高貴に対して「なぜわざわざそんなことを聞くんだ?」などとでも言っているような視線を送っている。
「なぜわざわざそんなことを聞くんだ?」
というよりも実際に聞いてきた。
「あのさ、ここ、俺の部屋。三人も住むの無理。狭い」
「私は気にしない」
「俺が気にするんだよ!」
「さっきから決まった事をいつまでもグダグダとうるさいわね。セクハラで訴えるわよ」
「上等だこの野郎! 不法侵入で訴えるぞ!」
「これが目に入らないのかしら?」
「…………もういいです。諦めました」
「仕方ないじゃない、ほかにこの寮の空き部屋はないんだから。あたしだって狭い所で我慢してあげるんだからあんたもそうしなさいよ」
だから、ほかに住む場所なんていくらでも用意できるだろうに、どうしてここなのだろう?
「それよりも高貴、この後マイペースでアルバイトだろう。いつまでも制服でいないで着替えたらどうだ?」
「ん? ああ、そうだな。まだ時間はあるけど……着替えるか」
「そういえば、さっきの電話でも言ってたみたいだけどあなたってバイトしてるのね。なんのバイト?」
「喫茶店の手伝い。といってもほとんど雑談してるだけだけど。」
「うわぁ、ちゃんと働きなさいよヒモニート。どうせここ最近の生活費全般はエイルに頼りきりなんじゃないの?」
「……そ、そんなわけねーだろ。それに俺本業は学生だし」
たしか7:3くらいの割合だったはずだ。どちらが7なのかは……いや、やめておこう。ただこの前の詩織からの給料は、ほとんど貯金に回すことができたとだけ。
「こちらでの生活費はヴァルハラからの経費で済ませることができるし、何より私はここにホームステイさせてもらっている身だ。生活費は私が全額負担しても一向に構わないぞ」
「いいよ、さすがにそれは悪い。じゃあ俺着替えてくるから」
「こんにちはー、エイルいる?」
玄関のほうから声が聞こえてくる。この声は真澄の声だ。先ほど電話をした時に言っていた様に、着替え終わったので来たのだろう。エイルが「真澄が来たようだ」とベットから立ち上がってリビングから出て行った。
「真澄って誰なの?」
「俺の幼馴染だよ。ほら、ヒルドのなくしたアルテミスの持ち主になった奴」
「ふぅん、彼女?」
「お・さ・な・な・じ・み!」
「なんだ、つまんないの。でもそういうことならお礼言っといたほうがいいわね。おかげであたしはこうして生きてるわけだもの」
エイルが再びリビングに入ってきた。その後ろには真澄も一緒についてきている。当然だが学生服から私服に着替えた状態でだ。真澄のベットの上に座っているヒルドに視線が行ったが、すぐさまエイルのほうに視線が戻った。
「真澄、彼女が今話した私の友人のヒルドだ。今後私達に協力してくれることとなる」
「えっと……ヒルド……ちゃん? 初めまして」
「言っとくけど、あたしはあなたよりも年上よ」
「「え?」」
高貴と真澄の声が重なった。恐らくは真澄もヒルドのことを見て、中学生くらいの年齢だと思っていたのだろう。そうではないと高貴は知っていたものの、まさか年上とまでは思っていなかった為、思わず声が漏れてしまった。
「つーかお前らって年いくつ?」
「ふむ、私は―――」
「ヴァルキリーに対して年齢を聞くんじゃないわよこの童貞ボーヤ。そんなんだからいつまでたっても彼女できないのよ」
「そこまで言わなくてもいいだろ!」
「エイルも言うんじゃないわよ。あなたが言ったらあたしの年もばれるわ」
「ふむ、わかったよ」
と言う事はエイルも年上になるのだろう。
ヒルドは真澄のほうに一度向かい直ると優しい口調で声をかけた。
「そんなに警戒しないでいいわ。あと敬語とかも使わなくていいし、名前も呼び捨てで構わないから仲良くしましょう」
「は、はい。じゃなかった、うん。よろしくね……ヒルド」
「うん、素直な子は好きよ。それとお礼を言わせてちょうだい。あなたが《神器》を見つけてくれたおかげで助かったもの」
「それは偶然だよ。お店で売ってたのをたまたま見つけただけだし」
「それ、本当に非常識よね。アルテミスに言っておいてもらえるかしら。あんたのせいで大変な目にあったわこのやろうって」
「あはは……聞こえてると思うよ」
真澄とヒルドはすでに完全に打ち解けているようだ。女の子同士というのはやはり仲良くなるのが早いものなのかもしれない。真澄の隣でエイルが少し寂しそうにしているが、すぐに三人で話すようになるだろう。
「てゆーかあなた達、バイトに行くんじゃなかったの。早く行ったほうがいいんじゃない?」
「そうだな……まだ少し時間があるけど、別に早く行ってもいいか。じゃあ今度こそ着替えてくる」
高貴がソファーから立ち上がってクローゼットを開いた。高貴は着替える時には、基本的に浴室の脱衣所で着替えることにしている。同じ屋根の下で暮らす以上当然の配慮だろう。
「そうだ、どうせならばヒルドも来ないか? ここで一人で待っているのは退屈だろう?」
「いやよめんどくさい。あ、それとあたし学校にも行かないから。制服着て授業なんて本当に勘弁してほしいわ」
「ふむ、それはざんねんだな……しかしマイペースは制服を着る必要はない」
「まぁ制服なんてマイペースにないもんね。一緒にいこうよヒルド。きっと留守番なんて退屈だよ」
「め・ん・ど・い。テレビでも見てるわ」
「二人とも、別に無理に誘うことねーだろ」
正直ついてきてほしくない。詩織に何を言われるのかわかったものではないからだ。しかしエイルはあきらめてはいないようで、少し考えた後名案を思いついたようにヒルドにこう言った。
「マイペースのケーキは美味しいぞ」
「さっさと行くわよ」
あっさりとヒルドが立ち上がる。ヴァルキリーとはケーキに弱いものらしい。