「な……なんでネコになってんだ?」
突然現れてクマのぬいぐるみから本物のネコにクラスチェンジしているネコに対して、高貴はまず当然の疑問をぶつけた。それはクマを知っている他3人の気持ちをも代弁したものだ。
「それがね、さっきの四之宮中学校での戦いで、お姉さんいきなりあの黒コートに木っ端微塵にされちゃったのよ」
「ま、待て! なんだそれは? 聞いていないぞ」
「本当よ、ねーヒルド」
エイルたちの視線がベットに座っているヒルドに集まる。
「あー……そういえばそうだったわね。黒コートの《神器》で細切れにされてたわ」
「ちょ、ちょっと! それって大丈夫なのクマさん!?」
「今はネコよ真澄ちゃん。それにあのぬいぐるみはあくまでただのぬいぐるみだから大丈夫、お姉さんピンピンしてるわ」
「そりゃよかったけどさ。ちゃんとそういうことは言えよなヒルド」
「いわないであげて人間君。ヒルドはお姉さんが細切れになれたときに思いっきり怒ってくれたのよ。本当は素直になれないだけで優しい子なの」
「うるさい!」
ヒルドが叫ぶと、ビクッとネコは体を震わせエイルの陰に隠れる。
「と、とにかく。直そうかと思ったんだけど、せっかくだからクラスチェンジしてみたの。これからお姉さんの事は気兼ねなくネコと呼んでね」
「あいかわらずそのまんまだな……ってどうした逆神?」
逆神は猫が現れてから、ポカンとした表情のまま固まっていた。口は半開きになっていてボーゼンとしている。
「ふむ、もしかしてネコが喋っているから驚いたのか? 彼女は私達の仲間だから怖がる必要はないぞ」
「まぁ不気味だけどな」
「むむ、失礼しちゃうわね人間君。とにかくよろしくねー」
そう言ってネコが逆神の隣に移動した。移動した瞬間に、逆神がネコの体をガシっとつかんで持ち上げる。
「あ、あなたは! 漆黒の守護者と契約する伝説の獣ですか!?」
「「「「「は?」」」」」
「大丈夫です! 僕には全てわかっています! 漆黒の守護者は人の言葉を発する獣と契約する事によって世界を救う勇者となるのです! さぁ僕と契約しましょう!」
「ちょ……なに言ってるのこの子!? ちょっと待って……」
猫が苦しんではいるが、それを誰も助けようとはしなかった。中二病モードに入ってしまった逆神に誰も関わりたくはなかったのだ。
もっとも、ただ一人は別のようだが。
「おい、正義。そんなに首を絞めないでやってくれ。ぬいぐるみならともかく、本物のネコになってしまったにもかかわらずバラバラになるなど、冗談ではすまない」
「げ、確かに。部屋が汚れるからやめてくれ!」
血まみれのスプラッタと、その後片付けのめんどくささを恐れて高貴も逆神を止める。二人に止められた逆神は、しぶしぶと言った感じでネコから手を離した。
「どうして止めるんですか? 僕が契約を行わないと世界を救うことができません」
「ふむ、そういう設定は気にすることはない」
「設定ではありません! 事実です!」
「あー、もう。とにかくみんな、少しお姉さんの話を聞いてよ」
首を絞められたダメージが抜けたのか、もう一度ネコがテーブルの上に座った。
「今は中二病だとかジャスティスだとかいうよりも、《神器》を集めたり黒コートをボコるほうが先決よ。そのために協力し合うってことでいいんじゃないの? どうかしら鈴木君」
「鈴木君?」
高貴の呟きに反応したのは、テーブルをバシッと叩いた逆神だった。
「その名前で呼ばないでください! 僕の名前は逆神正義! 神に逆らう事になっても自分の正義を貫く漆黒の守護者です!」
「えー? でも本名は鈴木君でしょ? 鈴木太郎君」
鈴木太郎。どうやらそれが逆神の本当の名前らしい。
「すずき……」
「たろう……」
「ふむ、極めて普通の名前だな」
「逆神なんたらよりは百倍いい名前だと思うわね」
「その名前で僕を呼ぶなぁぁぁ!!」
逆神が叫びながら立ち上がった。その表情は完全に怒りに染まっており、今にも暴れだしそうでもある。
「わ、わかったから! お前の名前は逆神だな! 逆神正義! 超かっこいいよ!」
「そ、そうだよね! 神に逆らうとことかかっこいいよね!」
「ふむ、そう―――」
「あんたは黙ってなさい。めんどくさくなるから」
高貴と真澄の二人係りで機嫌を取り、エイルをヒルドが抑えて、ようやく逆神の顔に余裕が戻ってくる。しかし逆神はもう一度座ろうとはせずに、そのまま部屋から出て行こうとする。
「ま、待って逆神君!」
慌てて真澄が呼び止めると、逆神はピタリと足を止めた。しかし振り返る事はなく、そのまま言葉を発する。
「あなた達が悪に染まっていないということは理解できます。しかし僕と一緒に戦うには記憶の欠落が激しすぎるようです」
「ま、待ってくれよ! 俺達は―――」
「安心してください。《正義の武具》を発見したら、もちろんあなた達にも知らせます。それに《災厄を招く影》ももちろん倒しておきますし、妖しく光る真紅に関しても同様です。僕の連絡先は真澄さんに教えていますから、連絡ならいつでもとってください。僕の漆黒の守護者としての力が必要ならば、喜んで力を貸しましょう」
「ふむ、つまり、少なくとも敵対する気はないととってもいいのか?」
「もちろんです。それでは僕は失礼します。人々の助けを求める声が読んでいますから。……できれば、皆さんが一刻も早く《正義の守護者》としての使命に目覚めてくれる事を祈っています」
最後にそういい残して、逆神正義は部屋から出て行った。玄関のドアが開いて、閉じる音が聞こえてくる。
残された4人と一匹は、しばらくの間ポカンとしていたが―――
「めんどくせー……おい、なんなんだよあの中二病は? なんでよりにもよってあんなのが《神器》の持ち主になってんだよ」
高貴がゴロンと床に寝転がる。それで緊張が解けたのか、真澄も大きくため息をついた。
「本当に……いるんだね、ああいう子って。正直苦手かなぁ」
「なぁクマ、じゃなくてネコ。あいつから《神器》だけ取り返したほうがいいんじゃねーのか? 俺あんなめんどくさそうなやつと付き合ってく自信ねーぞ」
「珍しく月館と意見が一致したわね。どうなのネコ?」
「そうねぇ、一応敵意はないし、鈴木君の戦闘力自体は役に立つものだったから、うまく首に縄つければ使えるんじゃない?」
「あんなの首輪付けえても使える自信ねーよ」
「月館に賛成ね」
「こら、二人とも。そんな風にいうものではない。彼は中二病なのだから、めんどくさい性格なのは仕方がないだろう。そういうのにも付き合ってやる大人の対応というものも大切だぞ」
「お前が一番ひどいよ」
本人に向かって真正面から中二病を指摘する事は、少なくとも大人の対応ではないだろう。
「とにかく、《神器》が一つ見つかった事を喜びましょう。もしも鈴木君が敵対してきたらその時は戦えばいいわよ」
のんきそうに言うネコだったが、やはり高貴の胸から不安は消えなかった。しかし本人は正義がどうのこうのと言っていたので、少なくとも無関係の人を巻き込んだりはしないだろう。
「それにしてもあたしが来た瞬間に《神器》が見つかるなんて、我ながら自分の有能さに怖くなってくるわ」
「ふむ、黒コートにやられかけたのではなかったのか?」
「負けてないわよ! いいからあんたはさっさと勉強でもしなさい! ほら、数学でもやれ!」
テストのことを思い出したのか、とたんにエイルの表情が険しいものとなる。
「ふむ……数学か……嫌だな」
「あれ、エイルって勉強自体は好きなんじゃねーのか?」
「君はなにを言ってるんだ? 数学とは学問ではない。拷問だ」
「テメーは何言ってんだ。いいからさっさとやれ。俺も勉強しねーと。真澄もやってくか?」
「あ、うん。じゃあせっかくだから」
そう言って三人はテーブルに勉強道具を広げ始めた。エイルと真澄は数学、高貴は英語だ。
「せっかくなら、君も一緒に数学をやったらどうだ?」
「いや、遠慮しとく。音無にも言われたんだけど、帰ったら英語の復習を―――」
「待て」
「待って」
高貴の言葉がエイルと真澄に遮られる。
「今の言葉はどういうことだ?」
「あ? どういうことってなんだよ?」
「なんで音無さんの名前が出てきたの?」
「俺今日は図書当番だったから、音無と一緒に勉強してたんだよ。つきっきりで見てもらってた」
ピシ……
なにやらどこかにひびが入ったような音が高貴の耳に入ってきた。同時にエイルと真澄の表情が険しいものとなり、ヒルドが大きくため息をつく。
「ほぅ……そうか。君は、静音に勉強を見てもらっていたのか」
「わたし達が、危ない目にあってるときに」
「あ、悪かったよ。でもきょう図書当番で―――」
「静音と、二人で、二人で、勉強をしていたわけか。二人で、楽しく!」
「わたし達が、戦ってたり、中二病の相手をしてる間も、高貴は、音無さんと、楽しく!」
「え? え? なんでお前ら怒ってんの?」
「静音との勉強は」
「楽しかったの?」
「ま、まぁ……あいつって教えるのうまいし、どちらかと言えば……楽しかった」
プチ。
「どういうことか説明してもらおうか!」
「どういうことか説明してよ!」
エイルと真澄が同時バンッとテーブルを叩いた。先ほどの逆神以上の迫力に、思わず高貴は身を縮めてしまう。
「な、なにを?」
「どうして静音と勉強する事になったかをだ!」
「そ、そんなこと別に―――」
「早く言えこのバカ!」
「は、はいっ!」
正座。
何も言われていないが、自然と正座の姿勢になった高貴は、目の前のプレッシャーに押しつぶされながら口を開く。
一人の少年が、二人の少女に問い詰められている。そんな状況を楽しむようにネコがその光景をながめ、その状況に対する感想をベットに座っていたヴァルキリーが口にした。
「いいからさっさと勉強しなさいよ、このバカ共」