「さーてと、というわけで公園に着いたわけだけど……」
「特に何も感じないわね」
しばらく歩いて公園にたどり着いた三人は、目的地の四之宮公園にたどり着いた。相変わらず寂れた所で、電灯がベンチを照らしている。取り合えず高貴はベンチの上に買い物袋を置く。
周囲を見渡してみても、何も魔力の気配は感じない。正確にはヒルドと逆神の魔力しか感じる事はできなかった。
「どうだヒルド?」
「……ベルセルクと《神器》の反応は無しね。中二病は?」
逆神は二人から少し離れた所に立っていた。
「おーい、逆神。魔力なんて感じるかぁ」
「静かに!」
声をかける高貴の声を、力のこもった逆神の声が遮る。
「聞こえます……助けを求める人の声です。僕を呼んでいる!」
「……帰るか?」
「そうね」
「こっちです!」
急に逆神が走り出す。本来なら放っておいてもいいのだが、どうせここまで来たのだからと二人もその後に続いていく。
逆神が走っていった先、大きな木の下に彼は身を隠すように立っていた。追いついてきた高貴とヒルドに、向こうを見るようにと手で合図をする。
逆神の示す方向には――
「だからぁ、俺たち超金に困ってんだよね。だから山本君金貸してくれないかなぁ」
「いいだろ別に? 今までも何回も金貸してくれたじゃねーかよ。だから今回も頼むよ」
二人、いや三人の人影が存在していた。
「なんだあれ?」
「人間……ね」
暗くてよく見えにくいが、人影は全員少年だ。しかも服装は逆神とおなじく四之宮中学校のもの。二人の少年がひとりの少年に詰め寄っているように見える。
「で……でも、この前も、その前も、返してもらってないし……」
詰め寄られている少年が弱々しい声を出す。しかし、二人の少年はさらに詰め寄る。
「だからー、金が入ったら返すって言ってんだろ? いいからさっさと出せよ!」
「うだうだ言ってねーでさっさと出すもんだせや!」
「ひっ!」
詰め寄られている少年の体がビクッと震えた。
「これって……かつあげか?」
「そうみたいね。こんな人気のないところに連れ込んでよくやるわ」
「ネコが中学校でいじめが流行ってるって言ってたけど、本当だったんだな」
最近の中学生は怖いものらしい。もしかしたら自分が中学生の頃も、こういうことがあったのかと思うと、なんだか嫌な気分になってくる。
「助けたほうがいいか」
「するなら勝手にして。あたしには関係ないわ」
「俺もやっかいごとはごめんなんだけど……仕方ないか」
「……助けてあげましょう」
高貴とヒルドの会話に逆神が入ってくる。
「理由なんて要りません。困っている人や恐怖している人は助けるべきです。力なき人間を守るのは漆黒の守護者の務めですから。僕は助けてきます」
そう言って逆神が少年達に歩いていく。
「はぁ、仕方ないか」
高貴もそれに続いていく。ヒルドは来ないようだが、こっちは身体能力が人並み以上が二人。不良程度ならなんとかなるだろう。
それにしても、逆神はただの中二病かと思っていたが、正義感は本物らしい。彼がただの中二病ではないことを高貴は嬉しく思った。
「おい、お前ら」
高貴が少年達に声をかけた。三人の少年達の視線が一斉に高貴に向かう。他に人がいるなど思ってもいなかったのだろう彼らの顔は驚きに染まっていた。
しかし――すぐに不良の二人は表情を戻す。
「誰だよテメーら? 今大事な話してるからすっこんでてくんない?」
「はいはい。おい、そこの奴、とっとと逃げろ」
「え?」
詰め寄られていた少年は、高貴の思いがけない一言に混乱しているようだ。視線を上げたりさげたりと挙動不審に陥っている。
「おいコラ! なに言ってんだよ!」
「金取られたくないだろ。さっさと走れ」
「で、でも……」
「いいから走れ!」
「ひっ!」
威圧をこめた声でそう言うと、少年は怯えながらも出口に向かって走り出した。
「おい、待ちやがれ!」
「テメーコラァ!」
せっかくの獲物に逃げられてしまったためか、不良の二人は怒りの形相になって高貴と逆神をにらめつけた。
「なにやってくれてんだコラ!」
「ヒーロー気取りのザコが。かわりにテメーが金払ってくれんのか? ああ!?」
「高校生は金持ちだよなぁ!?」
うわぁ、全然怖くない。
中学生二人は先ほどからきゃんきゃん怒鳴っているが、それを高貴はまったく怖いと思えなかった。それはおそらく自分のほうが圧倒的に強いのが原因だろう。
「おい、聞いてんのか!?」
「そっちのガキも何か言えよ!」
先ほどまではやる気が満々だった逆神は、今は俯いて震えている。流石に中学生なので怖くなったのかもしれない。こうなったら自分ひとりで軽く相手でもしてやるしかないだろう。その内捨て台詞を吐いて帰ってくれるはずだ。
そして、高貴が一歩前に出たそのとき――
「全ての悪は漆黒の正義の名の元に断罪する」
「え?」
逆神がなにやらブツブツとつぶやいている。しかし何を言っているのか高貴には聞き取る事ができなかった。
「人々を苦しめる悪に生きる資格はない。よって貴様らは漆黒の守護者、逆神正義が裁く。ゲイ・ボルグ!」
今、こいつはなんと言った?
逆神が、その目を目の前にいる不良にはっきりと向ける。そして右手に黒い光が集い始める。夜の闇よりも深いその光は、一瞬で《銃槍ゲイ・ボルグ》に姿を変えた。
「ジャスティス」
それを、なんのためらいもなく振りかぶり、なんのためらいもなく、逆神は振り下ろす。
不良はなにが起きているのかすら把握しておらず、だたポカンとしながらただ自分にせまりくるそれを見ていた。《神器》。異世界の武器。そのようなものをなんの力も持たない人間にたいして使用すれば――死あるのみ。
「クラウ・ソラス!!」
高貴の叫びが、夜の公園に木霊する。その右手に白い光が集い始め、一瞬でクラウ・ソラスが具現化された。逆神の言葉を理解するよりも早く、行動を理解するよりも早く、魔術や《神器》の守秘義務も気にせず、高貴はクラウ・ソラスの光の刀身を展開、思い切り振り上げる。
ギイィィン!! という耳を劈く轟音とともに、白い光が周囲に弾けた。クラウ・ソラスは不良学生の顔面ギリギリを通過し、まさに不良学生にぶつかろうとしていたゲイ・ボルグを受け止め、そして弾いた。
「高貴さん?」
「バカかテメーは!? いきなり何してやがる!」
高貴が不良をかばうように逆神の正面に立って、クラウ・ソラスを構えた。
構えたものの、状況はよく理解出来ていない。いきなり逆神がゲイ・ボルグで不良に斬りかかった。いったいなぜそんなことをしたのかがまったく理解できない。
理解できるはずがない。
「ちょっと、何してんのよあんた達!」
様子を見ていたヒルドもこちらにやって来た。その表情は高貴と同じで信じられないといった様子が伺える。
「ヒルドさん、高貴さんがおかしいんです。僕のジャスティスの邪魔をしたんです」
「おかしいのはあんたでしょ! なにいきなり不良どもに《神器》向けてるのよ!?」
「何を言ってるんですか? 悪を断罪するのは当然のことのはずです。ヒルドさんまでおかしくなってしまったんですか?」
「テメー、こいつらの事殺す気か?」
高貴が、逆神を威圧しながらたずねた。逆神は少しも怯んだ様子もなく、むしろ笑いながら言葉を発する。
「当たり前じゃないですか。これは漆黒の正義による断罪です。悪を殺す。それすなわちジャスティス。至極当然の事ですよ」
本当に、至極当然に逆神はそう言った。
すなわち、逆神にしてみれば、おかしいのは高貴たちなのだ。自分の正義の邪魔をする二人を、逆神は心底疑問視している。
「……おい、お前ら。さっさと逃げろ」
高貴は自分の背後で震えている不良言う。先ほどまでの強気な態度はどこにもなく、今はなにが起こっているのかわからずに、何も言えずに震えている。
「な……なんなんだよ! お前ら――」
「さっさと消えろ! 殺されたいのか!」
クラウ・ソラスを地面に向かって一閃。そこには光の刀身によって鋭い傷跡が刻まれる。それを見た不良がさらに震え上がった。
「ひ、ひいぃっ!!」
「た、助けてくれーーっ!!」
ようやく不良が逃げるという選択をした。しかし当然のごとく逆神はそれを許さない。
「逃がすか!」
「逃がすんだよ!」
高貴が逆神の前に立ちはだかり、それと同時に斬りかかった。逆神はゲイ・ボルグでそれを受け止め、両者の武器がギリギリと拮抗し合う。
「なぜ邪魔をするんですか! あなたも悪に落ちるつもりですか!?」
「一般人を殺すわけにはいかねーだろ! テメーは豚箱に入る気かよ!」
「バカなことを言うな! 僕は漆黒の正義に基づいて断罪するだけだ! どうして罪に問われる必要がある!!」
「こいつ……頭おかしいだろ!」
「そんなの、わかりきってた事よ! レーヴァテイン!!」
ヒルドがレーヴァテインを召喚し、逆神の真横から斬りかかった。しかし逆神はそれを回避し、クラウ・ソラスとのつばぜり合いからも逃れる。
逆神はそのまま後退して、高貴とヒルドから離れた。
「追うわよ!」
「わかってる!」
高貴とヒルドもすかさず後を追う。逆神は先ほどまでいた場所。公園の中央付近まで移動した。中央付近は近くに遊具などはなく、比較的戦いやすいからだろう。
つまり、彼は高貴とヒルドと戦うつもりなのだ。
「僕のジャスティスの邪魔をするのなら……あなた達は、いや、お前達は悪だ! 漆黒の正義の名の元に僕が断罪する!」
逆神がゲイ・ボルグを構えた。それに応えるように、高貴とヒルドも……いや、二人は構えない。ただ呆れた顔で逆神を見ていた。
「はぁ、だからさっさと《神器》奪っとけば良かったんだよ。こういうガキは本当にめんどくせーんだからよ」
「まったくね。中二病に危ないおもちゃを持たせると危険だってよくわかるわ。もっともあれはもう中二病とか以前に、頭がイッちゃってるのよ。」
「わかるわかる。もしかしたら一緒に戦っていくかもしれないから気を遣って言わなかったけど、あいつバカじゃねーのか? 実際バカだし、笑いこらえるのに必死だったよ。もっとも呆れのほうが強くなってきたけど」
「ジャスティス? 漆黒? 守護者ぁ? よくそんな子供じみた設定思いつくわね。お笑い芸人にならなれるんじゃないかしら」
「やめとけ、一発屋にもなれそうに無い」
「それもそうね」
言いたい放題の二人。高貴とヒルドの会話を聞いている逆神は、段々と顔が真っ赤になっていく。頭に血が上り、怒りが溢れていく。
そして――
「き……きいいイイイイイイイイイイイイイイイイイイさアアアアアアアアアaaaaアアアアアアアアアまあアアアアアアアアアああああああああああああああらaaaaああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!」
叫んだ。叫んで、もう一度彼は叫ぶ。
「貴様らああっ! きさま等! キサマラ! キサマら! きさまラ! きさまらああああああああああああああああああああああ!! 僕が誰だかわかってるのかああああっ!! 僕は!! この僕は!! この僕こおおおおそがああああっ!! この世界のありとあらゆる人々の希望!! この世界の全ての悪をジャスティスする守護者!! 《正義の守護者》のちょおおおおおおてんに立ちぃ! 《災厄を招く影》のもたらす破滅を止めえええっ!! 《正義の武具》の一つであるジャスティスジャアアアアアアベリンに選ばれたあああああああっ!! こおおおおのせかいいいいいいを救うために二度目の転生えええええええを果たしたああっ!! 漆黒のおおおおお守護者っ!! 漆黒のおおおおお守護神っ!! 漆黒のおおおおおっ!! キュウウウウうぅぅぅぅせイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイっしゅっ!! それがああああああああああああこの僕!! さあぁぁぁかあぁぁぁぁがあぁぁぁぁぁみいいぃぃぃぃぃぃぃぃいい!! セエエエエエエェェェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエーーーーーーーーーーーーーーギッ!!」
「うるせーんだよ中二病」
「うるっさいわね中二病」
「プヒ?」
その叫びは、高貴とヒルドの重なり合った一言によってバッサリと斬り捨てられた。逆神がキョトンとした顔になり、意味不明の言葉が零れ落ちる。
ここにはエイルはいない。中二病の設定だと知りつつも、その設定を聞いてくれるエイルはいない。
ここには真澄はいない。中二病相手にも気を使ってくれる心優しい真澄はいない。
ここにいるのは、中二病に、いや、逆神正義と名乗っている少年にたいして、嫌悪感と呆れの感情しか持っていない高貴とヒルドのみだ。
「ごめん、もう無理。こいつマジでキモイ。さっさと《神器》奪って帰ろう」
「そうね。あたしとしても、こいつと同じ空気を吸いたくないわ。来なさい、契約の鎧」
ヒルドの体が光に包まれる。その体は一瞬にして鎧に包まれ、赤いヴァルキリーが姿を現す。
高貴と真澄が、ここでようやく武器を構えた。二対一を卑怯だなどとはまったく思っていない。むしろ高貴とヒルドの心は、今までにないほどに一つになっている。
逆神の実力はヒルドから聞いており、一対一ならば勝てるかは危うい。だからこそ二対一。だからこそ、挑発するのだ。
高貴あくまでは余裕を見せながら笑い、戦いを開始する一言を口にした。
「さぁ、遊んでやるよ鈴木太郎」